表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十三章 瀉炎の編
349/367

十三章 第34話 バーガンディ商会の戦い

  「貴様らッ、生き残りたければ戦えぇええええ!!!!」


 汚く淀んだ緑の光を体から、声から迸らせてカゥツ番頭は叫んだ。


「この馬鹿者!!」


 慌てて子爵様が引きずり戻そうとする。

 けれど彼は自分から盾と盾の隙間に身をねじ込んで抵抗し、更に声を張り上げた。


「違法奴隷は関われば極刑ッ!お前たちの生きる道は、この寡兵を打ち破り、追手を振り切って逃げるのみよォ!!この向こうに裏口があるぞッ!もう我らは金を払えない!タダ働きで打ち首は御免であろうがッ!!」


 彼は狂ったように盾にしがみ付き、スキル光を迸らせて吼える老人。

 光は波紋状に広がり、廊下の両側を塞ぐバーガンディ商会の戦闘部隊に染み込んでく。


「そ、そうだ……突破しないと!」

「表は騎士共がうじゃうじゃいやがる!裏だ、裏口を目指せ!!」

「敵は少ないぞ、食い破れ!!」


 突然、爆発的な熱量を取り戻す敵兵。

 彼らの目は一様に緑の輝きで汚染されてる。


「閣下、扇動系スキルのアジテーションシャウトです!」

「分っておる!この……ジジイのくせに馬鹿力な!!」


 左右の騎士と子爵様が暴れるカゥツを引きずり倒す。


「やってくれたな、貴様!」


 老人は紳士然とした態度を完全に捨て、にちゃっとした笑みを浮かべた。


「ひひっ、馬鹿な騎士様だ……!わ、私は旦那様にお仕えして四十年、この忠義を翻す気など、毛頭ありはせんわ! 」

「黙れ、外道が忠義を騙るな!」

「がはっ」


 子爵様の拳を頬に食らってなお、血走った目で老人は嗤う。


「げほっ、げほっ!お、お前たちィ!戦え!戦えェ!戦ってここを逃れる他に、生き残る道はばがごッ!!」

「黙れ!黙れ!黙れ!」


 激昂 した魔導騎士の拳を五発もくらって、ようやくカゥツは意識を失った。

 それでスキルの効果が切れるなんてことはない。


「こうなっては止むを得ん!パーマー、下がるぞ!挟まれては厄介だ!」

「いえ、閣下!このままの陣形を堅持し、同時に迎え撃ちましょう!!」

「むっ……」


 背後を守る小隊長からの抗命に表情を険しくする子爵様。

 けれどすぐに左右へ視線を巡らせ、それから重く唸った。


「この通路の幅で一本道に誘い込めば、確かに我が軍に遊兵がでるか」

「なるべく多くをこの場に釘付けにし、表の作戦を支援する意味でもそれがベストかと。我々の練度と人数なら十分に二正面で戦えます」

「……よかろう。他ならぬ『深淵の統率者』を持つお前の言だ、その献策を採用する!」


 一秒に満たない思考を挟み、子爵様は決断した。

 敵方が動いたのはその時だった。


「オレに続けぇええええ!!」

「「「「オォオオオオオオ!!!!」」」」


 一人の剣士が叫び、自軍の盾列を飛び越えて廊下へと躍り出た。

 その後に数人の剣士、槍使い、斧使いが追随する。


「パーマー、そちらは任す!お前の音に聞こえた指揮、見せてもらうぞ!!」

「はっ、お任せを!深淵は我らが王の御旗のもとに!!」


 青紫のスキル光が背後で炸裂。パーマーさんの特殊なスキルが向こうの面々を強化したらしい。わたしも思いつく限りのバフをこっちの味方にかける。


「助かる、エレナ嬢!さあ、魔法使いの本領発揮だ!!」

「はい!」


 ルオーデン子爵は赤塗りの大杖で床のタイルを力強く打ち鳴らした 。


「騎士たちよ、盾を掲げよ!兵士たちよ、よく狙え!我ら王国軍、小物に唆された烏合の衆ごときに後れを取るなど恥と心得よ!!」

