表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十三章 瀉炎の編
356/367

十三章 第41話 鬼と鬼

 バヂチ ……キュァンッ !!


 空間を捻じるような異音を引き連れ、べっ甲色の閃光が迸った。その斬線をなぞる様に紫炎が雪崩れ込み……ドッ!爆風に傷口をこじ開けられ、大通りに面した三階建てが横に両断される。

 倒壊する石造りの建物。吹き荒れる神炎の中から、しかしダルザは無傷で飛び出す。ピンクの髪を熱風に煽られながら。


「そんなヌルい攻撃、当たらないわよぉ!!」


 戦場と化した王都富裕街に嘲笑が反響する。

 彼は一帯を覆う紅の監獄(ロート・ゲフェングニス)から無数の糸を伸ばし、自らの体に括り付け、引き寄せることで縦横無尽に逃げ回っているのだ。


「ガァ……!!」


 一抱えもある火球が四つ、崩れ行く建物の向こうから放たれる。それは進路上の赤い糸を焼き払い迫るが、ダルザは凄まじい速度を維持したまま、ぐん!と商家の軒先で方向を転換しこれを回避。

 攻撃魔法は空を切って背後の別の商家を突き崩し、建物一棟を瓦礫の礫に変えて周囲へ降り注がせた。


「あらやだ、危なぁい!!」


 糸の一本に着地し嗤うダルザ。だが口で言うほど彼にも余裕はなかった。

 なにせ鬼面の力に呑まれたアクセラは一撃で建造物を切断する力を持っていて、なおかつ躊躇いなくそれを振り回しているのだ。周囲に配慮して戦っていた先ほどまでの彼女とは、桁違いに危険である。

 しかも速い。糸による強引な加速を行う自分と比べてもなお、とかく速いのだ。


「グルォオオオ!!」


 使徒の足下で神炎と鬼雷が綯い交ぜとなって爆発し、石畳が円形に砕ける。飴細工のような獣爪をブーツから生やした少女が力強く踏み込んだのだ。

 小柄な体は驚異的な加速を得て地面より放たれる。双角を振り立てた魔なる剣士は上に落ちる雷のようにダルザに急接近。


「ッ!!」


 目で追い切れないほどの速度。テロリストの顔に緊張が走った。


 バヂチ……キキュィンッ!


 鬼雷が少女の右腕で瞬いたとほぼ同時、海色の刀がバネ仕掛けのように真横へ振り抜かれる。それはダルザが防御のために張り巡らせた数十本の糸を強引に千切って、彼自身にまで肉薄する。

 斬!目の前で唸る聖なる炎と荒れ狂う雷。だがギリギリのところで稼いだ時間を使い、鋼糸使いは真後ろへ自分を釣って切っ先を避けていた。


 ビンッ!ビビビンッ!!


 入れ替わりに無数の糸が全方位からアクセラへと襲い掛かる。

 まるで極細のレーザーのように殺到したそれらは炎の揺らめきの隙間を縫い、べっ甲の鎧ごと柔肌を貫く。


「美しく花開きなさい(ブリューエン)!」


 ビィン!


 赤い糸が張り詰める。鋼糸に異常なテンションがかかり、少女の肉を荒々しく斬り裂いていく。まるで子供が粘土を糸で引き切って遊ぶような、乱雑ながら力強い攻撃。防御力を無視するように、肉の花がばらりと咲き誇る。

 恐るべき威力。それもそのはずだ。ダルザの赤い糸は鋼糸として最高の素材であるヴルフラームスパイダーの生糸に、最高の魔力媒体である血液を纏わせたもの。

 レッドスカルが恨みの血液で赤く染まることで強化される点から着想を得、硬度と靭性を物理的に不可能なレベルで併存させた魔技一体の武器である。

 だが……。


 業!!


