三章 第10話 開発試験
さて、さて、さて……ギルドで初の依頼をこなした翌日、約束通り可愛い弟の魔法の勉強へとりかかったのだが、俺は彼の部屋で首を捻っていた。その理由である目の前の少年は、楽しそうにエレナの作った魔力糸を掴んで遊んでいる。そう、魔力糸を掴んでいるのだ。
たしかに俺は魔力が見えていなくても触れる。だがそれは生前積んだ経験のおかげだ。修行を始めた当初はさっぱりわからず魔力の実在さえ疑った。
エレナもまた魔力に触れる。ただ彼女の場合は生まれながらの強烈な魔力親和性と的確に魔力を視認できる魔眼がある。魔法適性の多さからも分るとおり、エレナの魔法関係の才能は異常としか言いようがない。
ではなぜ魔眼を持たないトレイスが魔力糸を掴めているのか。
……ああ、俺のせいか。
加護を与えるときに高めさせた魔力親和性が、魔法の勉強初日にして魔力糸を的確にとらえる嗅覚として発揮されているのだろう。高めすぎたというわけだ。
ま、まあ、あって困ることはないハズだ。
「エレナお姉ちゃん、これはなに?」
「それは水の魔力だよ。こっちは風でこっちは氷。違うのわかる?」
「うーん……これとこれはわかんない」
トレイスは水と氷の魔力の区別がつかないようだが、習い始めてまだ1時間半で風だけでも見分けられるのは凄い。
「エレナ、氷と水を出力上げて」
「はーい」
返事を返すが早いかエレナは氷と水の魔力糸へより多くの魔力を流し込む。
「あ、わかったかも!」
実戦で使用できそうな密度にまで上がってきたところでトレイスがそう言った。見えない以上どっちがどうだとか、そういった違いを肌感覚で認識させないといつまでたっても識別できない。そのため似ている水と氷の魔力が明確に違う表情を見せるまで高めてもらったのだ。
「こっちが氷でこっちが水。エレナ、ゆっくり魔力を抜いて行って。トレイスはそれを記憶して」
「うん!」
とりあえずどれくらいの魔力親和性があるのかを確認し、そしてどのような魔法を覚えて行きたいのかを本人に聞いて今後を計画したい。ちなみに彼の魔法適性は火と光と風だ。
俺が知らない間に3属性持ちは一般的になったんだろうか……?あるいはオルクス伯爵家にはとてつもない魔法の才能が溢れているのかもしれない。そんな話は聞いたことがないが、誰もあまりうちの血筋について話してくれないから何とも言えないな。
「あ、わからなくなった」
「トレイスくんが分かるのはここまでだって。アクセラちゃん、他の属性も試してもらう?」
エレナからの報告に少し考えて頷く。
そうやって全属性を試してもらい大まかにトレイスの魔力に対する敏感さが把握できたところで、俺は彼に質問をしてみる。
「トレイスは魔法でなにがしたい?」
「……?」
質問の意味がとらえきれていないのか、キョトンとした顔で首を傾けるトレイス。
「魔法は勉強するだけでいい?身を守れるようになりたい?魔法で戦いたい?物を作りたい?研究してみたい?」
「うーん……なにがしたいかなぁ」
列挙した内容にさらに首をかしげ始めた彼に苦笑を浮かべる。まだ動けるようになって間もないのに、そんなことを聞かれても困るだけか。
「まずは基礎を固めて、それからどうしたいかを決めればいいんじゃないかな?」
「ん。ちょっと急ぎ過ぎた」
というわけでトレイスの魔法訓練はじっくりコースになった。具体的には魔法糸を自分の適性属性全てで作り、自由に操れるようになるための練習を中心にすることになる。
「エレナの言う通り、ゆっくりでいい」
「うん!」
この時、まさかトレイスの呑み込み速度がエレナに匹敵しようとは、俺はまったく思ってもみなかったのである……。
~★~
トレイスの先生役を終えた俺とエレナは別の仕事にとりかかった。すなわちリオリー魔法店の開発職員としてのそれだ。
「エレナは何をつくるの?」
「えへへ、秘密だよ!」
頭の回転速度からは想像できない、年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべてエレナは俺の問いに答える。
「そういうアクセラちゃんは?」
「エレナが秘密なら私も秘密」
「むぅ……じゃあ完成したら見せてね」
「エレナもね」
そんな会話の末、俺たちはそれぞれ別々に作業することになった。ビクターに許可をもらって俺は騎士たちの練習場の横を、エレナはそのすぐ傍の使っていない武器庫を使わせてもらうことにした。
「お嬢様、これどこ置けばいいんです?」
