十一章 第19話 格の違い
「どうしたッ!どうしたッ!どうしたァ!!」
『鬼憤の騎士』ベルベンスが熾火のように赤を内側へ宿した片刃の黒剣を振り回す。それをレイルとディーンがなんとかいなす後ろで、私はミスラ・マリナのバフを絶やさないように注意しながら指示を飛ばす。
「バノン、全体を確認しながら指揮補助を頼む!」
「承知しましたです!」
「ドレン、牽制で構わないから射撃を!最悪どこに当てても構わん!!」
「了解さ、我らが麗しの王子殿下っ!!」
「イヴァンは……」
「おぉおおおおおおおお!!!!」
チョビ髭の友人が声もなく頷いて剣を構え、軽薄そうな顔立ちの友人が弓に矢を番える。その横を抜けて寡黙な巨人の体躯が前線へ突撃し、指示を受けるまでもなくレイルとディーンの背後に付く。
「パンプアァップ!!」
鎧がはじけ飛びそうなほど筋肉を隆起させ、イヴァンはダブルバイセップスのポーズをキメる。直後、褐色のスキル光が三人を包みこんだ。
「バノン、あれは!?」
「イヴァンの『騎士』はまだ高レベルとはいえません。しかし彼のメインである『ボディビルダー』は優秀な中距離支援ジョブです!」
「あれでバッファーなのか……!?」
「言いたいことは分かりますが、支援系です!例えばあのパンプアップ、ポーズを決めている間は自分と周囲の味方の筋力、体重を一時的に跳ね上げてくれます!」
バノンの答えを聞く間にも、押し込まれていた彼らの足が再び地面を踏みしめ、剣の重みを受けきり始めている。
「また変わったジョブを……いや、この際なんでもいい!押せ、押せっ!!」
「ぐぬぬぬぅ!あくまでこの俺に、教官に逆らうかァ!!」
「逆らうともさ、射ッ!」
吼えたベルベンスの肩に矢が突き立つ。といっても鎧の表面に当たった程度だ。しかし鏃が食いこんでいないにもかかわらず、ドレンの一射は大男の肩から落ちなかった。それどころか青白い雷光を迸らせるではないか。
「ぐぬぅ!?」
ビクンと巨体が痙攣する。
「どうだい、この僕の華麗なるパラライズショットは!!」
「レイジ……ッ」
極小の稲妻に苛まれながらベルベンスが唸る。しかしすぐさま反撃の構えを見せた。先ほどと同じように、赤黒い輝きが内側から吹き上がり始める。
「そうか!!」
「そうだとも!!」
私はドレンの意図を察した。前衛も察していると信じ、腹の底から叫ぶ。
「今だっ!」
「アウトォ!!」
赤い光がはじけ飛んで矢と稲妻を粉砕する、その瞬間……ディーンのパラライズタワーを帳消しにした時と同じように硬直が生まれる。
「オラァ!」
「セイッ!」
レイルの一点突破型攻撃、『剛剣術』ポイントスラッシュ。
ディーンの阻害系攻撃、『速剣術』パラライズスラッシュ。
二筋のスキル光が黒いガントレットに斬線を刻み込んだ。
「チッ、稲妻は弾かれますか!」
「あのレイジアウトとかいうの、使用後もレジスト効果が残るタイプだ!」
「拙い、硬直が解ける!守りをっ!!」
ロミオとジェイスに叫ぶ。今度は自らがスキル後の硬直に陥ったレイルとネンス。彼らとベルベンスの間に残らせた二人が飛び込み、黒い片刃の攻撃を受けきった。
「二人にばかりいい所は上げないぜ!」
「けど、重いッ!!」
「ぐぬぅ……ッ、いつまで抵抗するつもりだァ!!イライラする、イライラするぞォ!!」
雄叫びに合わせて赤い輝きが強まる。それが頂点に達したとき、ベルベンスは天を仰いで鼓膜を破るような雄叫びを上げた。
「ぬぉおおおおおおおッ、『鬼化』第三、段階ィイイイイ!!」
赤い輝きを内側から破って衝撃波が我々を襲う。
「ヤベッ」
「盾連結させろ!!」
「カスパー、ネンスを守れェ!!」
咄嗟に騎士たちは盾を地面に突き立ててこれを耐え抜くが、減衰しつつも前衛を突き抜けたそれは私とバノン、そして私の守りに残ってくれているカスパーへ迫った。
「お、おらぁっ!!」
咄嗟にミスラ・マリナで顔を庇う瞬間、カスパーが一歩踏み出して中盾を思い切り振り抜いた。メルケから教わったシールドバッシュの防御的運用、その攻撃力が正面から衝撃波を打ち砕く。髪を吹き荒らす熱波となったそれに目を細めながらも私は叫んだ。
「なっ……、いや、よくやったぞカスパー!」
「は、はい!」
「いいぞカスパー!後で奢ってやるぜ!」
「レイル、それよりこっちだ!!」
叫びあう我々だったが、前衛からのざわめきにすぐさま敵へ視線を向けなおした。
「つ、角が……」
「なんだ、アレ」
「本当にスキルですか!?」
スキル光によって形作られていた角が、その先端から半ばまでべっ甲細工のように物質化していたのだ。まだ額に繋がってはいないものの、それはまるで本当のオーガのようだった。
「……あれは」
しかし私はそれ以上に気になることがあり、一人黙してベルベンスを睨む。
あの角の色、アクセラが最近纏っている雷光と全く同じ色をしている……?