 引き切られた傷から噴き出すアクセラの血が、一気に発火して肉を焼く。

 痛みに一瞬の停止を余儀なくされた鬼面の夜叉。しかし焼き焦げた肉から炭が剥がれ落ちると、無残な創傷は古傷だけを宿した柔肌に戻っている。


(クソ、まるで不死鳥じゃない!!)


 内心で悪態をつく。口に出す余裕はない。

 目の前にはすでに二ノ太刀が迫っているのだから。


 ギャギャッ!


 刀に糸を巻き付け、太刀筋を捻じ曲げる様に引っ張る。わずかなズレが緻密な斬撃を狂わせることに期待を寄せて。


「痛ッ!!」


 周囲の建物に糸を引っ掻け逃れるダルザの鎖骨に、一文字の傷が刻まれる。

 飛び散る血は少量。傷が浅いこともあるが、斬られるなりに焼かれて塞がったのが主な理由。邪悪だけを焼く神炎とは思えない、本物の熱感が刃に宿って彼の肌と肉と骨を炙っていった。


(暴走してるくせになんて鋭さ!アンタやっぱオカシイわよ!!)


 先ほどの一撃は正確に喉笛を狙っていた。しかもダルザの糸を足場にして刀を振るってみせたのだ。


(ホントに化け物ね……ッ)


 少女の顔を覆う、琥珀を削りだしたような単色の面。怒り狂う鬼の形相を備えたそれの目の奥に、アクセラの真鍮色の瞳が見える。怒りと憎悪に染まった、理性無き獣の瞳が。


(はっ、ざまぁないわ!)


 およそ冷静さの欠片も残っていない眼差しに宿る激情は、まさにダルザが化粧と笑みの内側へ封じているのと同じものだ。

 仇が自分と同じトコロへ落ちて来た。それが彼にはどうしようもなく嬉しい。


「って言ってもねぇ!」


 繰り出される輝く斬撃。その全てが延長線上で街を切り崩し、道を砕き、瓦礫の雨を降らせる。それでいて刀の間合いでは、一切の正確性を失っていない。

 激情に駆られ、『鬼化』に呑まれているというのに、信じられないほどに鋭く、正しい太刀筋。


(イカれてるわよ!)


 異常だ。同じ人間とは思えない。

 絡め手で糸を瓦礫に括りつけ、鎖分銅よろしく叩きつける。それも一つ二つではない、一気に十数発。普通なら袋叩きだ。

 が、相手はその全てをほぼ一太刀で細切れにして追いかけてくるのである。真っ直ぐに、ただ一直線に。


「でぇもっ、動き自体は単調なのよねぇッ!!」


 己を奮い立たせるように嘲笑うダルザ。

 指を激しく動かし、糸を操って少女を前後左右から切り刻む。


「グルルォオオオオオオオオ!!!」


 痛みも出血も無視して、着地するなり再び爆発を推進力にして踏み込むアクセラ。


「あははっ、馬鹿の一つ覚えってやつかしら!?」


 飛び込んでくる敵に彼はまたも糸による緊急回避を行う。逃げるは上。しかも追撃に備えてトラップのように糸を張り巡らせる。触れれば一瞬で骨までずぱっと断ち切る、特別細くて切れ味のいい血濡れの糸を。

 案の定、アクセラは軌道上にあった無関係の糸束を掴んで方向転換を強行した。手のひらの皮膚がずるりと剥けるのも構わず、その糸束を起点に推力の向きを変え、振り子のように上へとスイングしてみせたのだ。


「んふふふッ、これだから猪武者は……はぁッ!?」


 予想通りの行動。だがダルザは意表を突かれた。自分からトラップ糸に飛び込んだかのように見えた彼女が、それをまるで足場のように踏みつけてさらに加速したからだ。

 その辺の糸を足場にするのとはわけが違う。攻撃として置いた糸だ。それを足から飛び込むその勢いのままにである。


(まさか『獣歩』で慣性をコントロールした!?あんな糸一本の細さに対して!?!?)


 想定外すぎる動きに反応が鈍るダルザ。その隙に二回、三回と加速を繰り返し魔弾のように勢い付いたアクセラが迫り。


 メキグシャッ!!


