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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
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十二章 第23話 支配者の魔眼

 理知的だが冷たい印象の青年、魔法神ギレーヴァント。白髪に白磁の肌、両目を眼帯で隠し、優美なローブに無数の杖を帯びたトップクラスにビジュアル重視の神である。

 なぜかその腕には顔を真っ赤にしたエレナが抱かれていた。


「汝の妻に呑ませ過ぎた、吾輩の監督不行き届きだ。すまぬな」

「妻……」


 見た目と大仰な話し方のわりに素直な謝罪を口にし、彼はぐでぐでの少女を俺の膝に乗せた。まるで寝落ち寸前の子猫のように、のろのろと手足を動かして抱きついてくるエレナ。


「んんっ、凄い酒臭い……どれだけ飲んだの?」

「のんれましぇん!くしゃくもにゃいもん!」


 叫ぶエレナ。だが高い体温、赤ら顔、力の入っていない関節、回らない呂律と幼児退行……酔っぱらいだ。


「魔法の話が白熱してな、ペースを間違えたのだ。あと呑ませ過ぎた主犯は吾輩ではない。あそこの爺である」


 見れば好々爺然とした神が穏やかに手を振っている。矮躯の老人はこの世界の知識という知識を網羅するという全知神ラネメールだ。とはいえ結構油断のならない爺さんだったりする。


「なんでラネメールがエレナを潰す……?」


 俺の問いに魔法の神は苦い顔で首を振った。付き合い切れぬ、とでも言いたげだ。


「あの爺は全知の神だが、誰かの心の内に秘された知啓は知りえぬのだ」

「?」


 難解な言い方に俺は首をかしげる。


「未発見の知識、記されておらぬ知識、誰の口にも上らぬ知識。これらはあの爺にとっても未知なのだ。それゆえ、その娘だけが知りえるモノを聞き出そうと呑ませ過ぎたのだ」

「ラネメールの知とはつまり、共有知を指すんじゃよ」


 ギレーヴァントの説明は、俺も酔っているからか、言葉数を増やしてもらってもよく分からない。ただミアの補足でようやく飲み込めた。

 つまり人と人が教え合い、人類の知識となった物だけを全知神は支配しているのだろう。だから個人に属する知識や、人が見つけていない世界の理は知らない。そしてエレナはそういう属人的な知識の宝庫なので、口を割らせて色々吸収しようとした、と。


「悪質……」

「ラネメール様はそういうところがありますね」

「まあ、全知神に知られたからと不利益はないんじゃが……倫理観が好奇心の後ろにあるんじゃよな」


 テナスが困ったように言い、ミアがフォローなのかなんなのか分からないことを言う。


「エレナにどれだけ飲ませたの?」

「のんれましぇん!」

「ん、そうだね。呑んでない、呑んでない。呑まれてるもんね」

「のまれれましぇん!」

「よしよし」


 精神年齢が一気に十くらい下がってしまったエレナを抱きしめてあやす。


(酔いつぶれるほど飲むとこうなるのか、この娘)


「で、量は?」

「ダジャックのオッドネクタルを二つほど」


 オッドネクタルは豊穣の神ダジャックが作り出す強烈な酒である。


「二つ?二杯?」

「いや小樽二つだ」

「……」


 何してんの、という視線を向けると魔法神はそっと目を背けた。

 ダジャックの宮殿の植物は恵みの神力を浴び続けることで目を瞠るほど大きく実るのだが、収穫しないと強すぎる神力に熟し、腐り、朽ちてしまう。その中で腐敗ではなく発酵を辿った果実がオッドネクタル……ようは異常な神力により生まれる一種の猿酒だ。


(たしか強烈な神力を宿す酒だから、神々にとっても強い酩酊効果があるんだっけ)


