三章 第11話 イザベルの想い
最初の冒険から早1週間、俺とエレナは「夜明けの風」に率いられて街中や街のすぐ外でこなせる依頼を着々とこなしていた。主な内容は薬草の採取やいなくなったペットの捜索、人手がいよいよ足りない工房の雑用などだ。ある程度の大きさの工房などは俺たちが依頼を受けて現れると慌てまくっていたが、冒険者として普通に対応してほしいと説得していくうちにえらく気安い間柄にもなったりもした。気がつけば初めは遠巻きに見ていただけの領都民ともかなり打ち解けた気がする。
そんなある日、ガックスが俺たちにとうとう次のステップへの移行を伝えてきた。元々彼等曰く俺たちに教えられることなどほとんどなかったとのことだが、一応下積みとして色々依頼をこなさせてもらっていたのだ。実際こちらとしては主にエレナの実地訓練を行えるのと、よい冒険者の見本を見せられるという意味で大きい収穫があった。
「お嬢様、苦しくはありませんか?」
イザベルが俺の装備を調整しながら尋ねる。もちろん自分でできる作業だが、初日のあとせめて衣装を整えるくらいはさせてほしいと侍女たち強く主張されたのだ。はたして侍女長がすることかと聞かれれば疑問だが。
「ん、ちょうどいい」
「そうですか、ならいいのですが……」
それだけ答えると整った顔に迷いを浮かべたまま黙々と作業を続けるイザベル。彼女が自分から今日は担当すると言いだしたので、てっきりなにか話したいのかと思っていたのだが。
「ベルトはこのくらいでしょうか?」
「もう少し締めて」
「はい」
「……」
「……」
胸鎧も籠手もつけ終わり、ベルトを締めてもらう。このまま何も話さないつもりだろうか。俺がそう思っていると、彼女が小さな声でぽつりとつぶやいた。
「お嬢様……これは必要なこと、なのですよね?」
「ん?」
「その、お嬢様やレメナ様やビクター様が決めたことに私が口を挟む筋ではないと、それは分っているのですが」
「ん、気にしないで」
「ありがとうございます……今回の、冒険者として活動されることなのですが、どうしても必要なのでしょうか?」
イザベルは遠慮がちにそう尋ねた。最初から薄々感じてはいたが、彼女は俺とエレナが冒険者になることに否定的らしい。決定を下した日には賢者と家宰に判断を託したが、それ以降いつも俺たちに接するにはわずかな躊躇いが含まれている気がしていた。
「たぶん、違う方法はある」
冒険者になった主な理由は魔法の訓練とお金を稼ぐこと。そしてコネをつくることだ。方法は他にもあるが一番俺が効率的だと思い、そしてやりたいとも思ったのがコレだった。
あの頃はてっきりレメナ爺さんの勉強が今までと似たようなペースで行われると思っていた。しかし蓋を開けてみれば学力を落とさない程度に課題が出される以外は何もなくなってしまった。おかげで金儲けに関してはリオリー魔法店の仕事にさける時間も増え、あまり気にしなくてもよくなったと言える。コネを作るのにしてもFランクで受けられる依頼で思ってもみなかったほど街の人間と顔が繋げた。
俺はイザベルにそれらの事を説明して、それからさらに言葉を続ける。
「でも、戦う力をつけるにはこの道が一番いい」
「お嬢様が戦う必要は……」
「ないとはいえない。ウチは色々と問題を抱えてるみたいだし」
ビクターもラナも未だに俺に俺の両親や家の現状を教えようとしない。教えるべきかは迷っているみたいだが、まだ踏ん切りがつかないらしい。
「それは……その……」
「言わなくてもいい。私も知りたいわけじゃない。でもなにかあって最後に頼るのは自分の力だけだから」
踏み出せば戻れないことを知っているから伝えられず、しかしいつまでも踏み出さなければそれでいいというわけでもないことも知っているから伝えない決断もできない。あの2人がそこまで悩むなら俺は待つ。それが俺なりの彼等に対する信頼だと信じて。
だが信頼するのと任せきりにするのは違う。だから俺は彼等の決断がどちらであってもその結果を自分で処理できるだけの力を得たいのだ。もちろん使徒としての仕事をする上での利便性も考えてはいるが。