 べっ甲色の獣爪と金属補強の施されたブーツが脇腹を掠める。人外の脚力は復讐者のあばら骨を粉砕し、皮膚と肉を服ごとえぐって吹き飛ばした。


「ぎぶはぁッ!くぅ、んのォおおおおお!!」


 口から血反吐を溢しながら、最接近したアクセラにダルザは糸を放つ。

 きわめて細い赤銅色の糸、ヴルフラームスパイダーの鋼糸。それはすぐにダルザ自身の吐いた血を吸って深紅に染まり、アクセラを四方八方から串刺しにする。

 それで終わりではない。糸は敵を取り囲み、編み上がり、籠となって少女を封じた。


 繰血奏糸・吸血籠の刑(ブルーツアゥグントカーブ)


 まるで何かの伝統工芸のような複雑で美しい編み込みの球体。それがぎゅっと圧縮され、糸で貫かれ捕らわれたアクセラは果実のように搾り上げられていく。

 だがその血が発火し、紫の炎が赤い籠の中で膨れ上がり……ザッ!


「ちっ!」


 火を噴き燃え落ちる籠。布を引き裂くがごとく、刀と爪でそれを破って少女が飛び出した。


「ガァアアアア!!」


 雄叫びをあげて飛び掛かってくる彼女に、ダルザは口元の血を拭って投げつける。


『操血術師』ブラッドバレット


 弾丸となった血液はアクセラの鎧に阻まれる。だが弾かれて散るのではなく、どろりと形を変えて小さなネジのような形となり、ギュル!っと回転した。


「ガッ!?」


 べっ甲色の装甲をドリルのように貫いたブラッドバレットが、少女の肉体に潜り込むなり炸裂。アクセラは胸元に大輪の花を咲かせ、その体から力が抜けた。


「グ、ウゥ……ッ!」


 だが後ろに倒れかけただけで、踏みとどまり、すぐに前へと足を踏み出す。

 胸元と面の下、口元から炎を吹きながら復活してくる姿は、まさに不死の化け物のよう。


「しつこいわねぇ!!」


 束ねた糸を加速する前のアクセラの足に絡みつかせた。

 それでも強引に追撃の一歩を刻もうとする少女。その側頭部に瓦礫をスイングで叩きつけ、体幹の揺らいだ軽い体を反対方向に引き倒し、宙へと投げ上げる。そこには緻密に編み上げられた深紅の糸の塊が待ち受けていて。


「細切れになって死んでちょうだい!広がりなさい(ファータイレン)!!」


 小さな球体だった塊が、ブワッっと解かれて広がる。まるで深紅の花が蕾から開いていくような光景。だが『鋼糸奏者』の編んだ鋼の花は、斬撃の花弁を備えた死の花だ。


「ガァア!!!!」


 背後から鎧も服もまとめて引き裂き、背中の肉をえぐり取られるアクセラ。白髪を振り乱す小柄な鬼の口から、獣の咆哮が迸った。

 それでも動きは止まらない。斬撃に曝されながらも空中で身を捻った少女は、青い刀をゆらりと振り上げる。


 バヂチッ、ヂ、ヂチッ、ヂ、ヂヂヂヂヂ……ッ!


 刀身に刻まれた雷の根が輝き、呼応するように二本の角が明滅。渦を巻く神炎が地響きを立てて刀へ集まっていく。


「やばっ……!?」


 あまりに濃密な力の本流。ダルザの顔が青くなる。

 彼はすぐさま魔力を鋼糸に集中させ妨害の一撃を放った。


「ガブァ……ッ!?」


 全身から血を吹き出すアクセラ。仮面の下から吐き出された血がぼたぼたと溢れる。刺さったままの糸から彼女の血に干渉し、直接その血管を破裂させたのだ。

 だがやはり動きを止めるには至らない。魔力の扱いでは彼の方が上手だが、アクセラの肉体強度は即席の魔法で壊しきるには高すぎる。強化に強化を重ねた使徒の肉体は、それ自体が下手な魔獣のそれより頑健な素材となっていた。


「グルガァアアアアアアアアア!!!!」


 ガギュァン……ッッッ!!!!