「「「「「おぉおおおおお!!」」」」」


 こちらの鬨の声に呼応するように、敵弓兵も斉射を開始。剣士や槍使いを追い抜いて、山なりのボルトが高い天井を掠めて飛来する。


「風よ!」


 飛距離の長い危険弾だけ絞った風圧をぶつけて叩き落す。残りはカバー範囲を拡大した騎士たちの青い盾が防いでくれる。いつもの大盾じゃないのに頼もしい。

 ほぼ同時に射かけるこちらの弓兵。曲射はせず、先走る接近職へ真っ直ぐに。

 ドッドッドと鈍い音をさせて短弓用のボルトが肉に刺さる。数人が致命傷をくらい、あるいは機動力を奪われ、廊下に身を投げ出した。

 でもスキルの加速に任せ掻い潜ってくる人も少なくない。


「火よ!」


 わたしは真っ直ぐに杖を構え、火の魔法を放った。

 直進性、速度、威力に優れるファイアバレット。数は四発。

 二発は剣士を正面から捉えた。小さな爆発と炎に包まれ、男の人が後ろに吹き飛ぶ。


「当たらねぇよぉおおおお!!」


 それすら避けた剣士が、最初に飛び出した男が、更に踏み込んだ。

 濃い紅に輝く男。爆発的な加速。突進系スキルだ。盾列に迫り、その刃を振り下ろした。

 紅の斬撃がシールド表面の青い光と激突、激しくスパークをまき散らす。


「パージ!!」

「なっ、ガァ!?」


 カイトシールドを覆ったスキル光が弾けた。接触に応じて衝撃を返す『中盾術』のシールドリアクト。その強烈なショックウェーブに男は後ろへ吹っ飛ぶ。


「風の理は我が手に寄らん!」

「「「風の理は我が手に寄らん!!!」」」


 そこへ子爵様と魔法使いの面々の詠唱が完了。無数の風の刃が面を成して敵に殺到した。


「うぉぎゃ!?」

「るぁああああ!!」


 斧使いが自慢のアックスも鎧も体も、まとめてボロボロにされて倒れる。

 けれど弾き飛ばされた男は先ほどより濃い赤のスキル光を解き放って全てを受けきった。傷は一つもない。一発たりともその光の放出を貫けなかったのだ。

 流石にざわつく友軍。


「ダメージ無効だ!」

「レアスキルだぞ、なんだあの男!?」

「恐れるな!連発の効くスキルではない、恐れるな!!」


 わたしはすぐさま詠唱破棄でファイアッバレットとウィンドカッターの連撃を打ち込む。


「恐れてもらわねえと、商売あがったりなんだよォ!!」


 獰猛に吼えた男はスキルアシストの軌跡を描きながら横へ逃れる。

 火の魔法は跳び去る寸前の足元を燃やして終わるが、風は浅く彼の足を裂いた。それでも大したダメージにはなってない。


「「「風の理は我が手に寄らん!」」」

「おせえ、おせえ、おせええええええ!」


 追いすがる様に魔法使いが数発のウィンドカッターを撃つ。それも回避される。

 獣のような足捌きで広い廊下を縦横無尽に駆け回り、身を翻す瞬間にベルトから何かを抜く。彼の手元で光が瞬き、『投擲』が発動される。


「爆ぜろやァ!!」


 矢より早いナイフ投げ。騎士の盾にぶつかるなり小さく爆発して隊列を揺るがす。


「風よ!」


 爆煙を押し流す。クリアになる視界。紅の輝きと共に剣士が再び突進してくる。

 その後ろから槍兵と他の剣士が第二陣のように走り始めた。

 弓矢の散発的だった攻撃が一気に魔法使いへ集中。

 連携というほどの連携じゃない。でも明らかにあの男を切っ先とした攻撃の構成が組まれてる。


「弾幕を張れ!雑魚を始末せよ!」

「突出してる人は、わたしがやります!」


 杖を左手で保持し、右手を鞄につっこんでクリスタルを取り出す。

 見なくても魔力でどのクリスタルかは分かる。目に映らずともそこは視界の中だ。


(腕が立つ!冒険者ならB……同格だ!!)