「私は……ビクター様のように政治に詳しいわけではありません。レメナ様のように戦いに詳しいわけでも、妹のように母としての強さを持っているわけでもありません」
まるで懺悔するようにそう語るイザベルの目には葛藤より強い自責の念が見える。
「それでも、私はお嬢様やエレナちゃんを止めたいと思ってしまうんです。侍女としての仕事しかわからない私がその領分を超えてはいけないことは、よくよくわかっているつもりです……それでも、それでも……」
言いたいことをどう結ぶか迷ったあと、彼女は意を決してこう言った。
「なにもできないのだとしても、心配するくらいは許していただけませんか?」
「……」
真っ直ぐに見つめてくる夏の空のような瞳には普段の怜悧な光はなく、ただ純粋な心配が見えた。
要領を得ない言葉だったが、ちゃんと伝わる言葉だった。幾度となく俺が言われ、ついぞ反せなかった言葉でもある。
「……心配をかけることしかできないけど、それでも許してくれるなら」
こんなとき、俺はいつも同じようなことを言ってしまう。嘘をつきたくない。でも相手の気持ちに応えたい。両立できない思いが曖昧で何の進歩もない言葉になってしまうのだ。
「はい。私も妹も、ビクター様やイオさん、アンナやステラやシャルも……皆がお嬢様とエレナちゃんを心から心配し、いつも帰ってきてくださるのをお待ちしています」
こういうときに実感させられる。生前の俺も、神としての俺も、今の俺も、なんて周りに恵まれているのだろうかと。
「ん」
短く頷いた俺にようやく彼女は微笑みかける。一筋の涙をこぼしながら。それがどんな心を映した涙かはわからないが、まるで青空から一滴だけ落ちてきた雨粒のようで美しかった。
~★~
いつもよりずいぶんと早い時間に俺たちはギルドの扉をくぐった。そこには近場のダンジョンに向かう冒険者たちが醸し出す、これまでとは一味違った騒がしい空気が漂っている。そんな彼等から冒険者の装いをした育ちのよさそうな子供である俺たちへ値踏みするような視線が飛ぶ。まずは俺たちの顔、俺の白髪、俺たちの装備、そして最後にもう一度俺の白髪。こちらの出自と噂の真偽確認をして評価しているのだろう。同業者としての価値と依頼人としての旨味、そして厄介さを。
「はっ、領主の娘が俺らの真似事をしてるってのはホントらしいな!」
「ここらはマザー・ドウェイラの管轄、いくらオルクス伯でも金でランクは買えないぞ?」
そんな値踏み嵐のなかでヤジを飛ばす輩は大した腕ではない。誰しも判断材料欲しさに何かしらのアクシデントが起きることを心のどこかで期待しているだろうが、まともな冒険者なら評価の秤に自分がなろうとは思わない。多くの場合貴族がらみで秤の役割はそのままハズレくじを意味するのだから。
というわけで、今俺たちに向かって見下したような笑みを浮かべている2人組は小物決定である。パッと見はそこまで強そうでもない、赤い短髪と青い長髪の2人組だ。他にもパーティーメンバーと思しき男女がいるが、そちらは突然絡みだした仲間に驚いたような顔をしている。
「おはよ、ガックス」
「あ、ああ。おはよう」
ついさっきイザベルからあんな話をされたばかりだし、わざわざ面倒な奴と言葉を交わす必要もないだろう。そう思って2人を無視し、いつものテーブルについて様子を見ていた「夜明けの風」に挨拶をする。
「な……」
「今日は予定通り?」
「まあ、そうだな。特によさそうな依頼もなかったし、未処理のやつがないか受付に聞いてから出発でいいとおもう」
「おい、無視してんじゃねえぞ!?」
「なめてやがる……」
「ちょ、やめときなよ!ベティス、トリンプ!」
ガックスと予定の確認をする。2人組と仲間の声が聞こえるが、変に反応してもこういう手合いは面倒なだけだ。
「じゃあ早く並ぼう」
「……そうだな」
「おいコラ、聞けよ!」
「な、よせ!」
赤い短髪の男が仲間を押しのけて俺に手を伸ばすが、そのガラガラな脇をかいくぐって窓口に向かう。
「おわ!?」
標的を失ってつんのめりそうになる男。周囲の視線が鋭くなるなか、それに気づいていないのか今度は青い髪の男が俺の前に割り込んだ。
