十三章 第27話 神鎗
数多 の 魔獣と悪魔を屠って来た創世神の使徒アーリオーネ=ロゴス=ハーディング。「ハリスクの地下墓所」の邪気を凝縮して生まれたスケリトルセントール、クラディアス=ザ・オビディエントヒーロー。聖と邪、あるいは生と死を象徴する両雄の戦いは相応に華々しく始まった。
『使徒』内包スキル『邪気否絶』
『大神官』内包スキル『不死調伏』
『大神官』内包スキル『加護強化』
『決闘者』内包スキル『ワン・オン・ワン』
アーリオーネの体を深紅と真鍮、それに濃い黄色のスキル光が包んで弾ける。
体力と気力を蝕む邪気を跳ねのけ、不死者への特攻効果を帯び、全ステータスを二重に強化するスキル群。これにより彼女の能力はこの部屋へ舞い降りたときの五割増しに跳ね上がった。
「ガカカカカカッ!」
顎を打ち鳴らす、小屋ほどもある人馬型のスケルトン。魔物は退けられた邪気の全てを吸収し、めきめきと黒い血管のようなものを白骨のボディに走らせる。すると目に見えた圧が増した。
「さあ、来るがいいさ!」
威勢のいい言葉に呼応するがごとく、ガリ!ガリ!と前足で二、三度地面を蹴った魔物は馬上試合に挑む騎士のように猛然と発進。右下腕で構えた突撃鎗の白い穂先を背の高い女に合わせる。
「いいね、いい吶喊だ!」
アーリオーネはニカッと笑うなり己も走り出す。
両手に下げた双剣へ孔雀石のような青緑のスキル光が灯る。
『重双剣術』単純加速・シングル
『重双剣術』重量再配列・シールド
両者、肉薄。
ボッと空気を貫いて突き出される絞り切った鎗の一撃。それを真正面ではなく、わずかに斜に構えた剣側面の盾で受ける彼女。そのまま引き付けた盾から全身へ衝撃を逃がしつつ流す。
ギャギャギャ!
武具がこすれ合い、けたたましい音とともに骨片と火花が踊り散る。
柱のようなランスはアーリオーネの左の剣一振りで後方へと逸れていく。だがクラディアスの巨体はそれその物が凶器。全速力の人馬はそのまま女を踏み潰さんと迫る。
「そうは……行かないさ!」
ランスと盾の噛み合う面がゼロになる。その瞬間、彼女は身を翻した。振り下ろされる前足の鉄槌からひらりと逃れたのだ。更に二歩目以降のギャロップに巻き込まれぬよう、もう一段真横へひらり。
逃げざまに後ろの馬脚へ二撃、三撃と双剣を打ち込むが、それは血管のような黒い筋の異様な硬さに阻まれカンと音を立てた。
ドゴッ!!
目標を見失ったスケリトルセントールはそのまま部屋の壁へ強かに激突。それでも四つ腕で上手く防御姿勢を取ったようでダメージは見えない。土壁を崩落させながら身を引き抜き、何事もなかったかのように振り向いた。
「はは、頑丈なヤツだ!」
かくいう彼女も片手で巨大なランスを受けたにしては堪えた様子がない。
何故か。それは魔獣、不死者、悪神の契約者といった人類の天敵を大勢狩っているからである。アクセラの何倍も討伐してきた彼女は、それだけステータスにもスキルにも補正がかかっているのだ。
さらにスキルで1.5倍にしているのだから、膂力も当然それなりである。防御力すらこの軽装でフルプレート姿の聖騎士に劣らないレベル。
さすがはあの創世教会をバックに持つ使徒といったところだ。
ガリ!ガリ!
