十三章 第37話 足掻く覚悟
「クァソーカン!」
「シーキューハ!」
「ヒソーハ!」
屋敷の壁沿いに庭を逃げるわたしの耳に、聞いたことのない詠唱が飛び込んでくる。
ほぼ同時に紅蓮の槍が数本、わたしの横を掠めて庭木を貫いた。あまりの高熱にボッと着火する生木。しかしすぐに上から落ちてきた水の塊が弾け、炎を押しつぶして大粒の飛沫となる。
「まず……っ」
何度か食らっている攻撃パターンだ。そう『静寂の瞳』で加速させた思考により瞬時に判断。飛沫が咲き誇る花のように四方へ広がるのを眼前に捉えつつ、ブーツの踵を地面に食い込ませて直角に進行方向を変更した。足首が悲鳴を上げても、そんなものは無視だ。
次の瞬間、二つの魔法と同じ場所に氷の槍が命中し、まるで炸薬でも仕込まれていたように爆発した。
解き放たれる強烈な氷の力。急冷された空気が白く霞む中、水滴のことごとくが氷の礫となってわたしを横から殴りつけた。
「火炎よ、阻め!」
視線すら向けず、真横に火焔の盾フレアシールドを展開する。結実した魔法は直撃コースの礫を解かしてぬるま湯に変えた。
すぐに魔法を消そうとして、けれどほんの数舜ほど遅きに失した。わたしの視界に移るすべての魔力が突然ぐちゃぐちゃに荒れ狂い、燃え盛る盾の魔法は嵐に見舞われた小舟のように崩壊。
「うぐっ」
狂いに狂った乱気流を視認しているような感覚と、脳を直接ガクガクと揺すられるような不快感。平衡感覚がおかしくなって、足がもつれそうになる。
「こん、のっ」
あえて大きく踏み出し、力一杯に前へ踏み切る。立派な灰色樫の幹に横合いから飛び込む寸前で、どうにかバランスを取り戻した。
そこへ風を切るような音と、それに獣の唸りが……。
「ヴゥウウウウウウ!!!!」
「くっ」
身を翻せばすぐそこに黒騎士の巨剣が横薙ぎに迫る。蒼相氷の戒めを打ち砕いて追いかけてきたんだ。
必殺の質量に対し、わたしは思考を挟むことなくソーサラーズブレードを掬い上げた。
接触、激しい火花が散った。それでも、とんでもない重量が腕にかかるのを、何度もなぞった動きのままに上へ受け流す。
紫伝一刀流・流鉄
剣の軌道が逸れた。斜め上へと流れる鉄塊と暴風。胴体が空く黒騎士。まるでその巨体が風よけになっているかのように、魔力の嵐がわずかに和らぐ。
(カウンターは……痛っ)
手首に痺れと痛み。ブレードも今の一合でひどく刃こぼれしてる。
反撃は不可能。すぐにそう判断しスカートを翻し逃げる。
(どうにかして、表の部隊と合流しないと!)
わたしは必死の思いであの場所を、第三部隊が壊滅し、パーマーさんが死んだあの現場を抜け出してここにいる。
あの場所にとどまって戦えば救出対象の奴隷や、その護送に当たってる第一と第二部隊にも被害が行く。そう考えたからだ。
幸いなことに向こうのターゲットはわたし一人で、黒騎士も魔法使いも、暗殺者や軽戦士もゾロゾロ追いかけてきてくれた。
(あとは死なないこと!味方と合流すること!無理はせず、冷静に、でも委縮はせずむしろ大胆に!)
行動指針を改めて自分に言い聞かせるわたしに、姿勢を立て直した黒騎士の追撃が迫る。
「ヴルフゥアアアアアアアアアアアアア!!」
「火よ!風よ!」
相変わらず嵐の勢いは弱い。それを利用して、わたしは最接近されたところへ二属性の魔法を叩き込んだ。
ボンッ!!
性質の違う爆発が混ざり合い、まっすぐに剣を振り下ろそうとした大男を後ろへ押し下げる。その反動を使い、わたしは逆方向に加速。
距離が離れるにつれ嵐が激しさを取り戻すが、これは魔法ではなく慣性だ。邪魔はされない。
「ふっ」
空中で体をひねり、勢いを分散させて足から着地。水切り石のように数度跳ねて止まる。
距離を空けられた。そのことに安堵する暇はない。魔力の嵐が突然に止んだ。
(来る!)
そう思ったのと同時、例の詠唱が。
「シージンカン!シーキューハ!」
「ヒキューハ!」
「カキューハ!」
シャッと水圧の刃が首めがけて飛来。ギリギリのところでそれを切り落としたわたしの、目の前には巨大な水の弾丸が。
「水よ!」
瞬時により濃密で凝縮された水魔法を射出。水球の中心を穿って魔法としての性質を破壊する。が、その後ろには氷の塊がすでに迫ってて……ビシッと凍り付いた穴あきの水塊が純粋な鈍器として襲い掛かる。
(魔力でできた水じゃない!まさか、持ち込んだ本物を操作してるの!?)
