十二章 第12話 嫁入り道具
レンデルク子爵邸での夜会は続く。
エレナはイオテラ伯爵夫人の腹心であり、ダンス友達の片方でもあるオールドミスにリードされながら踊っている。その楽しそうな姿を視界の端に収めながら、俺は俺ですっかり打ち解けた貴族の当主たちと談笑を続けていた。
「いやはや、しかしアクセラ嬢の豪胆ぶりには驚かされる!」
「胆力もですが、やはり剣一振りで魔獣と戦うというその勇気!」
「恐縮です」
戦いの話が好きなメルメク男爵とカーニエ男爵が興奮気味に繰り返す。
子育て相談会が終わってから、俺は言い訳の通りトワリの反乱の話をした。その反応を見てイケそうだと感じたので、更に色々と冒険者としての経験を語って聞かせもした。
子爵の交友が文官に寄っていることもあり、彼らは俺の冒険譚を非日常の物語として楽しんでくれたようである。まるで少年の様によく食いついてくれた。
「しかし本当に美味いのかね、先ほど出てきたセンチネルなんとかという魔物は」
「センチネルスピナッチですね。バター焼きにしました。味の濃厚なほうれん草でしたね……キッシュに詰めてもあれは美味しいはずです」
「ほほう。それは旨そうだ」
実は美食家らしいイオテラ伯爵が顎を擦って頷く。
しれっと魔物食材の布教もしているところだ。
「いや、私は遠慮するね!ほうれん草を倍量食べる方がまだいい!」
「ソラマメと炒めるとワインに合いますよ」
「何、ワインに合うのか?それなら話は変わってくる!」
「貴殿の手のひら返しの早さには呆れるばかりだ!わはは!!」
「何を言うか、美味いワインのアテは正義だぞ!」
「それは違いない!!」
すっかりできあがったワインと賭けが大好きなオーガスト伯爵。その横で彼の背を叩き笑うのは親戚だというルオーデン子爵で、こちらもワイン狂い。怒鳴り合う姿がほほえましくもうるさい。
(ぐあー……そろそろ覚えられなくなりそう)
しかし、思っていた以上に俺は煙草倶楽部の面々と親交を深めることができた。
(俺の場合は前の経験もあるんだろうが)
前世といえば山賊上がりのクソ生意気なガキ、それも元奴隷だ。反骨精神の塊のような生き物だった俺は、それはもう処世術ができずに散々エラい目にあってきた。そのガキを反面教師にするだけでかなり喋りやすい。地味ながら意外な発見だった。
「しっかしこれだけの武勇伝を聞いた後でも、まだ本人を目の前にすると」
「ええ、ええ。分かりますとも。この細腕にそんな力が宿っていると、どうしても思えないのでしょう」
しみじみと、不躾なほどこちらを見てくるダゼン男爵。しかし彼は実直な騎士といったカンジで、陰湿な印象は全く受けない。
その横で相槌を打つ……えっと、たしかフレッセン子爵だったか。彼は気取った様子だがダゼン男爵の友人だけあって、やはりからっとした性格の持ち主。ただし文官だ。
(しかし、細腕ね)
袖の長いドレスを着ているからそう感じるだけで、脱げば彼らの思っているよりはるかに筋肉がついているのだが。そんな風に思いながらも俺はフレッセン子爵に手を差し出して茶化す。
「試してみられますか?」
「腕相撲ですか?いやぁ、遠慮しておきますよ。いくら万年机にかじりついている政務官といっても、娘より下の少女に負けたら恥ずかしいですので!」
「下手をすればフレッセン殿の方が細腕だからな!」
ワハハと笑う一同。酒も煙草もずいぶん進んでいる。それだけ会話が弾み、各々がこの時を楽しめているということだろう。普段のペースは知らないが、とりあえず今日のところは上々そうだ。
「剛腕といえばですな」
「だれも剛腕とは言っとらんだろう」
「ん……私、腕が太いと罵られましたか?」
「言っておりません、言っておりませんって!」
「いやいや、ワシにもそう聞こえたなぁ?」
「勘弁してください、皆様!からかわれますな!」
