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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
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十二章 第25話 パレード

「すげー人だな、さすがに!」

「ほんとにね」


 興奮気味のレイルに頷く。

 ここは富裕街に昔からある喫茶店の二階テラス席。俺の隣には双子の姉であるアティネ、その向こうには最近ちょっと仲良くなったアレニカ。レイルの横にはマリア。今日はこの五人でパレードの観覧だ。


「富裕街にこんなに人がいたなんて、思ってもみませんでしたわ」

「う、うん」


 やや引いたようなアレニカのセリフにマリアが頷く。こちらはわずかに怯えた様子も混じっている。普段は閑散としていてお澄まし顔の富裕街だからこそ、ギャップに一種異様な空気を感じるのだろう。

 そっと、とても自然な動作でレイルが彼女の肩を抱くのが見えて、俺はついニヤニヤしそうになった。


「ま、当然と言えば当然だけどね、なにせパレードって言ってもあちこち回るわけじゃないし」


 ニヤける代わりに俺は肩をすくめて口を動かす。

 今回はガイラテインからの使節全員が参加するわけでも、ネンスたち王族が参加するわけでもない。使徒一人を神輿に担いで貴族街を一周、富裕街を一周、一般街を一周して新市街をちょろっと行くだけ。それだけのものだ。

 それでも相手は現状三人しか確認されていない使徒の一人。それも主神の使徒だ。一目見たいと思う者は大勢いる。必然、短いルート上に無数の観客が詰めかけて人混みが出来上がる。


「くぅーっ、使徒アーリオーネ、はやく見てみてーぜ!」

「相変わらず英雄バカだね、レイルは」


 恋人をフォローするような成長を見せたかと思いきや、目をキラキラさせて唸る姿はまさしく相変わらず(・・・・・)だ。

 フォートリン家の男たちは代々、英雄好きかつ人材狂いなことで有名。特に当代であるレイルの御父上は飛び切りで、世界中の英雄から国内の名だたる騎士まで全て顔と名前を一致させているとも噂される。

 そんな男の息子だけあって、コイツも英雄フリークなところがあった。


(下手に返事すると延々話が始まるしな……話題は戻そう)


 俺自身はあんまり英雄とかに興味がない。それよりは恋愛の話とか、可愛い女の子の話とか、魔物やダンジョンの話の方が好きだ。そんなわけでレイルのトークが始まる前に口をはさむ。


「しかし、ここでコレなら新市街の方はもっと凄いことになってそうだよね」

「え?あー、だな」

「今頃アベル、もみくちゃになってるんじゃない?」


 ここにはいない友人に話題を投げつつ、ホットココアのカップを手に取る。


「たしかに、人の多さは比べ物になりませんわよね」

「だ、大丈夫かな……?」

「ほっときなさいよ、あんな奴!」


 心配する女子二人。しかし俺の姉上はしかめっ面で口をヘの字に曲げた。


「ア、アティネちゃん……」


 荒っぽくケーキを切り取り。への字を開けて頬張るアティネ。

 それを見て俺とレイルは顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。


「まだ怒ってるの?」

「怒ってないわよ!呆れてんの!!」


 とは言うがどう考えても怒っている。これで怒っていないは無理がある。


「まったく!この期に及んでアタシの誘いを突っぱねてオンナ取るとはいい度胸だわ!!」


 アベルとアティネの間で何があったかは、両方から聞いていて知っている。その時に変な態度をとって悪かったとちゃんと謝ってももらった。俺とレイルも、薄々勘付きつつ何もできなかったことを謝った。それでわだかまりなく一件落着……となったわけだが。


(まあ、気持ちは分かるけどさ)


 アベルの奴は結局、今日のパレードをヴィオレッタという少女と見に行ってしまった。アティネの不器用な大演説を食らったうえで「それはそれとして」とでもいうように。


(けどアベルも、いい具合に我を通すようになったじゃん)


 アティネは怒っているわけじゃない。拗ねているだけだ。そしてその気持ちは俺もよく分かる。折角だから遊びたかった。

 でも一方であのアベルが、それでも好きな相手との時間を優先したということが素直に嬉しかった。

 レイルほど真っ直ぐさに疑問を持つことなくいられるわけでもなく、俺のように横道へさっさと逃げ込んでしまえるほど無責任でもない。そんなアベルが自分のしたいことをしたいがままに選んだのは、やはり喜ばしいことだ。


