表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
301/367

十二章 第17話 二度目の会談

 王宮裏のぽっかりと空いたスペース。人気のないそこで俺は新しい刀を振りぬいた。地面に赤黒く軌跡が刻まれる。

 さらに切っ先を下げ、魔道具だという柄を握って柄尻の側面のくぼみを押し込む。


「ん」


 (はばき)からじゅわっと水があふれ、血振りしてなお残っていた汚れを流してくれる。それはもう、綺麗さっぱりと。本当に触れ込み通りの落ち具合だ。

 明るくも深みのある青銀色から魔鉄特有の沈んだ青鉄色へ変わる神秘的な鋼。顔の高さに掲げれば、昼前の太陽を受けて雫が海の一滴のようにきらりと輝いた。


「雨狩綱平、いい刀」


 もう一度振って雫を飛ばし、鞘に納めて振り返る。少し離れたところで試し切りを見ていた国王と次席儀典官ガーニスはともに安堵したような笑みを浮かべて頷いた。


「それはよかった。余としても遥々エクセララまで遣いを出した甲斐があったというものだ」

「改めて、ありがとうございます。褒美、拝領いたします」


 右手に刀を持ち換えてから深く頭を下げる俺。再び顔を上げると、そそくさと数名の騎士らしき人物が試し切りの痕跡を始末しているのが目に映った。

 両断された藁人形、木人形、太い蜥蜴の尾、そして犯罪者。スライムゴーレムは核を破壊されて地面の染みとなったのだが、使役者であった宮廷魔法使いの男性はときおり怯えたような目でこちらを見ながら片付けを手伝っていた。


「気にせずとも彼らの口からお前のことが漏れることはありえぬぞ」

「ん、心配してません」


 口調を使徒として少し砕けた敬語に戻しつつ頷く。

 それから俺はベルトに丸めたまま下げていた赤く長い紐を外した。深紅の平組紐だ。しかし幾筋か煌めく若紫の糸が混じっている。

 これはかつての愛刀、紅兎を吊っていた下げ緒を修繕……というかリメイクしてもらった物だ。トワリ戦で夥しい血液を吸ってしまったソレを洗いに出したのだが、酷使が祟って一部が切れてしまったのだ。


(でも、入学祝に貰ったものだしな)


 ビクターたち領地の皆が贈ってくれた品だ、捨てたくはなかった。というわけで一度解き、聖刻を施してから無事な糸だけ選り分け、上等で頑丈な糸を足したうえでエレナに組み直してもらったのだ。


「それは?」

「これで刀を吊ります」


 元の下げ緒に比べるとかなり長くなった組紐を鞘の裏にある小さな輪、栗形にくぐらせてから複雑に編み上げていく。


「器用なものだな」

「剣帯には金具で吊るすけど、エクセララでは腰帯に直接結わえる。盗難防止です」

「ああ、なるほど。そういうことであったか」


 この結び方も師の来た異界では種類があり、それぞれに出身や立場を込めて使われていたらしい。そんな中で俺はある結び方を好んでしていた。というより俺の時代の剣士は基本的にコレを好んだものだ。


「この結び方は浪人結び」

「ロウニン?」

「主を持たない、無職の騎士崩れです」


 首を傾げる王に手を止めることなく答える。すると彼は少し顔をしかめて言った。


「国王としては、あまり歓迎できぬ名前なのだがな」

「ん」


 それはそうだと俺も思う。けれどこの結び方を俺たちが、あの頃の刀使いたちが好んだのにはちゃんとした理由があるのだ。


「これは憧れと願い、そして決意」

「憧れと願い、決意……?」

「ん。当時のエクセルたちにとって主人(・・)は立派な貴族を意味しなかった。自分たちを虐げる奴隷の飼い主。それが彼らにとっての主人の意味」

「……なるほど。主人を持たない、一人の人間として生きるという決意が込められているのだな」

「ん」


 ある意味で冒険者と同じだ。冒険者の由来は国に根差すことなく、己と仲間だけを頼みに生きることを選んだ流浪者たちをそう呼んだから。

 決して自由であるということは楽ではない。むしろ、ともすれば後悔と妥協に支配されそうな茨の道だ。それでもそんな過酷ながらも縛られることのない純粋な有様に奴隷だった俺たちは憧れた。それを手に入れたいと願った。そしてそうあろうと決意した。