再び蹄を鳴らし、スケリトルセントールは突進を始める。さっきのような全力のギャロップではない。勢いをつけるためでも、踏みつぶすためでもない。ただ近づくための走り。
待ち構えるアーリオーネを射程に捕らえるなり歩調を緩め、繰り出した武器もランスではなかった。左下腕に握る馬上剣。掬い上げるような、切っ先に引っ掛けるような巧みな斬撃だ。
『重双剣術』単純加速・ダブル
アーリオーネからすれば王侯貴族が居城に備える大きな食卓を思わせるほど幅広の剣。その切っ先は彼女を股下から引っ掛けて真っ二つにしてやろうと迫る。
だが女は両足に孔雀色を履き、一足先に大地を蹴って宙へ舞う。着地先はまさに下から追いすがるロングソードの上。白い刃筋のこぼれた箇所へ足を乗せ、一瞬そのエッジを走って加速。勢いが乗るなり蹴りつけさらに加速、遥かなる高みへ。
自分の斬撃を足場に頭上を取ったアーリオーネに、それでも英雄の名を冠する不死者は動じない。すぐさま背骨だけの腰をひねり、右上腕の盾で宙を舞う小さな的へと強烈なシールドバッシュを叩き込む。
『重双剣術』攻性加重・トリプル
アーリオーネも全身のバネを使って体を捻り、それを解き放つと同時に光の翼から推力を生じさせる。足場のない場所で放ったとは思えないほど力強く、揃えて振り抜いた双剣が円盾を正面で迎え撃った。
メキッ……!
負けたのは白骨の円盾。孔雀色に輝く二振りに装飾ごと表面を割られ、破片が周囲に降り注いだ。のみならず、押し負けたスケルトンの上半身は大きく姿勢を崩す。
「もらっ……てないね!!」
好機。そのはずだが、使徒は嫌な予感に襲われすぐさま翼をはためかせ、真下へ距離を取りつつ着陸を選ぶ。翼の中から光魔法の槍をばらまきながら。
カッ!!
直後、牽制のライトランスを消し飛ばし、彼女のいた場所を赤黒い閃光が貫いた。二段になった顎をがっぱりと大きく開き、魔物がブレスめいた一撃を吐いたのだ。
着弾した墓土の壁はどろりと腐って溶け落ちる。黒い砂嵐のようなナニカと悪臭が振りまかれるのをアーリオーネの特別な五感は捉えた。
「あれは、呪詛をブレス状に吐き出したのかな?器用なことをするモノだ……」
だがそれだけではない。ブレスを吐き終えた英雄の紛い物は彼女を四つ目で睨むなり、四つ腕を交差させてガシャガシャと全身を震えさせた。
明らかな溜めの動作。しかし触れただけで肉を腐らせる呪詛は、さすがに使徒といえども食らって無事で済む類のモノではない。迂闊な接近は選べない。
すると一拍の後、白かった骨が内側から滲む血に染まり始めた。否、血ではない。液体のように見えるが、まさに呪詛の力そのもの。それに覆われ、クラディアスは赤黒い色に変わっていく。
「レッドスカルと同じか。これほどの大型アンデッドが、というのは僕も初めて見るね」
アーリオーネの口調から一瞬だけ笑みの雰囲気が失せる。
「よほど深く恨んでいるのだろう。可哀そうに」
夕焼け色の目には汚赤色の騎士と化したクラディアスではなく、その遥か向こうにある千年以上前の悲劇が映っていた。
だがそれは今更どうにもできないことであり、今を生きるユーレントハイムの民にとっては他人事でしかない。
「気に病んでも仕方ないね。よし、切り替えていこう!」
武具まで染まり切ったスケリトルセントールは三度、蹄の音を響かせる。接近するなり遥か頭上から突き下ろされる赤黒いランス。
『重双剣術』重量再配列・シールド
『重双剣術』ショックディバイド
穂先を右の盾で受け止め、左の刃で弾くアーリオーネ。円錐の突先が孔雀色の衝撃波に負けて砕け散る。表面の血めいた呪詛が弾け飛び、落ちた先で地面を溶かした。
「凄まじい呪いの濃さだ。でも師曰く、当たらなければどうということはない!」
スケリトルセントールに動揺は見られない。むしろそれを見越していたように、先ほど彼女が割った方の円盾を振りかぶり……破片の塊として叩きつけた。
「ちょっ!?」
盾が形を留めていたのは黒い血管で繋ぎ合わせていたから、だったらしい。解除され、呪詛塗れの破片は一欠け一欠けが必殺の鏃と化して降り注ぐ。
面制圧には弱いのが人間の常だ。使徒は咄嗟に身を屈め、背中の光翼で自分の前面を庇う。そのまま一つ、切り札を切った。
バシュッ!!
