十二章 第19話 金蘭の探索隊
「僕たちに何か用かな?」
目の前にやってきたイケメン四人組、Aランクパーティ「金蘭の探索隊」。そのリーダー、「黄金剣」のオーウェンは金の鎧と同じくらいキラキラした微笑みを崩すことなく訊ねる。
「オーウェン様自らお声を……ッ」
「だ、誰ですのあの女!」
背景と化した金ぴかパーティのファンクラブから、すぐさま殺気すら帯びた視線が飛来した。戦場のそれとは種類の異なる威圧感。怨念めいた眼光だ。
(おお、怖い怖い)
半分ほど本気で思いながら、視線を飴色の瞳に合わせる。随分と見上げる形だが、それでもちゃんと合うのは向こうが軽く屈んでいるからだろう。腹の立つことだ。
「初めまして。私はアクセラ。この子はエレナ。二人ともBランクになったばかり。よろしく」
「ああ、よろしく。知っているかもしれないけれど、僕はオーウェン。Aランクだよ」
礼儀正しく名乗り返してくれた男は、俺に降り注ぐ背後からの視線に気づいたのか、ふっと振り返って手を振って見せる。
「「「「きゃー!!!」」」」
「今わたくしを見て……ッ」
「いいえ、私よ!」
「私に決まってるわ!」
蠢く女たちの怨念は浄化され、黄色い悲鳴の大合唱が轟いた。そして始まる内輪揉めのような喧騒。とりあえずこちらへの圧は消えた。
(ソツがないというか、意外と打算的というか……)
女たちによる牽制合戦で時間を稼げると理解してやったのなら、相当にいい根性をしている。
しかしまだ一人、険しい視線で俺を射貫くものがいた。彼の隣に立つ魔法使いだ。アシンメトリーにカットされた青い前髪の下から、細い隻眼を怒りに歪めて睨んでいる。
「オーウェン、いきなり殺気を飛ばしてくるような奴に名乗ってやる義理はない!」
「ルドルフ、そんなこと言わないでよ。折角声を掛けてくれたんだし……あ、彼はルドルフ。うちの優秀な魔法使いだよ」
至極もっともな意見を述べる魔法使い、ルドルフ。しかし温和な様子をオーウェンが崩すことはなかった。
「勝手に私の名前を……ぐぇ!」
神経質そうな魔法使いが更に何か言おうとしたが、それは後ろから二人の肩を抱くようにして身を乗り出してきた斧使いにより阻止された。
「カリカリするなよルディ」
「ルディと呼ぶな!」
「どうどう。で、よろしくな。オニーサンはアーネスト。こんな刺激的なお誘いは久しぶりだぜ、お嬢ちゃんたち」
斧使いはにやっと笑ってウィンクを飛ばしてきた。低くて聞き心地のいい声だ。
遠目に見ていた限りでは手を抜くことを覚えたダメな大人といった風貌。近くで見るとチャラい兄貴分。しかしタレ目がちな眼にはどこか落ち着いた知性が宿っている。
(これは……印象以上に冒険者歴が長そうだな)
暗赤色の目の男、アーネストは二本指を立ててチャッと最後の仲間を指し示す。
「そっちで口を真一文字にしてるフードが」
「……ファルター」
促されて短く答える弓兵、ファルター。背は一番低いが、最も隙のない気配を纏っている。ルドルフともまた違う意味での刺々しさがある男だ。
(こっちもベテランだな)
オーウェンとルドルフも纏う風格で言えば遜色ない。しかしまだまだ青い気配がする。それに対してアーネストとファルターは長年冒険者をやってきた者特有の、一種の臭いが染みついていた。
(見た目通りの年齢じゃないのか、あるいは長命な種族との混血……それか本当に小さい頃からやっているんだな)
腰が据わっていると言おうか、腹にずっしりとくる深みがあると言おうか、目の前にして初めて感じ取れる何かがある。
「それで、どうして……」
「ええい、アーネスト!暑苦しい!!」
口を開いたオーウェンと重なるタイミングで吼えるルドルフ。彼は太い腕をなんとか潜り抜けて脱出して見せた。
「ぜぇぜぇ……腕が、重い……ッ!」
息を切らす隻眼の魔法使い。彼は一度俺とエレナを強く睨みつけたあと、リーダーに目を向け直す。
「オーウェン、そんな無礼なヤツの相手をするくらいなら私は戻ってあちらの対応をしてくる!彼女たちを蔑ろにするわけにいかないだろう。いいな?」
