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二章 第8話 肉体と魂と心

 神になって初めて知ったが、魂の構造は結構シンプルだ。中心にある魂核を何重もの魂膜が覆っている。魂核は文字通り魂のコアであり、ここから強い感情や固執する思考が生まれる。魂膜1枚1枚には人格やそのベースとなる精神、複数の思考、表層的な感情などがあり、それらは魂核を守る防壁の役割も持っている。つまり魂核とはその人の本質であり、魂膜が人間としての複雑さ生み出しているのだ。

 これに対して肉体は意外と複雑にできている。物理的に世界に存在するからこそ厳密に物理法則や魔法法則に縛られる。


「ここまではいいじゃろう?」


「ああ、神の知識を閲覧しながらだが」


 今、冥界要塞アイレーンパレスの3階にある庭園にて俺はミアの話に耳を傾けていた。ここしばらく発生していた眠気や倦怠感といった症状、彼女はそれらが俺の肉体と魂の接続が不安定になっていることが原因だと言う。


「さて、問題なのはこの2つの関係じゃ」


「魂と肉体の相互関係、か」


 魂は感情、精神、人格、思考などの情報を持っているが物理的な力を持たない。肉体は逆に物理的な力の塊だがそれ単体ではただの肉でしかない。この2つがお互いに影響をしあって初めて生物足り得る。


「魂から溢れ出す感情は肉体を動かすエネルギー源になる。魔導具でいえば魔力じゃな」


「思考は魔導具を使う人そのもの、肉体をどう動かすかを決定するわけだな?」


「うむ。人格は思考や感情が実際にどういう形で物理的行動になるかを決めておる。肉体と直接つながってはおらんが、間接的には人格がブレーキにもアクセルにもなるわけじゃよ」


「精神はなんだ?人格のベースという風に書かれているが……」


「精神は魂膜の最外層でな。魂の諸要素を肉体とつなぐ役割があるのじゃ」


感情、思考、人格が精神を介して肉体を制御しているわけだ。


「とはいえ肉体も肉体で魂を制御しておる。肉体の脳で処理されることで感情は抑えられ、思考は論理性を強めるのじゃ。そうでなければ強すぎる情動のエネルギーに魂自体が耐えきれず自壊してしまうからな」


 肉体と魂の仕組みはかなり理解できた。これだけ懇切丁寧に語ってくれるということは今回の問題もそこに端を発しているのだろう。


「それで、肉体と魂の接続が不安定になっているということは、接続の役割を担う精神に異常が発生しているのか?」


 質問してみたもののそれしかないだろう、と思ったのだがミアの返事は違うものだった。


「根本的な原因はそこではないのじゃよ」


「違うのか?」


「うむ」


 頷いた彼女は指を1本立ててこう言った。


「肉体と魂が相互に影響を及ぼすのはなにもそれぞれの要素だけではない。例えば経験、疲労、けがや病気……そして成長」


 成長。そうか、そういうことか。


「成長速度のズレか」


「おお、正解じゃ」


 肉体と魂は生まれた時から本来1つなのだ。その成長も同じペースで進んでいく。

 つまり俺の場合はエクセルの魂とアクセラの肉体のペースが合っていないのだろう。


「俺の魂は100年近く生きて成長しきっている。昇神で若返った分を考慮しても青年相当だ」


「そうじゃ。しかしそなたの体はまだ齢1桁の子供。それもまさに心身が大きく発達する時期に差し掛かろうとしておる」


「肉体が魂の成長を欲している、とでも言えばいいのか?」


「うむ、よい例えじゃな」


 急激に大人へと成長していく10代初めの肉体は同時に精神的な葛藤や心理的な意味での成長も引き起こす。だが俺の精神はその地点をとっくに超えているため変化しない。それが歪みを生じ、抗いがたい眠気や倦怠感といった症状になっているということだ。


「肉体の方も諸々の影響をうけておるじゃろうな。お主、平均的な女児の初花がいつか知っておるか?」


「知ってたら気持ち悪いだろう」


「それもそうじゃ……まあ、今のそなたのような食うに困らん立場じゃと11くらいからじゃろうかな。世界全体でみればもう少し遅いじゃろうが」


 今のアクセラより2歳近く上か。確かに悪影響がでているな。


「おそらくは魂と肉体の性が違うことも歪みを大きくしておるんじゃろうな」


「『性転換者』の効果でそのあたりは調整されてなかったか?」


 『性転換者』とは俺が持つ称号の1つであり、大まかな効果は肉体と魂の性差による不具合の解消だ。まさしくこの問題を防ぐためのものではないか。そう思ったのだが、ミアは気まずげに肩をすくめた。


