十二章 第10話 アクセラの鬱屈
朝。来客への対応ついでに手紙などを回収してきた俺は、差出人をざっと確認しながらソファに腰を落ち着ける。
「エレナ、まだ寝てるの?」
「おきたぁ……」
昨夜の疲労が抜けないのか、寝室から聞こえるのはまったく起きていなさそうな声。
「はぁ」
俺はそれにため息を返し、一通を残して手紙をテーブルに投げ出す。
(さてさて……)
手にした一通は極めて上質なセルリアンブルーの封筒に金の封蝋が施されたもの。封印は王家の紋章だ。これは国王陛下直々の召喚状である。ネンスが今朝一番で渡しに来てくれた。
(これはどう捉えるべきだろうか)
ネンスを通じて渡してきた以上、あまり公的な内容ではないはずだ。さりとて、以前密会したときのような秘匿レベルでもないはず。封筒も封印も目立ちすぎる。
(まあ、結局見ないと分からないか)
相手が相手なので少し身構えてしまったが、ここで封筒の表面をじっくり眺めているのは俺の性分に合わない。
というわけで指先に薄くマナブレードを展開し、封筒の縁から切り開いていく。国によっては変に再利用されないよう、封蝋を真っ二つに割って開けるところもあるが……さすがに王家の紋章を真っ二つは拙そうだしな。
「ん……」
取り出した手紙そのものも薄っすらと青い。文字は落ち着いたダークブラウンのインク。癖のない綺麗な筆致だ。さすがに国王の直筆ではないと思う。というか違ってほしい。そういうのは下手に捨てられなくて困るのだ。
「……なるほど」
肝心の内容の方だが、俺が危惧したような厄介な話は何もなかった。むしろ朗報の類だ。二度、三度と読み返してから俺は唇が吊り上がるのを自覚した。
(来たか、俺の新しい刀が)
七日後の朝に使いを出すので、受け取りに来いとのことだ。式典などはなく、代わりに少し話がしたいと書かれていた。
(話の方はちょっと心配だけど……それにしても、新しい刀だ!)
刀身は誰の作だろうか。拵えは、材質は、それに何と言っても刃紋と肌目は……気にしだすと意識は全てその一つ事に吸い取られてしまう。楽しみ過ぎて七日といわず今取りに行きたいくらいだ。どうせすでにモノは王城へ運び込まれているのだろうし。
(見るだけでも駄目だろうかな?駄目だろうな。あー、でも見たい!)
手紙を握る手に力がこもる。落ち着きなく足を組み替え、ソレの姿を思い浮かべる。
「うぅ……おはよう、アクセラちゃん」
「ぐぇ」
「ぎゃー!」
のそのそと寝室から出てきたエレナ。俺がふつふつと湧き上がる衝動に駆られているところへ、彼女は背もたれを超えてダラっと抱き着いてきた。斜め上から体重がかかって、俺は潰れた声を漏らす。エレナ自身も悲鳴をあげる。
「あいたた……!?」
「筋肉痛なのにそんなコトするから」
「うぐぅ」
すぐに少し横へずれてくれたので、俺の首が重圧に負けて折れる心配はなくなった。しかしよほど疲れているのか、だらしなくそのまま背もたれに洗濯物のごとくかかるエレナ。
俺はその髪を片手で梳きながら、もう片手で二通目を取って開いた。
「それ誰から……?」
「レンデルク子爵。舞踏会で仲良くなったおじさん」
「アクセラちゃんが貴族のおじさんと仲良くなってるの、なんか意外」
「ん、分かる」
「いや、分からないでよ……」
そうは言っても、あそこまでスムーズに味方が見つかるとは俺自身が思っていなかった。
もちろんお家騒動で頼れるかと言われれば、そこまでの関係ではない。しかし貴族との関わりを深めていくための窓口として、あれほど信頼できる大人はなかなかいないだろう。
「えらく買ってるね?」
「私の立場は、それだけで試金石になる」
