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間章 第一話 樽の中身

!!Caution!!


このお話はお休み明け連続投稿の1話目です!

 夏の暑さが落ち着き、空も空気も少しだけしんとした頃。外壁を掠めて頭上を過る朝日の下、俺とエレナは冒険者装備に身を固めて、メインストリートを大門の方へと歩いていた。

 田舎とはいえケイサルは由緒ある伯爵領の領都、屋敷から伸びる大通りはかなりの長さがあり、いくつもの商店が軒を連ねている。しかしまだ早朝で、人通りこそまばらにあれど、多くの店が閉めている。そうともなると広さが強調され、やけに静かな街並みに感じられた。


「おや、今日も冒険にお出かけですかい?」


 軽やかな足取りで進む俺たちに声がかかる。見上げるとそこには窓から顔を出した中年男性の朗らかな笑みが。煙突からむくむくと煙を上げるその店はパン屋だ。


「おじさん、おはよう」

「おはようございます!今日は沼地の方まで」

「ケイシリル沼地へ?そりゃあ気を付けてらしてください」

「ん。ありがと」


 足を止め、すっかり馴染みになったパン屋と喋る。昔からここで店を開いている人物で、なんどか依頼を貰ったりパンを買ったりしている。住民の中でもかなり気安い仲だ。


「あ、そうだ。さっき焼き上がった蜂蜜パンがあるんで持って行ってくださいよ」

「いいんですか!?」


 気前のいいセリフに喜色満面で声を上げるエレナ。ラナがいれば伯爵令嬢の侍女がはしたないと怒られるところだが、今の俺たちは生憎ただの冒険者。くれる物は貰わねば礼儀に反する。


「いいんですとも。お嬢さんたちには色々助けられてますからね。はい、どうぞ」


 一度引っ込んだ店主は紙袋を二つ、窓から腕を伸ばして差し出してくれる。


「ありがと」

「ありがとうございます!」


 一人一つ受け取ったそれは温かく、小麦のいい匂いがした。


「あったかい!」

「ははは、焼き立てですからね。じゃあ、お気をつけて」


 そう言って手を振るパン屋に手を振り返し、俺たちは移動を再開する。


「アクセラちゃん、どうしよう?」

「ん……焼き立てを食べないのは犯罪」

「だよね!」


 などと頷きあい、包み紙を開いて中身を拝む。蜂蜜パンは俺たちの拳二つに満たないくらいの食べごろサイズで、表面が美味しそうに照っていた。それにほわっと広がる香りは小麦だけでなく、乳やバターや蜂蜜が混じって芳醇そのもの。


「「いただきます」」


 我慢できずに揃って齧りつく。焼きたてでもふもふに柔らかい白パン。押しつけがましくない程度に甘く、それでいて屋敷で料理長のイオが焼く物に比べるとどっしりとしている。


「んー、美味しい!」

「さすが大通りに構えているだけある」


 貴族向けのパンというより、日々せっせと働く庶民のパン。そういうコンセプトなのだろう。食べ応えと腹持ち重視。その上で店主の味への拘りがうまく同居した、実にいいパンだ。


「今日の依頼はアングリートードの群れの討伐と水質調査だったよね」

「ん」

「今年も討伐だけでいいんだっけ」

「そう。剥ぎ取りは別の依頼にするんだって」


 パンを食べながら今日の依頼を確認する。

 ケイシリル沼地は鉱物性の毒に満ちた湿地で、領都の近くにある危険スポットとしてダントツだ。そこに生える植物はもれなく毒性を示し、生息する動物はほとんどいない。

 そんな死の沼にも一応魔物が住んでいたりする。それがアングリートード。赤黒い表皮と二本の角が特徴的な、猫ほどの大きさのガマガエルだ。自身も毒性を持ち、群れで行動し、激昂すると破裂して体液を撒き散らす。そういう厄介なヤツである。


「この依頼が来ると秋だなって感じするよね」

「そうだね」


 晩夏の産卵期を終えたアングリートードは大移動を試みる。行き先は特に決まっておらず、新しい沼地を求めて彷徨うのだとか。まあ、当然ながら強毒性で自爆する魔物の大移動など許容できるはずもなく、ギルドから討伐依頼が出される。

