二章 第11話 リオリー魔法店商品開発部
ギルドに行く日を5日後に控えたある日、俺とエレナはレメナ爺さんに呼ばれて応接室に向かった。レメナ爺さんが書庫と庭の修練場以外に呼び出すのは非常に珍しいことだ。
「なんだろ」
「ギルドの説明かな」
「応接室で?」
「むぅ……じゃあギルドの人が訪ねて来たのかも?ほら、アクセラちゃん貴族だし」
貴族の家に事前にギルド職員が来て説明?
エレナの推測に俺は内心で首をかしげる。少なくとも俺の知る場所と時代のギルドにそんなサービスはなかったと思うが、もしかしたら最近はそういう仕様なのかもしれない。なんにせよ、エレナとともに普段着でいいと言われたので貴族のような肩ひじ張った相手ではないことは確かだ。
コンコン
「はいりなさい」
応接室の扉を軽くノックするとしわがれた声が入室を促す。
「「失礼します」」
扉を開けて中に入ると、そこにはしばらく前に見た顔があった。このケイサルでリオリー宝飾店を経営する、たしかマイルズだ。俺たちが爺さんに補助魔道具を買ってもらったあの店の主人である。
「おはようございます、アクセラお嬢様にエレナお嬢様」
彼は心底嬉しそうな笑みを浮かべてソファから腰をあげた。
「朝からお時間を割いてくださって、感謝の言葉もございません」
相変らず貴族といはいえ子供に対して大仰な物言いをする男だ。だが商売人としては結構頼りになるらしい。この前の補助魔導具も良質な品だったし、今後の取引を考えての値引きという恩売りも忘れなかった。
「おはよう」
「おはようございます、マイルズさん」
返事をしながら俺たちは彼の正面、レメナ爺さんの隣に腰掛けた。
さて、今日は何の用事だろうか。マイルズのような商人が貴族家に来る理由など御用聞きか出資の相談くらいだろうが、いままでそのどちらもオルクス家に来ているのを見たことがない。要る物は侍女たちが買いに出るし、我が家が大して潤ってないことは先日のマイルズの言から察するにその筋では有名な話なのだろう。
「これは我が故郷パーセルス子爵領エンチャントバレーから送られてきました茶菓子です。お口に合いますか分りませんが、どうぞお納めください」
そういうと手元に置いていた鞄から高そうな布に包まれた箱を取り出すマイルズ。テーブルに置かれたそれはなぜかレメナ爺さんではなく俺のほうに押された。
「……?」
「では、お茶の用意をしてまいります」
賢者で食客のレメナ爺さんがなんだかんだこの屋敷では一番偉いわけだが、なぜ俺の方に押しやったのだろうか。内心で首をかしげていると、俺たちが入る前から隅で待機していたアンナがその箱を回収した。
「さて、あまり長々とお時間を頂戴しましてもご迷惑でしょう」
アンナが退出するとほぼ同時にマイルズは再び口を開く。
「ん」
一体何の話なのか見当もつかない俺は、ただ真っ直ぐに向けられる視線に視線を返す。
「この度私どもリオリー宝飾店は新しい商いについてのプロジェクトを立ち上げまして」
彼は鞄から数枚の羊皮紙を取り出して俺たちの方へ差し出した。受け取ってみると、それはリオリー宝飾店がこれから手掛ける予定の新ビジネスについて概要を記したものだ。
まだスタート前の商売を見せるなんて、本当に何を考えているのだろう。
「そこにありますとおり、新しい商いといいますのは魔法使い専門店のことです。リオリー魔法店、一応宝飾店の姉妹店という形になります」
魔導書や加工したダンジョンクリスタル、特別な魔法を封じ込めた魔導具などを扱うのが魔法店という業種だ。単価がやや高めで主客層が魔法使いなので、ケイサルのように冒険者程度しか職業魔法使いがいない街では成立しない仕事でもある。
「出店するのは王都、5年後に開店の目標です」
王都なら城に仕える者から高位貴族お抱えの者、冒険者、研究者、その他専門魔法の使い手まで魔法使いには事欠かない。その分魔法店自体が多いだろうから、新規参入は大変そうだ。
しかし5年後の開店ということは俺が学院に行く頃か。このままエレナが俺の侍女をするなら彼女もついてくるはずだし、これは気の早い顧客確保のための宣伝かなにかだろうか。
俺がそんな風に思っていると、マイルズは羊皮紙に書いてあること以上の情報を喋り始めた。
「その魔法店では可能な限り商品を自社ブランドにしたいと思っているのです。他の店では売られていない特別な品や、少しでもお客様が使いやすい工夫のされた商品。そういったものを幅広く扱っていきたいのです」
「ん、いいとおもう」
