十三章 第17話 憧れのドワーフ
翌日、王都郊外に存在する暫定ダンジョン「ハリスクの地下墓所」へとやってきた俺たち「雪花兎」。
地上とドームを繋ぐロープから手を離して地面を踏みしめると、いくつもの視線がこちらに集まる。地下第一層にあたる滑らかなドーム状の空間には、既にほかの冒険者が揃っていた。
その中からまず真っ先に一歩踏み出したのは一人の男。反りのある短い剣を四振り、二本ずつ交差させて腰に吊るしている。右頬に稲妻の入れ墨を入れた派手好みな印象だ。
「おいおい、あんた重役出勤だな」
「寝たのが遅くて。テストが近いから」
「テストぉ?なんだそりゃ……まあいいや。で、あんたが石蒜姫チャン?」
「そう名乗ったことはまだないけど」
ふらふらと親し気に話しかけてきたその男は、俺が実質的なイエスを返すとニッコリ笑みを浮かべた。胡散臭そうな出立の割に好感の持てる、裏表のない笑みだ。
「じゃあ自己紹介な。オレはBランクパーティ疾風刃のリーダー、四つ刃のネイロ。よろしく頼むぜ」
「よろしく。でも君の用事は私じゃないでしょ」
俺はなにやら嬉しそうなそいつを見上げ、エレナを前に押し出して自分は後退する。
「エレナ、お客さん。よろしく」
「え、えぇ……?」
ケープ越しに背中を押して、怪訝な顔の恋人をチャラ男の前に差し出す。
ネイロは俺の行動が面白かったのかケケケと鳥のような笑い声をあげた。
「変わったご令嬢だ。付き合いが悪いやら、察しがいいやら……まあいいや。たしかに氷晶要塞チャンに挨拶に来たカンジだしな」
「わたしに?」
「そそ。トワリの反乱でウチの斥候、リーマンが世話になっただろ?」
「え、あ、リーマンさんの!?」
その一言で彼女も相手のことが分かったらしい。
学院の遠征企画では毎年、王都の冒険者から斥候系の者を募って森実習の監視役に充てる。その中で「疾風刃」の斥候リーマンはキメラの襲撃があった際、ネンス指揮下でエレナともども氷の砦の戦闘を仕切っていた……らしい。
「待って、アクセラちゃんネイロさんと初対面っぽかったよね?え、リーマンさんのこと知ってたの!?」
「ちょっとだけ」
俺が砦に居たときはブロンスという剣士が冒険者を仕切っていたのだが、魔獣との戦いで彼が死んだあとを引き継いだのがリーマンだ。なので当時の面識はない。
「でもリーマン、入院中にこっそり見舞いに来た。パーティ名もそのとき聞いた」
「なんで!?」
「さあ」
本人は自己満足だとか言っていたが、なにがなんだか。
「言ってよもう!あれ、でもリーマンさんは……」
「あー、今ちょっと実家戻ってんのよ。アイツあれで貧乏貴族なんだけど、第二都市の方で……」
そのまま話に花を咲かせ始めたエレナとネロイを置いて、俺は他の冒険者をざっと見回す。半数近くが合いそうになる目を逸らした。
「随分な反応ですわね」
「一般的に若い貴族の冒険者は扱いが難しい。それが格上のBランクならなおのこと」
「トラブルにならないための知恵というわけですわね……格上?」
「見たかんじパーティは四つ。目を逸らしたのは全員若手だし、雰囲気的にCくらい」
この場所に集っている人数は大体二十人くらいだが、その中でも人数が多い二組の集団が目を逸らした連中だ。
数を当て込んだ動員……とはいえ、依頼の性質から考えてそれなりに将来有望な実力者なのだろう。俺が言うのも変な話だが、あの若さでCなら間違いない。それでもまだまだ胆力が足りていないな。
「他の二組はどうなんですの?」
「ん。エレナが喋ってる疾風刃と、それから壊の一撃。どっちもベテラン」
