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間章 第四話 アジト襲撃

 マイゼル近郊の森の中。そそり立つ一枚岩の下には空間が広がっていた。壊れかけの魔導ランプに照らされたその空間には、男たちが七人ほど苛立った様子で座り込んでいた。

 その石室のような空間は、もとは天然の洞窟だったのだろう。さほど広くないが、奥に深く続いている。天井は大人が立ち上がってもギリギリ頭を打たない程度に削られ、崩落を恐れてか質の悪い柱がいくつも滅多矢鱈に立てられていた。


「ちゅっぱ……ちゅっぱ……ちゅっぱ……」


 そんな穴倉の中に湿った音が響いていた。入口へ通じる道のすぐそばで、壁に背を預けた細身の男。彼が鳥の骨らしきものを口に含む、惜しむようにそれを吸っている音だ。


「おいゲルム、てめえ。いつまでその骨しゃぶってんだよ、汚ぇな」


 近くに座っていた別の男が声を荒げる。

 ゲルムと呼ばれた男はジロッと睨み返した。


「ほっといてくれ、腹が減ってんだよ!大体、誰のせいだと思ってんだ!」

「そうだぜドーン、お前が全部酒にしちまうからだ!」

「肉とパン買って来いって言われたろうが!バカ野郎がよ!!」


 ゲルムの言葉に逞しい男、ドーンへの非難が吹き荒れる。


「うっせえな!お前らだって酒が飲みてえって言ったろうが!!」

「加減ってモンがあるだろうがよ、加減ってもんが!」

「ゴチャゴチャうるせえ!!ねーモンはねーんだよ!」

「居直りやがって!」


 怒鳴り合う男たち。無精髭に風呂とは無縁の汚い体。漲る暴力と生命力。そんなまさしくタガの外れたゴロツキと呼ぶべき男たちが八人もいるのだ。苛立ちは怒りに変わり、怒りは空腹のせいもあって剣呑な空気へとすぐに変わる。


「おい」


 しかし、奥から声がかかった瞬間、部屋はシンと静まり返った。

 アジトの奥へ続く通路の口、適当に裂いた布で作った間仕切りを軽く手で退けて、真っ赤な目をした凶相の男が視線だけを飛ばしていた。


「ガタガタ抜かしすぎだ。ねえもんはねえ、ンなことスラムで散々学んだろうが。黙って骨でも指でもしゃぶってろ」

「は、はい、ボス」

「ドーン、お前も次バカやったらブチ殺すから、覚悟しとけ」

「す、すんません、ボス」


 身を縮めて男たちはぺこぺこ頭を下げる。それをしっかりねめつけ、ボスは仕切り布の奥へと下がった。


「で、旦那」


 男たちの居た隣の部屋は、足の折れたソファやいくつかの廃品らしき家具があった。牛耳る者の特権として壊れかけの玉座にどっかりと座り、ボスは目の前の人物に尋ねる。

 彼と相対しているのは灰色の目と髪をした中年の男だ。隣室のゴロツキと違い、比較的清潔な格好をしている。それにローブと杖を装備しており、一目で魔法使いだと知れた。


「本店からあのメスガキの分の金はいつ入るんだ?」

「今日にでも使いが来ると聞いている」

「それは分かってる。だがもう夜だ。金だけじゃねえ、飯も届かねえとなると、今後の付き合いを考えなくちゃならねえぜ」


 ボスの声に険が混じる。それは命を酷く軽い物と捉えている人間特有の圧となり、相手に吹き付けた。が、灰色の魔法使いはそれを意に介すことなく肩を竦めてみせた。


「それ以上のことは知らん。俺は用心棒であって伝書鳩ではない」


 ローブの下から小さな金属の瓶を取り出し、酒の臭いのするそれを軽く含む。


「だが、そうだな。あまり自分の立場を忘れないほうがいい。あの男は平然とお前を切って捨てるぞ」

「オレを捨てられねえコトは分かってるんだよ。大体、旦那が教えてくれたんじゃねえか。このオレの力、魔力ってヤツの使い方をよ」


 汚い笑みを浮かべたボスは自慢げに己の両目を指して見せる。血赤珊瑚のように真っ赤な瞳は魔力過多症、器以上に魔力をため込む特殊体質の証拠だ。魔法使いになるのであればギフトとも言うべき、珍しい病気だった。