刺々しい態度だがファンには意外と優しいのだろうか。それだけ言うと返事も待たず黄金のローブの裾を翻し、ルドルフは貴族女性の集団へ戻っていってしまった。
「つれないねえ。オニーサンしょんぼりだぜ」
「でも、ルドの言う事も一理ある」
弓兵ファルターの言葉は俺たちについてか、それともファンについてか。十中八九俺の非礼についてだろうと思うのだが、それも彼の視線の先を見れば、どちらか判断がつかなくなる。ギルドのエントランス。そこからはまだまだ外へと長蛇の列ができているのだ。
(あれだけの勢いで雪崩れ込んで来たのに、まだ途絶えてないのか)
呆れる人気ぶりだ。しかもよく見れば事務官に食って掛かっていた北方貴族の女性三人が、いまだに冒険者用の入り口に留め置かれているではないか。今更最後尾に着くのも嫌なのか、あの三人はそれでも粘っているわけだ。見上げた根性というか、見下げたモラルというか。
(あんなのを延々待たせて恨まれるのはごめんだ)
そういう意味で俺はルドルフに感謝すべきなのかもしれない。彼一人とはいえ主賓が戻ってきたことでファンの集団は嬉しそうだ。プレゼントの譲渡も再開した様子である。
「えっと、騒がしくてごめんね。それで、どうして声をかけてくれたのかな?」
気を取り直すように言うオーウェン。
俺は誤解が生まれる前に前提を伝えておくことにした。
「まず、私は君たちのファンじゃない。顔の良し悪しなんて、毛ほども興味ない」
「え?あ、うん」
麗しの黄金剣はキョトンとした顔になった。一方、大笑したのはその肩をいまだに抱き続けるアーネストである。
「ははは、お嬢ちゃん面白いな!このパーティに入ってそんなコトを言われたのは初めてだぜ」
「オーの顔に惹かれない人間、初めてじゃない?」
ファルターすら目をわずかに見開いてそう呟く。
(お前ら自分の顔に自信持ちすぎだろ)
とは思うが、わざわざ言っても仕方ない話。それに全員が全員、大変整っているのも事実だ。なのでそのやり取りはスルーしてオーウェンの目を見る。
「単刀直入に言う。私と手合わせしてほしい。アーネストが相手でもいいけど」
「え……?」
黄金剣は、意表を突かれたような顔で声を漏らした。表情の豊かな男だ。
何とも言えない拍子抜けな間が生まれかけたところで、それを埋めるようにアーネストが笑みを深めながらリーダーの肩をバンと叩いて見せた。
「おいおい、オーウェン。聞いたか?俺にもこんな可愛い子からのお誘いなんて、まだまだ捨てたモンじゃないらしいぜ。なあ、お前もそう思うよな、ファルター?」
「はしゃぐな」
ファルターに脇腹を叩かれつつ、アーネストはオーウェンに寄りかかるようなだらしない姿勢を改める。背筋を伸ばすと一段と背が高く感じられた。
斧使いアーネスト。やはり肉体的な素養と仕上がりは四人の中でダントツだ。背負った巨斧に見合う体格と言える。このロビーで一番背が低いかもしれない俺など、まるで山を見上げるような角度で顔を上げなくては視線が交錯しない。
「お手柔らかにたのむぜ、お嬢ちゃん」
胸を張ってポーズをきめつつ、気障ったらしく二度目のウィンクなど添える斧使い。
(ふむ……)
その大仰な動作が実はリーダーのオーウェンを庇ったものだと俺はすぐに理解する。黄金剣は一秒に満たない程度だが、まるで怯んだような表情をしていた。
「待ってくれ、アーネスト」
「あ、ちょ……」
ところが庇われた当の本人が大柄な仲間の腕を掴み、前へと身を乗り出してくるではないか。
オーウェンは甘いマスクから先ほどまでの朗らかな気配を消しており、トップクラスの冒険者パーティを率いるリーダーの顔になっていた。垣間見えた怯みなど残り香すらない。
「アクセラさん。悪いけれど、他を当たってほしい」
キッパリと告げられるノー。俺はもう一度彼らの後ろの人だかりを見る。ルドルフが先ほどとは打って変わって怜悧な顔に笑みを浮かべ、楽し気に女性の群れを捌いていた。
「もちろんファンの相手が終わるまで待つ。一時間でも、二時間でも」
「そういうコトじゃないんだ」
