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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十一章 祝福の編
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十一章 第15話 火の後に芽吹くもの

 双子との肉パーティーの翌日、俺はぼんやりと昼食を口に運んでいた。場所は学院の食堂、いつも通り広い空間には雑然とした音が混じり合って響いている。


「しかしディーンは貝が苦手か、意外だったな」


「申し訳ありません、昨日は折角誘って頂いたのに……」


「構わない、好き嫌いはどうしてもあるからな」


「むしろちゃんと断ったトコが高得点て感じだよな」


「そういえば夏前にありましたよね。お昼をもう食べてたのに、ネンス君に近づくためにもう一回食べようとした人」


「そんな者がいたんですか?」


「いたなぁ……昼食を同席して縁を結ぼうと、満腹のところへもう一食そしらぬ顔をして食おうとした者が」


「途中で顔が真っ青になってこっちが焦ったけどな」


 ディーン、ネンス、レイル、アベル……少しだけ珍しい顔を加えた会話も、今はその雑音の一部だ。右から左に通り過ぎて行くだけ。その中でたった一つ、耳に入ってくる声があった。


「そんなことあったっけ?」


 笑みの気配を含んだ少女の声。そこだけ色がついたように聞こえる、不思議な声。ハニーブロンドのウェーブ髪が首を傾げる動作に合わせて揺れる。早苗色の瞳がパチパチと瞬きを繰り返す。


「エレナ」


 口の中で小さく名前を呼ぶ。それは無意識のことであり、声にはほとんどなっていなかった。それにも関わらず、彼女はこちらを向いて微笑んだ。


「どしたの?」


 その笑みに心臓が跳ねる。心拍が上がり、体が熱くなり、胸が痛くなる。しかし同時に胸焼けのような感覚と焦げ臭さにも襲われる。ティゼルの言葉が脳裏を巡り、過去からの声が反響する。


「……なんでもない」


 結局俺は何を言うこともなく皿に視線を戻す。残りの昼食をスプーンでかき集めて口に突っ込む。


「ごちそうさま。先に行くね」


「行くって、どこにだよ」


 席を立った俺にレイルが首をひねった。今日は午後のコマを全て使って拡張授業が予定されており、俺や彼にとっては戦闘学がそれにあたる。1-Aの受講者が揃って恐れる地獄の時間だ。


「……散歩」


 それだけ言い置いて俺は席を離れた。


 ~★~


「どうしたんだ、アクセラのやつ」


 アクセラが早々に席を離れたあと、レイルが首を傾げた。会話しながらということもあるだろうが、我々は誰一人としてまだ半分も食べ終わっていない。彼女は全員が食べ終わるまで席を立たずに待っているタイプだったが……。


「また何か危ない事をしているのではないだろうな」


 私もそう問いを重ねるがエレナは首を横に振るばかりだ。


「分かんないんだよね……昨日アティネちゃんとティゼルくんに誘われてご飯に行ってから。ずっとあんな調子で」


 アロッサス姉弟か。私はあまり関わりがないが、彼女たちにとってはレイルやアベルに比肩する付き合いの長い友人とのこと。何か厄介なことに首を突っ込んでいるのでなければいいが。そう思ってから私は額を指先で掻いた。

 私が言うのか、という話だな。


「しかし、意外でした」


 会話が途切れたところへディーンが口を開いた。もともと共に食事をするような仲ではなかったが先日の森での戦闘で背中を預けた仲だ。もう少し親睦を深めようと声をかけた次第である。

 明らかにタイミングが悪かったがな……。


「何がだよ?」


「いえ、正直なところ遠征企画までアクセラさんとは関わりがなかったので……噂のような悪い人物でないことは殿下たちとの様子で分かっていましたが」


「ボケーっとしてるってか?たしかに戦ってるときとそうじゃない時で、アイツ違う人間だよな」


「そ、そこまで言うつもりはありませんが……」


 言うつもりはないが思ってはいるのだろう。そんな顔でディーンは言葉を濁した。


「ここまでボンヤリってのは珍しいよな」


「ああ、そうだな」


「むぅ」


 アクセラは余りにも二面性が強い性格をしている。戦っているときの彼女は血に酔った獣のようであり、反対に普段の彼女は昼行燈といった様子。冷徹で命を道具とみなす極端な現実主義者であり、情に厚い少女でもある。とはいえ今日の様子は……心ここにあらずだ。