「まあまあ、アティネ。結果的には良かったと思おうよ」

「だな、座席五つしか押さえられなかったんだしさ」

「だ、だよね」

「ふんっ」


 俺たちが座っている座席はピッタリ五つ、最後に残っていた席だ。アベルが頷いていたら別の場所を探すハメになって、段取りは難航しただろう。


「来なかったと言やあ、アクセラとエレナも残念だったよな」

「ネンスは土台無理としてもね」

「で、でも、依頼なら仕方ない、よね」


 アクセラとエレナは冒険者としての依頼があって、その関係で新市街の教会に一日滞在するらしい。俺も聞かされたときには驚いたが、彼女は聖属性が使える神官でもあるらしい。だからきっとその関係だろう。

 ネンスはというと、何やら王太子として軍部の会議に出るとかで、こっちも一日仕事。

 そんなわけでいつものメンバーはほとんど揃っていない。


「どうせアクセラもこっそり乳繰り合ってんのよ!」

「こらこら、麗しの姉上……淑女が乳繰り合うとか言うなよ」

「そ、そうですわよ。周りの目もありますわ」


 俺とアレニカに窘められてもアティネの不機嫌は全く直らない。


(まあ、アティネにしては気を使ってたもんね)


 アクセラもエレナもネンスもアベルも、全員が全員、社交界デビューと同時に忙しさを増した友達だ。そんな彼らになんだかんだと気を揉み、息抜きを提供しようとあれこれやってきた。

 それを知っている身からすれば、一番の難関だったアベルの問題が少し落ち着いたところで遊びたかったという気持ちを否定はできない。


(胸がバインバインでも、そういうとこはまだガキなんだよな、アティネは)


 なんてド失礼なことを考えていたら、レイルがふと表情を変えた。


「あ、それで思い出したけどよ」

「乳繰り合うで思い出す話題があるのかい?レイルなのに?」

「おいティゼル、お前なぁ!」

「だって、ないだろ?」


 すかさず口元を笑みに変えて混ぜっ返す。レイルは一瞬噛みつくように声を荒げるが、問い返してやると押し黙った。なんとなく、ないと言いたくない男の意地。けどマリアの前で変な虚勢も張れない。そんな状況から変なものを食べたような顔をするしかないわけだ。


(変顔おもしろ)


「ね、ねーよ……」


 結局浮かした腰をそっと落ち着かせるレイル。


「くだらない……で、なんなのよ?」


 アティネが興味もなさそうに先を促す。


「いやさ、結局、アクセラとエレナって、そういう関係でいいんだよな?」


 ココアを飲もうと持ち上げたカップが止まる。


「え、今更そこ聞くの?」

「アンタ、話題の周回遅れも甚だしいわよ」

「レ、レイルくんは、その……ど、鈍感だから」


 アレニカだけは無言だが、昔馴染みは揃って何とも言えない顔になった。

 マリアに至ってはフォローするようでいて刺しに行っている。


「オ、オレに恋愛の話なんて振るヤツいねーんだよ!」

「いや、見てて気づくでしょ普通。少なくともエレナの気持ちはさ」

「そ、それは……オレだってさすがに察したぜ?でもよ、アクセラまでそう(・・)だと思ってなかったんだよ」


 という彼の反論に、オレは少しだけ「たしかに」と思ってしまった。それは他の面々も同じだったのか、レイルへの呆れの視線は鳴りを潜める。


「言われてみればアクセラさん、最後の最後までそういう感じありませんでしたわね」

「そうね……なんていうか、エレナのことギリギリまで子供だと思ってたわ」

「エ、エレナちゃんが子供、っていうより、ア、アクセラちゃんが、大人すぎる……?」

「「分かる」」


 女性陣の言葉にオレたちは思わず頷く。


「こういっちゃなんだけど、死んだ爺さん思い出すんだよな」

「ぼやっとしてて変なところで鋭いものね」


 先代アロッサス子爵だった爺さんは剣術系スキルを三つも上限まで上げていた剣豪だったが、腰のモノを抜かない限り穏やかでこちらの話を聞いているんだかいないんだか分からない人だった。そのくせ聞いてないだろうと思って喋っていると、突然口をはさんできてはいやに鋭い指摘をくれる。まさにアクセラみたいだ。