やや若い貴族が言葉選びを間違えた瞬間、イオテラ伯爵がそれを弄りにかかる。俺も乗っかる。慌てて彼は否定して、別の誰かが更に混ぜっ返し、また皆が笑う。そうして乾いた喉を潤すため、揃って盃を傾ける。
(いいかげん、ちょっとジュースもしんどいけど)
桃に似たとろみのある果汁は濃厚で、ちょっと胸焼けがする。俺は普段からあまり甘い物を量で欲しがる方ではないのだ。そろそろお茶か何かに変えてほしい。
「それで、剛腕がどうしたのだ?」
上機嫌にイオテラ伯爵が話を向ける。しかし続けてそのやや若い貴族が口にした内容に、場の空気は一気に沈降した。
「彼の黄金剣が近々帰ってくるそうですよ!」
本人は純粋に嬉しそうな、弾んだ声なのだ。しかしその弾んだ声は空しく天幕に木霊する。
「あー、うむ、黄金剣な。うむ。帰ってくるな」
一人がなんとも疲れた声で復唱した。他の紳士たちもうんざり顔で頷く。それまでの温まっていた場は突如として死を迎えていた。
「言われずとも分かっていますよ」
「あと五日であろう。覚えてしまったわ」
「厳密には五日後の昼、ですぞ。もう耳にタコができそうで」
「あー、でしたなぁ。私もタコです。タコだらけです」
「家内が入れあげていて……」
「私のところは娘が三人ともだ。まったく、嘆かわしい」
家族の愚痴大会に舞い戻りそうな空気の中、眉間をもみほぐしていた伯爵は俺にも視線を向けてくる。そこにはやはり倦怠感というか、諦念の感情が込められていた。
「アクセラ嬢も年頃の女性として、やはり気になるクチかね」
どうせそうだろうという気持ちが見え隠れしているが、残念ながら俺はその名前を知らない。
「黄金剣、ですか?」
「おや、知らない?」
男たちの間で何か視線が交わされた。素早く、そして鋭い視線だ。
「知らないのであればこの話題は止めておこう!」
俺が首を傾げるとほぼ同時、嬉しそうにワイン好きのオーガスト伯が言い出す。
「ンンッ、そうですな。それがいいでしょう」
「ええ、ええ。あえて触れる話でもない」
「もっと楽しい話をしよう」
「めでたい話はありませんか?めでたい話が聞きたいです」
こぞって男たちが流そうとする黄金剣なる話題。帰ってくるという事は人だろうか。あるいは貸与されて王都を離れている特別な武器という事もありうる。
ただ今ここでその話題を深堀するのは難しそうだと、俺は早々に諦めた。なにせダンガル子爵が嬉しそうに身を乗り出したからだ。
「ン、ンンッ、めでたい話と言われまして私事を披露するのも恐縮なのですが、うちの娘の縁談がまとまりまして」
「おお、そういえば先ほどちらっと話題に出されていたな!」
「夏には輿入れだとか」
(そりゃあ本当におめでたいな)
レンデルク子爵にそっくりのポッテリした顔をハンカチで拭きながら、ダンガル子爵は嬉しそうに笑み崩れる。
俺は自分も会話に混じるべく口を開く。
「お相手はどちらの方なのですか?」
「リジロー辺境伯の次男で、ンッ、辺境伯の軍をあずかる将軍になるお人です」
リジロー辺境伯。どこかで聞いたが、どこだったか。国土の端を守る大貴族に与えられるのが辺境伯という地位。しかし軍事力に秀でる必要があるため、数は多くない。
(たしか南の辺境伯がベルベンスの祖父で……リジロー、どこだっけ)
そんな俺の疑問は、幸いにも誰かが引き継いだ会話の中で明らかになっていく。
「リジロー辺境伯家ですか、大貴族ですね」
「魔の森を睨む一大武門だ、当然さ。兵は精強で産業も強い。特に領内にはあの岩の名産地、ボスボロ山がある」
「!」
辺境伯領が西の「魔の森」に対する守護であることは分かったが、それ以上に気になるワードが飛び出した。
ボスボロ山。その言葉に俺は神経を鋭くせざるをえない。ミアから下された啓示、つまり使徒への使命依頼に関わる地名だからだ。
(一年以内を目途に、ボスボロ山に向かえ。それがミアの啓示。イーハとバロンについての手掛かりになるだろうと言われたが……)
気になる。とても気になる。しかし年上との会話で気に入られるコツは話を遮らないこと。まだ俺から突っ込んで話を聞ける流れではない。
