三章 第2話 冒険の準備
ギルマスと俺たちがいる部屋に入室してきた3人の事務官はそれぞれ手に道具を携えていた。先頭の初老男性は紙束と筆記具、残り2人は魔導具と思しきものだ。
「どうぞ」
初老の事務員が俺とエレナの前に紙束と筆記具を置く。ギルドの登録書類だ。
「魔導具の準備に少し時間がかかりますので、書類の記入をお願いします」
「ん」
「はい」
言われた通り手元の書類に目を通す。名前、年齢、性別、生年月日、職業、住所、資格や職歴、特技など……記入項目自体は多いが必須項目は最初の2つだけと極端に少ない、昔と何ら変わらない形式だった。
「レメナじい、名前どうしよう?」
「ほほほ、名は後から更新できたはずじゃよ。また夏になってから弄ればいいんじゃ」
「ふん、貴族は大変だね」
俺は貴族として来たる夏まで姓を名乗れないのだが、記入しないとなるとそれはそれであとあと面倒ではないだろうか?そんな疑問から尋ねたのだが、不要な心配だったらしい。
名前はアクセラ=ラナ、年齢は9歳、性別は……女と。
「しっかし9歳で冒険者とは、アンタも大概無茶な師匠さね」
「……まあ、なんじゃ、実戦で鍛えた方がよいことも多いからのう」
俺たちから言いだしたとはちょっと言いにくかったのか、爺さんは視線を逸らしてそう答えた。
生年月日まで書く必要はないかと飛ばし、職業も未記入のまま住所を書く。ここで言う住所とはなにも自分が住んでいる場所の事でなくとも、連絡を取ったり物を届けたりするための場所でいい。とはいえ俺は屋敷以外を指定する意味もアテもないのでそのままユーレントハイム王国オルクス伯爵領領都ケイサル伯爵邸としておく。
職歴に道場主と書きたい衝動を抑えつつ攻撃魔法使いと記入し、記入漏れや誤字脱字がないことを確認してから初老の男性に手渡す。ほどなくエレナも書き終り、俺たちは魔導具をそっと差し出された。黒い箱の上に大人の握りこぶし2つ分ほどの水晶玉が埋め込まれた魔導具だ。
「こちらは指紋と魔力を記憶する魔導具です。これを使うことで登録いただいた情報が冒険者1人1人別のものとなり、ギルドカードを提示頂くだけで個人が特定できるようになるというわけです」
初老の事務官から説明を受けながら俺とエレナはそれぞれ目の前の水晶玉に右手を押当てる。
ピピ!
甲高い音がして少量の魔力が抜き取られる感覚と、掌が水晶の表面に吸いつけられるような変な感触がした。
「はい、以上です。発行に少々お時間を頂戴いたします」
「ん」
「は、はい」
エレナは事務官が下げてしまった魔導具に興味津々といった視線を送っている。手を吸いつけアレがどういう現象なのか気になって仕方がないのだろう。残念ながらそれを教える者は俺を含め誰もいないのだが。
「さて、これで登録はすんだわけだが、お前たちにはまだ用事があるんだよ」
「用事ですか?」
今まさに事務員が持って退室しようとしている魔導具に視線を固定したままエレナが聞き返す。好奇心が他に向いているときは本当に恐れ知らずだ。
「変な娘だね……ふん、まあそんなことよりだ、態々このワタシがこっちに足を運んだのはなにもお前たちの登録のためだけじゃない。そっちの爺さんに頼まれて人材を連れて来たのさ」
ギルドマスターは親指でレメナ爺さんをくいくいと指して見せる。そういえば信頼できるパーティーに護衛を頼むみたいなことを爺さんが言っていたような気もする。
「今出て行った連中が呼んでくるから少し待ってな」
そこまで言って、ふと本当に今更なことを目の前の女丈夫は口にした。
「そういや名乗ってなかったね。ここを含むいくつかの支部を統括するレグムント侯爵領領都ネヴァラ本部のギルドマスター、ドウェイラ=バインケルトさ。周りからはマザー・ドウェイラと呼ばれてるけど聖職者じゃあないよ」
