序章 第4話 使徒転生
「よし、よし、よし、よーし!完成じゃ!!」
「はぁー……疲れたな」
テンション高く叫ぶロゴミアスに合わせて、疲労と喜びをないまぜにした息を吐く。薄暗い部屋の中、俺たちはグッタリと椅子にもたれかかって乱れた着衣を整えた。しかし丸7日も寝ずに作業を続けた甲斐はあった。目の前の台に横たわる少年の姿を見てそう思う。
今、俺とロゴミアスは1人の人間を作っていた。どうしてそんなことになったかというと、話は最初に説明を受けた日にまで遡る。
~★~
「技術神であり奴隷とブランクの守護神でもあるエクセルよ、今のそなたに足りない物は何かわかるか?」
諸々の説明を終えたロゴミアスが出題した問いに俺は首をかしげる。特に思い当たるものがなかった。
「信仰じゃ」
「信仰?」
「うむ、そなたの信者は今のところ武術都市エクセララに住む者、それから近隣諸国の中で虐げられておる者だけじゃ」
技術という思想自体俺が生きていたころから扱いが特殊で、エクセララが専売特許にしながら少しずつ他国にも輸出するような形をとっていた。加えてエクセララは大砂漠のど真ん中にあるので近隣諸国といっても交流はそこまで密でもない。
「そなた個人は色々な場所をフラついては修行をしておったようじゃから、意外と知名度も高い。その武名と思想については、まあ良し悪しを考えねばこれも広く知られておる」
奴隷解放のために色々無茶もしたからな。
「じゃが問題は技術という思想がまだ市井に広く知られておらず、神としてのそなたの在り方も理解されておらんということじゃ」
「つまり布教しないと技術も、奴隷やブランクの地位向上も広まらないということか」
神になったのだから当然布教活動は必須になってくる。しかしその大部分は新しく教会が設立されて行われるのだと思っていた。新しい神が生まれれば新しい教会が人の手によって興され地上での神の教えを勝手に説くのだ、と。
「たしかに教会がその任を追うのは事実じゃ。じゃがそなたの場合司る内容が内容じゃ。教会と為政者の間で諍いも起きるじゃろうし、民草に正しく理解されるためには時間がかかる」
「だが神は地上に干渉しにくいんだろう?」
「うむ。じゃが何事にも例外がある」
不敵な笑みを浮かべてロゴミアスはその小さい指を2本立てた。
「1つは使徒を遣わすのじゃ。使徒とは神から篤い加護を与えられ、神の意志を地上で体現する者。つまりそなたの手足となって布教につとめてくれる者なのじゃ」
使徒くらいは俺でもわかる。歴史的に結構な頻度で様々な神の使徒が生まれているし、彼等の活躍は物語としても現在進行形の噂としても聞こえてくるのだ。
「もう1つはそなたが使徒になることじゃ」
「……すまん、意味がよくわからない」
「まあ、じゃろうな。まだ信者が少なく使徒を送っても布教活動が難しい場合などに特例として認めておる方法じゃ。神が自ら人の肉体を得て最初の使徒として道を切り開くことになる。これを使徒転生と呼ぶんじゃが、今のそなたにはピッタリじゃろう?」
神がその権能を封印し人間の使徒として転生する。神としての記憶と知識を持ったまま、人の肉体による制限内で拡張しまくった能力を持って活動できるのだという。ほぼ反則技のような強力なカードであるが、切れる回数や条件が厳しく定められているとのことだ。
「それができると言うならさせてくれ」
俺の決断は早かった。迷う必要がどこにあると言うのだろうか。
「そういうじゃろうと思ったのじゃ。ではさっそく転生に用いる肉体を創るとするかのう。ふっふっふ、張り切って最高の肉体にしてやるからな!そなたも弄るじゃろ?」
善は急げと立ち上がった創世神の笑み、それは親切心というより面白い遊びを思いついたような笑みだった。
「ほう、自分でカスタマイズもできるのか」
