十二章 第20話 魔剣アブゾガルド
上ギルドの地下にある練習場。いくつかに区切られた中の、魔法使い向けに広く設定された一室。その頑丈な壁に背を預けて座り込み、エレナと他愛もない話に花を咲かせていた俺は、扉を開けて入ってきた一団に目を向ける。
金ぴかのイケメン四人セット。「金蘭の探索隊」はきちんと来てくれたらしい。
「待たせてしまったね、アクセラさん」
リーダーのオーウェンは抜群に整いつつも愛嬌の残る顔立ちに、微笑みではなくやや硬い表情を浮かべていた。すっと通った鼻筋ときりっとした眉のおかげか、そうしていると実に凛々しく見える。
「こちらが無理を言ってる。気にすることじゃない」
俺は立ち上がりつつ首を振る。スカートとジーンズについた埃をパンパンと払い、緩めていた鎧の紐を止め直す。雨狩綱平も剣帯に吊るして、俺の戦闘準備は完了だ。
「ん、早速本題に入ろう。私達も門限がある。剣の素性を教えるから、抜いて」
「え?」
飴色の瞳を見つめて言うと、なぜか彼らは困惑したように互いを見合った。
俺は小首をかしげる。
「……いや、剛毅なお嬢ちゃんだなと思ってな」
数度の視線のやり取りを経て、斧使いのアーネストが代表するように言った。
「オニーサンたちが情報だけもらってバイバイするとは考えねえのかね?」
「ん、そういう。魔法回路の方は、勝負の結果に応じて教える。そこは後払い」
「素性が先だと、あとは勝手に調べられる。しないけど」
弓兵のファルターまでそんなことを聞いてくる。普通に考えれば、それもまた一つの選択肢たり得だろう。そうと理解できるだけに俺は肩をすくめた。
「ん、まあ、してもいい」
「おいおいおい、それはどういう意味なんだ?」
我ながらあっさりした応え。
大柄な冒険者の意志の強そうな眉がぎゅっと寄った。暗赤色の目には先ほどより強い困惑が宿っている。
(常識的というか、良識があるというか)
Sランクや超越者といった、人類の頂点に輝く連中は基本的に常識が通じない。戦闘力の話ではなく、内面的な部分で常人とズレている者がほとんどなのだ。
ある者はコミュニケーションに支障のないズレ方で、またある者は会話が成立しない類のズレ方で……と程度や方向性に違いはあるが、概ねヘンなことに変わりはない。
(そういう意味で、アクが弱いんだよなぁ)
黄金剣オーウェンと彼のパーティは、なんというか、普通だ。
前情報ではどんないけ好かない聖人君子かと思っていたが、実際に相対してみるとそうでないことは明白。むしろ何事にも彼らなりの事情と理由があるのだと透けて見える。表裏なく善良だが、理由や打算のない善良さではない、いうなれば地に足の着いた男たちなのだ。
「それは我々が前払いの情報を受け取り、戦うことなく帰っても文句は言わないということか?」
魔法使いのルドルフがはち切れそうな疑心を孕んだ言葉で問う。
神経質そうで気の短そうな線の細い顔。まさにインテリ魔法使いといった様子だ。先ほどはさっさと会話から抜けられたのだが、おそらく見た通りの性格なのだろう。
(理由がないこと、道理の通らないことを飲み込むのに難のあるタイプか)
だから俺は分かりやすい解答をくれてやることにした。
「いい。あとで腰抜けと吹聴して回るだけ」
淡い微笑みと共に叩きつけた言葉は、彼らの口から二の句を奪った。俺はそこへ追い打ちをかけるが如く、朗々と悪意ある文言を並べ立てる。
「Aランクパーティが勲二等から挑戦されて逃げた。情報を貰うだけ貰って。小娘から逃げる優男。鬱憤の溜まってる貴族の男たちは大喜びすると思う」
これが夏頃の俺たちであったなら、状況は違っていただろう。
嫌われ者のオルクスの娘。Cランクの冒険者。十五歳の少女。それが押すに押されぬ大人気Aランクパーティへ挑んで、無視されて、騒ぎ立てて……なんの害があるというのか。
しかし今は違うのだ。俺は反乱において活躍し、王国から勲二等の栄誉を与えられた新進気鋭のBランク。その挑戦を無視し、しかもエサの情報だけ貰って逃げたとなれば冒険者として酷い恥をさらすこととなる。
「おい、アーネスト!そういうことはしなさそう、とか何とか言っていなかったか!?」
「あ、あー……オニーサン人を見る目には自信あったんだだけどなあ?」
「でも、理は向こうにある」
目を見開いてアーネストの腹鎧をバンバン叩くルドルフ。斧使いは困ったように、ひきつった笑みを浮かべて頭を掻いて見せた。その横でファルターがボソリとつぶやく。
(きっとここに来るまでに色々なやり取りがあったんだろうな)
彼らが判断をリーダーに一任しているわけでないことは、少し見ているだけでも分かる。ここに来るという結論は各々の知識と感覚を持って話し合い、その総意として導かれたものなのだ。
俺はこういうパーティが好きだ。合理的な意思決定と他者の意見の尊重。学のない荒くれ者である冒険者には結構ハードルが高い。だからこそ、これができる冒険者は信頼に値する。
(本当に言いふらすつもりはないが、さて、退路を明確に立たれた黄金剣はどうでる?)