オリジナリティと客目線は新規参入者にとって大切だ。それくらいは俺でもわかる。
「幸い私どもの本店がありますエンチャントバレーは付与魔法の谷の名が示す通り付与魔法が盛んな街でして、王都の外の店に比べれば安いお値段で補助魔導具を始めとする付与付きの品をご提供できるわけですが……」
彼の言うエンチャントバレーとは、オルクス領の南に2つか3つほど領地を下ったところにあるパーセルス子爵領の鉱山街だ。放棄された坑道が何十本も絡まってダンジョン化しているのだが、付与魔法にちょうど使いやすいダンジョンクリスタルが産出することから付与魔法使いが多く集まって職人街のようになっているらしい。
「付与の施された品というのは一度買えばそうそう買い替える物でもありません。魔法店としてやっていくためにはもっと多種多様な品物を扱う必要があります」
「ん」
「そこで、アクセラ様とエレナ様にお力を貸していただきたいのです」
「……?」
普通の魔法店にない付与商品だけでは店が回らないので色々な商品を扱いたいと、それは分る。だが俺とエレナの力が借りたいとはどういうことだろう。
理解しかねてエレナの方を窺うが、聡明な彼女も話の流れが上手くつかめていないらしく小首をかしげている。
「お2人は賢者であられるレメナ様がその才をお認めになった魔法使いでいらっしゃいます。その才気と若い感性を以って私どもの商品開発に協力いただけないかと、そうお願いしに上がった次第です」
何を興奮しているのか、マイルズは嬉しそうに声を震わせてそう熱弁した。
「えっと……」
つまり、レメナ爺さんの弟子で将来有望そうな魔法使いである俺たちに商品開発のアイデアを出してほしいと、そういうことか。
「レメナ爺のほうが適役だとおもうけど……」
「いえ、レメナ様には、その……未来の魔法使いをお客様に見据えさせていただいておりますので、お年の近いお嬢様方にご助力頂きたいと……」
「儂はこれでも隠居しておるからのう」
それまでの勢いを潜めてやや歯切れ悪く答えるマイルズに端的な回答をする爺さん。リオリー家は爺さんとの間に何かしらの約束でもあるのかもしれない。それでも俺たちにこそ協力を願いたいという彼の言葉に嘘は感じられなかった。
「失礼します」
戻ってきたアンナがお茶とマイルズの持ってきた茶菓子を俺たちの前に置き、レメナ爺さんの視線を受けてそっと会釈した後退室した。いくら信用できる古参の侍女でも取引相手のまだ確定していない情報を余人に聞かせるわけにはいかない。
茶菓子はカステラのような生地に何かの蜜をしみこませて再度焼いたものだった。
「あまい」
「おいしいです」
「お口に合いまして何よりです。さて、何かご質問がありましたらどうぞ、可能な限り答えさせていただきます。もちろん、受けていただけるかどうかはその後でかまいません」
準備期間も内容も考えるとリオリー宝飾店がこの魔法店の出店に何か強い思惑を抱いているのはよくわかる。マイルズの口調や語気からもその熱は伝わってきた。
いくら賢者の肝いりですでに6年も修行を積んでいるとはいえ、まだ実戦も経験していないような小娘魔法使いによくそんな話を持ってくる。正直それが一番の感想だが、それを考慮してもリスクに手を出すべきだと彼と本店側は考えたらしい。
「えっと、それは5年で商品開発と手続きを済ませて王都に出店するということですか?」
エレナが最初の質問を投げかけた。
「はい、土地の確保や手続きに関しましては根回しを早めに済ませてしまい、3年目か4年目に実際の処理を行う予定です」
土壇場で慌てないように手は回しておいて、不要な維持費の類はできるだけカットするというわけか。王都での根回しと維持にどれくらいの労力がかかるのかはわからないが、それもちゃんと考えてプランされているとみていいだろう。
「商品開発はどれくらいの時間でどれくらいの物を?」
「3年から4年ほどで20種類ほどをお願いできればと思っています。いよいよ基本的な物は製造販売権を買うだけで済みますし、付与魔術で箔を付ける品もいくつかありますから」
つまり権利を買って自社生産するだけで品自体は他店と変わらない物や、リオリー家が得意としている品も扱うので、それ以外のオリジナリティを持った自社ブランドを手伝ってほしいということか。3、4年で20種がはたして多いのかは魔法店の商品開発や仕入れを知らないのでよくわからない。
「劇的な違いではなく、僅かに使いやすいというくらいでも大丈夫です」
