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三章 第7話 初めての依頼

 朝食を軽めに済ませた俺とエレナは2人だけで屋敷を出発した。ギルドに向かう時は今後も2人だけで歩くことになっている。馬車で行って安い依頼を受けるのではただの娯楽もいいところだからだ。

ちなみに冒険者として一応の門出となる今日この日、レメナ爺さんがまるで忘れていたとばかりにぞんざいな渡し方でもって初めての魔法杖をくれた。俺とエレナのためにレグムント領にいる馴染の杖職人から取り寄せてくれたらしい。とても嬉しい贈り物だった。

 まあ、魔法使いにとって一人前の証である師匠からの魔法杖を、まるで学校にいく子供に弁当を渡すようなノリで授けられるとは思っていなかったが。

 しかもその足でレメナ爺さんは旅に出かけてしまった。自由人すぎる。


 時刻は早朝よりは昼に少しだけ近い朝方、大通りは各々仕事に向かう人や用事で店を訪ねる人などで少し込み合っていた。伯爵領にしては人口も少なく活気も平均値付近しかない我が領では馬車はあまり走っていない。なので道にいるのはほとんどが歩行者なのだが、なぜかその多くが俺をチラ見してくる。

 10歳程度の子供が冒険者衣装をまとっているのが珍しいのか、服の仕立てから貴族だとバレているのか、それとも俺の髪色が目を引くのか。ケイサルに貴族はほとんど住んでいないし、乳白色の髪は生前を振り返っても非常に珍しい。


「アクセラちゃん」


「ん?」


「今日は最初の依頼を受けるんだよね?」


「ん」


「どんな依頼になるのかな?」


「さあ……でもたぶん外には出ない」


 教導を務める「夜明けの風」が何を最初の依頼にするかはわからない。彼等の考え方とそのとき出ている依頼の種類によるからだ。しかし大まかな類は推測できた。


「なんで?」


「冒険者の心構えを教えるなら、まず専門じゃない依頼をうけさせるはず」


 戦闘や狩り、特別な植物の採取などは専門依頼と呼ばれる。これに対して近場に生える薬草の採取や単純な人手としての仕事は専門外依頼と呼ばれ、Gランクを含めて全ての者が受けられる。


「専門外依頼は依頼主との交渉や対応をする練習にもなるから、ミスした時の問題が大きくなりやすい専門依頼より先にさせると思う」


「あ、なるほど」


 ギルドが依頼主となる討伐系ばかりを受けるならいざしらず、交渉と依頼主の品定めは冒険者にとって必須の経験だからな。

 その後も細々した話をしながら歩いていくと、ほどなくギルドの建物が見えてきた。ケイサルは領主館から真っ直ぐ正門まで伸びる大通りを縦方向として、横広な楕円形に城壁が造られている。その外に畑やら牧場やらがあるわけだが、とにかく大通りは領都にしては短いのだ。当然ギルドまでの距離はそうたいしたものではなく、俺たちの足でもあまり時間はかからない。

 ギルドの扉をくぐって中へと入る。前に来たときと同じく中途半端な朝に来たせいでほとんど人がいない。そんな見晴らしのいいロビーの片隅にあるいくつかのテーブルセットの1つ、4人組の冒険者が座ってなにやら談笑していた。「夜明けの風」の面々だ。


「お、きたきた」


 ちょうどこちら向きに座っていたトーザックが頬を緩めて手をふらふらと振って見せる。その動きにつられてパーティー全員がこちらを向き、それから笑顔を浮かべて席を立った。


「おはよう、2人とも」


「おはよ」


「おはようございます」


 4人とも顔合わせのときと同じ鎧を身に着け、パーティーリーダーのガックスとマレクは腰に剣を装備している。トーザックはおそらく上着の下にでもナイフをいれているのだろう。アペンドラは市街地で弓を担いで動き回るのも大変だし意味も少ないから主武装抜きだ。彼女の姿からも今日は領都の外に出るわけでないことがわかる。


