十三章 第19話 気になるあの子
慌ただしい試験勉強の期間は、悲しくなるほど早く過ぎて行く。振り返ればもっとどうにかできただろうと己の時間の使い方への後悔ばかりが浮かぶが、それにかかずらって残りわずかな猶予を失うわけにもいかない。今は励むのみだ。
そんな風に学院で多くの学生が血眼になっている頃、目を学外に向けると、そちらもまた激動に見舞われていた。
ネタはもちろん、ドニオン女伯爵の死去。貴族界から爪弾きにされていたとはいえ、国内有数の大富豪の訃報だ。その影響は王都全域に及ばんとしており、いずれは周辺の天領にも至るだろうと言われている。
幸い、まだココにはそこまで波及していないようだが、それも時間の問題……いや、試験が終わるまでの期限付きだろう。
「なんつうか、 アクセラがいかに正しかったのかを思い知らされたな 」
「そう?」
厚切りステーキの最後の一切れを頬張りながら、レイルがしみじみそんなことを言った。
俺は俺で目玉焼きハンバーグの脂に付け合わせのブロッコリーを浸して食いながら、首を傾げる。
ここは商店街の一角にある冒険者の店風レストラン。よくメルケ先生との食事できていた肉料理専門店だ。
「ほら、金は巡ってこそ意味があるみてーな話してただろ?」
「ああ、そういう意味」
ドニオンはまともな貴族からは忌み嫌われていたが、やつの金はあちこちに流れ込んでいた。風俗業界で得た巨万の富を大商会や金貸し、付き合いのある貴族に流してより自分を富ませる環境を構築していたのだ。
あの女は金を独占するだけではなく、きちんと巡らせる意味を理解していた。女衒のくせに商人としての基本をわきまえていたという事だ……が、それが今回は悪い方に転んでいる。
「顔色の悪い奴が増えたよなってさ」
レイルがそれとなく視線を向けた先には、隅の方の座席に座ってじっと自分の皿を見つめている男子が一人。手つかずの料理を穴が開くほど見る彼の顔は蒼白だ。
「大商会から仕事を受けてた工房とか、そういうところに皺寄せが来てるからじゃねーのか」
「皺寄せと言うより玉突き事故。たぶんね」
間違っても聞こえたりしないように声を落としたレイルの質問に、俺は小さく頷いた。
ドニオンから出ている後ろ暗い依頼や仕事も、分解していけばまともな商会や工房が下請けとして負っているわけで。その元受けが吹き飛べば影響は下へ下へと広がり、真っ当に仕事をしていた職人や商人までもが打撃を受ける。
顔を青くしている生徒は実家がドニオンと密接に繋がっているか、波及効果を受けて揺らぐ商売をしていたか。そのどちらかだろう。
「それも試験の結果が良ければ挽回につながるかもしれない」
「そりゃまたなんでだ?」
「学院には権力者や金持ち、色々な有力者が集う。掴むコネによっては落ち目を脱却できる。アベルが上級生との顔つなぎに走り回っているのと、根本的には同じ」
「ああ、なるほどな」
レイルがナイフとフォークを揃えて鉄板に置き、口元を拭いてから頷いた。
「背水の陣ってことか。こりゃあオレらもウカウカしてられねーな……よし、行くか!」
「ん、ごちそうさま」
俺たちは少し多めのクロム硬貨をテーブルに置いて席を立つ。
「ふん、稼いだらまた来るんだな」
渋い声でニヤリと笑う雰囲気重視の店主に手をひらひらとさせて退店。
「時間は?」
「待って……余裕」
ポケットにねじ込んである手帳と、ネンスからもらった懐中時計を交互に確認して頷く。
手帳の予定には「歴史学暗記の特別講座、昼2の鐘より」とあった。
「よっしゃ、じゃあボチボチ行くとしようぜ」
俺たちは人の少ない商店街の通りを連れだって歩き始める。目指すは教室棟の三階だ。
ちなみに特別講座とは、卒業後も学院に留まって学問に身を捧げている研究員が生徒のために開催してくれる任意参加の授業みたいなもの。