疾風刃は機動力を売りにしつつバランスのいいメンバー構成をしていると聞く。
(俺としては「懐の一撃」と話をしてみたいが……そんな時間はないだろうな)
背は低めだがガッシリとした体躯を持つ黒犬の獣人男性、一握のセペト。
ネンスに迫る高身長と圧倒的な筋肉を備えたシスター服の女、青の修道女アンダルシア。
無害そうな顔立ちとタップリとした口ひげが印象的な老魔法使い、火天のローディ。
彼ら「懐の一撃」は王都のBランクパーティで最強と謳われる猛者だ。近々Aランクへの昇格もあるのではと言われている。
「アクセラさん?」
俺がじっと「懐の一撃」を見つめているからだろう、アレニカが不思議そうにこちらを覗き込んできた。
今日の彼女は取り回しに難のある狙撃型を装備しておらず、必然的に例の巨大な荷物も持っていない。腰に大きめのベルトを巻き、ホルスターと替えのロッドケースを下げているだけだ。
「なんでもない。それより、布系防具は打撃に強くない。近寄られたら無理せず逃げて」
「もちろん、分かっていますわよ」
「それならいい」
考えてみれば冬休みの前から長期で王都を離れられなかった俺たちにとって、実地訓練といえば大抵がここの浅層。スケルトン系はアレニカにとって慣れた相手と言えた。
(逆に獣系の実戦をどこかで積ませてあげないと)
そんな風に思っていると、俺たちの後ろからロープをずりずりと伝って誰かが下りてくる音が。振り向くと丁度、四体のずんぐりむっくり共がドームの湿った土を踏みしめたところだった。
俺と大して変わらない背丈、四倍ほどある横幅、そして兜から見える顔の大半を占めるもじゃもじゃの髭。どこからどうみても……。
「ド、ドワーフですわ!」
「だね。見るのは初めて?」
「ええ……!」
心なしか興奮した様子でアレニカが視線を送る先、先頭に立っていたドワーフのオヤジが己の鎧をゴンゴンと叩いて野太い声を上げた。
「ドラゴンスケイル、竜鎧のマウガウと他三名。到着だぜ!!」
「「「オーウ、オウ、オウ、オーウ!!!」」」
後ろから三人分の大音声で独特の掛け声が続く。
全員が全員、赤みを帯びた黄色の全身鎧という目立つ出で立ちの小柄なオヤジ四人衆。彼らは屈強なドワーフ族の戦士にして、冒険者には珍しいフルプレート騎士スタイルの漢共だ。
その暑苦しい髭もじゃに俺は近づき、気安く分厚い肩当てを叩いた。
「マウガウ、お久しぶり」
「おうおう、久しいなぁ!斬響……じゃなくて石蒜姫になったんだったか?」
「どっちでもいい」
「違いねえや、ぐっはっは!」
大笑いしながらマウガウも俺の白銀の胸当てをゴンゴンと叩いてくる。
彼はニカッと陽性な笑みを浮かべ、しかしすぐに声を潜めた。いや、まったく潜まっていないが、潜めたつもりになって怒鳴った。
「それはそうと、この前はありがとよう!王太子の依頼に儂らを推挙してくれたってオンザの野郎から聞いたぜ?ちょうど酒代が厳しかったんで、随分助かっちまったわい。ぐっはっは!」
彼が言っているのは王領の北に見つかった岩オークの掃討作戦だ。王太子として指揮をとったネンスに頼まれ、彼を含めていくつか面白い……じゃなかった、有能な冒険者を列挙した。あくまで列挙であり、推挙などと大げさな話ではない。
「岩オーク、大変だった?」
「妙な変異種が出るわ、数が多いわで酷ぇのなんの!あっちの嬢ちゃんの魔法が恋しくてたまらんかったわ!!」
よほど苦戦させられたのだろう。大笑いしているが、その端々に苦みが混じっている。