 だから今でも俺はこの浪人結びを好むのだ。


「ん、できた」


 結び終わった下げ緒をベルトと繋がる剣帯に金具で固定。久しぶりの重みが左腰にしっくりと来る。


「完全復帰です」

「それは重畳。これからも愚息の護衛、よろしく頼むぞ」

「ん、もちろんです」


 国王と頷き合い、俺の長い長い反乱騒ぎはようやくここに終わりを見たのである。


「さて」


 一息ついた俺にユーレントハイム王は腕を組んで尋ねる。


「ところで、お前からの返事だが、たしか相談したいことがあると言っておったな」

「ん、そう」


 王城へ出頭するようにとの指示が来たあと、俺は当然その応諾を書面で返していた。しかしその後、ちょうど一昨日だが、実家から届いた一通の手紙を読んで急ぎ追伸を送ったのである。

 実家からの手紙の差出人はビクター。その中身は指示書だった。飛行型魔物を使役するテイマーの冒険者という希少人材を雇ってまで超速達で届けてくれた、非常に重要な指示書。


「余人の耳に入らぬ方がよい話か?」

「そうです」


 俺が頷いた途端、ポタリと冷たい感触が頬に当たった。空を見上げると、一瞬前まで晴れていた空がにわかに曇り始めていた。


「よかろう。通り雨も来そうなことだ。城内に部屋を用意しておる。続きはそちらに移ってからとしよう」


 そう言って国王はマントを翻し歩き始める。ガーニスがするりとその前に出て先導の役割を買って出て、俺は素直に二人の後ろへついた。


(どうなるかな)


 ビクターからの指示はある意味でシンプルなものだったが、正直俺にはそれが受けいれられる未来が思い浮かばなかった。


(でもビクターが「国王陛下に直訴するように」なんて大胆な指示をするくらいだから、何か引き出したいリアクションがあるのだろう)


 学院で一年間、貴族の教養として政治や統治についても軽く学んできた。その中で遅まきながら理解できたのは、ビクターが化け物だということだ。

 あの男は貴族社会にあって当主が不在、縁戚は断絶、社交も壊滅という恐ろしいハンデを抱え、あげく予算もかつかつという瀕死のオルクス領を二十年も一人で維持してきたのだ。


(オルクスの状況は、国内の領地でいえば中の下くらい。なんでアレで下の下まで落ちないのか、意味が分からない)


 確かに街道整備や治安維持など、手が回り切っていない部分はある。しかし主要産物である穀物を買い渋られても第二の産業であるダンジョン関連にすぐさま軸足を移すなど、あの手この手を講じてきた。また方々に小さな恩を売り、そのお返しで様々な便宜を引き出してもいるらしい。

 そうやってなんとか細い活路を繋ぎ合わせ、経済を破綻させることも人口の流出を引き起こすこともなく、地味ながら比較的暮らしやすい領地としてオルクス領を延命させることに成功しているのだ。


(伯爵でも、いや他の誰であったとしても、オルクス領を維持することなど不可能だった)


 それをやってのけたのがビクター=ララ=マクミレッツという男なのである。


(そのビクターがプランを描いているんだ。俺がすべきことは、その道を持てる全てで切り拓くことのみ)


