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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
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十二章 第21話 黄金剣ブレイク

「では両者、距離を取って……はじめ!」


 号令とともに一気に動く、などという事はなかった。

 俺もオーウェンも、共に一歩も動かず。ゆっくりとした動作で奴が抜剣したくらいだ。


「ん……懐かしい剣」


 改めて十八黄金魔剣が一つ、アブゾガルドを見る。

 形状はシンプルな十字剣。ただしショートソードより遥かに長く、乗馬時に使うロングソードの域に達している。ガードには三つの宝石と優美な細工が施され、キラキラとした輝きを放っていた。


(食われてるけど)


 よく見れば装飾が、いやガード自体が、握り固めた雪のように微細な穴だらけになっていることが分かる。あれこそアブゾガルド第一の魔法回路にして最大の特徴、不壊(ふえ)の代償だ。


「構えない、のかい?」

「これが私の構え」


 アブゾガルドを水平に構えて問うオーウェン。

 対する俺は足を肩幅に開き、左手で鞘を握り、右手はだらりと下げて立っている。


「……そうか」


 言葉で納得しつつ、黄金剣は躊躇いがちに構えを維持した。

 迷いがあるのだ。俺のような、見た限り小柄な少女に斬りかかることに。


「ポーション、色々持ってる。回復魔法も、ある程度アテがある。遠慮は必要ない」

「……分かっているよ」


 口ではそういうが、分かっていない顔だ。

 血気盛んで好戦的な相手はいいが、こういう理性的でまとも(・・・)な人間の相手をすると初手に困る。数ある今生の体のデメリットの一つだと言える。


「煮え切らない男は好かれない……よッ!」


 言い終えるが早いか、一気に重心を前に倒した。静からの動。直立不動からの急加速。眼前に迫る金の剣士目がけて雨狩綱平の海色から魔鉄色へ変わるグラデーションが閃く。


 紫電一刀流・抜刀「昇り燕」


 飴色の瞳は、それでも俺を見失っていない。飛燕の如く迫る切っ先から身を引いて逃れる。


「っ!」


 爪で掻いたような細い傷が奴のブレストプレートに刻まれる。

 振り切り上段となった刀をすぐさま担ぐように構え、さらにもう一歩踏み込む。


「!!」


 オーウェンは歯を食いしばってアブゾガルドを大上段に。青い輝きが魔剣を包み、スキルアシストで斜めに射出される。『長剣術』エッジフォール、それは高いステータスに支えられた素早い斬撃。狙いは俺の肩。


「甘い!」


 右足を引きこれを回避。ロングソードは俺の鼻先を掠めて過ぎる。

 担いだ刀を狭い半径で振る。下ろし切ったオーウェンの腕へ。


「まだだ!」


 吼えるオーウェン。今度は赤い光を宿し、大きく二歩分の距離をブレるように下がる。

 当然俺の一刀は空振り。スキル後の硬直を織り込んでの攻撃だったが、彼は想定の半分以下の時間でそれを抜けたらしい。


(硬直短縮のスキル?珍しい……!)


 移動系スキルで下がった黄金剣はすぐさま次のスキルを繰り出してくる。前のめりに発動されたのは横薙ぎの一撃。ロングソードの長さは伊達ではない。さらにスキルによる光の刃が生じ、一方的な射程に俺を捉えてくる。


「ふっ」


『長剣術』の代表的な攻撃、ロングスラッシュを飛び込むように屈んで回避。ギリギリのところで青い光に毛先を斬られつつ、構わず俺は低姿勢のまま勢いを利用して舞う。


 紫電一刀流・弧月の変化「刃月」


 水平な刃の満月。青く煌めく鋼の風をオーウェンは飛び上がって避け、着地と同時に三連突きで応じてきた。

 一発一発が腕や足など末端を狙っているので躱すのは造作もない。

『獣歩』を発動。三次元軌道を可能とする強烈な瞬発力で今度は俺が背後へ跳び退る。


「オーの悪いクセが出てる」

「だなあ……オーウェン!下手に手なんか抜くな!そのお嬢ちゃんマジだぞ!」


 外野の声に黄金剣の視線が少しだけ動いた。

 その隙に俺は『獣歩』で懐へ跳び入り、正眼上段から大振りな斬り降ろしを放つ。基本中の基本、雫より威力に秀でた至近距離の斬撃。深踏み。


「く!」


 半拍以下の遅れを無理やり埋めるように青年はスキルを発動させる。右腕の鎧と一体化した盾が金の光に包まれ、ありえない速度で彼我の間に割り込んで来たのだ。

 ザッと滑らかさに欠ける音。六角形の盾を雨狩綱平の刃で半ばまで断ち切る。しかしそれ以上は黄金のスキル光が弾けた衝撃で進まない。


「あはっ、面白いスキル!」


 すぐさま刀を引いて下がる。今度はオーウェンも苦い顔で追いすがってきた。


『長剣術』エッジスクープ


 下段から掬い上げるような青い光は、長大なリーチで雨狩のレンジ外から俺を襲う。


(それでも足かっ)