 容赦なく、周囲の被害など顧みる様子もなく、火炎と雷が渦巻く災害の塊のような剣が振り抜かれる。


「あ、くっ、アタシの糸よッッッ!!!!」


 ダルザは張り巡らせた深紅の蜘蛛の巣を急ぎ解いて自分と相手の二手に殺到させる。

 血色の鋼糸が蛇の魔物のようにアクセラへ向かい、神炎と鬼雷の嵐に正面から激突。膨大な魔力と神力、鬼力がせめぎ合い、一瞬の膠着を経て行き場を失い一気に爆散した。


「ぐぅぅうううううッ!?!?」


 瓦礫を繋いで即席の壁に、さらに魔力を走らせた糸で熱と衝撃を切り刻む。神経を研ぎ澄ませての防御。それでも身を焼かれ、激痛にダルザは呻いた。

 周囲へ爆ぜまわる力は建物も、路面も、遺体も、彼も、全てを粉砕しようと荒れ狂う。


(不味い、不味い、不味いわよぉ!!)


 魔力と瓦礫の壁がゴリゴリと削れていくのを感じる。このままでは早晩、リソースを使い果たして爆炎に飲み込まれる羽目になるだろう。さすがにそれは死ぬ。彼のステータスをもってしても、数秒で死に至ることは間違いない。


「死んで、堪るモンですかぁああああ!!!!」


 飛来する大粒の瓦礫を砕きつつ、安全圏まで糸を伸ばす。


 ビィン!!


 爆音の間に響く細い音色。体にかかる強烈な後ろ方向への加重。

 テロリストは美しくも破滅的な爆発からどうにか自分自身を引き抜いた。


「げほげほっ!がはっ!」


 爆心地から三百メートルほども一気に離れ、胸の内側の激痛をこらえて必死に呼吸を繰り返す。

 防御を解いたほんの一瞬で焼けかけた肺を癒すべく、ベルトから細い金属瓶を取り出して飲んだ。ポーションだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……ま、真冬に花火なんて、洒落たマネしてくれるじゃない!」


 魔力は気力だ。それを奮い立たせるように、ようやくの思いで悪態を吐く。

 だがダルザは、口調とは裏腹に、目の前の光景に頬をひきつらせていた。

 爆発が爆発を呼び、夜の闇を駆逐する勢いで閃光が富裕街の一角を埋め尽くしていた。

 まるで本当に花火大会を地上ゼロ距離で開催しているような、そのフィナーレの一幕のような、酷い光景だった。


(クソ、ここまで強くなるとは想定外だったわ……!)


 アクセラの尊厳を踏みにじる。そのためにいつでも理性的な彼女を『鬼化』の怒りに落とし入れ、さらにその暴走で大切な街を壊させる。その嫌がらせに極振りした作戦は今の所、抜群に効果を見せている。

 問題はそうなってなお、彼女が優れた剣士、あるいは巧みな技術者であり続けていることだ。想定していた以上に手に負えない。


「……さすがは技術神の使徒、か」


 小さく賞賛混じりの息を吐くダルザ。


(でも)


 まだまだ爆発は収まらない。エネルギーとエネルギーが互いに反応しあって、大通りを更地にするかのように連鎖し続けている。少女もまた、爆発の中から出てこない。


(さすがに向こうも収まるまでは動けないかしら……なら、今の内ね)


 指先の感覚で周囲の糸が随分と吹き飛んでしまったことを察し、魔力と意識をスキルに集中させる。


(まずは糸ね。それから血は……まださっきブチ殺した分があるけど、これも必要ね)