裏切りの家、オルクスの娘。勲二等を賜った剣士。Bランクの冒険者。そしてあの日のドレス姿とダンス。良い意味でも悪い意味でも注目を集めるような要素が4つも渋滞している。
蔑む者、侮る者がいる一方で取り入ろうとする者や取り込もうとする者も多くいる。その中で俺があの晩に付き合っていたのは、あくまで俺を学院の一年生として扱ってくれた人だ。
(まあ、どっちのタイプともちゃんと繋ぎをとったけどね)
「で、その子爵様からなんて?」
「舞踏会のお誘い。私とエレナ、二人とも」
「え、わたしも?」
意外そうにエレナが目を丸くした。
「ん。ドレスも贈ってくれるって」
「え……あー、そういえばそういうの、あったね」
ユーレントハイム王国の風習の一つ。デビューしたての女子学生を自分の舞踏会に呼ぶ場合、ドレスをプレゼントすること。
もちろんオーダーメイドではなく、既製品をベースにアレンジする程度のもの。それでも結構な出費に違いはない。学院の一年生を舞踏会に呼ぶという行為は警備や料理、招待客などに至るまで金をかけられる、しっかりした家にのみ許されているのだ。
「社交界が三日後。ドレスの試着は明日でいいかって」
「わたしはいいよ」
「じゃあそう書いて返しておく」
急といえば急だが、割とそんなものらしい。やってくるのはレンデルク子爵出入りの職人。三日でアレンジと仕立て直しができるということは、このために日程を完全に押さえてあるのだろう。本当に、馬鹿にならない出費だ。
「他の手紙は?」
ゴソゴソと俺の横へきて腰を落ち着けるエレナ。彼女の視線は残る三通に注がれている。俺はレンデルク子爵の手紙と陛下からの召喚状をテーブルに置き、それらを纏めて手に取る。
「一つはこの前も送ってきた人。ネンスとレイルが行かない方がいいって」
「あれでしょ、当主様がすっごい好色だっていう」
「ん。今回も先約ありで返事しておいて」
「はぁい」
エレナに一通渡して残るは二通。
「これは……ん、これもお断り」
濃い紅色の封筒。その宛名を見て俺はすぐさまエレナに押し付けた。
「うわ、これ香水臭いなぁ……ドニオン伯爵家?なんか聞いたことあるような」
「オルクス伯爵と交流のある女伯爵。変態。うちの伯爵からも近づくなって言われた」
ドニオン女伯爵はホランが監視してくれている倉庫にも関わっている。どういう形でかは分からないが、オルクス家の悪事にも絡んでいることは確実だろう。
「でも避けてばっかりだと、情報集まらないような気がするんだけど」
「ん……」
オルクス伯爵アドニスにはいまだに謎が多い。
俺やトレイスを生まれてすぐに領地へおくり、まったく会いに来ない。その一方でドニオンやトワリのような変態に近づかないよう注意する。スキルの取得と家への貢献を求めるくせに、その成果に対して確認を怠る。何もかもがチグハグだ。
(分かりづらい男。でも少しだけ分かってきた)
彼がコンプレックスとトラウマに苛まれていることは、なんとなくだが察しがついている。自分の才能と求められるモノの不一致。忠誠心のあまり自分をないがしろにし続けた父への怒り。家族愛への渇望。領地への憎悪。そしておそらく、極めて強情な生来の気質。
(そういうモノがグチャ混ぜになって、あの不安定な精神状態が出来上がっているんだろう)
推測と直感にかなり頼った不確かな物でしかないが、そこまではなんとなく分かるようになってきた。当たらずとも遠からず、と言ったところまでは来ていると思う。これでもエクセルとして、そうした厳しい人生に翻弄される人間は多く見てきたのだから。
(でも奴隷商はオルクスの稼業じゃない。彼が自分で始めたことのはず)
いつから、どうして、どうやって、あの奴隷商人としての彼が出来上がったのか。これが分からない。