油断ならないとばかりに視線を鋭くさせる魔法使い。居心地悪そうに姿勢を変える斧使い。そしてじっと不動の弓兵。三人がそれぞれの態度で俺を見る。俺も、黄金剣を見る。
「僕は逃げないから、その心配はないよ」
オーウェンは言った。
その目には揺るがない決断の色と、そしてほんのわずかな怯えが見える。
「ん」
態々そんなことを指摘しても無粋なだけだ。俺は見なかったふりをして、彼の腰の剣を指さした。早く抜け、と。
「……」
すらりと涼やかな音を立ててオーウェンはその名に負う黄金の剣を抜いた。
片手で鞘を後ろに押さなくては一息に抜けないほど長いロングソード。鎧よりなお深く、しかし同じように艶のない、不可思議な金の剣だ。
(ああ、懐かしいな……)
古い古い記憶が思い起こされる。
鞘の形も違う。ガードの形も、飾りも、柄も、そして当然ながら持ち主も。けれど独特な色をしたその剣身を見ればあいつを、レジラを思い出してしまう。
「その剣は……その剣は、とても古いもの。それに歴史的に見て貴重」
「……?」
おそらくあまり大層な入手方法ではなかったのだろう、ピンと来ていない顔で彼は首を傾げた。整ったツラに「急にそう言われても」と書いてある。だがそれも俺の続く言葉を聞くまでだ。
「ある意味、ミスラ=マリナのレプリカに迫る」
「え!?」
「なっ」
「……ひゅー」
「……」
四者四様に驚きを表す「金蘭の探索隊」。彼らの視線は俺と剣とを往復する。まるで両方から得体のしれない圧を感じているように。
創世神ロゴミアスの神器、白陽剣ミスラ・マリナのレプリカはこのユーレントハイム王国が歴史的な王権の拠り所の一つとする宝物だ。それに匹敵すると言われれば腰が引けるのも仕方のないことだろう。
「す、少し待ってくれ!」
ルドルフが慌てたように鞄から大振りの手帳を取り出す。付箋がいくつも張られた分厚い手帳だ。外側は頑丈な魔物の革の装丁で、見たことのある椋鳥の焼き印が押されていた。
(待って、それリオリー魔法店で売ってるやつじゃない?)