「ではさっそく仕事にかかるとしよう」


 真面目な性分らしいガックスはそう言って再び席に着き、俺たちにも椅子を勧めた。


「今日はギルドの説明と依頼の説明をしてからまず依頼を1つ受けてもらう」


「ん」


「依頼は幾つかに俺の方で絞らせてもらうが、その中でどれを選ぶかは自分で決めてくれ」


「はい」


「質問は?」


 俺とエレナは首を横に振る。


「よし、ならまずはギルドの説明だな。といっても来歴だのと難しい話は知ってるだろうししない。大まかな仕事についてもマザーの方から聞かされているだろう?俺から説明するのはこのギルドのどこがどういう設備なのかということだ」


 そう前置きして彼は椅子の上で姿勢を変える。背もたれに片腕をおき、窓口の方を指さす。


「見たらわかると思うが、あそこが受付だ。受付にはそれぞれ依頼をする窓口、依頼をうける窓口、買い物や相談をする窓口がある」


 依頼をする窓口では客が持ち込んだ依頼を依頼書の形にし、条件の確認と規約の説明や前金の入金を処理する。依頼をうける窓口では冒険者が受けたい依頼を選んで契約を結ぶ。買い物や相談の窓口は基本的にその他の業務を一手に担っている。銀行業務や情報の売買も最後の窓口の仕事だ。


「依頼人が受付で登録した依頼は依頼書という形であそこに貼られる」


 ガックスが次に指したのは受付から少し離れたところにある壁の一面。そこは大きなコルクボードとなっていて、いくつもの紙切れがピン止めしてある。紙切れが依頼書だ。


「あの依頼書をはがして受付に持っていくんだ。そうすれば受諾の処理をしてくれる」


 わざわざ壁に貼るのは依頼の紹介に人手を割かないためで、それをはがして持っていくのは処理のタイムラグなどで二重の契約を結んでしまわないためだ。


「ここまでで質問は?」


「依頼が完了したら?」


「受諾窓口で報告や報酬の支払いも処理してくれる。報告の内容はギルドや地域に影響の大きいことでもないかぎり依頼主からの達成証明書だけでいいが、もし見慣れない魔物に遭遇したとか、気になる人物を見かけたとかだった場合は報告すること。依頼内容と違うことをさせられた場合もな」


 依頼は内容と報酬を明示して行われる。これは冒険者が悪質な依頼主によって利用されることを防ぐためのルールで、元は後ろ盾のない流民であった冒険者が権力者の依頼主に色々と騙されてきた歴史からできたものだ。ちなみにこのご時世にそんなことをしようものならたとえ上位貴族でもギルドと国の条約によって厳しい取り調べをされることとなる。


「お金の引き出しは受諾の窓口ではできないんですか?」


 エレナの質問に言い忘れていたとガックスは説明を足す。


「基本はできないが、受諾のついでに資金を引き出す程度ならしてくれるぞ。それから報酬を現金でもらうか口座に入れるかも聞かれるから、その時に少し多めに引き出すことも可能だ」


 しっかりしたルールはあるが多少の融通は効くのがギルドという組織だ。


「他には?」


「今のところは」


「はい」


 元々そこまで説明に手間取るような難しいシステムはしていない。

 俺たちが理解したことを確認したガックスはおもむろに立ち上がる。


「さて、次は実際の依頼書を見ながら依頼の説明をするぞ」


「ん」


 熟練の剣士に連れられて俺たちは依頼書が貼られた壁まで行く。そこには古いものから新しいものまで何枚もの依頼書が貼り出されていた。


「まず大まかな見方だが、下の方が専門外依頼で右側が常駐依頼、それ以外が諸々の専門依頼だ」


 専門外依頼が下の方なのはGランクに多い子供でも見えるようにという配慮らしい。これに対して難易度が高い依頼は上の方に貼られることが多く、こちらは人だかりができていても大勢が見えるようにするためだ。