 だから出し惜しみも、躊躇いもなし。

 突き出した杖先を凝視する男。顔の高さに杖を構えたわたしと目が合う。緑の目が。


「ハッ……!」


 獰猛な笑みが浮かんだ。足と剣にそれまでとは違う黄色の光が宿る。

 魔法より早くこっちに切り掛かるつもりの、切り札的なスキルの発動。


「死にさらせぇえええええ!!」

「刈り取れッ!!」


 バキン!

 クリスタルが灰となる。


「がぶぁ!?」


 剣を振り上げる動きのまま、男の体が真横に吹き飛んだ。

 ゲイルハチェット。肉厚で切断力に優れる上級風魔法を、予測不能の短縮詠唱で。

 真横から食らった彼は、胸の半ばまで切り裂かれて壁に叩きつけられた。


「……!……!!」


 想像もしてなかった方から攻撃が来たからか、愕然とした顔でこっちを見る男。

 口を二、三度ぱくつかせた彼は、血を吐いて脱力した。目から光が消えた。


「ギュターがやられた!!」

「あの魔法使いだ、あの二属性使いを殺せッ!!」


 敵から悲鳴が上がり、殺意の視線が降り注ぐ。

 怒りと恨み、それに恐怖の混じった緑の視線が。


(……大丈夫、わたしはもう立ち止まらない)


 口の中に広がる苦みを、歯を食いしばって受け止める。

 目を反らす気はない。囚われる気もない。目の前で迷うのは、もう止めた。


(考え続けて、進み続ける。そう決めたから……!)


 すぐに視線を転じ、他の前衛に杖を向ける。


「火よ!」


 槍を投擲しようと構えた一人をファイアバレットで吹き飛ばす。続けざまに剣士を二人。

 燃え盛る弾丸を食らった革鎧は焼け焦げ、命の残滓のように火の粉が吹き上がる。衝撃に死んだか気絶したかで彼はもう立ち上がってこない。

 防御陣形で二正面をやってる以上、一人にでも取り付かれたら戦況は悪化する。

 だから躊躇えない。躊躇わない。


「がぁ!?」


 さらに敵の盾列へ攻撃魔法を降り注がせようと魔力を集めたところへ、隣で悲鳴が迸った。見れば騎士の一人が、兜の隙間から短い矢を生やして崩れ落ちるところで。


「ッ!!」


 咄嗟に水と火の治癒魔法をかける。手応えはあった。まだ生きてる。生きてる!

 両隣の軍人さんが弓手を止め、鎧を掴んで後ろへ引き戻す。


「神官殿、治療を!」

「わ、わかりました!」

「奥の弓の女だ!上級スキル持ちだぞ!!」

「射させるな、圧を高めよッ!」


 一斉にいくつかの怒号が飛び交う。

 警戒の声に敵盾列の奥を見る。二射目をつがえる三白眼の女弓兵がいた。

 室内用の小さな弓に短いボルト、他の射手と同じ装備。けれど赤黒い禍々しいスキル光は確かに普通のそれじゃない。


 ビン!