「……失うに惜しい素養であることは認めよう。だがあの男にとっては俺もお前も、同じく買い替え可能な消耗品だ」

「ちっ」


 逡巡のあとに魔法使いが放った言葉。それを聞いてボスは高揚感を打ち消されたらしく、つまらなそうに舌打ちをする。

 それから思い出したように腰を上げ、再び布をめくって隣に顔を出した。


「おいゲルム。お前あのメス犬の餌忘れてるだろ」

「あっ……い、いま、いまやろうとしてたんですよ、へへ」

「ったく」


 ソファに戻ったボスの前を、いそいそとゲルムが抜けていく。その顔には抑えきれない笑みが浮かんでいた。


「いいのか。あの男、奴隷の食事を自分が食うつもりだぞ」

「だとしても死にはしねえよ。それにガキ共を売り飛ばしてからあの女、反抗的だからな。教育よ、教育」


 この部屋の奥にはもう一部屋ある。商品を詰め込んでおくための倉庫だ。そこには今、一匹の獣人しか置かれていない。子供が二匹いたが、片方は変態爺に、もう片方は本店に売り飛ばした。


「しかし金も飯も遅えが、ケイサルに行かせたデルメの野郎も遅え……あいつ、どこかで無駄遣いしてんじゃねえだろうな」


 苦々しげにボスがぼやいた時だった。突如、隣の部屋から奇妙な声が聞こえてきた。


「こんばんは」

「は……?」

「なんだ?え、ガキ……?」


 布越しに聞こえてきたのは聞くだけで背筋がゾッとなる様な、可憐で涼やかな少女の声だ。続いて困惑する男たちの声も聞こえてくる。

 居るはずのない人間の声にボスの意識は一拍の空白に陥る。それは男たちも同じだったのだろう、奇妙な沈黙が二つの部屋を満たした。


「おい」

「……はっ、な、なんだ今の!」


 視線を鋭くさせた魔法使いに促され、ようやくボスは動き出す。気づかれないようそっと垂れ幕に隙間を作って隣室を覗き込んだのだ。

 小汚い荒くれ者たちに囲まれていたのは、一人の少女だ。白い髪に紫の目。仕立てのいいシャツ、頑丈そうなジーンズ、お洒落な赤いフレアスカート。そして腰には反りのある剣。簡素だが身なりのいい、そして風格のある少女だった。


「な、なんだアイツ……」


 ボスは直観した。手下たちは驚いて黙っているのではない。少女の持つ独特の雰囲気に呑まれ、身動き一つとれなくなっているのだと。

 それを察すると同時、男の腹の奥からはフツフツと怒りが湧いていた。奴隷商として旗揚げし、これから名を轟かせていくはずの己。その部下が、たかだか十歳かそこらの線の細い少女に威圧されている。そんなことが許されていいはずがない。


「冒険者か?ふざけやがって……!」

「待て」

「あん?」


 カッとなったボスはソファの横においてあった武器を掴む。旗揚げ前の軍資金で買った農作業用のマチェットだ。

 だが踏み出そうとする彼の前に、魔法使いが杖を突きだして静止した。


「逃げるぞ」

「はぁ?おいおい旦那、あんたまさかあんなガキに怖気付いたんじゃねえだろうな!」

「相手が悪い。あの子供は知らないが、女の方はAランクだ」

「女?あんた何を言って」

「よく見ろ」

「み、見ろったって……な!?」


 もう一度布の隙間から覗き見るボス。すると部屋の真ん中で無表情に立つ少女の後方、入り口付近の壁にそっと背中を預ける肉感的な女が見えた。言われるまでまったく気づかないほど静かに立っている。至近距離にいるドーンすらいまだに気づいていない。


「彫刻刀のカサンドラ。とんだ変態女だって話だが、ソロでAランクのダンジョンに潜ってるような腕利きだ」


 華のある顔立ちとしなやかな体つき、そして程よくのった脂。そんな女が変態だと聞かされてボスは反射的に色々と妄想を浮かべた。


「ハッ、いいオンナがノコノコやって来たんだ。むしろチャンスじゃねえか。オレとアンタでかかりゃあ……」

「なら勝手にしろ。俺は逃げさせてもらう。狭い洞窟でAの軽戦士とは流石にやり合えない」


 言うが早いか、魔法使いは手荷物をローブの中に仕舞って立ち上がった。


「はぁ!?あんただってBランクの魔法使いサマだろうがよ!」

「冒険者のランクは一つ違うだけで大違いだ。でなければわざわざランク分けなんてしないからな。それに俺のランクはパーティでのものだ。で、どうする。一人で死ぬか?」

「……チッ」


 舌打ちしつつ、ボスは用心棒の言葉を聞き入れた。目の前の魔法使いが強いことは、魔法を教わっている自分が一番よく分かっている。それに断固として逃走を主張する姿は鬼気迫るものがあった。