「ほんと変わらないよな、あいつ」

「そうなんですの?」


 レイルの呟きにこの中でたった一人、幼少期の彼女を知らないアレニカが首を傾げた。


「成長してないっていうと語弊があるんだけどさ……」

「昔っから精神年齢が高ぇんだよ、アイツ」

「そ、そうだよね」


 俺たちより少し高くて、いつも先に居るという感じじゃない。ずっと先に居て、一歩も動かず俺たちを見守っているようなイメージだ。


「正直、ちょっと気に障った時期はあるよね」

「あるわね」

「あるか?」


 苦笑交じりに胸中を明かすと、アティネは深く頷いてくれた。さすがは双子だ。

 レイルはキョトンと首を傾げている。さすがは馬鹿だ。


「アンタは黙ってなさい、バカなんだから」

「お前なぁ、バカバカ言うんじゃねーよ!」

「ま、まあまあ」


 わちゃわちゃとやり始める三人をよそに、アレニカは俺の方を見て少し考えるような顔をし、それから控えめに頷いた。


「ええ、まあ、なんとなく分かるような気もしますわ」

「そうだろ?」


 俺たちは最初に出会ったとき、数回一緒に遊んでからはずっと文通仲間だった。手紙の中の彼女はこちらの悩みも葛藤も手に取るように把握していて、寄り添うような言葉を返してくれた。

 その内容だが、どうすればいいかを直接教えるのではなく、そのヒントになるようなことをやってみろと勧めてくる。まるで腕のいい教師がそうするように。しかもそれが的確だったりする。


(ありがたい反面、ちょっと気持ち悪いとも思ったなぁ)


 でも学院に入る頃にはそんな部分を含めてアクセラのことを受け入れらるようになった。


(……今は、どうだろうね)


 夏ごろ、俺とアティネは新しい戦い方を模索し始めてから、ようやくアクセラの異常性を理解した。優れたスキルがあれば、あるいは強烈な神の加護があれば、幼くとも一騎当千の戦士に育つ可能性はある。そんな常識が俺や大人たちの目を曇らせていたのだと。

 彼女の強さは才能が……スキルがあればどうにかなるという類のものじゃない。確かな理屈、適切で単調で長期的な鍛錬、気の遠くなる反復、命を削るような障害。そういうものがあって初めて身に着くような力だ。


(信頼は変わらないけれどさ……)


 必死の思いで戦ったトワリの反乱での経験があるからこそ、教わっている物事が理解できる。そういう感覚が今まさに俺の中に実感としてある。

 だからこそ不思議になる。疑念が強まる。アクセラはいつそんな死線を潜ったのだろうか、と。魔獣に襲われた一件はあるが、それだけであそこまでなるだろうか、と。


「ティゼル?」

「え、あ、ああ……」


 意識が自分の内側へと落ち込んでいた。レイルに声をかけられてようやくそのことに気づく。双子のアティネより先に気づくんだから、本当に凄いやつだ。


「どうかしたか?」

「……いや、ココアはちょっと甘すぎたかなって思ってさ。お茶でも頼み直そうかな」

「そうか……?」


 納得していなさそうな赤髪の友人に俺は苦笑を返す。


(ほんと、大したコトじゃないんだけど)


 しかし半年前にはマレシスのことがあり、つい先日はアベルのことがあったばかり。レイルもレイルで、こう見えて神経をとがらせているのかもしれない。

 さてなんと答えたものか。そう悩んでいると助け舟は意外なところからやってきた。


「パレードが見えたぞ!」


 誰かがそう言ったのだ。


「おいレイル、英雄のお出ましだぞ?」

「あ、ああ……」


 釈然としない様子のまま腰を浮かせ、手すり越しに外を見るレイル。女性陣も席を立ってテラスの柵に駆け寄った。当然俺も立ち上がる。

 大通りの向こうでは貴族街に通じる門が開け放たれ、そこから悠然とパレードの先陣が続々と姿を現していた。


「お、本当だ、見えるね」


 自分自身の声にも、にわかに高揚感が混じるの感じる。

 パレードはシンプルな構成だった。青系の儀礼衣に身を包んだ正規騎士が数名、体格のいい馬に乗って先導をしている。その後ろへ勇ましく晴れやかな音楽を奏でる楽隊が続き、装飾的な鎧を纏った儀仗兵が左右を行進。儀仗兵たちはユーレントハイムの国旗と、創世教会の紋章が描かれた聖旗を掲げている。