考えてみれば当然だ。他人の水魔法そのものを氷魔法で凍らせるのは高等テクニックにあたる。
魔法で操作したただの水を凍らせるほうが簡単だし、しかも魔力消費が両者にとって少ない。
(でも、あんまりメジャーな方法じゃないはず)
スキルとしての魔法には、操作系が極端に少ない。大体が操る物質自体を魔力で作る類のはずで。
「あ、そっか!その詠唱、そういうことだったんだ!ってうわ!!」
わたしは風魔法で自分を真横に打ち出し、頭を砕こうとする質量体から逃れる。
エアスライドとエアクッションの組み合わせによる緊急脱出。わたしの十八番だ。
でも魔法で体を受け止めようとして、そこで嵐が一気に強まった。クッションが霧散する。
「あっ……あがっ!?」
姿勢に関係なく体を動かす移動法に、わたしは生身での受け身がとれない。思考に比重を置きすぎて対応を間違えた。射出した勢いのまま低木の茂みに投げ込まれ、無数の枝をへし折って倒れこむ。
(まずいっ!!)
本能が警鐘を鳴らす。外への魔法は、嵐で使えない。
体内の強化魔法に全力を傾け、枝葉を力任せに押しのけて這い出る。
ザクッと音がして、肩口に熱感が迸った。見なくても分かる、ナイフが刺さった感触だ。
「氷よっ」
「なっ!?」
驚きの声を上げたのは、闇から染み出すように現れ、わたしを切りつけた暗殺者風の男。
声の理由は刺さったままのナイフが、わたしを切りつけた手ごと凍り付いたからだ。
「壊れろ!」
イメージに従い氷が割れる。短剣を握る男の手の指が粉々に砕けた。
「ぎゃっ!!」
悲鳴を上げて距離を置く男。木陰に飛び込むなり彼はどろりとその中へ溶け消えた。
(ははっ、驚いたでしょう!血は高濃度の魔力媒体だからね!)
心の中で叫び、ナイフを引き抜いて傷口まで凍らせる。
追撃なんてしない。勝ち誇るような気持ちを口に出す余裕もない。
「もらっタゼ!!」
「くっ!?」
訛りのある軽戦士が一気に接近し、剣を抜いて切りかかってきたからだ。
わたしはもう一度転がって回避。それでも切っ先が頬を引っ掻いてく。構わず重心移動と体のバネで飛び起き、ソーサラーズエッジで追撃の一太刀は弾いた。
「ハハハッ、イイ足掻きっぷりダナ!」
曇りガラスの填め込まれたゴーグルの奥、血走った目でわたしを追う軽戦士。その眼差しには独特の粘り気がある。使命感でも、義務感でもない、純粋に状況を楽しんでいる人間の目だ。
(こんな奴に、負けてられない……ッ)
そうは思うが、この男は強い。
空色のスキル光を剣に乗せて、遊ぶようにどうにか受けられる速度で剣戟を重ねてくる。
「顔良シ、体良シ、頭も良シで腕も抜群に良シ!クソ、仕事じゃなけりゃあナア!?」
段々と速度を増してく軽戦士の攻撃。切り結ぶたびに飛ばされそうになる大型ナイフにひっしとしがみ付きながら、大笑する男を睨みつける。
「ハハッ、真っ直ぐな目をシてやがル!けど旦那の依頼はミスるとアトが怖いからナァ……まあせめて最後までッ、俺様を楽しませてくれヤ!!」
「ぐ……!!」
振り下ろされる剣の重みが増した。
空色のスキル光も強まってソーラサーズエッジⅡの刀身がくわんと硬質な悲鳴を上げる。
(旦那……この人より上がいる?組織的な動き、訛り、それに……うん、やっぱりそうだ!)
わたしは自分の中で仮説がより現実味を帯び、明確なモノになってくのを感じた。
けれど同時に、なんとか持たせてた戦闘の均衡が崩れる。
パキッ!
五合も防いだところで、ソーサラーズブレードの刀身に亀裂が入った。
(しまっ、『巧剣術』の武器破壊スキルだ!)
あまりに早い武器の損傷。それしか考えられない。
六合目、思わず剣を庇うように勢いを殺してしまう。それがよくなかった。
「甘いゼ、お嬢チャン!」
剣捌きが一気に鋭さを増す。
切っ先でタップするような素早い二連撃。わたしのブレードに彼のスキル光が染み渡り、亀裂が全体へ広がった。
さらに大きく振りかぶった三撃目が命中。亀裂が内側から爆ぜ、ソーサラーズブレードの刀身は三割が粉砕される。
「もう一丁ォ!!」
男の動きはそこで終わらない。挙動の重い三連撃を放ったとは思えない、スキル後の硬直を感じさせない四撃目。しかも青かったスキル光の色は毒々しい紫に代わっていて。
(スキルチェーン!やっぱり技術を……!!)
確信を得ると同時、わたしは足の下で魔法を炸裂させる。目の前を過る紫の弧に背筋を冷やしつつ、衝撃をブーツで踏みしめ後ろへ飛び下がったわたしは、杖をドンと地面に突き立てた。
「いけ!」
魔法杖の芯材を伝って地面の下に魔力を広げる。そこに抵抗や撹乱の気配はない。
「ハッ!」
土魔法を発動、地下から一気に石の槍を突き上げる。
けれど追い縋ろうとしてたはずの男は、すでに飛び退って射程圏外へ。代わりに暗殺者たちがまたも影から現れ、体勢を立て直して躍りかかってくる。
わたしはすぐに横へと身を躱す。肩口を掠めて過ぎ去るナイフの切っ先。今度は順手と逆手に一振りずつ、二刀流の構えだ。単純に倍になった斬撃。それをどうにか凌いで逃げ続ける。
「ちっ」
「おおっ、ホントに魔法使いカヨ!」
嬉しそうに笑う軽戦士。ゴーグルでその目は見えないが、声と口元がこの状況を楽しんでいると雄弁に語ってる。
更にもう一人の暗殺者がわたしの前へ溶け出る。闇を渡るスキルと四つの刃が、一気にわたしから余裕をはぎ取ってく。
(でも、アクセラちゃんよりは遅い!)