今回は古代史専攻の研究員が担当で、クラスの昇格や降格にとって歴史学の点数だけがネックとなるギリギリの生徒が対象だ。
「しっかし飯の後ってなると、寝そうで怖ぇよな」
「そのために控えめにした。大丈夫」
「そりゃそうだけどよ」
「私はそれよりも、本番二日前にしないでほしい」
「いやまあ、そっちはもう気にならねーつうか、オレは諦めついたわ」
このところ俺たちを悩ませている年度末試験は、とうとう明後日に迫っていた。
暗記のコツを試験の前々日に教えられても困りそうなものだが、この特別授業をオファーされるのはあくまで「歴史学さえどうにかなれば」という生徒だ。他の科目は昨日までに対策を終わらせ、今日明日で苦手科目を乗り越えろというコトらしい。
(実際は研究員の手がなかなか空かなかったからみたいだけど)
エレナが魔眼研究のために日参している研究員リニア=K=ペパーの話だが、あの変態裸白衣の言うことなのでどこまで正確はかなり怪しい情報だ。
などと話していると、あっという間に目的のフロアへ到着してしまった。
今日明日は試験前の休みなのだが、他にも特別授業があるのか意外と使われている教室も多い。どこか夏の遠征企画や冬の舞踏会にも似た、地に足のつかない空気が流れている。
「五分前」
「案外かかったな。んじゃ入るか」
指定された教室の扉を潜って中に入る。
広めの部屋だが座席のほとんどがもう埋まっていて、見れば二年生が半分くらいを占めている。どうやら学年を跨いで募集されていたらしい。歴史学そのものではなく、暗記のコツを教えてくれる授業だからだろうか。
後ろから入ってくる生徒の邪魔になっても申し訳ないので、さっさと手近な椅子を確保する。
「よく見りゃあ三年生までいるんだな」
「暗記術、卒業後に活かしたい人もいる?」
「あー、なるほどな」
その時だった。ノートや筆記用具の準備だけ整えて喋っていると、ふと前の席に座っている女子が振り向いた。
あちらも特に俺たちを意識してそうしたわけではなかったようだが、なんの偶然かお互いの目がバッチリ合ってしまう。
瞬間、向こうがぎょっと目を見開いた。
「ア、アクセラ=ラナ=オルクス!?」
驚いてか、咄嗟に俺の名前を口走る少女。
水色のマッシュルームカットに輝くような青紺が幾筋か混じった髪。パッチリとして猫のような琥珀色の目。俺と同じくらいの低い身長。
どことなく見覚えが……。
「ん、思い出した。君はたしかヴィオレッタ?」
「うぇ、ウチのことバレとる!?」
なにやらおかしな反応が返ってきた気がする。
だが確かに目の前の少女はB-2クラスのヴィオレッタ、アベルと最近イイカンジらしい変わり者のご令嬢だ。
「ん……まあ、初めまして。私はアクセラ。いつもアベルがお世話になっている」
「どの立場からの挨拶だよそれ。あ、オレはレイルな」
「あ、どうもどうも、えらいご丁寧に。ヴィ、ヴィオレッタいいます。いやぁ、こちらこそアベやんにはお世話になっとります」
ぎこちない笑みを浮かべて挨拶を返してくれる少女。
同じ寮で顔の広いアティネ曰く、あまり社交的な方ではないらしい。群れるのを好まず、男女問わず独特の訛りが利いた鋭い返しであしらっており、正直言ってあまり付き合いはよくないとか。
(でもアベルの話を聞く限り、面白い娘っぽいんだよな)
興味をそそられる。幼少期からの友人と淡く甘酸っぱい青春を繰り広げているというだけで、いやもう実に興味深い相手だ。
加えて東海諸島の料理が作れるというのも、剣の次に料理を重んじる紫伝一刀流の人間としては見逃せない。
(まあ、ダメもとで話振ってみるか。気になることも一つ、二つあるしな)
そんな軽い気持ちを胸に軽く身を乗り出す。
「ヴィオレッタも歴史苦手?」
「え?あー、まあ、せやね。記憶力、そないようないさかい」
「まあ、でないとここにいねーわな。安心しろ、オレも記憶力はさっぱりだ」