聖なる力を込めて模られた翼が急激に膨張、着弾間際の破片目がけて外向きに破裂したのだ。光輝の爆裂は破片を正面から打ち払い、呪詛と勢いを奪い取る。
「痛てて!」
それでも中々の速度で降る白骨片の雨あられに悲鳴が上がるが、もはやそれらに纏った騎士服や鎧を貫通するほどの威力はない。露出した肌さえ、彼女の高いステータスに守られて傷つかないのだ。
「ああもう、翼!けど、僕は足も速いから……うぉ!?」
走り始めようとした彼女は、両足と左腕に異様な重みを感じてつんのめりそうになる。視線を下ろすと、地面から黒いスケルトンがにょきにょきと生えて、足と左の剣にしがみついているではないか。
「うわ、怖!!」
ただのスケルトンではない、真っ黒に染まったブラックスカル……死霊魔法の秘儀によって強化された頑丈な連中だ。アーリオーネでも力任せに引き千切れる相手ではない。
「くっ」
「ガカカッ!!」
まるで勝ち誇って嗤うような骸骨たち。そこへロングソードが再び薙ぎ入れられる。
大上段から力の限り振られる馬上用の剣。先ほどより溜めを深く取ったその斬撃には遠心力が乗りに乗っている。いくら彼女でも真正面で受ければよくて骨折、最悪はブチッといってしまうだろう。
「ええい、土壇場だ!上手く行っておくれよ!?」
焦りを浮かべたアーリオーネは自由な右手の双剣に孔雀色の光を集め、スキルにより強固な魔力刃を形成。迫るテーブルのようなロングソードの刃に己の刃を合わせ……絶妙の力加減でもって、ブライトミスリルの剣身を滑らせて受け流した。
紫伝一刀流・流鉄
敵の巨体が強烈な力で腕を引かれたように傾ぐ。
攻撃のエネルギーが全て流され、あらぬ方向への推力となったのだ。
「よし、いけた!」
まさにアクセラの得意とする、相手の力の一切を躱す刀の技術。アーリオーネはその再現を双剣の片割れで為しつつ、全身から強力な聖属性の魔力を解き放つ。
「……ッ!」
ブラックスカルが創世神の威光にも似たその波動に怯んだ。単純な魔力は魔法と違って攻撃たりえないが、邪に対する聖だけは話が別。ゆえに拘束が緩む。
『重双剣術』カルテットディバイド
使徒の姿が一瞬ブレた。孔雀色の残光が同時に四筋、彼女の周囲を取り囲むように生じる。加速を操っての素早くも重い剣捌きは、先ほど放出した聖なる魔力を巻き込み、黒鉄より硬いブラックスカルたちを輪切りに切り崩した。
「仕切り直しだ、さあ来い!」
「カカカカカ!!」
左右の剣を払って構えを整えたところへ、同じく姿勢を立て直したクラディアスの戻りの一撃が迫る。今度は切っ先ではなく中頃の刃で押し切る形だ。先ほどよりもう一歩踏み込んで、受け流しえない質量攻撃に攻め手を転じたわけだ。熟練の剣闘士を模しているだけあって機転が利く。
これをアーリオーネは逃げずに迎え撃たんとする。左手を返して切っ先を下げ、左右の剣を上下に広げる変わった構えを取った。
『重双剣術』バーティカルディバイド
ぐねりと上体を屈めたまま、幅広の剣を真横に薙ぎ払うスケリトルセントール。その必殺の質量体が間合いに入ったと同時、アーリオーネの剣は縦軸で交錯した。
ザクッ!!