『鋼糸奏者』内包スキル『鋼糸生成』/変性プラグイン:ヴルフラームスパイダー

繰血術師(ブラッドソーサラー)』内包スキル『造血』/変性プラグイン:ブラッドメディケーション

『繰血術師』トリプル強壮(エンハンス)コーティング

『鋼糸奏者』キリングゾーン


 瞬時に赤銅色の糸が四方へ広がり、それを犠牲者の血が赤く染め上げる。まだ残っているわずかな「場」と繋ぐことで繰血奏糸・紅の監獄(ロート・ゲフェングニス)は発動当初よりさらに強力な攻防一体の陣形と化す 。


(よし、まだいける。まだ戦えるわ……ねえ、ゼーゼル)


 最愛の人の顔を思い浮かべ、ダルザは身を起こした。


「きっと、アナタは困った顔をするわね……」


 この半年で磨き上げた広範囲殲滅用レアスキル『鋼糸奏者』と、祖国では崇敬の念を集める高等スキルアーツ『繰血術師』。それらを組み合わせた必殺の独自技術・繰血奏糸……復讐のためだけに生み出された悲しい(わざ)

 リアリストで快楽主義者だった彼の養い親なら、そんな非生産的で愉しくもない技術の在り方を認めなかっただろう。復讐などとしていないで、さっさと次の人生に踏み出せとため息を吐いたに違いない。


(ええ、するわよ。踏み出すわ。コレが終わったら、だけどね)


 ポケットをまさぐる。

 指に触れたのは硬く、薄っすらと熱を帯びた塊。無造作に入れられていたソレを取り出すと、大きめの飴玉くらいの琥珀だった。ただし封じられているのは虫ではなく、キラキラと銀色に輝く粒子だ。


「精髄琥珀も、残るは二個……フン、十分よ!」


 ルージュのおちかけた唇をギッと力強い笑みの形にし、口の中へ琥珀をねじ込むダルザ。

 バキ、バキ、バキと石を噛み砕く異様な音がし、ゴクリ、喉が動いた。


「うっ、不ッ味いわねぇ !?なにこのペパーミントキャンディーから砂糖全部抜いたみたいな味!!」


 悪態をついて口元を拭ったダルザは気を取り直すように、ポケットから今度はルージュを取り出してさっと引いて見せる。髪色と同じ鮮やかなピンクは、煤と埃に塗れた戦場にあって異様なほど強く発色した。


「グゥウウウウウウ……ッ」


 丁度その時、連鎖的な爆炎がようやく弱まり、激しい破裂音に代わって地響きのような唸りが聞こえ始めた。

 大通りはすっかり瓦礫の山と化し、あちこちから煙が立ち上っていたが、その燻ぶる惨状の中から鬼がゆらりと現れる。


「あぁら、アンタもお色直しかしら?」


 鬼面に表情を隠されたアクセラは、自ら引き起こした爆炎によって白い制服の大半を焼かれ、代わりに紫の衣とべっ甲色の軽鎧を纏っていた。

 輪郭がおぼろな光の装いは全て神炎と鬼雷によるもの。さながら神代の大戦に挑む戦乙女のような、凄烈にして神聖な姿の鬼だ。


「フン、意外とカッコイイじゃない。でもアタシの方がもぉっとカッコイイわよ……コホン。スキルハック、コード・ヒトマルヒト」


 呪文 を唱えるダルザの瞳が急激に色を失い、あっという間に飴色へと染まる。

 そして聞こえ始めるいぃん……いぃん……という紅の監獄(ロート・ゲフェングニス)の鳴動。

 アクセラの『鬼化』を強制的に次の段階へ押し上げたときの技。


「人間の精神って繊細でね。わずかな音でさえ変調をきたすトリガーになるのよ?」


 いぃん……いぃん……いぃん……。


 街の一角が丸ごと唸るような音色に、やがてヂ、バヂチ……ッ!と帯電音が混じる。


「アタシのコレは、よりッ、洗練さ、れ、が、ぐぎ、ぐぬぅ……ッ!!」


 低く声を噛み殺すダルザの全身をアクセラが纏うソレと同じ雷光が、鬼雷が這いまわり始めた。


 ヂィー……ヂヂッ……ヂッヂッ……ヂッ……バヂンッ!!


