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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
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十二章 第18話 黄金剣オーウェン

「へぇ、こうなってるんだー!」


 エレナが俺の新しい刀、雨狩綱平(あめがりつなひら)を手に声を上げる。


「そう、そこの刃文が……ん、気を付けて。指切らないように」

「分かってる、分かってるってば」


 馬車に揺られつつも半分抜いた刀をしげしげと見るエレナ。

 今、俺たちは王宮を出発して上ギルドへと向かう道のりにあった。


「でもこの柄の構造は面白いね!」


 刃を納めた次は柄をまじまじと眺め始める。それは雨狩綱平の特徴ともいえる、水生成の魔道具であった。


「でしょ。私もそういうアイデアはなかった。面白い。でも回路どこ?」

「ほら、砂鮫の皮のとこの……この素材が摩耗に気持ち悪いくらい強いのは知ってたけど、その裏に回路を刻み込む大胆さはなかなかだよ」

「ん、そこ……!」


 エレナの魔眼は魔道具や魔剣に仕込まれている魔法回路も見ることができる。その力を使って刀に組み込まれた仕組みを覗いているのだ。


「うん。柄尻にボタンがあって、その奥にコアのクリスタルがあるんだよね。で発動地点の(はばき)まで砂鮫皮の……えっと、なんて言うんだっけ」

「鮫皮」

「あれ?なんか特別な呼び名、なかったかな……そんな直球だっけ?」

「ん」


 異界の刀は鮫皮という名前でエイの皮らしいので、まあ素材の名前がそのまま部位の名前になっているわけではないが。


「むぅ……まあいいや。その鮫皮の裏に導線が引かれてて、鎺のところで水が出るようになってるみたいだよ」

「おお、考えてある。機構自体は昔ながら?」

「うん、だね。水道とかに組み込んである水を作るヤツの小型低出力版かな」


 たしかに使った印象だと、水道を思い切り捻ったような勢いの良さはなかった。


「もし魔道具が壊れたときに柄そのものだと交換も修理も大変だから、ってことなんじゃないかな?」

「ありがたい設計」


 確かに、異国住まいの俺など壊れてもそのまま使うしかないわけで。影響の少ない部分に割り振ってくれているのは親切設計といえた。

 それ以外にも鞘に付与魔法が施されていること、その効果が空気の遮断であり、収めている刀の劣化を抑えるものであることなど、説明されていなかった仕様をエレナは発見していく。


「ここの穴ってなんで……」

「それはここ見たら……」

「あ、そっちから繋がって……」

「たぶんこの鍛冶師がしたかったのは……」


 まるで流行りのおしゃれ用品をもらった普通の令嬢の様に、俺とエレナは馬車に乗っている間中、雨狩を弄って楽しんだのだった。


 ~★~


 さて、やってきたのは王都の富裕街と貴族街を隔てる外壁。その壁に組み込まれるように立つひどく大きな建物こそ冒険者ギルドのユーレントハイム本部。通称上ギルドだ。

 貴族向けの上ギルド、庶民向けの下ギルドと役割が分かれているのだが……。


「すごい混み具合」

「ちょっとこれは舐めてたね」


 俺たちは御者の後ろから窓越しに正面を見る。そこには建物に至るまでずらりと並ぶ馬車の群れ。基本的に人通りの多くない貴族街でこれほど強烈な人だかりを見るのは初めてのことだ。


「下りて歩こうよ」

「ん、それがいい」


 本当は下りて歩いた方が早いからと下車するのは、高貴な身分としてあり得ないことだった。しかし俺もエレナも冒険者こそ自分の本分だと思っている。しかも向かう先は仮にもギルド。


(褒美を与えるのに行き帰りが徒歩など、王家の品格を疑われる!って陛下とネンスが言うから馬車にしたけど……)


「ここまでくればもういい。ありがと」


 そう御者に伝えて心付けを握らせ、タラップすら断って扉を開ける。真っ白な石畳に揃って飛び降り、道の端をすいすいと進む。やがて見えてきたのはギルドらしくない白い建物の、ギルドらしくないガッシリした木の扉。両開きのそれが柱を隔てて四対も並んでいる。


「あ、も、申し訳ございません!こちらの扉は現在、ギルド所属者のみの使用となっております!」


 開かれた真ん中の二対。その片方にはずらりと着飾った貴婦人やご令嬢が詰めかけており、事務官と思しき若い男が対応に追われていた。彼の目の前には、一際どぎつくおめかしした女性が三人。