ネヴァラ本部ギルドマスター、マザー・ドウェイラ。
これが俺と「鉄骨」の通り名を持つギルマスとの初遭遇であった。
~★~
ギルドマスター改めマザー・ドウェイラがネヴァラ本部から連れてきた冒険者たちが部屋へとやってきたのは、彼女の遅すぎる自己紹介を聞いた直後の事だった。
ちょうど強い眠気に襲い掛かられていた俺は入室した一団が机の反対側、マザー・ドウェイラの横に着席する間にそっと口の中で祈祷を唱える。何かを考えるふりをして口元を手で隠せば、冒険者特有の鎧がガチャガチャいう音に紛れてそう気づく者はいない。机の下で足に触れて発動させれば、エレナの魔眼も物理的に見えない位置の魔力は捉えられない。これを覚えた日から何度か試すうちに発見した完璧な小技だ。もちろんレメナ爺さんに気取られないよう『完全隠蔽』で魔力の気配は隠している。
一連の動作を流れるようにこなして、すっきりとした頭で席に座った面々を見渡す。そのパーティーは男性3人女性1人の4人構成だ。武器は流石に持ちこんでいないが、その出で立ちから大まかな役割は分る。
まずマザー・ドウェイラの横に座った年かさの男性。栗色の瞳に赤茶けた髪と髭の彼が纏っているのは一部を意図的に削ったオーダーメイドらしき金属鎧だ。表面にはいくつも細かい傷があり、その上からしっかりと磨かれていることが分かる。動きやすさを重視しつつ防御力の高いこの鎧は、前衛で躱しながら戦う剣士職だろう。
次にその横の細い男。彼は暗い茶色に染めた長髪をバンダナで上げており、渋い色合いのデザインベストと相まって馴れたナンパ男のような雰囲気を出している。しかしその鳶色の目は理知的で、柔らかい布服の下に革鎧を仕込むなど装備にもこだわりが見える。金属色の装備品は一切なく、香水どころか汗や石鹸の香りもしない。軽薄そうに見えておそらく彼は相当な腕前の斥候のはずだ。
そしてパーティーの紅一点だが、彼女は最もわかりやすかった。片胸を覆う革鎧を薄い金属製の胸当ての上からつけ、腕も左右で装備が違う。どこからどう見ても弓兵だ。淡い金髪を肩で揃え、はしばみ色の瞳でこちらをしっかりと見据えている。
最後の1人もとても分かりやすい。大まかには最初の男と同じだが鎧の形状が彼ほど洗練されていない。纏う雰囲気も他3人に比べるとまだ未熟なもの。修行中の剣士といったところか。それでも十分そこら辺の冒険者より強そうな気配はするが、その薄荷色のタレ目のせいか青いぱっつん髪のせいか、妙に頼りなさげに見える。
「こいつらはワタシの動かせるパーティーの中じゃ一番信頼がおけて、今回の依頼に適任と思われる連中だよ。パーティーランクはB、そっちの端にいる坊主はCだが他はBランクさね。さ、あとは適当に交渉しな」
「Bランクパーティ「夜明けの風」のリーダー、ガックスだ。剣士をしている。よろしくお願いする」
紹介というにはあまりな投げ方をされた髭の男は苦笑気味にそう名乗った。
「こっちが斥候のトーザック」
「よろしくな」
「で、その向こうが弓使いのアペンドラ」
「よろしくお願いします」
「一番端に居るのが俺と同じ剣士のマレクだ」
「見習い剣士のマレクです、よろしくお願いします」
Cランクで見習いとはまた嫌味な謙遜だ。
世の中Fは駆け出し、Dは成長途上、Cで中堅、Bでベテランとされる。実際にはCが最も多く、人によってはベテラン扱いされる場合もある。Aは一握りの者しかなれない憧れの的だ。
そうした一般的な視点から言えばCランクで見習いを自称するのは過ぎた謙遜に思える。
「依頼内容は新しく登録したお嬢さん方の護衛という風に聞いているが、間違いないだろうか?」