俺も似た表情を浮かべて立ち上がる。開発やカスタマイズは俺も大好きなのだ。
胡乱気な目で見つめてくるシェリエルを置き去りに、俺とロゴミアスはそのまま専用の部屋になだれ込んで使徒転生用の肉体作りに取り掛かった。あれやこれやとロマンのままに色々な強化を行い、思いつく限りの要素を制限の枠内で詰め込んだ。人間の許容限界というのはかなり凄いものがあるのだと思い知らされることになったが、これ幸いと自重なしに技術神と創世神の権能や知識をフル活用してやった。
「あー、流石にやり過ぎたかもしれん」
「大丈夫だろう」
「大丈夫かのう」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃな」
そんな会話にもなっていないやり取りをしながら弄くり倒した結果、なんだか天変地異が人の姿を取っているようなスペックを秘めた肉体ができてしまった。
「完成させてみておもったのじゃが、これは果たして地上に送っても大丈夫なんじゃろうか……」
「ま、まあ……きっとなにか偉大なことを成し遂げてくれるだろう」
中身は俺なんだが。
作業が終わってみると、そんなぼんやりした現実逃避しか出てこないシロモノに仕上がってしまっていた。
「いや、しかし久方ぶりに楽しかったな」
「ボッチだもんな」
「誰がボッチか!」
外見相応の屈託のない笑顔を浮かべるロゴミアス。これを遊びというかは置いておいて、こうして誰かと遊んだ経験も多くはないのだろう。
「じゃがこやつ、少々イケメンすぎんかな」
「美醜は弄ってないはずだが……たしかにすごい爽やかな美少年になってるな」
「神気を注ぎ込みすぎて勝手にグレードアップしたんじゃろうが……似合わんのじゃ」
神に近い高次元の存在になりかけている肉体は自然と整った容姿になっている。
「張り倒すぞ」
失礼な感想に小突いてやると彼女はくすぐったそうに笑った。
「さて、寝るかのう……」
「そうだな……」
いくら神でも不眠不休ではたらけば疲れるし眠くもなる。そんなわけでお互いベッドへ直行したいところだったのだが、直後に待ったがかかる。
「お2人とも、まだお仕事が残っておられますよ」
甘くも凛とした美声でシェリエルが無情な宣告をした。
「主は使徒転生の儀の御準備をお願いします。エクセル様は配下となる天使たちとお会いになってください」
「明日じゃ……」
「駄目です。お忘れですか、今日を逃せば次に使徒転生の儀が行えるのは50年後になるんですよ?アビエルを儀式の間で待機させてありますから頑張ってください」
「すっかり忘れておった!あー、しもうたのじゃ。楽しすぎてこの作業に時間をかけすぎた……しかし堅物のアビエルを付けるとは鬼か」
「戦乙女です」
そんな掛け合いのあと、ロゴミアスは泣く泣く儀式の間とやらに向かった。俺としても早めに使徒転生したいことはしたいので、申し訳ないが馬車馬のように働いてもらうしかない。
「エクセル様はそこまでお疲れではないご様子ですね」
「生身でも4、5日戦い続けるような無茶はしたことがあるからな。肉体を失ったおかげで7日くらいならなんとか……ふわぁ……いや、やはり眠い」
「ふふ、お疲れ様です」
あくびを噛み殺しながら使徒転生用の肉体が眠る部屋を出て、天使たちの待機しているという部屋へ足を向ける。ちなみに将来の俺の体が眠る部屋の前には謁見の間の扉前に居たのと同じ、豪槍を手にした戦乙女が配置されていた。
「そういえば戦乙女と天使は何が違うんだ?」
ふと思った疑問を言葉にする。
「どちらも神にお仕えするため生み出された種族ですが、我々戦乙女は戦闘に特化しています。地上で言うなら武官ですね。逆に天使たちは文官、神々の仕事をお手伝いする種族になります」
コンコン
