十一章 第18話 友の誇りと紅のマント
戦闘学の授業が始まると同時に姿を現したベルベンスは、顔色から察するにかなり機嫌が悪かった。我々を見るなり眉間に深い皺を刻み、今にもその巨大な拳を振り抜きそうなほどの剣幕で低く問いただす。
「これは、何の真似だ……ッ?」
しかしその視線に負けることなく、私は胸を張った。遠征のときにも纏っていた白銀地に金の装飾が施された軽鎧が西日に輝く。左肩には紅のマントを打ち掛け、鞘に納めた白陽剣ミスラ・マリナのレプリカを正面に突き立て、柄頭に両手を揃えて立つ。
「ベルベンス教官殿、我々1-Aの戦闘学受講者一同は一つの申し出を行うためこうして集まった」
右に控えるレイルが大きく頷く。彼はフォートリン家の特殊な鎧を纏い、同じく紅のマントを肩にかけ、美しい長剣を腰に帯びている。左に控えるディーンもだ。それだけではない。バノン=シュタウザー、ドレン=バッジス、イヴァン=ロブソフラ、それにアベル=トライラントやレントン=ウッドバウトまで……戦闘学を受講している1-Aの生徒全員が、各々の鎧と武器を纏った貴族の正装で隊列を成していた。力強く頷く一同。皆、左肩には金糸で国の紋章が描かれた紅のマントを揃ってかけている。トワリの反乱で戦い、生き残った学生に陛下より下賜されたマント。我々が戦友である証だ。
「申し出だと?」
苦々し気に問い返すベルベンス。彼の鼻先にこの言葉を突き付けてやる瞬間を、私は先日来ずっと待ち続けていたのだ。一つ息を吸い、吐き、そして力強く目を睨んで口を開いた。
「我々の受講辞退を認めて頂きたい」
「……は?」
ベルベンスは一瞬、眉間の皺を維持することも忘れて呆けた。怪訝な顔で、言われた意味が分からないとでも言いたげな顔で。
「聞こえませんでしたか、教官殿」
ディーンが問う。
「受講者一同、一人の例外もなく揃ってここに辞退を申し出に参った次第です」
バノンが言う。
「戦闘学の単位はもういらねーって言ってるんだよ」
レイルが吐き捨てる。
「お前たち、その意味が、分かっているのか……分かっているのか!?」
この段になりようやく彼は我々の言葉の意味を理解したらしく、血相を変えて叫んだ。しかしそんなことは百も承知、私は大男を見つめて冷たく応える。
「ええ、単位不足ですね。他の成績はいい自負があるので、来年はBクラスあたりでしょうか」
「な、何を考えている!?Aクラス落ちの不名誉は生涯付いてまわるのだぞ!!」
思わず口角が上がるのを自認する。
「しかし教官はアクセラを実力不足と判断し辞退を迫ったのでしょう?それであれば、ここにいる誰もが実力不足だ。たとえそれが大きな不名誉であろうとも、受けるべき不名誉ならば責任を以て受け入れるのが貴族の姿勢。そうでありましょう」
ベルベンスの顔が驚きから怒りの色に再び染まる。ビキビキと額に血管が浮き上がり、握り込まれた鎧の拳が耳障りな音色を奏でた。
「ま、またオルクスかッ!何だと言うのだ、お前らといいお前らの担任の小娘といい!!」
「ヴィア先生?」
担任の小娘。その言葉に小さくないざわめきが背後で生じる。私も内心で首を傾げる。確かに最初の頃、先生にベルベンスの所業を相談したことはあった。ヴィア先生は血相を変えて上層部に陳情してくれたが、しかしよほど強い権力によって……いや、ハッキリと言おうか、コーキンス辺境伯の頼みで捻じ込まれたベルベンスを排除することはできなかった。
「ヴィア先生が粘って抗議してくれてるってことか?」