 焼け焦げたシンプルなシャツとパンツの奥に見える、細くも鍛え上げられた肉体。鬼雷が爆ぜるほどに、その皮膚へと雷の根が刻まれる。

 今度はその模様からもスパークが溢れ、駆け巡り、やがて隻腕を中心に体の右側へと集まっていく。


「ぐぅぬぅうううう……ッッ!!」


 稲妻は明滅しながら輪郭を成し、右腕と右足にべっ甲色の軽鎧を形作る。同じ色の鋭い爪と蹴り爪を備えた獰猛なデザインの鎧だ。


 メキッ!


 白い額の中央を割って小さな結晶が生える。それは傍目には琥珀でできた第三の目のようにも、古代の遺跡から出土する呪術的なお守りのようにも見えた。


「こ、のッ……と、統制、プラ、グインがッ、アタシをッ、ま、まも、ってくれ、るッ」


 脂汗を浮かべながらも口の端に笑みを浮かべ、ダルザはその第三の目にトンと触れた。


「ふ、ぐふ、んふは、ぐぅうううううううぁああああああああああッッッ!!!!」


 勝ち誇ったような笑みを引き裂いて上がる絶叫。

 ミシミシとピンクの髪をかき分け、右の額へ一本の角が生えた。

 そこで変貌はようやく止まる。半分だけの『鬼化』が完了した。


「フーッ、フーッ、フーッ、フーゥ……ッ」


 荒い息を吐き切り、瞳孔のやや開いた目で砕けた街路の先に立つ相手を見やるダルザ。

 その姿は今や、半身だけに鬼を宿したかのような、極めつけの異形であった。


「サぁて、第三幕と行コうかしラ……アクセラ=ラナ=オルクスッ!!」


 金属質に(ひず)んだ声で、もう一体の鬼が吼えた。


 ~★~


「こんな、酷い……」


 (わたくし)は魔導銃のスコープ越しに見えた光景に言葉を詰まらせた。


(わ、私が意識を失ってから、まだ十数分しか経っていませんのに!)


 アクセラさんに窮地を救われ、ついさっき目が覚めた私は、ひとまずこの塔から退避すべく無事な装備をかき集めていた。

 その最中に拾ったスワローズハントを覗き込み、見えた戦場の状況。それはすっかり暴走してしまった様子のアクセラさんであり、同じような角のある姿に変異した敵のピンク頭のテロリストであり、それに滅茶苦茶に斬り崩され、燃やされる死に満ちた街であった。

 まるで大災害がこの通りにだけ巻き起こったような、聖典に描かれる地獄のような景色。当初の作戦にこんな事態は、当然ながら想定されていない。


(それに、し、信じられませんわ……あのアクセラさんが、押され始めている?)


 おそらく私を襲ったあの変質者の仲間と思われるテロリスト。半分だけ『鬼化』したようなその人物は、恐ろしいほど強かった。真っ赤な糸で蜘蛛の巣のような立体的なフィールドを編んで、アクセラさんをあらゆる方角から攻撃し抑え込んでしまっている。

 けれど何より驚くべきなのは、彼があのアクセラさんの剣を躱し、反撃の糸を叩き込んでいるところ。あの人間に躱せるとはとても思えないアクセラさんの斬撃を。


「だ、誰か、友軍は!」


 慌てて周囲を確認する。けれど誰もいない。見つけられるのはあちこちに転がる遺体、遺体、遺体。鋭利な刃物で切り裂かれたような無残な亡骸がいくつも転がっていて、胃が裏返りそうな感覚がこみ上げる。


(刃物……まさか、アクセラさんじゃありませんわよね?いえ、あ、ありえませんわ!)