「変異種?」
「おう、それがな……いや、おい待て!」
語り出そうとしたマウガウだが、その大きな目玉がぐりんと動いて俺の隣に向いた。
「なんかまたベッピンさんが増えてんな。しかも面白そうなカラクリを腰に下げてやがる……こりゃ氷結、じゃなくて氷晶要塞だったか?まあ、あっちの嬢ちゃんの作品だろ」
「そう」
「くぁー、イカす見た目じゃねえの!」
変異種の話題よりそちらに食いつくか。さすがドワーフ、物作りの一族。
「ん、とりあえず自己紹介」
俺が背中を叩いて押し出すと、アレニカは緊張を含んだ動作で前に出た。
「わ、私、アレニカと申します。新しく雪花兎に加わった狙撃手ですわ。よ、よろしくお願いいたします、ドワーフの騎士様方!」
「お、おう?騎士サマは勘弁してくれよ。こちとらただの戦士だぜ!」
「だがまあ悪い気はせんのう?」
「「オーウ!」」
マウガウが照れたように己の兜をゴンゴンと叩く。後ろの三人も嬉しそうだ。
だが誰よりも嬉しそうなのはアレニカで。彼女は鼻息も荒く叫ぶ。
「私、小さい頃からずっとドワーフに憧れていたんですわ!」
「……んん、意外中の意外」
「……おぅ、童心とは突飛なモノだの」
一瞬にして脳内にもじゃもじゃ髭のアレニカが出現した。
たぶんマウガウの方も同じだと思う。なんとも言えない表情で虚空を見上げている。
(あるよな、子供の頃にそういう成りようのないナニカに憧れる時期)
ちなみにエレナは書庫になりたいと主張していた。まあ、言いたいことはなんとなく分かる。少なくともドワーフよりはるかに分かりやすい。
俺たちの微妙な空気を他所に、彼女は昔を懐かしむように頷いた。
「夜空の星に魅了されてからずっと、望遠鏡が欲しかったんですの。でも許してもらえなくて。ドワーフになれたら自分で素晴らしい望遠鏡が作れるのにと……」
「ん、なるほど」
「そういう話か!」
ドワーフの多くは先天的に冶金、細工、魔道具加工などに関するスキルを宿している。ソレ系に限れば専用のスキルやジョブも豊富で、とにかく精緻なことを要求される望遠鏡などの天文学用品は彼らの手による品が最高級と位置付けられているのだ。
「ぐっはっは!だからって手前ぇがドワーフになりたいっつーのはなかなか突飛だな」
「うっ、他人から言われてみると恥ずかしいですわね……今の話はナシですわ!」
「そうはいかんだろうよ!?いや、おもしれえ嬢ちゃんだ!」
照れて顔に手を当てる少女。その横で俺は密かに納得していた。
魔導銃を贈られた彼女は大喜びしたが、それはなにも魔法が使えるようになるからだけのことではなかったのだ。
「アレニカ、自分で調整もやってる」
「なんだ、嬢ちゃん自分でそのカラクリ弄ってんのか!?」
「ちょ、アクセラさん!?ま、まだ調整を勉強しているだけですわよ!」
「おうおう、いいじゃねえの!儂らも戦士だから、冶金も細工も調整程度よ。ぐっはっは!」
アレニカは慌てて俺の腕を掴んで首をふるが、ドワーフ共は嬉しそうにまた大笑いして各々の鎧をバンバン叩く。
「憧れてるとまでいわれりゃ、そうですかいと帰ったんじゃドワーフが錆びるわい」
「だな。もし細工だなんだで困ったらいつでも相談にくるといいぜ!」
「いいんですの!?」
「おう、儂らはドワーフの戦士!一度打った鉄は最後まで打つのが信条よ!」
はからずもアレニカが大きな収穫を得たところで、ロープを伝ってまた誰かが降りてくる。
見上げれば朝日に浮かぶそのシルエットは三枚立てのモヒカン。それにローブを来た連中が数人。創世教の神官たちで、その背には例の魔道具の杭が沢山背負われている。