「あの奴隷も置いていく。荷物を連れ回して逃げ切れる相手じゃない」

「わぁったよ、クソ!」


 部下も商品捨てて逃げるのは惜しい。だが生きていればこそだ。そう判断し、唾を吐き捨ててからボスは奥へと踵を返した。


 ~★~


 アジトの一枚岩をぐるりと回り込んだ裏側、土魔法で作った簡易な椅子に座ってわたしは待ってた。ときどき無属性魔法のワイドサーチを、目の前の雑に隠された穴にめがけて撃ちながら。

 この穴はもしもの時の裏口のようで、表の入り口と一直線に繋がってる。だから魔力をたっぷり込めた探知魔法を叩き込むと、面白いくらい中の状況が分かった。どうもゴロツキさんの制圧はカサンドラさんに任せて、アクセラちゃんは奴隷の人の確保に向かったようだ。


(あ、立ち止まった。気づかれたかな)


 こっちに真っ直ぐ向かってきてた二人組の足が止まった。もう目と鼻の先だ。ばんばん探知魔法を撃ち込んでたので、魔法使いがいれば気づかれてもおかしくないけど……。

 そう思っていたら突然、裏口の周りの土が弾けた。


「!」


 スカートを翻して飛び下がる。それからスキルを連続して発動。


『静寂の瞳』内包スキル『アイスマインド』

『静寂の瞳』内包スキル『フラットサイト』

『静寂の瞳』内包スキル『感情抑制』


 瞬間的に思考が冷え込む。視界がぐっと広がり、同時に全ての物体と事象の一つ一つが彩度を増し、クッキリと描き出される。世界が冬の水面のようにクリアになった感覚だ。

 弾け飛んだ土塊はというと、空中で固まって小さな石礫となり、こちらへその先端を向ける。


(ストーンレインだ……!)


 魔法に思い当たったと同時、ボール系より二回り小さな破片の群れがわたしを照準し、横向きに吹く雨のごとく射出される。


(速度も威力も数も多い……高いスキルレベルを持った土系魔法使い!)


 背筋にゾクゾクしたものを感じながら、わたしは土の魔力を絞って下へ放つ。無詠唱で足下の土をわずかに隆起させ、その勢いで大きく後退。着弾するストーンレインから逃れ、今度は風の無詠唱で巻き上がる土埃を吹き払う。


「ち、牽制にもならないか……気を付けろ、二重属性持ちの魔法使いだ。しかも手慣れている」

「クソ、ホントに回り込まれてやがったか!しかもガキがもう一匹だと?」


 脱出路から飛び出してきたのは大柄で汚い格好の大男と、灰色の目と髪をした魔法使い。


(ふぅん)


 魔法使いの持つ大杖にはこげ茶色のダンジョンクリスタルが填め込まれている。つまりさっきの土魔法は彼のものだ。

 大男の方は赤い目をしていて、鉈のように分厚く反りのあるマチェットを握りしめている。前衛……と言うには構えも立ち方も素人。


「依頼で貴方達を捕縛にきました。投降してくれるなら攻撃はしません。でも……抵抗してくれた方が、わたしは嬉しいかな」


 アクセラちゃんをまねて少し笑ってみる。二人の目に奇妙なものを見るようなものになった。

 こんな状況だけど、試合じゃない、敵としての魔法使いとの戦闘はなかなか経験できない。理論、練習、模擬戦を重ねたわたしに必要なのは、実戦で感覚を整えることだ。アクセラちゃんにも制圧が終わるまで、感覚を研いでくるように言われてる。


