十一章 第16話 戦闘学、落第
「ほう、なかなかどうしてまともな説明ではないか」
ドレン、イヴァン、バノンの三人組に戦闘のメソッドを説明していると、後ろからそんな声がかかった。振り返るとそこにはベルナントカという戦闘学の新しい教師の姿が。商店街を歩くには不似合いな全身鎧姿だ。
「おおかたフォートリンにでも教えてもらったことを吹聴しているのだろうが」
呆れと蔑みを込めてほくそ笑む巨体に俺は愕然とした。本当に教師なのか、と。
俺がレイルに教えてもらったことをそっくりそのまま言いふらしているだと?コイツ、生徒のことを本当に見ていないんだな……。
まったくもって人を導くには度し難い観察眼の低さに呆れるのは俺の方だと言いたくなる。レイルをなんだと思っているんだという話である。あの熱血戦闘民族はこういう戦略とか戦術を肌で理解するタイプ、つまり言語化ができない。従って俺が説明したような内容を俺に吹き込んでおくことなど絶対に無理なのだ。
「あの、せ、先生はその、どういったご用件で……?」
「教官と呼べと何度言えば理解できるのだ?そんな髭をして大人の真似事ばかりしているから、肝心な中身が伴わないのだ。ジャラジャラと飾り立ててからに」
バノンの震える声にため息で応じるベルナントカ。まったくもって関係のないところで上から言葉を投げてくる辺りは変わらずだが、以前に相対したときに比べるとえらく落ち着いた返答だった。そう思ってみれば全体的にどことなく機嫌がよさそうである。嫌な兆候だな。
「し、失礼いたしましたです」
「まあいい。見回りをしていたところだ。先日、茂みの中でいかがわしい行為に耽っていた不埒者を見つけたのでな」
学院は確かに男女間の交際を清いものに保つよう校則で定めているが、ぶっちゃけ若さをそれだけで止められるわけもなく。俺とネンスが夏以前に鍛錬場所としていたところも王家御用達の逢引地点だったわけで。それくらいは誰も彼もが容認している。学院で起きたことは学院の外に出さない。学院での過ちは学ぶための過ち。そういうスタンスだからだ。それをこの男、態々あちこちへ踏み入って摘発しているらしい。
暇かよ。というかそれなら茂みを見てればいいのに……。
益々呆れる俺をよそに大男はニヤリと笑みを深める。背が高すぎて頭がえらく遠いが、そこに浮かぶのは上機嫌の下に人間性の汚らしさが透けて出た嫌な笑みだ。いっそ山の頂のように雲に隠れて欲しい。
「淫行ではなかったが不埒者は見つかったな」
逆にこんなところで淫行を見つけられるわけないだろうと言う言葉をぐっと飲み込む。
「教師でもないのに戦術の講義とは、まったく呆れかえるばかりだ」
得意げに言ってから腰の剣の柄をコンコンとノックした。手癖だろうか。というか帯剣してこんな場所に来たのか……いや、俺も帯剣はしているが、全身鎧と帯剣はさすがにレベルが違うだろう。戦闘態勢じゃないか。
「それもオルクス、貴様は戦闘学をボイコットしている不良ではないか。折角、長尺で用意された今日の教練からも逃げて……お前のような逃げ癖の付いた負け犬がこんなところで油を売っているのを見るだけで俺はッ」
嗤っていたベルナントカだが、自分で喋っている間に額へ青筋を浮かべていく。急激な怒りの感情にバノンが身を竦め、残りの二人が触発されて殺気立ち始める。
「戦闘学は戦術の勉強をする授業じゃないけど」
「貴様などに……!!」
怒鳴りかけてから彼はぐっと止まった。このままいけば早晩拳を振り上げそうな剣幕だったが、周囲の目を思い出したのだろうか。奥歯をゴリゴリと言わせてしばらく荒い息を吐き、やがて取り繕ったような嘲笑の笑みを顔に貼り付ける。口元が何かの病気のように痙攣していた。
「笑止!戦士のなんたるかを理解していない文弱が歴史書と机で考えた戦術など戦術たりえぬわ」
それから彼は憐れみと歓喜を足したようなかなり歪な表情を浮かべて俺を覗き込んだ。顔色からしてまだまだ怒りは冷めやらぬようで、長い時を生きている俺の目から見てもそれは不気味な様子だった。
「どうだ、オルクス。そろそろお前もいい加減諦めては」
「?」
「戦闘学についてこれなくなったのはもう分かっているのだ」
記憶が正しければ俺は去り際、この男の剣を発動したスキルごと踏みつぶしたはずだ。蹈鞴舞の試運転がてらとはいえ、あれだけ格の違いを見せつけられてここまで憐れみを湛えた目を向けられるのは逆に凄い。凄いが、一体全体何を言いだしたのか。俺は困ったように彼を見上げるしかない。一方でバノンは蛮勇を振るって手を上げる。