 全てを使ってだ。刀も、容姿も、言葉や振る舞い、立場も使って。それがオルクス領の民とビクター、ラナ、トレイス、そして屋敷の皆(家族)のためになると信じて。


 ~★~


 王宮の中でも王たる余と薄暮騎士団の者、それに数名の限られた家臣しか入ることのない場所。その一角にある十人程度が顔を突き合わせられる小さな会議室で、余とガーニスとアクセラは暖かい紅茶を飲んでいた。

 今頃降りしきっているであろう俄雨の音も、防音魔道具の影響で一切聞こえない。


「その剣……アマガリと申したか。余もかつては冒険者として実戦に身を置いていたが、血糊を落とせるというのは破格の性能であるな」

「ん、すごく便利です」

「だがこの季節、加減を間違えれば濡れ鼠へ一直線であろう。風邪をひかぬようにな」

「ありがとう、ございます」


 白磁のカップを傾けつつ、そのような他愛もない話を繰り広げる。余も彼女も暇な身の上ではない。しかし彼女のことをもっと詳しく理解しておきたい、知っておきたいと思うのだ。


(まさかこの年になって、国王たる余がこのような気分を味わうとはな)


 本題に至らない雑談を続けながら、目の前の小柄な少女を見る。乳白色の髪と神秘的なラベンダー色の目を持つ、作り物めいて美しい少女。アクセラ=ラナ=オルクス。彼女のような人間を相手にする機会は、大国ユーレントハイムの王としても初めての経験であった。


(ただの家臣やその子女ではなく、ただの使徒でもなく……)


 神の直臣とでもいうべき使徒は俗世の権力に首を垂れることをしない。しかし所在を世界的に知られている使徒は現在、教会という権力に属する。当然面会の際にはお互い、それなりの敬意と外交的な威厳というもので身を鎧う。

 対して目の前の使徒はそうした俗世の後ろ立てを持たない。それゆえに飾らず、使徒の中立性を体現したような態度をとる。それが新鮮であり、無二のものだと感じられた。


(しかし)


 一方で出自は建国以来の王国家臣であるオルクス家の長女、つまり世間的には余に恭順することを求められるのである。


(これで使徒であることを公表しているのであればいいのだが)


 それは彼女を取り巻く家の事情や政治的な状況が許さない。よって彼女は王を前に毅然と立ちつつ、貴族にはしおらしく接しなくてはいけないという一種異様な振る舞いを強いられている。


(あるいは思慮の浅い子供であるか、いっそ情の薄い娘であれば……)


 オルクス家の置かれた複雑な立場で教会が後ろ立てに回る。それは下手をすればレグムント侯爵、ザムロ公爵の対立に教会という第三勢力を噛ませるという意味になる。同じ四大貴族の綱引きだからこそ妥協の余地があるところへまったく軸の違う、しかも使徒絡みとあって両者以上に引き下がれない参加者が現れるのは……泥沼以外の何物でもない。


(そのことは彼女も分かっておるのだろう)


 家族や領地を見捨てて己の使徒としての振る舞いを通すのであれば、三者対立の構図にしても問題はない。しかしそうなれば誰もが真綿で首を絞められるようなオルクス領の状況に手を触れられなくなる。いくらこれまで上手く持ちこたえていたとしても、いずれは限界を迎えるだろう。それは彼女の情が許さない。


(シネンシスより聞く限り、この娘は北方貴族の阿呆共よりよほど貴族としての矜持を持っておる。生まれ育った領の民に負う義務など、学院に入る前の子供の何割が本当に理解しているだろうか)


 使徒として、令嬢として、貴族として……ある意味で王族よりもよほど窮屈で誤りの許されない危機的状況でアクセラという子供は育ってきたのだ。そのことに一人の親として同情と怒りを覚えずにはいられない。薄くとも確たる怒りだ。


(オルクス伯も、ザムロ公(ジョイアス)も、レグムント侯(ヴォイザーク)も……そして余も、一体こんな子供に何をさせておるのだろうな)