「あの山の麓から切り出す純白の大岩を使った白亜の城塞はその象徴として有名ですな」
「良質なのは岩だけではないでしょう、あそこの木材は木目が詰まっていて頑丈だ。木工職人の聖地と呼ばれるのも頷ける、いい材ですよ」
「木工職人の聖地ですか?」
ボスボロ山については見送るが、食いつけそうな場所があれば躊躇わずに食いつく。
「おや、アクセラ嬢は家具にご興味が?」
「椅子や机は少しだけ拘りが……武辺者ですから、日々の生活には安らげる調度がほしいので」
そういうと騎士のダゼン男爵が大きく頷いた。
「その気持ちはよく分かる」
「ああ、たしかにそういう話は聞きますね」
「フォートリン伯も椅子の収集癖がありましたな」
(そうだったのか)
てっきりレイルと親子そろって英雄フェチの変態だと思っていが、そういう一面もあるのか。実際、家具を愛でるのは前世からの趣味なのだ。もし直接会話をすることになったら、この話題で切り抜けよう。
「たしか先日も奥方に黙って高価な椅子を数脚まとめて買って、かなりの大目玉を喰らわされたとか」
「懲りんなぁ、アイツも」
などと話題が逸れそうになると、レンデルク子爵がすかさず従兄に質問を飛ばして軌道を修正する。
「ンッ、ノーマン。折角だから例の悩み事を話してみてはどうかね?」
「ああ、それもそうだね」
「悩みとな?」
頷くダンガル子爵。イオテラ伯爵が俺たちを代表して先を促す。
「大事ではないのです。ンッ、ただリジロー辺境伯がお相手だと、嫁入り道具にこまっておりまして」
ふくよかな顔で困ったような、それでもなお嬉しそうな、そんな表情を彼は浮かべた。
「あー……たしかに辺境伯は産業の豊かな領地を持っておられるから」
「それはさぞ悩むでしょう」
同情的な貴族たちに囲まれて、俺は理解するまでに少しの時間を必要とした。それは俺が結婚というものに縁遠いからだ。
(ああ、そうか。嫁入り道具の鉄板は家具。けど向こうがソレの本場なんだ)
愛用の品を持って行くということはあるだろうが、新品の家具一つ付けないのは貴族としてはあり得ない……のかもしれない。話題が遠すぎて全く分からない。
「もう仰る通りですとも。ンンッ、あまり小物ばかり持たせるのも格好がつきませんからな」
「それは難しいな」
それぞれが領地の特産品などを絡めてあれこれ提案を始めるのかと思っていたが、男たちは一様に首をひねる。
「皆様の領地に素晴らしい産物が色々とあるのではないですか?」
違和感を覚えた俺は隣に座るレンデルク子爵に小声で訊ねる。すると彼は苦笑を含ませて、おなじく小声で理由を教えてくれた。
「ええ、ええ、皆さん自慢の特産品をお持ちです。けれど煙草倶楽部は縁を育み、会話を楽しむ場所。自領の売り込みはしない暗黙のルールがあるのです」
「なるほど」
端からココはガードを下げてお互いの人となりや置かれている状況を見せ合う場だったということか。どうりで海千山千の男たちがあまりギラギラしていないというか、有体に言ってオフの空気を纏っているわけだ。
となるとどこの領地とも利害関係の薄いオルクスの、それも当主ですらない俺にお鉢が回ってくるのは必然。
「アクセラ嬢、何かいい案はないものかね」
「おお、そうだ。男ばかりで考えていても埒が明かぬが、ここに淑女が一人おられた」
大笑する年嵩の伯爵。俺は微笑みを返しながら、内心で苦い顔をする。
(いやぁ……俺、アンタ達以上の野郎気質なんだけど。あとこの流れ、新参者だから仕方ないんだろうけど、何回やられるんだよ)
再三、あるいは再四くらいで集まる視線。俺は内心で疲労感を覚えつつ、長手袋に包まれた両手の指を絡めた。
「そう、ですね」
少し考える。いくら俺の中身が男でも、身体的に今は女。しかもエレナと生活している。女性ならではの感覚とやらは持っていないが、女性ならではの家具は思いつきやすいハズ。
(何かないか、何か……!)
