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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十二章 光陰の編
293/367

十二章 第9話 ヴァーミリオンブレイズ

前々回「代理告解」が前回と同じ内容になっていました。

既に修正済みですので、よければ前回を一読いただけると幸いです。

大変申し訳ございませんでした。

(2023/01/10)

 バン、バン、ババン


 特徴的な発砲音が通路に四発分、反響する。それを最後に戦闘は終息。


「はぁー、はぁー、はぁー」

「ふー、倒した倒した」


 エレナが杖に、アレニカがエレナに縋って大きく息を吐く。すぐそこには三階層へ向かう階段。ブルーグレーの金属床には無数のアビサル系の死体。来た道からも行く道からも、もうなんの気配もしない。


「つ、疲れましたわ……数が多くありませんこと?」

「ん、お疲れさま。ここは魔物が多いダンジョンだから。でもちゃんと倒せて偉い」

「いやー、アビサルカクタスに逃げるっていう発想があったのはビックリだったね」


 少し前に遭遇した指揮官型のカクタス。それが周囲の魔物を呼ぶまでは想定内だったのだが、形勢不利と悟るや否や逃げ始めたのには俺も驚いた。「深き底への階」にいたカクタスはそういう行動をしなかったのだが、ここの連中は随分と保身的らしい。


「そ、それで、どうだったんですの……?」


 アレニカが上がった息をなんとか抑えながら質問する。それは彼女の戦闘が俺の目にどう映ったか、ということだろう。考えてみれば彼女と共に戦うのは森での演習以来だった。


「狙いがとても正確。撃つタイミングもいい。躊躇いがないのも高評価。高い火力を活かせている」


 これは反乱での戦闘について、エレナやネンスからも度々聞いていた話だ。魔導銃を握って数日の時点で、狙撃に関しては天才的なパフォーマンスを発揮していたと。今回はその能力が拳銃でも遺憾なく発揮できるということが分かった。


「たぶん目がいい。呼吸の間の取り方も」

「ど、どうもですわ」


 率直に褒められることに慣れていないのか、アレニカは頬を染めて俯いてしまった。あくまで誰が見てもそうだろうという正当な評価しか口にしていないのだが。


「ただ課題もある。カクタスが逃げたとき、エレナと追いかけた」

「え、ええ……」


 俺は一度も抜くことのなかった剣の鞘で階段付近の死体を示す。ぬめっとした青黒い皮膚に黒い棘の生えた人型に近い物体。焼け焦げた断面からは分からないが、半植物半動物といった奇妙な組織を持つ魔物。アビサルカクタスの成れの果てだ。


「今回は格下の浅い層。だからいい。でも本来、その判断はリーダーがする」

「この場合はアクセラさんの判断を仰ぐべきだった、ということですわね?」

「ん」


 リーダーの言うことは絶対。議論になったときや、咄嗟の状況ではなお徹底されるべきルールだ。というかそのためのリーダーという役職である。


「あと前衛が突出したら後衛は抑える。それも仕事の内」

「……」


 アレニカの真っ赤な瞳がエレナを見る。彼女の中で本職の後衛というイメージがあるのであろう。しかし見られた当の本人は困ったように頬を掻いてみせた。


「うーん、正直アクセラちゃんが突出するときは突出しないといけない時だし、わたしが危ないなって時にはちゃんと後ろ寄りで戦ってくれてるし……その指摘したことないんだよね」

「そうなんですの?」

「経験の差」


 伊達に一生分の戦場を経験してきたわけではない。

 そういう意味を込めて返事しながら、俺は解体用ナイフを引き抜いて死骸に近寄った。今回の群れの中にはアビサルベアも混じっていた。カクタス共々Dランク、その目玉は納品対象だ。


「それにエレナは接近戦ができる。ただの後衛より任せられることが多い。ん、エレナ。解体教えてあげて」

「たった二人のパーティだからね。あ、ニカちゃんは最初見ててね、ナイフの使い方もまとめて覚えてもらうから」

「ええ、そうさせてもらいますわ」


 出発前に買わせたナイフを取り出して魔物の死骸に近寄るアレニカ。エレナはそんな彼女に自分のナイフで捌く手順を教え始める。


「まずここから刃を入れて」

「え、でもこちらの方が楽そうですわよ?」

「ううん、こっちから。私やニカちゃんの筋力でも、皮が剥がし易いからね」

「なるほど……」


(……)