「陛下」


 アクセラとの会話は続けつつ、感慨に一人沈んでいたときだった。余のわずかな変化をとらえたのであろう、変幻自在の超越者扮するガーニスが横からそっと声をかけてきた。


「お話し中失礼いたします。陛下、お注ぎいたしましょうか?」

「そうしてくれ」


 いつの間にか両手で包むようにして握っていたティーカップ。すっかり空になっていたそれを、白衣の儀典官が取れるよう机に置く。


「ガーニス、彼女にももう一杯注いでやるがよい。そののち、書記を務めよ」

「ハッ」


 畏まるガーニス。その手元でとぽとぽと小気味いい音がし、柔らかい茶葉の香りがこちらまで漂ってくる。雨のせいか薄っすらと冷え込みを増した空気を、芳しい湯気が押しのける。


「して、アクセラよ」


 ガーニスの手によって二人の杯が満たされたところで、余は椅子に深く座り直して目の前の少女を見つめた。その深い紫の瞳を。


「相談とは何事か、聞こうではないか」


 貴族同士の会話では絶対にしない、極めて直球の質問を投げる。王と使徒という、交わることのない権威の軸の違う存在同士。腹を探り合っていてもしようがない。そう考えてのことだった。


「ん。違法奴隷を扱う商人への捜査と逮捕の権限が欲しい」


 同じく直球で返してくる娘。その言葉に、余は思わず眉間を指で押さえた。


「……陛下?」

「……いや、なに、思ったよりとんでもない要求が来たと思っただけだ」


 一瞬、これまでしみじみと思い返していた同情心が全て吹き飛んだかと思った。そして声を大にして「できるわけなかろう!」と一喝しそうになったのである。


(考えよ、ラトナビュラ。考えるのだ、ユーレントハイムの王)


 自分に言い聞かせながら、その言葉を反芻する。

 王都での捜査と逮捕の権限。これらは組織で言えば騎士団と衛兵にのみ与えられた特権である。個人では余と王妃、王太子、そして四大貴族の当主のみが保持する。それ以外はいかな大臣、大貴族、高級軍人であろうとも与えられることはない。


(いくら使徒でも……いや、確かに単一の案件に絞って権利者がそれを貸与した前例は、なくもなかったか)


 随分と昔に叩き込んだ法と歴史の知識に、数例だけそういったケースは存在する。


(とはいえ、いくら何でも今回は無理だ)


 だが単に無理だと断ったところで話は進まない。どうしてそのような相談が飛び出したのかだ。


「アクセラよ、何故その権限が必要なのだ」

「奴隷商人を逮捕するためです」

「もう少し言葉を補いなさい……」

「ん。違法奴隷の根絶は技術神の御心。それにオルクス家は関わっているという噂がある。事実なら家が吹き飛ぶ」


 すらすらと出てくる言葉はまるで用意したかの如く。


「違法奴隷の存在については余も心を痛めているがな。しかしそう簡単に証拠が挙がるようなら、とっくに衛兵と騎士団を送り込んで殲滅しておるわ。その点はいかに?」

「エクセルは元奴隷。それに奴隷商狩りの経験も多い。使徒の私は嗅覚……?ん、センス……?ノウハウ……?ん、まあ、コツが分かってる」

「本当に分かっておるのか……」


 なんとも曖昧で不安になる物言い。つい眉間に皺が寄るのを自覚する。


「無理そう、ですか?」


 もっと色々と事情を聞いてから答えようかとも思っていたが、真っ直ぐにそう聞かれてはぐらかすのも不誠実。そう考えて余は茶を一口含んで、喉を温めてからキッパリ首を横に振った。


「厳しいな。お前は自分で言った通り、関係があるとみられるオルクス家に連なる者。そんな者に権限を与えることは、筋が通らぬ」

「……ん」


 やはり、とでも言うように肩をすくめるアクセラ。


「もちろんお前が使徒としての事情を明かすのであれば、我々も大手を振って権限を与えるが」


 そう付け加えても彼女は特に反応を変えず、ただ自らもカップの中に口をつけるだけ。


(さして落胆した風でもない。つまりこの娘は自らの要求が無理筋であることを理解しておったわけか……ではなぜそもそも聞いたのか?)