もちろん分かったからといって、大勢の人生を食い物にしてきた彼を放置することはできない。トレイスやビクターのためにも、奴隷の守護者としても。だが理由が分からないのはなんとも気持ちが悪いし、なにより不安要素でもある
「血の発火のこともあるし」
伯爵は俺が特異な能力を手に入れたと確信していた様子だった。しかも例えの一つといいつつ、血の発火現象という極めて突飛ながら真実に近いモノを言い当てている。
「伯爵は何か、大きな隠し事をしてる」
「お母さんのこともあるしね」
「ん」
俺とトレイスの母、セシリア。療養中ということだが、その影はどこにもない。加えて彼女については行方以外にも妙なことがある。俺たちの意識から、彼女の存在が度々抜け落ちる現象だ。
(マレシスを襲った悪魔の短剣。あれの認識阻害能力に似てるんだよな)
視線を外すとディテールが記憶から失われる例の短剣と、調べようと思いつつ気が付けば意識から消える今生の母。そこには関係はあるのだろうか。
「でも最近はないよね、あの意識からふっと消えるヤツ」
エレナの言葉に俺は頷く。ここ最近、特に秋ごろからその謎の感覚はなくなっていた。こうして疑問点をあげつらう中に、普通に混じって扱える程度には認識し続けられているのだ。
「で、ドニオン女伯爵の所には行かないの?」
再三問われるその質問。エレナは俺に行った方がいいと言いたいのだろう。そこに何かしらのヒントがあるのは明らか。虎穴に入らずんば虎子を得ず、と。
「……」
横目で見れば目がキラキラとしている。手がかりが目の前にあるという状況に勢いがついているのだろう。若さと、それから強すぎる知識欲からくる性質だった。
「エレナ、独断専行は悪い癖だよ」
手を伸ばして頬を摘まみ上げる。
「何度もそれで危ない目にあってるでしょ?」
「うっ」
「ビクターから指示があれば動く。その時は私だけじゃない、エレナにも頑張ってもらう。だからそれまでは、大人しく待機」
「……はぁい」
力でどうにかなる場合や、差し迫った状況であれば答えは変わってくる。けれどこの戦いは俺の舞台、すなわち戦闘だけで成り立つわけではない。情報が乏しく、時間に余裕があり、知恵者からの指示はまだ。突撃は時期尚早にすぎる。
「そのためにもまずはコッチ」
俺は机に置いたレンデルク子爵の手紙をつついた。貴族の中での人脈作り。頼れる大人を増やし、知り合いを増やし、その中からより深い付き合いをする相手を見繕う。俺の苦手な顔つなぎと根回しだ。
「でもこれが大事。人脈はパワー」
「まあ、そうだね」
ぐぅぅ。
俺が最後の手紙を確認しようとしたときだった。エレナのお腹が可愛らしく音を立てた。
「エレナ……」
「し、仕方ないじゃん!何も食べてないんだし!!」
呆れた視線を投げかける。すぐに顔を真っ赤にした彼女によって、俺は視界を塞がれてしまった。
「ん、お昼にしようか」
手紙をなんとなくの感覚頼りでテーブルに投げ、目を覆う硬い手のひらを押しのける。しかし俺の右手はそのまま指を絡め取られ、握りこまれてしまった。
「寮の食堂より外がいいなぁ」
ねだるように言うエレナに俺は首を振る。
「お金ない」
「むぅ……ケチ!」
唸りながらエレナが繋いだ手を引っ張り、俺は吊り上げられた魚よろしく彼女の上に打ち上げられた。私服のシャツを押し上げる柔らかい塊に乗り上げ、記憶を辿りながらぼんやりその反発を楽しむ。
「今日は確か、フラメル川の深鱒とブロッコリーのスープスパゲッティ」
「知ってるよ……深鱒、イヤな思い出があるんだよね」
嫌な思い出と言われて一瞬考える。
「ん。そういえば昔、中ったっけ」
「冒険中にね……アクセラちゃんが聖属性使えたからよかったけど」