「気を付けろ、攻撃パターンが変わるぞ!」
「防御重視でやってくださいです!」
「ならばまずはこの僕が、射ッ!」
「オォ!」
ドレンのパラライズショットが空を駆けた。ベルベンスはそれを腕の一振りで弾き飛ばし、そのまま走り始めた。まるで本能で動く魔物か何かのような荒々しい直線移動。
「う、おっ!!」
真正面でジェイスが鋼の盾を地面へ突き立てて構える。
「止せッ!!」
ベルベンスの切っ先が届く寸前、レイルがジェイスの肩を掴み無理やり引きずり倒した。
「な、何を!?」
驚くジェイスだが、その手が盾から離れるより早く黒い切っ先は青いスキル光と鋼の塊を貫通。少年の肩をわずかに逃して引き戻された。
「ひっ!?」
「正面で受けようとすんなっ、威力が頭おかしいぞ!」
「す、すまん、助かった!」
「ウラァ!!」
ベルベンスが乱暴に黒剣を横薙ぎにする。レイルの言葉をこれ見よがしに証明するがごとく、地面に残されたジェイスの盾は上半分を切り飛ばされた。
「表面で受けながせ!」
「できませんよ、ンな曲芸!!」
「滑らすんだよっ!」
「それアクセラのヤツだろ、無茶言うな!!」
「グォオオオオオオ!!」
魔獣のごとき雄叫びを上げ、全身の鎧を怒りに震わせ、黒い騎士は巨大な片刃の剣を振り回す。ジェイスの盾が、硬度と靭性を兼ね備えた魔鉄の塊が、ガスガスと重たい音を立てて刻まれる様に、怒鳴り合っていた騎士たちすら顔を青くする。私の背筋も冷え込んでいく。
「な、なあ、レイル……アイツ、理性飛んでないか?」
「もとから飛んでるような気がしなくはねーけど、でも確かにな。ヤバそうな気配がビリビリ来やがる」
ロミオとレイルの言葉に私もまったくもって同意するほかない。理性的な人間ではなかったが、角が半実体になった途端に最低限人間らしかった気配が消滅した。それでもスキルは操れるのか、柔らかいチョコレートのように刻みつくされたジェイスの盾を越えて踏み出したベルベンスの体に赤いエネルギーが漲って行く。
「ディーンを最前にして騎士四人のスキルを一点集中させろ!」
「応!」
「殿下は!?」
「こちらはこちらでなんとかする!」
また衝撃波が来ると踏んで叫び、ミスラ・マリナを天に掲げる。
「天より降り注ぐ輝きよ、我が盾となり、我が壁となり、牙を折る剣となれ!」
白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』サンライトウォール
「レイジオーラァ!」
反転させた白陽剣を地面に突き立てるのと、ベルベンスの体から深紅のエネルギーが解き放たれるのはほぼ同時。深紅は先ほどの衝撃波と違い、こちらに向けて地面を焼き焦がしながら打ち出される。
「炎熱系か!?」
「氷冷系は持ってねえ!!」
「アンチマジックタワーで合わせてください!」
騎士たちのスキルがギリギリ組み合わさって一つの防壁となるが、その横を潜り抜けて周囲を燃やし迫る。
「頼むぞ、白陽剣!」
純白の宝剣から迸った眩い光は盾と見まがうほど巨大な剣の形となって彼我を分け隔て、間一髪熱風を受け止めた。表面でチリチリと熱が上に吹き上がり熱砂が舞い落ちる。
「熱ッ!」
「ディーン!」
だが練習場の地面からゆらりと陽炎が立つほどの熱だ。至近距離で受けたディーンの盾は異常な温度になっていたようで、大切な盾から思わず彼は手を離した。
「あぶねぇ!!」
そこを狙いすましたようにベルベンスの斬撃が叩き込まれ、魔鉄の板の半ばまで食い込む。
「そのままスキルで抑え込んでくださいです!」
「アンガーブレイド!!」
バノンの指示にディーンが前へ重心を移すが、ベルベンスが吼えると食い込んだ黒い剣の刃が赤熱。そのままディーンの盾の残り半分を焼き切った。
「下がれ、下がれ!!」
「チッ、請求しますからね!」