そのくらいの礼儀は弁えているし、再三言っている通り貴族の夫人を相手に恨みは買いたくない。そう思ったのだが、黄金剣は首を横に振って見せた。
「僕たちはひたすらに「魔の森」の深くを目指すパーティなんだ。敵は魔物や魔獣だけ。人と戦うことはしない」
「一切?盗賊狩りも、護衛も受けない?」
「一切だよ。そしてそういう依頼は受けない方針にしている」
「模擬戦や決闘、試合も?」
「そうだね」
この中で一番会話が成立するであろう斧使いに目で問う。彼は頬を掻きながらも頷いて見せた。
「強くなりたくないの?」
「それは……魔物や魔獣を倒すことで、僕はここまで己を鍛えてきたんだ。これからもそのつもりだよ」
魔物や魔獣と戦い、人とは一切の刃を交えない。それは彼ほどの冒険者が言い張るのであれば、一つの哲学のようにも聞こえる。
(けど違う)
俺とて伊達に百年近くも剣一筋に生きていたわけではない。先ほど見えたのと同じ怯えが、一拍言い淀んだところに現れている。それを経験的に嗅ぎ取ってしまう。
(勿体ない)
闘争心とは別に、剣士を育てる者としての業でそう感じてしまう。獣とだけ戦ってここまで成り上がったというのなら、それは優れたスキルのおかげだけではない、才能と意志があるだろうに……と。
「人と手合わせをすることで得られる物は多い。獣相手で得られない物も。なにより鍛錬の密度が高まる。それはそのまま、強さの質に繋がる」
「……」
「もっと強くなれる。もっと、もっと。それを手放すのは、勿体ない」
「……」
黙しながらもオーウェンは俺から視線を逸らさなかった。それから困ったような笑みを口元に浮かべ直す。それを見て俺は理解した。
彼自身、心に巣食う何かしらの怖気に気づいているのだ。自分が取り繕っているだけで人と剣を交えるのを忌避しているのだと、芯から分かっている顔だった。そこにあるのは一種の諦観だ。
(そして俺がそれに気づいたことも、察しているな)
どうするべきか迷う。
「一つ質問がある」
それまで黙っていたファルターが言う。
「Bランクもピンキリ。そっちの強さは、どうやって証明するの?」
つまり俺がオーウェンやアーネストの相手をするに足る存在であると、何を以て証明して見せるのか。そういう問いだ。
至極当然の質問である。ただ丁寧に自分で説明してもどこか嘘くさくなることは避けられない。なので俺は思い切って投げることにした。
「私については、ファンに聞いて」
「こりゃまた大した自信だ」
「……」
苦笑するアーネストとは対照的に、質問した本人は納得がいっているのかどうか分からない表情で口を閉じた。
(エサを吊るか)
俺はオーウェンに最後の提案をすることにした。戦う気のない相手を戦わせるにはエサを吊って見せるしかないからだ。それでダメなら、もう何をしてもダメということである。
「オーウェン。戦ってくれたら、君にとても有益な情報をあげる」
「胡散臭……」
「おいおい、ファルター」
ボソリと呟くファルター。黄金剣も、窘めたアーネストでさえも、多かれ少なかれ疑惑の視線を向けてくる。
(当然の反応だ)
だがそれも俺が続けた言葉で大きく揺らぐこととなる。
「その剣、よく分からず使ってる。違う?」
「……」
オーウェンの視線がわずかに鋭くなった。図星のようだ。
「……君は知ってると?」
警戒をにじませながら彼は問う。
「分かってる」
「へぇ」
ファルターも目を細めた。
「魔法回路、三つしか使ってないでしょ?」
「……え?」
オーウェンが意外そうに眼を見開いた。身構えていたところに虚を突かれたような反応だ。
「それ、六つある」
「なっ!?」
「おいおいおい……」
武器に鋳込まれている魔法回路は一つ一つが固定化された魔法そのもの。クリスタルの魔力を使用し、声や動作などのトリガーによって特異な能力を発揮する……魔剣や魔斧、魔槍のキモである。
この回路が多いということはそのまま強力な武器と言うことである。ファティエナ先輩の炎斧バルザミーネは三つの回路を持つ超高級魔斧だったが、オーウェンの魔剣はその倍の回路数を誇る傑作中の傑作なのだ。
「いやいやいや、お嬢ちゃん、待ってくれって。六つはさすがに……というかオーウェン、普段三つも使ってないだろ?」
