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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
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十二章 第11話 たばこクラブ

 富裕街に建つレンデルク子爵別邸。噴水のあるアプローチに停まった馬車から降りた俺とエレナは、そっと近づいてきた執事に招待状を手渡す。


「拝見いたします……失礼いたしました。ようこそおいでくださいました、お嬢様方」


 恭しく腰を折る執事。背後で馬車が去り、代わりに別の誰かの馬車が滑り込んでくる。その微風を感じながら、俺たちは彼の案内に従ってエントランスをくぐった。

 瞬間、会場にいた多くの紳士淑女の目がこちらへ向いた。露骨に凝視するような無粋な者もそれなりにいるが、多くはそっと視界の端に捉えて意識だけ向けてくる。


(それでも分かるけどね)


 俺は内心で苦笑しながら、エレナを伴って中心へと足を進める。彼女も視線の多さには驚いているようだ。しかしBランク冒険者の矜持として、こんなところで怯むわけにいかない。そう思ってか、表面的にはまったく動じた様子もなく、凛と背筋を伸ばしてついてくる。


「レンデルク子爵閣下」


 会場の真ん中で数名と談笑していた今日の主催者に声をかける。小太りの紳士はすぐに振り向いて満面の笑みを浮かべてくれた。


「ンンッ、アクセラ嬢」


 特徴的な咳払いに続けて俺の名前を呼ぶ子爵。そこには確かな親しみが込められている。大舞踏会で抱いた印象と変わらず、朗らかで優しそうな紳士だ。


「今宵はお招きいただきまして、ありがとうございます」


 俺はつい先日彼から贈られた深緑のドレスの裾を摘まんだ。

 外向きの言葉遣い。恭しい礼。上品な動き。ラナ仕込みの貴族令嬢らしい所作。それだけで先日の大舞踏会に参加していなかった者達から意外そうな気配が溢れた。


(オルクスの悪名と、それからラナの教育のおかげ)


 前情報と初対面の間に生じるギャップというのは、人付き合いにおいて大きな要素だ。前情報が悪ければ悪いほど、初対面が良ければよいほど、強く好印象が刷り込まれる。「なんだ、素敵なお嬢さんじゃないか」と。


「このドレスも、とても気に入ってしまいました」

「ええ、ええ。とてもお似合いですよ。贈らせて頂いた甲斐がありました、ンンッ」

「ありがとうございます」


 デビューの夜の派手な赤と銀のドレスとはかなり趣の違う、デザイン的にも色合い的にも落ち着いた一着だ。インパクトを重視すべきだった前回に対して、今回は穏やかに行く予定なのだ。

 そんなことを考えていたときだった。レンデルク子爵の視線が俺の後ろへ向かう。


「それで、後ろのお嬢さんは……」

「ん、失礼しました。閣下、こちらは私の乳兄弟のエレナです」


(いかんいかん、ぼんやりしていた)


 軽く紹介して横にずれる。するとエレナが同じく如才ない振る舞いで主催者の前に出て、俺よりやや深めの礼をした。

 彼女のドレスはオレンジ色でふんわりとしたデザインのものだ。


「レンデルク子爵閣下、お初にお目にかかります。アクセラの乳兄弟でエレナ=ラナ=マクミレッツと申します。わたしにまでドレスを贈ってくださってありがとうございます」


 エレナは俺の侍女、つまり家人であり使用人。しかし今日はあくまで俺の乳兄弟として、また学院の生徒として招かれている。このあたり、どれくらい(へりくだ)るかは難しいところだ。一応教わってはいるので、何とかなるといいのだが。


「ン、ンンッ!なるほど、お嬢さんが」


 子爵の反応はとりあえずよさげだ。分かっていただろうに、少し大げさに驚いて見せてくれる。それからとても嬉しそうな表情を柔らかそうな顔に浮かべ、エレナの手を下からとって口づけるふりをした。