 今まで言葉を交わした限り、そしてシネンシスの話を聞く限り、アクセラという少女はあまり口が上手くない。頭は悪くないようだが、性格的に腹芸が向いていない。

 実際、難しい案を突き付けたあとに簡単な案を出すのは交渉の常套手段だが、いくら待ってみても第二案が出てくる様子はない。本当にこの質問一つを抱えてやってきたわけだ。


(なんと評すべきか。大人に言われたコトをそのまま言いに来ただけのような……いや、そういえば)


「ときにアクセラよ」


 ふと思い出したことがあり、余は紫の目の少女に問いかける。


「お前の乳兄弟、エレナの父はお前の家の家宰であったな。元子爵の」

「ん、ビクター。元マクミレッツ子爵」

「そうであった。マクミレッツ子爵。たしか先代の三男であったか」

「たぶん」


 頷きつつ記憶を掘り返す。

 先代マクミレッツ子爵の息子は数人いたが、たしか長兄亡きあとは三男が継いでいたはずである。余はギリギリ長兄と次兄の間の世代であったため、学院ではどのマクミレッツとも直接の交流はなかった。

 しかし当の三男は貴族界において有名な人物である。


(自ら家を畳んだ狂気の男……)


 貴族にとって何より大切な爵位を、二十年ほど前に彼は自ら返上してのけたのだ。

 あまり社交界に出る方ではなく、領地を持たない地方文官だったこともあり名前は知られていない。勲一等となったエレナについても、その男の娘だと理解している者はきっと多くないに違いない。しかしその事実だけは本当に有名であった。


(以前に調べた限りでは怪しいところのない男であったが、非常に頭がよく忠誠心が高いと聞く)


 その忠誠心が彼に爵位を捨てさせたのだというのがもっぱらの噂だ。しかしそれは全て計算された野心の一端であると評す者も、まったくいないわけではない。また明らかに貴族社会では狂人の類でありながら、少なくない地方貴族から慕われ続けてもいる。


(正直に評するならば、理解不能であり不穏な人物そのもの)


 一つ確かなのは、目の前に座るこの少女が彼の人物の意思を受けて動いているということ。彼女自身は腹芸が得意ではないが、マクミレッツ元子爵という権謀術数に長けた男の腹の皮に過ぎないと考えれば違和感は消える。


(ではこれは何かの策略か?いや、しかし、そうと言い切るのもまた違和感のある話)


 二重底の箱を送り付けられたような気分だが、それだけにしては箱が豪華すぎる。なにせ使徒だ。あまり操り人形にすれば政治利用として国内外、最悪ガイラテインを交えて問題にされかねない。


(アクセラを信用するに否はないが、ではマクミレッツ元子爵はどうだ?)


 その真意がアクセラに沿うものならば、心強い軍師ということになる。しかしそうでないならば王国に数多いる共生可能な厄介タヌキか、全てを狂わす野心に滾った獅子身中の虫か。

 信用してもいいのかもしれない。そう直感が告げるのは目の前の使徒の性格によるものだろう。だが彼女が信じているから余も信じてみようなどと、そんな世迷言はとてもではないが吐けない。

 余には一国という重い責任があるし、その方面で信頼するにはアクセラという少女はあまりに真っ直ぐすぎる。騙されていない保証が何も得られない。


「陛下?」


 やや沈黙が長すぎたようで、白髪の少女が視界の中心にて首を傾げていた。


「……なに、折角頼られたのだ。力になってやれる方法がないかと考えておっただけのことよ」


 余は瞬時にそれまでの気持ちから一段階警戒レベルを上げ、本心と建前の混じる笑みを返す。そしてそのまま会話を締めにかかった。


(今結論を出すのは、時期尚早に過ぎる故な)