騎士長トニーの息子でまだ年若い騎士であるエスタが、一抱えもある木箱を担いでやってくる。今日のやけに強い日差しの下では鎧が光ってかなり眩しい。
「ここ」
練習場の邪魔にならないところに陣取った俺は彼に適当な場所を指し示す。そこにゆっくりと下ろされた大きな木箱の中身は、これから試作するリオリー魔法店の製品の材料だ。
「全部買えた?」
「はい、頂いたリストの物は全て。会計もギルドを通してお嬢様の口座から引き落とさせてもらいましたよ」
「ん、ありがと」
「どういたしまして。では父と交代してきますね」
「これ」
爽やかスマイルを浮かべて立ち去ろうとする彼にガラス瓶を投げ渡す。若くともさすがは伯爵家の騎士、危なげなくそれを受け止めたエスタは物を確認して破顔する。
「リハイドレイターを冷やしてくれたんですね、ありがとうございます!」
「冷やしたのはエレナだけど」
「なら後でエレナちゃんにもお礼を言っておきますよ」
今度こそ去っていくエスタを見送り、俺は自分の分を鞄から引っ張り出して口をつける。ほんの少し塩気のある薄味の甘い液体が、良く冷えたその温度とさっぱりした口当たりで暑さを消してくれる。
リハイドレイターはギルドで扱っている飲み物で、体を冷まして汗などで失った水分を補ってくれる効果がある。実はこれも俺と師匠が根無し草だった頃に作って資金源にしていたのが始まりだ。師匠はこれをスポーツドリンクと呼んでいたが、出資してくれた当時のギルマスからスポーツという言い方は騎士や冒険者にはウケないと言われたためこんな名前になった。今では権利を買い取ったギルドの売れ筋商品の1つだ。
「よし、はじめよ」
彼の運んできてくれた木箱の中から当座必要になる材料をいくつか取り出す。食器の材料なんかに使われる白くて柔らかい金属ことピューター、ギルドからタダ同然で買える最小サイズの屑魔石、魔力の伝導に優れるミスリル系合金などなど。
「赤ミスリル……」
エスタにはミスリルならなんでもいいと言ってあったのだが、彼が買ってきた赤ミスリル銀は少し懐かしい代物だった。ミスリル銀そのものは銀色なのだが、色々と添加して性質を変化させた結果複数の色が実際には存在している。なかでも赤ミスリルは黒櫛鋼という馬鹿みたいに硬い金属と合金にすることで頑丈かつ魔力伝導率に優れる銀櫛合金となるのだ。それは刀を試作していたころに生み出された合金の1つなので、赤ミスリルもいやというほど当時は扱った。
「結局硬すぎて論外だったけど」
赤ミスリルが少ないと硬くて脆い、逆に多いと魔力に反応しすぎる……とまあ刀の素材としては失敗もいいところだった。
「ん」
思い出に浸るのはいつでもできるのでさっさと現実に意識を戻し、俺は普段着のズボンのまま練習場の石畳に腰を下ろす。あぐらをかいて膝の上に箱の中にあった木材をのせて作業台とし、ピューターの板を1枚おいた。ピューターという金属は白銀の輝きを持ちつつも手で曲げられるほど柔らかく加工がしやすい。粘り気が強いので頑丈は頑丈なのだが、作業用のナイフで普通に切れる。
1枚の板から欲しい大きさを切りだし、軽く力を込めて筒状にしていく。大きさとしては俺の指1本分くらいが目安だ。思考錯誤の余地がかなりあるので残りの板は切り分けずに置いておく。
次に赤ミスリルの金属板を取り出し、こちらも作業用のナイフを突き立てて細く切る。ピューターよりは頑丈だが、赤ミスリルもかなり金属としては柔らかい方だ。特に今回は薄い板を買ってきてもらったので簡単に導線のように加工できる。
ピューターの筒の内側に赤ミスリルの線を貼りつけ、参考にもらった魔導具の魔石を投入する部分からもいできたパーツを筒の下に付ける。そのパーツは魔石から魔力を引き出して魔導具の原動力とするための部分であり、基幹部分そのものは親指の先程度の大きさしかない。
「ん、ほとんど完成」
レメナ爺さんに贈られた魔法杖を取り出す。俺のそれはエレナのものと同じ銀色の本体に火属性のダンジョンクリスタルがあしらわれた品だ。エレナが火魔法程の決め手に欠ける水魔法を補助する仕様なのに対し、俺のは適性のある属性のなかで唯一使い勝手の良い火を強化してくれるようになっている。
ピューターと一緒に買ってきてもらったはんだを杖で筒やミスリル線に押し当てて軽い火魔法を行使する。勿体ない使い方かもしれないが、手ではんだ付けをするのはさすがに危ないし、魔法杖の効果である魔法の精密化がここでは大いに役に立つ。