俺たちの暮らしていたケイサルは内陸の、大河からも遠い街だ。最も近い港でレグムント侯爵領のアポルト。馬車で四日はかかる。つまり新鮮な魚とは無縁。
(あのときも、質の悪い塩蔵品をエレナが好奇心に負けて買ったんだっけ)
とはいえここはフラメル川を抱き込むように建つ王都の至近距離。それに初春に産卵を行う深鱒はこれから太って味もよくなっていく時期だ。粗悪な塩漬けの記憶に邪魔されてアレを食べないのは損だろう。
「学院なら大丈夫。行くよ」
体を起こしてソファから立ち上がり、今度は俺がエレナの体を一本釣りのように引き上げた。
「むぅ……はぁい」
今日は冷える。とりあえず制服とコートを着るため、立ってなおダラダラとする妹を引きずって寝室へと向かうのだった。
~★~
「あぁ、生き返るー……」
エレナのしみじみとした声が浴室に反響する。
昼食を終えた俺たちはしばらく食後の散歩を楽しみ、雪がちらつき始めたのを見て引き上げてきた。今は冷えた体を温めるため、二人そろって入浴中だ。
「まさか雪まで降るとは」
「まあ、冷え込んでたしね。でも積りはしないでしょ」
その言葉に俺は浴室の高い位置にある、小さな換気用窓を見る。もちろん閉めてあるが、なんとなくだ。
「湿った雪は積もらない、だっけ」
「そうそう。牡丹雪っていうんだって。アクセラちゃん、雪好きだよね?」
15年のアクセラとしての生で何度も雪は見てきた。前世でも北国を旅したときは見たし、氷雪系のスキルや魔法によって季節も土地も選ばない降雪を体験したことだってある。けれど、やはり俺にとって雪は珍しいものなのだろう。
(なんとなく、ワクワクしてる自分がいる)
90年を超えるエクセルの人生において、雪は珍しくなかった。けれど初めて雪を見たのは二十五の頃だったか。そのくらいのはずだ。
「積もらなくて残念?」
「ん」
素直に頷く。雪は積もってなんぼだ。積もらないと雪合戦も雪だるまもなし。寒いだけで面白くない。
「あとで積もる雪、降らしてあげようか?」
その提案に少し考えて首を振る。
エレナの氷魔法でも天気は変えられないが、疑似的によく積もる粉雪を生み出すことはできる。昔はそれを庭にひたすら積もらせて、トレイスも含めて三人で遊んだりもしたものだ。
「学院でやるのは、ちょっと恥ずかしい」
ユーレントハイムは四季の豊かな国だ。雪にも親しんでいる。そんな中で一人はしゃぐのは少し躊躇われた。
それに積もらせた雪の始末も考えないといけない。ここは好き勝手にできる自分の家の庭ではないのだから。
「よしよし」
ぼうっと換気窓を見上げていると、後ろからエレナの手が伸びてきて俺の頭を撫で始めた。
「?」
「アクセラちゃん、雪が降ってる間はなんか子供っぽくなって可愛いんだよね、昔から」
「そう?」
言われてもピンとこない。だが静かな中で呆然としているのに、どこか小さな期待感というか、何かそわそわした気持ちがあることは事実だ。それを幼児退行と捉えられるのは不服だが、傍から見たら様子が変に見えるのかもしれない。
「あとルーティン以外でお風呂に入ると、妙にノスタルジックになるよね」
「それは……あるかも」
そちらは自覚がある。
俺は姿勢を変えて口元までお湯につかり、背後に座るエレナへ体を預けた。
「ぶくぶくぶく……ん、まあ、お風呂だしね」
人は難儀な生き物だ。その魂は最も自由な感情の源泉だというのに、魂膜に刻まれた性格や経験という幾重もの性質で縛り上げられてようやく何者かになれる。それを肉の体で封じ込め、意思の力で制御したものが人だ。さらに人は肉体をとりどりの布で包んで、ときには鉄の塊で鎧う。
心というものがどれほど深くに隠されているのか、そう考えると途方もない気持ちになる。
(まるで綻ぶ前の蕾だ。堅く巻かれた花弁と硬質な額に守られた、春を待つ蕾)