「こちら側の扉の最後尾へ……」

「なんですって!?」

「私たち、遥々北のガエンヴィル領から来たのよ!」

「下男ごときがわたくし達に指図しようだなんて、どうなっているのかしら!!」


 どうやら空いている方の扉から入ろうとして止められているようだ。焦る下男もとい事務官。ヒートアップする女性三人。それを冷ややかに見つめる、並ぶ淑女たち。


「こわ」

「どうする、アクセラちゃん」

「どうするって言われても」


 正直、俺たちも黄金剣目当てと言われればその通りなのだ。しかも半分以上は好奇心。あの厄介そうなお嬢様の横を通って入るのも嫌だが、長蛇の列に並んでまでご尊顔を拝みたいとも思わない。


(でも、エレナの言う通り、刀を握ってからうずうずするんだよなぁ)


 自分としてはそこまで単純ではないつもりだっただけに、ちょっとショックだった。だがしかし、新しい刀を手にし、試し切りでその切れ味を体感した今……歯ごたえのある相手と手合わせをしたいという感情はすっかり息を吹き返していた。


「んんー……ん。Sランク間近なんて大物と当たれるチャンス、そうない。行こ!」

「う、うん」


 というわけで、俺はエレナの腕をとって揉め続ける一団の方へと足を向ける。。


「他の皆様もお並びになっているので……」

「他の家のことなどわたくし、知ったことではありませんわ」

「そうよ!この方はガエンヴィル伯爵家の三女、エバンナ様なのよ!?」

「伯爵令嬢相手に無礼を働くと、あとでどうなるか分からないのかしら?」

「い、いえ、その……」


 北方貴族はロクデナシが多いとは聞いていたが、実際に見たのはコレが初めて。なるほど典型的な馬鹿貴族の子女と言った感じだ。


(それにしたってあの事務官も、もっと毅然と突き返せばいいのに)


 冒険者ギルドは国家に属さない独立した勢力だ。もちろん所在国家の法には従うが、その職員を罪に問うには一旦ギルドを通さなくてはいけない。

 それにそもそも、いくら貴族でも入場で便宜を図ってもらえなかったくらいで相手を鞭打ちになどできない。王国法はそんな風にできていない。


(あー、そんなことを言ってる間にバカが目の前まで……)


 さすがに叫んでいる女性たちも、真後ろまで近づいてきた俺たちには気が付いたようだ。振り返りざまにギロリと睨まれる。その向こうで事務官は露骨に顔を歪めた。


「あ、あの、大変申し訳ございませんが、貴族のご婦人、ご令嬢は現在あちらの扉から……」

「冒険者、依頼を見に来た」


 気の弱そうな男に銀のカードを見せる。彼は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔で俺とエレナのソレを見つめ、慌てて背筋を正した。Cランクがボリュームゾーンとなる冒険者にあって、Bランクというのはそれなりのステータスだ。


「し、失礼いたしました!」


 横に退ける事務官。俺とエレナはそのまま扉をくぐって中に逃げ込む。


「ちょっと、お待ちなさい!」

「どうして今の小娘が通されて、エバンナ様や私たちがダメなのよ!」

「そうよそうよ!」

「い、いえ、今の方は冒険者でして……」


 後ろでやんやとやっているが無視だ。捕まると碌なことがない。

 もう一方の扉を潜って入ってきたであろう貴族女性でロビーはごった返していた。貴族らしき冒険者すら可能な限り端の方に陣取って関わらないようにしている。独特の威圧感と場違いなほど香水の香りが溢れ、ギルドホールは異様の一言だった。

 そんな場所で数秒立ち止まっていると、入学試験を受けた日、始めて来た時と同様に事務官がすぐさま寄ってきた。用向きを聞かれたので過去の依頼の確認と告げれば、仕切り板で区切られたカウンターの一角へと案内してくれる。


(過去の依頼の確認。まあ、嘘じゃない。急ぎじゃないが、そういう用事もあったし)


 などと誰にともなく言い訳をしながら担当事務官の前に立つ。


「ようこそ、冒険者ギルドへ……おや?」


 涼し気な顔の男性が挨拶もそこそこに首を傾げる。


(ん……どこかで見た顔だな)