 二人が肩を寄せ合って話をしているのを視界の端に収め、ほんのわずかにモヤっとした気持ちを抱きながら、俺はベアの首の皮に切れ目を入れた。魔力でしっかり強化しておかないと解体用の細いナイフでは刃が通らないくらい頑丈だ。


「ベアは肝も大事」


 首を切断してエレナの方にそっと転がしてから、腹の毛皮も切り裂いて中を広げる。むわっと獣の血と内臓の臭いが立つ。とはいえ消化系に傷はつけていないので、まだ耐えられる臭気だ。


「そうなんですわね……って、きゃぁあああ!?」

「ん」


 背後で絶叫が迸ったので何かと思えば、エレナの見学をしていたアレニカが背後に転がってきた頭に遅れて気づいたところだった。


「びっくりした」

「こっちのセリフですわよ!?アクセラさん、こっそり頭をこっちにやらないでくださいまし!」

「脅かそうとしたわけじゃない。エレナが凍らせてくれるから、いつものクセで。ごめん」

「あ、あはは、まあこれはびっくりするよね」


 それを見てエレナは笑いながら、自分の解体した分と合わせて二つの頭を瞬間冷凍、横にどけた。こうやって保存性をあげておくと素材のクオリティが高くなり、依頼の達成度もよくなるわけである。


(今回はアベルの社会的ステータスに関わる大事な依頼だしね)


「私はカクタスをやる。エレナは最後のベア。アレニカはその辺のバットで練習」

「はいはーい」

「うっ、は、はい」


 それからしばらく、俺たちは回収作業と解体の練習で二階層最後の部屋にとどまった。成果はベアの頭3つ、カクタスの頭1つ、ベアの肝2つだ。肝が一つ、魔弾で弾けていたのは残念だが、それなりの小遣いになる。


「肝にまで頭が回らなかったのは仕方ないけど、次は爆発しない魔弾を選ぼうね?」

「うぅ……そうですわね。それに蜜のせいでベトベトしますわ……」


 ベアとは別にバットの目玉も同じ理由で潰してしまったアレニカが、乾き始めた糖液に塗れて半泣きになっている。


「もうちょっと必要。エレナの新技は第三層でいい?」

「むぅ……五層に魔物が溜まりやすかったよね」


 俺の問いに彼女は首を傾げる。確かにこのダンジョンは第五層にやたら魔物が溜まりやすい、ちょっと変わった構造をしていた。とはいえアレニカもいることだし、今日はそこまで行くつもりもなかったのだが。


「行きたいの?」

「うん、少し戦ってみたカンジ、思ったより弱くなってて」


 それはエレナが強くなっているだけだ。


(でもまあ、言いたいことは分かる。質が見込めないから数で難易度調整をしたいと)


 敵の強さをあまり上げるとアレニカを連れている以上、リスクが増えてしまう。けれどこのレベルの相手、俺とエレナならアレニカを守りながら戦っても余裕。それくらいには戦闘力の差がある。


「どういうプラン?」


 概ね納得しつつ、どうしたいのか尋ねる。すると、彼女はにっこり笑ってこう答えた。


「わたしが戦闘するから、アクセラちゃんとニカちゃんは壁で待機!」

「……ん?」

「え?」


 俺とアレニカの声が、冷たい通路に反響した。


 ~★~


 第五層の真ん中、太い通路が交差する場所にエレナは立っていた。俺とアレニカはすぐ近くの壁にあった、いい具合の窪みに身を寄せ合って収まっている。指示通りにだ。

 そこは四方向から騒ぎを聞きつけた魔物が殺到する、普通は絶対に留まっていはいけない立地。しかも彼女の足元には指揮官型であるカクタスが二体、瀕死の状態で転がされているのだ。

 結果、地形的要因と助かりたい一心のカクタスによって、五層に溜まっていたギョロギョロ目玉の魔物どもがひっきりなしに突っ込んでくる修羅場と化していた。


 ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!