 ただこの蛙魔物、成長過程で馬鹿にできない量の鉱物毒を吸収する性質がある。もし完全に駆逐してしまうと、その分の毒が沼地に溜まり、いずれは流出する可能性がでてくるわけだ。よって産卵が終わるまでは待つ必要がある。

 とまあそんなわけで、秋にこれを討伐するのは冒険者にとって一種の風物詩であった。


「今年は目標、十五発でクリアね!」

「去年からマイナス五つ……結構厳しい」

「大丈夫だよ、魔力量も結構増えたしさ」


 そんな厄介な風物詩だが、実はここ数年ナシになっている。

 というのもアングリートードが寒さに弱く、凍死すると爆発しないこと。そして卵の方はこれから来る冬に耐えるため、結構な凍結耐性を持っていること。この二つに着目したエレナが氷魔法で一掃し始めたからだ。

 俺たちは指名依頼でアングリートード掃討を引き受け、低ランクの冒険者は蛙の凍死体から皮や毒腺といった有用素材を剥ぎ取って残りを埋める。そういう分業が成り立ったのだ。


「ん、あれは止めたの?」

「どれ?」

「雷で動きを止めて、それから凍らせる案」


 俺の質問にエレナは「あー……」と残念そうな声を上げる。


「沼地の有毒ガスの一種が爆発するって分かって、廃案にしました」

「そうなの?」

「うん」


 ランタンで爆発が起きた記憶はないので、そこまで濃度の高いものではないのだろう。あるいは空気より重くてランタンに届かないのか。しかし地を這う蛙相手に全方位ビリビリやれば引火してドカン、と。


(……エレナが勤勉でよかった)


 これが俺のようなぶっつけ本番の馬鹿だったら、毒沼と毒蛙と自分たちを仲良く吹き飛ばす未来が待っていた。そう考えるとぞっとする。


「あれ、アクセラちゃん?」


 嫌な想像を頭の隅に追いやって蜂蜜パンの味に集中していると、エレナが怪訝な声音で俺の名を呼んだ。


「なんだか門のところで揉めてない?」

「ん……ほんとだ」


 顔を上げるとケイサルの玄関口でもある門が見えたが、そこにはちょっとした人だかりができていた。


「珍しい」


 繰り返すが、ケイサルは田舎の斜陽都市とはいえ伯爵領の領都だ。もともとの人口も流入、流出もそれなりにある。加えてビクターの努力が実を結び、このところは行商人や旅人も増えてきている。

 このため俺たちが幼かったころに比べれば門の利用者は随分と増えた。持ち出し荷物の検査が厳しいのもあり、それなりの行列ができること自体はままあること。

 ただ、門の前にできている集団はどちらかというと野次馬のような雰囲気で、列はなさず団子になっている。これは何か問題があったとしか思えない。


「行く?」

「行こ!」


 というわけで、俺たちは蜂蜜パンをちまちま惜しむように食べながら門へと急ぐ。

 近くなってくると、やはりそれが普通の行列でないのは明確になってくる。野次馬は格好からして早朝に出発しようと目論んでいたやる気のある商人と冒険者だ。大人しく並んでいろよと思わなくもないが、もめ事のせいで列が進まないのかもしれない。


(あれ?)


 ふと人だかりの中に見たことのある姿を発見する。金属補強された革鎧をまとい、右肩と右のウエストから左腰にかけて大きなベルトをかけた女性。二本のベルトには無数の短剣がずらりと装備されている。


「ん、カサンドラ」

「あららん、アクセラちゃんとエレナちゃんじゃない。どしたの、こんな朝早くに」


 俺が声をかけると振り向き、すぐに笑顔を浮かべて俺たちの頭をぐしゃぐしゃ撫でまわす女冒険者。露出の多い衣装で引き締まった肉体を包む彼女は、名前をカサンドラ=カナハンという。「彫刻刀」の異名を持つAランクであり、最近このケイサル増強支部に居ついた凄腕の一人だ。