 俺の方でも何か引っかかりを覚えたときだった。エレナが「あ」と声を上げる。


「ミレズさんですよね?」

「ああ、やはりアクセラ様とエレナ様ですね。Bランク昇格おめでとうございます」

「いえいえ。でも凄いですね、ほんの少しお話ししただけだったのに、よく分かりましたね?」

「これが仕事ですから。それにメモを燃やされた魔法が軽妙だったことと、やはりお付きの方のご活躍もありましたから」

「あはは、ありましたね……」


 なにやら話が急に弾み始める二人。


「知り合い?」


 そう訊ねると、エレナは額に手を当てて呻いた。


「まあ、アクセラちゃんは覚えてないよね……下ギルドに登録変更してもらうときに、こっちで対応してくれたミレズさん」

「……ごめん」

「あ、お気になさらず!普通は覚えておられないものですから」


 涼やかな眼鏡の青年はそう笑ってくれたが、エレナが後ろからざっくり当時のことを思い出させてくれる。俺とエレナは上ギルドに連なる学院出張所でも下ギルドの実戦的な依頼を受け取れるよう手配するためにここへ来て、ボンボンに絡まれ、護衛についてくれていたウチの騎士団長トニーが三人組をノシた……と。


(いや、来た理由とトニーになんかバカを押し付けて帰った記憶はあるんだけどさ)


 その時に対応してくれた事務官だというミレズ。さすがに覚えていないのも仕方ないと思う。


「気にしないでください。それで、今日はどういったご用件で?」

「ん……依頼の確認」


 冒険者は過去の依頼について履歴を調べるようギルドに頼める。今回俺が来た真面目な方の理由がこれだ。


「確認する対象の期間によってはしばらくお時間を頂くこともありますが」

「大丈夫」


 確認事項に頷く。


「市場調査みたいなもので、ここ数年の依頼を見てほしいんです」

「依頼者がオルクス伯爵かドニオン女伯爵、それかスノウスライムやユキカブリが関係する依頼」

「……」


 ミレズの眉間に薄く皺が寄った。それはそうだろう、なかなか自分の家が出している依頼について調べてほしいなんて言う人間はいない。


「ご存じとは思いますが、あまりギルドを政治的に利用されるのは」

「大丈夫、あくまで市場調査」

「わたしが氷魔法を使えるので、ユキカブリの保冷運搬に絡めないかなと思ったんです。詳しいことは、ちょっと伏せますけど」


 懸念を言い切るより早く、俺は鉄面皮で、エレナは営業スマイルで、それぞれ真意を隠して誤魔化す。


「……そういうことでしたら」


 しばらくの沈黙し、ミレズは結局折れて下がった。納得したわけではなさそうだが、依頼そのものは受けてくれるらしい。

 彼とて明確に規約違反となる行動がないかぎり、あえてBランク冒険者とことを荒立てたくはないだろう。ギルドの利益と意義を考えれば当然だ。


(よし、ドニオン女伯爵と、倉庫の一件で見つかった変な実の情報は集められそうだ)


 この件はホランが中心で情報を集めてくれているが、ギルド相手なら俺の方が動きやすい。というわけでサブ目的はコレで達成。


(あとは……)


「「「「キャーーーー!!!!」」」」

「っ」


 入り口の方から絶叫が轟き、俺は思わず肩を跳ねさせた。


「び、びっくりした……」


 それが女性たちの黄色い声を束ねたものだと、一瞬頭が理解を拒んだ。それほどにうるさかったし、耳に刺さった。しかし視線をエントランスへ向けるとその事実を受け入れざるを得ない。

 まだ扉からこちらに来れていなかった貴婦人や令嬢が、扇やハンカチで口元を隠しながら今なお絶叫……もとい歓声を上げている。はしたなくもピョンピョンと跳ねている者や、それどころかクラリと来ている者まで。


「ミレズさん、あれって」

「ご存じありませんか?「黄金剣」のオーウェン=グランダーバルト様、上ギルドきってのAランク冒険者ですよ」


 嬉しそうに言うミレズの横顔を窺う。貴族相手の仕事も多く、良家の使用人並に教育の行き届いた上ギルドの職員。それが俺たちではなくエントランスの先、まだ表れてもいない男を見ていた。


(来たか!……しかし、この人気は凄まじいな)


 何も知らずにコレが始まったら、人によっては恐怖を覚えることだろう。なにか洗脳など後ろ暗いスキルでも使っているのではないか。そんな風に勘ぐる者もいるかもしれない。それくらいには異様な熱気だ。