俺の沈黙をどう解釈したのか、彼はそう付け足した。
「具体的にはどう言った商品を?」
「一応他の魔法店で扱っている商品一覧を王都から取り寄せましたので、ご覧ください」
エレナの質問に返ってきたのは1枚の羊皮紙。そこには王都の魔法店で取り揃えてある一般的な品から各店の特別な商品までが書き連ねてある。
「光源用のクリスタル片、魔導紙、伝導インク、封魔玉、ワンド……」
どれも大して工夫のしようがなさそうなシロモノばっかりだ。
「……」
率直に言って面倒くさい。
我が伯爵家は財政的にも立場的にもあまり芳しくないらしいことは察しているが、それでも日々の生活を過度に切り詰めなくてはいけないほどではない。ギルドに登録して冒険者業をすることを考えればお小遣いも大して気にしなくていい。
なにより勉強に冒険者業にとすでに俺たちは忙しいのだ。拘束時間と納期がある仕事を受けてまでお金を稼ぐ必要性はない。
「開発費はそこそこの額で確保しています。諸々の経費を除いてこれくらいをお支払いさせていただきたいとも思っています」
俺とエレナがそれぞれ考え込んでいると、彼は新しい羊皮紙を取り出してさらさらと数字を記入していった。どうやら開発関係の職員として正式な月給を払ってくれらしい。そしてその金額はいくら期待をかけていても小娘相手に提示するよう額ではなかった。
「これとは別に独自性に富んだ私どもの商店の目玉となるような発明には売り上げに応じた報酬をお支払いいたします。また、リオリー魔法店でお買い物をされる際には従業員割引を適用させていただきます」
最初からこれだけの条件をテーブルに載せるとは、交渉する気は全くないのだろうか。それとも誠意として最初から手札を全て見せたうえで追加があるなら言ってほしいという態度なのだろうか。なんにせよ破格どころではない好待遇だ。
とはいえ、どれだけ好条件でも今はギルドのランク上げに時間を割り振りたいのが本音。将来的に必要になるのだとしても、今はお金より時間の方が優先される。
「……実際にどんなものが売られてる?」
とりあえずいい断り文句を探しながら、話を続けるために質問を重ねる。
しかし返ってきた返事に俺は思考を一旦止めて肩を落とすことになった。
「この国で使用されている道具類はほぼ100パーセントスキルで生み出された物ですから、ステレオタイプな品しかないのですよ」
「ん……」
レメナ爺さんに聞いたり本で調べたりした限りでは、俺が死んでからの50年あまりで技術はエクセララの隣国アピスハイムや大砂漠国家群、ガイラテイン聖王国を中心に多少広まっているらしい。特に聖王国では聖騎士団にエクセララから教導部隊を招いた技術の習得をさせているらしく、その戦力はかつての比ではないだろう。
ところがアピスハイムにエクセララとは反対側で接しているはずのこの国、ユーレントハイム王国になるとこれがまったくと言っていいほど知られていない。この屋敷では侍女も料理人もスキルに頼らない技を持つ者が多いのでついつい勘違いしてしまうが、それは彼女たちの職業訓練を行ったレグムント侯爵家が異色なのだ。
「「魔の森」……」
「ええ、それです」
かやた国ぐるみで技術を取り入れているアピスハイム、かたや一侯爵しかまともに取り組んでいないユーレントハイム。この格差はなにが原因かといえばこの国の西側、アピスハイムとの国境に横たわる「魔の森」だと誰もが即答するだろう。
「魔の森」は世界に両手の指の数ほどもない不可侵迷宮、ランク外ダンジョン。魔境の中の魔境と呼ばれるそこは、生前の俺でさえ同格の者数名とパーティーを組まなければ長期の滞在は不可能という有様だ。しかも神々さえもこのダンジョンが生み出された原因を知らないらしい。ある意味で世界そのものよりも謎に包まれたデッドゾーンである。
「さすがはレグムント侯爵家の流れを汲み、レメナ様が住まわれているオルクス伯爵家の令嬢でいらっしゃる」
「エクセララやアピスハイムとの交流が少ないのは「魔の森」のせい。それくらいはすぐわかる」
市政に出回っている程度の簡単な地図でも一目見ればわかる。そう思って答えたのだが、マイルズはニッと笑って首を振った。
「そこですよ、アクセラお嬢様」
「……?」
「お嬢様はエクセララを意識して考えていらっしゃった。普通、スキルメイドの品物しかないという話から真っ先に彼の地を思い浮かべはしません」
あ……しまった。ついつい当然のようにエクセララと技術ありきで考えていた。