そうしてできあがったのは魔導具部品を底にピューターの筒が壁となってコップのような形状のパーツ。その開いている上部分をピッタリ覆えるような大きさのピューターを切りだし、それにも1本ど真ん中にミスリルの線をとりつける。ちょうど蓋を取りつけたらそのミスリルの線がコップの中心を通るように。
最後に土と風の屑魔石を半掴みずつ取り出して作業台の上でさらに細かく砕き、土が下側の2層になるように詰める。
「あ……」
完成したかと思ったら、魔石を詰めてみると以外と密になってしまって蓋側につけたミスリルの線が刺さらなかった。
失敗失敗。モノ作りはこれでも結構な回数試してるというのに、いまだにこういう凡ミスをやらかしてしまう。
「全部出して……と」
詰め込んだ魔石を作業台の上に出してできるだけ丁寧に風と土に分ける。それから蓋につけていたミスリルの線を引っこ抜いて底に付けなおす。これで魔石を詰めても中心にミスリル線が通るだろう。最後にざらざらと砕いた屑魔石を入れ戻してから蓋をはんだ付けする。これで完成。
「あとは魔導具」
鞄から試作の参考にもらった魔導具の1つを取り出す。少し裕福な家庭には必ずと言っていいほどあるポピュラーなそれは、一定の温度で発熱する保温の魔導具だ。淹れたお茶やコーヒーを冷まさないようにポットの下に置かれたりする。
魔導具には使える魔石の属性というのが決まっているのだが、これは書きこまれている魔法陣に、ながしこまれた魔力を発動する魔法の属性へ変換する式のみがかかれていることに由来する。ようは無属性の魔力を保温なら火属性の魔力に変換する仕組みが組み込まれているのだ。ただし変換は1段階のみ、水の魔力を無属性に戻してから火属性に変えるといったことはできない。なのでこの保温の魔導具で使用できるのは火属性の魔石か無属性の魔石だけだ。
無属性の魔石なんて希少過ぎて魔導具に投入する馬鹿はいないけどな。
「んっと」
魔導具の継ぎ目にナイフを入れて背面のカバーをはがす。中には保温の魔法陣がかかれたパネルと、核であり魔力変換の触媒でもある赤いダンジョンクリスタルが収められていた。ミスリルの導線が箱状の装置から伸びて魔法陣と核を繋いでいる。この箱状の装置、通称燃料箱に魔石を入れておくとそこから魔力を吸って魔法陣が効果を発揮するわけだ。先程ピューターの筒の底にしたのはこの装置の一部である。
俺は作業用ナイフで燃料箱を導線から切り離し、用済みとばかりに横へどける。そして先程作った筒状の装置を代わりにつないで、側面についたツマミを回した。
「……ん、あったかい」
使用している魔石は土と風なのに、火属性である保温の魔導具がちゃんと動いている。凄く地味だがこれの意味するところは並みのことではない。魔導具の種類の関係上どうしても需要のある魔石というのは属性と大きさが偏るのだが、このように別属性でも使えるようになれば売れにくかった魔石や加工の際に出た細かい欠片まで価値が上がるのだ。
「あとは持続時間」
発想的に良くても実用的でなければ売れない。売れなければ商品開発としては意味がない。もちろん技術の進歩や蓄積という意味では重要だが、あくまでこの仕事は商品の開発であって新技術の確立ではない。
そんなわけで俺は腰をすえて待つことにした。
「お嬢様、なにをされとるんです?」
俺が練習場の片隅で石畳に寝転がっていると、耳に心地いいバリトンボイスがかけられた。柔らかく冷たいピューター板を数枚重ねた枕から頭をあげると、案の定トニーが俺を見ていた。
「魔導具の実験。もう終わる」
「ああ、なるほど。エスタの奴が買い出しをしていた件ですな」
「騎士を使い走りにしたのはちょっと悪いと思ってる」
「いえいえ、いくらでもこき使ってやってください。それなりの金額の買い物となれば侍女だけでは不安ですしな」
「重かったしね」
もっと安い買い物だったり軽い荷物だったら侍女の誰かに頼んだのだが。父親であり騎士長でもあるトニーが気にしていないのならよかった。本人も快く引き受けてくれたし、ありがたいことだ。
「リハイドレイター、いる?」
これから自主練に励むつもりらしい中年の偉丈夫に鞄から最後の1本を取り出して差し出す。もうけっこう温くなってしまったが、成分のおかげで体を冷やす効果は十分ある。
「ではありがたく」
冗談めかして恭しい手つきでガラス瓶を受け取るトニー。こういう茶目っ気が彼の魅力だ。
「その魔導具はどのような物なのです?」
コルクを引っこ抜いて口をつけつつ彼は俺のすぐ傍で熱を放つ魔導具を見やる。正直熱い。なんでコレをテスト用に選んだのか自分でも疑問だ。
「これはただの保温魔導具。動力源を改良中」