 弦が唸る音がこちらまで聞こえる。

 どんな力で撃ち出されたのか、ボルトは視認困難な勢いで二人目の騎士を射抜こうとして……わたしの風魔法とぶつかり折れた。


「うわ!?」


 目の前でボルトが木片と散った騎士は初めてそこで自分が狙われたとしり、驚いて声を上げる。


「あの人、止めます!」

「頼むぞ、エレナ嬢!」


 叫ぶ。今のは反射的な迎撃だ。人よりいい目とアクセラちゃんに鍛えられた直観で間に合った。けど何度もアレを撃ち落とせるかと言われれば、たぶん無理。


「ヴェイラード、魔法使いを潰しな!ギュターを殺した奴だよ、そいつを先にやれ!」

「分ってるって!!」


 女弓兵も叫んだ。向こうもわたしが狙いらしい。さっきの剣士の仲間かな。

 それに応える声。女の横に控えてたローブの男が、盾列の真後ろに飛び込む。こっちの矢が降り注ぐけれど、全て頑健なタワーシールドに阻まれてしまう。


「魔法使いが一人、前列裏に入りました!」

「それは儂がやる!時間を稼げ、エレナ嬢!!」


 盾の周りの魔力が揺らいだ。魔法が来る。色は……茶!


「土の理は我が手に寄らん!」

「氷よ!」


 顔と杖を出す魔法使い。撃ち出されるストーンバレット。それをアイシクルバレットで撃ち落とす。二発を二発で相殺、そしてもう三発を投射。


「っぶね!?」


 魔法使いは咄嗟に隠れた。タワーシールドの輝きにぶつかり砕ける氷。


「ゼナ!あいつ無茶苦茶だ!!何属性使ってやがる!?」

「じゃあ抑え込みな!アタシがブチ殺してやる!!」


 女弓兵が遠距離攻撃のまとめ役なのか、彼女の怒声に合わせて鏃が一斉にわたしを向いた。また雨のように放たれるボルト、ボルト、ボルト。それをこっちの魔法使いが風で叩き落し、落ちなかった分は騎士が防いでくれる。

 わたしはお返しとファイアボムを盾列へ叩き込んだ。なかなか強固なスキルがあるみたいで、爆炎でも壁は破れない。けれど広い面に爆風を受けて、タンク自身が数歩よろけた。


(これだ!)


 そう思った瞬間、後ろからも衝撃が。爆発の衝撃だった。向こうにも魔法使いが参加したらしい。


「閣下、こちらに魔法使いを回して頂けませんか!?火属性が三人加わりました!!」

「三人だと!?だが、パーマー、こちらもッ!」


 再三の爆撃に子爵様の言葉が詰まる。


「こっちはわたしがやりますから、回ってください!」

「くっ……分かった!」


 わたしの応答を受け、詠唱を細く紡いでいた子爵様は中断してすぐに決断をした。パーマーさんの嘆願にこっちの魔法使いを後ろへやったのだ。

 そのタイミングでまた盾の向こうから顔を出す土魔法使い。ダダダダダン!と殺傷力のあるストーンバレットが乱射ぎみに放たれる。


「野郎、連続発動系のスキル持ってるぞ!」

「氷の理は我が手に寄らん!」


 魔法の軌道を読み、氷弾を的確にばらまいて潰す。

 けれど潰し切れなかった三発ほどがこっちの盾列に激突。


「うっ!?」


 土と石の欠片をまき散らし、イノシシの体当たりのような衝撃に隊列が揺れる。

 魔力量にも自信があるのか、向こうは乱射を続行。ドンガンとシールドを打つ騒音が鳴り響き、一気に高まった面の圧力に隊列そのものがじわっと押し込まれる。

 魔法使いの数ではこっちが有利だけど、タンクは大盾を持ち込めなかったこちらが不利だ。


「ひっくり返してやる……!宝珠、展開します!!」


 降り注ぐ岩の弾丸を氷で迎撃しながら、ベルトにセットした宝珠に意識を繋ぐ。

 四つがふわりと宙に浮かび、私の頭上を越えて天井付近へ展開。カッと朱色に輝いて、ファイアボムをこちら側の廊下一面に吐き始めた。


 ドンドンドンドンドン!!!!