「チッ、どいつもこいつも!旦那、さすがに戦うしかねえだろ!?」

「お前は戦ってみたいだけだろうが、馬鹿弟子……だが仕方ない」

「そうこねえとな!」


 己を鼓舞するように大きく笑みを浮かべる大男。魔法使いは呆れたようにため息をつき、少し遅れて杖を構えた。


「初手は譲ってあげる」


 杖を手にしたまま、空いてる方の手でクイクイと手招きをする。


「どこまでも舐め腐って……巡れ、熱き血潮よ、生命の源よ!其は流れであり、鼓動であり、力である!巡り燃やして呼び覚ませェ!!」

「湿り、混ざり、崩れよ。重く淀みて在れなるを絡め沈めよ」


 魔眼には二色の輝きが映った。魔法使いの洗練された土色の魔力と、大男の濁流のような火色の魔力。


「火の理は我が手に依らん!」

「土の理は我が手に依らん」


 同時に完了する詠唱。

 わたしの足元の土がどろりと溶けて、広い範囲が泥沼と化す。ブーツがずぶずぶとくるぶし近くまで沈み込むほど、深く柔らかい泥沼。マッドスワンプという補助系の魔法だ。


「ハッ、どうだクソガキ!油断してべらべら喋ってるヒマなんてなかったんじゃねえのか?」


 下卑た笑いを浮かべる大男の体が、数秒だけ燃え上がるように赤く輝いた。火属性中級の強化魔法ヒートブラッド。血を媒介に体温と筋力を上げる。

 身体能力を底上げした大男は粗末な靴が泥まみれになるのも構わず沼へと足を踏み入れる。体格と筋力のおかげか、よろめく様子もなく彼はこちらへ向かってくる。


(力押しだなぁ)


 初手で補助魔法を使うあたり、あの魔法使いは戦い慣れてる。たぶんパーティでの戦闘経験が多いんだろう。でも大男は違う。これはそんな風に強引に踏み越える魔法じゃなく、もっとアドバンテージを活かせるものだ。


「おら、追い詰めたぜ!大口叩いたこと、後悔させてやらあ!!」


 マチェットを大きく振りかぶる大男。殺さずに無力化して連れ去ろうとでも考えているのか、振り下ろされたのは刃ではなく峰の方だ。


「土壁!」

「だぁ!?」


 泥の中から結束の緩いストーンウォールが飛び出し、マチェットの一撃を弾き返した。その衝撃で壁は砕けるが、すかさず破片の隙間を突いて杖の石突を繰り出す。


「ちっ!」


 ギリギリでそれを避けた大男は、泥沼に足を取られて転びかける。


「土壁!」

「ぶばっ!?」


 バランスを取ろうとして下がった顔にもう一枚ストーンウォールを射出。大男は首を捻ってなんとか回避しようとするが、躱し切ることができず顎にクリーンヒット。そのまま泥沼に倒れ込んだ。


「情けない……土の理は我が手に依らん」


 跳ね上がる重く濁った飛沫の向こう、灰色の魔法使いが杖を突きだして詠唱を結んだ。


(発動地点は、後ろ……!)


 肩越しに背後を見る。チョコレート色の沼の中から荒っぽい造りの石が細い槍のように飛び出してくる。何本も、何本も。土属性中級・アースパイクだ。


「走れ!それから土壁!」


 杖を背後に、手を正面に。連続して短縮詠唱の魔法を放つ。

 角度をつけて放ったストーンボールがアースパイクを打ち据え、激しい音を立てて半ばからへし折った。ほぼ同時、正面にわたしが生やしたストーンウォールも灰色の魔法使いが放っていたストーンボールで砕ける。


「やはり『詠唱短縮』持ちは強いな」

「そういうそっちも『デュアルチャント』持ちでしょ?」

「一回でバレるとは思わなかった」


 ニヤリと笑う灰色の魔法使い。確かに彼はアースパイクを詠唱していたのに、ほぼ同時にストーンボールも放ってきた。それは同時に二つの魔法を詠唱する『デュアルチャント』というスキルのおかげだ。


「さて、お互いに手札が割れたわけだが……おい、いつまで伸びてる!」


 わたしが詠唱を短くできているのはスキルじゃなくて技術だし、最初の奇襲を凌いだのも無詠唱だが……そこには気づかなかった様子の魔法使いは、拾った小石を倒れたままの大男にぶつける。