「常駐依頼はギルドが依頼主で常時発注されてる依頼だ。これははがしたら駄目だぞ。大抵は採取か討伐だから内容を確認して、もし達成できれば受付で報告して達成処理をしてもらうことになる」


 代表的な常駐依頼は各ランクの魔物討伐系。たまたま遭遇した魔物を討伐したりするとこれを達成したことになる。


「確認方法は採取系なら現物、討伐系ならギルドカードを見せればいい」


「なんでですか?」


 エレナが首をかしげる。


「なんだ、説明されなかったのか?」


「されてません」


 そういえば俺も教えていなかった。


「ギルドカードは倒した魔物の魔力を感知して討伐した種類と数を記録してくれるんだ。これのおかげでたとえ乱戦になったり魔物を魔法で消し炭にしてしまってもちゃんと数が確認できて、報酬をきっちり払ってもらえるというわけさ」


 魔物を跡形もなく燃やしてしまうというのはエレナならやりかねないので、この恩恵は非常に大きなものだ。焼き加減に慣れてこないと青い火魔法は高火力過ぎる。


「でだ、今から受けてもらうのは専門外依頼になる」


「ん」


「はい」


 案の定な言葉に俺とエレナは頷く。しかしその反応はガックスにとっては意外だったらしく、目を丸くして黙ってしまった。


「どうしたんですか?」


「あ、ああ、いや、なにか不満を言ってくると思っていたからな……」


「不満ですか?」


「なりたての冒険者は専門外依頼をGランクの受けるものと見下している傾向が強いんだ。自分は専門依頼を受けられるのになぜ、ってな」


 若くてFランクになりたての冒険者なら誰もが通る道だ。俺も生前散々説教してきたから分る。だがそんな根拠のない増長をするほどうちのエレナは浮かれていない。


「基礎は大事ですから」


「まあ、そうなんだが……いや、説教することが1つ少ないのはいいことだよな、うん」


 彼は拍子抜けしてしまった己の心に論理的な納得を押し付け、咳払いで頭を切り替える。


「専門外依頼の選び方だが、まず最も大切なのは自分に適した依頼を選ぶことだ」


「当たり前だけどな」


 前置きにトーザックが笑って見せる。


「自分に適した依頼というのは、決して払いがいいからと無理な仕事を選ばないということと同時に、いくら楽でも差し迫った必要がないのに簡単すぎる物を選ばないということでもある。何故かわかるか?」


「Gランクの生活を壊しかねないから」


「そうだ。特に年齢を理由にGランクとされている者は選べる範囲が極端に狭い。そんな連中の依頼を必要もないのに自分がこなしてしまえば、そいつらの食いぶちを潰すことになる。そういった行いは溜まっていけば確実に諍いの原因になる」


 自分のランクと腕に見合った仕事は取った者勝ちの冒険者業だが、下のランクの仕事にはできるだけ手を付けないという不文律がある。この紳士協定には俺も生前お世話になったものだ。


「そういうわけだから、まずは自分でいいと思う物を選んでみてくれ。ああ、選んでもまだはがすなよ」


 はがした依頼は受けなければいけないというのも不文律だ。戻しても問題はないが、あまりいい顔はされない。

 専門外依頼は壁の下の方、といっても俺たちにはちょうどいい高さに張られている。今日の売れ残りの数は4件。どれも目安は「G~」と書かれており、一般的にEランクでも受けられるくらいだ。これが「G」と書かれていればよほど生活に困窮していない限りEでも受けない。