人類最高峰の剣士を師に持つわたしは、目と反射神経、回避といなし技においては達人一歩手前だ。逃げに徹するならそう簡単にやられない自身がある。例え得物が半壊した剣と、直接戦闘に不向きな魔法杖でも。
(地面の中、杖の中、それにわたしの体の中や血に宿る魔力は攪乱されない)
交互の縦横無尽の軌道で放たれる斬撃を搔い潜り、走りながら傷口を氷でつなぎ止め止血。それと並行して今の数舜で理解できた事実を心に刻む。
「シーキュー……!」
また消える嵐。聞こえる詠唱と飛来する魔法。前衛が立ち止まり、彼我に距離が生まれる。そこへ水、氷、火と複数属性の性質を上手く噛み合わせた技巧的な連携攻撃が飛び込んできた。
でも、もう効かない。わたしは魔法がなんであるかを確認することなく、脚力を強化しまくって木々を隠れ蓑に逃げる。
「おい、読まれてんゾ!」
「そんな馬鹿な!」
「旦那も言ってたダロ、舐めてかかるナってヨ!」
魔法使いが反発する声が聞こえる。でも軽戦士が正しい。
(漢字でしょ、訛ってるけど!)
あの人たちの詠唱は異界の漢字を音読みしたものだ。
スキルチェーン、漢字、珍しい魔法、属性の組合せ効果ときて、それにあの特徴的な金属の杖。相手の素性が一気に明らかになる。
(独自の技術を持つ敵国、ジントハイムだ!)
訛り独特の連携スタイルも、そう考えれば納得がいく。
なぜその敵国が今ここにいるのかは分からない。でもそこは重要じゃない。
相手の素性が分かれば手札も大まかに絞れるし、魔法を耳で聞き分けられるとなれば対処はぐっとしやすくなる。
「引き離されるぞ、出し惜しするな!シーキューハ、シーキューハ、シーキューハ!!」
「分ってるわよ!フーキューハ!」
「ライキューハ!ライソーハ!」
彼らの詠唱は属性、形状、効果で成り立つ。
その事実から、耳に入った情報を一つの思考ですぐさま漢字に置き換え、意図を読む。
(水球破が三、風球破、雷球破、雷槍破……広域感電コンボ!)
『静寂の瞳』による並列思考でそこから算出される魔法の順番を推定。
同時に全方位に探知を打って位置を把握。タイミングを合わせるための曲射コースだ。
三つ目の思考で反撃の魔法をイメージし、振り向くことなくマナバレットを背後へ。
バチッ!ボワッ!……ドバッ!!
種類の違う音が時間差で耳を打つ。
危険度の高い雷を先に処理し、どうでもいい風、最後に単体では無害な水。
結果、数秒にも満たない大雨が周辺に降り注ぐ。
「なっ、威力の弱いマナバレットで迎撃を!?」
「バカかお前ラ、こっちの魔法がマナバレットに命中させられたんダヨ!!」
そういうことだ。来る魔法の種類が分かれば、もう見る必要すらない。
逃げながら迎撃できるようになったことで魔法使い三人の脅威度はぐっと下がる。
この条件でわたしを魔法で仕留めるには手数と爆発力が足りないだろう。
「ウルヴゥウウウウウウウウ!!」
「もう、しつこい!」
ただ厄介なのは緻密な魔法攻撃などお構いなしに突っ込んでくる黒騎士。
うまく魔法の射線上に誘導しつつ逃げるが、後ろ弾なんて気にする様子もなく追撃を重ねてくる。
「なら、これだ!」
狭い王都にこんな屋敷を構えるなと言いたくなるほど広い庭をつっきり、再び目の前へ現れた本館。わたしはその角を曲がるなりポケットからクリスタルを一つ引っ張り出す。
パーマーさんに止められなければあの時使っていた、火のブーストクリスタル。魔力の嵐はまだ途切れたまま。今なら使える。
「ごめんなさい、でもっ……焦がせ、焦がせ、焦がして焦がれよ!汝、怒りの炎を孕む者、万物を食みて焦がす者!」
「ゥヴルァアアアアアアアアアア!!!」
綺麗に磨かれた化粧石の壁を肩で砕きながら、黒騎士が同じ角を曲がって現れる。
「火の理は我が手に依らん!」
バキン!とクリスタルが砕け散る。
火属性魔法上級・スコーチングスフィア
トワリの悪魔兵さえ一撃で炭にする超高温の球体が視線の先に出現。それはちょうど飛び込んできた男の右腕のあたりを起点とし、そのまま右の上体を首元まで範囲に収めるもので。
ゴォッ!!
火炎が内向きに唸りを上げた。範囲内のモノは全て炭と灰になって……いない。
「え!?」
「グォゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
絶叫を上げながら、黒騎士は球体から体を引き抜く。
邪悪なほど黒い甲冑は表面が赤熱し、一部はぶくぶくと泡立って崩れ始めてる。けれど炭にも灰にもなってない。
それどころか騎士は痛みでのたうち回ることすらなく、まるで何もなかったかのようにこっちを睨んでくる。
「ど、どうして……!?」
最高火力の魔法を正面切って受け止められるという事態に、思わず動揺が口をついて出てしまう。
(だって、スコーチングスフィアはわたしの魔法の中で五本の指に入る攻撃力で、城門みたいな構造物でも、悪魔兵の頑丈な体でも、なんでも焼き尽くすほどで、それなのに無傷なんて……あ、いや!)