「あ、こ、この曲……」

「舞踏会で踊ったやつね」


 曲名がなんだったかはちょっと出てこないけれど、この前の大舞踏会でかかっていた曲の一つを楽隊は演奏していた。アレンジが効いていてもっと勇壮に、もっと誇らしく、もっと晴れ晴れしく聞こえるが同じ曲だ。


「うわ、でけーな楽器!」


 段々とこちらへ近づいてくる楽隊の面々は一抱えもある楽器をベルトで体に固定して演奏していたりする。スキルの恩恵があるにしても、迫力のある格好だ。

 そしてパレードの主役、使徒は楽隊より更に後ろの馬車に乗っていた。白馬六頭立ての豪奢なオープン型馬車で、その上に背の高い人物が立っている。


「おぉーっ、あれが使徒アーリオーネか!」

「さすがにこの距離だと顔までは分からないね」


 そういって仲間たちの顔を伺うが、同意してくれそうなのはマリアくらいのものだった。


「アタシ『望遠眼』持ってるしね」

「オレも目はいいからな!」

「わ、私はコレがありますから……」


 アティネはスキル、レイルは身体能力、そしてアレニカは魔導銃のスコーブだけを外して持ってきていた。


「うわ、ずる……」


 俺だって夜で月が出ていればもっと遠くまで見れる。けど昼間の『月泪の騎士』はただの騎士だ。


「ふんふん、あれが創世神の使徒サマね!」

「ぐっ」


 これ見よがしに頷くアティネ。脇腹を小突いてやろうかと思い、後が怖いなと思いとどまる。そんな俺にアレニカが苦笑を浮かべ、足元に置いていた鞄の中から双眼鏡を取り出した。


「誰か必要かなと思いまして、もう一個ありますわよ」

「え、貸してくれるの!?」


 と一瞬色めき立った俺だが、すぐにハタと気づいて視線をレイルの横の友人に向ける。


「やっぱり俺はいいや、マリアに貸してあげてよ」

「え!?」


 いきなり話を振られた彼女は飛び上がって驚いた。


「い、いいよ、わたしは!」


 慌てて遠慮するマリアだが、俺も騎士の端くれとして軽々に引き下がれない。なんて思った矢先、マリアに双眼鏡を押し付けた上でアレニカはスコープも俺へ差し出してきた。


「私、『望遠眼』をLv1だけ持ってますの。折角ですから、今ここでスキル上げをさせていただきますわ」


 なんて言って、俺たちがそれぞれに道具を握ったのを確認するや否や、身を翻して柵にしがみついてしまった。まるでこれ以上は集中しているので話しかけるな、とでも言うように。


「……」

「……」


 俺とマリアはお互いに顔を見合わせ、小さく笑ってからアレニカにお礼を言う。

 それから改めて、思いのほかごろっと重みも質感もある臙脂色の金属筒を握り直し、目に当てた。


「お、おお……!?」


 スキルで遠くを見るときと同じように、ぐっと拡大された景色。それが頭に直接ではなく、目に飛び込んでくる不思議な感覚。しかも目を寄せる直前まで、まるで目の前の硝子に景色が閉じ込められているかのように映り込んで見える。

 その新鮮な面白さに俺は柄にもなく声を上げてしまった。


「見えますかしら?」

「見える見える!いいねこの道具、今度俺も作ってもらおうかな」


 そう言いながらあらぬ場所を映す筒を動かし、目当ての人物を探し当てる。


(いたいた)


 白い馬車に立つ使徒は男装の麗人だった。

 ダークブラウンのショートヘアを役者の男役のようにカッコよくセットし、自信に満ち溢れた美しい笑みを振りまく背の高い女性。オレンジ色の目はまるで秋の夕焼けのようで、整った顔に神聖な雰囲気を添えている。


「おいおいおい!見ろよ、あの鎧!!」

「え、ちょ……ごめん、倍率どこで弄ればいい?」

「あ、それはここですわ」


 興奮気味のレイル。アレニカがスコープの倍率を調整してくれる。

 そうしてアップで見えるようになった使徒の鎧は、繊細なデザインのブレストプレート一枚だった。リムやネックガードに施された銀とプラチナの細工など、あまりに華奢で武具の一部と言うか……印象で近い物を上げるならティアラとかが出てくるレベルだ。