「失せ物探し2件と建築現場の手伝い、臨時の売り子……ほんとに雑用ばっかりだね」


 たしかに。


「建築現場の手伝いは力仕事って書いてある。パス」


「そうだね」


 俺はできるだろうが、エレナには厳しい。


「臨時の売り子もやめとこっか」


「ん、いいけど、どして?」


 俺の質問にエレナはキョトンとした顔で、気付いていないの?と首をかしげる。


「このお店、大通りのパン屋さんだよ?」


「それは気付いてる」


「いつ通りかかっても違う子が売り子さんしてるでしょ?」


「……そうなの?」


「そうだよ?」


 そんな当たり前みたいにいわれても……。しかしそういう理由なら避けた方がいいな。


「なら失せ物探ししかないけど」


 失せ物探しは地味に面倒な依頼なのだ。多くの場合探すのに労力がかかる割に支払いはよくない。しかも成功報酬だから徒労に終わることも多い。


「片方は市街地で失くした結婚指輪の、もう片方は西の森で落とした商売道具の捜索……」


 商売道具を落とすなよ。


「たぶん指輪は見つからない」


「やっぱりそう思う?」


「ん」


 市街地でそんなものを落としたら拾われて売られるのが精々だ。持ち主には悪いがそれはもう諦めるしかない。


「消去法的に商売道具の捜索しかないかな?」


「ん」


 商売道具というのがどういうものかの説明は書かれていないので、ギルド側が把握していれば受付で聞けるし、していなければ依頼主のところまで行かなければいけない。


「報酬は?」


「小銀貨2枚だって」


 低所得者の一日の稼ぎよりやや少ないくらいか。


「すぐ見つかるならいいけど、見つからないと結構しょっぱい依頼だよね」


「失せ物探しなんて全部そう」


「それもそっか」


 報酬の確認も終えたガックスの方へ向き直る。


「これ、受けたい」


「なるほど。判断の過程を聞いていたが実にしっかりとしている。それにパン屋の臨時売り子の依頼に関しては素晴らしいな。その店は毎日昼過ぎから夕方までの販売をGランクの子供にまかせているんだ。だから取らなくて正解だ」


 つまり売れ残りではなくあえて早朝組の大人たちが手を付けなかったのだ。冒険者にはその土地独特の依頼を見極めて地雷を踏まないようにすることも求められる。そういう意味でエレナの観察能力はとてもいい資質だ。逆に俺はそういった慣習にはあまり目が行かない。


「あと指輪探しを弾いたのもいい判断だぜ。今頃質屋か下手すりゃ溶けて鉄だろうからな」


 とトーザック。世の中そう善良な人間ばかりじゃないのだ。


「じゃあこれを処理してもらえばいいんですか?」


「ああ、その依頼書をはがして窓口に持っていくといい」


 言われた通り俺とエレナは商売道具の捜索依頼書を壁からピンごとはがし、今は誰も並んでいない受付の窓口に向かう。9歳の背丈ではぎりぎり窓口に背が足りないので、カウンターの下に収められている木箱を引きずりだしてその上に立つ。Gランク冒険者の依頼もここで処理するので、子供向けにそういった足場が用意されているのだ。


「依頼の受諾処理を」


「は、はい」


 緊張した声で依頼書を受け取ってくれたのは、一昨日符丁が分からずに取次ぎを拒否した事務官の少女だった。確か名前は……聞いてなかったな。胸元の名前を確認する。

 カレムか。


「ギ、ギルドカードの提示をお願いします」


 あのあとギルド職員として新規登録された俺たちの事も教えられたのだろう。ガッチガチの緊張具合だ。


「ん」


 俺は内心で苦笑しつつエレナと自分のギルドカードを差し出す。足場にしている箱の大きさ的に2人は乗れないので彼女は俺の後ろで待っている。

 渡された黒いカード2枚を窓口の向こう側にある魔導具のスロットに差し込み、それに接続された平たい水晶画面を見てカレムは小さく頷く。


「はい、確認できました」


「依頼の詳細はなにかある?」


「し、詳細ですね、お待ちください」


 依頼書に書かれた番号を確認した彼女は席を立って棚に収められた本を1つ取ってくる。依頼書に書き切れない詳細や受諾者にのみ明かすことになっている情報をああやって後ろで管理しているのだ。