「ん、そうだ」
「おお、何かありますかな?」
ダンガル子爵とレンデルク子爵がそっくりの顔で俺を見つめる。
「女性の家具といえば鏡台です」
「ンッ、しかしそれはまさに木工職人の腕の見せどころでは?」
鏡台の見どころと言えばやはり優美な彫刻。映り込む持ち主を美しく飾りつつ、しかし決して主役に躍り出てはいけない。そして毎日見る以上、飽きがこずに愛される物である必要がある。
そんなことは家具好きの俺もよく分かっている。だから重ねられた質問に頷いた。
「仰る通り、本体は木工職人の領分です。でも填め込む鏡を取り寄せるのはどうですか?」
その問いかけに彼らは互いの顔を見合い、それから小さく「たしかに」と呟いた。
「パーツに分けるという発想はなかったが、そうか、それはありだな」
「ええ、よい鏡ともなれば要求されるスキルレベルも高い。女性的ですし、ンンッ、贈り物の王道からも外れません」
鏡はガラスと銀でできている。その銀に純ミスリルを使えば、値段は跳ね上がるが百年以上曇らない鏡に仕上がることだろう。さらに付与魔法を施すこともできる。貴族の結婚祝いとして他所に負けない、特別な品だ。
「ただまあ、懸念は完成品ではなく鏡一枚というところですね」
男爵の一人がそう言って髭を撫でれば、隣の子爵がふーっと鼻から煙を吹いて腕を組む。
「しょせん鏡と思われるかもしれない、と?」
「うむ。まあ本当に価値の分かる者は何も言わないだろうが……」
「いや、リジロー辺境伯なら分かってくださるじゃろう」
「しかし祝いの品は大々的に、誰しもに分かってもらうべきでは?」
「それに鏡だけというのはやはり……品数も増したいところですぞ」
ふと生活用の魔道具類をセットにするのはどうだろうか、などと思いついたが飲み込む。
リオリー商会の開発関係者だということは伏せられているが。テスターであることは公にしている情報だ。利害関係のある商会を推すのは、煙草倶楽部のマナーに反する。
(それに新しいタイプの生活用魔道具なんて、まだ普及してないからな。実感がわかないだろう)
昔からある魔道具は、大きな都市であれば大体同じものが手に入るのだ。
戦闘用のものではなく、日々の生活に使える代物となると差別化がされていない。そういうイメージがある中で提案しても、それくらい向こうで揃えてくれるだろうと却下されるのが目に見えている。
(あとリオリー商会の店から遠いと、カートリッジの補充が大変だからな)
あるいは定期便でも作ってみようか。そんなことを考えていると、誰かがもう一つ面白い案を出してきた。
「そうだ、寝具などどうです?アクセラ嬢の鏡の話から思いついたのですが……」
「なるほど、こちらも枠組みなどをリジロー家に任せ、マットレスやリネン類を用意するということですな」
「それはいいかもしれないね」
たしかにいいアイデアだ。人は人生の三割近くを眠って過ごすのだから、快適な寝具というのはとても重要なアイテム。しかも素材の産地や性質を考え出すと無数の選択肢がある。
「特に掛け布団の中身と肌に触れるリネンは、拘り始めれば青天井ですな。贈る際の口上も充実させやすい」
ドコソコのコレコレという有名な素材を、ダレソレという職人に加工させ……というやつだ。基本的にこの口上が長く複雑な方が貴族は喜ぶ。
(冒険者としては、あんまり朗々と由来を告げられると雲散臭いと感じるんだがな)
とはいえここにいるのは全て貴族。口上は立派であることを尊ばれる。