 強引に『獣歩』の制動力で後ろ向きの力を殺し、更に前へと踏み込み直す。斬撃を回避しながらも距離を詰めるコースで。


「なっ!!」


 優男の顔に初めて深刻な動揺が走った。いくら硬直時間が短かろうと、コツを知らなければ発動中のスキルは中止できない。その技術は、当然彼にない。

 逞しい腕が俺を逃して過ぎ去り、黄金の切っ先は空を切る。がら空きになった胴から端正な顔を睨み上げ、俺は笑みを深めた。


(次の一撃で、首を刎ねるッ!!)


 本物の殺意を刃に乗せ、ガードの薄くなった剣士の喉元へ放つ。


「なっ、待ッ……!!」


 彼の目の奥で光が瞬いた。同時に青年の体がこれまでで一番強い光を纏い、一気に加速。

 黄金の光を纏う黄金の剣。気が付くとその刃が顔に目掛けて、すぐそこに迫っていた。


「ッ!?」


 咄嗟に攻撃を流鉄に変えて刃を合わせる。接触の瞬間、凶悪な荷重。そしてギリッと音を立て、刀の表面を流体金属製の刃が滑る。


「……らぁッ!!」


 流し切る。あまりの剣速に遅れて風が巻き起こる。刀身を裏から支える左手に痛みと痺れを残し、流星のような切り払いは過ぎ去った。


「ははっ!」


 喉から笑いが飛び出す。

 何かが切り替わった。そう表現するほかない。刺々しい闘志。豹変した太刀筋。荒々しく、凶暴で、殺意に溢れている。目の前にするだけで背筋がゾクゾクとクる。しかし驚きに心躍らせている場合ではない。


「コォ……」


 視界の端、オーウェンの左手が振り切られた剣の長い長い柄を握った。金のスキル光はまだ収まっていない。


「ォラァアアア!!!」


 雄叫びと共に引き戻されるロングソード。

 両手持ちに変わり、より重さを増した斬撃が真横に迫る。


「っと!」


 屈んで回避。刀を水平に保ち、低姿勢のまま円を描くように舞う。繰り出すは刃月。


「フンッ!」


 広範囲を斬り捨てるその技をオーウェンは跳んで避けた。目で追う。赤い光と尋常ではない到達高度。最初に披露したバックステップと同じ、アクロバット系のスキルだ。

 ダァン!!凄まじい音をさせながら金の戦士は着地。獰猛な表情で唸る。


「危ねェなァ、クソが!!」

「……わーお」


 吐き捨てられた強烈な口調に思わず声が出る。だがその変貌に一々感想を垂れている余裕はない。


「死んどけやァ!!」


 黄金剣は刃筋を斜めに躱すこともせず、そのまま金色に輝いて大きく踏み込んでくる。突進系の技であることは明白。しかしその速度たるや、砲撃魔法かと思うほどだ。

 ギリギリのところで横に転がることで回避。入れ替わり、スキルに導かれるまま虚空へ突き入れるオーウェン。破裂する空気。転身し、その背に刀を向ける。


「火よ」


 呟く。『獣歩』で強烈なスタートダッシュを決める俺の手の中、雨狩綱平の海色の刀身が真っ赤な炎に包まれた。


 仰紫流刀技術・火巫装の変化「烈火刃」


「魔法剣だァ!?」


 スキルの硬直から抜けたオーウェンが振り向く。その顔には驚愕。剣を掲げようと動くが、俺はすでに踏み込みを終えている。


(さあ、試させてもらう!)


 地を這うような低い姿勢で肉迫。轟々と燃え盛る刀を引っ提げ、最下段から巻き上げるように刀を振るう。


 仰紫流刀技術・焔旋風(ほむらつむじ)


 逆巻く火焔を纏った斬り上げ。


「ハッ、畜生、間に合わねェかァ!?」


 黄金の光を絶やさぬ青年は虚空に剣を叩きつけるがごとく、柄から手を離した。


「!?」


 どこへともなく放られたかに見えた魔剣は、しかし彼の目の前にビタリと停止。そしてギュルンと回転を始める。まるで槍使いが巧みに長物を回して攻撃を弾くように。


(危なッ!?)