「正しくは教導じゃな」
一応交渉相手は俺ではなくレメナ爺さんということになっているからか、ガックスは爺さんに向けて質問した。爺さんはというと、ほんのわずかに面倒くさそうな顔をしてから短く受け答えした。そもそも言い出したのは俺なので、最低限の安全策以外はこちらに丸投げしたかったのだろう。
「教導というと、戦い方やスキルの習熟ということだろうか?」
「あー……詳しいことは本人と話してくれんか」
言葉が2往復する前にこちらに投げてきた。
「わかった。お嬢さんは俺たちにどうしてほしいのかな?」
口調を少し和らげてガックスが聞いてくる。ギルマス経由での依頼だからか、侮りの一切ない真摯な態度。なるほど適任と思われるわけだ、と納得する。
「実戦経験を積みたい。だから冒険者として色々教えてほしい」
端的な返事を返すと彼は少しだけ眉を上げて驚いてみせた。
「冒険者になるつもりなのかい?」
「さっきなった」
「ああ、まあ、たしかにそうだが……魔法の実戦訓練ということでいいのかな?」
「魔法以外も、基本的なことはできるだけ教えて。それとダンジョンへの引率」
「ダンジョンへの引率か」
復唱しながらレメナ爺さんに確認の視線を飛ばすガックス。いくら魔法使いは年齢に左右されにくいと言っても9歳の子供をダンジョンに連れて行くなど正気の沙汰ではない。しかし爺さんはいつものように顎鬚をしごきつつとぼけた表情でやり取りをみているだけだ。
「だ、大丈夫です。わたしたち、いろんな魔法使えますから」
「ん。それにそっちで大丈夫と思ったところまででいい」
「しかしなぁ……」
俺とエレナの訴えを聞きつつも首をひねる彼。教導とはいえ貴族の令嬢に怪我をさせたら、そんな危機管理の心と単純な親切が混じって芳しくない対応になる。
「いいじゃねえかよ、本人がそんだけ言ってんだし」
「トーザック」
口を挟んだのはチャラそうでチャラくない斥候のトーザック。
「この近くにはEランクのダンジョンもあるだろ?ほら、あの果樹園」
「『災いの果樹園』か」
「あそこの浅い辺りならオレ1人でも一般人つれて歩き回れる難易度だしよ」
『災いの果樹園』とはこのケイサルの近くにあるダンジョンの1つで、比較的安全なことで有名だ。
ちなみにケイサルの近くには5つもダンジョンがある。これは領都にあるまじき数で、ここのギルドが拡張支部である理由でもあった。ダンジョンが多く、それに集まる冒険者も多いので機能や予算が拡充されているわけだ。
「……そうだな、あそこなら安全に戦闘訓練もできる」
「特殊な魔物もいないしね」
「あくまで浅い層は、だが」
ダンジョンは層ごとに魔力の密度が大きく変わるのでその有様も大きく変わっていく。いくら総合評価Eランクでも本当にEランクパーティーが奥まで踏破できるかというとそうもいかないのが現実だ。
「では依頼内容は冒険者としての基礎の教導、ダンジョンでの引率と警護でよろしいか?」
パーティー内での短い意見交換が終わった彼は再びレメナ爺さんの方を見て確認をとった。爺さんが俺に視線を寄こすので頷けば、そのまま爺さんも頷いて依頼内容は決定となる。
「では依頼料だが……」
「その交渉は儂1人でよいじゃろう」
ある意味彼等にとって最も大切な部分に話を進めようとするガックスをレメナ爺さんは押しとどめる。
「お嬢様もエレナも装備がまだじゃったな。下のギルド商店で見繕って来なさい」
「お金持ってない」
「後で纏めて払うから気にせんでええわい。よっぽどとんでもない物を買わん限りはじゃがな」
おお、爺さん太っ腹だな。それともこの場合は家のお金から出されているんだろうか?