「マウガウ、どけどけ!踏むぞ!」
「おう、すまん!」
オンザの怒声に慌てて横へ退避する。
「そろそろ始まるな。そうだ石蒜姫、もう酒は飲めるんだろ?一仕事終わったら一杯やりながら喋ろう。そんときに紹介してくれ!」
「……ん」
着地するなり彼らが杭入りのかばんを積み上げ始めたので、場所を空けるため、もう一度俺のブレストプレートを叩いてずんぐりむっくり共は掃けていった。
「朝の早くからよく集まってくれた。依頼内容を今さらおさらいする気はないが、コイツの使い方だけは覚えて行ってくれ」
早速話を始めるオンザ。彼はそう言って一本を手に取り、数歩離れた場所で地面に突き立てる。銀の杭はあまり深くまで刺さらなかったが、お構いなしに太い指で側面についたボタンを力強く押し込んだ。
バキャッ!と音を立てて杭の側面の一部が三方向へ開き、中途半端な三脚のような足となる。それを確認してから三脚部分が地面に着くようもう少し深く押し込んでおしまい。
実演して見せた大男は拍子抜けする俺たちに肩をすくめて言う。
「とまあ、これだけだ」
「ずいぶんと簡単なんだね。冒険者向けに売り出してほしいくらいだよ」
後ろから「懐の一撃」の紅一点、アンダルシアが棘のある感想を投げる。
腐れた魔力たる瘴気や不死神の呪いであり加護である邪気は、対処の難しい厄介な存在だ。簡単な動作でそれを封印できる魔道具があるというなら、冒険者は誰だって欲しがるだろう。悪魔、魔獣、悪神の信奉者、そして不死者……高ランク冒険者はいつだって邪悪の徒と対するリスクを抱えているのだから。
ただそのくらいのことはオンザも思って訪ねていたのだろう、大男は皮肉げに口の端を吊り上げて肩を竦めた。
「それには全くもって同意だが、コストがどうとか生産数がどうとかで無理らしい。諦めるんだな」
「ぐっはっは、まったくケチ臭ぇんだか大盤振る舞いなんだか分かりゃしねえ!」
「そんなことだろうと思ったよ。仕方ないからコッチは自前で地道にやるさ」
「オレはそんな重そうな筒をお守りにしろって言われるよりいいかな」
口々に言い立てる冒険者たちを手でシッシと払って黙らせ、オンザは杭を引き抜いて開いていた足を畳んだ。
「いいか、注意点は二つだ。ボタンを押すときに必ず杭の先が地面に触れるようにすること。それから最後は足が全て地面に着くようにすること。それさえ守れば付近の空間にマナスケが湧くことはねえ。んでもって間違えたときは今みたいにすれば畳める。分かったか?」
問いかけにまばらな返事が上がる。
それからざっくりと魔道具の有効範囲など必須情報の共有がなされ、各パーティにリュックが配られる。ずっしりとしたその荷物を、いつの間にかネイロの所から戻ってきていたエレナに渡す。
「重っ」
「我慢して」
本当になかなかの重さだ。金属製の杭が数十本入っているのだから当たり前か。
エレナはすぐに魔力強化を施したようで、軽くよろめく程度で耐えた。ちょっと可哀そうだが、身軽さが身上の前衛や小回りが利く前提の銃使いが持つわけにもいかない。
「わたしもう宝珠とか、クリスタルとか、色々持ってるんだけど!」
「だからそこまでの装備はいらないと言った……それに、その程度でへこたれる鍛え方はしてない」
「鬼ぃ!」
右肩にいつもの備え、左肩に銀の杭と二種類の鞄の重みを食い込ませながらぶうたれるエレナ。重さ全開で俺の肩にしなだれかかったり、腕に取りすがったりして巻き添えにしようとしてくる。