 巻き込まれれば流石に雨狩綱平が折れかねない。俺はギリギリのところで手首の力を抜き、剣の自重を利用して軌道を変える。


「ハハッ、啜れやァ!」


 オーウェンが嗤い、何事か叫ぶ声。回転する剣にスキル光とは違う、不気味な輝きが生まれる。

 大きな盾のように振る舞い青年を守る魔剣。その守りを掠めた瞬間、烈火刃が朝靄のように解けて消えた。


「ん!」


 もちろん俺は烈火刃を解除していない。数歩退いて距離を開けつつアブゾガルドを睨む。

 主の手を離れて回転していた剣は、スキル効果が尽きたようでオーウェンの前に静止。彼はその柄を握って構え直すが、すぐさま踏み込んでくることはなかった。


(スピンウェポンなんて、イロモノ使ってくるなあ……!)


 回槍盾、回刃盾やスピンソード。いわゆるスピンウェポン系は武器スキルに内包されている変わり種の防御技だ。使う奴はほとんどいない。下手をすればメインウェポンが破壊されかねないからだ。


(アブゾガルドの硬さへの信頼か……いや、そんなことよりも)


「ようやく見せた。魔法吸収、それが君の使える魔法回路」


 烈火刃が崩壊したのはアブゾガルドの能力だ。魔法吸収は相手の魔法から構成魔力を吸収することで、魔法を燃料切れにする悪質な機能。ただし使用にかかる魔力の方が回収できる魔力より多いので、低コストな対魔法防御くらいにしかならない。


「まァ、知ってるなら分かるわなァ」


 獣のような笑みを片頬に浮かべるオーウェン。


「いやァ、そうか、誘発したってか?クソッ、釣られちまったぜェ……ハハハ!」


 吐き捨てる悪態とは裏腹に、実に楽しそうな笑みだ。そこには葛藤も躊躇いも怯えも伺えない。純粋な戦闘のための尖った感情と、業火のような気迫だけが漲っている。


(二重人格か、それともこっちが本性……いや、あの優男が演技だとは思えない)


 少し考えて、すぐに思考を放棄する。

 関係ない。今この瞬間に、関係ない。だから俺も獰猛な笑みを返す。


「残る回路が何かも、分かる」

「へェ、そうかよ。そりゃァ楽しみだぜ」


 判明しているオーウェンの使える回路は不壊と魔法吸収。残る回路は四つ。しかしそのうち三つは、もう一つを前提とした機能だ。つまり彼が使える最後の回路はそのもう一つ(・・・・)


「私も楽しみ」

「じゃァ、折角なら知らねェだろうモンを見せてやらねェとなァ」


 整った顔に残忍で悪質な笑みが広がる。


「見とけェ?ふゥ……『鬼化』ッ、第二段階解放ォ……!」

「!?」


 聞き覚えのあるスキル名。それはクラスの連中が戦ったあの暴走教師、ベルベンスと同じものだ。

 爆発的な量の金の光がオーウェンの体から吹き出す。それは彼の鎧や魔剣に流れ込み、肉体へ再吸収され、そして額に収束し、一本の角の形を取る。黄金のスキル光で作られた、透き通る非実態の角。


「ハァ……あァ、久しぶりに使うと気持ちイイなァ?」


 オーガのようなそれを生やしてオーウェンは身震いをした。

 両手で握り込んだ柄から音がする。ギシ、ギシ、ギシッ……持ち主の握力に悲鳴を上げるように。いや、その通りなのだろう。筋力が飛躍的に上がっているのだ。


「オーウェン、それが君の切り札?」

「切り札ァ?いいやァ、まだ(・・)違うぜェ……あと、俺はオーウェンじゃねェ」

「?」


 金の剣。金の鎧。金の髪と金の角。そして金のスキル光。眩い姿に相応しい王者のような覇気。紳士的で慎重な剣士の面影は、確かにない。だが、だからと言って別人とは一体どういうことなのか。その答えを視線で促す。

 すると彼は指で前髪を掻き上げて再びぎらつく笑みを浮かべた。


「ブレイクだ、ブレイク=グランダーバルト……よろしくなァ、クソ女ァ」


 貴族女性が熱を上げる美貌。しかしブレイクと名乗った彼の表情は、オーウェンとは似ても似つかない。ニタリ。そんな表現が似合う、陰惨で攻撃的な笑みだ。

 構えや立ち姿もまるきり違う。もっと先鋭的なスタイルで、抜き身の殺意と無邪気な邪悪さを感じさせる。どっしりと腹の奥に伝わってくる威圧感がある。砂漠の日差しのようにジリジリと肌に突き刺さる、毒々しい敵意。