「すまないがうちのパーティーは依頼料の交渉に全員参加する決まりなんだ。装備選びを手伝うならもう少し待ってもらう必要がある」
ガックスが申し訳なさそうに眉尻を下げて言うが、俺は首を振って問題ないと伝える。
「ギルド商店の人に聞く」
「そうか」
ギルド商店には冒険者になったばかりの駆け出しも多くやってくる。自然と店員たちは新人冒険者に装備を見繕ってやるプロになってしまうのだ。
「いこ、エレナ」
「うん。失礼します」
「またあとでね」
さあ、今生初の装備選びだ。
俺は期待に胸躍らせながら大人たちを後に会議室を出るのだった。
~★~
ギルド1階の入り口に向かって右側、武器防具を扱うギルド商店に俺たちは来た。そこにはいろいろな武具が壁に掛けられたり棚に収められたりしており、およそ万人が思い浮かべる冒険者の店といった様子だ。
「らっしゃい」
ギルド職員の上着を着た眠そうな男がこちらに気づいて声をかけてくる。店員は彼を含めて2人しかいない。幸い他に客はいないようだし、たっぷりとお世話になろう。
「一式そろえに来た」
「へ、冒険者の装備を一式か?」
子供が2人連れだってそんなことを言ったからか、ハトが豆鉄砲をくらったような顔で店員が聞き返す。
「今日登録したFランク、アクセラ」
「同じくFランクのエレナです。よろしくお願いします」
「あ、こりゃどうも……」
まだ驚きから戻ってきていないのか、それとも冒険者には珍しい丁寧なあいさつにつられたのか、店員は不思議そうな顔のまま会釈を返した。
「えっと、GじゃなくてFなんだよな?」
「ん、Fランク」
「あー……カードは?」
「今作ってる。確認してもいい」
「いや、マジっぽいからいい……のかな」
子供が一定の年齢になるまでGランクに予備登録しておいて、ギルドから許可が出次第Fランクに上がるということはよくある。そういった子供は往々にして血気盛んで何とかして武器を手に入れようとするわけだが、うっかりそういう輩に売ってしまうと思わぬ被害の元になったりもする。そんなわけで彼は少し慎重に対応しているのだろう。
「で、どういう装備を探してんの?」
「エレナには魔法使いの装備と短剣、私は剣士」
事前に話し合っておいたのでエレナも小さく頷いている。
「魔法使いと剣士ね、バランスはいいな」
そう呟いた店員は少し離れたところで値札の付け替えをしていたもう1人の店員を呼ぶ。
「おい、ジャン!こっち来て手伝ってくれ」
「おうよ」
やってきたのは三白眼にバンダナを締めたちょっとだけガラの悪そうな男だ。同じバンダナでもトーザックと違って趣味の悪い色柄だった。
「こっちの嬢ちゃんに剣士の装備見繕ってやれ。俺は魔法使いの装備を探す」
「おう」
気の抜けた返事をした三白眼の店員は俺を手招きして店の奥側に向かう。エレナの方は眠そうな店員がすぐ傍のローブ売り場へ案内していた。
「その年で剣士とは、すげえな」
刀剣を陳列してあるあたりまで来ると店員がそう言った。
「正確には魔法剣士」
「へえ、そりゃまたロマン型だね」
魔法剣士を名乗るには魔法と剣どちらが主体でも戦えるだけの実力を要求される。魔法使いで剣を振れる者はそう多くないが、いてもそれは魔法使い。逆に魔法を使える剣士はかなりいるが、これもあくまで剣士。魔法剣士は剣技と魔法を状況に応じて使い分けて戦えなければいけないのだ。
「じゃあ盾はなしか?」
「ん」
魔法剣士は杖も使うので基本盾を持たない。金に余裕があるなら盾の裏に杖を仕込んだ物などオーダーメイドもできるが、そんなレア職用の武器は数打ちを扱うギルド商店にない。