二度見した。エレナが開発に携わった、魔法使い向けの研究ノートだったのだ。
俺の後ろで事態を静観していた彼女も、それに気づいたようで袖をぐいぐい引っ張ってくる。
「え、アクセラちゃん……アレ!」
「ん、びっくりした。売れ残り商品の筆頭なのに」
「う、うるさいな!」
エレナと器用に小声で騒ぐ。
スキル優位の社会において、研究者はそれ自体が希少な生き物だ。大体のことはスキルで分かるし、スキルで分からないことは分からないことだと諦められがちである。そのため研究用に使いやすく設計された専用の手帳など、需要がまったくなかったのだ。
「やっぱり良さが分かる人には分かるんだよ!」
リニア先輩をはじめとする研究職は珍獣だが、何事にも例外はある。冒険者を含む一部の魔法使いは、専門でないにしろ一種の研究職的な要素を持つ。いや、持つというか、持たされる。希少なインテリとして頭脳労働を押し付けられる宿命なのだ。
「まあ、実際あの手帳は使いやすいし」
「でしょ!?」
依頼で遭遇する魔法絡みの事件、他人が使う見知らぬ魔法、冒険で目にする魔法現象……そういうものを記録し、調べ、考察を付与し、ときにはギルドを介して広める。そのための手帳というだけあって、ページのレイアウトや形状から付属の小道具まで実に使いやすくデザインされている。
俺も魔道具の開発に関してはルドルフとお揃いのモノを使っているくらい、アイデア的には傑作だった。需要がなくて売れてはいないが。あとこれだけ騒いでいる開発者は、記憶力がいいからと自分では使っていない。
「すまない、中断させてしまった。続けて……なんだ?」
「「なんでもない」です」
俺たちの視線を感じ取ったのか、手帳を開いたルドルフが怪訝な顔をする。
なんにせよウチの商品を買ってくれているということで、神経質な隻眼魔法使いの印象がぐっと良くなったのは確実である。
「んんっ、気を取り直して……その剣の銘はアブゾガルド」
完璧に横道へ逸れた話題を戻す。
「鍛剣神カボラ=ナダンタの使徒が今から1800年前に鍛え、諸神に奉納した十八黄金魔剣の一つ」
「は、八百年!?そんな昔から……」
「使徒の打った剣。信じられない」
俺はオーウェンの握る黄金の剣に一歩近づく。わずかに身を引く青年を無視して、ガードにほど近い剣の腹を指さした。
「ここに刻印が見える?」
「あ、ああ。見えるけれど……」
黄金の剣身には模様が刻印されていた。四つのシンボルである。切っ先から順番に二重丸、横線、八角形、三つ連なる三角形。
「どこだ!?」
ずいっとルドルフが顔を寄せてくる。
「これか……シンプルな図形にしかみえないのだが」
「太陽、大地、宝石と山。太陽神と大地の神々に捧げられた剣という意味」
「太陽、大地、宝石、山……?」
魔法使いは復唱しながら首をかしげる。それから食いつくようにじっと目を凝らし、顔を近づける。オーウェンが少し剣を遠ざけるほどだ。
「俺にも見せてくれよ……あー、まあ、山はギリギリ分かるが、ほかはさっぱりだぜ?」
「八角形が宝石も、言われれば分かる。言われないと無理」
集まってきて刻印を見る男たち。その表情はいま一つ納得できていなさそうなものだったが、こればかりは仕方ない。
「十八黄金魔剣の資料はほぼ現存しない。歴史書にもあまり出てこない。あと作者の感性が独特。とにかく刻印の解読が面倒」
「いや、ま、待て!」
はっと思い出したようにルドルフが剣から顔を離して叫んだ。
「私は個人的な趣味で神学を学んでいるが、鍛剣神など聞いたことがない!どんな神なのだ?やはり系譜は名前の通り鍛冶か?使徒を抱えていた以上はそれなりの神なのだろう?」
「ん、鍛冶の神。でもドが付くマイナー神。あとストップ、詰め寄らないで」
「ど、ドが付くマイナー……あ、いや、すまない」
俺の返事に下がるルドルフ。一つ質問するごとにアブゾガルドからこちらにターゲットを変えてにじり寄ってくるので、ちょっとキモかった。
(こいつ、思ったより面白い性格してる)