「じゃあ、やっぱりアクセラさんの件は」
「先生、やるじゃん」
ヴィア先生も彼女の立場で頑張ってくれている。そう思えば自分たちが今している大胆な行いも間違いではない、そう思えるのだろう。アクセラへの仕打ちと教練と称した虐待まがいの行いに怒っていたクラスメイトの勢いが更に強くなっていく。
「喧しい!誰が私語を許した!?」
「ッ」
勢いを押しつぶさんと放たれる威圧。それはまるで小さな爆発によって生まれた突風のごとく、最前列に断つ私たちへ襲いかかった。『騎士』よりはるか上に存在する希少ジョブを持つと言うベルベンス。その威圧はアクセラに鍛えられた私とレイルこそ息を詰める程度で済んだが、背後からは鎧が小刻みに震える音がし始めた。
いかんな……。
「さては貴様等、この俺の教練が大変だからといって難癖をつけ、楽をしようと思っているのだろう?」
地響きのような声でベルベンスが見当違いのことを言う。たしかに彼のシゴキが耐えがたいという生徒は多いし、私も極めて不毛であると思っている。だがそれは事実として不毛だからだ。彼にはそのことが分からない。どうやっても理解できないのだ。
「騎士団にもいたものだ、そうやって安きに流れようとする根性なしの駄馬が!」
叫ぶほどに熱風じみた強烈な威圧が吹き荒れる。
「ッ」
すぐさま私は『王族』の王圧を展開し自分より後ろを威圧から守った。各々も思い出したように左肩へ纏った誇りの証、朋僚のマントを広げて魔力を流す。並の革防具より優れた防御力と魔力を流すことで防御魔法を展開できるという付与魔法の効果は絶大で、突風のような威圧を退けてくれる。だがその間にも大男は顔色を赤く赤く変え、しまいには瞳にすらオレンジの輝きを灯すようになる。それは明らかなスキル光だった。
「オルクスが落第になったのはあの者が姑息な負け犬だからだ!」
ベルベンスが吼える。嵐のような威圧と怒気が振りまかれ、荒れ狂う。それに呼応するがごとく、私の中でも激情が膨れ上がった。私だけではない、私のもとにある騎士たちのスキルを通じて、彼らの怒りが伝わってくる。
「いいかッ、あのクズは戦闘学どころか学院にいるべきではない人間だ!裏切りに穢れた血が流れている!虚言と奸智に塗れた……」
「黙れッ」
瞬間、私の喉を震わした咆哮は王圧を纏ってベルベンスの威圧を正面から弾き返し、嵐を吹き飛ばした。心臓がドッドッドッドと激しく鳴り響く。私こそ胸の内側が燃え上がりそうだった。いつの間にか噛み締めていた奥歯がギシギシ言う。
「アクセラ=ラナ=オルクスは私にとって最高の師であり、親友であり、戦友だ」
ダンッ!!ミスラ・マリナの鞘でグラウンドを強く突く。穢れを許さない純白の鞘と輝くサンストーンが清廉なるエネルギーを迸らせた。それに倣って我が騎士たちが一糸乱れぬ動きで鞘を鳴らす。
「愚弄することは、断じて許さない」
『貴族子弟』たちの高潔な威厳と威圧を『王族』に集めて込めたその言葉。誇りをよすがに生きる我々の覚悟の重さを受けてベルベンスの足が半歩下がった。
「許さない、だと?許さないだと!?どの口で、この俺にィ!!」
「ああ、許せねーな!」
レイルが一歩進み出て怒鳴る。
「アイツの名誉を奪うって言うなら、オレのも持って行けよ。必要なモンはここにあるからよぉ!!」
左肩のマント、その紋章を拳でドンと叩く。
「私のも差し上げます。戦友を見捨てて守った名誉など、背負っていたくもない!」
ディーンがマントを翻して踏み出し、再び腰の剣の鞘を打ち鳴らした。