なんとも言い難い捨て台詞を残してディーンが剣を構えた。後ろから代わりの中盾を貰ったジェイスと違い、彼は前面で戦うことを選んだようだ。
「そ、そうです!ヴィア先生、炎熱対策を……」
「もうやってます、アイスフィールド!」
後ろから愛らしい声と涼風というには冷たい空気が届く。地面から立つ陽炎がふっと消えた。ヴィア先生の援護魔法に心の中で感謝しながら私はレイルの背中に叫ぶ、
「レイル、当たればこちらは怪我では済まない!腕を斬るくらいのつもりで攻めに転じろ!!」
「了解だぜ、王子様よ!あとナイスだぜ先生ッ!!」
叫び返す親友の体を赤い輝きが覆い尽くす。強化スキルだけではない、背後からいくつもの強化魔法がかけられたのだ。
「いけー!」
「やっちまえ!!」
「倒してくれ、レイル!!」
「応ッ」
声援にレイルが剣を掲げて応えた。その間にも私は指示を飛ばす。
「ディーン、レイルと連携して彼の連撃を補佐せよ!ロミオは大技を受けきってくれ、正面からいくなよ!ジェイスは小技の対処だ!」
「カスパー、殿下と私はいいです、前線でジェイスの補助を!ドレンは狙えるなら自己判断で撃ちまくってくださいですよ!!イヴァンは隙を見て再度前線へ!!」
「「「「了解!」」」」
森のレイドとは違う。ここに卓越した戦士は魔法使いのヴィア先生が一人だけ。あとは前線を張れる騎士が数名と未熟な魔法使いだけ。アクセラもエレナもいなければ、プロの冒険者もいない。そして目の前の男は、人間性は最低で教師としても問題しかないが、騎士としての肉体とスキルは超一流だ。
「それでも、やらねばならない!」
ミスラ・マリナから種類の違う補助を騎士へ振りまき、背後へ魔力を送り込む。
「うお、なんだこの力の湧き方……」
「押し負けにくくなってきたぞ!」
自国の貴族階級と連携効果が見込める『王族』、同じ側に立つ騎士たちと連携効果が見込める『王剣』、そしてアロッサスの双子が使って見せたというスキルの繋がりを利用したバフや魔力の融通。今使える全てをぶっつけ本番で組み合わせていく。
「くっ、これは負担が凄いな……だがッ」
まるで全身の血管を強引に広げて血流を増やすような、異様な感覚に襲われる。今の私に処理できる魔法やスキルの許容量を明らかに超えている。
「無理はしないでください、ネンスくん」
「何を言うか、無理のしどころだろう?」
「それも、そうですね……!」
バノンの視線を合わせて頷きあう。
「レイジオーラァ!!」
「アイスフィールド!」
熱波と冷風がぶつかりあって生温い突風が吹き荒れる。それを掻い潜って振り抜かれる剣を、ロミオの盾が表面を削られながらも逸らす。
「どうだ、逸らしたぞ!?」
「最高ですよッ、ロミオ!!」
伸びきってがら空きになった胴へ滑り込んだディーンがスキル光を引きながら剣戟を叩き込む。
「グッ、ヌォオオオオ!!」
「止まるがいいさっ!」
わずかに後ろへ押し戻されたベルベンスが空の手を握り固めるが振り上げるなりドレンのパラライズショットが連射で打ち込まれ、さらに巨体は二歩下がった。
「鋭いの来ますですよ!!」
「「応っ!」」
「アンガァブレイド!!」
赤熱する片刃剣。その威力を知るからこそ全員が飛び下がった。地面を抉った一刀は黒く練習場を焦がしながら停止する。
「止まった!」
「行け!」
「言われずともッ!」
硬直を狙って放たれたのはレイルのリープスラッシュだ。それがガントレットの手首へ更なる傷をつける。
「フュリアスブーストォ!」
「新しい技!?」
黒い鎧の上からベルベンスを守るスキル光の鎧が彩度を落とし、その代わりというように光量を増した。
「これ……バフだッ!」
誰かが叫んだ。
「ロミオ、直線に立つな!!」
「待ッ!?」
その読みは正しく、次の踏み込みは圧倒的な速さに到達。なんとか盾を構えたロミオをその守りごと弾き飛ばす。小柄な騎士は盾を担いだまま練習用の武具が置かれている倉庫の壁をぶち抜いた。