 一見すると酷く実用性に乏しそうな細工の凝り様。けれど輝く彫金よりも圧倒的に目を引くのは、実は本体の白さの方。塗装じゃないことは一目で分かる。あれは金属そのものが真っ白なんだ。そして鎧にできる純白の金属といえば一つしかない。


(ブライトミスリルか……)


 世界で最も一般的な魔法金属、ミスリル。しかし流通し利用されている大半は精製度合いの低い物を合金に加工した物だ。アクセラが前に愛用していた刀の赤ミスリルもそのクチ。

 じゃあブライトミスリルはというと、高純度に精製されたミスリルを合金化することなく、秘匿された製法とスキルで加工している。ガイラテイン聖王国でしか作れず、創世教会も大した量を保有していないという。


(王剣以外で見る機会がくるとはね)


 希少金属の帝王とも呼ばれるブライトミスリルだが、俺たちは意外と身近にそれを見ている。王の剣、白陽剣ミスラ・マリナ。ネンスがよく使っているソレこそ、ブライトミスリルの塊だ。


「流石は使徒ってことかな」

「腰の剣、あれもブライトミスリルだな」


 レイルが指摘するのは深紅の鞘に納められた細身の十字剣だ。確かにガードがソレっぽい。ということは当然剣身もブライトミスリルだろう。破壊できないとまで言われる魔法金属をガードにだけ使うとは思えない。


「なんというか、独特の格好ですわね」


 頷きあう俺たちをよそに、アレニカがそんな事を言う。


「あれは、ベースは聖騎士の制服だな」


 すぐさまレイルが答えた。

 鎧の下の上衣、彼が聖騎士の制服だといった衣装には袖がなかった。襟は頬に触れるほど高く、裾は足首にかかるほど長い。上から下まですらりと流れるような、スマートな美しさを持つ白い服だ。

 装飾は神々の象徴である真鍮色の金具と飾り緒が添えられている程度で、酷くシンプルにも見える。だがその簡素な有様が厳かな気配を強調しているのか、貧相とはまったく思えなかった。


「で、あれが有名な……」

「し、使徒の、紋章、だね……」


 マリアの言葉に全員の視線が一点へ集まった。

 聖騎士の制服から覗く右腕は、肌にぴったりと張り付くような白いインナーで手首までを覆われている。俺たちが見たのはその反対側、左腕だ。ブライトミスリルのブレスレットを填めている以外何も纏っておらず、素肌が剥き出しになっている。

 布地に負けず劣らず白い肌。けれどその二の腕には鮮烈な深紅が刻まれていた。獅子と太陽に挟まれる一本の樹の紋章は、創世神ロゴミアスの印。俗にいう使徒紋章と呼ばれるものだ。


「迫力あるね、やっぱり」


 すぐそこまで迫ったパレードの行列。俺はスコープを顔から離し、直接そのご尊顔を観察する。

 抜けるような肌の白さ。目の鮮烈な色合い。溢れる陽性の人柄。そして何より慈愛と余裕と一種の自己陶酔を感じさせる表情。まるでどこかの王子のようだ。


(ネンスみたいな地に足ついたタイプじゃなくて、歌劇の王子サマだけどね)


 気品と華やかさを漂わせながら、使徒アーリオーネが目の前を通り過ぎていく。

 通過する一瞬、手を振る彼女がこちらを見た。


「おや……」


 その声は歓声に掻き消されて聞こえなかったが、確かにそう呟いた。明確に俺やレイル、アティネ、アレニカとマリアを見て。それから男装の麗人はフッと微笑みを浮かべた。


「……」


 しかしそれも僅かの間。こっちが驚いて固まっているうちに、使徒を乗せた馬車は喫茶店の前を通り過ぎて行く。


「み、みてくれた、ね!」

「マリアさんもそう思いますわよね!」

「い、いわゆるファンサービスってやつじゃないかな……」

「「えーっ」」


 声を弾ませて頷き合う少女二人。俺は適当な事を言って顰蹙を買う。けれど、アレがファンサでないことなど誰よりも俺自身が分かっていた。レイルとも互いに黙ったまま視線を交わす。

 今の視線と微笑みには何か意味があるような……そんな気がしてならなかった。


~予告~

同じくパレードを見に来たアベルとヴィオレッタ。

踏み込み切れない淡い関係に意外な後押しが……?

次回、空貝うつろがい

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