孔雀色の閃光が弾け、軽妙な音が響き、ついで少し離れた場所でドガンと轟音。
剣を振り抜いた人馬の魔物と使徒は互いに無傷だった。しかし巨大なロングソードはそうもいかない。まさに切り結んだ場所ですっぱりと剣身は切断され、そこから先は墓土の壁に深々突き立っていたのだ。
「ガカカカカカッ!?!?」
これには感情の薄い不死者も驚愕の打顎音を鳴らす。
一方でアーリオーネはというと、美しい顔に不敵な笑みを浮かべていた。孤高の英雄は幻影の英雄を睨み上げて言う。
「言ったはずだよ。僕は創世神の使徒アーリオーネ、人類の守護者だ。このくらいで負けてあげるわけにはいかないのさ」
そんな彼女の口上を受け入れることなど、従順で堕落した英雄と名付けられたクラディウスの幻影には到底できるはずもなく。
「ガゥアアアアアアアアアアア!!!!」
否定するように全身をガシャガシャと震わせた魔物は、顎をバキリと音高らかに大きく開いた。全身の黒い血管が昏く脈動し、赤い二重の歯列の奥で呪詛が瞬く。
だが来ると分かっていて食らう彼女でもない。
『使徒』内包スキル『武具聖別』
『重双剣術』スピンブレード
ロゴミアスの深紅を宿すなり、右手の双剣を敵の頭目掛けて投擲するアーリオーネ。
「ガァッ!!」
コンマ数秒の差で吐き出される赤黒い光線。直径で子供の背丈ほどもあるブレス攻撃だが、使徒の投げた剣が空中で独楽のように回転して受け止めた。聖と邪、相反するエネルギーが相殺しあって周囲へ余波、白い雷光を振りまく。
「カタカタカタ……!」
光と雷が部屋中をランダムに照らし出す中、足を狙って再び墓土を分け、地面から現れるブラックスカル。その額へ彼女は残った方の剣を突き刺し、そのまま大地へと打ち立てた。
「失礼しますよっと!」
一言断ってアーリオーネは柄尻に飛び乗り、スキルでガッチリと強化した脚力で真上へ跳び上がる。主神の力が宿る剣を足蹴にするとは何事か。そう怒鳴る教会上層部の声を幻聴しながら。
「!!」
四つの眼窩に灯る怨念の炎がすぐさま彼女を補足する。ただブレスを吐きながら首を動かすことはできないらしい。クラディアスは光線を嚙み切るように、すぐさま歯列を閉じる。
光の翼も双剣も失ったアーリオーネに上空でブレスを避ける術はない。にもかかわらず高く舞い上がった使徒を嘲笑うように、スケリトルセントールは彼女に顔を向け、そして口を開こうとして……!