「ぎゃああああああ!!」


 魔法攻撃が薄くなったと思って飛び出した数名の敵が、爆炎に巻き込まれて悲鳴を上げる。殺せるほどの爆発じゃないけれど、狙いはそこじゃない。


「ぬわっ!?」


 絨毯爆撃の衝撃はが幾重にも重なって向こうのタンクを力強く押し下げる。

 物理的な破壊エネルギーと向こうのスキルが激突する激しい音の中、それでも岩の弾丸は止まらない。こっちの迎撃も止まらない。粉塵と煙が一瞬、お互いの視界を塗りつぶす。


「死ねやぁああああ!!」


 それを突破してきたのは若い男。その手には鋭い魔鉄の短槍。

 血まみれになり、髪に火がつき、それでもわたしを睨んで真っ直ぐ走ってくる。

 ボルトの雨は何かのスキルで弾いてるのか、まったく彼に刺さる気配がない。


「させん!!」


 誰かが吼えた。盾列のどこかから剣が一振り、矢のように投擲される。『投擲』の薄青い光を纏い、王国支給のショートソードが若い男の胸に深々と突き立った。

 ほぼ同時に宝珠のファイアボムが頭部に命中。男は首から上を真っ黒にしながら、後ろへ吹き飛んだ。それでも執念で魔鉄の槍に光を灯す。


「がぁあああああ!!」


『投槍術』。白緑のスキル光を流星の尾のように引き連れ、誰が反応するよりも早く空間を駆け抜ける短槍。それは軍人さんの胸を鎧ごと貫いた。


「……!!」


 驚愕を顔に浮かべたまま、心臓を真っ直ぐに穿たれた彼はその場にくずおれた。


「ピート!!」


 誰かが叫ぶ。ピート、彼の名か。

 腕が伸びてきて彼の体を後ろへ引き込む。

 けれど、一瞬だけ見えたその目はもう……。


(うぐ……ッ!)


 歯を食いしばる。必死の抵抗を受けるとは、こういうことだ。


(分かってるけど、でも……ッ!)


『静寂の瞳』でも冷え切らない頭で煙の向こうを睨み、アイスバレットと並行して別の魔法を構築。

 その間にも赤黒いボルトが飛来して、騎士の盾に深く食い込んだ。


「あがががっ!!」


 ボルトから放たれる黄色い光。絡みつかれ、痙攣する騎士。盾がその手から落ちて床を打つ。


(スタン系!)


 気付くと同時、近くの軍人さんが騎士にスキルを使った。回復系のなにか。黄色いスパークはすぐに消滅する。それでも崩壊する防御スキル。カバーに入る左右。

 乱れる足並みに女弓兵がすぐさま三の矢を放ち、盾の隙間から騎士の肩を撃ち抜く。


「らぁああああああああ!」


 隣り合う騎士が負傷し大きく欠けた守り。そこをめがけ突っ込んでくる斧使い。

 凄まじい加速で駆ける男の頭を味方のボルトが的確に射抜いた。

 スキルの慣性に肉体が投げ出され、焦げた絨毯を血と脳漿が汚す。


「氷よ!」


 アイスボムを三連発。敵のタンクは盾でそれを防ぐけど、炸裂した氷の爆弾はスキルごと鋼鉄の盾を凍らせる。

 そのまま繋いだ魔力糸を通じて出力を増幅。保持する腕までコアフロストで硬く冷凍してやった。


 ドドドッ!!


 宝珠のファイアボムが霜の下りた盾に着弾。さすがにタワーシールドは耐えきったが、凍った腕はそうもいかない。


「腕がぁああああああああ!!」


 こっちまで聞こえる破砕音と絶叫。盾が三枚、床を打つ。その向こうには両腕を失って悶えるタンクが同じ数。それに杖を掲げて魔法を放とうとする土魔法使いも。


「今です、子爵様!」

「大地の咢よ、天へ吼え、我が敵を食めッ、土の理は我が手に寄らん!!」


 長い詠唱を結んだ子爵様。赤く塗られた大杖から魔力が迸り、魔法使いの足元で収束。


「つ、土の……ヒィ!?」


 慌てて飛び退こうとする相手の真下、大理石の床がバグン!と口を開ける。白い咢は男に二歩と動く間を与えず、水辺から飛び出す鰐のように彼の下半身を飲み込み、大きく粗い白い牙を閉じた。