アーネストの視線を受けてオーウェン自身が頷きかけた時だった。ファルターがボソリと呟く。
「……合ってる」
「は?」
「三つで合ってる」
困惑顔の二人にフードの青年は少し口を閉じた。それから言葉を選ぶように何度か唇の端を噛み、ようやく声を出す。
「オーウェンが使う回路は、二つ。でもずっと動いてるのが一つ……ある。オフにできないみたいだから、今まで言わなかったけど……この二人、どっちかが強力な魔眼持ちだよ」
そう言う彼も魔眼持ちなのだろう。
「待て待て、待ってくれ。使ってない魔法回路なんて、見えるのかよ?」
「分からない。でも不可能ではない、と思う」
「その点は明かせない」
アーネストの疑問はもっともだ。もっともだからこそ、ちょっと勝手かなとも思ったが黙秘権を行使する。理由はなんてことはない、エレナの魔眼の精度が良すぎるだけなのだが。
空白の魔眼を持っていた頃からして、周囲の他の魔眼持ちより圧倒的に魔力視認が得意だったエレナ。それが共律の魔眼に変わってからというもの、魔力視認能力はかつての数倍から十数倍の感度に達しているらしいのだ。
(それにしたって、大昔の残留魔力を読めるのは、さすがにバレたら拙い)
今回の魔法回路、普通ならファルターの言う通り目の前で駆動しているパッシブの一つしか見えなかっただろう。昔のエレナでも残り五つの存在を察知できたくらいか。
しかし共律の魔眼には残り五つが、頻繁に活性化した痕跡のある二つと十年以上魔力を通わせていない三つに分かれて見えるというのだ。
(さすがにぶっ壊れ能力過ぎる……)
分かる人間には分かる、逆に言えば分からない人間には何がぶっ壊れているのか全く分からないコトだろう。だが技術という点から見た場合、特に分析し推論を組み立てていく場面において、魔力の残滓を把握できるというのは凄まじいアドバンテージだ。
あるいは人や物を探索するときにもその価値を発揮するかもしれない。その辺りは今後の検証次第だろうが、なんにせよ冒険者にとっては地味などと口が裂けても言えない能力である。もちろん貴族にとっても。
(さて、ここからは俺の知識で押すか)
「金襴の探索隊」の面々が驚いている間に続きをねじ込む。
「パッシブの魔法回路は正体を把握しづらい。使ったら効果が出るわけじゃないから」
よほど有名な魔法回路でもない限り、回路そのものを見て内容を当てることは至難の業だ。
「でも私は知ってる。その回路の魔法は不壊」
「!!」
彼らに再三の衝撃が走る。名前から思い当たるところがあるのだろう。もちろん、絶対に気づいているという確信があって言っている。しかし魔剣の能力だとは夢にも思っていまい。だからこそ知識の担保として開帳しているのである。
「効果は剣身の半永久的な回復。魔力効率は悪い。でも素材は金属なら、割となんでもいい」
魔法のみではなくリソースを消費しての自動修復。コストは馬鹿にならないが、折れることも刃毀れすることもない剣というのは一種の理想だ。
「薄々分かってると思うけど、それが装飾の寿命を削ってる」
「……よく見ているね」
俺が長剣を指さすと、オーウェンは軽く体を捻ってソレを庇った。
素人が見ても分からないだろうが、俺は最初期の刀鍛冶の一人でもある。自分で作刀はほとんどしていなかったので研究員に近かったが……それでも見れば分かる。黄金剣の腰の得物はガード、鞘、装飾から剣帯の金具に至るまで、全てがボロボロに傷んでいた。
「おそらく探索にとって大きなネックになってるはず」
「……」
三人は神妙な顔で黙り込む。
完全に興味は引けた。仕込みはこれくらいで十分だろう。というよりこれ以上無償で提供してやれる情報はないし、それでも食いつかないというのなら仕方がない。帰ってレイルやネンスを転がして発散するだけだ。
「私がその剣について詳しいことは分かったはず。続きが知りたければ、あとで地下に来て」
「ま、待ってくれ!」
「待たない。ファンサービス、がんば」
それまでのやり取りが嘘のように軽く踵を返し、後ろ手にひらひらとエールを送る。