 恐ろしい想像を振り払い、さらに確認の範囲を広げる。

 だが各方面の部隊は制圧した違法奴隷商の拠点確保や、奴隷や逮捕者の護送で手一杯の様子。衛兵も無事な地区の民間人を避難させることを優先している。

 今この場所は、戦いの中心地は、まさに空白地帯となっていた。


「戦えるのは、私だけ……?」


 背筋がぞっとする。それでも、幸か不幸か体は動いた。やらなければどうにもならない状況は、戦い始めてからの半年で散々味わってきたから。

 ハンドルを掴んでチャンバーを開放、中のロッドに損傷がないことを確認し再度閉め、斜めに傾いた床へ腹ばいになる。わずかに塔全体が揺らいだ気がするが、今は無視だ。

 魔力を吸う金属製のストックに頬をそえ、スコープの中に立つピンクの髪の人物にレティクルを合わせる。


(前の戦闘で銃身に歪みと罅が入っていますわ。撃てるのはおそらく三発か、いけて四発。それで倒し切るか、無理でもアクセラさんに有利な状況を……あッ)


 最初の一射を放とうとトリガーに指をかけ……途端に視界が、いや、脳が、ぐらっと揺れて照準を失った。それどころか上下の感覚すら分からなくなり、酷い吐き気がこみ上げてくる。


(な、なんですの、これ……!?)


 一瞬、またあの変質者がどうにかして這い上がって来たのかと総毛立つ。

 でもそうではないとすぐに察しがついた。


(そうか、わたく、し……血が……)


 戦いの中で私はあまりに血を流しすぎたのだ。

 アクセラさんが治してくれたとはいえ、あの変質者に切り刻まれた傷は癒えても体力や血液までは戻らない。聖術はそこまで万能ではない。


「こんな、ときに……っ」


 揺れる視界で無理やり照準を合わせようとするが、銃の先をどこに向けたらいいか分からない。それどころか視界そのものが霞んで、世界からディテールが失われていく。


(い、いっそこのまま……いえ、それでアクセラさんを誤射しては元も子もッ)


 ぐらぐらと手の延長で揺れる銃口。脂汗がじわっと全身に浮かんだ。そのときだった。

 カタン。背後で小さな物音がした。


「ッ!!」


 脳裏を駆け巡る、数分前までのおぞましい記憶。

 私は恐怖に背筋を貫かれながら、半ば反射で横へ転がり、その場を逃れ、近くに置いていた拳銃型を引っ掴んで上に向ける。突然の襲撃者に引き金を引こうとして……ばしゃっ!