説明しながらシェリエルが扉をノックして開ける。続いて入室すればそこは簡素な会議室になっていた。しかし今は椅子も机も隅に片寄せられて壁に埋め込まれた黒板だけがその名残を見せている。そのかわり部屋の真ん中には13人の男女が整列していた。全員ゆったりした白のローブを着た温和で知的な顔立ちの者だ。
戦乙女は女だけなのに天使には両方いるんだな。
「彼等が今後エクセル様をお支えする天使たちになります。ご自分の手足と思ってお使いください」
「誠心誠意お仕えさせていただきます」
13人の真ん中にいた眼鏡の青年が実直そうな顔に緊張を浮かべて頭を下げた。続いて残りの12人も礼を取る。どうやら最初に頭を下げた彼がまとめ役らしい。
「お前、名は?」
「パリエルとお呼びください」
少し堀の深い顔立ちに眼鏡の似合う、実に優秀そうな男だ。
「お前に俺の補佐役を命じる。聞いているかもしれないが俺は使徒転生で天界をあける。留守の間は頼むぞ」
「え、その、光栄でありますが……」
眼鏡の向こうの瞳に困惑の色が宿った。なにか補佐役を受けられない事情でもあるのだろうか。それとも使徒転生について聞いていなかったのかもしれない。
「どうした?」
「エクセル様、補佐役は上級天使にしか務まらないのです」
シェリエルが横から教えてくれる。希少な上級天使をすぐに配置換えはできなかったので、ここにいる13人は皆中級天使ばかりなのだとか。
「こちらの不手際です。申し訳ありません」
「それは構わないが、中級天使は上級天使になれないのか?」
「いえ、時間をかけて力を蓄えれば可能ですが……」
神と同じで天使や戦乙女にも格があり、それは持っている力によって決まるらしい。
「ふむ……なるほど」
「え、あの、主?」
納得した俺は1歩前へ出てパリエルの顔や体をペタペタと触る。
文官という割には結構いいガタイをしてるじゃないか。
「エクセル様?」
「すぐ済む」
真鍮の瞳に茶色の髪、白い肌……骨格や筋肉等は人に準拠している。流れているモノが魔力ではなく神力だが、基本的な経路も同じらしい。さらに俺は自分の真鍮の瞳、神眼で彼の奥底を見据える。神となった俺には魂の形や構造も手に取るように理解できた。胸の奥の青い半透明球だ。
「これならいけるな」
「へ?」
あとから思うと、俺はこの時自分で思っている以上に眠かったのだろう。するしないは別にして、普段の俺なら間違いなく確認をとってから実行に移していたはずだ。しかしこの瞬間、俺はまったく何の前触れもなくソレを執行したのだ。
「ちょっと我慢しろ」
傷の消毒でもするかのような気安さで、俺は自分の右手をパリエルの胸に突き入れた。
「うぐっ!?」
「え、エクセル様!?」
呆然とするパリエル。騒然となる周囲。それでも俺はただ淡々と自分の思った作業を行った。魂を開き、その中に俺の神力を流し込むという作業を。
「う、あ、あ、あ、あ、ああああああ!!」
丁寧にコントロールしたエネルギーを魂に滑り込ませていくにつれ、パリエルの焦点があわなくなり怪しいリズムで体が痙攣し始める。
「ちょっと、エクセル様!な、なにをされてるんですか!?」
「強化」
「強化って……し、死んでしまいますよ!」
シェリエルは顔を青ざめさせて叫ぶが俺に不安はない。技術を司る神としての本能が告げている。この方法で大丈夫だ、と。
「安心しろ」
「お、あ、あ、あ、あお、あ、あう!あう!あおあう!!」
「できませんから!」
なぜか恍惚とした表情で激しく痙攣する天使にシェリエルは絶叫する。たしかに見た感じではかなりヤバそうだが、手元の感触では特に問題ない。
「よし、できた」
ほどなく処理が終わった俺は手をパリエルの体から引き抜いた。意識を失って倒れかかってくる彼を受け止め、その横にいた女性の天使に預ける。なぜか彼女も顔を真っ赤にしていた。