 神力を一時的にブーストする霊薬の素材でもあるらしい。


「ま、まあ、オッドネクタルは人間が飲んだところで影響はないので……ただ強めのお酒を景気よく飲んだと考えればいいんですよ」

「いや、そうとも言えぬな」


 俺を安心させるように微笑むテナスだったが、微妙な表情でミアは首を振った。ギレーヴァントも同じく思案顔だ。


「汝の妻の神力適性は高い」

「ん、その、妻っていうのは、ちょっと、まだ……」

「そこは重要ではない。惚けているが、汝の影響なのだぞ」


 彼は指を一振りして椅子を呼び寄せ、俺の目の前に腰を落ち着ける。


「折角だ。汝の妻を酔い潰した詫びも兼ね、吾輩の知恵を授けるとしよう」

「む、ギレーヴァント。妾の前に陣取るとは何事じゃ」

「吾輩は技術神に用がある。気になるなら創世神、汝が動くがいい」

「うぐぐ……不敬な奴じゃ!」


 不服そうなミアの声が青年の向こうから聞こえる。壁となる神は意に介していない様子だ。


(まあ、ミアの方も本気で怒っているわけではないし、いいか)


 場違いかもしれないが、神々にも恐れられていたミアがこうしてぞんざいに扱われている様は、むしろちょっと嬉しくなってしまう。気安い中になったのだな、と思えて。


「少し触れるぞ」


 ギレーヴァントはベルトから黄色いクリスタルの杖を引き抜き、俺とエレナの頭をコツンと叩いた。すると俺たちの胸のあたりから薄青く輝く糸が何本も現れ、酷く絡まりながら二人を繋ぐ。


(いや、繋いだというより、繋がっていたモノに色がついた?)


「その認識で正解だ」

「心を読むのは止めてほしい」

「読んだのは汝の表情だ」


 両目を隠しているくせに見えているらしい。


「それは汝らの魂の繋がりを可視化したもの」

「魂が混線しているということですか?」

「こんしぇん……」

「否、戦幸神。魂そのものは混線しえない。魂は言うなれば塊であり、絡まる様なものではないからだ。この手の現象を魔法に関わる神々の間では魔力性魂連結状態(ソウル・バウンダリー)と呼ぶ。双子などで見られる状態で、後天的に生じることはない。そういう意味でも全知神の爺が興味津々というわけである」


 俺とエレナの魂に、アロッサス姉弟のような魂の繋がりがある。それは少し嬉しいような気もするが、同時に心配にもなる話だった。

 なにせ俺の中身は神、その魂の総量は自分の体にすら収まりきらず色々問題を起こしたほどで……。


「まあ、そこは魂と肉体の性差もあったからじゃがな」

「悪影響は今のところ考えられない。むしろ神の魂と繋がることで彼女は恩恵を受けてすらいる」

「恩恵……私の影響で体が丈夫になった、とは思った」


 エレナは幼少期、よく熱を出す子供だった。しかし俺が慈母神エカテアンサに願ったことと、神力の影響下にあり続けたことで改善されたのだ。おかげで今となってはほとんど風邪すらひかない健康体そのもの。何なら俺の方が根は虚弱だ。

 それのことかと思っていたのだが、魔法神は首を横に振った。


「そのような次元ではない。汝の妻が宿す魔眼、あれはこの混線で生まれたものであるぞ」

「え?」


 驚いて目を見開く俺の前で彼は腰から別の杖を抜く。小指の先ほどの目玉が無数に生えた、かなりキモい杖だ。


「見よ」


 彼が目玉の杖をエレナに向ける。ギョロギョロと目玉が俺の膝の上で揺れる少女を凝視し、ついで虚空に視線を動かした。

 ブ、ブブ、ブァ……!

 耳障りな音を立てて目玉から光があふれ、空中に樹形図のような物を形成する。


「汝の妻の魂と肉体に刻まれた魔眼の構造を可視化したものだ。そしてこちらが吾輩の目の構造である」


 なんだかとんでもないことを言いながら魔法神はもう一つ、似たような図面を空間に投射してみせた。

 まるで機械鎧に記録されたデータベースの接続図のような、線と図形と文字の塊。それを見た瞬間、二つの類似性が手に取るようにわかった。閃きに似て非なる何かが降りてきた感覚……いや、湧き上がって来る感覚。


「これ……」

「流石は技術神、権能で把握したか。そう、似ているのだ。吾輩の支配者の魔眼とな」

「権能?支配者の、魔眼?」


 酔った頭に色々な単語が突っ込まれて混乱しそうになる。


「ギレーヴァントの多様な杖やトーニヒカの肉体美のように、其方にも技術神としての権能があるのじゃ。今まで地上に居ったりスキルを封じられておったりで実感はなかったじゃろうが……おそらく今味わっておる妙な感覚はソレじゃよ」