「ルドルフ、ちょっと落ち着きなよ」
ローブの襟をつかんだオーウェンがぐっと後ろへ引っ張る。力のなさそうな魔法使いはたやすく引きずられて下げられた。
「ごめんね、彼ほんとうに神話が好きで……続きをお願いするよ」
「ん……鍛剣神は格で言うなら小神。名前の通り、剣を鍛造する能力だけに特化した神。それにもう滅んでる。だから今では誰も知らない」
神は俺のように新しく任じられることもあれば、概念などから生じることもある。そして増えることがあるのだから、当然ながら減ることもある。鍛剣神カボラ=ナダンタはそんな消えた神の一柱だ。
「剣の打たれた1800年前、彼は悪神に落ちた。激闘の末、十八黄金魔剣を用いて討たれたらしい」
「おいおいおい、神殺しの剣だっていうのか!?」
今度はルドルフだけでなく、全員がぎょっとして剣を見つめた。オーウェンは柄を強く握りしめたまま、まじまじと魔道具の光を弾くその刃を見据えている。
「ん、細かい歴史の講釈は割愛するけど」
「何!?待ってくれ、むしろそこのところを詳しく……」
「そ、そうだよ!わたしもその面白そうな話、聞いてないんだけど!」
ルドルフと一緒になぜか俺の背後でエレナも叫ぶ。
「今回はオーウェンの剣の話だから」
「いや、それは、その、そうなのだが」
前のめりになっていたルドルフが途端に勢いを失う。彼はちらっと他の三人を見て、肩を狭めて数歩下がった。仲間たちは怒ってなどいなかったが、その分苦笑が刺さったのだろう。
「それにあまり詳しくは分からない」
俺は変に引っ張ったりせず、さっさと手持ちの情報がないことを明かした。
小神とはいえ神が討たれたのだが、奇妙なほどその記録も伝説も残っていないのだ。
「一つ分かってるのは、この戦いで十八魔剣の多くが失われたこと。ん、オーウェン。もう仕舞っていい。腕が疲れるといけない」
「いや、さすがにこのくらいで疲れはしないけれど……」
「それでも、戦いに障ると困る」
これから戦う相手のことである。俺は苦笑する青年に再度、剣を収めて楽にするよう伝えた。
「現存するのは、私が知る限り三振り。君が持つ、吸収の黄金魔剣アブゾガルド。溶断の黄金魔剣ウェルディガルド。腐敗の黄金魔剣ファルメガルド。もしかしたらもういくつかあるかもしれないけど」
ちなみに目の前のアブゾガルド以外、所在は大体分かっている。
ウェルディガルドはあらゆる金属を熱で切り裂く厄介な剣だ。所蔵は我が宿敵ロンドハイム帝国。百年前の所有者が帝国の上級将軍だった。確かめてはいないが、あの国ならきっちり次の将軍に継がせているはずだ。
ファルメガルドは俺の副官天使パリエルの報告でハッキリしている。在処は今も昔も、エクセララの発酵食品研究所の奥の院。もともと師が味噌と醤油欲しさに大枚はたいて落札した魔剣で、新しい発酵食品の開発に百年以上も使われている。
「あー、ちょいとストップ。頭が破裂しそうだぜ……」
「お前はどうしてそんな情報を持っている?」
カリカリと手帳に一連の情報を書き留め、ルドルフは顔を上げて当然の疑問を投げかけてくる。俺は隻眼の魔法使いに腰の刀を見せた。
「私はエクセララに伝がある。大砂漠の都市エクセララ、知ってる?」
「エクセララ……最も新しい神の生まれた場所にして、その神が立てた都市だ。もちろん知っているが、あくまで神話的な側面からだけだな」
「僕は名前だけしか」
ルドルフとオーウェンの返事に俺は自分の心の故郷の遠さを実感した。
「ん、まあいい。百年前の持ち主のために、あの都市は十年がかりで剣を調べた」
当時の一線級だった学者が調査チームを組み、カルナール財団の知識の斜塔やガイラテインの大図書迷宮に潜って調べ続けたのだ。そこまでやって、十年かけて、これだけしか分からなかった。どれだけ記述がないのか、という話である。
(誰かが意図的に消しているとしか思えない……って調査団のヤツは言ってたな)
「百年前の持ち主っていうのが誰かは、教えてもらってもいいのかな?」
「……もちろん」