「アクセラちゃん」


 エレナに袖を引かれて視線を動かす。すると端っこの方で貴族女性を回避していた冒険者たちまで、浮足立った様子でエントランスを見つめているのだ。


「ちょ、ちょっと怖いね」

「思った」


 なんだか二人だけ別世界に来てしまったような、何とも言えない感覚に襲われる。


「こんなのに喧嘩売ったら、周りから殺されそう」

「そ、そうだね……顔見たら帰ろっか」

「あ、来られましたよ!」

「「「「「「「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」」」」」


 ミレズがそう言った瞬間だった。また耳から入って脳を揺るがし、反対の鼓膜を吹き飛ばすような強烈な歓声が上がった。

 もう我慢できず耳を押さえながらエントランスへ再び視線をやると、そこには逆光を輪郭線でギッラギラと反射させる強烈なシルエットが。


「黄金とは聞いてたけどさぁ……」

「ん」


 金色の輪郭線は堂々たる足取りで扉を抜け、ロビーを照らす魔道具の光の下へと現れる。


「眩しい」


 黄金剣と呼ばれる冒険者は、まだ二十代前半の青年だった。

 まず目につくのはその豪奢な装備。黄金の金属鎧だ。胸、肩、腕と足が装甲で、それ以外は色味を合わせた黄茶色のレザー系。俺のよりかなり重装甲だがハーフプレートだ。

 その上から首元に白いファーのあしらわれたブラウンのマント。強い魔力を感じるので付与品だろう。


「珍しい盾」

「ほんとだ」


 俺たちの目を引いたのは右腕に固定されたシールドだ。手の甲から肘先までを覆う六角形の盾で、ベルトで腕に留められている。

 どちらかというとガントレットに近い構造だっが、問題はなぜ右なのか。騎士スタイルの多くは左手に盾をつける。左利きなのかもしれない。


「で、あれが名前の由来の」


 俺は視線を彼の腰、黄金の鞘に納められた大ぶりな十字剣を捉えた。一般的な剣士や騎士が使うショートソードより遥かに長い。メルケ先生のツーハンデッドに比べればマシだが、それでも分類は馬上で振るうロングソードではなかろうか。


(んー……?あの剣、どこかで見たな)


「意外に正統派だね。もっと実用度外視かと思ってた」


 俺が引っかかりを覚える中、エレナは淡々とその装備を紐解いていく。確かに彼女の言う通り、鎧の各所に革ベルトが巻かれてポーチ類がマウントされていた。騎士とは違い、収納の多い鎧姿は冒険者ならではだ。


「一番意外なのは顔」

「そう?」


 わずかに沈んだトーンの金髪は耳にかかる程度で切られ、アーモンド形の目には鋭さより穏やかさと愛嬌が宿る。

 あまりの人気にどんないけ好かない、女好きのするツラをしているのかと思っていたが……抜群に整ってはいるものの、どちらかというと親しみやすい顔だちだった。


「ああいう顔の方が人気が出るもの……?」

「どうなんだろう……」


 二人そろって首を傾げる。

 親しみやすいとはいえ、今まで見てきた男性の顔の中ではダントツに整っていることに変わりはない。レイルやアベル、ネンスもそれぞれに趣の異なる整い方をしているが、黄金剣オーウェンは美男子といった風貌なのだ。


「あ、残りも来たみたい」


 言われて視線を動かす。黄金剣の後ろから入ってきたのは彼のパーティ「金蘭の探索隊」のメンバーだ。

 一人目、魔法使い。知的な顔をした青年だ。アシンメトリーにカットされた青い髪と右目を覆う黒い眼帯が印象的。左目の視線の鋭さには少々神経質な気配を感じる。鼻につくタイプのイケメンだ。

 金布に髪と同じ深い青の糸で豪奢な刺繍が施されたローブを纏い、古木の枝とクリスタルを融合させたような特徴ある大杖を装備している。塗ったのか、そういう素材なのか、その杖もまた金に輝いていた。


「どう思う?」

「さすがに見ただけだと……でもちょっと話してみたいかも」


 二人目、戦士。ガタイがよく年齢も少し上のようだ。それでも三十代だろう。髪は暗い赤で目も同じ。少し退廃的で、こなれた大人といった雰囲気の笑みを口の端に浮かべている。これが独特の危うさと魅力を演出していた。