「これから依頼。そっちは?」

「お姉さんもよ。でもご覧の通りね」


 背の高い彼女は見えるらしく、あきれ顔で群衆の向こうに顔を向ける。

 当然だが、エレナより背の低い俺ではまったく見えない。


「……ご覧になれない」

「やーん、可愛い!」

「馬鹿言ってないで、何がどうなってるか教えて」


 紅兎の鞘でカサンドラの尻を打つ。


「やん!えっとね……とりあえず、ゴネてる商人がいるのよ。なんかいかにもな風体のヤツで、荷物の全数検査なんて聞いてない!ってね」

「いかにもな風体……?」

「そうそう」


 いや、そうそうではなくて、どんな風体なのかを教えてほしかった。


「えっと、検査についての説明は都市に入る前にされますよね?」

「エレナちゃん、残念だけど、バカは丁寧に説明しても聞いてないのよ」

「目の前で説明してるのに、ですか?」

「いやもうマジで聞いてないわよ、バカって生き物は」

「信じらんない……」


 エレナが温度の低い視線を人ごみの先に向ける

 彼女は説明をちゃんと聞くタイプなので、そうでない人間が理解できないのだろう。


「まあ、ある意味聞いてないって主張は嘘じゃないわよね。自分が聞いてないだけなんだけど……そんな話が通じる人間は、こんなところで揉めてないか。あーあ、衛兵もバカの相手しないといけないなんてご苦労なことよね」


 極めて他人事なカサンドラだが、俺とエレナはそうもいかない。この街の領主の娘と、実質的に差配を行っている家宰の娘として、ぼうっと待っている選択肢はないのだ。


「とりあえず行こう」

「ん」


 人ごみをぐるっと回り込み、門のすぐ側から前に出る。

 するとウチの衛兵二人を前に、大柄な男が怒鳴り散らしているのが見えた。


「オイ、いい加減もうイイだろうが!」

「いいわけあるか!樽を全部検査するか、検査の済んでいない物を置いていくかだ!」

「入るときになかっただろうが、そんな検査!」

「出るときに全数検査すると伝えたぞ!」

「聞いてねえよ!」


 唾を散らして吼える男。背は高く、筋肉質で、そして頭が悪そうな顔をしていた。頭の方は衛兵に怒鳴っている時点でお察しではあるが。


(あー、たしかにいかにもな風体(・・・・・・・)だ)


 カサンドラの言葉に納得しつつ、エレナを伴って衛兵の方へ足を進める。


「盛り上がってるけど、大丈夫?」

「ア、アクセラ様!?」

「あぁ?」


 俺が声をかけると衛兵は弾かれたように敬礼をし、男は目元口元をひん曲げて振り向く。


「ガキ?おいガキが何の用だ!」


 向いた方にとりあえず吠え立てるとは、まるで躾のなっていない犬のようだ。そう思ったのは俺だけではなかったようで、野次馬が飛び火を警戒するように一歩下がる。

 衛兵は逆に素早い動きで俺の斜め前へと移動し、いつでも手にした槍で男を阻めるように警戒を強める。


(そんなことしなくたって、俺一人で……いや、それだとこいつ等の責任問題になるか)


 十二年もやっているが、いまだに貴族の娘という立場はしっくりこない。強い奴が前に出て何が悪いという感覚が抜けないのだ。


「口の利き方に気を付けろ、この方はオルクス伯爵家のご令嬢だぞ!」

「はぁ?お貴族様のガキがなんで剣なんかぶら下げてんだよ」


 ある意味でもっともな、しかし一方で本当にこの都市のことを何も知らないのだとうかがわせることを宣う男。俺とエレナはケイサル周辺ではそれなりに有名なのだ。伯爵令嬢がCランク冒険者なのだから、当たり前だが。


(相手にするだけ無駄だな)