「……まあ、なんでもいいや」


 二重人格なのか、別の何かなのか。気にならないと言えば嘘になる。しかし今、目の前にある楽しい戦いに比べれば塵も同然だ。それより角の方がよほど気になる。


「そのスキル、『鬼化』だっけ?一人だけ見たことがある」

「へェ?俺は俺達以外で見たことねェな」

「発動すると能力が跳ね上がる、でしょ。ちょっと興味があった」


 ちろりと唇を舐める。

 ベルベンスは戦いたいと思えるほどの強さになかったが、『鬼化』した状態では少し興味が湧いたものだ。それが素で強いオーウェンの『鬼化』。どこまで高まっているのか、俺の技が通じるのか、実に楽しみだ。


「楽しそうだなァ、オイ」

「ん、楽しい。君は?戦いを楽しめる?」

「おうよォ、オレはオーウェンの甘チャンとは違うのさ」


 ほんのわずかな、ささくれ程度の違和感。どこか嘘臭さのある言葉だ。

 だがお構いなしに、彼は剣を大上段へ担ぎ上げた。


「いくぜクソ女ァ!!」


 黄金の輝きを背から噴射し、オーウェン改めブレイクが突撃してくる。大上段からの殺意に輝く振り下ろし。ただひたすらに重く、速く、鋭いだけのスキル。だが、だからこそ凶悪だ。


「ッ」


 身を引いて回避。煌めく斬撃が毛先を切り裂くように駆け抜け、沈み切ったところから跳ね上がり、軌道を変えて追いすがる。さらに半歩引いてそれを躱すが、まるでそこまで織り込み済みのようにスキルは真横へ展開。


「ッ!?」


 軌道を自由に変えられるタイプの三連撃スキル。あまりにレアな攻撃だが、なんとか身を捻って直撃は裂けた。ただ額の薄皮一枚を切られて血が目にかかる。


「ヒラヒラしてんじゃねェよォ!!」

「くっ」


 ざん、ざん、ざん。大剣のような音と膨大な気配を頼りに、目を閉じたままスキルを避け、躱し、流し、いなし続ける。


「オラ、オラ、オラ、オラァ!!ハハッ、ダンスのお稽古かァ!?」

「ふ……はっ!!」


 一際大きな切り上げを感じ取り、独楽のような体捌きで太刀筋から逃れる。

 勢いを乗せて左の裏拳を叩き込み、同じ動作の中、目元を右手で拭う。あらかじめ雨狩綱平から溢れさせた水を纏った右手で、だ。


「呑めェ、アブゾガルド!!」


 取り戻した視界の中、拳は狙い通り革鎧の脇腹へと吸い込まれる。

 だが打ち据える寸前、不気味に輝く魔剣が軌道に割り込んできた。

 回転の力を乗せた拳打が流体金属に覆われたロングソードの腹を打ち据え……。


「!!」


 ぐにょん。衝撃が全て奥へと抜けていくような気持ちの悪い手応え。蒟蒻かゼリーを殴ったような感覚だ。彼は魔剣の切っ先を下に向け、それを盾のように扱って俺の拳を受け止めていた。

 アブゾガルドの三つ目の魔法回路、衝撃吸収。その効果だと知っていても、理解していても、久々に味わう無二の感覚に反応が遅れる。


「鈍いんじゃ、ねェのォ!?」


 間隙を潰すような怒声を頭上から降らせるブレイク。

 盾代わりの魔剣が跳ね上がり、こちらに食らいつく。火薬で爆発させているのかと思う程の勢いだ。


「ちッ」


 頬を掠める黄金。少量の血が刃に連れられて虚空に線を描く。


「ぐぁ!?」


 悲鳴を上げたのは、しかしブレイクだ。

 身を逸らすと同時、俺が無造作に振り上げた雨狩の切っ先。それが顎に浅い傷をつけていた。


「あっはッ!」


 思わず笑ってしまうくらいヒリヒリするような戦い。体の奥が、骨が、熱く燃え上がるような感覚。


(これだ。これだっ。これだっ!!)