「あはは、自慢げにいうコトとちゃうで?」
一瞬たじろいだ様子もあったが、前評判と噛み合わないくらい穏やかで普通な返事がきた。
「レイルは記憶力ある。英雄の話ならいくつでも暗記してる。英雄絡みの話や大きな戦乱の年代も大体覚えてる。ただそれ以外、興味がないから覚えられないだけ」
「いや、まあそうなんだけどよ……歴史って、まあこんなコト言ったら今日の先生に怒られるかもしれねーけど、全部まるっと覚えてる必要が全然感じられなくねーか?」
「いや、むっちゃ分かるわぁ。覚えとっていつ使うねんいう話やんな?」
残念な方向で意見が合うのか、レイルとヴィオレッタは早速二人でうんうん頷き合っている。なんとなく他の生徒も頷いている者がちらほら……さすがは歴史学の最底辺詰め合わせ教室。
(歴史なぁ )
歴史とは何か。それは民族のアイデンティティそのものだ。
(エクセララの例を見れば分かりやすい)
脱走奴隷や解放奴隷が集まって旅をし、誰のものでもない大砂漠の中心に自前の都市を建て、大勢の超越者を擁立することから大国との戦争を勝ち抜いて、そして俺の死後は技術と宗教を二本柱とする都市国家となった。
エクセララの民はこの「自分たちがどこからきて何をしてきた者なのか」を示す歴史があるからこそ「何をして、どこへゆくべきなのか」を考えることができる。
エクセララにとって失うことのできない要素はなにか、意見が割れたときにまず向くべき方はどちらなのか。そうした未来を歴史は指し示してくれるのだ。
(あとは血統書だよな、一種の)
貴族にとって自国の歴史は自分たちの家柄を証明し、引いては権力や土地の権利を主張するための重要な武器になる。
これこれの年代に我が家はこういった活躍をし、時の王からここからここまでの土地を賜ったのだ、と主張できるのだ。
「歴史は大事」
「あー……」
俺が内心を締めくくってそれだけ言うと、レイルは嫌気の混じった声を上げた。
嫌いな科目がなぜ必要かなんて、学生をしていれば耳にタコができるほど聞かされる。それはまだ二年生にもなっていないが、その洗礼はたっぷり食らった者のうめき声だ。
「けど全部覚える必要はねえだろ」
「そうやそうや!」
「まあ、それはそう」
面倒くさそうに繰り返される結論。なんだかんだ言って、俺も結局は頷く側だ。
(だって興味ないし)
この国の歴史は俺のアイデンティティと関係がないし、血統証明なんてモノはいらない。今この瞬間はそうでないかもしれないが、少なくとも末永く付き合っていくモノではないのだ。
(貴族籍も抜ける予定の剣士にそんなモノはいらんさ)
などとつかない格好をつけている間にもレイルとヴィオレッタの歴史学ディスは再燃している 。
そろそろ止めないと研究員が来るなり叩き出されそうなので、この辺りで会話の方向を変えておきたいところだ。
「ところでヴィオレッタ」
「領境やなんて定規でぺぺっとしたらしまいやんかって、はいな、ウチ呼んだ?」
「呼んだ」
ヒートアップの果てにとんでもないことを口走っていた気がするが、無視しよう 。
「ここに来たという事は、歴史学以外は良い点数とれそうってこと」
「あー……ボチボチやな、ボチボチ」
「来年はアベルと同じクラスだといいね」
「ひぇ!?な、ななな、なんでアベやんの名前がそこで出るんよ!」
「いや、なんでってことはねーだろ」
声が裏返ったヴィオレッタをレイルが笑う。
「オレたちからすれば、やっぱりアベルと仲のいいヤツってポジションだからな」
「仲のいい、ね」
「意味深な強調せんとって!?」
ヴィオレッタは慌てた様子で否定してみせるが、その顔はじわじわと赤くなりつつある。
なんというか、アレニカを弄っているときにも似た面白さのある娘だ。
(こういうタイプは恋愛方面でからかうと楽しいんだよな)
そんな風に俺の中の悪魔が囁いた。
(青春してる若者をからかうと心が若返るしな)