それだけに鎧を外し、服を脱ぎ、意思を緩め、肉体を解す風呂の中でこそ人は本音を曝してしまう。そういうものだ。
「じゃあ折角だから、アクセラちゃんの悩みでも聞いてみようかな」
俺の体を後ろから回した腕で抱き留めつつ、エレナが少し冗談めかして言った。俺はというと、少し考えてから喉を小さく鳴らす。
(そうだな……)
対等と言うなら、恋人と言うなら、思いを胸中に沈めておくばかりというのも味気ない。
「ん……強さが分からなくなる時がある」
ぽつりと零した。熱いお湯に顎を漬けながら、ぽつりと。
「前世で、私は強さに固執した。刀の道を究めることだけを考えて生きた」
「うん」
エレナが小さく相槌をくれる。
「満足して死んだ。そのつもり」
「うん」
頭上から短くも心地よい声。
「アクセラとしての人生、強さのためには生きない。そう決めてた」
「うん」
アクセラ=ラナ=オルクスは剣士である前に使徒である。だから技術を広めること、奴隷を守ること、できるだけ多くの影響を与えることを誓って二度目の生を受け入れたのだ。
この決断は俺が第二の人生を歩むことになったときにしたもの。それ以来、ずっとその方針は変えていない。変えていないつもりだ。
「でも、気が付いたら強さばかり求めてる。戦う強さばかり、求めてる」
「……」
相槌が止まった。
俺は湯の中から左手を出す。肘から手まで火傷のような傷が刻まれた、細くも逞しい剣士の腕。
「でも、強くなるのは好きでしょ?」
「微妙」
「び、微妙かぁ……」
困ったような声を聞きながら、俺は自分の応えを見つめなおす。
(微妙。そう、微妙なんだよ)
特に考えずに口を突いて出た言葉だが、しっくりくるものだった。
「何のために強くなるか。剣に何を込めるか」
ベルベンスにも言ったことだ。剣士として、師として、俺がずっと言っていることでもある。
「剣には何を込めてもいい。そう教え続けてきた」
「うん、わたしもそう教わった」
怒りや憎しみのために刀を振る者。愛や希望のために刀を振る者。己のために、他人のために、あるいはただ無心に刀を振る者。誰が強く、誰が弱いとは一概に言えない。
「でもそれは、理由が本人と噛み合ってるとき」
本人の業を込めなくては意味がない。
「戦うの、つまらないの?」
すかさず入った質問に俺は口を閉じる。そういえばエレナはメルケ先生との闘いを間近で見たのだった。そして、俺自ら剣士の業とはどういうものかを教えた。それを踏まえれば、俺がなににモヤモヤしているかはすぐ分かるだろう。
(この思いも、メルケ先生との闘いに前後して始まったものだしな)
マレシスと悪魔。盗賊狩り。魔獣討伐。イーハとバロン。トワリ侯爵。
どれも楽しくない。必要に迫られたから、あるいは大義のためだから、目的のためだから。辛く苦しい中にも高揚感のある戦い……ではなかった。
「どんな目的と覚悟で刀を握ってるのかは忘れない」
使命も、目の前の問題も、何も見失ってはいない。
「でも目的や覚悟だけで、私は刀を握れないらしい」
「うーん……むぅ」
当然だが、エレナも答えに窮して低く唸る。
それから俺たちはしばらく、熱いお湯の中でただ力を抜いて過ごした。それ以上に語るべきことはなく、かけるべき言葉もなかったからだ。すぐに解決しない問題など、世の中にいくらでもある。
「とりあえず刀が来たら、ちょっと気分はよくなるんじゃない」
「ん、そうだね」
上がる間際。俺とエレナは小さく頷き合った。
意外とそんな簡単な話かもしれない。結局楽しいかどうか、それだけなのだから。
~予告~
夜会にてアクセラが目指すは紫煙くゆらす紳士の集団。
容姿と武勇伝をひっさげ、不慣れな戦いが始まる。
次回、たばこクラブ