「ほんと重いって、ちょっとくらい持ってよ!」
「後衛の性。がんば」
「でぃーぶいだよ、でぃーぶい!」
彼女以外にもいくつか、荷物担当にされた者の怒りの声が聞こえてきた。しかしその全てに聞こえない顔でオンザは説明を進める。
「ドラゴンスケイルは中層の真ん中に陣取れ。不測の事態があった際にはそこを基点に撤退作戦を行う」
「おう」
「他は順次、散らばって杭を……」
続けざまに指示された布陣と展開順は分かりやすく合理的。ソロながら指揮もできるオンザという男の有能さを見せつけられた形だ。見た目は奇抜な蛮族だというのに。
「私たちはやはり一番下ですわね」
「ん」
「むーっ」
後ろから抱きついて全体重をかけてくる馬鹿娘を背負いつつ、アレニカに頷く。
「懐の一撃の皆様と同行して、道をお教えする役割でもあるんですわよね」
「そう。次回、使徒がここを潰すときは彼らが先導を務める」
二重の意味でありがたい話だ。俺は「懐の一撃」と話ができるし、使徒とは直接対峙しなくて済むのだから。
「むーぅ」
「むくれてないでしゃきっとする。あとで何かご褒美あげるから」
「またそうやって物で釣ろうとして……約束だからね?」
「釣られるんですわね」
むーむー言う生き物を一流冒険者に戻し、最後に装備をパパっと点検する。
他の連中もタイミングを同じくして準備が整ったらしいく、しんと不思議な静けさが生まれた。それを受けてオンザが力強く頷く。
「では、始めてくれ!」
「おう!」
「うぃ」
「はいよ」
銅鑼のような大声に言われ、俺たちは各々やる気に過不足のある返事をした。
~★~
「おうおうおう!そんなヒョロイ骨の剣が儂らの鎧を貫けると思うなよォ!!」
「「「オウオウオーウ!!」」」
クリスタルの灯りに照らし出された地下墓所の中層に、まったくそぐわない声が轟く。生命力と活力と筋肉に満ちた、ドワーフたちの雄叫びだ。
防御力に優れた「ドラゴンスケイル」のオヤジ共はがしゃがしゃと押し寄せるスケルトンたちを、いかついメイスでお構いなしに叩き割って進んでいく。
まさに適材適所。相性の無情が漂う一方的な蹂躙だ。
「ぐっはっはっはっは!」
複雑な横道に陽気な大笑は反響し、奥から不死神の呪いと古代の怨念が練り込まれた骨人形を呼び寄せる。スケルトンガード、スケルトングラディエーター、それに大柄なマッシブスケルトンナイト……現れるマナスケルトンたちは濃密な邪気によって進化を繰り返した個体ばかりだ。
しかしドワーフの進撃は止まらない。正面からバキバキと響く枯れ枝を踏み折るような音色も止まらない。後ろを付いていく俺たち「雪花兎」と「懐の一撃」は、ときどき魔道具を起動して設置するだけの簡単なお仕事だ。
「軽い!脆い!弱い!もっと筋肉付けろ、筋肉!!」
「「「筋肉筋肉ゥー!」」」
「無茶言ってんねぇ」
暇を持て余した「懐の一撃」のアンダルシアが半笑いで呟く。
身長2メートルで青いシスター服に隆々とした筋肉の鎧を押し込める彼女だが、ドワーフどもと違って頭の中はちゃんと脳みそが詰まっているらしい。
ちなみに今年で三十二だという女神官は、俺とエレナのギルドカードに裏書をしてくれたネヴァラのギルマス、マザー・ドウェイラの姪孫……兄弟の孫だったりする。
快進撃がしばらく続いたころ、「ドラゴンスケイル」の歩調が緩んだ。枝道が途絶え、進行方向に部屋が見えたからだ。部屋といっても扉はないので、ただの空間だが。
「あそこが儂らの待機場所か……むっ!おい氷晶の嬢ちゃん、赤いのが」
ボッ!