「きゃあ!?」


 顔に冷たい液体を浴びせられ、私は悲鳴を上げた。


「あ!ご、ごめん!?でも振り向くなんて思ってなかったから!!」

「なっ、エ、エレナ!?」


 顔をごしごしと拭い、ぼやけた視界で必死に目を凝らす。間違いない、エレナだ。


「ニカちゃん、これ飲んで!」


 ガラス瓶が歯に当たる不快感。有無を言わさず口に突っ込まれたのはポーションだった。

 その味と香りに、頭からかけられた液体が同じものであることを理解する。


「ぷはっ……い、いきなりなんですの!?」

「ごめん、呼吸がおかしかったから咄嗟に……って、そうじゃない!アクセラちゃんが」

「そ、そうですわ!アクセラさんがあそこに、いま、危ないんですの!ピンチですのよ!!でも目が、視界が揺れて狙いが……ッ」


 エレナのスカートの裾を掴み、魔導銃を彼女の方に押しやる。見てと、今の状況を、目が霞む私の代わりに。

 けれどその場に屈むなり、彼女は早苗色に輝く魔眼で魔導銃ではなく私を見返してきた。


「状況は分かってる。でも、落ち着いて聞いて、ニカちゃん。わたしにソレは撃てない」

「なにを……あ」


 言っているコトの意味が分からず問い返そうとしたときだった。ぼやけた視界の中、エレナのシルエットがおかしいことに気づく。クロークのせいで気づかなかったけれど……。


「エレナ!あなた、う、腕が……ッ」


 そう、左腕がない。


「それは今いいの!『痛覚遮断』かけてるし、後でくっ付ければいいだけだから!」

「そういう話じゃ……!?」

「ニカちゃん!」


 残った右手が頬に添えられる。杖を握り続けて硬くなった手のひらから、火の付いたような体温が感じられた。


「わたしの腕はいいの。今はアクセラちゃんを助けることだけ考えよう。大丈夫、わたしがニカちゃんの目になるから」

「それって……」


 誰が聞いても突拍子のない台詞に聞こえただろう。けれど私には、私だけにはその意味が伝わる。そして彼女にも、伝わったことが伝わったのだろう。目の前の天才は力強く頷いた。


「そう、ずっとアクセラちゃんに隠れて練習してきたアレ。今が使い時だと思うんだ」


 エレナの宿す『共律の魔眼』は魔力を共有し、調律するとこのできる高位の魔眼だ。その可能性は多岐にわたり、彼女自身もまだ全貌を理解できているわけではない。

 ただ発現の前段階から何度か兆候をみせていた能力があった。それは直接的な魔力の共有と、それに伴う感覚や感情の同期。つまり絶望の淵にあった私を救い出した、あの温かい繋がる感覚のことだ。


「でも、あれは……」

「視界を同期させて、わたしがニカちゃんの代わりにターゲットを見る。ニカちゃんはわたしの目から見て、相手を狙い撃つ。練習してきたことをそのままやるだけだよ」


 普通に考えれば簡単なことではない。自分の目と違うところから見ているのだから、いつもの感覚の通りに射撃をすれば大外れ確実だ。

 でも落ち着いたトーンで彼女が言うと、それだけのコトかもしれないと思えてくる。


(確かに、何度も練習してきたコトですわ)


 魔眼の性質を掴むために、最初に発現した視界同期の練習は必至だった。そしてその練習の中で、検証に付き合う私との連携技を色々模索してきたのも事実。多角的な視点による狙撃はその一つだ。


「……わかりました。今はやれること、何でもやりませんと」


 私が頷くとエレナはにぱっと笑った。


「そう言ってくれると思ってた!それでね、ニカちゃんには撃ってほしいものがあるの。実弾だけど、ちょっと細工すればソレで撃てると思うから……」

「ちょっ、待ちなさい!そ、そんな、実弾なんて撃ったこと……っていうかコレ実弾に対応してませんでしょう!?」


 急な無茶振りに反駁するが、返って来たのはあっけらかんとした返事だった 。


「大丈夫、ニカちゃんならできる。そのための細工だしね」

「細工って、そんな程度で……」

「できるよ」


 ぐいっと寄せられたエレナの顔には、揺るぎない自身が宿っていた。


「これからわたしたちは、二人で一人の狙撃手になるの。二人で、アクセラちゃんを助けよう。ね?」

「……そう、ですわね」


 気が付くと私は頷いていた。このキラキラと光る視線に覗き込まれると、不思議と頷きたくなってしまう。そうしていいのだという説得力を感じさせるナニカがあるのだ。


(どのみち、他に選択肢はありませんしね!)


 今こうしている間にもアクセラさんは追い込まれているのだ。

 打てる手は全て打たないと。


「ええ、やりましょう。やってやりましょう」

「うん、やろう」


 魔導銃を強く握りしめた私の額に、コツンとエレナの額がぶつかる。

 至近距離で目と目を合わせる。お互いの息が混じる。


「じゃあいくよ。3,2,1……エンゲージ!」


 自分と彼女の境界線が解けてなくなり、吸い込まれるような感覚に襲われた。


大雨の中、納骨に入ったら風邪ひきました。

秋の花粉症も来てダブルパンチです。

っていうか11月は秋じゃねーぞ???


面白ければ励みになりますので、評価&いいね&感想頂ければ幸いですm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