 魔物を迎え撃つエレナの魔法。左右の通路にファイアバレットが、前後の通路にファイアアローが、それぞれ三発ずつ放たれる。

 十二発の火魔法は独特の色味の金属壁を赤く照らしながら駆け抜け、無数の目を持つ魔物を焼き払った。直後にその死体を押し退け通路を突っ切ろうと倍の数の後続が……現れたと同時に倍の数の魔法で屠られた。

 しかしそれでも、その弾幕を掻い潜って術者へ迫るイタチの魔物、アビサルウィーズル。漆黒の体を目まぐるしく変わる明暗の暗に沈ませ鋭く疾駆する。四方位合わせて都合七匹。


「!」


 隣でアレニカが息を呑んだ。目のいい彼女はそれをきちんと視認している。

 が、残り5mを切った瞬間、魔物の目の前に音もなく線が刻まれた。オレンジに輝く二次元的な線が十数本。ジュッという音をたて、線へと飛び込んだウィーズルは鼻先から尻尾まで両断され床に散らばった。


 ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!

 バン!ババン!バン!バン!

 ジュッ……!


 指示通り壁に張り付いて見守る俺たちの見ている前で、雪崩れ込む青黒い魔物たちは片端から火魔法の猛威に曝され屍となっていく。しかも通路に死骸が溜まって来たとなると虚空から豪炎が吹き上がって全てを炭に変えてしまう。


(もったいなぁ……)


 あまりに圧倒的な殺戮に、俺はつい場違いな感想を抱いてしまう。


「ガァッ!?!?」


 右の通路から悲鳴が聞こえた。ちらっと見ると突き当りから姿を見せたばかりのベアが、足を数発のアローに貫かれて悶絶している。


(おいおいおい)


 タイミング的に現れる前から魔法を放っていないと当たらないだろうに、エレナときたらそちらを見てすらいないのだ。杖とナイフを手に、中央で仁王立ち。ぼうっと開かれた目の視線はどこへ向いているのか全く分からない。


(なんか、昔のエレナみたい)


 集中すると冷たい気配を纏っていた、ずっと幼いころを思わせる無表情だ。


 ボボッ!


 瞑想しているかのように停止した少女の周囲には、半分が赤でもう半分が灰に染まった球体が浮かんでいた。宝珠と彼女が呼ぶ新兵装。それが四つ。

 まるで自立した意識でもあるかのように、それでいてお互いに同じ意識を共有しているかのように、せわしなく向きと位置を変えては魔法を通路に放っている。


(比じゃないくらい強くなったし、比じゃないくらい剣呑な集中だけど)


 こっそり瞳を神眼に切り替える。すると四つの空飛ぶ宝珠がエレナと杖とナイフそれぞれに魔法的に繋がり、装備に取り付けられた別の宝珠とも同期しているのが分かった。

 それだけじゃない。この戦闘を始める前に彼女は例のスタイルチェンジなる新技を使用していた。その影響だろう、全身に鎧のように展開する真っ赤な魔力が見て取れた。しかも口元からは呼気に混じって夥しい火の魔力が溢れ、渦巻き、絶え間なく通路に流れ込んでいるのだ。


(凄い……けど)


 額の汗を拭う。瞑目するエレナからは四方に魔法が放たれ続けている。その全てが火属性だ。

 魔法が行使者を焼くことが稀であるように、エレナの魔法によって彼女自身が苦しむことはない。だが俺たちは普通に暑い。とにかく暑い。そしてそれは足元のカクタスも同じなようで、彼らは瀕死を超えて痙攣しだしていた。


「グルォオオオオオオオ!!」


 怒号とともに後ろの通路へ突入するアビサルベア。右側の個体も満身創痍になりながらなんとか前へと足を踏み出している。そしてその背後、まだそんなにいるのかと呆れるほどの気配がひしめいていた。


「エレ……」

「大丈夫」


 何かを言う前に断られた。


「わたしがやる」


 エレナはくるりと体を反転させ、キュリオシティとソーサラーズブレードをそれぞれ敵の多い通路へ向けた。宝珠がその背を守る様に二方向へ二個ずつ展開、上下に並んで手薄な通路へ下級魔法を怒涛の勢いで放ち始める。