そんなわけで、そこから話題は寝具の素材に飛んだ。
「やはりシルクでしょう。滑らかな肌触りは古来より愛されていますからな」
「ただのシルクでは面白みがない。その点、ガイラテインの雪絹は素晴らしいですぞ」
「いやいや表面よりも中身だよ。トライラント領の育てているガチョウの毛は暖かくて気持ちがいい」
アベルの領地ではあの湖で水鳥の飼育なども行っているらしい。観光資源と情報だけではないのだな。
それにしても各々、金のある立場だけあって詳しいし思い入れがあるようだ。しかも今回はどの寝具の素材がいいかという、産地を出してもいい話題。露骨な利益誘導は嫌われるだろうが、好きな素材を推すだけならとこぞって口を開いている。
「ガチョウなら僕は北方貴族の所領が優秀だと思いますが」
「いや待て待て。贈るのは夏だ。それならひんやりとした雪絹の方がいいはず。羽毛の良し悪しを比べても仕方あるまい」
「たしかに夏の寝具というと表面にこそ拘りたいですな」
「輸入品になるがサルサク織はどうだろう。滑らかではないが、あのドライな綿の感触は真夏でも寝やすい」
存外白熱するベッドの素材論争。それから更に二巡ほどしたのち、イオテラ伯爵がダンガル子爵の方を向いて首を傾げた。
「そのあたり、子爵自身やご令嬢はどうなのだ。本人や近親者の好みが分かれば早いだろう」
「ンンッ、そ、そうですな。しかし私、実は大抵どんなところでも寝れてしまう質でして。さすがに娘はそんなこともないのでしょうが、ンッ、自分が気にしなかっただけに何を好んでいるかは……」
「うぅむ……アクセラ嬢はどうだ?同じ女性の意見を聞かせてくれぬか」
恥ずかしそうにダンガル子爵が頭を掻くものだから、伯爵は困って俺に同じ質問を回してくる。しかし俺も子爵に似た微笑みを浮かべるほかない。
「座ったままでも、石の上でも、すぐに熟睡できるので……」
「ンンッ!アクセラ嬢もでしたか」
「ん、はい。お揃いですね、ダンガル子爵」
地図のあるダンジョンでは、どこで寝るかやいつ寝るかは大体決められる。しかし逆にその場所、その時間でさっと寝てさっと起きることを求められる。あと地形や材質によっては横になるより座った方が疲れない場合もあったりする。
「二人とも楽しそうで何よりだが、それでは参考にならんではないか」
「ん、先ほど出なかった魔物素材についてでしたら、お答えできるかと」
貴族たちから聞こえてきた魔物素材はいくつもあったが、基本的に全てテイマーにより家畜化された魔物の産物だった。雪蚕がいい例だ。
「ということは野生の魔物の?」
「はい。お勧めなのはアーマーダックの内毛とサンダーバードの羽毛です」
並み居る紳士たちはそのいずれも知らなかったようで、顔を見合わせて首を傾げている。どれも比較的珍しい素材で、安定供給もできないものだ。仕方がないといえば仕方がない。
「アーマーダックは頑丈な岩の鎧を纏った鳥形の魔物です。鎧の下に温度調整を司る柔らかい内毛が生えています」
「暖かそうだが……」
「暖かいです。でも水属性の魔力を流すとうっすら冷たくなる性質があります」
これには数名が驚いた顔をした。けれど肝心のダンガル子爵は困った様子のまま。
「娘の属性は風でして……水は使えないのですよ」
「目立たない縁に金具をつけ、そこにクリスタルを填め込めば大丈夫です」
「なるほど、魔道具にしてしまうのか!アクセラ嬢は面白いことを思いつかれるなあ」
「そこまで大げさな物ではありませんから、眠るときに邪魔ということはないかと」