「いやいや、勲一等の大魔法使いにドレスを贈れて、私も鼻が高いですよ」

「だ、大魔法使いだなんて……でも、ありがとうございます。嬉しいです」


(主催者が敬意を表すれば参加者はエレナを無下にできなくなる。それに彼女を主人である俺より大袈裟に立てたのは……俺がそうされても気分を害さない人間であると知らしめるため?いや、俺と子爵の間には既にそれを許容できるだけの関係があるとアピールしているのかも)


 貴族同士のやり取りは難しい。経験の浅い俺でも芝居がかった振る舞いに違和感を嗅ぎ取り、そこに意味があることは察せられる。しかしその意味そのものが推測しきれない。どちらにも取れる状況で、多くの貴族がこちらだと判断する基準のようなものが分からない。


(読み合いは剣術と一緒。感覚を実戦で研ぎ澄まさないと、ずっと分からないままだ。経験、経験)


 それから少し子爵と近況報告じみた会話を続ける。こういう場面での切り上げるタイミングなんかは、さすがにデビューしたての俺たちに要求されることじゃない。だから彼が話を進めるまでおしゃべりだ。


「それでは今日が舞踏会以来、最初のダンスパーティーなのですかな?」

「はい。冬休みで外に出られるので、依頼をこなしたりしていました」

「ンッ、なるほど。お二人なら色々と依頼が来ていることでしょう」

「ありがたいことに。でも頂きすぎて、今はギルドマスターのウェッジホーン様に差配をしていただいています」

「ギルドマスターが差配を?」

「私たちが対応できない依頼も、ウェッジホーン様なら信頼できる凄腕につないでくれますから」


 とりあえず思い付きでギルマスのことも売り込んでおく。あの抜け目ない老人なら貴族にも色々と伝手は持っているだろうが、別方向から評判を上げておいて損はあるまい。


(というかちょっとでも恩を売っておきたいし)


 俺たちに来た依頼を他の冒険者に回して評判稼ぎができているのだから、十分貢献はしていると思うが。恩は売りすぎて困ることもない。


「そうだったのですな……おっと、ンッ、私ばかりが二人を独占していてはホストとして失格ですな。責任をもってあちらこちらへご紹介せねば」

「ん、ぜひお願いします」


 子爵はそう言うと、俺たちを伴って会場を歩き始めた。そして行く先々で自分が懇意にしているであろう貴族を紹介してくれる。中には数人ほど、平民の商人なども交じっていた。


(家の歴史が長く安定していて、本人は温厚かつ知的。そりゃあ顔が広くもなるか)


 信頼できる大人だと思って縁を持っただけだったが、存外コネのある人物だったらしい。

 考えてみれば特別顔がいいわけでもないのに、ダンスの相手としては人気が高いと言われていた。それは単純なダンスの上手さもあるだろうが、繋がりを維持したい相手ということでもあるのだ。


(こういうのが後知恵じゃなくなるようにしないとな)


「ごきげんよう、レンデルク子爵」

「あら、アクセラさんではありませんこと?」


 場内を一周したかというところで、子爵と俺は視界の外から声をかけられた。揃って振り向くとそこにはふくよかな中年女性と背の低い男性が。男性の方に見覚えはないが、女性にはある。


「これはこれは、イオテラ伯爵。ンッ、ご夫妻お揃いでようこそおいでくださいました」

「うむうむ、久しいな子爵。今日は楽しませてもらうぞ」

「レンデルク子爵、先日ぶりですわね。お招きいただいてありがとうございます」


 殊更に恭しく礼をする子爵。それを鷹揚に受け入れる伯爵と品よく微笑む夫人。

 このイオテラ伯爵夫人は大舞踏会で子爵やペリドール伯爵が紹介してくれた、有力サロンの女主人である。あの時は確か、伯爵自身は欠席していた。


「アクセラさん、先日の大舞踏会以来ですわね」

「その節はご指導いただきまして、ありがとうございます。こちらは私の乳兄弟でエレナといいます」

「エレナ=ラナ=マクミレッツです、よろしくお願いいたします」


 夫人は初対面のツンとした態度が嘘のように朗らかな挨拶をしてくれる。彼女とは俺がリードパートを務める形で踊り、なぜか痛く気に入られてしまったのだ。

 その結果、彼女のダンス仲間二人と、更にその娘だという別クラスのデビュッタント一人の合計三人とも踊らされた。都合四曲のダンスはしんどかった。


(まあ、おかげで彼女のサロンには出入り自由になったけどさ)