 防具は最も軽装で「黄金剣」のハーフプレートのレザー部分と同じ黄茶色の革鎧。補強はやはり艶消しの金だ。背中にファティエナ先輩の炎斧バルザミーネを凌ぐサイズの戦斧を担いでいる。さすがに布でヘッドは覆っているが、この調子では金色で確定だろう。


「あの人は?」

「ん、いいね。彼でもいい。面白そう、とっても」


 三人目、弓兵。フードを被っているため顔と前髪しか分からないが、やはり若い男のようだ。警戒心の強そうな視線が絶えず周囲を巡っている。髪色は灰色。瞳は草色。

 すらりとした体を金布のポンチョで隠している。こちらの刺繍は深い緑。背中には金ではなく真っ白な弓を背負っている。ただし張られた弦は金糸で、装飾も全て金だ。それ以外は見て分かる情報がない。


「セットで見てると頭痛くなりそう」

「でも言うだけあって、全員すっごい美形だね」

「ん……」


 男の俺から見ても目が奪われるくらいに美しい顔だちだとは思う。しかもテイストが違う四人。豪奢な金の装備と相まって人気なのも頷ける。


(で、問題はどう喧嘩売るかだよな)


 久しぶりに心躍る戦いが、それも少ないリスクでできるかもしれないのだ。これを逃す手はない。

 しかし問題はやり方だ。なにせ悩んでいる間にも、ギルド内に入ることに成功していた夫人や令嬢がワッと集まって群衆を形成していくのだから……。


(あれを無理にかき分けでもしたら、折角舞踏会でせっせと作ってきた「意外とまともなオルクス家の娘」というイメージが崩れるな。というか普通に襲われそう)


 ご婦人方は全員が全員頬を染め、手に手にプレゼントを持っている。それを渡したあとは握手し、二言三言交わし、そして後ろの誰からに押しのけられて退場。そんな対流が起きているのだ。下手に引っ掻き回すとろくなことがないのは明白。


「リーダー以外も人気なんですね」

「もちろんですよ。「金蘭の探索隊」はリーダーのオーウェン様以外もAランクとBランク。それぞれに武勇伝があり、華があり、ファンクラブがあるんです」


 ミレズの解説を聞きながら見ると、確かにオーウェン何某を無視して他の三人へプレゼントを渡している者たちもそれなりの数がいた。


「でも、あれいいの?」


 俺は顎で入り口を示す。先ほどまで数名ずつゆっくりとしたペースで貴族女性を内側に入れていた、あの長蛇の列ができていた門……いまや壊れた蛇口から水が噴き出すように高貴な女性を中へと入れていた。

 年齢、装い、見た目、振る舞い。全ての要素に統一感のない貴族女性の濁流。それを吸収して金ピカ集団を囲む団子はだんだんと膨らんでいく。中心と周囲に慎重さがあるのでここからでも「金蘭の探索隊」は見えるが、それだけに異様さが際立っていた。


「いつものことですので、我々も今日はあまり仕事がないつもりでいます」

「……そう」


 あっけらかんと言い放つ事務官に、俺は初めて下ギルドへ行った時と似たような感覚を覚えた。すなわち、大丈夫かココ、である。


(ふぅむ……)


 腰に吊った雨狩綱平の真新しい柄巻を指でなぞりつつ考える。

 試し切りのおかげでこの刀がしっくりくることはもう分かっている。しかし久しぶりの刀で何かを斬る体験。あの程度では収まりがつかない。


(そうなると方法もだけど、誰を引っ張ってくるかだよな)


 ミレズのいるカウンターに背中を預け、四人の冒険者を品定めする。


(オーウェンなる男。あれは強いな)


 見た目は細いが鎧姿に貫禄があるし、腰の剣も様になっていた。なにより俺の鼻がそう告げている。今の状況とは裏腹に、高い地力と豊富な経験によって成立する確実な強さ。それがあの男にはあると。

 命を賭して最後の戦いへ臨むつもりだったメルケ先生にくらべれば薄い圧力。しかしあの馬鹿で一途な男より、戦闘力だけでいうなら目の前の金色優男の方が何枚も上手だろう。これまで出会った人間の中では、間違いなくトップクラスの戦闘力だ。


(とはいえ斧使いも捨てがたい)