 すぐさまそう判断し、俺は衛兵に向き直る。


「それで、何事?」

「は、はい……この者が出立のための荷物検査を拒否しておりまして」

「ウソ吐くんじゃねえよ!オレはちゃんと協力したじゃねえか!」

「樽一つでは駄目だと言っているだろう!」


 衛兵の言葉を遮って叫ぶ男と、それに怒鳴り返す衛兵。やかましい二人の証言から、カサンドラの言う通りの問題であることが分かったわけだが……。


「荷物の中身は?」

「酒だと言っています。確かに一つ目の樽はエールでした。どこにでも売っている安い品ですが」

「残りも安酒なら検査を拒否する理由は?受け入れた方が早い」


 今度は男の方を向いて言う。

 彼は一瞬言葉に詰まった様子だったが、すぐに怒号を絞り出してきた。


「ガキに酒の良し悪しが分かるか!いいか、この酒はな、特別な酒なんだ!」

「確かめたのは衛兵……ん、まあいい。それで、特別な酒?」

「この酒には森の魔力が宿ってんのさ!魔法をかけられたらダメになっちまう!!」

「森の魔力?」


 聞いたことのない概念だ。そう思いながら、俺が忘れているだけかもしれないとエレナの方に視線を向ける。返ってきたのは断固たる首の横運動。そんな曖昧な魔力は存在しないらしい。

 怪しい。あまりにも怪しい。だが大貴族の多くから白眼視されているウチにとって行商人は蔑ろにできない相手。強硬手段で検査を行えば、どんな尾鰭がついた話を回されるか分かったものではない。


「……その樽、一ついくら?」

「あん?」

「酒、樽ごとだといくらで売るつもり?」


 仕方がないので俺は買い取る意思を示した。もともとルールを破ろうとしているのは向だ。高く買ってやるという客を断ってまで検査から逃れようとすれば、周りの商人の目も厳しくなるだろう。


「だ、ダメだダメだ!これは依頼されたモノでだな……」

「私の魔法の先生が無類のお酒好き。森の魔力が籠ったお酒なら、言い値の倍は払う」

「倍!?」


 そんな申し出をされると思っていなかったのだろう男は、さっそく勢いを失う。そこにすかさず追い打ち。金額も聞かぬうちに飛び出した倍の一言に野次馬からは大きなどよめきが生じた。


「ば、倍!?倍だと!?そ、それは、いや、だがダメだ!」

「なぜ?」

「な、え、あ……なぜ、なぜ……?」


 貴族から提示された大金。それを前に交渉のため渋って見せるくらいは商人ならやるだろうが、男は頑なに拒否の姿勢を見せる。いい調子で衆目の疑念が彼へと向き始めたそのときだった。


「え、あ、あぁー……金貨二枚だ!い、いや金貨三枚!三枚で売るつもりだった!」


 男は苦し気な様子から一転、素晴らしいことを思いついたようにそう叫んだ。


「倍なら金貨六枚だ!どうだ、さすがに払えねえだろう!?」


 ざわざわ、ざわざわと、人込みに困惑が広がっていく。まるでさざ波のように。

 俺はというと、エレナと衛兵と視線を交わして頷き合う。


「な、なんだよ?高すぎて腰が引けたか、ああ?わ、分かったらこの酒に触るんじゃ」

「カサンドラ、ギルドで普通に飲む酒はいくら?」


 商人だと自称するなら払えない額を出して誇るなよと、そう思わなくもないが……。それをぐっと飲み込み、俺は彼の言葉を遮る。

 いつのまにか野次馬の最前列までやってきていた美しい冒険者は目をパチパチとさせ、自分のことを指さして首を傾げた。あたし?とでも言いたげな彼女に頷いてやる。


「あたしが飲むのは一杯、小鉄貨二枚のやつよん。200クロムね」

「Aランクのくせに安い酒……」

「そ、それは別にいいでしょ!?」


 カサンドラのランクを聞いて男がギクリと固まった。

 俺はお構いなしに彼の荷車に積まれた樽を指さす。


「その樽、どう考えても大きいジョッキで200杯は入る」

「だ、だからなんだよ!?」

「中身がギルドにある普通の酒でも、四万クロムの価値がある。樽の価値抜きで」

「は?」


 男の口から出たのは、目の前にあった林檎がいきなり葡萄になったような、理屈の分からない現象に直面したときに出る「は?」だった。


「つまり樽の中身は高級な酒じゃない」

「な、なにがつまりなんだよ!?意味の分からねえことガタガタいいやがって!ガキだと思って優しくしてやれば……ぐっ」


 激昂した男が一歩こちらに踏み出す。しかし二歩目が出るより先に衛兵の槍が俺と彼の間を遮った。それ以上近付けば実力行使に出る。そんな確固たる意志が二人の衛兵から滲みだす。