「ぼぎゃああああああ!?!?」


 血を吐きながら泣き叫ぶ魔法使い。必死に杖をトラバサミのようなそれに向けるが、アレは最上級魔法だ。格上の魔法を解除するのは相当のレベル差かコツがいる。


「だ、だずげ」


 ゴキャッ……!


 ギリギリと力を増す咢に男の骨が圧し折れる音がした。

 口と鼻からおびただしい血を吹いて脱力する魔法使い。


「ヴェイラード!!」

「火の原理は我が手に依らん!」


 始めて狼狽えた女弓兵は、構えを崩して仲間の方を見てしまう。

 そこに準備してたとっておき、青い炎を撃ち込む。


「なっ!?」


 目が覚めるような色に染まったファイアボール。

 彼女は何のためらいもなく、隣の弓兵の襟を掴んで盾にした。

 けれど、着弾と同時にわたしは魔法を組み替える。ファイアボールからフレアへ。

 花が開くように火焔はわっと広がり、盾にされた方とした方を丸ごと包み込んだ。


「なにが、うわ、ァああああああ!!」

「はぁ!?あッ、ひっ、いぎゃぁああああ!!!!」


 エクセララの青い炎はわたしの命令通り、二人に油の如くまとわりつく。

 火魔法の何倍も熱い業火にまかれ、のたうち回る彼女たち。明らかに挙動のおかしい炎を恐れて周囲は隊列が崩れるのもお構いなしに距離を取ろうとする。


「弓、放てェ!!」


 号令に合わせてわたしは爆撃を打ち切る。爆風が止んだ。短弓の斉射がとってかわり、混乱する敵に襲い掛かる。

 タンクの大部分を失い、面制圧力と攻撃力の要を失い、統率と冷静さまで失った。もう終わりだ。烏合の衆と化した集団を遠距離攻撃の暴力が針鼠にしていく 。


「閣下、こちらも片が付きそうです」

「素晴らしい、さすがは『深淵の統率者』持ちだ」

「ふふ、恐縮です」


 背後から聞こえた報告。戦闘中とは思えない穏やかな声に、子爵様は満足げに頷いた。


(子爵様、一回も振り向かなかったな……)


 普通は背後の戦いが気になって、ちょこちょこ振り向いちゃいそうなもの。よっぽどパーマーさんの『深淵の統率者』なる指揮系スキルを信用してるのか、それか子爵様自身が指揮系スキルで戦場を把握してたのか。


(どっちだろ)


 わたしの視線に気づいた子爵様がニヤっと笑う。


「パーマーの持つ『深淵の統率者』は王国軍にだけ作用する一種の思考共有が可能でな」

「思考共有、ですか?」

「そうだ」


 頷いて兜越しに己の額をトントンと指で打つ子爵様。


「頭の中で出した指示を味方に伝え、理解させることができるのだ。しかも味方は発動中、奴の考えだけでなく見聞きした情報、感じた直観まで全てを共有される。比喩抜きで部隊を一つの生き物のように扱えるわけだな」


 冗談めかしてルオーデン子爵が「おお、怖い怖い」と言うと、後ろからパーマーさんの大きな咳払いが聞こえてくる。


「それは、すっごく面白そうです……!」

「お、面白そうかね?」


 子爵様は頭の中を誰かと共有することに抵抗があるんだろう。

 でもわたしはぜんぜん違う感想を得た。


(ニカちゃんと実験してるアレに使える発想かも)