「やはりお嬢様は技術という考え方について相当お詳しいようです」
「……」
「そんなお嬢様たちだからこそ、この開発の仕事をお願いしたく思ったのです」
「……つまり?」
「そうですね……最初からお話いたしましょう」
彼は一口紅茶を飲んでからこう始めた。
「この年になってこう言う事を言うのも些かお恥ずかしいのですが、私には夢があるのです」
「夢?」
「ええ、夢です。私は昔、エクセララと縁の深い商人のもとで下積みをしていたのですが」
彼の下積み時代というと20年遡るか遡らないかといった具合だろうか。
「その方の下で見た品々は本当に素晴らしかった……スキルによって生み出されたものは画一的で面白みがないと私は常々思っていたので、本当に感動しました。もちろん素材やスキルレベルによるばらつきはスキルメイドの品にもありましたが、そのばらつきまでもが画一的に思えたのです」
同じレベルのスキルで同じグレードの素材から作られた品はほぼ同じ品質に仕上がる。職人に求められるのはスキルレベルといい素材を仕入れるツテ、そして結果のバラつきを減らすための運だけ。それが俺の生きていたころの産業、少なくともその主流派だった。
「エクセララから仕入れられる品は全く違う。いい意味でバラつきがあるんです。素材やスキルレベルが同じでも独特の加工や工夫が施されていて、同じ職人の同じような短剣でさえよく見れば各部に大きな違いがあります」
彼の弁舌に熱がこもる。
「私は幼いころ、品物についてこう考えていました。あれらは多岐にわたる選択肢を組み合わせることで多様に見えるが、パターンに限りのある広がりのない物だと。そんな物を延々何代も商う我々の生涯のなんと虚しいことか!」
段々と説得というよりただ胸の内の言葉をぶちまけているだけのような強い調子になっていくマイルズ。しかし、その分彼の真意が伝わってきた。
「エクセララの品物を初めてみたとき私はその考えが間違っているのだと気づいたのです。スキルに頼らず、人が自らの技を頼みに作り上げた作品。それらは無数に存在する選択肢の組み合わせではなく、たった1つしかない物なのだと感じました。それはまるで……」
「まるで人そのもの……」
我知らず、俺の口をついて言葉が出た。それに彼は大きく頷く。
「そう!そうなのですよ。まるで人のように、無数のパターンではなく唯一の存在。それが集まって商品という集団を成している。それが私にはとてもとても美しく思えたのです」
ああ、よくわかる。
エクセララの職人たちが生み出す品物はどれも1つ1つがそれぞれの良さを持っている。天上の奉納品部屋に収められた刀が刀身から拵えまで多種多様な様式と工夫で彩られているように、技術で作られた作品はどれをとっても唯一であり、どれが正解ということもない。もちろん失敗はあるが、正解に定型がないというのは人の可能性を表しているようでなんだか胸が熱くなるのだ。
「私はいつか自分の手でそういったものを生み出せるようになりたかったのですが、どうにも職人の才能はなかったようでして。ならばせめて、いずれそういった唯一無二の品を集めた店を持ちたいと……それが私の夢なのです」
語り終えた彼はふと視線を俺たちに向け、少し顔を赤くして笑う。
「申し訳ありません、つい……」
誤魔化すようにそう言った。いつの間にか自分が本題も忘れて心の内を熱弁していたことに気づいたらしい。
「変わらんのう」
「いや、お恥ずかしい」
なんと返していいのか困っているらしいエレナと少し考え事をしている俺をおいて、レメナ爺さんがやれやれと言った様子で微笑んだ。長い付き合いらしいのでこういうことも初めてではないのだろう。
動かしすぎた舌を休ませるようにお茶を飲み干し、マイルズは姿勢を正して俺とエレナの目を交互に見た。
「すぐにとは申しません。2、3度試作をしていただいてからでも構いません。ご一考いただけませんでしょうか?」
これまでに提示された好待遇だけでも相当なのに、彼が付け加えたのはおおよそ常識的な契約とは思えないほどの条件だ。それだけ彼がこの新ビジネスに賭けているということなのだろうか。
今の俺たちにとっては金よりも時間が大切。それは変わらないが、彼の熱意に惹かれるところもある。技術の普及にもつながるかもしれない。
「えっと、先生はそれでいいんですか?」
俺がまだ色々と考えていると、エレナがレメナ爺さんに話を向けた。まだ卒業を言い渡されていない以上俺たちは見習い魔法使い。魔法に関する仕事を受けていいかどうかは師匠であるレメナ爺さんの裁量の内だ