俺はそのままエレナを伴い、地下の練習場に向かうのだった。
~★~
「はー、疲れた。お嬢ちゃんたちにキャーキャー言ってもらえるのは嬉しいんだが、二時間も相手するのはオニーサン、ちょっとしんどいぜ」
アクセラと別れてから二時間と少しの後、「金襴の探索隊」の面々は小さな会議室の一つを借りて一息ついているところであった。
引っ切り無しにやってくる貴族女性の相手はそれなりに以上に気を遣う。Aランクパーティですらすっかり疲労困憊の様子。
「もうオジサン」
「おいおいファルター、それは言わない約束ってやつだろ?」
身内でしか見せない薄い笑みを浮かべて茶化すファルターだが、対人の体力が一番無いのは彼だ。今もアーネストと並んで背もたれにぐったり体を預けている。
逆にファンの相手が上手いルドルフなどはまだ余裕があるようで、手帳を取り出して何事かメモしている。どちらかと言えばルドルフと同じオーウェンは、じっと座っているが。
「しかしいい加減、贈り物には何かしらの制限を掛けた方がいいだろうな」
「おいおい、貰う物にこっちから要望つけるっていうのは、俺はちょいと賛成できないぜ」
そんなことを言い合う彼らの目の前、それなりに広いテーブルには小箱の山が出来上がっていた。これが全て贈り物だというのだから呆れたものである。
「そうは言っても、香水や宝飾品をこんなに貰っても困るだろう」
ルドルフがローブの奥から腕を伸ばしてその一つを持ち上げ、器用にリボンを解いて中を改める。精巧なガラスの瓶に入った薄黄色い液体。有名な商会が展開する香水の新作だった。
「噂をすれば……私は香水など使わないぞ」
森に籠るのに濃密な香水など纏わせる馬鹿な冒険者はまずいない。
「まあでも、そういうのは新市街の質屋で買ってくれるからな、俺は定期的に持ち込んで小遣いに……おいおい、まさか全部抱え込んでる?」
「売りに行っている方が驚きだ!」
ありえないとばかりに声を上げるルドルフを見て、意外なところで律儀だなとアーネストは感心した。呆れ半分で、だが。
「いやいや、使わないなら売ろうぜ……」
「ルド、それで貸倉庫をやたら契約してる」
「まじかよ。あ、そのためのメモか……?」
「そうだ。捨てるのは忍びないからな。しかしそうなると、手紙やら菓子はどうしているんだ?」
贈り物は基本的に宝飾品や服飾品、香水、手紙、食べ物、そして花が主流だ。花はもうどうしようもないので、全員が全員見て楽しんだ後はあちこちに配って生けてもらっている。
「そうだなあ、手紙はちゃんと全部読んでるぜ?あと菓子類はお前と違って甘い物苦手だからな、ギルドの事務官に配ってる。ちなみに評判は上々」
「迷惑料にって言って渡してる」
「だからそういうの言うなって、キャラじゃないんだからよ」
「お前もマメではないか……で、そういうファルターはどうなんだ?」
「全部、宿の女将に引き取ってもらっている」
「「全部!?」」
彼らは新市街に定宿を持っており、王都に戻ってくる際は必ずそこに泊まっていた。とはいえあまり高くもなければ、豪華でもない普通の宿屋だ。
しかし思い返せば年々設備はよくなるし、女将はツヤツヤとしてきている気もする。そんな風に思うアーネストとルドルフ。理由は彼らの仲間にあったらしい。
「しかしあれだなあ」
「なに?」
「ほら、このパーティも長いけど、お前らがその辺どうしてるのかはオニーサン全然知らなかったぜ」
「たしかに」
「そうだな、私もだ」
いつも通りの雑談。第三者がいれば顔面偏差値の高さに眩暈を覚えそうな麗しい男たちだが、その内輪のノリは陽気な冒険者らしいものだ。
「さっきから黙っているが、一番色々貰っているオーウェンは……オーウェン?」
隻眼の魔法使いが穏やかに笑いながらリーダーへ視線を向ける。しかしすぐにその秀麗な顔はしかめっ面になった。というのも、オーウェンが一人じっと己の愛剣を見つめて考えている様子だったからだ。
三人の注目が集まり、会議室に妙な沈黙が流れる。その違和感に気づいたのか、金髪の貴公子風は顔を上げてふんわりと笑みを作った。