「ちょっと、トリンプ!」
パーティーの紅一点が腕をつかむもそれを振りほどき、青髪の男は俺をにらみつける。
「先輩冒険者が話しかけてんだ。無視はないだろ」
よく見れば男は髪だけでなく顔もやや青ざめている。頭に血が上っているにしては血色が悪い。
「……なに?」
目を見返して尋ねる。これ以上無視を決め込んでもいいことはないだろう。
「ここはガキの遊び場じゃねんだ。さっさと帰りな」
そんなくだらない言葉が青髪の男の口から飛び出した。
「資格は取ってる。邪魔をされるいわれはない」
「目障りだっていってんだ」
「貴族様の道楽で仕事取られちゃこっちは商売あがったりなんだよ!」
復帰した赤い方もそんなことを言い出す。
「はぁ……」
このパーティーはどう見ても俺よりランクが上だ。仕事は競合しない。そもそも仕事は早い者勝ちで、どんな事情を抱えた者でも依頼を受けられるのがギルドの売りだ。あと目障りとか、鏡を見て言ってほしい。
「……じ」
「自力で仕事をもぎ取れない冒険者に大きな口を叩く権利はない。実力だけが冒険者の物差しだ。そんなことも忘れたならFランクからやり直せ」
俺が言おうとしたことを、それまで黙っていたガックスが先に口にする。全く同じ内容だが、子供の口から言うよりは角が立たない。
「あ?」
「その子たちの教導を請け負ってる者だ。それ以上は俺たちも仕事として対処させてもらうぞ」
「はっ、ガキのお守りってわけか」
「なんとでも言え。というかお前、エラいクマだな……疲れてカリカリしてるんだろう。悪いことは言わない、今日は帰って休め」
「うるせえよ!お守りならお守りらしくガキに年功序列ってヤツを叩き込んどけ!」
ガックスの装備を見れば実力の差は歴然としているというのに、男たちはさらに大声を張って怒鳴り散らす。これは本当にFランクからやり直した方がマシな気がする。それと冒険者に年功序列はない。
「だいたい俺たちはこれでも……」
さらに何事かを怒鳴ろうとした赤髪の語尾が掠れて消える。ガックスが懐からギルドカードを出して見せたからだ。Bランクを示す銀色のカードは、見る目のない彼等さえも黙らすに十分だった。
「仕事だと言ったはずだが」
それ以上するなら「仕事」を全うするぞという意味を含めたその言葉は実に強力だった。
「い、いくぞトリンプ!」
「ちっ……御用冒険者が」
最後に貴族と懇意にしている上位冒険者を揶揄する蔑称を叫んで、彼等はギルドの扉からさっさと出て行った。
「まったく、あの有様だとCランクまで上がれないだろうな」
「ん」
中堅と言われるCランクになるには処世術も大切なのだ。
領主一族に絡む愚を心得ているのか、ガックスたちに配慮しているのかはわからないが、それ以降は特に馬鹿はいなかった。
「あ、おはようございます皆さん!」
すっかり俺たちにも慣れた様子のカレムが笑顔であいさつをしてくれる。俺はというと踏み台の上にのってなんとかそれに挨拶を返している。
「ん、おはよ」
「今日はダンジョンに向かわれるんでしたよね?」
「ん。なにか未処理の依頼ない?」
依頼人から受け取ってから貼りだされるまでの依頼を未処理依頼と言う。貼りだされる前に先取りするので少しズルくも思えるが、行先を伝えてちょうどいい依頼を見繕ってもらうのも1つの知恵だ。ギルドの方も早く確実に依頼が捌けるので推奨している。
「そうですね……「災いの果樹園」だと今はないみたいです。あ、でもソーンフットの毛皮が常駐依頼に追加されてますから、持ってきていただければ買い取りさせていただきますよ」
「ソーンフットっていうと、あの寄生虫みたいな植物に半分乗っ取られてる兎みたいな魔物ですか?」
エレナが書庫にあった図鑑を思い浮かべながら訪ねるとカレムは頬を引きつらせる。
「い、嫌な例えですけど、大体それであってますね。情報は買われますか?」
「ソーンフットなら分るからいい」
「ダンジョンへは南門から乗合馬車が出ていますから、そちらをご使用ください」
「ん」
「はい、ではご武運を」
「ありがと」
「ありがとうございます」