「うぐっ、痛ぇ……クッソォ、生け捕りにして売ろうと思ってたが、もういい!このガキはブチ殺す!!」

「そうしろ。いつ後ろからあの女が来るか、こっちは気が気じゃないんだ」


 あの女、ということはこの魔法使い、カサンドラさんを知ってるらしい。


「巡れ、熱き血潮よ、生命の源よ!其は流れであり、鼓動であり、力である!巡り燃やして呼び覚ませェ!!」


 大男はまだヒートブラッドの効果が尽きていないままにもう一度同じ魔法を使う。


「火の理は我が手に寄らん!」


 再び全身を赤い輝きが肉体を包み、染み込んでく。血管が太く隆起して、肌にドッと汗が噴き出した。


「フーッ、フーッ、フーッ!オレの目を見ろ、この赤く燃える目を!」


 過剰にかけた魔法のせいで興奮しきった大男は大きな目でわたしを睨む。トレイスくんと同じ、魔力過多症の赤い目で。


「ドゥラァアアアア!!!」


 大男は雄叫びを上げて突っ込んでくる。掲げたマチェットに朧な青い光が灯る。


「死にさらせェ!」

「土の理は我が手に寄らん」


 泥濘に足を奪われながら放たれるのは『剣術』の三連斬り。

 同時に背後から牙を剥くアースパイク。


「走れ!」


 アースパイクにストーンボールを撒き散らすようにぶつけて相殺。右手でベルトから短剣を引き抜き、魔力を筋肉に流し込む。

 魔力強化、魔法未満の力によるブーストを得つつ、『短剣術』のアッパースタブを発動。


 ガィンッ!


 青いスキル光を引く連撃、その初撃の横っ腹をわたしの短剣が捉える。

 振り上げる切っ先の一点に威力を集中させたアッパースタブは、そのまま三連斬りのスキルアシストが崩れるほど大男の腕をかち上げた。


「土壁!」

「ぐぉお!!」


 体勢を崩して大きく隙を作った大男をストーンウォールで沼の外へと射出し、さらにもう一枚出して『デュアルチャント』のストーンアローを防ぐ。


「がはっ……げほ、げほげほっ!」


 大男は受け身も撮らずに背中から落ち、魔法使いも段々と魔力がキツくなってきたのか、顔色が悪くなってきた。


(傾いてきたね。『デュアルチャント』って燃費悪いらしいし……さて、そろそろかな)


 杖に魔力を集め、色を付けないままに魔法化する。


「根源たる力よ、探せ……あ、もう終わったみたいだね」


 ワイドサーチの結果はシンプル。アジトの人たちは一か所に固まってて、アクセラちゃんらしき反応が奴隷の人らしき反応と一緒に出口へ向かってる。制圧完了だ。


「そろそろお仕舞にしようと思うんだけど、最後に奥の手とかあったら待ちますよ?」


 問いかけると魔法使いは押し黙り、まだ地に転がったままの大男はわたしを睨み付ける。赤い瞳に伺えるのは強烈な憎悪だ。


「ハァ、ハァ、ハァ、どこまでも、舐めやがって、ハァ、ゆ、許さねぇぞ……ッ」

「許さないのはこっちだよ」


 男の呆れた物言いにわたしの声が平坦なものとなる。『静寂の瞳』が強く揺らいだ感情に反応し、より強力に冷却作用を及ぼしたらしい。


「何の罪もない人を攫ってきてモノみたいに売り飛ばす。そんなの許されると本気で思ってるの?」


 杖の先を、魔法使いの切っ先を男に向ける。


「おじさんたちのしてることが、一番許されない事なんだよ。国の法律も、領地の法律も、神様の戒律も、全てが禁止してる。あんなふうに子供を縛って、樽に詰めて、売り飛ばすなんて……っ」

「黙れガキ!弱いのが悪いんだろうが!法だと?世の中、暴力と金が法なんだよ!!持ってる奴が全部を持っていく!持ってない奴は全部持っていかれる!それだけだッ!!」

「ふぅん、力だけが法?じゃあわたしが暴力でおじさんを潰すのも、文句はないんだね」


 心底からの軽蔑を込めて睨む。


「……最初からなぜ、叩き潰さない」


 灰色の魔法使いの質問にわたしはもう一度微笑む。イライラを飲み込んで無理に浮かべた笑みは、アクセラちゃんのそれのように鋭く歪んだものになってる。そんな気がした。


「一つは経験値がほしかったから。対人戦の機会はなかなかないしね。それと全力を出してほしかったの」

「全力を……?」

「そうだよ」


 アクセラちゃんはずっと怒ってる。あの日、リオスくんを見つけてからずっと。看病してる時も、食事の時も、寝る時も、わたしたち家族と笑ってるときも。ずっとずっと怒ってる。