「剣に希望は?」
「刀ある?」
「そんな珍しいモンあるわけないだろ」
ないか。
「なら切れ味だけでいい。あ、軽いので」
「まあ、そりゃそうだろうな」
俺の外見で鉄板のような重い剣を要求するはずもないと向こうも思っていたらしい。この店で一番重い剣でもおそらく使えないことはないが、刀に一番近いのは軽くてよく切れる剣だ。
「そうなると強度は微妙になるけど、いいのか?」
「ん」
言っては何だが、武器は消耗品だ。相棒とするほどの名刀に恵まれる前は使って使ってダメになったら買い換えてが定番となる。
「んじゃあこれかこれだな」
彼が壁のラックから降ろしてきたのは2振りの剣。どちらも刀身が薄く鋭角的で、そのかわりやや脆そうな印象をうける。
俺はようやく持ち腐れていた『技術者・刀鍛冶』の『目利き』を発動させた。金属製の武器なら鑑定できるという下級の『鑑定』系スキルは2ふりの基礎情報を開示してくれる。
<鉄のショートソード>
等級は普通。材質は鉄。長さや拵えは標準。初心者向けの片手剣の一種。切れ味重視の形状のため耐久度に少々難あり。ギルド傘下の鍛冶師オダマスの数打ち品。
<鉄のショートソード>
等級は普通。材質は鉄。長さや拵えは標準。初心者向けの片手剣の一種。切れ味重視の形状のため耐久度に少々難あり。ギルド傘下の鍛冶師ハーンの数打ち品。
情報雑だな、おい。鍛冶屋の名前以外同じじゃないか。
たしかにオダマス氏とハーン氏の作品を見比べてわかるのは刀身の幅が違うことと、前者は鍔無しで後者が十字剣と呼ばれるガード付きの形状なことくらい。どちらも数打ちなので銘はなく、材質も形状も拵えも特筆することのない標準的な物。
だからと言ってこれはあんまりだろう。せめて刃渡りや重さなんかも数値で明記してほしいところだ。
「振ってみていい?」
「すっぽ抜けない限りはな」
そういって剣を壁に立てかけた店員は、そっと近くに置いてあった甲冑の脇に隠れた。ちゃんと冒険者として武器の好みは尊重してくれているが、それでもやはり心配な物は心配らしい。侮らずに対応してくれているだけありがたいと思うべきだろうか。
オダマス氏作の剣を手に取る。やはり持ち慣れた刀とは違う重心や柄巻きの感触に違和感を覚えるが、それでも扱うのに不便があるほどではない。重さも許容範囲内で大きさそのものもなんとなかるだろう。
「よっと」
両手で上段に構えてからゆっくり素振りしてみる。重心が先に近いのかちょっと遠心力が強く、腕が剣に引っ張られる感覚がした。切っ先に重さがあると扱いづらい分威力が乗る。
ざっと刃物がとりうる9つの軌道を全て描いてみて、次にハーン氏作の方へと持ち替えた。こちらも違和感は同じで、重さのや大きさは許容範囲に収まる仕様だ。違いは重心がガードの分だけ手元側にあることか。
同じく9つの軌道を素振りしてみるとその違いは明確で、腕を外へと引く力がオダマス氏の物より小さい。ハーン氏の物の方が威力は低いがその分安定したスタイルを取れるだろう。
「こっちかな」
もう一度オダマス氏の剣に持ち替えて呟く。
「や」
我ながら気の抜ける掛け声でその剣を確かめるように振るう。今度は腕だけでなく足さばきも加えた一種の型のような、あるいは剣舞のようなものだ。