 しかしまあ、思えばダンスパーティーの一つでよくもここまで貴族社会にぐいっと踏み込めたものだ。家柄と性格、両方の面から大きな壁を感じていたものだが……。


(まあ、学院は学院。子供の世界だったということか)


 学院で向けられたオルクス家への強い嫌悪は、きっと大人にもあるのだろう。だがもっと複雑で現実的な利害関係が渦巻いているのが本当の貴族の世界。そういう意味では、俺があっさり受け入れられたのは、むしろ警戒すべきことなのかもしれない。


「来たばかりで私も主人もあちこちご挨拶しなくてはいけないから、またダンスが始まったらご一緒しましょう」

「私とも踊ってくれたまえよ?」

「はい、是非に」


 約束だけ交わして俺たちは伯爵夫妻と別れる。


「もうすぐダンスが始まりますな。そうだ、踊ったあとですが……ンッ、お二人はどなたか、話してみたい方はおられますかな?」


 今日は舞踏会だが、前回のようなひたすらに踊る類ではない。もっと緩く、お喋りを楽しむ場。だからだろう、子爵はそう言って俺たちに選択の余地をくれた。俺はこれ幸いと、今日の目標にしていることを伝える。


「私は煙草倶楽部の方がおられれば、ご紹介いただけませんか?」

「煙草倶楽部ですか……」


 一瞬動揺するレンデルク子爵。

 この国では女性の場とされるサロンに対して、男性の集まりは煙草倶楽部と呼ばれる。煙草をくゆらせながら話し込むからそう呼ばれるのだが、あまり女性が、それも誰かの同伴でもなく参加するのはいい顔をされない。


(でも俺が欲しい情報は、煙草倶楽部の方にこそ転がってるわけで)


 サロンはあまり政治的な話を露骨にしないという。これはアレニカからの教わったことだが、戦いや政治といった血圧の高そうな話題をあまり振るのはマナー違反なんだと。


(そういうコネも必要だが、それだけでは困るのだ)


「しかし、そうですな……」


 とはいえそれは俺の事情。子爵も理由なく連れて行くのは難しいだろう、立場的に。ここで彼が渋ることは予想できていたわけだ。なのでイイワケは用意してある。


「閣下、私は剣士です。話題も必然、そちらに寄るので……」

「ああ、ンッ、なるほど。なるほどですな」


 半分も言っていないが彼はピンときたらしい。

 今まさに述べたように、サロンは戦いや政治の話を嫌う。しかし俺の本質は剣士。華やかなトークは苦手だ。戦いの話題しかネタがないと言ってもいい。つまり俺が女性の側にいれば、早々に話題が尽きて気詰まりな状況となる。

 そんな半分以上事実に基づいた懸念を受けて、子爵はうむうむと唸った。俺が恥をかくことも、サロンのメンバーが気まずくなることも、今宵のホストとしては避けたいコト。


「そうですな……そういうことであれば、一度お連れしてみましょう」


 結局、しばらく考えてから彼は了承してくれた。

 連れて行ってみてダメそうなら食い下がらない程度には、常識のある人間だと思ってもらっているのもあるか。ダンスと酒と会話。短時間で人となりを朧に把握するうえで、本当に便利な道具だ。