 見かねた様に横から顔を出したミアが説明してくれた。


(トーニヒカはあの乳が権能なのか……いや、それは今いい)


 重要なのは、どうやら俺には類似性を見抜いたりするような、そういう権能が備わっているらしいということだ。おそらくは技術の第一歩、よく見て違いを見出すという点から来るのだろう。


「ん、支配者の魔眼は?」

「それは神々の持つ特別な神眼を人類に下賜したものじゃ。遺伝子に刻まれ、伝えられ、スキル同様に条件を満たした魔眼持ちに発現するのじゃよ」

「つまり、エレナに魔法神の目が?」


 問うとギレーヴァントは首を振った。


「吾輩の目をベースにした支配者の魔眼はいくつかある。が、汝の妻が発現させかけたのは今までに存在しない魔眼。おそらく吾輩の目と汝の、技術神の目を掛け合わせたような物であろう」


 遺伝子に刻んでいる以上、別の支配者の魔眼が交雑して新しいものになることはたまにあるのだと彼は補足する。


「だが技術神はまだ魔眼を下賜していない。つまり汝の妻は汝の持つ神眼、生の神の目から魔眼を生み出しかけたのだ」

「それが共律の魔眼?」

「否、あくまで生み出しかけただけに過ぎない。条件とエネルギーが足りず不成立となり、支配者の魔眼ではない別のモノとして定着した。それが今の彼女の目だ」


 なんにせよ新種の魔眼に違いはないそうだ。

 俺はパリエルが差し出してくれた冷たい水を飲みながら、魔眼の構造図なる物を見上げる。膨大な記述の一角に見覚えのある紫の紋章があった。刀、槌、杖、本と稲穂……(エクセル)の紋章だ。けれどエレナの体に刻まれている加護紋は杖三本に翼二対の変則的なもののハズ。


「ん、でもそれはあそこに刻まれてる?」


 もう少し見回すと、変わり種の紋章は別の場所に刻まれていた。

 ではこの紋章は何なのか、と言う話である。


「そこにあるのは汝の加護か。それも魔眼の成立要因だが、条件であろうな。問題はここ、この汝の紋章だ」


 青年の細い指が、俺が最初に気になった方の紋章を指し示す。


「汝の神力が刻み込まれている証……分かるか?」

「ん……んー、分かる、と思う」


 先に彼が可視化してみせた俺とエレナの魂の繋がり。そこからあの紋章に力が流れ込んでいるのが、薄っすらとだが認識できる。言われて初めて、という具合だが。


「汝の妻の目には汝の神力が宿っている。人間の体には定着せず、すり抜けてしまうはずの神力が。それを許すほどの神力適正があるのだ、汝の妻には」

「ちゅまー」

「ん、よしよし」


 ギレーヴァントの推測では高い魔力適正、魔力親和性、魔力量、知識、属性と経験といった条件とリソースが揃っていたところへ本人の強烈な意志が加わり、まだ定着しきっていなかった魔獣討伐のボーナスエネルギーが足りないリソースを補ったのではないかとのこと。

 トドメに俺の神力の欠片が彼女の中に取り込まれ、なにやら人類史レベルで珍しい魔眼が誕生していたのだとか。


(なんという奇跡的な噛み合わせ……)


 それがなければ俺もエレナも死んでいたと考えると、本当に運命などないのかと疑問に思ってしまうレベルの幸運だ。


「ふむ……珍しい魔眼なのは分かりましたが」

「ん、問題はどういう魔眼か」


 テナスの言葉を継いで俺がその疑問を形にする。しかしギレーヴァントは答えず、腕を組んで唸った。


「魔力の共有と支配ができるって」

「え、それって凄くないですか?」

「破格じゃな」

「む……うむぅ……」


 俺が知っている範囲で言うと女神たちは各々反応してくれるが、肝心の魔法神は「金蘭の探索隊」の面々よりも整った顔で、なんだかむにょむにょと口を動かすばかりだ。まるで喉まで出かかっている言葉をなんとか飲み込んでいるような、なんとも形容しがたい顔である。