横薙ぎに振るった剣の重さに身を任せて体を滑らせ、向かった先で軸足を定めて回転。肩から大きく回した剣を斬り上げ、バツ字を描くように再度大きく回して反対側から斬り上げる。剣を持った腕を引き戻しながら180度体を翻して顔の横で水平に構え、半身の動作で突きを放つ。一挙手一投足を確認のためにゆったりと行い、脳内では実戦での動きを描いてはかき消す作業を繰り返す。
「……ん」
最後に手首を返してそっと腰へ、想像の中の鞘に納める。
「こっちで」
「お、おう……ホントにちゃんと使えるんだな」
店員は俺が思っていたより動けていたからか、その白目がちな目を見開いてそう零した。
「ん」
頷いて柄を差し出す。それを受け取った彼は壁に戻し、会計カウンターに置いてあった紙へとペンを走らせる。今振ったのは見本なので後から品物を持ってくるのだ。スキルメイドな武器はそういう点で管理と販売が楽なのがいい。
「あとは鎧か?」
「とにかく軽量なのがいい」
「だろうとおもったよ」
切れ味と軽さを剣に求めるのは速度型の剣士。さきほどの動きからもそれは十分伝わっていたらしい。防御型の剣士は剣の遠心力に体を任せたりなどしないしできない。
「つっても防具はなぁ」
前衛用の防具を置いてある場所まで案内しつつ彼は頭を掻きむしる。
「サイズの関係で絶対的に制限されるから、いいのがあるかわかんねえよ」
「多少は諦める」
そう、剣は筋力やスタイルでどうとでもなるが、防具は着る以上体格的な制限がついてまわるのだ。
「多少なぁ……金属は丸ごと諦めろよ?付与が効かないからな」
「ん」
道具に特殊な効果を与える付与魔法は防具において最も重宝されていると言える。その理由の1つがサイズ調整の付与で、これはその名の通り纏った人にあわせて防具が大きさをある程度変えてくれる効果を持つ。欠点はその付与が行える対象素材が一部の魔物の革と布だけということで、つまり金属鎧は対象外なのだ。この制限を回避するために金属鎧もできるだけ継ぎ目などにそれらの素材を使っているのだが、俺の体ではどうあがいても金属部分が大きすぎて意味を成さないはずだ。
「革防具で調整がかかってんのはここらへんだな」
「試してみる」
「下に着るのはソレか?」
「ん」
俺が今着ている長袖のシャツは一応冒険者として活動するためにとステラが作ってくれたものだ。特に効果はないが、奮発して薄手で頑丈な生地を使ってくれたと聞いている。
「これなんかどうだ?」
店員が指さしたのは木のマネキンに着せられた革装備一式だ。硬そうな茶色のレザープレート、灰色のレザーグローブ、やはり灰色の頑丈そうな巻きゲートル。
「鎧は詳しくない」
言外に説明を要求する。
「へいへい。まずこのレザープレートだけどな、茶色のプレート部分は煮る薬品を変えた山猪のハードレザーを5枚かさねてある。強度は鉄ほどじゃないが、そう簡単に貫けねえよ」
革を煮て硬化させるハードレザーだが、魔物の種類によっては使う液体で硬さや柔軟さが変わってくる。素材名を山猪、魔物名をマウンテンボアという巨大猪はその変化の幅がとても広く、5種類も重ねればかなりな防御力を発揮する。
「レザープレートを支えてる部分と他のパーツは灰角鹿のソフトレザーだ。しなやかで繊維も強いから防御力はそこそこ期待できる。ゲートル以外は全部サイズ調整の付与済みな」
巻きゲートルは足に巻く帯状の防具なのでサイズもなにもないからな。
ちなみに灰角鹿は魔物名をグレイエルクといい、聖王国付近では家畜化されているおとなしい魔物だ。革も肉も上質で安定的に供給されるためギルド商店の品物には昔から多用されていた。なお家畜化されていてもれっきとした魔物であり、野生種と遭遇すれば命の危険もある。