「な、何をしたんですか」
気絶したパリエルの姿を見てシェリエルは息を呑む。というのも、彼の姿が大きく変わっていたからだ。髪は淡い紫になり、肌も俺と同じくらいの焼け具合になっている。右頬には図案化したペンと複雑な曲線の入れ墨が刻まれていた。服装もエクセララで着られている前袷の着物と、砂漠用の分厚いコートを腰のあたりでくっつけたような不思議な物に変わっている。
「だから強化だ。上級天使になるには力が足りないというから補ってみたんだ」
「やっぱり魂に直接神力を流し込んでたんですね!?」
「ああ」
「非常識です!」
頬を朱に染めて叱責するシェリエルだが、俺という奴は非常識だからこそ今神になっているという面が大きい。それはもう神としての性質だと思ってもらうしかない。そう伝えたらさらに大きな声で叱られてしまった。
「危険性や成功率の問題ではありません!それはセクハラです!」
「え……」
予想の遥か斜め上の内容だった。だが言われてみれば、シェリエルも他の天使たちも顔が真っ赤だ。
「そ、そうなのか?」
「地上で言えばスカートの中にいきなり手を入れるようなものですよ!?エクセル様が大神でなければ懲罰モノです!」
「セクハラというよりそれはもはや変態だろう……」
「それくらい拙いんです!」
魂とはその者の根幹であり本質、最も深い場所に秘めた神聖な部分だという。なら肉体を持たない天界の住人にとってはそれくらい重要事でもおかしくはない、のだろうか。
「あー……そういう意図は皆無だったからな?」
赤面したまま伏し目がちにこちらを窺う天使たちに言っておく。全員コクコクと頷いているが、本当に伝わっているのか。
「まあ、そのなんだ、あとで謝っておいてくれ。たぶん半日は目が覚めないだろう」
「はぁ……今回だけは不運な事故ということで目を瞑ります。予測不可能な行動だったとはいえ、ご存じなかったのですから。でも二度としてはいけませんよ?」
「今の話を聞いて2度目をやらかすわけがないだろう」
「それはなによりです」
シェリエルの溜息に内心ほっとする。神話に描かれる戦乙女は秩序の守り手として時に神ですらオシオキの対象とすることがあるのだ。悪戯好きな風や水の神が主なターゲットだが、その仲間になって神話の最初のページをオシオキで飾りたくはない。
「しかし半日では起きませんよ、コレ」
コレ呼ばわりされた天使は先程までとはケタ違いの力を体内に秘めているが、そのエネルギーはまだ彼の中で激しく渦巻いていて一向に落ち着く兆しを見せない。そして落ち着くまでは自己防衛のために昏睡したままになる。しかし俺は確信している、半日ほどで目が覚める、と。過信ではない。技術を司る神になったからか神力の扱い方が手に取るようにわかるのだ。
「大丈夫だ、そう整えたからな」
「エクセル様がそうおっしゃるならそうなのでしょうが……それにしてもこの後どうされるのですか?」
多分に呆れを含ませた問いかけに俺は首を捻る。
「この後とは?」
どうにも頓珍漢な質問だったのか、シェリエルは呆れの色を強めた。それにしてもさっきの失敗でシェリエルの態度が軟化、というか砕けた気がする。良いことかどうかはおいておいて。
「パリエルは貴方にお仕えする天使たちのとりまとめ役です。上級天使ではないので補佐役にはなれませんでしたが、それでもエクセル様配下の天使の中では最も権限が強かったんです」
「ふむ」
「つまりパリエル以外の天使には処理できない事柄もあるんです。その彼が昏睡状態で、技術神の定める諸々の教義や加護などをどうされる気ですか?」
使徒転生の儀は今日を逃せば50年後とのことなので、半日起きないのではどうしようもない。少し後先考えずにやってしまった感がある。