ギルドでは魔物の情報を買うこともでき、近場のダンジョンへは交通手段まで確保している。といっても乗合馬車とてタダではないが。
俺たちはギルド商店に立ち寄って規格品のポーションと最低限の保存食だけ確保して南門へと向かった。
~★~
我らが領都ケイサルは壁の外に農業区画を全て切り離しており、そう栄えていない代わりに貧民街もないのでかなり小振りな街である。しかしそれでも領都は領都、正面の玄関口である南門はそれなりの大きさと風格を持っている。
魔物から領民を守る壁はガイラテイン聖王国から無償提供されている神塞結界と都市の標準的な結界を両方とも備え、頑丈な2種類の岩による3層の構造を誇る。その厚みはおよそ3メートル弱で、当然そこに設けられた大門は見合う高さを持っている。地形的に戦とは縁遠いため建築から1度も欠けたことのない精緻なレリーフが施されている。
「「災いの果樹園」行きはこれ?」
最敬礼で送りだしてくれる衛兵をあとに、門の外へと停められている馬車の御者に話しかける。5台ある馬車はいずれも個人用より大きく、荷台にしっかりとした屋根のついたオープン型の乗合馬車だ。
「お嬢ちゃんたちもダンジョンに行くのかね?」
日よけを兼ねた丈の長い服を身にまとう御者はしゃがれた声でそう尋ねてきた。
「ん」
「そうかそうか。だがこっちは「深き底の階」に向かう馬車さ。「災いの果樹園」ならあっちの木陰に停めとる奴が向かうよ」
「深き底の階」というのはケイサルの近くにあるダンジョンの中でも最も危険なAランクダンジョンだ。距離的にもかなり遠いところにあって日帰りではとても行けない。
「ありがと」
「いいってことよ」
気の良さげな御者に別れを告げて木陰の馬車へと足を向ける。馬車そのものは同じだが、他のものより乗っている人数が少ない。「深き底の階」行きが0人で断トツにしても、こちらも4人と2番目だ。
「あっ」
「テメエら!」
御者に声をかけようとしていたら中から声が聞こえた。見ればそこにいるのはしばらく前にギルドで絡んで来た男たち。たしか名前はベリスとトラップだったか……違う気もする。
「態々俺たちを追いかけてくるとは言い度胸してるじゃねえかオイ!」
「おい、ベディス!」
「うるせえんだよ!ここであったが100年目、落とし前つけてもらおうか!」
なにやら先程よりさらに怒りのボルテージは跳ね上がっており、ガックス率いる「夜明けの風」にも今度は怯まない。
「あれ、さっきの女の人がいない……?」
エレナの呟きに連中の顔ぶれを見直せば、たしかにさっきはいたはずの女性冒険者がいなくなっている。
「ほんとだ」
「ほんとだじゃねんだよ。誰のせいだと思ってやがる」
俺たちの会話を聞いたトリップ?が眉間に深い皺を刻んで吐き捨てる。
「おい、いい加減にしないと俺たちも抜けるぞ」
さすがに意味が分からない。聞き返すべきか迷って俺たちが顔を見合わせていると、背後に座っていた彼らのメンバーがこんどは苛立たしげに声を上げた。戦士風の男だ。
「ああ!?」
「こんなガキのせいでオーナは出て行ったんだぞ?それで引き下がるのか」
「出て行ったのはお前らの馬鹿さ加減に呆れてだろうが……」
「オレも正直やってらんねーんだわ、領主一家相手にチンピラ染みた喧嘩なんてよ。止めねーなら降りるからな」
最後の魔法使い風の男も肩をすくめ、とうとう4人で内輪もめを始めてしまった。どうにも会話の断片から察するに、赤青コンビはさっきのことを仲間の女冒険者に咎められたらしい。そしてそこで派手に喧嘩して、あきれ果てた紅一点はパーティーを抜けてしまったようだ。
「畜生!何だってんだ、お前らよう!どいつもこいつも!」
「どうかしてるのはベディスの方だろう?少し前から思ってたが、お前マジで変だぞ」
「オレも正直思ってたわ。ここしばらく何焦ってやがんの?」
ふむふむ、今日初遭遇の彼等だが、どうやら普段はもう少しマシみたいだな。
「う、うるせえ!俺はリーダーだぞ!お前らリーダーの判断に文句あんのかオラ!」
マシだったとしてもこの有様から考えて今はまともとは言い難そうだ。