「立て、熱き焔よ、焦がす者よ」


 火焔を呼ぶフレアの詠唱。弾幕の翼を背負った彼女の杖先と切っ先からゴウッと唸る炎が噴き出し、先陣を切るベアたちへと襲い掛かる。


「グボォオオオオ!!」

「グロァアアアア!!」


 正面から中級魔法の火力を浴びた魔物は、しかし防御特化の名に懸けてか咆哮を上げながらそのまま突進を続ける。


「凝る炎、煌めく爪、五条の殺意よ」


 途中で詠唱が変わった。刃を形成するエッジ系の亜種、オリジナル魔法ヒートエッジネイル。放射される火焔が、まるで雲が直接氷になるように、凝集して紅蓮の爪となる。


「「ゴアッ!?!?」」


 捉え処のないフレアの濁流が突如として刃に変わり、掌を閉じるようにベアの体へ突き立つ。皮と肉を焼き焦がして内部へ潜り込むヒートエッジネイル。傷口から流れ込む炎。魔物の口から迸る咆哮は絶叫に変わり、数秒で煙と炎になった。


「やりましたわ!」


 赤と黒の断末魔を吐いてアビサルベアが床に沈んだ。疾風のように吹き続けるフレアに、盾役を失った背後の魔物も飲み込まれ一網打尽。それを見てアレニカが思わず歓声を上げた。その時だった。


「キュィイイイイ!!」


 フレアを突き破って本日初出の魔物がエレナ目がけて飛び出した。数は三。無数の目を持つ鳥型魔物、アビサルバード。

 待機させていた死体処理用の爆炎を起動させるエレナ。しかし敵は速い。二羽がハヤブサのような巧みな飛翔でこれを避ける。

 オレンジの直線が複雑に展開。一羽を見事両断するが、最後一羽が目にもとまらぬ勢いで肉迫する。


「キキュィイ!!」

「!」


 早苗色の瞳に鋭い嘴の狙いを定め、弾丸のように飛び込んだアビサルバード。

 アレニカの体が跳ねた。俺は、動かなかった。なぜならエレナは既に対処していたから。


 バッバンッ!!


 腹に響く二連続の破裂音。鳥の魔物は横殴りの衝撃に姿勢を崩され、エレナの髪を掠めて背後の壁の角へと激突。鈍い音を残して墜落した。

 すかさず踵を返したエレナ。床でバタつく魔物に杖を向け、詠唱なしのファイアバレットを叩き込む。当然、無抵抗のバードは消し炭である。


「……お疲れ」


 一秒ほどの沈黙を経て俺は彼女に声をかける。足元のカクタスは最後の戦闘の余波で焦げていたりするのでラッシュが止まるのは分かっていたが、ふらりとやってくる野良もいなさそうだ。さすがに出尽くしたのかもしれない。


「……ふぅ」


 目を閉じ、深く息を吐くエレナ。ナイフを腰の後ろに固定し、杖を脇に挟み、両手を前に出す。宙に浮かんでいた宝珠は四つともその中に着陸した。手早くそれを仕舞う頃には赤い魔力の装甲も、溢れ出る火属性も収まっている。


「手、大丈夫?」


 俺は彼女の右手をとって状態を見る。ナイフを握っていた方の手だが、この手で最後にアビサルベアを殴りつけていたのだ。それがあの鳥が軌道を狂わせた原因。


(バーストガントレットだっけ)


 おそらく以前に見せてもらった魔力装甲を爆発させる技だ。それで手を急加速させ、魔物に接触した時点でもう一度起爆。高速で飛ぶ相手を打ち抜いたのだろう。

 よくそれをあの素早い鳥相手に当てたものだとは思うが、見ていた限りだと最初からあの位置に来ると読んで先に爆発を使っていたような気もする。


「だ、大丈夫だよ。その、そんなに揉み込まなくても痛くないから」


 彼女は薄っすら顔を赤らめ、アレニカの方を気にしながら手を引っ込める。


「よかった」


 そう言いながら、披露された新技のオンパレードについて思考を巡らせる。


(宝珠が浮いていたのは系統外魔法のマナフロートだとして、どうやって四方向に魔法を撃っていたんだろう。種類と数も異常だったし)


 もちろんエレナなら別々の方向へ十数発魔法を撃つくらい造作もない。普通は見ている方向に『多重詠唱』使って五発とかだろうが、そこは賢者も舌を巻く天才児だ。

 ただ俺が見た限り、前後左右に最大で六種類の魔法を合計二十近く使っていた。さすがに多すぎるし、全部が目視並みの正確さというのは異常だ。


(それだけじゃない。途中のベアも来るのが分かっていて、足を置く場所に最初から魔法を撃ちこんでいたように見えた)