並列思考に溢れる困惑と驚愕。
けれどすぐに『静寂の瞳』のアシストが強まり、『観察眼』が黒騎士のわずかな動きを捉える。
(腕が、上がってない……?)
鉄板のような剣を握る右腕は、だらりと下がったままだ。切っ先が地面に食い込んで、ギシリと騎士が一歩踏み出してもまともに動かなかった。それどころか錨のように右腕を引き、前に出ようとする大男を邪魔してすらいた。
(使えなくなってる!効いてはいるんだ!)
あの火力を受けて、どうしてそれだけで済んでるのかはわからない。でも鎧の内側は確実に焼けてる。なら、このまま畳みかければ、あるいは。
(……違う、ここは深追いしていいトコじゃない)
わたしはすぐに頭をもたげた欲を抑え込み、ベルトのポーチを引っ掴んで蓋を千切るように開けた。中に納められた宝珠に光が灯りふわりっと飛び立つ。
「ウゥ、グオォ……!!」
「掃射!」
動かない右腕と剣という錘をぶらさげたまま、黒騎士はそれでも前に出ようとする。
そこへ滞空する三基の宝珠が、一斉に火の玉を吐き出した。
ボボボボボッ!!!!
絨毯爆撃という言葉がピッタリの高密度魔法攻撃。
爆発の大きさ、衝撃の大きさに重点を置いた魔法の自動斉射だ。黒騎士の頑丈すぎる鎧や肉体を傷つけることは、きっとできない。それでも足止めにはなる。
(倒す必要はない。今欲しいのはちょっとの時間……!)
わたしは半壊したソーサラーズブレードⅡを鞘に仕舞い、みぞおちと胸の間に右手を当てる。
「すぅ、はぁ……ふッ」
呼吸を整え、自分の奥に大きな環をイメージする。血の巡り、溶け込んだ酸素や二酸化炭素の移動、魔力の流れ、神経を走る電気信号、意識という名の魂の根……人間の中には幾重にもめぐらされた環がある。
それを単純化し、一つの大きな心臓で制御するような図を構築していく。単純で、それだけに強く明確な魔法イメージを。
循環の制御からさらに踏み込み、わたしという存在を改めて掌握し、支配していく。強欲であり傲慢な、絶対的な魔法のカタチ。すなわちわたしの魔法そのもの。
(描くのは、そう……竜だ。わたしは、竜だ)
何度も何度も試行錯誤を繰り返して完成させた、わたしの魔法の新しい基幹。アクセラちゃんの蹈鞴舞を改造した魔力生産術式。文字通りの心臓部。想像の中に息づく力の象徴、竜の心臓。
「息吹け、魔竜の炉心!魔法の理は、我が手によらん!!」
ドクン……ドクン……ドクン……ッ!
心臓が脈打つ感覚があった。全身の血管が開いて、血液と共に魔力と酸素が駆け巡る感覚が。仮想の竜が唸りを上げ、暴力的な魔力の奔流が指先から杖の先まで満ちてく。
(続けてウィッチクラフトベースを発動。身体強化と回復の比率を調整して)
インナーのように皮膚へ張り付くような、制御に特化した魔法の発動。
『静寂の瞳』により分割された思考の一つに、魔法の処理がだっと流れる。
それをメインの意識で把握しつつ、わたしは次の一手を組み立てる。
「燃え盛れ、わたしの中の紅蓮の輝き……!」
キュリオシティのクリスタルが紅葉色に染まり、鎧や装備に取り付けた宝珠もギラリと強く輝きを放つ。さらには紅葉色のフレアが体を取り巻くように現れる。
変化は見た目だけじゃない。体の中をめぐる全ての魔力が火属性に転化し、普段のわたしには扱えない濃度まで一気に深まった。
スタイルチェンジ:ヴァーミリオンブレイズ
ドラゴンフォージとウィッチクラフトベース、二つの前提を整えた状態で発動できるわたしの切り札。現時点での最高火力にして、きっと魔力の嵐に正攻法で対抗する唯一の手段。
(まさか逃げるのに切り札を使うなんてね!でもこれで、チャンスがあれば反撃もできる……)
深追いしない範囲で狙えるなら狙って行かないと、合流した後に被害が増える。
脳裏に頭を吹っ飛ばされたパーマーさんの惨い死に様がちらついた。
あんな犠牲者を出すわけにはいかない。
「オイオイ、面白ぇコトしてンナ!!」
再び訛りのある一声。黒騎士の陰から飛び出してきたのは軽戦士一人。ゴーグルの奥の血走った目と目が合う。
ぐにゃっと歪む世界。色とりどりの魔力が再び荒れ狂い、大時化の様相へ。宝珠を空中に浮かす魔法も、そこから吐き出すファイアボムも、容易く形を奪われ溶解してしまう。
(ちっ)
赤いクリスタル球は光を失って力なく大地に墜落し、爆炎に抑え込まれていた猛獣が解き放たれる。
「そろそろ終わりカァ!?」
「ウルゥアアアア!!」
片手剣が青い光を帯び、するりと首筋へ飛んでくる。
黒騎士も無事な左腕を高々と掲げ踏み込んできた。
「終わりじゃ、ない!」
わたしは数倍に強化された脚力で後ろへ飛び、時間差で虚空を薙ぐ二人にめがけてキュリオシティを突き付ける。
「ンン速ッ、拙いゼこれハ!!」
優に数十メートルの距離が突然生まれ、男の血走った目が限界まで見開かれた。
その視線を追うように魔力の嵐が一気に風速を増し、あらゆる色の渦がわたしを飲み込む。まるで世界が崩れてきたような色彩の洪水。
それでもわたしの魔法は途切れない。血に宿った魔力がそうであるように、わたしの皮膚を素材に見立てて巡らせたウィッチクラフトベースの魔法は乱せないのだ。
(でも邪魔!)