『獣歩』で大きく背後に跳び、床から近くの壁へ。そのまま垂直面で踏み込み、体を宙へ躍らせ、捻り、魔力を纏わせた雨狩を振り下ろす。


 仰紫流刀技術・金床打ち


「んだァ!?」


 ブレイクは虚を突かれたように声を上げつつ、大味な軌道で俺を迎え撃つ。空中で回避軌道など取れまいと、筋力任せの無造作な一撃だ。

 しかし彼の目論見は外れる。お互いの剣が空中で激突したとき、膝を屈したのはブレイクだったのだ。


「なァ!?」


 彼を襲ったのは、まるで巨大な鉄の塊で殴りつけたような鈍く重い衝撃。魔力で刀を覆い殴りつける金床打ちは無属性魔法でインパクトを生じさせる技だ。


「ぐ、手がッ!?」


 あまりの重さに痺れたのか、一瞬の隙ができた。

 その顔に思い切り左膝を叩き込んでやる。寸でのところで柄を離した右腕が割り込んだ。六角形のシールドに弾かれるがその反発を利用して蹴り足を引き戻し、上体を捻じって構えのまま右肘で殴りつける。


「ガッ!」


 回避を試みたブレイク。鼻を狙ったが頬に入った。

 口の中が切れ、血が形のいい唇から飛び散る。


「退きやがれェ!!」


 ブレイクが虫を払うように大きく剣を振り上げた。ゼロ距離での斬撃をさらに舞って避け、剣を握る手に雨狩綱平を添わせる。


「チィ!!!」


 魔鉄色の刃が手首を断つ寸前、彼はスキルによる回転切りを発動。

 黄金の斬撃から俺は跳び下がって八双に構えを変更。


「……!」

「……ッ」


 両者、全く同時に剣を向けあって膠着。

 ブレイクの目は俺に踏み込ませないだけの気迫を宿していた。一方、手首の傷も浅くない。骨や筋を斬れた感触はなかったが、赤い液が金茶色のレザーの間から床へボタボタと落ちている。


「ちッ、油断のならねェ女だ……しかも剣に罅が入りやがったかァ?」


 俺を睨みながら、ブレイクは手の中の魔剣の感触に舌を打つ。


「あはっ、ごめんね。なんならもう止めとく?」

「はン、心にもねェこと言いやがるなァ……」


 彼は無事な手で剣を持ち、血の垂れる方で鎧のポーチからガラス容器を取り出す。オレンジ色の最上級ポーション。その蓋を指ではじき飛ばし、惜しげもなく傾けて腕へ流した。


「痛ェ……」


 ぼやきながら空になった瓶を投げ捨てる。さすが最上級、血はすぐに止まった。


「待っててくれンのかァ?お優しィんだな、オイ」

「続けるなら万全で来てほしいから」

「ハッ」


 男は魔剣を再び両手で握り、おもむろに大上段に構える。


「もちろん続けるに決まってンだろォ!?」


 彼の頭上でペキペキと音がして、鍔の宝石が一つ脱落した。輝く石は金の鎧の表面に弾かれてどこかへと飛んでいく。不壊に食われて固定ができなくなったのだ。そしてそれは、剣が今まさに修復されているということでもある。


(武器も体も修復完了、さてどうくる?)


 ブレイクの不敵な笑みがギッと濃くなる。

 殺意が、殺気が、膨れ上がった。


「ヘッ、むしろこっからが本番てやつよォ!死ぬんじゃねェぞォ!?」

「!」


 彼を始終包んでいた黄金のスキル光。その性質がガラっと変わる。渦巻くように粒子化して彼を取り囲みだしたのだ。

 やがてソレは鎧の表面に固着し、増設装甲のような半物質めいたモノへと変わる。半透明の一本角にも吸収され、角は色が濃くなり、先端からべっ甲色に染まり始めた。


(ベルベンスの変化と同じ……それに、ああ、やっぱり!俺のとも同じ色だ!!)


『鬼化』というスキルに絡むあのべっ甲色の光。それは俺が聖刻をする際に生じる雷のような現象と同じものだ。少なくとも色味は完璧に一致する。

 その意味するところに思考が向いた時だった。それまで基本的には壁にもたれかかり、黙って見守っていた「金襴の探索隊」が何かに気付いたように身を起こした。


「『鬼化』ァ……」

「おいブレイクッ、そこまでだ!!」


 アーネストが叫ぶが、当の黄金剣は意に介さず俺目がけて突撃を敢行。同時に黄金とべっ甲の閃光がその体を突き破るように迸った。


「第三段階ィ、解ッ放!!」

「ッ!!?」


 単純な動作だった。大上段からスタートダッシュに合わせて中段に落とし、左に魔剣を倒して横薙ぎの構えへ変更。彼が選んだのは愚直なまでにシンプルな横一文字のスラッシュ系。

 派手な見た目、アクの強い性格、希少な魔剣。そんなものに左右されない、実力派Aランクに相応しい堅実な戦闘構築。ただそれだけ。


 問題は、あまりに速すぎたこと。


(見える!見えるが、躱せないッ!!)