「……ああ、ごめん。なんだっけ?お菓子なら、ルドルフが食べてくれていいけど、食べ過ぎて太らないようにしなよ」
「誰もそんなことは頼んでいない!というか人をどういう目で見ているのだお前は!?」
ルドルフが力強くテーブルを叩くが、荷物は小動もしない。代わりにオーウェンのとってつけたような笑みが崩れた。
沈黙が戻る。仲間からの無言の圧を浴びて、オーウェンは困ったように頬を掻いた。そんな彼にルドルフは眉をひそめて尋ねる。
「まさか地下で待っているとかいう話、行く気か?」
「……そうだね。戦うかは別として、この剣について知れることがあるのなら、知りたいと思っているよ」
「身元と実力は、分かったしね」
オーウェンの返答にファルターが頷いた。
彼らはアクセラの勧めた通り、ファンとの交流に紛れて彼女たちの情報をいくらか集めてみたのだ。そして分かったのが、彼女たちが反乱鎮圧で功績大として国とギルドから評価されている有望冒険者であるということ。
「トワリの反乱……」
悪魔使役の異端者による反乱。そのショッキングな知らせは食料問題、難民問題、そして悪神の脅威の再認識と様々な形で国内に広がっていた。
もちろん国がしかるべき対処を済ませているとの発表もあり、大きな混乱は起きていない。ただ確実に不安は人々の心にこびりついていた。
「彼岸花と氷晶要塞だったか?要塞とはまた大仰な名前だ」
ルドルフが口にするのはその反乱を切っ掛けに生まれた、二人の新しい渾名であった。なお例によって例のごとく、本人たちはまだその存在を把握していない。
石蒜姫のアクセラ。
雪のように白い髪を揺らし、赤い刀一振りを手に戦う少女。彼女は単騎で魔物の群れへと切り込み、味方を守るべく孤軍奮闘したという。その働きは、しかし彼女が自ら使った闇魔法に遮られて誰の目にも映らなかった。
あの場にいた生徒に、教師に、そして冒険者に見えたのは、返り血を纏い死地より帰還した姿のみ。それと手にした細い剣、その赤く揺らめく様だけであったという。
石蒜とは彼岸花のことだ。無垢なる白と死の赤、相反する二色に彩られた美しい姫。そんな意味を込めて、石蒜姫。
「冒険者のテイストじゃないね」
「貴族の間ではそれなりに人気みたいだよ」
「武勇伝にあの顔立ちだ、そうだろうさ」
アーネストが言うとやや嫌味っぽいが、アクセラも彼らに引け劣らずの美貌である。人気があると言うのは頷けない話ではなかった。
「氷晶要塞……氷晶要塞か。胡散臭いこと限りないな」
氷晶要塞のエレナ。
事態の発生直後、あっという間に氷の要塞を生み出してみせたという少女。しかもそれを数日にわたって維持しつづけ、なおかつ戦闘で魔法使いたちの指揮をとったという天才魔法使いだ。
その美しくも堅牢な砦がなければ、甚大な被害が出ていたことは明白。しかもこの偉業は大規模だからこそ、誰の目にも現場にいた誰の目にもくっきりと焼き付いていた。それに砦自体は事態収束からしばらく残骸が残っていたため、駆け付けた軍にも認知されている。
「上級属性をそんな大規模に使った要塞など、にわかには信じがたい」
学院の舞踏会で披露された氷の彫刻のこともあり、貴族の間ではもはや事実として定着しているこの一夜城。それを信じがたいと言うよりも、信じていないと言った方が正しいようなトーンでルドルフは言う。
「けど俺にその話をしてくれた、学院のお嬢ちゃんたちはマジだって言ってたぜ?」
「何かの見間違いだろう」
「見間違うかね、そんな派手なものを」
首を傾げるアーネスト。彼はファンから聞いた話を概ね事実だろうと考えていた。
「どうしてそう言える?」
「あの子らの目がなあ……」
「キラキラした目だった。オレたちを見るより」
「だな。命の恩って奴を感じたね。いやあ、オニーサン嫉妬しちゃうぜ」
「ロリコン」
「いやいや、ファルター君、違うからね?」
斧使いは腕を伸ばし、とんでもないことを言う弓兵の頬っぺたをやんわりと摘まんだ。
その緩いやり取りを横目に捉えながら、あくまで真剣な顔のままでオーウェンは愛剣を軽く撫でる。