「それは俺の許可で他の天使に代行させるわけにいかないのか?」
「無理です。加えて簒奪防止のためにパリエルの意識がない状態で他の天使を筆頭格にすることもできません」
神々も一枚岩ではない。それくらいのプロテクトはかけていて当然か。
「なら俺が直接やるというのは?」
「事務処理に特化した天使ならすぐ終わることでも不慣れな神には月単位で時間がかかります。いくら技術の神であるエクセル様でも、天使は天界のシステムに対する処理速度がケタ違いですから真似できませんよ」
技術とは道具を使う術だ。生えていない翼で飛ぶことはいくら技術を極めてもできないのと同じで、処理速度が高く作られている天使族の真似は神の俺にはできない。
「困ったな……あ、それでも転生してからも天界には連絡が取れるのだろう?」
「もちろんです」
そうでなければ不便すぎるからな。そもそも普通の使徒も仕える神から指示を直接貰うと聞くし、中身が神の転生使徒が天界から孤立無援というのはおかしな話だ。
「なら今度にする」
「そんなあっさり……ですがそれ以外にありませんね。わかりました、パリエルが起きたら連絡がありしだい処理を進められるように準備させておきます」
さすがは最高神を支え、新参の神の世話を任されるほどの戦乙女。打てば響くとはこのことだ。
「すまんな。あ、それと謝っておいてくれよ」
「それはご自分でどうぞ」
さすがは神にさえ懲罰を課す潔癖な戦乙女。気まずさから逃げるためのセコい頼みは、すげなく断られた。
~★~
天使たちの名前を一通り聞いて挨拶を済ませた俺はシェリエルにつれられて中庭に移動した。使徒転生の儀を行う部屋は中庭のすぐ傍にあり、儀式直前までは入れない。なので暇つぶしとして風光明媚と名高いらしいそこで待つことになったのだ。
中庭と言っても広さはちょっとした道場が建設できそうな規模で、百日紅や白樺を中心に白い樹木が何本も植えられている。中には見たこともない低木や、同じ季節に咲くはずのない草が花をつけているところもあり、天界ならではの景色だと感心させられる。細い小川も引かれていて涼し気なせせらぎも聞こえていた。
「いい場所だな」
壁際に置かれた石のベンチに腰かけて眺めていると我知らずそんな感想が零れた。
「そうじゃろう」
返事のあると思っていなかった言葉に幼い声で応えがあった。
「ロゴミアスか。もう準備はいいのか?」
「うむ、もう後は神力を溜めて時を待つだけじゃからな」
俺の隣に腰を下ろした彼女は儀式用の服装に着替えていた。深紅のドレスはそのままに、上から神官服をアレンジしたような物を着ている。純白の生地に深紅と真鍮の糸で複雑な模様が縫われており、一目見ただけでそれが祭具だと分るほど清廉な神の力を湛えていた。
「美しいな」
「ふはは!もっと褒めるんじゃ!」
「服がな」
「なんじゃと!?」
「はは、冗談だ」
そんな軽いやりとりを交わしながら、俺は彼女の肩に手を置いた。
「忙しいだろうに、ありがとうな」
ここ数日俺に付き合って色々と動いてくれているが、創世神であり太陽神でもあるロゴミアスが暇なはずもない。神としては右も左もわからない俺のために態々時間を割いて説明をしてくれただけでなく、使徒転生用の肉体を設計したり直近の儀式のために奔走してくれたり……頭が上がらない。
「気にするでない、わしも楽しかったしな……なあ、エクセルよ」
くすぐったそうに笑った彼女は改まった声で俺の名を呼ぶ。どことなく中庭に姿を見せた時からソワソワとした様子だったので何か言いたいことがあるのだろうことは察しがついた。
「なんだ?」
その様子にまた幼い頃のナズナを思い出してしまう。若返っても歳をとった影響はそう簡単に抜けない。
「そなたはわしをどう思う?」
えらく漠然とした質問だった。