「森では俺も命を救ってもらったようなものです。力になれるならなりたいですが……」


「難しいでしょうね。エレナさんでもお手上げなわけですから」


 ディーンの言葉にアベルが首を振る。それは私たちが揃って思っていたことでもある。


「……」


「……」


 結局それ以上、彼女について話せることはない。その事実に口を閉ざし、我々はアクセラの去っていった出入り口へ目を向けることしかできなかった。


 ~★~


 昨日からの悩みに脳のほとんどを占拠されたままの一日も終わって放課後。俺は定番のサボリポイントと化した屋上の冷たい床から背中を引き剥がし、待ち合わせの場所に一人でやってきた。バレン、イヴァン、ドレンの三人組と合流するためだ。


「お待たせ」


 大通りに面した屋外テーブル席で待っていた少年たちに参加する。なんでこんなに寒い日に外でやっているんだと思い店の中を見ると、もう席が一つもないくらい混雑していた。放課後に少し用事をしてからの合流となった俺のため、わざわざ寒い中を我慢して待ち合わせ場所にいてくれたらしい。


「ありがと。寒かったでしょ。場所変え……」


「おまたせしました。ホットミルクティとホットココア、アイスレモネード、クッキーアソートでございます」


 場所変えようか。そう言おうとしたら店員がやってきて飲み物を置き始めた。大皿に盛られた愛らしいクッキーの山と一緒に。


「あ、あー……その、もっとかかるかと思って注文をしてしまいましたです」


 タイミングの悪さにバノンが頬を掻く。だからってお前、大皿を頼むやつがあるか。


「まあ、仕方ない」


 熱々の飲み物を一気飲みして場所を変えるのは無理があるし、お茶があれば耐えられないほどの寒さでもない。こちらを注視してくる店員に体が温まりそうな生姜のお茶を頼んだ。

 しかし何故イヴァンは冬にアイスレモネードなんだ……マッチョポーズをするな、感心しているわけじゃない。


「レイル、ネンス、誘った」


「来るの?」


「来ない」


 なんだそりゃ。


「二人ともちょっと戦闘学で目を付けられた人を庇って、いつも以上にシゴキをうけたのですよ。あの先生はその、怒ると手が付けられませんですから」


 なるほど。


「エレナさんがアレニカさん、マリアさんと冬服の買い物に行くと言付けしていったよ!夕食までには帰るともね。着飾った三人はさぞ美しかろうが、学院で我々が見れるのは制服姿だけという無情!!」


「ドレン、うるさい」


「酷いねイヴァンくん!君も喫茶店でフロントラットスプレッドは止めた方がいいと思うよ、美しいがね!」


 知らないポーズ名が出て来た。


「ちなみにアベルくんはヴィオレッタなるお嬢さんとお茶だそうだ、羨ましいね!」


 聞いてすらいない情報も出て来た。


「まあ、いい。で、トレーニングの壁にぶち当たったと」


 頭を切り替えて本題に移る。そうしないとドレンが延々としゃべり続けそうだった。午後の時間を全て使ってあの勘違い教師の戦闘学を受けていたくせによくそこまで口が回るものだが……と思ったら手が若干震えている。寒くて、というより筋肉の疲労だろう。いわゆる握力がなくなっている、という状態だ。


「手短にしよ。でも、頼ってもらえてうれしい」


 放課後が来るのが楽しみだったのは本当だ。なにせ俺に鍛錬や戦闘のアドバイスを頼んできたと言うことは、そのまま技術思想を彼らの中に植え付ける絶好の機会へと繋がってくる。自分でも忘れがちだが俺の至上命題は布教なのだ。それにオルクスの足枷を越えてここまで彼らが心を開いてくれたというのは、素直に嬉しいことだった。


「センセイ。トレーニング、楽しい。走り込み、筋トレ、悪くない」


 イヴァンが言う。言葉とは裏腹にどこか残念そうな気配が伏せられた目に漂う。


「ステータス、上手くいかない」


「どんな風に鍛錬してる?」


「えっとですね……」


 俺が彼らに請われて教えたのは基礎体力や筋力、持久力などを培うための本当にベーシックなトレーニングだけだ。彼らはそのメニューをアレンジすることなく、満遍なくこなしているようで、必ずトレーニングの後にはステータスを確認するという。しかし数値が思った伸び方をしないのだとか。そのことに一喜一憂しモチベーションが下がってきているのが見て分かる。