「教官殿、貴方がせせら笑った彼女の力で私たちは死なずに済んだのです」
バノンが鎧の胸元、あの日倒した魔物の牙から作ったと言うお守りに触れて言う。
「そうさ!魔獣があと二体なんて、きっと僕たちは皆あの日のあの場所で死んでいただろうとも!!」
ドレンが両腕を舞台役者のように広げて叫ぶ。
「命の恩、重い。不義理、許されない」
イヴァンが弾けそうな鎧を打ち鳴らして重々しく告げる。それ以外の者達も自らのマントや剣に触れて頷き、叫び、鎧や拳を打ち鳴らした。
「ベルベンス=ファーン=フィクラ、貴殿も騎士だと言うならば分かるだろう!」
ここにいる全員が全員、最初からアクセラのことを仲間だと思っていたわけではない。むしろオルクスの名を忌避し、ベルベンスほどでなくとも彼女を疎んじていた者がほとんどだ。
しかし今は亡きマレシスとメルケ先生が彼女の本質を暴いて見せた。不器用で、常識がなく、配慮にかけるが面倒見のいいバトルジャンキーという意外すぎる本質を。信頼できる技能と性格を宿した、ちょっと変わっているだけの少女であることを。
「一度誇りを預けるに足ると思った相手は、永遠に預けるに足る真の友だ」
トワリの反乱で最後まで逃げ遅れた生徒を探し、状況を把握するために彼女が森を走り回っていたことを、今ここにいる人間は誰もが知っている。氷の砦に駆け付けた彼女が魔物の群れを一人で薙ぎ払い、心身ともに疲れ切っていた前線を救ってくれたこともだ。
「同じ戦場を生き抜いた友は、倒れて散った友の血によって繋がれた兄弟です」
過去に彼女が魔獣を倒したことは周知の事実だが、それはあくまで伝聞でのこと。我々の前に現れた白猿の魔獣は蜥蜴の魔獣に負けず劣らず恐ろしく、全員で対峙してもなお恐ろしくて震えが走った。そんな相手に臆することなく飛び出し、我々から引き離してくれた彼女の背中を思い出す。
「命を救われた者は、死の床に就くその日まで恩を忘れてはいけませんです」
見送ることしかできなかった。救ってもらうことしかできなかった。戻ってこなかった彼女を追いかけることもできず、歩を進める国軍へ同行することもできなかった。あの屈辱を忘れることは一生できないだろう。
「どんな家でも親から子に語り継がれる貴族の誇り、騎士道の在り方ってもんだ!」
だが今、ここで我々ができることはある。
「アクセラの誇りが汚されるというのなら、我々は共にその泥を浴びよう。我々が名誉を捨てて共に行くことで世の貴族たちが、大人たちが、真実の気高さが誰の胸に宿っているか理解できるように」
それぞれの胸中を私が締めくくる。その頃にはベルベンスの顔色はもう土気色に近づいていた。黒い鎧の各部へ瞳に宿るそれと同じオレンジの輝きが飛び火し、まるで全身が高まりすぎた熱量に燃え始めているようだ。
「貴様等ァ……ッ」
ギリッと噛み締められていた歯が解かれた。
「囀るな、ガキどもがァ!!」
「ネンス!」
「ッ!!」
レイルの声に反応して私は咄嗟に鞘ごとミスラ・マリナを眼前に持ち上げる。
連携効果スキル『王族』×『騎士』軍威
背後から追い風のような力が押し寄せ、正面で吹き荒れる灼熱の怒気を受け止める。激突の瞬間、真横に赤と金の輝きが波紋のように広がった。
「誇りだの、騎士道だの、この俺の教練を終わらせることもできないゴミクズの青二才が粋がるな!!」
続けざまに放たれる威圧を軍威で防ぐ。しかしあまりに重く、私の足はわずかに地面を削って押し下げられた。
いくら未熟者の集まりでも軍威は名前通り軍用スキルだぞ!?