共律の魔眼を、開いた目を、もう一度開くイメージ。すると世界が幾重にも重なった絵に。少しずつディテールの違う版画を見てるような感覚だ。
瞬時にわたしはその中から魔力の影響が少ない一枚を選び、ピントを合わせる。景色を塗りつぶす極彩色の暴風が忽然と消えた。
「火よ……ッ」
杖先のクリスタルから炎が吹き上がる。それは槍というには不安定で激しく爆ぜる、花火のような何か。
魔力が攪乱される中でも維持できるよう強引に高密度の魔力を流し込んだ、形状を確定させられない失敗寸前の魔法。
「ヤベッ!!」
男が焦りを浮かべ、残心を無理やり解いて飛び下がろうとする。
でも、わたしの方が速い。
「貫け!!」
放つ不定形のファイアランス。バチバチと火花を散らしながら火炎の槍は魔力の嵐を貫き、軽戦士の頭めがけて一直線に飛んだ。
「クッソ!!」
赤紫のスキル光が男を包むと、その体が残像を生み出すほどの勢いで動いた。剣が跳ね上がってファイアランスを正面から切り伏せる。
ドッ……!!
切断された棒状の魔法が紅蓮の泡となって広がった。嵐を突っ切るだけの出力と密度で編み上げたファイアランスの爆発は、男を飲み込んで遠く後方へ吹っ飛ばす。
「がぁッ……!!」
男は赤紫の光を明滅させながら断続的に加減速を繰り返し、空中で身をひねって着地した。
「!」
ギラリと光る何かを見て、わたしはその場で首をそらす。
細いダートが額のあった場所をかすめて飛んで行った。
「ぐ、まダ、まだダ、ぜェッ!!」
赤く焼けただれた右腕。それでも剣は離してない。左手には数本のダート。
闘志は、愉悦を感じさせる笑みは、消えてない。
(見たことないスキル!それに投擲まで……でもっ)
向こうも本気を出してきた。そう理解する。
「グヌォオオオオオオオオオオオ!!」
「って、ああもう!」
黒騎士が追撃を阻むように突進を敢行。
咄嗟に地面へ魔力を流し、足下の土を丸ごと引き抜いてやる。
「グァッ!?!?」
踏み出す足を地面に呑まれ、巨体がガクンと下に下がる。
メギャッ……!
身の毛もよだつ音をさせて、大男の膝が逆方向に曲がる。全身のすさまじい重量が片足の膝に集中して折れたんだ。
「よくやッタ、木偶の棒!」
穴から出ようともがき、余計にバランスを失って倒れる黒騎士。
その体を飛び越えて、赤紫に輝く軽戦士が突撃してくる。
「早いっ」
魔力の嵐を突っ切ってきた男は、体に纏ったそれと同じスキル光で包んだ剣を振り下ろす。
魔眼の動体視力でそれを把握したわたしは後ろに回避。けれど敵の速度はわたしの認識を超えるほどで。
「貰ったゼェ!!」
「うくっ……!」
刃の先端が右目を掠め、頬から顎までを一気に切り開いた。
焼けるような痛み。熱い液体が肌を伝って首まで流れ落ちる。
「あの世で誇れヨ、このスキルを使わせたコト!!」
蹈鞴を踏むわたしのお腹めがけて、赤紫の剣が力強く突き込まれる。
「やな、こった!!」
的確な剣の一撃。狙いは避けにくい鳩尾。その軌道上に、キュリオシティをねじ込む。
ほとんど使うことのないスキル『杖術』ロッドブロックが発動。灯った薄青いスキル光は、ほんの一秒も持たず貫かれる。それでも刃は木目へ食い込んで止まった。
「それで、十分!」
そう、十分だ。一度は納めたソーサラーズブレードⅡを抜き放ち、男の胴体に突き入れるには。
「ハハッ、折れた剣が当たるカヨ!」
ひらりと避ける男。そのブレストプレートに赤い傷が入る。
細く深い斬線は彼の鎧を確かに切り裂いた。
「ぎぃ!?」
悲鳴を上げて大きく後退する男。その顔に冷や汗が噴き出るのが、見えた気がした。
暗いゴーグルの向こう、ギョロリとした目がわたしの手の中の剣を見る。砕けた分の刀身を青く燃える炎の刃で補った、ブルーエッジと魔力刃を発動中のソーサラーズブレードⅡ。
「ハッ、なんで魔法が使えてやがるンダ!?」
「……っ」
男の質問には答えない。共律の魔眼による魔力の支配、共有、調律。この力の限界を悟られることは、絶対に避けなくては。
「火よ!」
わたしは魔眼のピントを再び調整し、魔力を薄っすらと見える層へ視線を合わせる。そして目に映る周囲の魔力嵐に、強制的な支配力を及ぼす。
(わたしに、従えっ!)