「どう、とは?」
「どうとはと聞かれても困るんじゃが……そうじゃな、例えば天使たちから見たわしは敬愛する主であり造物主じゃ。奴らはわしを敬ってはくれるが、友達にはなってくれん」
「……」
寂しげに、呟くように語るロゴミアス。
「戦乙女たちにとってもそれは同じこと。むしろ守るべき対象であるがゆえにより明確な線引きが存在しておる。例外はシェリエルくらいじゃな」
たしかにシェリエルは礼儀正しい中にも親しみやすさというか、神に対しても少しフランクに接する度胸のようなものがあった。
「他の神々はわしを恐れる。そなたならもう察しておると思うが、大神であるそなたと比べてもわしの力は大きいのじゃ。いや、大きすぎるのじゃ。造物主に対する本能的な服従と強すぎる神力に対する畏れ……無理もないことじゃがな」
もしかすると彼女が3つの世界を生み出したのも、様々な生物を生み出したのも、そしてそれらにあらゆる自由を与えているのも、全ては寂しさから逃れるためなのかもしれない。しかし開闢から悠久の時を経てなお、彼女の孤独は癒されていないのだ。
「皮肉な話じゃな。人を導くために信仰を生み出したら、昇神した者は皆わしを天使たち以上に敬い、古参の神々以上に恐れるのじゃ……まったく、やるせないことじゃ」
彼女は泣きそうな顔で自嘲気味な笑みを漏らす。永遠を生きる最古の神であると同時に、ロゴミアスは永遠に幼く寂しがりやな少女でもあるのだ。
「エクセルや、そなたなら……」
上目遣いに発せられた問いかけは途中で途切れた。人間には想像もつかないほど長く続いた孤独感が彼女の言葉を途切れさせる。
「俺なら、なんだ?」
「……分るじゃろう?」
言葉にしてしまえば、否と言われた時の傷はより深くなる。そんな恐怖が透けて見えた。
分るかと聞かれれば、当然わかる。彼女が何を言いたいのかも、何を言ってほしいのかも。伊達に100年近く生きてきたわけではない。
それでも時に察してやることが最良の選択でないときもある。突き放すことが正解のときもあるのだ。
「分らないな」
「…………」
分らないはずのない問いかけにきっぱり分らないと言われ、ロゴミアスは肩を震わせた。小さな背をかがめてうつむくその姿に心は痛むが、それでもするべきことは変わらない。
「口に出さなければ、分からないな」
「……!」
驚いたように彼女は顔を上げた。涙をためた真鍮の目を大きく見開いて。
「お前が言いたいことはお前が言え。欲しいのが同情でないなら」
俺が言ってしまえばそれは同情になってしまう。察して、手を差し伸べる形になるからだ。それではただの憐れみだ。何の意味もない。あるいは1歩前進になるのかもしれないが、俺は彼女がたった1歩踏み出すための呼び水になりたいわけではない。冷たい言い方になるが、彼女がこれまで何度落胆し、何度孤独に涙したとしてもそれは俺に関係ないことだ。俺は彼女に直接その言葉を言われていないし、落胆もさせていない。ロゴミアスが本当に欲しいモノを得るためには自分の意思で、自分の言葉でエクセルという相手に最初で最後の問いかけをしなければいけないのだ。
「……そうじゃな、そなたの言う通りじゃ」
ゴシゴシと法衣の袖で顔を拭いた最高神はベンチから立ち上がる。それでも座っている俺より目の位置は低いが、真っ直ぐに見上げてくる視線は凛としていた。
「わしは……わしは……」
とはいえたった二言三言で長年の孤独感による重しが取れるわけもなく、開いた口からは定まりきらない言葉が漂っては消える。小さな手が上げられかけて、止まってしまう。
まあ、一押しくらいはしてあげよう。
「創世神ロゴミアスよ」
「……?」
急に仰々しい呼び方をされた彼女は一瞬緊張も忘れてキョトンとする。
「技術神エクセルが、対等な大神としてその言葉を聞こう」