 なんて一区切りついた気分で思っていると、茫然とした声が足元から聞こえてきた。


「そ、そんな……月夜の狩人が、私が目利きした傭兵たちが……」


 いつのまにか目を覚ましたカゥツ番頭だった。

 彼は狂気を通り越して自失の眼差しを戦場にむけ、唇をわなわなと震わせる 。


「軍を舐め過ぎだ」


 子爵様は吐き捨てて番頭の背中に足を置いた。

 逃げられないように、そして今度何かしようとしたらすぐさま踏み殺せるように。


「さて、片付いたな……逃げる者を追う必要はない!騎士はそのまま守備を堅持、弓も同じく警戒!エレナ嬢と魔法使いは魔力を温存しつつ待機!我々は一旦、負傷者を地下へ後送し……?」


 声を張り上げる最中、子爵様はふと動きを止めた。


「閣下?」

「パーマー、何か聞こえなかったか?」

「い、いえ……聞こえたか?」


 パーマーも彼に問われた斥候も首を振る。

 けれど子爵様は鋭い視線を周囲に巡らせ、誰にともなく呟いた。


「いや、何か聞こえる……音ではなく、振動か?」


 そんな彼の独り言が気になって、私も土魔法で振動を検知しようとした。その時だった。


 メキッ……!


 今度はハッキリ音がした。方向は真横。

 みんなが一斉にそっちを見る。あるのは大理石の壁だけ。

 拙い。何がかは分からないけれど、拙い。

 そう誰もが直観した瞬間……バッガァン!!!!


「きゃっ!?」

「がはぁ!!」

「うぁー!?」


 床に投げ出される。壁が向こう側から爆発した。

 衝撃波に三半規管がやられたのか、意識が激しく揺れる。

 破片が背中に落ちてきて、重量と痛みに口から息と悲鳴が漏れた。


「う、くぅ……痛っ」


 うわんうわんと変な反響を聞かせる耳を押さえ、どうにか杖を頼りに身を起こす。

 周りは大理石の粉塵が舞い上がって白っぽくそまり、同じように投げ出された騎士や軍人さんで死屍累々の有様。けれど彼らもプロだ。すぐに手近な武器を握って立ち上がる。


「あぅ、うぅ……頭がぁ」


 鼻血が垂れる感触。それを手の甲で拭う。

 キュリオシティに縋りながら爆発のあった方を見ると、そこには黒い騎士服と銀の鎧を纏った魔導騎士の姿が。こっちに背を向けて、黒い穴の向こうを見てるみたいだ。


「し、子爵さま、大丈夫で……ッ!!」


 問おうとして、わたしは凍り付いた。

 彼の足元には白い床を汚す濃い血溜まりがあった。

 よく見ると広い背中の真ん中を食い破って、幅広の黒い切っ先が生えてる。


「閣下 !!」


 パーマーさんが叫ぶ。

 襲撃者はその声に応えるように、のっそりと廊下を照らす光の中へ一歩踏み込んできた。

 べちゃりと音がする。剣を引き抜かれたルオーデン子爵が床の血溜まりに沈んだ音だ。


「ヴゥウウウウウ……」


 それは大の大人でも見上げるほどの巨体を誇る漆黒の騎士だった。

 鎧は重厚な黒鉄のフルプレート。手に盾はなく、子爵様の血に濡れた大剣が一振りのみ。

 捻じれた双角を備えた禍々しいヘルムを被り、まるで邪教の狂戦士のように立つ。

 こっちを、見てる。


「ヴゥウ……ヴゥウウウウッ……!!!!」


 バイザーの細いスリットから獣の唸り声のような声が迸る。


「閣下を、閣下をお救いせよ!!」


 誰かの絶叫。停止したような時間が急に動きを取り戻す。

 騎士が、パーマーさんが、わたしが、そして黒騎士が……一斉に動いた。


面白ければ励みになりますので、評価&いいね&感想頂ければ幸いですm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 二つ名持の傭兵といえど扇動スキルで指揮スキル持ちのいる部隊にぶつけられたらねえ……多分本領の発揮できる状況では無かったろうな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