自分への対価だと言うのに、やたらと柔らかい調子でオーウェンは聞いてくる。
俺は視線を彼の整いすぎた顔から離し、高い天井で輝く照明に向けた。
「超越者、不滅のレジラ=アーガメント」
「不滅のレジラ?たしか木っ端微塵になっても再生したっていうアレか?」
「そう。別名、単細胞のレジラ。あるいは増える馬鹿レジラ」
真っ白な光の中、真っ黒な髪をボサボサに伸ばした三白眼の男を幻視する。
「絶対それ馬鹿にしてるでしょ」
呆れたように呟くエレナ。俺は声を抑えて頷いた。
「ん。信じられないほどの短気だった」
「え、知り合い?」
「まあね」
凶悪な人相で能天気に笑う男だった。エクセララ建立時の仲間であり、それこそ「魔の森」に挑んだ時のパーティメンバーでもあった。結局、俺より随分早くこの世を去ってしまったが……。
などとしみじみと思い出していても仕方がない。俺は目を焼く光から黄金剣の顔に視線を戻した。それから残る三人の顔を順繰りに見る。あの頃の俺たちよりずっと構成の整ったパーティだ。
「レジラの話はいい。何か質問は?」
「それはそれで気になるが……」
ルドルフが自然と全員を代表するように手を上げる。
「我々はこの剣をあちこちに持ち込んだが、その正体は全く分からなかった。それはなぜだろうか」
「十八黄金剣の特徴はその黄金の刀身。材質が特殊。『鑑定』や『目利き』を弾く」
「特殊な素材というのは?」
「流体金属ゴールデンブラッド。名前がダサいのは気にしないで」
「りゅ、流体金属!?おい、オーウェン、ちょっと見せてくれ!」
慌ててリーダーに抜剣させる魔法使い。彼は恐る恐る指を伸ばし、金色の剣の腹を触った。しかし感触は硬かったようで、困惑に満ちた目でこちらを見てくる。ちょっと面白い。
「通常時は硬い。切断するときだけ、刃が薄く変形する。だから切れ味がすごい」
「な、なんだそのデタラメな金属は……」
俺に言われても困る。
「鍛剣神の使徒がレアスキルで作った不思議金属、らしい。制御コアが一番広い部分の中心にある。そこが壊れるともうダメだから、気を付けて」
とはいえ不壊の魔法回路による修復は制御コア付近で最も強く働く。ゴールデンブラッドの強度も信じられないくらいに高い。神との闘いで壊れなかったほどなので、あまり心配することではないだろう。
「なあ、不壊の仕組みはどうなってるんだ?金属ならなんでも材料になるってお嬢ちゃんは言うが、それじゃあグチャグチャの合金にならないか?」
「それはオレも気になる」
「ん、私も最初にそれが気になった」
武器に関する知識がある者なら誰しも気になるところだろう。そしてそこが正に、この魔剣のとんでもない点なのである。
「ゴールデンブラッドは重い。だから実は表面にしか使われてない」
「全体がその流体金属じゃないのか」
「ん。そして不壊の魔法回路は金属を吸収、土台を修復してる」
ルドルフを除く三人が息を飲んだ。その意味が分かったのだ。
「アーネストの言う通りってこと?オーの剣、土台はグチャグチャの合金だって」
「ん」
手当たり次第に食った金属を魔法で捏ねて、定義された形に整えるのが不壊の魔法回路だ。つまり剣の本体はゴールデンブラッドが正しい形状で居続けるための、本当の意味での土台でしかない。
「なるほど。剣の耐久度は不壊の魔法と適当な金属で回復し、性能は流体金属で保っているのか……たしかに言われてみれば合理的かもしれない」
武器を扱わないルドルフはしきりに頷いているが、他三人の顔色はすぐれない。特に接近職であるオーウェンとアーネストは、不気味なものを見る目で黄金の剣を見ている。自分の頼みの得物が適当な金属の塊であると言われればそうもなるか。
(実際、判明している十八黄金魔剣の中ではアブゾガルドが一番珍妙なんだよな)
調査隊が調べたところ、他の十八黄金魔剣にもそれぞれ流体金属の特性を上手く使った耐久度向上の機能があったという。例えば土台の罅にゴールデンブラッドが流入して繋ぐ物や、土台の劣化を魔法回路で防止する物などだ。