 それと、優しくしてもらった記憶はない。


「金貨は一枚一万クロム。三枚で三万クロム。とんだ安酒」

「は?な、何言って……金貨だぞ!?」

「樽酒だよ?」


 噛み合わない会話の原因は男の金銭感覚だ。金貨もいい酒も触れたことがなく、咄嗟に計算できる頭の回転も『計算』も持っていない。だから大金を吹っ掛けたつもりで樽酒に金貨三枚などと言ってしまう。


「結論、君は商人じゃない。捕まえて」

「は!」

「おい!?俺が何したっていうんだ!」

「門の衛兵に虚偽申告をするのは犯罪」

「オイコラ!!放せって……ギャッ!?」


 暴れようとした瞬間、衛兵が黄色いスキル光を纏った槍の石突で男の腹を打ち据えた。スタンかパラライズ系の技だったらしく、巨体が雷に打たれたように跳ねる。

 おお、と群衆から歓声が上がった。


(まさか自分で馬脚を現してくれるとは……)


 公平かつ公正に対応し、商人を騙る不埒者を捉えた。大して労せずそのように見物人から思ってもらえたのは、男の頭の悪さのおかげだ。

 しかしこの有様で闇商人や密売業者はないだろう。となると一体何の目的で、あるいは誰の差し金でこんなことをしたのか。


(ふむ)


 男を見る。動けないようスキルを当てられ、立ったまま後ろ手に縄を打たれているところだ。カタギでもないが、凝った手口の犯罪者にも見えない。金のないチンピラそのもの。


(でもなんか違和感が……ああ、筋肉か)


 その辺で油を売っているようなチンピラにしては、やけに筋肉質でいいガタイをしている。となると冒険者崩れか、農村の出身者だろうか。どちらも肉体労働だから筋肉はガッシリと付くはずだ。


「さーて、じゃあ何を持ち出そうとしてたのか、開陳といきましょうよ」

「おお、見てえ見てえ!」


 考え込んでいた俺の耳に、能天気なカサンドラの声が聞こえた。自分は他人ですとばかりに俺たちを見送っておいて、すっかりご機嫌に音頭を取っていやがる。


「お、おい!止せ、止め……あぎっ!?」

「暴れるなと言っているだろう!」


 往生際の悪い男に衛兵がもう二発、黄色い光を叩き込んだ。


「応援呼んで来い!どうせ荷物も退かさなきゃいけないんだ」

「わかりました!」


 衛兵の片方が男の足を払って俯せに転がし、もう一人に指示を飛ばす。彼はそのあと俺の前に膝をつき、指示を仰いできた。


「お嬢様、いかがいたしましょう?」


 荷物をここで開けるかどうか、ということだろう。ここまで野次馬が盛り上がっているのだから、衆人環視のもとで開けねばまた後でごちゃごちゃ言われかねない。


「開けよう。道具はある?」

「蓋を割るだけでしたら槍の石突でいけますので」


(いやダメだろ)


 魔法で検査をしているからいいと思っているのかもしれないが、今後本当に目視で確認すべき物品が出てくるかもしれないのだ。穏便に箱を開けるための道具くらい揃えて置くべきだ。


(あとでビクターに伝えておこう)


 心の手帳に書き加えつつ、俺は衛兵を下がらせて樽の一つを触った。巻いてある鉄さえ避ければ、この程度は斬れる。そう判断する。


(少なくとも槍の石突で力任せにカチ割るよりは綺麗に開けられるだろうさ)


 エレナとカサンドラも下がらせ、荷台に登った俺は紅兎の赤い柄に手を置く。


「おお?」


 何をするのかと興味津々な様子を隠しもしない群衆。彼らを意識の外に追い出し、刃を振り抜くイメージだけを心に描く。


「フッ」


 軽く跳躍。思い描く軌跡と腕が同じ高さになった瞬間、抜刀。


 紫伝一刀流、弧月


 赤と銀の軌跡が三日月のように樽の蓋の真下を潜り、音もなく木製のそれを斬り離した。

 着地と共に納刀し、ひょいっと蓋を掴んで床に下ろす。それを見てようやく何が起きたのか分かったのか、観客は驚きと落胆の入り混じった声を上げた。


(地味って言いたいんだろ、放っとけ!)