「踏ん張れよネンス!」
レイルが私の肩を支えてくれる。すぐさまディーンもそれに倣った。
「教官殿よ、アンタのそれは教練じゃねえ!八つ当たりだろうが!」
「八つ当たり?八つ当たりと言ったか、この俺の、騎士の聖なる教練を、私怨だと抜かすか!?」
黒い鎧は今や燃え盛る炭のように赤く煌めき、叫ぶ端から軍威の表面にエネルギーが叩き付けられる。想定より激しいその反応にクラスメイトたちへ動揺が生まれ始める。ここまでやるか、という感情はどこまでやるつもりだ、という恐怖へ繋がる。
「ベルベンス教官、貴殿の中には抑えきれない怒りがある!見ていれば分かる、貴方はそのやり場のない怒りをぶつけやすいアクセラさんにぶつけて発散しているだけだ!」
「教練、教練と言うが相手を心身ともに痛めつけることで己の溜飲を下げているようにしか見えないのだ!」
「違うって言うなら、騎士になるオレ等はアンタから何を覚えればいい!?ならない奴は何を得られる!?」
「ならない者だと?」
練習場に吹き荒れる赤と金の余波を縫うように叫ぶ我々。それに対しベルベンスは気味が悪いほどに凪いだ声で呟いた。
「そんな者はいなァい」
噛み潰すようにして告げられた言葉は私たちの背中を氷のような冷たさで這い上がる。
「俺の教練に耐えぬき、一流の騎士になる者だけが合格者だ。それ以外はクズだ。俺がきっちり選別してやる」
ニタリと泥のような笑みを浮かべてベルベンスは一歩前に出た。
「おかしいだろう。一流の騎士になるべく全てを捨てた者と、途中で失敗したゴミが等しく将来を得るなど。それは努力に対する愚弄だ。そういう愚物がいるから、いつだって騎士は文弱どもや魔法使いどもに名誉やチャンスを蚕食される」
その目は半ば、我々ではない何かを睨み付けている。全身を包む火焔のようなスキル光は明滅を繰り返しながら形をハッキリとさせ、二本の角と追加の装甲を顕現させていく。『騎士』系の上位スキル、その全力が段々と解放されつつあった
「……貴方は、異常だっ」
「御託はもう終わったか。終わったのなら教練を始める」
もはや我々の言葉を聞いてはいないのだろう。まるでオーガジェネラルのような光の体を身に纏った騎士ベルベンスは唸るように嗤った。
「本日の教練は一から上下関係を叩き込むことだ。上官は王であり、神であり、絶対者だ。もし逆らうなら、それは戦場で死を招く敵だ。敵は俺の怒りに燃やされ、灰になるだろう」
ベルベンスは腰の柄に手をやり、躊躇いなく肉厚の片刃剣を抜いた。悲鳴が上がり、統一されていた意思が乱れ、前面にかかる圧が増す。
「貴様等も抜け、稽古を付けてやる」
向けられた切っ先からズシリとそれまで以上の圧迫感がのしかかったそのときだった。
「止めなさい!」
場違いなほどに愛らしい声が練習場へ響いた。私やベルベンスを含め、全員の目がそちらに向く。その先にいたのは小柄な体をローブに包んだ我らが担任、ヴィア先生だった。
「ヴィヴィアン=シャローネ……ッ」
鬼のような形相でベルベンスが彼女を睨む。レイルが腰を落とし、私もミスラ・マリナの柄に手をかけた。
「随分といいタイミングでご登場だなァ」
ねっとりと絡み付くような怒気を込めてベルベンスが言う。しかし彼女はそれを受け止め、わずかに寒気を覚えたように首を震わせつつ、それでも気丈に睨み返した。
「これは、どういう状況ですか、ネンス君」
意外にも、その質問は私に向けた物だった。思わず数度瞬きをしてから、そういえば何も彼女には相談していなかったことに気づく。申し訳ない事をしただろうか、という後悔がわずかに滲んだ。
「まあ、言わなくともソレを見れば分かりますけど……抗議ですね」
微苦笑を含んだ彼女の青い瞳が我々のマントに向けられ、すぐにベルベンスへと戻された。身の丈ほどある魔法杖を手に相手を睨む姿は、まるで猛獣を牽制しているようだ。いや、実際に彼女としてはそのつもりなのだろう。
「ネンスくん、確認します。戦いに来たわけではないのでしょう?」
問われて一瞬考える。
「そう、ですね。我々の方から戦う意思は、ありませんでした」
言葉に含ませたニュアンスの違い。戦いが目的ではなく、しかし今や目の前に迫っているという事実。それを察しのいい我らが担任はすぐに理解したことだろう。苦々し気に目元を歪めた。そして察してなお、険しい視線でベルベンスを睨みながら続く言葉を放つ。