大神などと自分で言うのもアホ臭いが、同じ真鍮色の双眸で真っ直ぐに見つめ返してハッキリ言う。
「対等な大神……ふ、ふは、ふははは!対等、対等か!そうじゃな、対等じゃ!」
ロゴミアスは何かが吹っ切れたかのように笑い出した。並び立つ者のない最高神として生まれた彼女は言われたことのない言葉だろう。
「あぁ、本当にそなたは最高じゃな!では対等なる大神としてエクセルよ、そなたに頼みごとをしよう!」
ひとしきり笑ってからふてぶてしく宣言し、大きく右手を差し出す。
「わしと友達になってほしいのじゃ!」
「よろこんで」
そっと微笑んでその手を握り返してやる。まさしく大人と子供ほどに違う手は、対等な関係の証明としてここに握手を交わした。
「ロゴミアス、いや、ミアと呼ぼうか。ミア、これから俺はお前の友だ」
「ミア……!よいのう、友達っぽくて凄くよいぞ!」
太陽神の名の通り、輝くような笑顔を浮かべるロゴミアスあらためミア。この笑顔を見れただけで神として延長戦に臨んだ甲斐はあったかもしれない。そんな風に俺は思った。
~★~
「もう行ってしまうのじゃな……」
俺とミアが握手を交わしてからわずか30分後、大輪の笑顔を浮かべていたその顔に今度は寂しさをのせて彼女はそう呟いた。場所は儀式の間、八角形の室内に複雑な模様と神力の導線が張り巡らされた神聖な部屋だ。
「そうだな」
どれだけ楽しいことがあっても、別れがたい出会いがあっても、時間だけはひたすら無情で公平だ。使徒転生の儀は50年後に移せない。地上での活動をそんなに遅らすわけにはいかない。
「折角友達になれたのに……」
「なに、人の一生とはあっけないものさ」
「縁起でもないな……」
「100年生きてもあっけなく感じるものだよ。死にたての俺が言うのだから間違いない」
冗談めかしていうとミアも笑顔を浮かべた。
「それにいつでも教会に行けば会えるだろ?」
「そ、それもそうじゃな」
事前に確認したが、教会に行って俺が祈りを捧げれば特別に天界へ意識を飛ばせるのだと言う。しかも天界での時間の流れは曖昧らしいので、地上で少し時間を確保すればちょっとしたお茶会ができるのだとか。自由に歩けるようになるまで3年前後。それくらい気の長い神々には瞬く間のはずだ。
「さあ、始めてくれ」
「うむ、達者でな」
ようやく踏ん切りがついたらしいミアに微笑み、中央に置かれた椅子に腰かける。隣には簡素なベッドに寝かされた新しい肉体があった。これからしがらみの少ない村に住む誰かの胎に宿り、使徒として生きる間は共に歩むことになる肉体だ。
よろしくな。
心の中で小さく話しかける。創世神と技術神が協力して作り上げた最高の肉体は、ただ何も言わずそこに寝そべるだけだが。
「流れる水が如、高きより低きに流れ往け。溜まりて留まる水が如、器を満たして月映せ。巡り巡りて天へと昇る水が如、器砕けて帰るその日まで」
力持つ言葉が1つ紡がれるごとに陣から燐光が立ち上り、俺の意識が薄れていく。体が軽くなり、どこかへ落ちていくような感覚。きっと俺の魂が地上へと送られているのだろう。
「行ってくる……」
かすれるミアの姿に一時の別れを告げた。ミアも穏やかな笑顔でそれを見送ってくれる。
「うむ、行ってくるのじゃ…………あっ」
あ?あってなんだ?
完全に意識を失う直前、俺の耳は不吉な音を拾った気がした。
全4話の最後のやつです。
ぜひぜひコメントしてあげてくださいまし!
これからも毎週あげますから、よろしくお願いします('◇')ゞ
~予告~
最後の瞬間にミアが呟いた「あ」の一言。
その意味するところは・・・
次回、エクセル死す!
エクセル「もう死んでるんだがな」
※※※変更履歴※※※
2019/5/4 「・・・」を「……」に変更