「えっと……依頼人はマルコス=ルンベリー氏、薬師の方です。門を出て少しのところの森で商売道具を一部落としてしまったとありますね。ご本人は足を怪我されて自宅療養中だそうです」


「落とした理由や場所については?」


「す、すみません、書かれていません。お受けになるのなら依頼人の住所をお渡ししますので、足を運んでいただくしか……」


「ん、わかった。受ける」


「はい、今処理いたします」


 ギルドカードが差し込まれている魔導具をカタカタと弄るカレム。それから依頼書に判子を押して何か書いたあと丸め、封蝋をたらして別の判子で止めてからカードと共に差し出してくれる。


「処理が終わりました。い、依頼人にこの依頼書をお渡しください。依頼完了をもって依頼人がサインをしますので、それをこちらに提出しに来てください。それと引き換えに報酬をお支払いします」


「ん、ありがと」


 カードと依頼書を受け取ってお礼をいうと彼女は目を丸くして固まってしまった。俺が小さい頃はそういえば屋敷の侍女たちもけっこうこんな反応をしていた。ちょっと懐かしい気分になりながら、驚いているカレムを残して俺たちはガックスのもとに戻った。


「なんか目をまん丸にして固まっちゃってるけど、あの子に何を言ったの?」


「口説きでもしたのか?」


 アペンドラの不思議そうな声に続いてトーザックがニヤッと笑ってそんなことを言う。


「お礼を言ったら固まられた」


「「「あぁ」」」


 マレクを除く3人から納得の声が上がる。


「そんなに驚くこと?」


「まあ、冒険者はあんまり礼儀正しくないからな」


「それに貴族から礼を言われるってのはなかなかねえことだしな」


 やはり貴族の印象というとそんなものらしい。


「礼儀は大切」


「ははは、この領地は良い次代を持ったな」


 俺は次の領主になる気も結婚して領主を支える気もないんだがな。


「それに」


「ん?」


「感謝できるときにしないと、人はすぐできなくなってしまうから」


「……」


 ガックスは笑みの気配を消して黙し、それから小さく


「そうだな」


 とだけ呟いた。


~★~


 「夜明けの風」の面々に付き添われて俺たちは依頼人の下に向かった。彼等は依頼人との交渉にはノータッチで、あとから問題点を指摘してくれることになっている。

 カレムに言われた場所は工房が集まる職人街と普通の居住地との境目、ルンベリー薬室という看板のかかった小さな調剤工房だ。1階部分が店になっているが、足を痛めているからなのか商売道具を失くしてしまったからなのか、今日は閉店と書かれた板が窓に掛けられている。


コンコン


「すみません、ギルドから来ました!」


 エレナが店の横についた扉をノックしてそう叫ぶ。2階の居住スペースにまで聞こえるように。

 一拍の間を置いて不規則な足音と硬い物が床を打つ音が中から聞こえだす。その音はゆっくり扉の方へと近づいてきて、ぴたりとやんだ。


「……」


 それが足音と杖の音だというのは分り切っていたので扉が開けられるのを待つ。案の定、直後にガチャリと鍵が外されて扉は開いた。そして顔を覗かせたのは1人の男性。まだ20代と思われるその青年は全身から濃密な薬臭さを漂わせており、片足を包帯でぐるぐるに巻いていた。かけた眼鏡に小さなひびが走っていることから察するにあまり儲かってはいないようだ。言っては何だが間の抜けた顔をしている。