『使徒』内包スキル『神器招来』
均整の取れた肉体を引き絞るように捻っていたアーリオーネの、掲げた右手で深紅の光芒が爆発する。猛烈な光の塊はさながら世界を照らし出す小さな太陽だ。
そしてその中からブライトミスリルよりなお真っ白な長鎗が現れる。太陽神ロゴミアスの神器の一つ、太陽の光を具現化した鎗が。
「墓穴の奥底であろうとも、陽の届かない場所はない。主の光の担い手たる僕らが、どこまでだとて赴くのだから……白光鎗ミウム・マリアル」
いっそ静かな祈りの言葉を添えて、神鎗が放たれる。
「ガゥアアアアアアアアアアア!!!!」
全て消し去らんとスケリトルセントールの口から迸る呪詛のブレス。投擲された白光鎗は束ねられた怨念の奔流の中心へ突き立ち、膨大な魔法エネルギーを瞬きの内に白い光へと還元。一切の減速をすることなく不死者の頭蓋骨をその兜ごと貫通。さらに馬身の腰骨をも砕いて床に突き立ち、瞬時のうちに己もまた光と消えた。
「ッ……!!!!」
まさしく陽の光のような一瞬の攻撃だった。しかし最高神の威光の顕現は凄まじく、部屋の中はまるで聖域かと思うほど澄み切った空気に満たされている。邪気など初めからなかったかのように。
呪いの核である頭部を破壊された不死者は死者となる。その法則に抗おうと、清らかな空間でガクガク震えながら動き続ける首のない英雄の模造品。馬体の後ろ半身はすでに失われ、全身の赤色も溶けるように剥がれて滴り落ちているというのにだ。
「……!……!」
やがて操り人形の糸が一本一本切れるように、腕が力なく一つまた一つと地面を打つ。
「さようなら、クラディアスの名に託された怨念たち。冥界神の寛大な沙汰があらんことを。そして来世は、光と幸福に満たされた人生であらんことを」
アーリオーネが目を閉じ、死者に敬意を表すように項垂れた。
その間にも神鎗に直接穿たれた傷からは光の粒子が溢れだし、全身が最後にはボロボロと崩壊して……数十秒の後には巨大なアンデッドの痕跡など一つも無くなっていた。
「……さ、行こうか」
再び目を開いた彼女は双剣を拾ってから踵を返し、最奥へと続く扉に向き直る。そこに今しがた屠った哀れな相手への感傷はもうない。
引きずらないこと。それがアーリオーネにとって、使徒として生きる秘訣だった。
「ああ、まだネクロリッチともやり合うのか。少々飛ばし過ぎたかもしれないね」
一人ぼやいたその時だった。
ギギギっと音を立てて、まさにこれから足を向けようとした扉が開いた。
「!?」
思ってもみなかった展開に使徒が目を丸くする。
夕焼け色の視線の先、扉を押し開けて出てきたのは真っ黒のドレスを纏った少女だった。
「……!」
「……!」
互いを認識するなり、両者はぎくりと固まった。
少女は喪に服すように顔を黒いベールで覆い、黒いドレスの上には黒い軽鎧を纏っている。腰には持ち主の体格からして抜けるのか怪しいほど長い黄金の剣が、同じく黄金の鞘に納められて吊るされていた。
「そうきたか……君は喪服の暗殺者、とかって呼ばれている子だね」
まるで白いアーリオーネと対を成すようなその少女を、使徒は一応聞いて知っていた。意図不明の暗殺を繰り返す、正体不明の剣士という程度でしかないが。
「にしても暗殺者さんがこんなところで何を……いや、その手に持っているモノはまさか」
使徒の視線が暗殺者の左手で止まる。赤黒く明滅する大ぶりな結晶が握られていたからだ。ダンジョンクリスタルに似て非なるソレは、おそらくダンジョンボスの魔石だろう。
一気にアーリオーネの警戒度が跳ね上がる。
「死霊魔法に長けたネクロリッチの魔石。そんな物騒なモノを持ち出してどうするつもりかな、お嬢さん?もし万が一、教会やギルドに納めるなら今ここで僕が買い取って差し上げるけれど」
「……」
ガシャン。喪服の少女が魔石を掴んだままの左手で金具を弾くと、黄金の鞘は縦に開いた。落下しかけた柄を右手で受け止める。
片手で振り回すには長すぎるその剣は刃元から切っ先までも金色だった。レイピアとロングソードの間くらいの剣幅で、十字のガードより切っ先側に一部、刃のない部分がある。リカッソと呼ばれる特殊な構造を備えたソレは、いわゆるツーハンデッドソードだ。
名前の通り両手で振り回す大剣の仲間なのだが、右手一つで握る少女には重みに翻弄されるような揺らぎがない。彼女はその得物を十全に支配しているようだ。
というわけで、表面上は友好的だったアーリオーネの言葉は、抜剣でもって答えられた。
「まあ、そうなるよね……」
「ふっ……!」
手の中でぐるりと剣を取り回し、下段にだらりと構えた。そうアーリオーネが認識したと同時、鋭い息を吐いて喪服の暗殺者は踏み込んでいた。使徒も寸暇遅れて踏み込む。
ギャリン!!