「アレが判断?リーダーとしての判断だって言ってやがんの?正直言ってついてけねーわ」
事の推移をただ眺めていると、まず魔法使い風の男が肩をすくめて馬車を飛び下りた。
「逃げるのか」
「テメエ、それでも「青き礫」のメンバーか!」
「オレ正直もう辞めるわー。おい、御者のオッサン金返してくれ」
「俺も辞めだ。最近のお前に命は預けられん。今までありがとよ」
戦士風の男も馬車を降り、2人揃って乗合馬車の運賃を返却してもらって門へと去っていた。俺の予想だが、先に抜けた女性冒険者を探し出して新しいパーティーを組むのではないだろうか。
「う、嘘だろ」
「あいつら、マジで辞めやがった……」
残されたベディスとトリンプはただ茫然と、パーティーメンバーだった男たちの後ろ姿を見送っている。
まあ、崩れるべくして崩れたな。
唐突に発生したパーティー瓦解に少し驚きながら、俺は所詮他人事と御者に向き直った。
「「災いの果樹園」までFランク2人とBランク4人」
「そっちのBランクはギルドカードを出しとくれ。「災いの果樹園」ならBランクはタダだからね」
さすが高ランクパーティー、ギルドの支援も手厚いわけだ。ちなみに移動手段の支援はダンジョンのランクではなく距離に対応しているらしい。俺の時代にはなかったシステムだ。
「あんたらは1人頭小鉄貨3枚だよ。そっちの2人は行くのか行かないのかきめとくれ」
俺とエレナは二人合わせて600クロムを支払い、「夜明けの風」もギルドカードを提示して確認を済ませる。
「い、行くさ!行くに決まってんだろうが!」
「剣士2人だけでか……まあおいらの知ったことじゃないけどよ」
長年冒険者相手の御者をやっているだろうおじさんは呆れと侮蔑を込めた瞳で2人を見て、それ以上は何も言わずに御者台へと移動した。
「おい、先に言っておくが馬鹿な事を考えるなよ」
「うるせえんだよ、お飾りが!」
バリエーションの少ない返事を耳にしながらいよいよ人がいなくなって広々とした馬車の中で連中からしっかり距離をとって座る。それを待っていたかのように御者が軽く鞭を鳴らし、乗合馬車は小さな軋みをあげて動き出した。
「2人とも安心してください。あの程度なら10人来ようと僕1人で相手できますから」
安心させようとしてくれているのか、また聞きようによっては相当嫌味なことを爽やかに言い放つマレク。実際その通りだし、自他の実力を正確に把握できているからこその発言なのだが……どうにも嫌味ったらしく聞こえてしまう。
「あなたはもう少し言葉の選び方を考えなさいっていつも言ってるでしょう……」
あきれ顔のアペンドラにそう言われても不思議そうに首をかしげるばかり。
こいつ本当に大丈夫か。
「マレクで10人いけるならアクセラは15人くらい行けそうだな」
「う、たしかにそうですよね……」
「ん」
そんなやりとりを当のチンピラ冒険者2人に聞こえないように交わす。本当なら事前学習じみた話を馬車の中で済ませるのがいいのだろうが、あいにく口頭で伝わる程度の情報は俺もエレナもとっくの昔に勉強している。なので実際に到着するまでは雑談程度しかすることがないのだ。
「ガックスたちは夏の間依頼、ある?」
「いや、今のところ特に決まっていないが……なんでだ?」
ふと気になって尋ねると案の定な答えが。誰も2か月も先の依頼を今から受けないだろう。
「あ、もしかして社交界デビュー?」
「ん……似たようなもの」
アペンドラに首肯を返す。社交界のデビューとはちょっと違うのかもしれないが、他の家に認知させると言う意味では同じだろう。
「道中の護衛、依頼するかも」
「いいね、アクセラちゃん」
「ああ、その時はぜひ言ってくれ。俺たちもそういった依頼は大歓迎だ」
帰ったら早速ビクターに相談してみよう。そう心のメモに書き留めるのだった。
~予告~
不安要因を抱えたまま馬車は向かう。
そこは打ち捨てられた古き果樹園。
次回、目覚める果樹園
ミア 「どんどんネタがニッチで分かりづらくなっていくのじゃ」
シェリエル 「そもそも何のネタを使ったのか、あんまり書いた後は覚えてないらしいですよ」
ミア 「とんだ鶏頭じゃな・・・」