「あ、あの……せん、教官に盾突くわけではないのですが、それでもその、アクセラさんは勲二等をですね」
「ッ」
射殺さんばかりの視線が少年を襲う。放たれたスキルの威圧がグラスの中の水面を揺らし、バノンの動きの自由を奪い去る。しかし俺が見かねて動こうとするよりも早く、彼はそれを引っ込めた。そしてニマァと笑みを浮かべたのだ。
「は、はは、はっはっは、それだ!それでようやく合点がいったのだ」
ベルナントカはやけに嬉しそうに大笑する。
「オルクス、貴様が先日見せたあれは魔法だろう」
「……?」
「そう考えれば先日のアレも納得がいくというものだ。まったくもって姑息な手だが、賢いものだと関心もする!だが冷静になってみればすぐに気づける詐術だ。貴様のように貧相な小娘が魔獣を相手取って戦えたとするならば魔法以外ありえない」
「ま、魔法だけで魔獣一体撃破と一体撃退というのは……うっ」
代わって擁護を口にしたドレンが当てられて喉を詰まらせる。
「貴様らは、純粋だなァ。純粋で、愚かで、騙されやすい……ッ」
どこからそれだけの怒りが溢れてくるのか分からないが、彼は俺に対してだけでなくバノンやドレンに対しても激情を抱いているようだった。
「その純粋さと、そこのオルクスができるのならば自分にも……そんな夢見がちな若さがゆえにころっと騙されるのだ。馬鹿者が、いいか?単独でそのようなこと、学生にできるわけがないだろう?」
ベルナントカは諭すような声音で言う。単独でというのがいかにも嘘臭い、と。笑顔の奥から吹き上がる怒気が圧となってテーブルを支配しようとする。
「王宮は権力と政治の世界だ。実際の戦果などいかようにも捻じ曲げられ、便利に組み替えられる」
誰も俺が戦っている姿をその目で見ていないではないか、というのが彼の論拠のようだ。穴がありすぎる。俺が倒していないのなら、それでも魔獣は砦を襲っていないのなら、目前に迫っていた敵はどこへ蒸発したというのか。そして身体能力に優れていないのなら、魔法使いが一人で敵陣に突っ込んでいって何ができると言うのか。彼が極めつけに魔法に詳しくないとしてもおかしな話だ。
「陛下が偽りを発表したと?」
三度目の反駁は俺が自ら行った。同時に心の中で刀を構える。剣気とでも言えばいいか、剣士として身に着けた気迫でもって襲いかかる激情の圧を断ち切る。目に見えて三人組の顔色が和らいだ。
「……?」
ベルナントカの表情がわずかに曇る。バノンたちの変化が気に食わないのだろう。一度だけ戦ったときから思っていたが、この男は自分がスキルの圧を多用するくせに魔力や気迫というものに疎すぎる。
「……おかしなことではあるまい。国の運営にその方が有利であると思えば躊躇いもなくそれを実行するのが為政者だ。そして宮廷には忠臣も居れば佞臣もいるもの」
ジロリ。ベルナントカの視線がバノン、イヴァン、ドレンを順繰りに捉える。
「そこの娘を祭り上げることで利益が得られる者がいたのだろう。そうだな、例えば最近やたらとオルクスにすり寄っている者の家とか……な」
「……っ」
三人組が鼻白んだ。自分を、ひいては家を揶揄されたのだから怒るべき場面だ。しかし己が手の平返しをして俺にすり寄っていると言われれば、あまり強く否定はできなかったのだろう。特に一昨日のアレニカとその取り巻きだった者達を見てしまったあとでは。
気にしなくていいのに。
「いいか、貴様等が思っているほど騎士団も、宮廷も、学院も、綺麗な場所ではない。オルクスのようなクズが蔓延り、それを容認するようなトコロだ」
現実を知らない子供に教えを説くような尊大さで大男は言う。それから肩を竦めてこうも続けた。
「もちろん俺は魔法そのものを否定するつもりなどない。それは確かな力だ」
薄っぺらい擁護だ。その証拠にすぐさま「だが」と一転してその眉間に深いしわを刻んでみせる。鬼のような形相だ。
「それを騎士の決闘で用いるのは言語道断ッ。それも黙って行うなど到底戦士として許せる行為ではない!たとえ端から何の期待も寄せていないオルクスのクズでもだ!!」
蹈鞴舞のあれが魔法か否かと言われれば微妙なラインではある。強化系の魔法を併用しているので、たしかにアウトとも言えるのだが……いやまあ、興が削がれて背を向けた俺が悪いのはその通りだ。
「本当ならば戦闘学の決闘で魔法を使うなど教官として厳しく処断するべきところだが……しかしオルクス、貴様にも貴様なりのちっぽけなプライドと背負うものがあるのだろう」
突如として空振りの同情を押し付けられ、ついていけないなりに俺の眉間にも筋ができる。ベルナントカはそれを意に介した様子もなく、たっぷりの憐れみを怒りの上に塗り固め、愉悦と侮蔑の眼差しを注いでくる。