強く念じると細波のように魔力へわたしの意識が染み渡り、支配権の曖昧な場所からこちらの物に代わる。
この力なら、最終的にはすべての魔力の支配権限を奪うこともできる。でもそれは時間がかかるからやらない。その代り支配領域を通じ、ドラゴンフォージから滾々と湧き出る火属性をねじ込み、広範囲にばら撒く。
「あァ!?お前、今度は何をする気ダヨ!!」
軽戦士が霧に迷ったように目を凝らした。その視線は微妙にわたしを捉えられてない。
(やっぱりね!)
確信を得るなりわたしは魔法を起動した。
赤く鋭い閃光が、身構える男の下からその目を薙いだ。
「ゥギャッ!?!?」
短い悲鳴。途端に嘘のように止む魔力の大時化。
他人が魔力へ干渉してくるあの独特の気持ち悪さも消滅した。
「ぐ、あぁッ!」
ダートも剣も取り落として顔を押さえ、蹲り、苦痛に喉を震わせる男。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁー」
詰めてた息を吐きだし、少しだけ脱力する。
途端に圧し掛かる過剰な身体強化と魔法の並列処理、そしてドラゴンフォージの負担。
「……足元にもうちょっと、注意すべきだったね」
バクバクとうるさい心臓を無視し、わたしは散らばった宝珠を浮かせ、引き寄せて回収した。
攻撃の起点は彼の足元に落ちたコレ。地下を経由して魔力糸を繋いだ。そうすれば攪乱の影響を受けないから。使った魔法、ヒートレーザーは魔力の多さで強引に強化しただけ。
「あぐゥ、う、うゥ!目ガ、オレの目ガッ!!痛イ、痛イ、痛ィイイイイ!!」
「魔眼だよね、あなたの目。わたしの魔法を発動前に読んで避けてたから、すぐわかったよ」
魔法は目に見えるけれど、魔力は目に見えない。だから発動前の魔力を見て魔法の発動を、それも地面からの攻撃なんかを避けるのは、熟練の魔法使いにだってできる芸当じゃない。
それができるってことは、アクセラちゃんみたいによっぽど勘のいい神掛かった剣士か、そうか魔眼を持ってるかだ。
「そう考えたら、わたしあなたの魔眼に心当たりがあったの」
あの魔力の嵐。ああいうモノを作り出せる魔眼があるのを、わたしはカルナール百科事典で読んだことがある。魔力を支配してぐちゃぐちゃに乱す、攪流の魔眼。ポイントはわたしと同じ魔力親和性の高さだ。
「だから大量の魔力を展開して視界を塞いだんだ。そうすれば魔力糸を地下に潜らせても、気づかないと思ったからね」
ブルーエッジも解除し、ソーサラーズブレードの残骸をしまう。
「オレの、目がっ!ああッ、クソ!どうしテダ、どうしテッ!!」
男は立つこともできずに叫ぶ。
目のいい魔眼持ちにとって、目をやられることは恐怖以外のなにものでもない。つまり今の彼は、ある意味でわたしの似姿だ。視覚に頼りすぎるきらいのあるわたしの、ありえた末路の一つ。
「そこでじっとしてれば、殺しはしない」
魔法を不成立にさせるこの男が、刺客の中で一番危険だった。それをどうにか始末できたことで、一気に肩の荷が軽くなったような気がする。
(だめだめ、まだ敵はいるんだから)
そう思いはするが、安堵する気持ちは抑えられない。
なにせこの男さえいなければ、あんなコトはもうおこらない。
タネの明らかになった魔法使いと暗殺者二人なら、もう騎士の敵じゃない。
(黒騎士だけは気にしないといけないけれど、でもこれで別動隊と合流でき……あれ?)
ふと違和感が頭の片隅を刺激した。
何かを忘れているような、とても不安になる違和感だ。
(あんなコト?パーマーさんがやられたのは、だって、魔法は関係なかったはずで……)
何かがおかしいと、直感がそう訴える。
敵はたしかに軽戦士、黒騎士、暗殺者二人、魔法使い三人の合計七人だったはず。
(魔法使いは振り切ったきり追いついてこない。暗殺者も、なぜか追撃してこない。おかしいといえばおかしいけど、でも違和感は……ちがう、これじゃない)
片膝と片腕を破壊した黒騎士も、痛みを感じない以上は途中で割り込んでくると踏んでたのに、そんなコトは一切なく。
彼はあれ以来まだ落とし穴から抜け出せずにジタバタともがいてる。まるで正しい体の動かし方を忘れてしまったように。
(考えてみればこの黒騎士、どんどん動きが直線的になってきてた気が……)
最初は荒々しいながらも剣技やスキルがあった。けれど途中からは踏み込んで剣を振り回す以外、攻撃のパターンがなくなっていった。
(ううん。それはそれで不気味だけど、でもこの違和感とは関係ない。もっと、何か根本的な勘違いをしてるような)
あとは目の前で「どうして、どうして」と繰り返す軽戦士だけだが、これ以上彼が害をもたらせるとは思えない。
「ア、アァッ!お前ェ……ッ!!」
何かに気づいたように、血まみれの手から顔を上げ、焼け焦げて潰れた眼球でわたしを睨み上げる軽戦士。眼窩の周りに溶けたゴーグルが焼けついて、自分でしたことだが、酷く惨いことになってる。
「どうしてだヨォ!どうしテ、どうしテ、どうしテッ!!」
地獄の底から這い上るような、地響きめいた声。憎悪に満ち満ちた怨嗟の詰問。
まるで理不尽な裏切りにでもあったような口調に、わたしの違和感は強まってく。
「さっきから何?どうしてって、そんなの……」
殺し合いをしてたんだから、としか答えようがない。
でもきっと、そんな平凡なやり取りがしたいわけじゃない。
何か拙いコトが起きようとしてる。そんな気がする。
そして、真実にわたしが気づくより先に、男が唾を散らしてこう叫んだ。
「クソがヨォ!どうして、オレをォ……どうしてオレを切り捨てたんダヨォ!?えェ、旦那ァ!!」
「え、なにを、言って……切り捨てた?旦那?それって、どういう……っ!!」
直後、背後にゆらりと気配が現れる。息遣いが聞こえるほどの至近距離。背筋が粟立ち、わたしは振り向きざまにキュリオシティで殴りつける。
しかしそこにいた男は片手で大杖の先端に輝く赤いクリスタルをガシッと掴み、受け止めてしまう。ヴァーミリオンブレイズで強化された筋力を容易くだ。
「なぜ切り捨てたかだと?」
くぐもった声。その顔には濁った紫と骨のような白が混じった、冒涜的な意匠の面が。のっぺりとした、それなのに悍ましいと感じさせる、異様な面だ。
ミシッ!