「退いてください」
「できません」
明確な拒否。それでもヴィア先生は首を振る。
「ダメです。あの人は、たしかに褒められた教師ではありません。ですが実力は一級、騎士団でも本当に指折りの戦闘力だと聞いています」
それは事実なのだろう。こうして放たれる怒りを目の前にしているだけで足が震えそうだ。こんなことは、魔獣を除けばだが、氷の砦の攻防戦でもなかったことだ。
「先生は先生として、貴方たちが戦うことを認められません」
一筋の汗が彼女の額から顎へと伝い落ちる。最前線で剣士と睨みあうのは、普通の魔法使いのスタイルではない。怒り狂ったベルベンスの視線を一身に受け止め、さらに睨み返すのは酷いストレスだろう。それでも私は彼女の想いに首を振る。
「……ヴィア先生、彼がそれで止まると思いますか」
退きたい思いがないとは言わない。むしろここから彼と戦うほどの覚悟を決めて来た者は、さすがにほとんどいない。しかしこれほどの異常性を見せつけたあと、先生同士の話し合いで彼が剣を収めるとはとても思えなかった。
「私が止めます。この命にかえてでも」
ヴィア先生が杖を持ち上げて静かに、しかしハッキリとそう口にしたときだった。
「ええい、ゴチャゴチャとこの俺の教練の最中にッ!!」
私と先生の会話に結論が出るより早く、ベルベンスが体ごと小さな担任に向き直って剣を振り被ったのだ。
「!!」
レイルが動くより早く、ベルベンスの体がブレた。黒い片刃は荒々しく振り下ろされ、赤い光がヴィア先生の目の前を掠める。純魔法職の彼女では回避はおろか反応すらできない速度の一撃。それは容易く担任の杖を半ばから圧し折った。
「っ!」
数拍遅れて杖を投げ捨て後ろに跳び下がるヴィア先生。魔法杖はバチバチと音を立てた後に弾けた。ローブのベルトからすぐさま室内杖を取り出し振り被る彼女。
「水よ!」
瞬時に形成されたウォーターランスだが、ベルベンスはそれを事もなげに切り捨てた。
「なんだその生ぬるい魔法はッ!貴様ではやはり話にならん!!」
吼えるベルベンス。
「くっ、やっぱり反応速度が段違いすぎる……」
小さく呻くヴィア先生。彼女の言う通り、高位の『騎士』系スキル持ちと魔法職ではスピードの土台が違う。いくら彼女が優れた魔法使いで、生徒のために命を投げ出す覚悟を持っていても、残酷なほどクロスレンジでの適性に差があるのだ。
「いいか?これは尊い騎士の教練だ。薄汚い魔法使いが踏み入れば」
膨れ上がる禍々しい赤の光を宿し、ベルベンスはゆったりと地面に切っ先で線を引いた。言葉を切った彼はヴィア先生から私へ視線を向けなおす。
「そうだな、戦いの最中に入ってくるのだ。うっかり刃が当たるかもしれない」
「貴様!!」
あろうことか、ベルベンスは邪魔をするならヴィア先生を切ると言っているのだ。これには怯えを見せていたクラスメイトたちも唖然とし、次いで怒りの表情を再び浮かべた。
「正気じゃねえ……っ」
だが彼は気にも留めない。ヴィア先生からこちらに視線を戻し、ニタリと嗤う。
「実戦形式の教練だ、怪我を負う痛みも覚えておいた方がいいだろう!!」
「ぅおおおおおおおおおおお!!」
ベルベンスが動くのとレイルが叫ぶのは同時だった。踏み込みも、勢いも、向こうが上。しかしレイルはあらかじめスキルを仕込ませていた。
『聖鎧騎士』内包スキル『大盾術』カバームーブ
スキル光に彩られた赤髪の巨体が慣性を無視して私の前に飛び出し、肉厚の片刃を白銀の盾で受け止めた。
「ぐぅうっ!!」
「レイル!」
激突音に見舞われながら私は白陽剣の鞘を払い親友に『王剣』の連結効果を捧げた。
「スキル、連結ッ!!」
「応っ」
レイルが叫び、ディーンがその隣に飛び出す。青味がかった魔鉄の大盾は既にスキル光を纏っているが、二枚が並んだ瞬間にその輝きは共有される。
「ディーン、ブチかませぇ!」
「パラライズ、タワーッ!」
『騎士』の盾スキルを連結させるウォールオブナイツにより、ベルベンスの刃を受け止めるレイルの盾へとディーンの『大盾術』パラライズタワーが加算された。同時、カウンタースキルは効果を発して黄色い稲妻をまき散らした。