「俺は寛大にもそれを慮って、貴様が自ら授業について来れないと判断し辞めたいと言うならば、それを受け入れようと思うのだ」
つまり俺がAクラスの戦闘学に付いて来れるレベルになく、それが露呈しそうになったので魔法を使って誤魔化そうとした、と。焦って尻尾を出したことをどうにか誤魔化そうとしているか、バレたのではないかという恐怖からか、それ以降の授業にも顔をだしていない、と。そういうシナリオが彼の中で構築されているようだ。
人間、受け入れがたい事実を前に下手なロジックを求めようとすると頓珍漢なことを言いだすという好例だな。
「もちろん単位不足で来年もAクラスとはいかんだろうが、それは端から無理をして戦闘学という高度な授業に手を出した自分の失態。甘んじて受け入れるしかない。まあ、自分のレベルにあったクラスにいた方がお前自身の為でもあるだろうがな」
まるで相手のことを慮るよい教師のような口ぶりだが、彼は自分に恥をかかせた俺を叩き出せる喜びに浸っているだけだ。
「そ、そんな……そんなことができるはずないです!」
「アクセラさんほどの遣い手を、落第だって!?」
「ありえ、ない」
目を見開いて唖然とする三人組。そんな彼らを後目に俺は素早くメリットとデメリットを計算する。
ここでこの大男を鼻で笑ってやる爽快感はそれなりだが、また厄介なことになるのは目に見えている。注目度が上がっている最中に厄介事を起こすといい影響も悪い影響も予測がつかない。後ろ暗いモノが何もないならそれでもいいが、俺はお家騒動を企む身であることを忘れてはいけない。
では逆にここで受け入れる場合はどうだ。おそらく逆恨み……いや、逆恨みでもないか。まあいい。彼の恨みは間違った納得のおかげで消滅しているようだし、これ以上しつこくしてくることもないだろう。今さら真面目に戦闘学を受けて時間を潰すつもりもないので、落第はどのみち確定だしな。
というか、今この瞬間にこれ以上考えることを増やしたくない……エレナのことだけで、もう一杯一杯なんだから。
「わかった。その話、受ける」
「「「!?」」」
三人組は目玉が零れ落ちそうなほど見開いてベルナントカから俺に視線を移した。あまりの強烈な眼光におもわず肩が跳ねそうになる。そこまで反応するか、というほどの反応だった。一方でベルナントカは嬉しそうに唇を吊り上げる。
「はっ、ははっ!そうだ、そうだろうとも!ふ、ふひはっ!!では手続きを、こちらでキッチリしておく。次回から来る必要はないぞ……はは、はははは!」
彼はそれだけ言うと鎧を鳴らして雑踏へ消えていった。まるでスキップでもしそうな軽やかな足取りだ。厄介払いができたことがこの上なく嬉しいのだろう。見れば分かるほどの舞い上がり様だった。
「そ、そんな、そんなことが、Aクラス落ちなんて、そんな……」
「アクセラさんが!?戦闘学で!?いや、待ってくれたまえ!待ってくれたまえ!!」
「センセイ。いい、のか……?」
三者三様に青ざめるほど動揺してくれている。これほどショックを受けられると逆に困ると言うか、少々申し訳ない気分になってくるな。
「まあ、気にしないで」
「気にしないわけが……っ!」
つとめて気楽に手を振って見せたが、バノンは彼らしからぬ絶叫を迸らせる。それから彼らは互いに視線を交わして難しい顔で黙る。それは恥じ入るような、自分を責めるような、同時に怯えや苦悩を感じさせる葛藤の表情だ。もしかするとベルナントカに揶揄された手の平返しをまだ気に病んでいるのだろうか。
「アクセラさん、誘っておいて申し訳ない限りだが、今日はこれで帰らせてもらおうと思う。どうか、我々を不義理と思わないでほしい」
しばらくの沈黙を破ってドレンがチャラついた空気を一切消して立ち上がった。
「気落ちするな、センセイ。任せろ」
大きく厳めしい顔で頷いてイヴァンもそれに続く。
「我々は名誉を重んじる正しき貴族です。いずれにせよ、不義理を雪ぐチャンスは欲しかったところでもありますしですな。決してこのままにはさせませんとも、ですよ」
バノンは財布から手早く三人分の硬貨を摘まみだしてテーブルへ積み、お気に入りのステッキを腕へ引っ掛けた。何かの決意を固く誓ったような顔で。
「「「では!」」」
声を揃えてそう言いうと、彼らはさっさかどこかへ去ってしまった。残された俺は一瞬ポカンとしたあと、慌てて彼らの置いていったコインに自分の分を追加して店員を呼ぶ。会計を済ませて大通りを見回したところで、しかし、少年たちはもう見えなくなってしまっていた。