 悪い意味で手を抜くことを覚えた大人。そんな様子の斧使いだが、ファンの女性には朗らかに対処している。そういうところもまた、大人の余裕という風だ。

 オーウェン何某と違うのは見るからに逞しい体をしていること。そして実力の範囲が読みにくいコト。大体の場合、ステータス依存度が高く直接性の高い武器を使う相手ほど正確に読めるのだが……厄介なスキルを隠し持っているのかもしれない。


(それで言うと、後二人はいらないかな)


 強いのは見て分かる。特に弓兵などその一挙手一投足に達人の威厳が宿っている。呼吸をするのと同じレベルで、スキルを十全に使い熟しているのだ。

 魔法使いも後衛職にありがちな緩んだ気配がない。エレナのような接近戦闘の心得はない様だが、逆にそれ抜きであれほど強さが滲み出ているのは凄いことだ。


(ただ俺の相手としては、特に試合相手としては、ジャンル違いが過ぎる)


「うぅん」

「どうされました?もしどなたに声をかけるか悩まれているなら、まずはオーウェン様がお勧めです。とても丁寧な方ですから」


 ミレズの当たらずとも遠からず、されど大外れな助言を聞きながら鍔に指をかける。


(とはいえ、たしかにまずはオーウェン何某にちょっかいをかけるのがよかろうな)


「ねえアクセラちゃん、あの人の剣なんだけどさ」

「ん?」

「魔剣だよ、あれ。で、回路が……」

「ん……んー……なるほど。だとすると、あの剣は……やっぱりアレか」


 エレナが黄金剣の剣ついて気になることを言い出した。それを聞いた俺は、記憶の糸を手繰り、とある面白い可能性に辿り着く。


(もし本当にアレなら……で、本人が気づいてないなら、これは釣れるな)


「エレナ、とりあえず一回、横っ面を引っ叩いてみよう」

「はいはい」


 我ながら頭の軽いことこの上ないが、段々と気分がどうしようもなくノってきた。

 俺はゆっくり親指で鍔を押し、刀の鯉口を切ってみせる。


「な、なにを……」


 不穏な空気を感じてか、声を漏らすミレズ。しかしもう遅い。

 昨日まで大なり小なりあった倦怠感は、細やかに奏でられた金属の擦れる音によってついに消える。目の前の集団への好奇と戦意が高まっていく。


(お前は俺の剣を捌けるホンモノの黄金か?それともスキル頼りの金メッキか?)


 そんな疑問を込めて、ほんのわずかな殺意を投げかける。

 それはイメージだ。何食わぬ顔で歩み寄り、気負いなく抜刀し、そのまま首の太い血管を横に刎ねる。そんな穏やかで物騒な、極めて薄いながら鋭利な、そんな意思の籠った視線。


「……ん」

「……気づいたね」


 誰よりも最初に弓兵が気づいた。俯きがちだったのが瞬時に顔を上げ、猛禽のように鋭い視線を周囲に巡らせている。さすがはロングレンジが主戦場といったところか。

 すぐにオーウェン何某も反応した。彼は周りを見ず、すぐにこちらを見た。顔に浮かぶのは変わらぬ微笑み。しかしその目は完璧に俺を捉えていた。


「実戦慣れしてるからか、感知系スキルがあるからなのか」

「でも魔法使いの人と斧使いの人は気付かなかったね」


 弓兵が何かを言ったようで、魔法使いと斧使いがようやくこちらを見る。どうやらその台詞は周囲に群がる乙女たちにも伝わったようで、一対また一対と目がこちらへ向いた。


「うわぁ」


 エレナが引いたような声を零し、背後でミレズが体を堅くしたのが分かった。


「あの弓兵……何を言ったか知らないけど、もうちょっと考えて口を開いてほしい」


 けれどもう遅い。オーウェン何某を筆頭に煌びやかな金色集団が、まるで丈の高い草を掻き分けるように、貴族女性の中をこちらへ向かってくる。


「こんにちは、お嬢さん」


 やがて俺の前にやってきたオーウェン何某は爽やかな笑みを浮かべて言った。


「僕たちに何か用かな?」

通算402部目です。なんと前々回が400部でした。

なぜ気付かないのか、これが分からない。


なろうの小説編集ページって1p=100部なんですよ。

なので私、とうとう4p目の大台に乗ってしまいました。

良いのか悪いのか……。

これからも頑張ります('◇')ゞ


~予告~

黄金剣オーウェンの釣り出しに成功したアクセラ。

不敵に微笑む彼女を前にイケメンパーティは何を思う。

次回、金蘭の探索隊

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