「エレナ嬢はどうです?魔法使いの方もおられますよ」

「あ、いえ……」


 今度はエレナの番だ。ただ、こちらも事前に話し合って誰と接触するかは決めてある。

 貴族の魔法使いというのはプライドが高いし、自分がインテリであることに誇りを持っているケースが多い。対してエレナは勲一等の肩書を持っているわけで、絶対に論争を吹っ掛ける輩が出てくる。


(エレナにそういうのを論破せず、穏便に流すなんてことは不可能)


 他のコトならうまく話を合わすかもしれないが、魔法理論では絶対に無理だ。正面からぶん殴ってヤヤコシイことになる。なので魔法使いの集団はナシ。むしろご法度だ。


「大舞踏会であまり踊れなかったので、ダンスのお上手な方がおられたら、その……」

「そうでしたか。ええ、ええ」


 俺みたいなちょっと面倒臭い頼みではなく、もっと年頃の少女らしいお願いだったことに子爵がほっとしたのが分かった。


「ンッ、それでは先ほどのイオテラ夫人と、そうですな、私の従兄をご紹介しましょう」

「閣下の従兄の方ですか?」

「ええ、ええ。もうすぐ来るはずです。身のこなしのよい男でしてね……おお、丁度来たようだ。ンンッ、ノーマン、ノーマンこちらだよ!」


 折よく話題の人物のことを見つけたようだ。彼の視線の先を目で追って……。


「え?」

「ん……」


 俺たちは思わず顔を見合わせてしまった。


「ンンッ、彼が私の従兄でダンガル子爵のノーマンです」

「ンンッ、どうもお嬢さん方。ご紹介にあずかりましたダンガル子爵ノーマンです」


 二人は同じタイミングで特徴的な咳払いを挟みつつ、そっくりの朗らかな顔で俺たちに微笑みかける。

 レンデルク子爵の従兄は、どこからどうみてもレンデルク子爵だった。


 ~★~


 イオテラ伯爵夫人や彼女のサロンの女性たちと約束通り何曲かダンスを楽しんだあと。俺とエレナはそれぞれ別行動をしながら自分のコネを豊かにする作業を始めていた。

 こちらは同じくダンスを一通り終えて自由になったレンデルク子爵、イオテラ伯爵、それにレンデルク子爵二号もといダンガル子爵について。あちらは伯爵夫人に連れられてサロンへご挨拶だ。


「それにしてもよく似ておられますね」

「ンンッ、いやいや、よく言われますよ」

「ンンッ、我々としては、あまりそういう気はしないのですがね?」

「それこそ、いやいやだよ子爵。衣装を取り換えられたら家人でも気づかんだろうさ」

「「ンッ、そうでしょうか?」」


 などと面妖な、もとい和やかな雰囲気で談笑する俺たち。最初は距離のあった伯爵を含め、すっかり空気は弛緩している。片手の酒杯も既に三杯目である。


(まあ、俺は事前に子爵に頼んでジュースにしてもらっているんだがな)


 軽く食事も摘まんだところで、レンデルク子爵は一行を引き連れて少し特徴的な一角へ向かう。ホール内だというのにベルベットが天幕のようにかけられ、布天井の下にはソファが車座になるように誂えられている。そこにくつろいでいるのは、いずれも男性ばかりだ。


「おいおい、レンデルク子爵。こんな若い娘さんを付き合わせるところではないだろう」


 行き先を悟った伯爵が眉を寄せる。その言葉から、俺はここが煙草倶楽部の面々が集まる場所なのだと理解する。


「伯爵、今日はこの私に免じてお願いいたしますよ。なにせ彼女は先日の戦禍で活躍した勲二等。その話を聞けないとあっては、ンッ、主催者がつるし上げられてしまいます」

「いやしかし」


 そう言われると自分の妻がまさに功労者、勲一等のエレナを連れまわしている以上、伯爵としても大きく反論はしづらい様だ。


「よいではありませんか、伯爵閣下。アクセラさんはダンスでは奥方やそのご友人に、ンンッ、引っ張りだこでしたからな。私ももっと話をしてみたいものです」

「私も是非、皆様のお話に加えて頂きたく思います」


 ダンガル子爵の援護に乗っかる形で俺が意思表明をすると、イオテラ伯爵は無骨な顔に渋い表情をのせつつも頷くほかない。


「う、うぅむ……そういうことであれば、仕方がないか」


 というわけでやってきた天幕。そこには煙草倶楽部の名前に恥じない、濃密な紫煙が漂っていた。少し吸っただけで慣れていない体が不調を訴え、頭がくらくらしてしまいそうだ。