「変な気、起こさないといいけど……」
思っていたのとは違う方向で話がこじれそうな、とてもとてもいやーな予感を俺は覚えるのであった。
~❖~
「ということがあって」
翌日の放課後、ネンスとレイルの手足やろっ骨を直しながらベルナントカとのやり取りを語って聞かせた俺である。
「ぐぅ、痛い……しかし、面白い事になって来たではないか」
ネンスが妙に邪悪な笑みを浮かべる。
「そう?」
「ああ、こりゃあ荒れるぜ……ゲホゲホ」
レイルも珍しく何かを企むように頬を歪めた。
「だってお前、これで落第とAクラス落ちは確実になったわけだろ?」
学院は実力主義であり、AからEまである各クラスは下に行くほど教室の数が増える。Bなら2つ、Cなら3つという風に。そしてAクラスは1つだけ。
「唯一無二のAクラスに所属すると言うことはこれ以上ない名誉だ」
入学からAクラスであったならばその生徒は将来を約束された逸材と言われることになる。あるいは下のクラスから這い上がってAクラス昇格をつかみ取って見せれば、素晴らしい努力家だと褒め称えられ実務系の役所から引く手数多となるだろう。そうネンスは言った。就職に影響するのだと。
「逆に言えばAクラス落ちの不名誉は学年中、学校中ひいては親類縁者や学院外の貴族の耳にも届いてしまうのさ」
Aクラスから転落するということは最高レベルの教育に付いていけなかったという烙印であり、一生ついて回るほどの不名誉とされている。伯爵家の嫡男が1-A、2-B、3-Cなんて落ち方をすれば、親によっては勘当するくらいのオオゴトだ。万年CクラスやDクラスだった者よりも就職は厳しくなる。よほどの功績を上げない限り死ぬまで冷や飯食らいもあり得るとか。
「ここで肝心なのは実力の絶対値ではない。与えられた環境で自分を磨けたか否かという、行いを評価されるのだ。それらを名誉の増減という形で表していると言ってもいい」
一度はAに配属される実力があったのに、そこで己を磨き切れずCへ落ちて行く者。始めからD、Eというクラスに配属され、食らいついてCに上がった者。貴族社会は後者を尊ぶことで血筋により維持される階級制度に危機感、あるいは自浄作用を持たせているのかもしれない。生まれに見合う名誉を示し、自分を証明し続けるようにと。
「別にいい。私は貴族として生きて行くつもりがない。Aクラス落ちは別に怖くない」
色々思う所はあるものの、俺としては今さらアレの下で学びたいこともない。というより戦闘学で知りたかったことはもうメルケ先生の時代に知れた。それに得意分野で対人関係を改善し、布教の下地を作るという目的も大体達成できた。もう十分というのは強がりでもなんでもない。
「エレナが怒るのではないか?」
ネンスが痛い所を突いて来る。実際昨日、第一報を伝えた際には「一緒のクラスじゃなくなるんだよ!?」と大変お怒りだった。しかし数ある選択授業はもとから別々、授業中は私語もしない。休み時間は皆で喋るかそれぞれ用事をするかだが、こちらもだいたい半々の割合だ。一緒のクラスである意味は大してない。
「アクセラ、お前、そういうことじゃ……」
「でも納得してくれた」
「納得するのか」
それもそうか、とのことである。
「まあ、もう、お前らの関係はよくわかんねーからいいや。ん、ぐぅー……!!」
肩をバキバキ言わせながら動作確認をするレイル。特に左腕を念入りに。この男、死の恐怖に慣れるどころか一歩踏み込んで俺の攻撃をその腕で受け止めやがった。その隙をついて反撃を試みると言う素晴らしいガッツを見せ、代わりに左の手首から肩近くまで粉砕骨折の重傷である。
「けどAクラス落ちってのを、お前は舐め過ぎだと思うぜ」
問題がなかったようで他の部分を動かし始めたことに俺はほっと安堵する。関節などを下手に壊すと聖属性の回復魔法でもなかなか治りが悪かったりするのだ。
「虐められる?」
木刀についた血を丁寧にふき取りながら首を傾げる。天下のAクラスで入学しつつ、授業についていけずに転落した落ちこぼれ。いい笑い者にされるのは明らかだ。しかし俺の懸念にネンスは苦い笑みで首を振った。
「普通はそうかもしれないが、お前を虐めてやろうなんて常軌を逸した埒外の馬鹿は一年にもういないだろうよ」
「常軌を逸した埒外の馬鹿……」
だがたしかに国が表彰した現役の冒険者を虐めてみようなんてバカタレはそういないか。……いないかな?最近なんか似たようなことを言いだした三年生がいたような気がする。というかちょくちょくいるような?