 俺がそう認識したときには既に回避など不可能な位置までアブゾガルドは迫っていた。鋭利な流体金属の刃が、この細い胴体を真っ二つにせんと、腹の真横へ。


「オラァアアア!!!」

「がぁっ!?」


 トワリの蹴りに匹敵するような衝撃。俺は練習場の壁まで一気に吹き飛ばされた。


「ぐごはっ……!」


 受け身すらとれず、背中から壁に叩きつけられる。練習場は頑丈な衝撃吸収素材に覆われているが、それが耐えきれずに砕けた。それが分かる。まるで背中でビスケットでも割れたような、あっけない感触。しかし戻ってくる反動は勢いと壁の堅さがかけ合わさった強烈なもの。


「が、ふっ……ひゅっ、はっ、ひゅっ……」


 崩落に従って俺の体も地に落ちた。

 肺が潰されることで強引に吐き出させられた息。なかなか戻らない。陸で溺れそうになる。ついでに目の中の血管も破れたのか、視界に上からどろりと赤いフィルターがかかった。


「ひゅっ……がはっ」


 遅れてやってくる背中の激痛。それをむしろ支えに意識をなんとか保ち、俺は体を無理やり起こした。


(痛い痛い痛いっ!いったいッ!クソ、相殺してあの威力かよ……!?)


 ブレイクの一撃は俺の体に触れてもいなかった。咄嗟に真横へ金床打ちの変化「太鼓打ち」を放ったからだ。

 魔力と魔力がぶつかり、魔法化した無属性の力とスキルの力が潰し合い……そして俺の方が負けた。残った衝撃だけで壁に叩きつけられたのである。


「フー、フー、フー……ッ」


 荒い息を吐きながら、痛みが治まるのを待つ。背中の傷は刻一刻と再生している。治癒の魔術回路のおかげだ。今、後ろから見たら青い模様が背中全面に輝いていることだろう。


(見えた、見えたさ……けど、俺の肉体スペックを軽く超えた速度だった……!)


 悔しい。ギリギリ軽減はできたが、どうやってもそれ以上の対応ができる気がしない。聖刻抜きなら今の反応がベスト。この痛みが最善。

 もしノーガードで受けていたら確実に上半身と下半身が泣き別れていたのだから、マシではあるかもしれない。だがマシがベストという屈辱。


「まじかァ……ハハッ、お前ェ今ので軽傷とかどうなってんだァ?」


 一気に劣勢へと追い込まれた俺だが、彼も彼で驚きに目を見開いていた。口元は半笑いで、若干引いたような気配がある。

 どうやら今の一撃、殺しまではせずとも重傷にはするつもりだったらしい。本当にオーウェンとは似ても似つかない奴だ。


「まァいいさァ……でどうするよォ?」


 ぶぉん、ぶぉんと風を切って魔剣を弄ぶブレイク。とりあえずベルベンスのようにスキルで暴走はしないようだ。


(聖刻なら、アレを使って身体能力をバカ上げしたなら、あのスピードにもついていける)


 すぐさま思い浮かんだのはそんな思考だった。


「……あはは」


 口元に笑みが浮かぶ。

 ブレイクは間違いなく、俺がアクセラとして戦った人間の中では最強だ。聖刻抜きでは逆立ちしても『鬼化』第三段階の彼には勝てない。

 だが全て出し切った総力戦同士なら?


(まだコイツの底が見えない。俺も、俺自身の底がまだ分かってない。なら、もっと高次元の戦闘が、エクセルの晩年からずっと味わえていなかった全力全開の楽しい戦いができる……)


 チームリーダーとして、冒険者としての腕を持つオーウェン。剣士としての力を持つブレイク。面白い二面性だ。どちらも一流、Aランクに相応しい能力。Sランクが見えているというのも頷ける。

 そんな輩を相手にまだ試せていない技を、エクセルの頃にはなかった技術を試せるというのは……考えれば考えるほど、腹の奥で抗い難い熱が生まれる素敵な話だ。


(ただ、骨は大丈夫だけど、背中の筋肉がちょっと変なカンジなんだよな……)