「ロミオ!!」
「ジャスパー、動じるな!!」
「二撃目に注意してくださいです!!」
「クソ、こっちもバフを増やすぞ!」
それは前にも後ろにも、そして自分にも向けた言葉だった。
「筋力4、速度5、防御1で組んで下さいです!あんなもの、受け止めさせられません!!」
「は、はい!」
「了解だ!!」
バノンが私の意図を汲んで背後へ細かい指示を出し、それに応じた動きがスキルに伝わってくる。連携効果のパスを通じてより綿密に、より強力に、集団をまとめ上げる。
「いける、行けるッ!私は、私たちは、まだ行けるッ!!」
もとからスキルレベルが上がればそういうこともできる『王剣』と、それがむしろメインとなる『国王』の下位スキル『王族』だ。不可能ではないことを知っているだけ、アロッサスの姉弟よりハードルは低い。そう信じて強引に接続を拡張した。
「ぐ、ぐぁああ!」
頭の奥に痛みが走るが無視を決め込む。
「ネンスくん、血が!?」
「前に集中しろ!」
二人掛かりでベルベンスの攻撃一つを潰すジェイスとカスパー、その綻びを巧みな剣捌きでこじ開けるディーン、反撃を多様なデバフ付きショットで挫くドレン。彼らにバフを降り注がせる背後の生徒たち。その全てを繋ぎ、一つの軍として運用するイメージを強く思い描く。
「スキル連打、行くぞ……ッ」
吼えると同時に仕上げをブチ上げる。
連携効果スキル『王族』×『騎士』軍威
連携効果スキル『王剣』×『騎士』白光の騎士団
連携効果スキル『王族』×『貴族子弟』クレストオブユーレントハイム
連携効果スキル『王族』×『貴族師弟』御旗の軍勢
「おおおおおお!」
西日を凌駕して輝く白光を纏った前線の騎士たち。その背中に後ろの生徒たちとヴィア先生からあらゆるバフが流し込まれる。輝く魔法とスキルの軌跡は巨大な王国の紋章を描きだし、鷹高と私が掲げた白陽剣にも同じものが現れる。
「ォオオオオオオ、腹ガ立ツッ!腹ガ立ツッ!腹ガ立ツゥウウウウッ!!!」
吼えるベルベンスの体が今までで最も強く暗い赤に彩られ、その全てが黒い剣に集約されて行く。
「デカいのが来ますです!ドレン、潰してください!!」
「ピアスショットで行かせてもらうよっ、射ァッ!!」
ドレンの放った渾身の矢が剣を掲げる肩へと突き立つ。
「ギッ」
「貫いた!」
鎧の継ぎ目を青い輝きが貫通したが、大男は小さく呻いただけでなんの痛みも感じていないように片刃剣を構えたまま踏み出した。
「痛覚が死んでるんですか!?」
「ジェイス!カスパー!」
「オッラァ!!」
「と、止まれェッ!!」
「続きますよッ、ヤァ!!」
中盾二枚によるシールドバッシュが炸裂し、ディーンのリープスラッシュが正面から鎧を打ち据える。
「フンッ」
しかし全てを二歩目にて跳ねのける。
「ぐあっ、肩が!!」
「無茶苦茶だ!?」
ベルベンスは必殺の剣を最大の難敵、待ち構えるレイルめがけて振り下ろさんとする。レイルはレイルでそれを真っ直ぐに見据えて腰を落とす。
「イヴァン、今です!!」
「モストッパンプアップ!!」
バノンが声の限り叫び、イヴァンの強化が上乗せされ、踏み出したレイルの体が魔弾のように正面へと加速した。
「行け、レイル!!」
「行ってください、レイル!!」
「レイルッ!!」
「レイルくん!!」
「やれ、レイル!!」
私もまた、軍旗と化した白陽剣を振り下す。
「征け、レイル=ベル=フォートリン!!」
レイルの鎧、盾、剣の全てに紋章が浮き上がり、フォートリン伯爵家の紋章と組み合わさって太陽のような輝きを周囲に放つ。
「ゴォオオオオオオ!!」
「アンタは、騎士じゃねぇ!!」
白銀の盾が黒い斬撃を受け止め、相殺するように弾け飛んだ。その砕けゆく防壁の下をすり抜けた赤い髪の少年はすぐさま両手で柄を握り、漆黒の鎧の脇腹を柄尻にて強打。アクセラの紫伝一刀流において柄貫と呼ばれる打撃は効果的に衝撃を内部へ伝えたようで、理性無き大男を大きく押し返した。