「ははぁ……複雑そうなことをされているのですなぁ」
そう複雑でもないのだが、根っからの武官である彼には説明してもピンときてもらえそうにない。
「あ、止まった」
「魔力切れですか?」
「ん。本来より大分短い。改善の余地あり」
「ははは、流石のお嬢様でも一発成功とはいきませんか」
「……?」
トニーの言葉に首をかしげて見せる。すると彼はその仕草が面白かったのか、苦笑を浮かべてこう言った。
「お嬢様とエレナは天才だと一部で有名になっているのですよ。まあ、このお屋敷の中とギルドの極一部ですがね」
「ん?」
話を聞いてみると、屋敷の方はレメナ爺さんのかなり無理難題レベルな勉強をこなせていたことが最大の原因らしい。うちの使用人は皆教育レベルが高いのでちょっと見れば爺さんの出している問題がえらく難しいことが分かったそうだ。そしてこの年で曲がりなりにも魔法を使う仕事を請け負ったというのが実技能力の高さとして評価されているのだという。
ギルドの方は昨日の一件でギルドマスターから直接聞いたそうだが、初戦でCランクの有望な若手を打ち破ったことが大きく認められているらしい。
「まあ、そんなわけでお嬢様たちは今色々と注目されているのですよ。もちろん極一部で」
変なところに情報は漏れていないと念を押すトニーだが、お互いにそれがいつまで続くかには大いなる疑問を抱いている。街中で活動していればすぐに周りから認知されるだろうから。
加護やスキルがあるこの世界では年齢や外見と能力が著しく乖離していることはままあるが……はたして俺の特殊性が知れ渡ったときに誰がどういう反応をするんだろうか。そのことはほんのわずかに不安材料として俺の胸に残った。
トニーが練習場の反対端で素振りを始めたので俺も自分の作業に戻る。とりあえず自作した装置を取り出して蓋を外し、中に詰め込んであった魔石を取り出す。魔力を失って黒く脆い石状の物体になり果てた物をざらざらと掻きだすと、少なくない量のまだ魔力を持った魔石が出てくる。それも奥側に詰めた土属性の魔石ばかり。
「あ……」
俺はすぐに問題点に気が付いた。
この仕組みは相反する属性の魔石を同量入れて魔力を吸い上げることで、属性をお互いに中和して無属性の魔力を魔導具に供給するようになっている。しかし奥側に詰め込まれた一部の魔石が魔力を放出して中和するのではなく、触媒として手前側の魔力を中和しただけにとどまったのだ。結果、奥側の魔石の一部は魔力を保有したまま残ってしまった。
分りにくいので例えるとしよう。風魔力1と土魔力1が混ざり合って中和すると無属性の魔力が2できあがるが、風魔力1が土魔石を触媒として中和されると出来上がる無属性魔力は1だけなのだ。
最初に両属性の魔石に魔力が50ずつあったとして、うち30ずつが混ざったとすれば無属性魔力60が手に入る。残りの風魔力20は土魔石を触媒に中和したとすればさらに無属性魔力は20手に入る。しかし残った土魔石の魔力20は中和する相手がおらず、この魔導具では使えない余剰魔力となってしまうのだ。
「んー……」
この装置で魔力が流れる方向は一定なので、どうしても奥側に詰めた魔石が余ってしまう。それを減らすには……安直だが混ぜてみるか。
というわけで今度は砕いた屑魔石をしっかり混ぜ合わせてから詰め込む。それ以外にもいくつか同じ装置を作って交互に敷き詰めたり、工夫して縦に層を作るよう詰めこんだりしてみる。
実験に使う魔導具も試す数だけ増やしたが、いくら連続稼働させるにしてももう一巡ここで待っているわけにもいかない。なにせ作業を終えた頃にはもう日が大きく傾いていたからだ。しかたないので見張の間手が空いているという女騎士リベラに預けて屋敷に戻ることにした。リベラはエスタと同い年のしっとりした褐色美人だが、これで剣の腕もエスタと互角という使い手だ。魔導具のお守りくらいで見張を疎かにはしないと信頼できる。
折角だし、あとでちょっと豪華な夜食を持っていってあげよう。
なお実験の結果、魔石はできるだけ丁寧に混ぜ合わせて詰めればほとんどロスがでないことが判明した。これで課題1つクリアだ。
~予告~
ついに始まったリオリー魔法店の商品開発。
これは2人の魔法使いが王都に店を構えるまでの物語。
次回、アクセラとエレナのアトリエ
マイルズ 「アトリエを開かれるのなら是非是非リオリー魔法店と専属契約を!」
アクセラ 「その前に勝手にアトリエつくることを止めないと・・・」
※※※変更履歴※※※
2018/07/01 後書きのやりとりの記入漏れを加筆