「ッ!!」
稲妻は燃え上がる黒い鎧を打ち据え、絡み付き、内側へとその牙を向け、大男の勢いを奪った。
「効いたぞ!」
「効かッ、ぬわァアアアアア!!!」
しかし双角を生やした騎士は怒りの雄叫びを迸らせる。
「レイジッアウトォ!!」
彼の内側から火焔のような衝撃が吹き出して稲妻を全て打ち払う。Bランクの魔物でも動けなくなるパラライズタワーを一撃で吹き飛ばした驚きに、しかし私は一瞬の隙と捉えて聖剣を振りかざした。
「天よ、太陽よ、私に守る力を!」
白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』太陽の加護
サンストーンから生み出される膨大な清き魔力が私に桁外れの強化をもたらし、連携効果を通じて仲間にも恩恵を与えた。
「や、止めなさい!凍てつき、立ち上れ。氷の魔力は我が手に……」
一瞬の攻防に気圧されていたヴィア先生だが、室内杖を跳ね上げて魔力をかき集めた。しかしその足元、先ほど刻まれた斬線が俄かに輝きを帯びる。
「ヴィア先生、止まって!」
「きゃっ!?」
王圧を全力で注ぎ込んだ叫びに教師の体が止まる。それは一秒にも足りないほどの停止。だが斬線から迸った光は、それがなければヴィア先生の腕を捉えていただろう。光は直上に来た杖の先端を掠めて天へと消える。
「ここまでやって、アンタどうするつもりだよ!?」
「騎士の教練に危険はつきものだ!学院もそのことはよくよく分かってくれよう!!」
「んな無茶な……ッ」
「口答えをするなァ!!」
引き戻され、すぐさま突きの形で放たれる熾火纏った刃。それをレイルは巧みに盾の角度を合わせて逸らすが、耳障りな音を立てて線が表面へ刻み込まれる。
「レイルの盾をスキルの上から傷つけたのか!?」
「どういう威力してんだ!!」
我々の驚きを目にしてベルベンスの理性なき目が笑みの形に歪む。
「見ろ、この俺の『鬼憤の騎士』の威を!『騎士』の至る極地の一つだ!!」
未だかつて聞いたことのない『鬼憤の騎士』なるジョブ。しかしその脅威は既に明白だ。私はすぐさま頭を切り替える。森の奥、氷の砦で戦っていたときの意識に。
「レイル、ディーン、バノン、ドレン、イヴァン、それからジェイスとロミア、カスパーは私と戦え!他の『騎士』持ちは私の『王剣』とリンクさせて連携効果を回せ!残りは退避しつつ他人を強化できるならばそうせよ!」
朋僚のマントを翻して三人の騎士志望が前列へ走る。
「ヴィア先生は余波がそちら向かわないようにしてください!」
「で、ですが!」
大人として、担任として、踏みとどまろうとするヴィア先生は立派だ。だが相性があまりにも悪い。エレナのような中近距離の手札を揃えた魔法使いならいざ知らず。
「アレに魔法使いは悪手です、下がって!アベル、そちらは任せる!」
「……ッ、はい!」
唇をキツく噛んでヴィア先生がローブを翻す。同時にクラスメイトたちは急ぎ移動を始める。その正面、レイルとディーンが必死に剣戟を抑え込んでいるが、段々とこちらへ伝わる熱や風が強まってきている。早急に立て直さねば。
いや、その前に!
「穢れある者よ、恐れよ!」
魔獣や悪魔を打ち払う『王剣』セイクリッドライト。続けて白陽剣から太陽の輝きにも似た光が溢れだし、ベルベンスと我々を照らし出す。
「目くらましかッ!?小癪だぞ、シネンシス!!」
「ネンス、何やってんだ!?」
「すまん!あまりに常軌を逸していたからな!!」
苛立ちまぎれに振り下ろされた剣を受け止めつつレイルが叫び、私もそれに叫び返す。情緒があまりに不安定だったのでマレシスのときのように悪魔が関与しているのかと思ったのだ。しかし違うらしい。
となれば怪しいのはヤツのスキルか?チッ、アクセラくらいスキルの知識があればよかったのだが!
「んなモン、倒した後に確認しろっての!」
「レイルの言う通りかとっ、ぐぅう!!」
「その通りだな、悪い!ここからは全員、相手は魔物と思ってかかれ!!」
そう発破をかけながら、心のどこかで私は小さく笑った。
まさかこんなにも早く、鍛錬の成果を確かめられるとはな。
~予告~
アクセラの、戦友の誇りのため。
少年たちの抵抗は高い壁を砕くのか?
次回、格の違い