 他にも疑問はある。謎の光る線もそうだし、フレアの詠唱中にヒートエッジネイルへ切り替えた、あの変則的な発動もそうだ。一つの魔法を途中で別の魔法に書き換えるなんてこと、俺もやったことがない。


「……ん、説明は帰りにじっくり」


 聞きたいことは山のようにあるが、ここでする話でもないだろう。そう判断して手を一つ叩き、リーダーとして指示を下す。


「エレナは目玉回収、私はその他の部位をやる。アレニカは破損の酷い奴で練習の続き。さくっとやって帰ろう」

「了解ですわ……ってうわ、ちょっとエレナ!床がドロッドロのベッタベタですわよ!」

「あ、ごめん」

「一歩ごとに靴がバリバリいいますわ!」

「うわほんとだ、ちょっと面白い!」

「ん、遊んでないで仕事仕事」


 最後までかしましい少女たちとの冒険第一回は、これにて幕を閉じた。


 ~★~


「で、説明」


 ダンジョンから出た(わたくし)たちは靴や防具を軽く洗いながら時間をつぶし、予約通りやって来たギルドの幌馬車に乗った。王都へと戻るその馬車の中、背中を積み上げた木箱に預けて床に座ったアクセラさんが、藪から棒にそう言ったのだ。


「ふっふっふー、凄かったでしょ」


 もの凄く得意げな様子でエレナが言う。彼女はなぜかアクセラさんの足の間に座り、主であるはずの少女を背もたれにしている。エレナの方が背も胸も大きい分、なんだかちょっと不安になる絵面だ。


(潰れてしまいそうだわ……)


 もちろんアクセラさんのタフさは知っているから、そんなことないのは分かっているのだが。

 同じように床へ座った私は、仲睦まじい二人を見ながらグローブと上着を畳んで箱の上に乗せる。


「ん、凄かった」

「やった!」


 素直に頷くアクセラさん。子供っぽく両腕を掲げて喜ぶエレナ。平民の姉妹とかだとこういう距離感なのかもしれないが、貴族で男兄弟しかいない私にはなんだか不思議な光景に思えた。


「まずこの宝珠だけどね」


 エレナがベルトのポーチから宝珠を取り出す。それは球形の道具で、金属の環が填め込まれていた。その環を境目に片側がキラキラと赤色に、もう片方がどんより沈んだ灰色になっている。


「赤い方はクリスタル。灰色は……枯渇クリスタル?」

「そうだよ。魔道具のコアみたいに術式が刻んであって、制御とかを担当させてるの」

「ん、前作ってた魔織の手甲みたいな」

「そうそう!」


(すごい、見ただけで分かるんですのね)


 さすがはエレナの師匠といったところか。

 魔織のナントカという道具はたぶんあの反乱のときにエレナが付けていたグローブ。確かに灰色の空っぽになったクリスタルが填め込んであった気がする。


(銃を使う以上、私も知っていた方がいいのかしら)


 専門的すぎていきなりは理解できない。そんな風に距離を感じながら、私はケースから魔導銃を取り出して分解清掃を始めた。耳は二人の方に傾けたまま。


「この宝珠はいざというときのブースターにもできるんだけど、今回したみたいにあらかじめ大雑把な命令をあたえて浮かべておくと半自動で攻撃してくれるんだよね」

「半自動?全部ちゃんと狙ってたように見えたけど」

「うん、魔法はあらかじめ決めておいた三つくらいから選択式で、決めさえすれば私が頭を使ってイメージしなくても発動するように……まあ魔道具を使うみたいな感じで出せるって思って。これが自動な部分」


(あ、この辺りは分かりますわ)


 銀の留め金を外して藍黒色の装甲を浮かせながら頷く。

 つまり魔導銃と同じだ。普通一本しか入れないロッドを三つくらい装填して、引き金を引く前にどのロッドへ魔力を通すか選ぶみたいなものだろう。あとはカチっとやればバン、魔法が飛んでいく。


「狙いが正確だったのは、照準だけ手動でしてたからだね」

「……真後ろに撃ってなかった?」

「ふふん。コレだよ、コレ」


 また得意げに笑ったエレナは、すらっとした人差し指で自分の目元を叩いて見せた。早苗色をした大きな瞳。散々実証実験に付き合わされた彼女の新しい力、共律の魔眼だ。


「わたし、魔力親和性が異常に高いでしょ?それと魔眼の能力を組み合わせれば、あの十字路の端から端まで全部見えるんだよね」

「……?」


 アクセラさんが分からないという顔をする。正直、私も何度聞いても分からない。


「瞳術:天覚っていう新技なんだけど、こう、光の代わりに魔力を見てるというか、広げた自分の魔力を目にして周りを全方向視覚化すると言うか……真上から全体を見つつ360度ぐるっと脳内に描いてると言うか……まあ、なんかそんなの」