「ゲェッ!?」
「ッラァ!!」
口から胃液を零すベルベンス。くの字に折れ曲がったことで下がった頭へ『体術』の膝蹴り、ショートインパクトが炸裂。
「グ、ォ……ッ」
脳震盪のように体を揺らして膝を着いたベルベンスだが、腕だけが別の生き物のように跳ね上がって片刃剣を振り被る。
「ラ、ァスゥ……ッ」
スキル光そのものがそうさせるかのように技名を朦朧とした意識で唱えるベルベンスだが、レイルはショートインパクトの硬直姿勢のまま空いている拳にスキル光を灯していた。
「スキルッ、チェーン!!」
掲げた左足を戻す動作で体を捻って『体術』コンカッションパンチを打ちこむ。額に二発目の打撃を喰らった黒い騎士はスキル効果と相まって脱力し、後ろへ倒れて行く。それでも腕だけが、光だけが、意識を失いつつある男の体を動かして大技を放とうとした。
「紫伝一刀流・亜流技……」
「ザンブァッ」
「鉄ッ三日月!!」
ラースザンバー。おそらくはベルベンス最後の技であったろう一撃は、レイルが下段から三日月を描くように跳ね上げた刃によって手首を断たれて消えた。
「ッッッ!!!!」
赤い血が吹き上がり、光は霧散し、同時にあっけなくもベルベンスは崩れ落ちる。
「……フーッ」
振り抜いた姿のまま硬直していたレイルが一拍の後、だらりと腕を下げた。
「ふぅ、はぁ……はぁっ」
止めていた息を盛大に吐き出し、乱れた呼吸を繰り返す。その息を押しのけるように言った言葉は、大きな声ではなかったがよく聞こえた。
「紫伝一刀流・弧月の変化『鉄三日月』、アクセラが両手剣で使えるようにってわざわざ改変してくれた技だ」
ジャキン!!
血を振り払った剣を荒々しく鞘へ納めてレイルが振り向き、血を流して動かなくなったベルベンスを見下ろす。
「見たかよ勘違い野郎、これがアンタとアイツの格の違い……教える人間としての想いの違いってもんだ!」
誇らしげにそれだけ言うと、彼の全身からも光が消える。途端に真後ろへぶっ倒れたレイルを、ギリギリなんとかディーンが受け止めた。
「大丈夫か!?」
「おい、レイル!!」
「落ち着いて、大丈夫です」
騒めく一同だったが、すぐにディーンが微笑みを浮かべて首を振った。
「モストパンプアップは、負担が大きいですからね……イヴァンも休んでください、やる側も重いスキルですから」
バノンが微笑む横で役目を終えたイヴァンが声もなく膝をついて脱力した。
「脅かすな、まったく」
私はほっと少しだけ息を漏らし、ハンカチを出して鼻血を拭う。それから振り返って疲労の色が濃い後衛に声を張り上げる。
「ヴィア先生、この男の手当てをお願いします!」
「はい!」
駆け寄って来た先生は予備らしき室内杖を大男の腕の断面に向け、怯んだ様子もなく凍り付かせて止血を行った。
「誰かロミオの救出と手当を頼む!それから医務室へ神官を呼びに向かえ!教員室へ行って大人の手を」
「必要ない」
威厳のある重苦しい声がそれを遮った。
「!」
驚いて視線を向ければ、そこにいたのは高級そうなスリーピースと四角い眼鏡を纏った背の高い偉丈夫。この学院の教師たちをまとめる男、王立学院副学院長の姿があった。
今回のレイルの活躍、いかがだったでしょうか。
作者としてはずっと学院に入ってから描いてきたクラスメイトたちとの関係や
アクセラの師としての活動がようやく一つの花になった場面として、
とても力を込めて書いた部分です。
もしよければ、読者諸氏がどう感じられたかを教えてもらえると嬉しいです。
作者のモチベになりますので、よろしくお願いいたします。
(あと評価まだの方おられたら、こっそり↓から★つけてくださいね!!)
~予告~
決着はついた。
遅れてやってきた男は敵か、味方か。
次回、副学院長