ただ、この爺さんは駄目と言わないと俺は予測している。そもそも言うなら話が始まった時点でストップをかけているだろうし。
「儂は止めやせんよ。自分がしたいようにするんじゃ」
案の定、爺さんはそう言って俺たちに判断を投げた。
「そ、その、父さまたちに聞かなくてもいいんですか?」
「構わん、そこら辺は事後承諾でのう。もっとも、意見を聞きに行ったところで許可はされるじゃろう。学院に言った後で自由にできる手持ちが増えるのは良いことじゃからな。冒険者のように危険があるなら別じゃが」
やはり学院に行った後の事も考えたら収入がある方がいいことはいい。ギルドの依頼で賄えるといっても、安定しているのはこの話だ。あとは時間との兼ね合いだが……。
「……むぅ」
考え込む、というよりは俺の顔色を窺うエレナ。
「……」
俺はそれでも黙っていた。諸々考慮すればどうするべきだろうか、と。
メリットは大きいがデメリット、というより面倒なしがらみが増える可能性もある。とかく納期や要求水準、利権といった商業的な話は俺のような刀一筋の輩になじまないということもある。だがメリットとは別に彼を支援したい気持ちもあるのだ。
得られる金銭、取られる時間、技術布教の足掛かり確保、利権によるしがらみの増加……それらの要素を俺の脳みそで可能な限りの慎重さをもって秤へと載せて行き、最後に面倒くささとマイルズへの共感を足してみる。
「……うける」
それが俺の結論だった。
「よ、よろしいのですか!?」
この場で即返事を得られるとは思っていなかったのか、話を持ってきた当のマイルズが一番驚いている。その間もエレナは心配そうな顔で、レメナ爺さんは面白そうに顎鬚を扱きながらじっとこっちを見ていた。
「細かい条件がある。でもうける」
「条件、ですか」
「ん。無茶なことは言わない」
これでもかというほどの好条件を最初からテーブルに載せたマイルズにとって追加の条件は辛いものだろう。俺とてそこまで強欲じゃない。
「開発者として偽名を使わせてほしい。それから給料は半分を家に、半分をギルドの口座に入れて」
ギルドは一般に銀行業務というものを提供している。安全性は折り紙付きだ。
「え、ええ、それは構いませんが……なぜ偽名を?」
「お互いにその方が楽。ちがう?」
信用が第一の商売において傾きかけの伯爵家の名声は良い方向に働かないだろう。偽名なら俺たちも開発者として辿られて利権争いに絡まれたりもしにくくなる。
「……なるほど、承知しました。やはり私の目に狂いはなかったようです!」
なにがそんなに感動的だったのか、俺の説明を聞いて彼のテンションはまた上り坂になった。変な深読みでもしたか。
「では、その他の条件は」
「ん、私はこれでいい。というか少し減らしてくれてもいい」
「わ、わたしもそう思います」
「いえいえいえ、これは私どもがそれだけの可能性を感じているという証明でもありますから、なにとぞこのままお受けください」
「「……」」
本人が良いならいいんだろう。
さすがに今日から勤務扱いにしてもらうのは申し訳ないので、給料は最初の商品を試作した時からもらうことに取り決めた。
そんなわけで俺とエレナはリオリー魔法店の商品開発を請け負うことになった。より厳密にいうなら商品開発部開発主任という肩書らしい。それぞれ偽名はアクシア=レノンとエレノア=レノン。魔法使いの姉妹ということ以外はごく一部の者にしか開示しない約束だ。
これだけ悩んで決めたことだが、実は長らく離れていた魔導具の研究という生前のちょっとした趣味に手が出せることを内心喜んでいる自分もいる。
結局、人生は楽しく過ごすことが肝要だな。
~★~
この後ビクターたちに事後承諾を求めたところ、レメナ爺さんの予言通り反対どころか大いに喜ばれた。ただ給料の半分を家に入れるのはいくらゴネても認めてもらえなかったので、あとでリオリー商会に契約訂正の手紙を送る羽目になった。
マイルズおじさん再登場。
そして技術馬鹿が2人そろって燃え上がり始めました・・・。
いつだって時代を切り拓くのは夢を追い続ける馬鹿野郎だって、ワンピースで言ってました。
~予告~
始動するリオリー魔法店の商品開発。
これはその偉大なる軌跡を追ったドラマである。
次回、プロジェクトXX
ミア 「もうどことどこを混ぜたのかわからんのじゃ・・・」
シェリエル 「とりあえず、月は出ているか・・・でしょうか?」