 しかも本人もよく説明できない感覚らしく、全く何を言っているのか分からない。分からないことだらけだ。


「ん、まあ、いい。分からないけど、分かったものとして進めて」

「あ、うん。それでね」


(それで進めていいんですのね。そして進めるんですのね)


 信頼しているのか投げ遣りなのか分からない二人の合意に思わず変な顔をしながら、私は外装と銃身、シリンダーをバラした。


「まあ、後は簡単だよ。横でも後ろでも同時に見えてるから正確に狙えるし、通路の端まで見えてるから曲がってくる相手が分かる。たぶんアクセラちゃんなら気付いてると思うけど、先撃ちの謎はそういうこと」

「なるほど」

「なるほどじゃないですわよ、先撃ちの謎ってなんですの?」


 スラスラ説明を続けるエレナとそれで納得が言った様子のアクセラさんだが、いよいよ分からなくなったので口を挟む。足の間に挟んだシリンダーの中、ロッドチャンバーへ付属のブラシを突っ込みながら、という行儀の悪い格好で。


「右側の通路からベア型が出てきた瞬間にアローが刺さっていた。出てくると分かっていて、先に撃っていないとそれは無理」

「そういうこと。曲がり角までは見えてたから、来るなって思って踏み出す足の先に撃っておいたの」

「あ、ああ。なるほど」


 頷きつつ、背筋が冷たくなるのを自覚する。それって相当なアドバンテージなのでは?とまだ半年の経歴だが、魔導銃使いとしての感覚と知識が告げているのだ。


「バードを落としたのはソレとバーストガントレット?」

「あ、凄い。よく覚えてたね、その通り!」


(バースト……ああ、あの当たると弾ける魔法の小手みたいな)


「同時に使える魔法の種類と数、あれは鍛錬?」

「もあるね。けど主にヴァーミリオンブレイズの効果かな」

「ん、スタイルチェンジの」

「なんですの、それ」


 また飛び出した知らない単語に私は手を止める。


「あー、その部分は一人で作り込んでたからねぇ」

「私だって一から十まで一緒に鍛錬しているわけじゃありませんもの」

「ん……」


 私とエレナの返事に、なぜかアクセラさんは少しだけ機嫌よさそうに頷いた。


(あら、もしかして薄っすら嫉妬されてます、私?)


「トワリの反乱で使った六極の大魔導(セキスタプル・ソーサリー)、あれを再現するのは無理だからひとまず一個の属性で色々やってみようって思ってね」


 六極の大魔導(セキスタプル・ソーサリー)、それについてなら少し聞いている。六属性を一つの魔法として発動できた、とかなんとか。それのことを文字通り次元が違う、魔法の上に存在する力だと彼女は評した。

 エレナは単一属性でその凄い魔法をやるため、あらかじめ自分を火属性だけ使える魔法使いとしてイメージして、体内魔力を全て火の一色にしてみたらしい。これがスタイルチェンジ・ヴァーミリオンブレイズという技の原型なんだとか。