「ステータスは文字通り、状態のこと。体の今を数値化したもの。肉体の性能をステータスで確認できるだけ。よく勘違いされるけど、ステータスが力をくれるわけじゃない」


 ステータスがあるから強いのではない。筋肉があるからステータスの筋力値が、足が速いから速度値が高くなるのである。ステータスで見える数値に拘りすぎれば本質を見失う。しかしイヴァンはピンと来ないのか、怪訝な顔でまた名前が分からないポーズを決めている。店員も怪訝な顔でこっちを見ている。目立つから止めて欲しい。


「んんっ。例えば肉体は花、ステータスはルーペ。複雑な造形物と、使えば細部まで見える便利な道具。でもルーペで見なくても、花の色形は変わらない」


「なんて可憐な例えなんだ!さすがはアクセラさん、力強さの中に美しさがある!」


「ステータスの数値を増やそうと意識しない方がいい。体を作りこんでいく、その観測にステータスを使うだけ」


 例えば踏み込みの力をもっともっと高めたいとしよう。足を元からかなり鍛えていた場合、いくら走り込みをしてもステータス上の上り幅は少ない。逆に関係ないし鍛えてもこなかった部位をガンガン鍛えれば筋力値は大きく上がることだろう。それに意味があるか、という話だ。


「現状の自分がどの能力に秀でるか、確認するためにステータスは重要。けどトレーニングは別に設計する必要がある」


 もちろん聖刻する以前の俺のように何年鍛えても微増すらしないというのは問題なのだが、彼らの話を聞くに少しずつ増えていることは増えているらしい。


「イヴァンのステータスは?」


「ああ、センセイ。筋力、減った。速度と耐性、上がった」


 ふむ、上がらないのではなくて想像と違う増減をしたことが不安の種か。


「たぶん無駄筋が落ちた。踏み込みや剣力に影響はない」


 筋肉は重いのだ。使う分だけに絞らないと足枷になる。


「重りが無くなって動きやすくなってるはず。耐性は健康からくる、負荷のある運動を続けると勝手に上がる。基礎体力と体のリズムが改善されて」


 ステだけ見てるとイマイチに見えるが、欲しい肉体性能を落とさず地力が整ってきているということだ。いい段階に入ったなと俺はデカブツの背中を軽く叩いた。


「わ、私はどうでしょうか!筋力は上がっているのですが、速度が酷い勢いで落ちているのです……これはイヴァンの逆ということですか?」


 童顔紳士風が隠せない焦りを浮かべて身を乗り出す。アクセサリがしゃなりと音を立てた。俺は制服越しに彼の体をじっくりと眺めてから首を振る。


「バノンは体ができてなかった。鍛えた分だけ雑に筋肉が増える段階。でもいいこと。雑に増やさないと、削るとこまでいかない」


「イヴァンの逆ではなく、前段階ということですかな……?」


「ん」


 理解が早くてよろしい。


「重量級のタンクだけじゃない、軽戦士や斥候でもまずはそこから。がんばって。で、ドレンは?」


「恥ずかしながらこっちも筋力はほぼ変わらずさ!速度と耐性はイヴァン君ほどじゃないが上がっているよ!」


「手を」


 さらりと髪をかきあげるその右手を指さす。


「どうぞ、アクセラさん!」


 強烈な笑みを浮かべて彼は己の手をテーブルに投げ出した。それを長手袋に包まれた左手でとる。他の二人より日に焼けていて逞しい手だ。それから目を引くのが親指の形。横に広く変形している。弓兵によく見られる特徴だ。手の甲と指、腕を軽く触って確かめた。


「ん、ドレンは弓だね。指の筋力が凄く発達してる。二の腕の隆起も大きくなった」


「あ、そういうことですか!落ちた無駄な筋肉と同じくらい必要な別の筋肉が増えているんですな!?」


「ん」


 バノンの言葉に頷く。


「なるほど。ステータスの変遷と体の特徴を照らし合わせればそこまで読み解けるのか!まったくアクセラさんの知識の深さには感服するばかりさ!!」


 驚いてくれるのは嬉しいが、慣れればそう難しいことではない。毎日のトレーニングで数字ばかり見ず、生の肉体をちゃんと観察してやればいいだけのこと。そうするだけで現実と数字のズレに気付けるし、そこが分かればモチベーション維持にもトラブル予防にも活用できるのだ。


「あとステータスを上げるスキルは取っておいた方がいい」


 ステータスが実ではない、体が実なのだと言ったばかりでなんだがそう言い添える。スキルは別だと思っておいた方がいい。それにあれ本当の筋肉と違って重さがゼロだ。そのうえ全身に満遍なく作用してくれるのでコスパがいい。大きく上昇した力に慣れる必要はあるが、それもよい鍛錬になる。