 コンディションはよくない。魔術回路で傷が治っても、衝撃で変になった部分は念入りなストレッチと休息なしではどうにもならない。


(……)


 視界の端にエレナを捉える。杖をぎゅっと握りしめ、彼女は真っ直ぐに俺のことを見ていた。一見すると落ち着いて見守ってくれているような風だが、アレは今すぐにでもこちらへ走ってきたいのを我慢している顔だ。


(……なんだかなぁ)


 体からストンと力が抜ける。


(まあ、十分遊んだか)


 そんな感想が浮かぶ。

 オーウェンとブレイク。この奇妙な男との戦いは面白い。要らないことを考えなくていい、ただ剣を振り回せばいいだけの戦い。気分がよかった。息抜きになった 。

 同時に一つ、俺が見失っていた真実が見えて来た。


(ああ、そっか……剣士という生き物と、剣士という人間……そういうことか)


 剣士という生き物に必要なのは強さだけ。紫伝一刀流はそう説いている。誰かを守るための剣も、復讐のための剣も、我欲のための剣も、等しく強さだけがその価値を示す。それ以外のことを紫伝の剣士は紫伝の剣士に教えない。

 だが一方で剣士という人間にとっては、力をどう使うかが肝要となる。技を悪徳のために使うな、力を持たぬ者を守れ、強さに臆して首を垂れるな。そういうことを師匠として、人生の先達として教える。


(俺は人としてばかり戦っていたのか……)


 フラストレーションの正体は、身動きが取れないような気持ち悪さの根源は、戦いを愉しむ剣士という生き物の……いわば生態に背いて人間らしく戦い続けていたせい。

 そして今、しがらみのない戦いを繰り広げてフラストレーションが吹き飛びさえすれば、なんだかちょっと「もういいかな」と思えてしまった。腹の中の熱も段々と抜けていく。


(やっぱり、今の俺はアクセラであってエクセルじゃないんだな)


 昔は人として剣を取ったときでも、心の奥底では剣士という生き物として戦っていた。理由と手段を切り離して戦っていられた。それがどうだ。今は理由に手段が、戦っているときの気持ちが引きずられている。戦いに飢えた獣の本能では戦っていられなくなった。


(あの強さはもうないが、あそこまでの飢えも、もうない……いいことかどうかは、分からないけどさ)


 そう思ってしまうと、もう剣を構える気にはなれなかった。


「どうするんだよ、あァ?」


 輩のようにせっつくブレイク。

 考えてみれば追撃してこないのは、少し意外だった。ただ、正直助かった部分ではある。

 俺は顔をあげて、彼を見た。


「……私の負け。降参する 」


 雨狩綱平を納刀し、その場に座り込んだ。


「……そうかよ」


 少しだけつまらなさそうにブレイクは言うと、全身を鎧う黄金のスキルを消した。半ばまでべっ甲色になっていた角も、パラパラと砕けるようにしてなくなる。


「じゃ、まァオーウェンに代わるわ」

「……?」


 カクンとブレイクの肩から力が抜ける。そのまま肉体の全てから、なんというか、気配が消えていく。

 立ったまま意識を失ったような姿は、元の顔の良さのせいで精巧な人形のようで、少し不気味な印象を与えた。


「う……」


 呻く剣士。焦点を失った瞳が数度の瞬きを経て、再度こちらにフォーカスする。


「ア、アクセラさん……はっ、怪我、怪我は!?」

「……オーウェン?」

「あ、ああ……そうだ」


 開口一番にこちらの心配をしたのは、やはりオーウェンのようだ。下卑た笑みは鳴りを潜め、優し気な目に怒りと悲しみと罪悪感を宿している。

 どうやら彼にブレイクと俺が楽しく戦っている間の記憶はないようで、俺の顔についた血の跡を見て青褪めた。


「ああ!頬と額に傷が、ぼ、僕はなんてことを……女性の顔に傷をつけるなんてッ」


 グローブに包まれた手がギリッと握り込まれる。


(これはこれで、面倒くさいな……)