「他の属性を咄嗟に使えなくなるんだけど、火に限れば処理も火力も速度も、全部が一つ上のレベルになるんだよ!凄くない?」

「分るような、分からないようなですわね……」


 頬を上気させて語る彼女には悪いが、私はつい最近まで魔法の常識もあまり知らなかった非戦闘員の適性ゼロ令嬢。あまりピンとこない。


「つまり」


 シリンダーを両足で固定したまま首を傾げる私に、アクセラさんがエレナの後ろから手を出して教えてくれる。指が左右それぞれ三本ずつ立てられていた。


「エレナの魔法の能力は六属性に振り分けられてる。これを一つに纏めた状態」


 片手の指を一つだけ残し、その後ろにもう片手で作った五をかぶせる。


「え、ろ、六倍!?」

「いやいやいや、さすがにそんな上がらないよ!」

「あ、そ、そうなんですのね……紛らわしいハンドサイン止めてくださいまし!」

「ごめんごめん」


 そういう意図はなかったのか、彼女は両掌をひらひらとさせる。


「ま、まあ、話を戻すけど……それで魔法化寸前の魔力を周りにまき散らして、宝珠の制御で魔法にしてたんだ。自分だけだったらさすがにあそこまで一気に使えないかな」

「理解。あのオレンジの線は?」

「あれは接近用のイグニアスラインって魔法。視線の先にしか出せないけど、魔眼とセットなら全方位に展開できるんだ。射程6mしかないけどね」


 その辺りは私も一緒に検証をしていたので分かる。度重なる失敗で危うく火傷させられそうになった苦い思い出を浮かべながら、私は再びブラシをロッドチャンバーにねじ込み、火のロッドでこびり付いた煤を掃除する。


「フレアを途中でヒートエッジネイルに変化させたのは?」

「あれは途中で変えたっていうより、一部を材料にして新しくヒートエッジネイルを発動したんだよ」

「ん?んー……ん、分かった。烈火装の火を使って烈火刃を形成するのと同じ」


 首を捻って少し考えてから、また私の知らない単語を飛び出させるアクセラさん。

 たまに天文学の勉強をしていると、一つ分からないことを調べた結果、三つ分からないことが出てくるときがある。あれと似た気配を感じる。


(魔法を別の魔法に……うーん、もう前提が分からなくなってきましたわね)


 それが難しいことだという頭すらないので、質問を挟むのはやめた。その分、愛銃の手入れに意識を向ける。自然と二人の会話もあまり頭に入ってこなくなる。


「それそれ。まさにそれを参考にしました。まあ、ヴァーミリオンブレイズにしてないと一部だけって訳には行かないんだけどね……えへへ」

「それだけの魔力……やっぱり蹈鞴舞?」

「そうだね。前に見せた通り、体外に魔力を排出して支配しておけるからオーバーヒートしないし、わたしには使い勝手いいかなって」

「たしかに」


 ロッドチャンバーの清掃が終わった。今度はシリンダーと銃身のシリンダー受けを拭き掃除。氷のロッドのせいでロッドチャンバー周辺が結露し、周りに水が溜まるからだ。放っておくと錆の原因になる。

 魔法の話は全然だが、エレナに貰った魔導銃の取り扱いならもう頭に叩き込んだ。あとはこのまま組み直して調整をし、ロッドのメンテをしておしまい。拳銃型の方も時間があれば煤取りをしないと。


「足動かしてないから蹈鞴じゃないし、ドラゴンフォージとでも呼ぼうかな。魔法運用の下地がウィッチクラフトベース、その上に反応装甲の魔法と宝珠の管理魔法が乗っかって、それを動かす動力にドラゴンフォージ。技術っぽくていいでしょ?」

「面白いと思う。循環系への負担は?それから反動制御も気になる。宝珠への意識を裂く割合、数字にできる?」

「それはね……」


 どんどん専門的な話を始める二人の声を聞きながら、私は黙々と魔導銃の整備を続けた。

 冬の風が幌の隙間を抜けて入ってくる。結露の湿気に曝された指が少し冷たい。


「結局スタイルとしては……」

「それだとアクセラちゃんが……」

「タンクの不在は埋められるけど……」

「そうそう、そういう話で……」


 一緒にいるのに別々のことをしている。サロン時代にはありえなかったこと。だけどそれが全然嫌じゃない。

 気が向いたときだけ交わって、あとはお互い近くに居ながら好きな事をする。そんなこの関係が、とても暖かかった。


(うん、冒険者になって……よかった)


 魔導銃を組み直す手を止め、夕暮れの風景に目を移す。

 空はどこまでも高く、草原はどこまでも広い。

 自由がここにあるのだと、実感できた。


「ニカちゃん、ちょっと意見頂戴!」


 錆止めクリームを取り出した私に、エレナがなぜか頬を膨らませて声をかけてくる。あきれ顔のアクセラさんを見るに、二人の意見がかみ合わなかったのだろう。


「もう、なんですのよ」


 私も呆れたような口調になりながら、二人の会話に混ざりに行く。


(自由だ)


 もう一度、私は心の中で噛み締めた。


~予告~

雪崩打って届く夜会の招待。

貴族界でのアクセラの第二歩は

暗い冬の闇に続いている……。

次回、アクセラの鬱屈

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