 正直、リオス君に可哀そう以上の気持ちは、まだ抱けてない。だってわたしにとって違法奴隷はそれだけ遠い世界の話で、月並みな同情と人として当然の義憤しかこの胸には湧いてこない。

 でもアクセラちゃんは怒ってる。静かに、怒ってる。わたしの大切な人が傷ついて、怒って、憤りの炎に焼かれてる。今戦うのには、それだけで十分だ。


(ううん、それだけじゃ、ないかもしれない)


 義憤だけだと言ったけど、その義憤は理由も分からないままに滾々と湧き出してくる。何故と聞かれてもロジカルな答えは出せない。ただ、目の前にそういう現実があること自体、腹が立つ。

 もしかすると、アクセラちゃんの根底にあるものと同じ、言葉にできない怒りなのかもしれない。


「私にできる最大の報復は、おじさんたちの全力をゴミみたいに踏みつぶすこと。ね、最後に全力を振り絞って攻撃してみたら?叩き潰してあげるから」


 慣れない嘲笑とありったけの侮りを込めて二人を見下ろす。


「勝手なこと言ってんじゃねえ!何が報いだ!泥水啜ったことも、腐ったパン齧ったこともねえような、おキレイなガキが……ブチ殺してやる!!あぁあああああああ!!」


 声の限りの絶叫を引き連れて、大男はマチェット片手に突撃を敢行。薄青い光が刃と足の両方に宿る。『剣術』の踏み込み切り、最も基本的な突撃系のスキルだ。


「ないよ。わたしはない」


 無詠唱で泥を固め、足を引き抜き、半身に構える。


「けど、もっと酷い境遇に生まれても、正しくあろうとした人をわたしは知ってる」

「らぁあああああああ!!」


 体捌きで切っ先を回避。『短剣術』を発動し、マチェットの根元付近に赤く輝く短剣を合わせる。


「同情はするけど、許せない」


 青い方のスキル光が爆発し、スキルアシストがマチェットの刀身とともに失われる。ソードブレイク、『短剣術』に含まれる武器破壊の技だ。

 すれ違った大男は霧散する推進力と固まり切っていない泥にバランスを奪われ、顔から地面へ突っ込んだ。あまりの勢いに、背後で彼の鼻が折れる乾いた音がした。


「……次はおじさんだね」

「いいや、次はお前だ……土の理は我が手に寄らん!」


 大男を倒す間に急いで詠唱してたらしく、灰色の魔法使いが結びの言葉を発して地面に杖を突きつけた。

 途端、地面が水を含んでぐずぐずに溶ける。


(またマッドスワンプ?)


 機動力を奪う魔法をこの場面で使う意味はなにか。そう考えかけたところ、一面の泥沼がにわかに波うち、ゆっくりと動き始めた。私を中心に始まったその動き方は……渦だ。


「ぐぼ、がぼぼ……」


 変な声がした。そちらを見ると、大男が大地の渦に巻き込まれて溺れかけていた。倒れ込んだ勢いで意識を失ったみたいだ。


(さすがに溺れたら可哀そうだよね)


 そう思った直後、不穏な魔力の輝きが沼の下にギラギラと生まれる。


「拙いっ、土壁!」


 大男の下から土壁を生やし、重たい体を外に向けて吹っ飛ばす。その直後に彼の居た場所は、いや、沼の全域はストーンパイクにも似た石の牙に刺し貫かれた。安全地帯はわたしの居る中心だけ。


「この魔法、ブルータルスワーム?」


 ぐるぐると流動する泥濘。生えそろった石の牙も土台の動きに合わせて回転をはじめ、まるで無数の鮫に取り囲まれたような気分にさせられる。

 土魔法上級・ブルータルスワーム。泥沼で相手を拘束し、全方位から殺到する無数の石牙でズタズタに引き裂き殺す魔法。わたしはまだ覚えてない、かなり消費魔力の大きい技だ。


(殺傷性の高い魔法、でもそれ以上に厄介なのが……)