「まっ、止め……!」
握り込まれたクリスタルが悲鳴をあげる。
驚いて引き戻そうとするけれど、万力で固定されたみたいにまったく動かない。
それどころか握力はどんどん増し、クリスタルの軋みも急激に増大して……バキン!
「あぐぅぅぅぅっ!!!!」
クリスタルが粉砕され、ヴァーミリオンブレイズの制御下にあった膨大な、あまりに膨大な魔力が、一気に抜き取られた。
爆発ではなく奪取。その奇妙な事象に、けれどわたしは反応などとてもできない。
心臓から無理やり血液を抜かれるような、訳の分からない痛みに全身を貫かれてその場に崩れ落ちる。
「ハァ!ハァ!ハァ!」
呼吸が乱れ、安全術式が作動してドラゴンフォージが動作を停止。ウィッチクラフトベースも維持できなくなり、スタイルチェンジ自体が解除された。
「な、なに、これ……ッ」
目からボロボロと涙があふれ、あまりの虚脱感と苦痛に手足が震えた。
酷い無力感が胸の内に溜まってく。体と杖と宝珠を循環するほとんどの魔力が奪われた。あの一撃で魔力が枯渇してしまったのだ。
杖の魂ともいえるクリスタルを砕かれた相棒の残骸にすがり、破裂しそうな狂った鼓動を刻む心臓を必死に抑える。
「お前がきちんとこちらに誘導するか、そうでなくとも自分で始末をつけるならそれでよかったのだ。手を抜いて楽しもうなど、プロらしからぬ馬鹿な考えを起こすからこうなる」
まるでわたしのことなど眼中にないように、後ろの軽戦士に吐き捨てる男。
彼は不気味な面を、キュリオシティのクリスタルを潰した手で剥ぎ取った。
現れたのは丁寧に分けられた七三髪以外に特徴のない平凡な顔面。
「ハァ、うっ、くぅ……あ、あなた、は……!」
その顔を見た瞬間、違和感が消え、かわりに靄の中へ沈む記憶が浮かび上がってくる。
誰がパーマーさんを殺したのか。わたしが何を警戒してあの場所から逃れたのか。別動隊の合流を目指しながらも、どうしてそれに気乗りしなかったのか。それどころか、むしろ踏みとどまって戦うべきだという考えに後ろ髪をひかれ続けたのか。
(この男だ。この男と、彼の持つ妙な魔導銃があったから……!)
ついさっき経験した戦闘の、それももっとも重要な敵のリーダー格。それなのに忽然と記憶からも印象からも抜け落ち、逃げてる最中には一度も思考に上らなかった。
その異様な現象の理由は、おそらくあの面だ。アレの色はマレシスくんの事件で見た悪魔の短剣と同じ色。つまり認識阻害の禁制素材でできた、人の記憶からすり抜ける力のある装備なのだ。
(そうか、そうだ……ご禁制の素材でも、ジントハイムなら手に入る……)
昔、わたしとアクセラちゃんが攫われたときもそうだった。国が管理してるはずの隠者の外套を彼らは所有してた。
「ふー、ふー、ふー……」
ようやくのことで呼吸を整えたわたし。
カチッと音がして額に冷たいものが押し当てられる。
「う……っ」
灰色の拳銃型魔導銃。ステータス的にもスキル的にも極めて頑丈なエリート騎士だったはずのパーマーさんを、無抵抗に一撃で殺害した極悪兵器。
その銃口を押し当てながら、男は感情を映さない瞳でじろりとわたしを見下ろした 。
「どれほど頭がよく、魔法に堪能で、そして肝が据わっていても、前提条件を忘れてしまっては正しい選択などできはしない。残念だったな」
「……ッ」
金属の感触。これ以上ないほど明確な死の予感に、わたしは痛みを訴える心臓がむしろ少し楽になるのを感じた。
(考え、なきゃ……)
思考が一気に加速する。『静寂の瞳』がこれまで以上に活性化して、あらゆる選択と結末を演算しはじめた。
(そう、まずは状況……見て、理解して、把握する事……まずはそれからだ)
魔力はほぼない。でもゼロじゃない。なけなしの魔力をかき集め、両眼に集中させる。
すると視界に浮かび上がってきたのは、大小無数の赤い光帯が男の手からトリガーやチャンバーに流れ込む様子だ。それは押し当てられた魔導銃を取り巻くエネルギーの流れ。
それに灰色の外装に収められた魔道具としての内部機構も、不安定に明滅してはいるけれど、魔力の流れに応じて見えるようになる。わたしから奪った膨大な火属性のエネルギーが集まってて、奥にあるロッドに……あれ?