「さすがに完成された男の魂を未完成な女の体に入れた事例などなかったからのう、カバーしきれんかったのじゃろう」


 普通『性転換者』の称号は真っ新な肉体に違う性別の、しかし輪廻を経て初期化はされた魂が入れられた時につくものらしい。俺の場合だと10代で肉体に起きる変化は魂と真逆への進化だ、余計にズレも大きくなるのかもしれない。そんな風に彼女は推測して見せた。


「しかしそれなら使徒転生なんて土台無理な話だろう?性別は置いておくにしても、心身の成長が違うのはどうしようもないのではないか?」


「使徒転生用の肉体は魂との同調率を調整できるのじゃ。その場になって同調率を下げてやれば歪みは出んじゃろ?」


 魂と肉体は二人三脚だ。どちらか片方が立ち止まるともう片方はこけてしまう。使徒転生に用いられる特別な肉体は思春期などの足並みがそろわない時期になると同調率を下げられる。足を繋ぐ、精神という名の紐を一旦緩めることで。


「なあ」


「なんじゃ」


 俺はその説明にどうしても気になるところがあってミアの顔を真っ直ぐ見た。彼女はと言うと、表面上は平常運転だが明らかに視線を合わせまいとしている。


「使徒転生用の肉体じゃないのも性別入れ替わったのも、お前のせいだよな?」


「そ、そそそ、そんなことはないと思うのじゃ」


「ないことないと思うぞ」


「い、いや、過ぎたことは言うても仕方ないじゃろ?ここは建設的にこれからどうするかを考えるのが吉じゃと思うのじゃ!」


 慌ててそう提案するミア。


「……まあいいだろう。確かに過ぎた事だしな」


「ほっ……」


「1つ貸しだぞ」


「う……!?」


 一罰百戒とはいわないまでも、なにかしらのペナルティがなければいつまでたっても改善されないからな。


「で、建設的にこらからどうするのかを話し合わせてもらいたいわけだが、具体的にどうすればいいんだ?」


 ミアの言葉を借りてそう尋ねると、彼女はまた難しい顔をして腕を組んだ。


「うーむ……」


 最高神はその長い長い生涯で蓄積された記憶を丁寧に探る様にたっぷりと時間をかけて唸り、しばらくして俺の方へその渋面を向ける。


「さっぱり思いつかん」


「……」


 素直といえば素直な回答に思わず眉間にしわが寄る。


「そ、そう睨むでない!仕方がないじゃろう、魂は神の物でも肉体は普通の人間なのじゃ。同調率を下げれば肉体が死んでしまう」


 魂の宿らない肉体はただの肉。同調率を戻すまでに脳やら心臓やらが停止して死ぬ可能性が高いそうだ。


「それにお主の今入っておる肉体は本来死産するはずじゃったものじゃからな、魂に強く結びつこうとしておるのじゃろう。下手に同調を解こうとすれば魂に傷がつくかもしれないのじゃ」


 さらっと衝撃の真実を告白するミア。

 ちょっと待て、何だその話。


「うむ、しらんかったか?」


「全く知らなかった」


「魂が宿らず、死産するはずの肉体じゃったのじゃよ。そこにそなたの魂が宿ったゆえにいま生きておるのじゃ、アクセラという存在は」


 アクセラ=ラナ=オルクスは死産するはずだった。少なからず驚きの真相だ。だからどうだということもないが、個人的には思う所の多いことに違いない。


「ま、そういうわけじゃ。根治は難しいじゃろうな」


 そんな俺の感傷は、天界規模では些末な話なのかあっさりと流されてしまう。とはいえ話の本題はそちらではないのだから、俺も頭を戻さなければならない。


「根治は難しいと言うが、対処療法ならあるという解釈でいいのか?」


「対処療法というか、まあ、その場しのぎ程度じゃが」


 その場しのぎでもあの酷い眠気が抑えられるのならそれでいい。このままでは折角の冒険者登録の話が無期限延期になりそうなくらいなのだ。流石の俺も寝ながらは戦えない、はずだからな。


「先に言っておくが倦怠感の方はもう諦めるんじゃな」


「耐えれないほどじゃない、我慢しよう」


「万が一肉体的な痛みになったとしても、聖魔法で誤魔化せばよい。神官たちはわし等の恩寵を痛み止め扱いするのをあまり好まんようじゃが、どうせそなたの術はそなた自身の恩寵じゃ」