俺の中のクソ爺が頷いた。
まあ、そういうことだ。
「最近アベルはヴィオレッタばかり構って、付き合いが悪い」
「え、そ、そうなん?」
「そうだな。まあ楽しそうだし、いいんだけどよ」
「そ、そーか。えへへ、せやねんな」
ほんのり嬉しそうにするヴィオレッタ。
うむ、愛い愛い。
「ん、とても楽しそう。まだ冬だけど、アベルとヴィオレッタだけ春が来てて羨ましい」
「いやお前のトコも春じゃもがが……っ」
うんうんと頷きながら、いらんことを言うレイルの口を塞ぐ。
「いや、春とかそういうんやないて!?」
「春爛漫。このまま、おめでとう?」
ぶわっと少女の顔が赤くなる。
「ちゃ、ちゃうねん!ご、誤解や誤解!そう、ウチとアベやんはなんでもない……」
「ん、アベルにもそう言っておく」
「ヒュッ……いやえちょまっ」
少女の口から言語未満の声が飛び出す。それを見てレイルがため息をついた。
「アベルは君を意識している。それは誰の目にも明らかだし、私もそう誤解していた。でも誤解なら困っているはず。私が解消してあげよう」
「いやほんまお構いなくぅ!?人生でいっちゃんデッカイ大きなお世話頂いてますどうもーって言うとる場合か!」
ベチンと俺の机を叩くヴィオレッタ。
「アベルは君に脈があると思っている。誤解だと知らずにいれば、アベルが恥をかく。それは可愛そう」
「うっ、そ、そうかもしらんけど!いや、けどやなぁ!?」
「ん、誤解じゃない?」
「え!?」
急な切り返しにヴィオレッタの弁舌が空転する。
「誤解というのが誤解?アベルに脈、ある?」
「えぇ!?み、脈とか、そんないや、なななないとは言わんけどあるとも言わんいうか、言わんわけでもないんであって、そこはなんちゅうか、そのデリケートでセンチメンタルなモニョモニョいうあれなわけで……ハッ、待てや!自分、ウチで遊んどるやろッ!?」
尻すぼみに言葉が消えかかったところで爆発するように吼えるヴィオレッタ。同時にその手が閃きこちらへ放たれる。
ヒュボッ!
「!!」
空気が切れる音。斬撃じみた鋭い一撃。
反射的に俺は自分の手刀をそれに合わせ、流鉄の要領であらぬ方へと捌く。
コンマ数秒遅れてレイルが椅子ごと身を退き、背もたれで背後の机を強打した。
それが攻撃ではなく東海諸島仕込みのツッコミだと気付いたのはその後だ。
「あ、ご、ごめっ、手ぇ大丈夫やった!?」
さっと引き戻した手をあわあわとさせ、色を失くす少女。
俺は机の下に手を下ろしてから首を横に振る。
「……ん、大丈夫。私こそごめん、ヴィオレッタの手は?」
「ウチは大丈夫やけど、いや、ほんま堪忍なぁ……!」
大丈夫とは言ったものの、いなした方の手はビリビリと痺れていた。
俺が言うのもなんだが、ヴィオレッタは見た目を裏切る怪力の持ち主らしい。
(いや、アベルも力が強いって言ってたな。アイツがひ弱なだけかと思ってたけど)
どうやらそういう話ではないらしい。
レイルの反応がわずかにでも追いついていないというのは、なかなかのコトだ。
「気にしないで、今のはからかい過ぎた私が悪い」
「いやほんまやん!?一瞬忘れとったけど、そもそも自分の根性悪のせいやんか!」
「びっくりしたぜ……あのな、ヴィオレッタ。そいつそんな顔して結構シュミ悪いから、気を付けたほうがいいぜ」
「自分もそういうんは先言うてんか!?」
後ろの人に謝りながら椅子を元に戻すレイル。
ヴィオレッタは一通りツッコミ終えてから額に指を乗せて息を吐く。
「思とったより自分らの相手するのん疲れるわぁ。人で遊ぶんはウチの専売特許やいうのに、それが遊ばれるやなんて……屈辱や!」
「根性悪いのはお互い様じゃねーか」
どこまで本気でどこまで冗談なのか分からない反応。
弄ってみるとアレニカとはまたちょっと違う味わいがあって、これはこれでいいな。
「でもよかった」
「なにがええねん……」