マネキンから取り外されたそれらの鎧を軽く体に当ててみる。すると革がきゅっと縮小して俺の体にフィットした。
「ああ、いけたな」
サイズ調整も有効なサイズの差というものがあるのだが、今回は問題なく適応されたようだ。
「このレザープレートと手袋。足はゲートルよりブーツがいい」
「ブーツでサイズ調整がついたやつか……ちょっと高いぞ?」
「ん」
店員は上の陳列棚をごそごそとやってから黒い革のブーツを取り出した。
「これは爆牛の革製だな。サイズ調整がかかってるブーツはこれより下のランクのにはねぇはずだ……とりあえず履いてみな、ブーツはサイズ調整の効果が低めだからな」
爆牛、バスターバイスという牛系魔物の革はとにかく頑丈な性質がある。加工しなくてもハードレザー並みなので革防具としては使いどころの難しい材質だが、加工してからブーツの底にするならもってこいというわけだ。
「ん、しっくりくる」
「窮屈すぎたりしねぇか?」
靴は遊びが必要なのであまりサイズ調整付きを使うのは良くないと言われている。今の俺には選択肢の無い話だな。
「大丈夫。これとさっきので、支払いは一緒に来てる人がする」
「ああ、そりゃ構わねぇが……杖とかメットとか副装備はいいのか?」
「杖とメットはいい。でも副装備忘れてた」
副装備とは武器防具以外の装備品のことを指す。鞄やベルトがその代表だ。生前よく副装備も防具もなしに刀だけ持ってふらふらと旅をしていたせいでつい忘れていた。
「ま、副装備はそう色々あるわけじゃねぇんだけどな」
肩をすくめて彼がすぐ傍の棚から引っ張り出したのは冒険者の多くが使用しているベルト。外れないようにバックルが二重になっていて、側面にはポーション瓶を取り付けるための穴や剣帯として鞘を吊るための金具があしらわれている。
「鞄はこれだな」
同じ棚から今度は肩掛けの鞄が引っ張り出される。前衛の冒険者は両肩で支えるリュックより動作1つで外せる肩掛けを好む傾向にある。それを踏まえてのチョイスだろう。
「どっちも特に付与はついてないけど、丈夫で細工もしてある品だぜ」
実はこの肩掛け鞄、師匠のアイデアで作られた物だったりする。ベルト部分に特殊な金具が取り付けられていて、簡単な動作でそこからベルトが外れるのだ。これによって最小の動作で荷物を外して戦闘に移れる。宿代に困ってギルドに利権を売り払ったものだ。
「あとこれも便利だな」
最後に彼は拳大のポーチを取り出す。ベルトに通すための部分が裏についているので付属品ということだろう。
「ベルトと鞄、ポーチ2つで」
「おう、まいど」
幾らになるのかざっと値札をみて計算したがかなりな額だった。家の金、つまりは領民の金で買うと考えるとやや気分の重い話だが、使って巡らせなければ金は腐る。
早々に自分の稼ぎで装備を揃えられるようになりたいものだ。
そんなことを考えているときだった。
「失礼します、アクセラ様でしょうか?」
「ん、なに?」
「お連れ様が会議室でお待ちです」
値段交渉の終わったレメナ爺さんからの呼び出しだった。
今更ですが、文章と内容のポイントを頂けるととっても嬉しいです。
もう少し下にスクロールすると5点満点で送れる評価システムがあるので、
もしよければこのままポチポチしてやってくださいm(__)m
~予告~
とうとう剣を手に入れたアクセラ
しかしその剣は恐るべき呪いを秘めていたのだった!!
次回、呪われた鉄剣
ミア 「七聖剣ってほんとにあるんじゃな」