「スキルといえば、そちらでも少し相談がありましてですな」


「ん」


 ココアとバニラで半々になった丸いクッキーを口に放り込んでホットの紅茶を飲む。クッキーは思いのほか強い甘さがあり、黒胡椒をアクセントにした異国風のアレンジ紅茶とよく合っていた。


「我々は基本的に盾を構えて待つ正当な騎士スタイルより、どちらかといえば前に出て積極的に戦いたいと思っているのです」


 森の遠征では三人とも盾を担いで防御スキルを連結させていた気がするが、その戦い方に思う所があったのだろうか。


「先生は、強い」


「優れたアタッカーであるアクセラさんなら、我々の今後のスキル構成についても至言を与えてくれるのではないかと思ったのさ!」


 そこまで言うと若干他人頼みな気がしなくもないが、まあドレンはオーバーだから四割引くらいで聞いておいてやろうか。

 しかしスキル構成か……派生スキルまで見だすとさすがの俺もアドバイスしきれないな。

 いきなりスキルに頼らない技を教えるのは無理だし、あと二年でこのレベルから面倒を見切れる自信もない。かといって応用に至らない初歩だけ仕込んでも既存の知識と競合して混乱をきたすだろう。技術は思想に留めておいて、スキルは正当なものを学ばせた方が彼らの為だ。


「ん、アタッカーなら……一撃必殺のスキル一個と、あとは細かい防御系?」


 少し悩んだ俺は今彼らが持っているものとこれから得やすい物、それらを組み合わせるための気づきを与えることにした。といっても彼ら自身、体験しているシンプルなメソッドだ。


「防御系かい?アタッカーなのに?」


「一撃で魔物を屠れる必殺技が十個あっても意味がない。もちろんあるなら対応力は上がるけど」


 騎士であろうと冒険者であろうと、魔物戦におけるセオリーは防御担当と攻撃担当に分かれることだ。騎士団で言えば『盾術』に長けた一般的な騎士が防御系のスキルを繋ぎ合わせて防壁を作り、大技の攻撃スキルを高レベルで修めている別の騎士が大打撃を与えるのだ。


「騎士でも冒険者でも、一撃を当てるための道筋を構築するのが重要」


 大物を相手にするときの鉄則はどこだってそう変わらない。対魔物戦でも、対人戦でも。小技で相手を怯ませる。相手の大技を出の段階で潰す。小技は最小の防御で凌ぐ。そうして生まれた隙にこちらの大技を通す。


「森の時でもしてたでしょう?」


 騎士隊が攻撃を徹底して防ぎ、戦士隊がチクチクと攻撃を入れ、形勢が傾いたら魔法隊が大火力を打ち込む。魔獣のような敵と戦うときの基本的な戦術だ。俺や一部のAランク以上の冒険者がやるような、跳んだり跳ねたりで躱しながら攻撃をしていくなんて芸当は戦術とは言わない。


「なるほど、小技を最小の防御で凌ぐ。その部分は騎士隊ではなく戦士隊が自分でされておりましたな。そのための細かい防御スキルですか」


「そう」


 大技は最悪、決まらなくてもいい。小技でチクチク延々と削り倒していくことだってできる。しかし防御は豊富な手札を抱えて適切に運用していかないといけない。森では大掛かりなレイド構成としてそれをやったが、同じメソッドが個人の戦い方にも使えるのだ。


「納得、納得だ」


「ああ、本当だ!本当に素晴らしい!なるほど、そういう意図があの陣形にはあったのか……これは勉強になったよアクセラさん!」


「陣形の裏にある考え方を自分一人の戦い方に適応できるとは、考えてもいませんでしたです!」


 三人に理解の色が浮かんだときだった。


「ほう、なかなかどうしてまともな説明ではないか」


 ふいに背後から声をかけられた。途端に三人組の顔色がさっと悪くなる。食欲を刺激する香りが湯気から視線を背後の大通りへと向けてみれば、そこには威圧的な全身鎧を纏った大男が立っていた。つい先ほどまで彼らやネンスたちにシゴキを課していた戦闘学の教師、ベルナントカ=フ……フォーン?ファーン?その、ナントカだった。


~予告~

突如乱入する教師ベルベンス。

彼から突き付けられたのは驚愕の提案だった。

次回、戦闘学、落第

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