鏡を別パーツとして工程を分けることや、普通はベッドに組み込まれていない魔道具的加工を加えること。思いつきさえすれば簡単なことだが、あるものをあるがままに受け入れるスキル社会に馴染んでいるとこれが意外に難しいのだ。
(学院ではもうかなり好き勝手できるようになったから、こういう種蒔きは久々だな)
「サンダーバードは雷を纏った鳥ですよね。その羽が寝具の素材になるのですか?」
浅黒い肌の男爵が訊ねる。彼の言う通りサンダーバードは雷光が鳥の形になったような魔物。ランクは単体でCの上位と凶暴。およそベッドのワタになるとは思えない。ところがだ。
「この魔物は死ぬと放電し尽して美しい黄色の羽を残します。微細な電気を吸収する性質があるので、枕にすれば髪が絡まりにくくなるとか」
「Cランクの魔物を倒して作るのが髪の絡まらない枕とは……いや、しかし女性にはたしかに嬉しい品かもしれない」
「ダンガル子爵のご息女は長く美しい髪をされていましたな?」
「それなら一層、お勧めです」
いくつか腹案を交えつつ、最終的に子爵は鏡と寝具を中心に小物いくつかを揃えることとした。枕のためのサンダーバード討伐依頼はまたギルドに伝えるそうだ。
ようやく本日最大の話題が片付いたところで、イオテラ伯爵が太い葉巻を取り出す。後ろで影のように控えていた執事がするりと現れてその先端を切り落とし、魔道具を差し出して火を灯した。
「ふぅー」
頬をふくらませて紫煙を含み、それを勢いよく吐き出す伯爵。その周りで他の男たちもそれに倣った。
(肺が死ぬ)
脳が揺れるような嫌な感覚を耐える。
「しかし自領の産物が絡むならまだしも、すぐに鏡台の鏡と本体を切り分けて考えるなど思いつかなかった」
「それも素材を扱う冒険者ならではの視点ということでしょうか」
全然違う。こうした思考のしかたは技術思想の方だ。しかしここで宗教の話を始めるヤバい奴にはなりたくない。それにこういう考え方があるとだけ思ってもらえればいいのだ。
(自分で危ない宗教扱いするのもどうかと思うがな、教祖どころかご本尊だし)
などとくだらない考えはおくびにも出さず、俺は小さく頭を下げる。
「恐れ入ります」
「恐れ入るのはこちらだよ。あまり大きな声では言えないが……我々を前に韜晦しない令嬢は少ないのでね」
「差し出がましかったでしょうか?」
「なに、むしろ気持ちよく喋れた」
ぷはーっと大きく煙を噴き上げて伯爵が笑う。
「機会があれば話題を変えて、色々じっくり話をしてみたいものだ」
「ありがとうございます」
そのあとも色々と、特に素材関係の話を中心に俺は知識を披露させられた。政治的な話は一切ナシ。おそらく俺が来たことで話題を一般向けなものに絞ったのだろう。
(でもとっかかりは得られた)
思った以上に会話自体は弾んだし、何より俺の特性をある程度理解してもらったうえで受け入れられたのだ。これからも足を運べば、近いうちにそうした重みのある話題にも混ぜてもらえる……ハズ。
(あと気になるのは黄金剣、か)
頭の片隅でその単語をメモする。
舞踏会は煙草倶楽部と共に、ほぼ踊ることなく更けていくのだった。
~予告~
ストレスフルな社交の息抜き。
それは恋人との非日常の時間。
次回、ご褒美とお仕置き
いやぁ、タイトルが既にいかがわしいのに
宣伝文句が思いつかなくて余計いかがわいいカンジに。
安心してください、中身も割といかがわしい寄りです!