「ごめんっ、ごめんね!すぐに近くの教会へ行こう!アーネスト、悪いけどすぐに馬車の手配をっ」

「ストップ、そこまでしなくていい」

「な、なにを言ってるんだ!痕になったら、どう、する……」


 怒鳴る黄金剣だが、俺が指で自分の傷をなぞって見せれば勢いを失っていく。聖属性で直したので、綺麗に傷が無くなってしまったのだ。


「言ったはず。回復魔法のアテはある。それにどれも浅い傷」

「そ、そうだったのか……いや、確かに言ってたね」


 目に見える傷が治ったことで少しだけ落ち着きを取り戻したのか、オーウェンは数歩よろめくように距離を取った。

 俺は手をひらひらさせて無事をアピールしておく。実際、背中の傷も完治した。


「これでおしまい。謝罪は不要。私の方から頼んだ戦い」

「それは、そうかもしれないが」

「楽しかった。ありがとう」


 それでも微妙な顔をする優男に感謝を押し付けて黙らせる。そして彼の腰で鞘をメキメキと食す魔剣へ目を向ける。


「君の勝ちだから、残りの魔法回路を教える」

「そういえば、そういう約束だったね。けれど勝ったと言っていいのか……」


 まだしつこく言いよどむ黄金剣だったが、俺が何か言うより先にその肩を大柄な男がガッと抱き寄せて黙らせた。


「おいおい、オーウェン!勝者があんまりそういうことするんじゃねえのよ」

「アーネストの言う通り。優しさのつもりでも、それ以上は失礼」


 反対側に立ってぬっとリーダーを見上げる弓兵。二人の視線にたじろぐオーウェンは、最後に俺に目を向けた。


「その通り」


 力強く頷いておく。


「……わかった、すまない」


 ようやく折れた。


「しかしお嬢ちゃん、思った以上に強かったんだな」


 それを見届けて剣士の肩を離した斧使いは、軽く体を前に傾けて俺と視線が合いやすくしてくれた。


「Bランクなり立てって聞いてたが、十分Aで通用するんじゃないか?ビックリしたぜ」

「でも負けた。次はもっと食らいつく」

「つ、次!?」


 アーネストに返した言葉だったが、オーウェンが大きく肩を跳ねさせた。どうやら再戦はしたくないらしい。それを見て大柄な偉丈夫はニヤっと笑って見せる。


「オーウェンばっかり構わないで、次はオニーサンに付き合ってくれよ」

「それもアリ」


 振る舞いこそ軽薄なようで、ともすればやや胡散臭い男だが、アーネストも何か隠し玉を持っていそうなタイプだ。それはそれで面白いだろう。

 そんなことを思っていたらファルターがそっと間に割って入ってきた。そして真面目な顔で俺たちの間を広げようと両腕を広げる。


「ロリコン、離れて」

「止めろって、マジで」


 冗談なのか分かりづらいトーンだったこともあり、アーネストは口元を大いに引きつらせて仲間の頭に手を置いた。

 しかしファルターが退かされるより早く、さらに彼と俺の間に滑り込んでくる小柄な少女が一人……というか、少女は俺以外あと一人しかいないのだが。


「エレナ?」


 それまで沈黙を保っていた魔法使いが、アーネストをキッと見上げる。


「わたしたち、成人してますから!」

「え、お、おう?」


 突然の宣言に斧使いの顔が疑問一色に染まった。俺も同じ顔をしていると思う。


「成人してますから!」

「エレナ!?」


 もう一度繰り返されるその言葉。なんとなく意味を察しつつ、割と奇行の類で焦る。

 アーネストの方も意味が分かったらしく、ガッシリとファルターのフードに指を食い込ませた。


「おい、ファルター?マジっぽくなっちまったんだけど?どうしてくれるの?オニーサンビックリの風評被害だよオイ?」

「痛い痛い痛い」


 ギリギリと締め上げる大男。淡々と悲鳴を上げるフード。立った二人で異様な光景だ。


「その二人に付き合っていると門限とやらに間に合わなくなるぞ」

「そうだった」


 審判役もとい開始の合図を出す人だったルドルフが、頭痛を堪えるように眉間をほぐしながら言う。彼はオーウェンに剣を抜かせ、俺に視線で先を促した。


「ん……」


 俺は目でまだワチャワチャやっている二人とエレナを見てから、黄金剣の方へと向き直った。


「じゃあ教える。残る三つは吸った衝撃の使い方」

「使い方……?」

「ほう、打ち消すだけではないのか」


 すっかりガードが穴だらけになったアブゾガルドを見ながら、リオリー魔法店謹製の研究ノートを開くルドルフ。オーウェンは意味が分かっていないのか、首をかしげている。


「まず、衝撃を普通に出す方法……」


 俺はそんな二人に、かつて盟友レジラが使っていた魔剣の真価を説くのだった。


~予告~

少しずつ、確実に変わりつつあるアクセラ。

晴れやかな敗北を肴に、招かれるは天上の宴。

次回、神々に乾杯

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