一振りと二振りが真正面から激突。押し込まれたのは、アーリオーネだった。
「ぐっ……この僕を筋力で上回るとは、凄いね君は!」
片手と両手の押し合いなのだ。身長だって分がある。にもかかわらず、墓土をじりじりと踏みつけて押し下げられるのは使徒の方。スケリトルセントールほどではないが、十分に人間の筋力ではない。
「でもね!」
一転、アーリオーネは力を抜く。急な抵抗の消滅に暗殺者は思惑通り前へつんのめった。
だが使徒は引き下がったわけではない。抜いた分の力を踏み出す力に変え、黒い鎧のない脇腹を狙って至近距離での膝蹴りを放つ。
ドカッ!
「!?」
肋骨を砕くつもりで放った一撃だったが、返って来たのは骨でも肉でもない感触。なにかもっと硬く、同時にしなやかなモノを打ち据えた感覚だった。
それでもアーリオーネが驚いて動きを止めたのは、まさしく瞬きの間だったろう。すぐさま距離を取るべく後ろへ重心を移していた。
だがその隙に少女は馬鹿力で女へ体当たりを敢行。片足立ちになっていた使徒は耐えきれずに姿勢を崩し、どうにか斜め後ろへ飛び下がるのが精一杯だ。
さらに踏み込む暗殺者。だらりと下がった黄金の剣に青いスキル光が灯り、逆袈裟の軌道で弾き上げられる。
『重双剣術』単純加速・ダブル
『重双剣術』攻性加重・トリプル
アーリオーネは自分の体を地面方向へ加速させて強引に着地、足場を固定。黄金の刃へ孔雀色に輝く双剣を打ち下ろし、そのまま今度こそ競り勝つ。
ガァン!
馬車同士が衝突したような反響音をさせて押し戻されたツーハンデッド。その衝撃はあまりに重く、さすがの暗殺者も取り落とさずにいるのがやっとの様子。
そこへ流れる様に右の剣を切り上げるアーリオーネ。青緑の光が黒い胸鎧を掠め、火花を立て、少女の顎から頬を皮膚一枚だけ切り裂いた。ベールにも一筋の切れ目が入る。目元が見えない程度の、絶妙な傷が。
「あっぶな……!」
跳び下がりつつ喪服の暗殺者が漏らした声は、独特のイントネーションのあるものだった。今までの生存者が誰一人として持ち帰らなかった類の情報だ。
けれどアーリオーネはそれどころではない。なぜなら自分の剣のスキル光が照らし出した、黒い鎧に刻まれた刻印に意識を奪われていたから。
「その紋章は!」
黒い地金に黒い彫金という極めて視認しづらい刻印。それは太陽の図案だった。
それ自体はアーリオーネたち創世教会がよく用いる意匠の一つであり、双剣の鞘にも施されている。けれど彼女の纏うモノは南の海で産出した珊瑚をはめ込んだ細工物で赤だ。ロゴミアスのモチーフは全て赤か真鍮でと定められている。
黒い太陽はすなわち……。
「昏き太陽……!!」
アーリオーネの顔にハッキリとした怒りと嫌悪が浮かぶ。
認識阻害の道具に傷が入ったからか、それまで感じなかった魔力などの情報が薄っすら匂いとして彼女の認識に浮かび上がってくる。
「なるほど、なるほど。そういうことなら話が変わってくるね」
ブライトミスリルの双剣を構え直し、全身に孔雀色のスキル光を纏う。
「ここで合ったが百年目という奴さ、少々手荒になってでも捕まえて……」
「アホくさ。付き合うワケないやろ」
「付き合ってもらうとも!」
「知らんわ、ボケ」