「ルドルフ。この剣について、出鱈目とは思えないくらい詳しかったのは事実だよ」
「それは、そうかもしれないが……」
三人から聞いた、アクセラの語るあまりに具体的な内容。それは彼らが古今東西の鍛冶師や鑑定士に持ち込んでも得られなかった情報だ。こうなるとさしものルドルフにも否定できる言葉はない。
「とりあえず行くだけ行ってもいいと、僕は思うんだけど」
「オー、一つ忠告しておく」
「?」
しかしオーウェンの消極的な回答を聞いたファルターは、アーネストの手を振り払って口を開いた。
「オレたちはよく森に籠る。でも冒険者同士の習慣、不文律は大切だ。蔑ろにしてはいけない。それはルドも同じ」
それまでの言葉少ない印象は鳴りを潜め、冒険者の先輩としての圧が滲み出ている。オーウェンとルドルフも背筋を正して頷く。
「それは、そうだね……僕たちの目的のためにも」
「……ああ、分かっている。そうでないと、わざわざこんな派手な格好をしてまで、人気取りをしている意味がなくなる」
素直に頷く二人だが、弓兵はあえて雰囲気を緩めることなく続ける。
「その上で言うけど。情報だけもらって帰るのは、かなりグレー。そうでしょ?」
「だな。少なくとも腰抜けと吹聴されても、まあ仕方ねえぐらいグレーだ」
「……」
明確に突き付けられた言葉。同じく一回り上のベテランであるアーネストがしみじみと頷けば、オーウェンは返答に窮する。代わりに声を荒げたのはやはりルドルフ。
「お前たち、オーウェンは……っ」
「ルド」
それをさらに遮ってファルターが首を振る。
「オーのことになるとルドは過保護だ。一度頭に上がった血がなかなか下りてこないのも、悪い癖。悪印象を引っ張り過ぎてはいけない」
自覚があるのだろう。あまりにストレートな年長者の指摘にルドルフは黙した。
それを見てアーネストがふにゃっと笑みを浮かべる。
「まあ、もちろん、俺とファルターだってオーウェンの事情は分かってる。な?」
「うん」
ぐしぐしと頭を撫でられたファルター。荒っぽい仕草にフードがずり落ち、人間のソレとは違う、グレーの毛並みに包まれた獣の耳が露わになった。
「だがなルドルフ、オーウェン」
弓兵の髪と耳を乱しながらアーネストは続ける。
「困ったことに、こっちの事情で相手は動いてくれないのさ。魔物も、魔獣も、人間も」
「止めろ」
しみじみとした斧使いの巨腕をファルターが跳ねのけた。そそくさとフードを基の位置にもどしつつ、彼は横目でアーネストを睨みつける。
睨まれたアーネストはだらっと脱力し、椅子に再び背中を預けた。さらには指先でテーブルの上の箱を弄びだす。
「とまあ深刻ぶってみたけどさ、そのあたり無視してバイバイっていうのもアリだとオニーサンは考えるわけよ。わざわざ逃げたと吹聴して回るタイプには、あのお嬢ちゃんたちは見えなかったしさ」
「どうだかな。いきなり殺気を飛ばしてくるような奴だぞ」
「大した殺気じゃなかった。あとオレは逃げるのに反対。でも、あくまで冒険者の礼儀として」
パーティのご意見番であり、戦歴も経験もケタが一つ違う二人。その意見が出終わったところで再び沈黙が訪れる。
最終的にはオーウェンの剣の話であり、オーウェンの抱える事情の問題。それが分かっているから、あれやこれやと言いつつも最後の決断は本人にまかせる。それが彼らなりの物事の進め方だった。
「……」
「……」
「……」
数分の後、黄金剣は決意を固めた顔で仲間たちを見回し、宣言した。
「行こう」
来週の更新は4月1日です。
進級する人、入学する人、入社する人などいろいろですね。
私は自部署に初の後輩が来るのでサボれねーなぁと憂鬱です。
サボるなよ!とお怒りのあなた……小説いつかいてると思ってる?(誇るな)
まあ、冗談はさておき、春はしんどいことも多いですが、
一年やってみれば意外とあとは耐えれたりするモンです。
お互い、頑張り過ぎない程度に頑張っていきましょう。
~予告~
黄金剣オーウェンも素性を知らない己の佩剣。
それはかつてアクセラの盟友が握った、無二の名剣であった。
次回、魔剣アブゾガルド