への字口で下睨みに見上げてくる少女へ、俺は本心からの微笑みを浮かべる。
「喋ってくれて。避けられてると思ってた」
「ぎくー!」
「それ口で言う奴、始めて見たぜ」
背筋を反らして視線を泳がせるヴィオレッタ。
そのあまりに分かりやすい反応に俺たちは苦笑を浮かべるほかない。
「そそそそんなことあらへんよ?あるわけないやん?ないやんか?」
「怪しすぎるだろ。いっそ三周くらいして怪しくねーレベルだわ」
愛嬌たっぷりにわたわたと誤魔化す姿はコミカルで、真面目なアベルからするとレイル以上にペースを乱される相手だろうことが容易に想像できる。
(なるほど、そういうのが好みか)
レイルの相手をしているときも、昔から文句を言いつつ楽しそうだったからな。振り回されることに喜びを覚えるタチなのだろう。変態性癖が目白押しの貴族としてはマトモな部類だ。
「で?」
「え、あー……いや、ウチはザムロ派やん?そっちのお父ちゃんもザムロ派で、自分お父ちゃんと仲悪いんやろ?あんま関わったら気ぃ悪ぅするかな思ててん」
ひとしきり騒いでみせたあと、彼女は声を潜めてそう言った。
つまり気を遣っていたわけだと知った俺とレイルは顔を見合わせ、口を揃える。
「「意外」」
「しばくで、自分ら」
再度べちんと叩かれる机。
「ん、それともう一つ聞きたかったことがある」
「なんやろ、スリーサイズ?」
「それはいらない。アベルにでも教えてあげて」
「もうええて!アベやんの話はもうええねんて!」
三度四度と続けて机を叩くヴィオレッタに、ちょっと備品の方が心配になる俺だ。あの力で叩きまくったら早晩天板が割れるぞ、と。
「ん、それで……」
苦笑を挟みつつ、俺がその問を口にしようとしたときだった。
ガラッと音を立てて扉が開き、背の高い青年がふらふらと入って来た。
「お待たせしたね、諸君。えー……ああ、予定より十分も遅くなってしまった。それではこれから君たちの死地を救うための授業をはじめよう」
俺の物より使い込まれた懐中時計を取り出して時刻を確認し、にっこりとほほ笑む青年。
古代史専攻の研究員、今日の先生らしい。
「そんなに経ってたのか。お前らが喋ってるのを聞いてたらスグだったな」
「……みたいだね。ヴィオレッタ、またあとで。アベルの昔話でもしよう」
「あー、めっちゃ興味あるわ。ほなまた」
屈託のない笑みを残して、少女は前に向き直った。根が真面目なレイルも居住まいを正して授業を聞く姿勢になり、各々喋っていた他の生徒たちの声も止む。
そうして俺の下には、言葉にできなかった問いだけが残る。
(ヴィオレッタ。君、剣が使えるよね?)
隠しているのなら、それを暴いてやろうとかそんな思いはない。ただ動きを見てすぐに分かった、随分な腕前だと。
レイルの反応を一瞬振り切ったあの瞬発力と筋力から繰り出される剣は、果たして荒々しいのか。それとも水の流れのように柔く鋭いのか。どんな剣を使うのか。どんなスタイルを好むのか。どれだけ実戦を経てきたのか。
隠れた使い手の存在に、俺の心はじわりと熱くなる。
(是非一度その話を、いや、一試合なりともしてみたい)
そんな俺の能天気な願いが叶う日は、残念ながらもうしばらく先のこととなる。
皆さん、今年も拙作にお付き合い頂きありがとうございました。
来年はいよいよ章後半、長きにわたるオルクス伯爵との因縁が決着する年になります。
その先は……ちょっとまだ見えてこないですね。
実はまだこの章の最後を書き続けているので(オイ)
ともあれ、皆さんよい年末をお過ごしください。
かくいう私は今頃県北の果てで友人とグランピングに興じています。
年始は元旦から三が日連続更新です!
明後日じゃねーかって話ですが、是非是非お楽しみに!
~予告~
学年末試験を潜り抜けたアクセラたち。
とうとう始まる違法奴隷商一斉摘発作戦。
次回、ブリーフィング