「レンデルク子爵、遅いご到着だな?」

「これはこれは、ンッ、お待たせいたしましたかな?」

「おお、イオテラの。久方ぶりではないか」

「オーガスト伯!貴殿の邸宅でした賭け以来だ、久しいな」

「ダンガル子爵も、ご息女の縁談がまとまったそうで、おめでとう!」

「これはこれは、ンッ、勿体ないお言葉です」


 思い思いに挨拶を交わす男達。パーティーが始まってから随分と立つ。途中から合流した人もいれば、まだ顔を合わせていなかった知人もいるのだろう。

 そんな和やかな空気が、一瞬引き締まるのを感じた。それは一同の視線がこちらに向いたからだ。


「皆様、こちらは先日の反乱で、ンッ、勲二等を陛下より賜ったアクセラ嬢です。私がどうしても彼女の話を皆様と聞きたく、ンンッ、また彼女も快く受けてくれたのでお呼びしたのですよ」


 などと上手い具合に自分が責任を負ってくれるレンデルク子爵。


(ほんと、いつか恩返ししないとな)


 そう思いながら、俺は並み居る中年男性たちにカーテシーを披露した。


「ご紹介にあずかりました、アクセラ=ラナ=オルクスです。面白いお話ができるか分かりませんが、皆様の輪に加えて頂けますでしょうか」


 できるだけ柔らかく笑んで、最後に小首をかしげて見せる。それだけで何割かの紳士は頬を緩ませた。


「なんとなんと、今をときめく学生冒険者殿ではありませんか」

「直接お会いするのは初めてだね、アクセラさん。よろしくお願いするよ」

「可憐なお嬢さんだとは聞いていたが、噂に勝るほどだよ」

「ドレスは子爵が?とても似合っていて、まるで天使のようだ!」


 社交の場だけあって好意的な挨拶を返してくれる男たち。とはいえそれだけで落とせるほどチョロくはない。現に一部の者は侮るような、あるいは警戒するような視線を向けてくる。


「ふむ、しかしオルクスか」

「お嬢さん、気を悪くないでほしいのだが、我々は君の父上とは少しね……」


 そんな声が上がる。ただ俺が何か言うより早く、別の貴族が横からそれに情報を付け足した。


「しかし僕の聞いた話では、彼女は領地育ちだそうで。お父上とは疎遠なのだとか」

「ああ、それはわたくしも聞きました。伯爵はずっと領地に戻られていないと有名ですし」

「おやおや、それであればアクセラ嬢も寂しいでしょう」


 援護射撃なのか、ただこちらの出方を探っているのか。その質問の意図は掴みかねるが、どちらにせよ俺には好機だ。


「いえ、寂しくは……残念なことに父とは縁が乏しくて、あまり実感がありません」

「そうだったか」

「まあ幼少期から学院までずっと会っておらねばそうもなるか」

「それでも立派なものだよ、その年でこれほど落ち着いた子はなかなかいない」

「いやはや、しかし身につまされる。私も先日、久しぶりに領地にいる末の娘と会ったらキツく当たられて……」

「貴殿は構いすぎるんじゃよ」


 俺と親父、アドニスとの関係が希薄であるという認識がじわりと広がる。そこへ別の誰かがしみじみとボヤくと、場の雰囲気はどちらかというと子供や伴侶への愚痴や寂寥に支配され始めた。