吐き捨てるなり剣を握った右手でベールを摘み、鼻のあたりまで露出させる暗殺者。色素の薄い柔らかな唇をかっと割り開いて、赤い口内を見せつけた。そうかと思うと、愛らしい頬のラインから下の柔肌が突然、緑の鱗に変貌。
「はぁ!?」
喉の奥で火花が散る。その光景にアーリオーネはスケリトルセントールの時にも感じた悪寒を再び感じ、左の剣を手放す。タッチの差で鱗と同じ真緑の火炎が、少女の口からボォ!!と噴き出された。
『重双剣術』スピンブレード
ギュルッと手放した片方の剣が回転して盾となる。しかし炎は生きているかのようにその直径を超えて広がり、上下左右を乗り越えて雪崩れ込んできた。
それでも間一髪で真横へ逃れた彼女だったが、墓土はジュワッと蒸気を上げて黒く焼け、燃料臭に近い焦げ臭さが煙ともども周囲を満たした。
「君、本当に人間か!?って、逃げてる!!」
追撃を警戒しながら敵の方を見たアーリオーネだが、そこに喪服の少女はいなかった。慌てて探せば、地上へ向かう通路に消えていく黒いドレスの裾がちらっとだけ見えた。
慌てて通路の入り口までは追いかけるが、敵の足の速さときたら。もう遠くの曲がり角を曲がっていて見えやしない。
「ば、馬鹿にしてくれるじゃないか!けどそんなの、すぐに追いついて……あ、しまった!?もう翼が出せないんだった!!」
来た時と同じ飛翔で追いかけようとして、すでにスケリトルセントールとの戦闘で光の翼を消費していることに気づく。
あれは自発的に消したなら何度でも出せるのだが、戦いで失うと次の日の出までのクールタイムが発生するのだ。
「こうなったら地上まで一撃で、いや、味方に当たるかな!?走っても向こうの方が早いっぽいし、えっと、あっと、あーと、あーっだめだ!え、やっばいの取り逃がしちゃったよコレ!!」
安全に、使命を果たしながら、喪服の暗殺者を追いかけて捕らえる。そんな方法はもはやなかった。ここに来ての大失態にアーリオーネは頭を抱えるしかない。
「や、やっちゃったー!こんなことなら冒険者くんに同伴を……いや、彼らじゃ飛べないからここまで付いてこれないか」
普段はお気楽に振る舞っている彼女だが、根は大変に敬虔な創世教徒だ。最大の神敵とも言うべき「昏き太陽」の暗躍を目撃して置いて、みすみす逃走を許したのは弁明のしようもない失点である。
「……あー、よし」
ただ彼女の強みは切り替えの早さと徹底してリアリスティックな優先順位の管理にある。頭を抱えたままではあるが、すぐに目標を元に戻す。すなわちダンジョンの始末だ。
「厄介な繭の中身は倒したし、幸か不幸かさっきの子がボスを倒しちゃったみたいだし、ダンジョンを潰して霊魂を冥界へ送るのは難しくないハズ……うん、とりあえず本来の使命を果たそう」
あとはどうにか、入り口の神官たちに被害が出ないことを祈るだけだ。おいかけても手遅れなので、本当に祈るしかないのだが。
「くぅ、何から何まで歯がゆい……でも匂いは覚えた。次は逃げられると思うなよ!」
誰もいない戦場へ捨て台詞を残し、アーリオーネは最奥の間へ降りる扉を潜った。
来週からアクセラの物語に戻ります!
内容忘れちゃったナって人はぜひ読み返してくださいね、げへへ。
面白ければ励みになりますので、評価&いいね&感想頂ければ幸いですm(__)m