(クリスタルが、短すぎる?あの大きさ、ロッドじゃない?形状は……火薬銃の弾丸?いや、クリスタルの薬莢だ。それなら別の素材が弾頭になってる?もしクリスタルの炸裂で打ち出してるのなら……!)
一筋の光が見えた気がした。体中の血流が加速するような感覚の中、わたしは魔眼の力で銃身の中の魔力を睨みつける。
(わたしに、従え……!)
うねる赤がぎくりと固まり、支配の書き換えが始まった。
「恐れのない、諦めていない目だ。この期に及んで考え事をしているのか」
死を前にわたしが見せた反応が意外だったからか、無駄口なんて利かなそうな男が眉を寄せてそう尋ねてくる。
(好都合だ!)
彼は魔力が見えてない。魔眼持ちじゃない。なら会話で時間を稼ぐ余地がある。
唇を舐め、震えそうになる声を喉から絞り出す。
「わたしは、あの人の弟子だから……死ぬ覚悟も、殺す覚悟も済ませてるもの」
「覚悟していれば死が恐ろしくないと?」
銃口を突き付ける男をまっすぐ睨み返して、無理やり小さな笑みを浮かべた。
「死は結果でしかない。結果を恐れて、試行錯誤の手を止めるなんて……ジントハイムの人なら、理解してもらえると思うけど。わたしの考え方」
「……なるほど、たしかに技術屋らしい心構えとあがき方だ。敬服に値する。殺すには惜しいほどに」
男の目が細くなる。言葉の通りに感心するような眼差し。そこには親しみさえ籠ってて。
けれどすぐに冷徹な殺意だけが宿った、冷たい月のような目つきに戻る。
「だが、さようならだ。エレナ=ラナ=マクミレッツ」
「待っ……!」
男の指に力が籠められる。引き金がチキッと歯車の存在を感じさせる音をたて、充填された魔力が煌めいて、クリスタルが臨界まで活性化する。
(くだれ……くだれ……わたしの下に、くだれ……っ)
爆発しそうなくらいの熱感が目を満たす。プチプチと血管が切れ、視界が赤く染まってく。
魔力の帯を支配し、そこから隣接する魔力を浸食。輝くクリスタルにも意識を食い込ませる。
それでも足りない。絶望的に、足りない。武器の制御を奪うには、時間が足りない。
(わたしに、くだれぇええええっ!)
視線に込めた支配の能力が臨界状態のクリスタル、その中枢へ達しようとした時だった。
薄灰色の光が薬莢を覆い、わたしの魔眼の影響を弾いた。
「あっ」
光源のない突然の光。弾丸の支配を一瞬にして奪還し、手出し不能とする強力な干渉。自動的で、絶対的な、それはスキルの効果で。
(魔導銃のスキル?そんなの、ないはず……)
始まりの銃である神与武器と使徒の専用スキルを除いて、火薬銃にも魔導銃にもスキルは存在しない。
だからあれほどの威力を持ちながら一般に広がらない、金のかかる観賞用武装として扱われてきた。
(その、はずなのに……)
呆然とするわたしの額に押し当てられた灰色の魔導銃。その引き金が、引き切られる。
臨界状態のクリスタルが、砕ける。
バキンッ!!
音が響いた。わたしがブーストクリスタルを使う時と同じ、独特の音が。
銃口から吐き出された弾丸はすぐさまわたしの頭蓋を砕き、脳を破壊する。魂の器、意識の処理領域、最も重要な器官。それを木っ端みじんにされて、パーマーさんのように頭部を吹き飛ばされ、無様に脱力して死亡……そのはずだった。
しかし痛みなど感じる間もない死の代わりに訪れたのは、焼けた鉄杭を突き立てられるような左腕の激痛で。
「ッッ!?あッ、ぐッ、くぅううううううッ!!!!」
全身を駆け巡る雷撃のような凄まじい痛みに、咄嗟に歯を食いしばって悲鳴を殺した。そうしないと舌を噛むと本能的に理解したから。
手足の統制がとれなくなって地面に頽れる。心臓がずくずくとうるさく脈打つ。その鼓動に従って、左腕からどくどくと命が流出する。失われてく。
痛みのせいか、出血のせいか、それとも別の何かか……急激に思考が鈍って、千々に乱れて、世界から色が抜けてくような。
「何者だ!!」
鋭い誰何の声。男の声。
顔をどうにか上げようとしたわたしの、靄のかかる視界の端に人影が映る。
「う、ぅ……」
わたしを守るように男との間に立つその人。
少女だ。頭の後ろで髪を一つに括った少女。
幻影のような濃く暗い炎を身に纏った少女。
腰に反りのある、黒い鞘の刀を佩いた少女。
「あく……せら……ちゃん……?」
とても見慣れた立ち姿。凛々しく、泰然として、揺るぎない。
でもその佇まいに、強い違和感を覚える。
「あ……ぅ……ぁ……」
わたしは最愛のヒトの名前を呟きながら、意識を失った。
最後になにか、焦げたような臭いがした。
めちゃくちゃ私事ですが、明日から東京行ってきます!
ReoNaのライブを観に行くんや!逢神さんとや!!
有明方面行くならココがいいよ!っていう場所あれば教えてくださいね~。
面白ければ励みになりますので、評価&いいね&感想頂ければ幸いですm(__)m