「依頼人のマルコス=ルンベリーさんですね?」


「え、ああ、うん」


 専門外依頼を出したくせに子供が来るとは思っていなかったのか、一拍遅れて困惑のような驚きのような表情を顔に浮かべて頷いた。


「ギルドから依頼を受諾してきました、Fランクのエレナとアクセラです」


「俺たちはこの子たちの教導を担当している冒険者だ。あんたの依頼には一切手出ししないから気にしないでくれ」


「は、はぁ……でも、こんな子が?」


「貴方が出した依頼は専門外、私たちより下の歳の子が受ける可能性もあった」


「え、そうなの?あぁ、でも困ったな……」


 ちゃんとギルドで説明されているはずなんだが……。


「とりあえず家の中に入れていただけませんか?依頼内容を確認したいので」


 何がどう困ったのか、最初の依頼ですでに嫌な気配を俺は感じとる。その直感を補強するようにエレナの申し出にマルコス氏は顔をしかめた。


「家の中は、困るよ。これでも僕は薬師だから」


「依頼の間に知りえた情報は誰にも口外しない。契約上冒険者はそういうことになってる」


「そんなこといわれても、ちょっと危ない物もあるから、無理なものは無理だよ……うん、無理だね」


 なんだか心が一部ここにあらずといった雰囲気だ。


「えっと……それならこの場で依頼内容の確認を」


「確認って、書いてあるまんまだよ。ここの外の森で仕事道具を、なくしちゃったんだ」


「その、失くした場所の大まかな位置とかは?」


「位置……?いや、だからこの街の外の森だよ」


「……北門の森ですか?西門の森ですか?」


「北門の方だった、かな。慌ててたからたぶんだけど」


 北の森と依頼書にも書いてあったので間違いはないが、やはり言っていることが少しあやふやだな。

 それに北門の森というと、森とは名ばかりで実際は林程度の木しか生えていない場所だ。足を痛めていても取りに戻れる距離と場所のはず。そもそも北門から進んだ道は街道にも繋がっていない。何をしに行っていたのかという疑問もある。


「慌てていたというのは、なにかあったんですか?」


「そんなの、君たちに関係ないだろ?」


「商売道具を落とすほど慌てるのはよっぽどのことですよ。その原因が何かは依頼遂行に欠かせない情報です」


 さっきからエレナが優秀過ぎて俺は何も言えていないが、とりあえずかなりいい感じにきな臭い部分が掘り返されてきたな。

 彼女のもっともな指摘をうけてマルコス氏は少し不快気に顔を(しか)めつつも、仕方ないと口を開いた。


「野犬が2頭いたんだ。僕は薬師で冒険者じゃない、噛まれたら大変だと思って、街に逃げ込んだんだよ」


 犬というとそう危険でもないように思うが、野生の犬というのはあれで大変危険な存在である。人間は感染症に弱いから単純な獣としての危険性だけでは済まない。下手に噛まれれば手足の1本くらい簡単に腐らせて失ってしまう。


「……依頼内容の不備、報告させてもらいますよ」


「な、何を言っているんだ!?」


「あたりまえです。あなたが出した依頼はGランクの専門外依頼ですよ?貴方よりもっと非力な子供が捜索に出て噛み殺されたらどうするつもりだったんですか!」


 徹底して問い詰めなかったギルドの担当者にも責任はあるだろうが、この場合違約金やらなにやらを払う義務が彼には発生する。

 まったく、初依頼がハズレくじとはね。


「依頼は依頼。道具は回収してくるから、ギルドに行って違約金支払っておいて」


「う……」


 目が俺たちの左右を確認する。ほんのわずかに彼の脳裏を逃亡の二文字がよぎったのだろう。だが後ろに控えている4人組を見てどうしようもないと判断したのか、彼は項垂れて承諾した。

 俺たちはマルコス氏から紛失した道具の形状と数を聞いて北門へと向かった。ガックスとトーザックが俺たちの護衛兼指導、アペンドラとマレクがマルコス氏の連行とギルドへの事情説明ということで別行動になる。

 さあ、実は初めて領都の外に出るわけだが、一体ここら辺の景色はどうなっていることやら。


~予告~

初めての都市外活動、探すのは失われた道具。

そこで二人は神と人の契約を納めた太古の聖櫃を見つける。

次回、落ちてたアーク


ガックス 「皆、ムチはもったか!?」

アクセラ 「混じりすぎ・・・」


2023/05/08 位置関係の描写が矛盾していたので修正

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