 ストーンウォールを生やそうと試みるも、掻き混ざる泥からは何も現れない。


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……この魔法の中で、同じ土魔法は使えないぜ。はぁ、ふぅ、空でも飛べない限りは、死あるのみだ」


 魔力の枯渇で青くなった魔法使いが、死にそうな顔でニヤリと笑う。ブルータルスワームの面倒な所は、ゆっくりと魔法が土に作用し続けるせいで同属性での干渉が難しいところだ。

 現にわたしも土魔法を放つイメージが形作れないでいる。

 にしても、あのふらふら加減じゃ逃げられないだろう。つまり逃走は諦め、最後の最後にプライドをかけてわたしを殺しにきたわけだ。


「そう、それを待ってたんだ」


 わたしは満足して頷き、ため込んでた魔力糸を一気に開放する。


「お望み通り……死ね」


 無数に生えては周遊していた石牙が、突如として角度を変え、わたしめがけて突っ込んでくる。それも渦を描いたまま全方位からだ。狙いはシンプルに足とお腹。簡単に食い破れる場所を、その鋭い先端で抉り抜くために。


「この程度……風よ!」


 ウィンドカッターを周囲360度に多重展開し、接近する石牙を打ち砕く。次から次へと外延部で生えては襲い来る牙。それを全て、粉砕していく。


「その程度でしのげるものか」

「お構いなく。次に、水!」


 夜の森にけたたましい破砕音を響かせながら、杖の石突で泥沼を一突き。チョコレート色の半液体はぶるりと震え、汗をかき始めた(・・・・・・・)


「な、何を……『詠唱短縮』で何を詠唱している?」

「それから火よ!」


 短すぎる言葉から魔法の種類が推測できず、魔法使いは困惑状態。構わず続けて火魔法を放ち、泥から分離した水を熱で消し飛ばす。

 シュワッという音とともに、湯気が沼全体から吹き上がった。


「俺の魔法が、乾いて……そんな、三属性?いや、違う!さきほど水ッ、四属性!?拙いッ、黒き土の」

「風!」


 ここにきて初めて動揺らしい動揺を浮かべた灰色の魔法使い。慌てて魔法を唱えようとする彼目がけて杖を振り抜く。

 わたしを守る風の刃の一部が牙を砕いたなりに解き放たれ、魔法使いの杖とローブを切り刻む。


「しまっ、杖が!」


 咄嗟に魔法使いは杖を捨てた。埋め込まれたクリスタルが小さく爆発し、ぼろ布と化したローブを大きくはためかせる。


「ぐっ」


 至近距離での爆風に顔を庇った男。その頭にわたしは杖の先をぴったりと合わせる。


「雷の理は我が手に寄らん」

「ま、やめ……ぎゃっ!!」


 空気を焦がして白く細い稲妻が走り、食らった灰色の魔法使いは仰け反ったあと数度痙攣して崩れ落ちる。

 破綻しかけていたブルータルスワームも魔法としての形を失い、数本の石牙を残して消滅した。


「ご、ごぞく、せい……」

「そういうこと。ずーっと手加減してたの」


 乾かしすぎて白くなった地面を踏みつけ、倒れたままの男の所に歩み寄る。彼は目を見開いてわたしを見上げた。信じられないとでも言うように。


「これでわたしの勝ちだよ、おじさん」


 杖の先を彼の頭に向ける。


「父様とギルドがおじさんを必要としてる。容疑者兼証人……ううん、罪状によっては証拠品かもね」

「や、やめて、くれ」

「物扱いされる気分、味わってみればいいんじゃないかな。雷の理は我が手に寄らん」


 もう一度、白いスパークが迸る。

 こめかみにそれを流し込まれた魔法使いは、もう一度大きく痙攣してから、目を剥いて動かなくなった。


「ひっ」

「?」


 後ろから小さく息を呑む声がして、わたしは振り向く。アジトから逃げ出せそうな人はいなかったけど。そう思いながら。


「あれ?」


 そこにいたのは仕立てのいい服を着た中年の男の人。目が合うなり硬直した彼の乗り物は、森に不似合いな幌馬車だ。正面からだと分かりにくいけど、無詠唱でサーチをかけると荷台に食料と結構な金額のお金を積んでることが分かる。


「あ」


 その瞬間、ピンときた。


「背後関係、見つけちゃった」


 わたしはもちろん、すぐさま雷魔法を放った。


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