その中で一番合理性を突き詰め、最も長期的な耐久度に秀でているのがアブゾガルドだと言われている。同時に一番常識破りというか、心配になる仕組みをしているのもこの剣だ。
「でもさっき言った通り。人類最高峰の戦士が使い続けた剣。そう簡単に壊れない。性能も折り紙付き」
「それは……うん、そうだね。僕自身、この剣には助けられているから、分かる」
頷くオーウェンに俺は薄く微笑む。
かつての知り合いの愛剣が、新しい担い手の信頼を勝ち取れているようでなによりだ。
「ん、前払いできる情報はこれくらい。あとは勝負次第。勝てば三つ、負けても一つ教える」
俺が手を広げてそう言うと、オーウェンは目を閉じて頷いた。一度、二度、三度と、告げられた情報を咀嚼するように、ゆっくりと。
アーネストが居住まいを正し、ルドルフが手帳を仕舞い、ファルターが腕を組みかえる。じわりと広い空間を満たす空気がその性質を変えていく。
「オーウェン」
黄金剣の名前を呼ぶ。
Sランクが見えているという男は、そっと目を開いた。
「……うん。僕たちがこの数年で一つも集められなかった情報を、こんなに沢山貰ったんだ。これで逃げるわけにはいかない」
変わらぬ僅かな怯えを混ぜつつ、オーウェンは苦笑した。
「……」
彼はレザーに包まれた左手をアブゾガルドの柄に置き、ぎゅぎゅっと数度握り込んだ。逆手で抜けるような長さの剣ではない。戦闘の構えではなく、己をなんとか落ち着かせようとしているのだ。
戦いたくない。しかし戦わなくてはいけない。まさに先払いの対価で雁字搦めになったような状況だが、不思議と俺への怒りや苛立ちは見せなかった。
(心根は、本当にいいやつなんだろうな)
人を見る目に長けていそうなイオテラ夫人までもが彼に入れあげるのも、分かる気がする。
「門限があるんだったね。それを破らせても申し訳ないから、すぐに始めようか」
なんでもないようにオーウェンは言う。そして鎧の上から纏っていたマントを脱いだ。
柔らかい印象の顔だちに緊張が走る。戦士らしい隙のない立ち方だ。
「では私が裁定をしよう。問題ないな?」
ルドルフが俺たちのちょうど真ん中にやってきて言う。
「……ん」
俺はたいして気にすることもなく頷いた。裁定役、審判などこの場で大した意味を持たないのは明白だ。問題ない。
「ルールは、そうだな……アーネスト」
「この場合なら非殺傷の試合形式がいいんじゃないか。魔法による直接攻撃はなし。強化や魔法を併用した武器攻撃はアリ。スキルの使用制限もなし。オーソドックスな前衛の試合スタイルだ」
「ということだが、それで構わないか?」
「大丈夫だよ」
「ん」
アーネストの提案と審判の確認に頷く。それを合図にお互いのパーティメンバーは壁際まで下がって部屋を広く開けてくれた。
「オーウェン、頑張れよ!」
「オー、無理はしないように」
「うん、わかっているよ」
口々に向けられる応援の言葉。俺はそれを聞きながら、手早く伸びた髪を後ろで括った。
「アクセラちゃん、楽しんできてね」
「ん」
エレナの言葉に「金蘭の探索隊」がそろって奇妙な顔をする。けれどすぐにその視線はこちらへ戻ってきた。両腕を肘まで覆う手袋を外したからだ。
トワリとの戦いで刻まれた傷痕が冷えた外気に曝される。あえて訊ねる不粋な輩がいないことは評価に値するが、どちらにせよ俺には関係のない事だ。
「では両者、距離を取って……」
ルドルフが壁際から声を張り上げる。
俺たちは五メートルほど距離をとって相手を見据えた。
金色の鎧。金色の剣。金色の髪。その中で唯一、飴色に輝く瞳。黄金剣オーウェンの目は、何かを思い起こさせる色で輝いていた。
「はじめ!!」
練習場に開始の合図が反響した。
エイプリルフールを吹かす体力もないです。
原稿がやばすぎる。
~予告~
ついに火蓋は切られた。
何かを隠したままのオーウェンと、思い燻ぶらせるアクセラ。
互いに気になるのは勝敗ではなく……。
次回、黄金剣ブレイク