マウガウの声に緊張が走ったのとほぼ同時、彼の頭上を飛んでいた赤い宝珠がカッと光って火を吐いた。凝縮されて光弾のように迸る火焔の塊。部屋から飛び出してきたレッドスカルの顔面に飛び込んだそれは、乾いた破裂音を残して赤い頭蓋骨を消し飛ばす。
呪いの核である頭を失いカシャンと崩れるレッドスカル。
「出て、きたんだが……うむ、まあ、ええわい」
声を上げたドワーフが困ったように頬を掻いた。
その反応を見てエレナがフンスと鼻を鳴らす。
(可愛いけどやめなさい、女の子がはしたない)
レッドスカルは怨念の血を纏った危険度Cの不死者だ。触れられれば鎧を無視して肉を腐らせに来る厄介な敵なのだが、エレナの宝珠がそれを許さない。
結局、部屋には更に二体のレッドスカルがいたが、「ドラゴンスケイル」の5メートル以内に入ることは叶わなかった。もちろん他のマナスケも入り口に陣取ったドワーフが骨粉にしてしまい、あっさりと制圧は終わったのである。
「コイツを一匹残してもらうわけにはイカンのだろうなぁ」
半円形の部屋に二本の杭を突き立て制圧を完了させた後、よほど便利だったのか物欲しそうにマウガウが言った。小鳥でもあやすように、滞空する宝珠の金属環を太い指でついっと撫でながら。
これにはエレナも困り顔で頬を掻く。
「わたしから離れたら落ちちゃうから、さすがに無理かな」
「残念だ。まっこと残念だ。また見せてくれ、嬢ちゃん」
「うん、また色々相談させて」
ドワーフがひらひらと漂わせた広い手のひらに自分の手をパチンと当てて、エレナは宝珠を回収した。彼女もアレニカ同様、この物作り大好き生物に気に入られている。もちろん俺も。
「ん、それじゃあ行こう」
「ここからは深層だね。よろしく頼むよ、雪花兎」
部屋の奥に向き直る。
ここまでこのダンジョンは壁も床も天井も、基本的には湿った墓土と天然の石でできていた。人工的な要素は枝道に掘り込まれた墓穴の数々と、ときどき補強で柱がつったっているくらい。
だがこの部屋の奥は違う。平坦な壁には正方形のタイルが敷き詰められ、中央には錆びた鉄の扉が埋まっているのだ。
(まあ、俺が向こうから蹴り破ったから、扉は開いちゃってるけど)
内心でお道化つつ、急速に胸の奥で大きくなり始めたざわめく感情を、細く息に乗せて吐く。
ハリスクの地下墓所、深層。あの初夏の日に最奥部から戻ってきて、それ以降一度も誰も下りたことのない場所。そこに至る道がこの先に続いているのだ。
(不死王……高潔な反逆者)
ユーレントハイム王国の成立以前、暴虐を尽くしていた貴族に対し死霊魔法と不死神の加護で立ち向かおうとした男がいた。犯され、嬲られ、殺された女たちの怨念を晴らすために反旗を翻した男が。正しい目的のため、間違った手段を取ってしまった悲しい男が。
その成れの果て、残骸がこの奥には今でもいるのだろう。
「これも、巡り合わせか」
違法奴隷商との対決を前にしてここを訪れる。そのことに、運命など存在しないと知っていてなお、何か運命めいたものを感じてしまう。
だが、物思いに耽っていても始まらない。渦巻く思考に区切りを付ける。
「……行こ」
そっと雨狩綱平の柄を撫でて、俺は扉に手をかけた。
~予告~
快進撃を続けるアクセラたち。
しかし待ち受けていたのは予想外の「異常」で……。
次回、奥底の繭