 少しだけ気を悪くしつつ、断面に手をかけてつま先立ちになる。そうしないと中が覗けないのだ。

 果たして中に入っていたのは……。


「ッ!!」


 再び抜刀し踵を返す。荷台を飛び降り、俺は石畳に転がる男へ駆け寄った。


「お嬢様!?」

「アクセラちゃん!?」


 驚く周りの声も聞こえない。男の巨体を強化魔法に任せてひっくり返し、仰向けになった彼の胸に膝を乗せて体重をかける。


「ぐぇ!」


 呻く男の首に紅兎の刃をあてがう。銀の輝きは脂汗に汚れた皮膚を薄く、本当に薄く傷つけた。


「ひぃ!」

「どういうこと」

「し、しらねぇ!オレはしらねえ!」


 知らない。そんなわけがない。

 心臓よりもっと深い場所から怒りがあふれ出す。まるで古い傷から血が溢れるように。


「言わないなら、地獄を見せてやる」


 ありったけの威圧を込めて囁く。男の目が恐怖に見開かれた。俺の言葉が本当だと、怒りが本物だと、直感的に理解したのだ。


「ア、アクセラちゃん!なにが……」

「これは!?なんてことだ……!」


 エレナの声を遮るように、衛兵の悲鳴じみた声があたりに響いた。


「おい、そこの冒険者たち、手を貸してくれ!」

「な、なんだ!?」

「いいから早く!あまり揺らすなよ、そっとだ!」


 背後が一気に騒がしくなり始めた。

 それもそのはず、樽の中身は……衰弱した獣人の少年だったのだから。


「奴隷の、密売……?」


 誰かが呟いた言葉に、俺は頷く。


「お、おれじゃねえ、しらねえよ……しらねえよぉ……」


 恐怖に涙しながら、それでもなお首を振って否定する男。

 俺はその返事に頷き、刃をぐっと押し当てた。銀と肌色の境界線に、ぷつぷつと小さく赤い珠ができ始める。


「そうか……地獄がいいか」

「ひ、ひぃいいい!!」


 よほどあふれ出る怒気が恐ろしかったのか、男は長い絶叫を上げてから気絶した。


「こいつを屋敷の牢に」

「は、はい」


 駆けつけた別の衛兵さえ震え上がらせながら、俺は刀を拭って鞘に落とし込む。


「エレナ、依頼は中断。屋敷に戻る」

「う、うん」


 エレナまでもが戸惑う。


(そうか、俺は今、自分で思っている以上に殺気を振りまいているのだな)


 そう理解するも、どうにも抑え込むことができない。

 魂の奥底から溢れ出す感情は懐かしく、あまりに久々で、そして鉄臭かった。


 アクセラ=ラナ=オルクスとして初めて遭遇する、違法奴隷の事件の始まりだった。


一カ月+αのお休みが終わりました。ギリギリ、本当にギリギリです。

延長した休みでも今週だけで3話書いてます。

新作が袋小路になったり、スランプなったり、母が入院したりとドタバタでした。

でもなんとか間に合わせたので、ここからはコレをバネに続きを頑張りたいです。


さて、お気づきかもしれませんが今回から色々と変えています。

まず作品のテイストを幼少期編に合わせています。これは12歳ごろの話だからですね。

あと大きい要素は書き方です。セリフやモノローグの割り方、改行を変えました。

書き易さ、読み易さ、面白さのバランスを模索していますのでご意見ありましたらどうぞ。

それ以外にもコマコマあるんですが、ここで解説してもしかたないので割愛。


予定より伸びて6話、毎日連続更新です。

よろしくお願いいたします。

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