「なんじゃその思い切りが足らん百面相みたいな顔は、ギレーヴァントよ」


 くぴくぴとワインを飲みながらミアが指摘すれば、魔法神は眉間に深い皺を刻みつつ表情を固定させた。


「……図面を見ている吾輩にはこの魔眼の能力が全て分かる」

「ん」

「だが、それを教えては汝の妻が魔導を探求する楽しみが失われよう」

「……ん?」

「知識をひけらかして人の楽しみを奪うような事は慎むべきだと、吾輩は思う」

「……」


 まさしく魔法の神、賢者然とした姿の青年は、急にすごく俗っぽいことを言い始めた。


(つまりネタバレをしないように、という配慮か?)


 落ち着きなくまた口をもにょもにょさせ始めるギレーヴァント。よく見たら微かに貧乏ゆすりをしている。


(あ、言いたいんだ……)


 全て語ってしまいたい欲求が透けて見えた。


「分かってた方が、早くその先に行ける」

「むっ……いや、しかし」


 試しにそれっぽい理屈をあげると彼は目に見えて動揺した。


「い、否だ。やはり自分で知るからこそ、身になるというもの」

「教えられたことを反復確認する方が早く身につく」

「……そういうものだろうか?」

「そう。私は技術神、詳しい」

「……一理ある」


 これはもう少し押せば喋るか、と思ったが彼はすぐにハッとして首を大きく振った。


「否、いずれにせよ楽しみが損なわれることに違いはない」

「ダメか」


 意志は固まったようで、ギレーヴァントの言葉には迷いがない。

 それに実際、解明途中で全部神から聞いてしまったらエレナは拗ねるだろう。それはよろしくない。


「ラネメール様も悪質ですが、わりとエクセル様も大概ですよね」

「こやつ、半分くらい面白がってしておるからな……」


 テナスとミアが揃って呆れ顔だが、まったく失礼な話だ。

 俺はエレナのいち早い成長のためを思っているだけだというのに。


「……ここに居てはつい言いそうだ、吾輩はあちらで飲み直すとしよう」


 椅子を蹴立て、目玉の杖を振って図面を消し、足早に魔法神は去っていった。


「慌ただしかったなぁ」

「そうですね。それにギレーヴァント様の新しい一面を見た気がします」

「じゃな」


 二人にしても魔法神のあの態度は初見だったようだ。


「主、お飲み物はどうされますか?」


 話に一段落がついたのを見て執事姿のパリエルが声をかけてくれる。言われてみれば変態に投げるために高級ワインを一気飲みしてしまったのだ。続くミードもイッキだった。かなり体に悪い飲み方をした自覚はある。


(まあ、いいか)


 肝臓の怪我がなければ割と酒には強い体のようだし、どうせ地上に戻ればアルコールなど残らないのは検証済み。それにミアの皿には俺の分のブラウニーが残っているのだ。


「盃に半分、重めの赤をお願い」

「かしこまりました」


 頬にペンの入れ墨を持つ筆頭天使は頷いて下がる。

 それを見送りながら、うつらうつらと船をこぎ始めたエレナの頭を肩に乗せ、姿勢を整えた。


「はぁ……十五歳になっても全然かわいいですね……」


 若干危ない発言を始めるテナス。うっとりとエレナを見ている彼女は別にロリコンではない。ただ可愛い物が大好きなだけで。


「前は私の戦乙女、キュリエルを欲しがったし、別に年齢は関係ないでしょ?」

「まあそうなんですが、子供は大半が大人になるにつれ可愛くなくなりますからね」


 あくまで愛玩動物的な意味なのは分かっているが、ガチガチの小児性愛者みたいなことを言い出してちょっと怖い。


(神、クセ強すぎだろ)


 決闘バカの長兄、討論バカの次兄に比べて戦神三兄妹の中では一番マトモと言われるテナスだが、度を越した可愛い物好きという立派な……立派な?クセがある。

 今日は欠席のようだが地母神エカテアンサも不思議道具の収集に宮殿をいくつも建てるというなかなかの個性の持ち主だし、セクハラ神トーニヒカ、異様なウッカリ娘であるミア、さらに全知神と魔術神もご覧の有様。