 チクリと胸が痛んだが、その程度で動じるほど初心でもない。

 指を一つ立て、優先度を示す。


「まず違法奴隷についてだが、先ほど言ったように余も憂慮しておる。その排除にお前の……そのよく分からん勘のような物が役立つのであれば、協力することに否はない」


 そう言って二本目を立てた。


「次にオルクス家だが、王家としてはもちろん存続こそが望ましい」

「それは、助かる」


 わずかに顔色をよくして頷くアクセラだが、余はそれに対して首を横へ動かした。


「安堵するには早い。なにせお前の懸念はまさしくその通りだからだ。このまま違法奴隷との関係が噂通りであると立証されればお家取り潰し、免れ得ぬは必定」


 そこまで至ってしまえば余とてオルクスを救うことはできない。王家は法を捻じ曲げるくらいならでき、また必要とあらば行う。しかし破ることは罷りならぬ。統治者としてそれをしてしまえば、貴族たちに強いている厳格な楔は木っ端微塵となるだろう。


(あおりを食うのは、結局のところ民であるからな)


 ここまでは余とアクセラ、そしておそらくマクミレッツ元子爵の共通認識。ここから違法奴隷問題を片付け、オルクス家を存続させる道筋をどう立てるか。そしてその先にどういう未来を描くか。懸念されるのはそこの違いだ。


(問題は元子爵の高い忠誠心がどこに向いているのか、であろうな)


 そこを探るにしても時間が必要となる。なにせ相手は遠方に住まう辣腕の持ち主。だがその件がハッキリしない限り、あまりアクセラの言葉通りに協力するのも躊躇われる。


(幸か不幸か、実際にこの場でよい案をポンと出せるほど余も人間離れしておらぬしな)


 王としては少々ならず恥ずべきことだが、一朝一夕に「こうすればよい」と言ってやれる問題ではない。


「アクセラよ、相談に乗っておいて不甲斐ないことだが、この件は一旦方法を考えさせてもらおう。許せ」


 というわけで余は半ば一方的に会談を打ち切る宣言を出した。

 対してアクセラはというと、特に変わらぬ表情で頷いた。


「もちろん。私も今日言って、今日返事がもらえるとは思ってないです」


 進展は特になし。しかしすっかり見落としていた重要な要素が表に出てきたことと、何よりも本当に約束通り使徒自ら事前の相談をしに来たという成果があった。関係増強の大きな一歩となったことだろう。


「陛下、そろそろ次のご予定が」

「そうであったな……」


 話が一つの区切りを見たところで、ガーニスが若干急かすような口調で言う。懐より時計を出して見れば、確かに軍部の会議まであと三十分を切っていた。


「では、アクセラよ。また愚息を通して連絡をしようではないか」

「お時間、ありがとうございます。陛下」

「うむ」


 中途半端な礼儀にそぐわない、美しい礼をするアクセラ。その茫洋とした視線に送られながら、余は部屋を後にした。


「ガーニス」

「もちろん、今回は私自らが調べてまいります」

「頼んだぞ」


 儀典官らしからぬ口調で小さく答えた男は、廊下を曲がる頃にはもう背後から消えているのであった。


東京でReoNaの初武道館ライブ行ってきました。

人がすごすぎて若干酔いましたが、最高に楽しかったです。

深川飯弁当を買って帰りの新幹線で食いました。うめえな、深川飯。

日本旅行のJRと宿のセットは地方からだと宿代が消滅するバグがあるのでオススメです。

※正規の往復新幹線+宿代で計算したときに往復代と同じくらいになるプランがある、の意。


~予告~

新しい刀を拝領したアクセラが向かった先は王都ギルド。

今日は一際有名なあの冒険者の凱旋の日で……。

次回、黄金剣オーウェン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