 彼らは皆それなりの年齢にある貴族だ。当然、大半が妻もいれば子供もいる。そして一様に酒を嗜み、一通り踊って少し酔いも回ってきているのだ。チョロくはないが、ガードが高いわけでもない。


(よし、とりあえず最初はこの愚痴を拾ってフォローする作業に徹するとしよう)


 方針が決まった瞬間である。

 必要なのはコネと情報。この煙草倶楽部でどれだけ仲のいいおじさんを増やすかは、今後の動きやすさに直結してくるはずだ。誰とでも友誼を結べばいいかと言うと違うのだが、緩い好意を集められるだけ集めておくのはアリ。細かい便宜を図ってもらえるし、なにより関係を進展させるようにビクターから指示があった時に楽だ。


「お嬢様はおいくつなのですか?」

「ちょど君より少し下でね。十三歳だよ。とにかく当たりがキツい」


 しみじみと言う貴族の男に俺は微笑む。


「強く当たるのは信頼の証です」

「そうだろうか?」

「反発しても許してくれると信じているのでは?」

「ふむ、裏返しということか……ふむふむ」


 納得したような、していないような、しかし悪い気分じゃない。そんな顔で彼は顎を察すった。


「きっとそうです」


 微笑みを浮かべて言う。家庭のいざこざを根本的に解決など、こんな酒の席でできるわけがない。しかしそれでも悩みを口に出した以上は安心したいのが人の心理。特に酔っているときはそうだ。


(まあ、どこまで本当に酔っているかは怪しいが)


 しかし前世ではわりと酒豪だった俺だ。酔った男をあしらう経験は並みの貴族の少女を凌駕する。自慢にはならないが。その一方で今はむさ苦しい男ではなく、顔だけは抜群によい少女の姿。


(本当に雑談として振られているのだとしても、あるいは社交性を見るために仕掛けられているのだとしても、いずれにしても地の利は我にあり。ビクターとトレイスのために、頑張るぞ)


 そんなわけで、心の中で腕まくりをしながら、促されたソファに腰を落ち着ける。


「私のところも次女が反抗期で……会話も続かないのですよ」

「反抗期は無理に構わないのがコツです。向こうから来たときだけ真摯に答えてあげれば、きっと数年後には尊敬されています」

「ほう、娘に尊敬か」

「君のところは会話になる年齢だからいいが、うちの倅はイヤしか言わんし小さすぎて話にならん!乳母がどんどん辞めていく……っ」

「だいたい二、三歳くらいでしょうか?イヤイヤはちゃんと自分でできるという、立派な気持ちです。待ってあげるか、無理そうならぶつからずに代替案を出してあげるといいです。交渉力の見せどころですね」

「子供相手に交渉……?いや、しかしそうか。理屈抜きに暴れているわけではないのだな」

「小さい頃はパパと呼んでくれたのに、今ではよそよそしくて……」

「それは……成長して麗しくなったお嬢さんを愛してあげてください」

「うぅむ」


 愚痴を捌く、捌く。段々と男たちの方も熱が入るようで、やや前のめりに構える者が増えてきた。なんというか、本当に子育て相談じみてきたが。


(来い来い、父親歴も俺の方が上だ!いくらでも愚痴を言え!)


 ということで、中年男性がこぞって十五の少女に親の振る舞いを説かれる奇異な絵面はこの後しばらく続くのだった。


予告と違って実際の武器は父親としての経験だったというお話です。

だから!だからタイトルが「たばこクラブ」なの!

お堅い紳士たちの集まりかと思わせて、実際は某育児雑誌のパロ!

た●ごクラブ♪ひ●こクラブ♪こ●こクラブ♪

(だからなんだよ、なんだそのテンション)


~予告~

紳士たちとアクセラの交流は続く。

全国の情報が飛び交う中で彼女が拾ったのは、啓示のヒント……?

次回、嫁入り道具

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― 新着の感想 ―
[一言] エクセル時代に何人もの人を育ててきたからか人を育てるのが上手いよね
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