「まあ、いいや」
「いーやよくないぜ」
俺が肩をすくめたらすかさずレイルが首を振った。なんだか今日はやけに強気というか、確信をもって二人とも否定してくるな。
「お前が気にせずとも周囲は違うのだ、アクセラ」
「名誉を失うことへの恐怖ってのはな、オレにだってあるんだ。誇りある貴族なら誰だって怖いって思ってる。お前はどうにもそこが分かってねえ。あと誇りは自分だけの物じゃないってことも分かってねーだろ?」
「?」
「お前が思っているより貴族は面子に拘るのだ」
ネンスは木剣に布を巻き付けて隠し、ベルトで留めて背中に回した。練習場での武器を使った戦闘は許されているが、木武器とはいえ林の中で勝手にボカスカ殴り合いをしていたとバレるのは拙い。
「知ってる」
俺は屋根伝いだからそこまで気にしなくていい。軽く布で巻いて腰にぶら下げる。もし何か言われても遠征企画で刀を失ったからと言っておけばいいだろう。二人よりは奇行に走っても気にされにくいからな。ほんと、今さら名誉ってなんだっけって感じだ。
「おそらく面倒くさい連中だ、くらいに思っているのだろう。だが我々が言っているのはもっと別のことなのだ」
ネンスが重々しく言う。
「貴族は確かに厄介な部分で拘り、平民には理解できないような形式的な張り合いをする。そういうものが愚かに映るお前や……本質的にはレイルもだな?お前たちのような者は、貴族の中にも意外と多いだろう。必要があるから従うだけだ、と」
俺だってそういう見栄の必要性はよくわかる。だからまさしく彼が言う通り、嫌いだが最低限は従うのだ。しかしネンスは首を振る。
「だがそれだけではない。彼らは一方で尊敬する相手の誇りや恩人への不当な仕打ちに憤り、名誉のために利益を投げすてるような高潔さも持っている」
「大事な誰かの誇りが傷つけられるのは、自分の誇りが傷つけられるのと同じくらい嫌なんだよ」
「ディーンやあの三人組だけではない。お前の参戦で命を守られた生徒は多くいるし、その強さに憧れた若き戦士も少なくない。自分の目に輝いて見える星を汚されて嬉しい者などいないということさ」
熱弁してもらって悪いが、それについてもよく分かるつもりだ。マレシスやレイルはその類だろうし、エクセルだった時代にもそういう者とは出会ってきた。あるときは味方、あるときは敵として。騎士、官僚問わず。だが今回その高潔さが発揮されるというのはハッキリ言って……。
「大げさ。あと数か月で終わる授業のことで。評価してくれるのは嬉しいけど」
「だからAクラス落ちの不名誉を軽んじているというのだ」
「それに落第の影響は少なくとも卒業まであるわけだしな」
心底呆れたように王子はため息をついて見せる。レイルは変わらずあくどい笑みをうかべるばかり。こうも言われるとさすがに不安になってくる。特に三人組が妙に張り切っていたことでもある。
「ん……まあ、気にしないでと言っておいて」
言い置いて立ち上がった俺に彼らは執拗な笑みを浮かべる。
「やっぱ、意外と分かってねーよな」
「意外と、な」
頷きあう野郎ども。なんなんだ、まったく。
「オレも貴族だってことだぜ」
「私は王族、つまりその頭領の一族だ」
いや、だから、本当になんなんだ……。
「「楽しみだな」」
なんなんだ……!
~予告~
落第の危機に陥るアクセラ。
一方で大人たちの状況も動き出し……。
次回、教師たちの領分