(今のところ一番フツーなのは……あそこの連中かな)


 パリエルが渡してくれた赤ワインを飲みながら視線を向けた先では、幾柱かの神が見たことのないカードに興じていた。知った顔は三つ。

 舞台役者のような品と華のある初老の紳士、火神の最高位である火焔神ハルーバ。

 黒い人骨の翼をもつ大人しそうな二十歳ごろの女性、冥界神の長女である昇天神アルキアルト。

 それから同じく黒い人骨の腕を背から無数に生やす十歳ちょっとの少年、アルキアルトの弟である輪廻神ヴォーレン。


(あの三人はなんていうか、常識人枠な気がする)


 アルキアルトがふと顔を上げた。人間でいえば白目に当たる部分がサファイアのような群青に染まった双眸が、前髪の隙間から俺を捉える。そしてカードを持っていない方の手を小さく振ってよこした。


(うん、常識的だ)


 俺も手を振り返しておく。

 アルキアルトが対戦に意識を戻したのを見届け、俺はブラウニーをワインで流し込んだ。


「そういえば」

「なんじゃ?」


 指についたチョコを舐めながらミアに言う。


「リオネッタだっけ、ミアの使徒」

「アーリオーネじゃよ。リオしか合っておらんではないか」


 そうだったか。どうにも人の名前を覚えるのが苦手なのは、前世から変わらない悪癖だ。


「で、わしの使徒がなんじゃ?」

「今頃王都でパレードしてるけど、見なくていいの?」

「あー、それか。よいよい。というかわしは最高神じゃぞ?ダントツで使徒を多く任じてきたのじゃぞ?もうパレードなんぞ見飽きたわ」


 ミアを祭る創世教の総本山を抱えるガイラテイン聖王国、そこからの使節団にはミアの使徒アーリオーネ嬢が同道していた。今日はその使節団が王都ユーレンでパレードを行う日なのだ。


(出くわさないように新市街の戦神教会に籠ってこっちの宴に参加してるわけだが)


 俺たちが今いるこの宴、いつもは数時間が数秒となるよう時間の流れを弄ってもらっているのだが、今回は倍率低めで開催してもらっている。地上界にある体も倒れないよう、深くて肘置きのある椅子を用意しておいた。戦神教会の神官には多目のお布施とともに、パレードが終わるまでエレナと今後の冒険について祈りを捧げたいと言い含め、遭遇しないための手は万全に打った。


「意外。ミアならどの使徒のパレードもちゃんと見るのかと」

「どういうイメージなんじゃ……アーリオーネはしっかりものじゃし、若くとも経験豊富じゃ。華もある。心配はしておらぬがゆえに一々見ぬ。それだけじゃよ」


 ミア言葉の端々からは厚い信頼を置いているのが分かる。

 とはいえ、俺はそれでもパレードに気持ちが引っ張られるのを自覚した。


「なんじゃ、気になるのか?」

「ならないと言えば嘘になる……よいしょ」


 ずり落ちそうになるエレナを抱え直す。


「自分以外で使徒を見たことがない」

「エクセルだった時代でもですか?」

「ん。勇者は見たけど」

「その方がよっぽどレアじゃろう……しかし、勇者か」


 苦笑していたミアの表情に、より濃い苦みが浮かぶ。前にもたしか勇者の話題になったときにこんな顔をしていた。


「ミア?」


 エレナを抱いたまま友人の顔を覗く。すると彼女は一つ息を吐いてから、その真鍮色の瞳で俺を真っ直ぐに見つめ返してきた。


「まあ、折角じゃな。ちょいと河岸を変えて話をするのじゃ」

「?」


 そう言って席を立つミア。何かを察したようにテナスが横からエレナを抱き上げた。


「エクセル様、戻られるまで私がお世話をしておきます」

「ありがとう……?」


 よく分からないまま二人を見るが、ミアは硬い表情を変えぬままこう言った。


「其方が遭遇した異経典主義者(セクト)……「昏き太陽」について語るとするのじゃ」


~予告~

太陽神ミアの語る、神話に埋もれた裏切り。

アクセラは忌まわしき夏の惨劇の「始まり」に触れる。

次回、暗き太陽の真実

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