「そうしよう」


 不本意ながら聖魔法がこれからはお手軽に練習できそうだ。


「問題は眠気じゃが、これは本当に睡眠が必要なわけではないので、寝ても改善はせんじゃろうな」


「だろうな」


 そもそも俺の睡眠時間は子供らしさ爆発の10時間だ。もっと寝ろといわれても困る。


「眠気の対策も実は聖魔法なのじゃ」


「眠気を抑えるのは生活魔法じゃないか?」


 髪を乾かしたりマッチがわりにしたりと便利で小回りの利く生活魔法には体調をコントロールするものもある。ダンジョンに長時間潜るときには排泄欲求や睡眠欲求を一時的に下げる魔法が多用されるのだ。

ちなみにすでに試したが効かなかった。


「あれは眠気を抑えてあとで多めに寝るという誤魔化しかたじゃろう?睡眠が解決方法でないのに効くわけがないじゃろうが」


「それもそうか」


 半眼で溜息をつくミア。言外にそれくらい気付けと言われてしまった。

 どうも自覚している以上に気が疲れていたのか、あまり頭が回っていないらしい。


「聖魔法には安らぎを与えるものがあるのじゃ」


「あったな、そういえば」


 パニック状態の相手を落ち着かせるのに使う魔法だったはずだ。


「魂と肉体がずれることで歪みが精神に生じ、その歪みの影響が魂に出て眠気となるのじゃ。ちなみに肉体に出ておるのが倦怠感じゃな」


 原因が同じでも症状が出ている場所が違ったのか。


「安らぎを与える聖魔法で魂に肉体以外のブレーキをかけることができる。いくら精神から魂へ影響が及ぼうとも魂の方を守っておけば眠気は生じんはずじゃ」


 歪みが出るのは治せないが、その歪みから切り離せば守ることはできるというわけか。まさしく対処療法だな。同時に肉体が原因である倦怠感に効果がないのも納得だ。


「じゃがあまり多用してはいかんからな」


 一応の解決策が見えたと安心していると、ミアが表情を引き締めて注意を発した。


「魂を常に術で落ち着かせるというのは危険なのじゃ。湧き出る感情が損なわれる可能性も高くなるし、今度は肉体へ全ての影響が押し寄せて更なる成長障害を起こすということも考えられる。多くて日に3度、可能なら日に1度だけに抑えるんじゃ」


 1日1回となると使えるのはいよいよ眠ってしまいそうなときや外に居るときだけだな。


「心得た。気を付けるよ」


「うむ。もし3回使ったら向こう半日は使ってはいかんのじゃ」


 そんな制限付きでもあの鬱陶しい眠気を払えるなら大分な改善だ。


「思春期といっても肉体が大きく変化するのは18くらいまでじゃから、それまでの辛抱じゃ」


「あと9年か……辛いな」


 まだ9歳であることを考えると本当に長く感じる。いまだ折り返しでしかないわけだ


「それでもあと9年間眠気に苦しまされるよりははるかにマシだ。ありがとう」


「気にするでない。アフターケアというやつじゃよ」


 実際ただのフォローでしかないあたり救いがないがな。

 俺はその言葉に苦笑を浮かべた。


「ああ!もう1つ朗報があったんじゃった」


 この話題は終わりかと思ったら、ミアが慌てたように声を上げた。

 こいつ忘れてること多すぎないか?


「どうした?」


「いや、そなたのスキルのことじゃよ。例の封印の」


「ああ、お前が伝え忘れていたアレだな」


「うっ……意外とそなた根に持つな」


 あたりまえだ。なんとなく嫌な予感がして触らなかったからよかったようなものの、俺がとりあえず封印を解除するという可能性は十二分にあったのだから。


「パリエルからはお前の許可が出るまで絶対に解くなと言われているが」


「うむ、その許可の話じゃ。とりあえず成人、15歳を目安にしておけばよいとわしは思っておる」


 祝福を授かる3歳と成人の15歳は魂においても節目なのだとミアは言う。3歳で不安定だった肉体と魂の接続は安定し、15歳で魂のキャパシティに空きができるのだとか。肉体同様魂も完成そのものは18歳前後らしいが。


「神の力は強力じゃからな。15歳になって魂が完成に近づいた状態なら解放してもよいはずじゃ。今のそなたの状況を差し引いても未成年の心身に『技術神』の内包するエネルギーは強烈すぎるじゃろうからな」


 やや今更じみた説明をしたミアは、そのあとこう続けた。


「神の力をうまく馴染ませれば18をまたずして不具合を取り除けるかもしれんな」


「どういう理屈だ?」


「緩衝材にできるんじゃ。魂と肉体の齟齬を橋渡しする、いわばより強靭な精神の代わりになると思えばいいかな」


「うまくいけばあと9年が6年になるわけか。それはいいな」


「上手く行けば、じゃがな」


 そこはかとない不穏な言葉選びのミアに嫌な予感を覚えるが、結局俺にできることはそう多くない。座して6年待つのみだ。

 まあ、なんとかなるだろう。


~★~


「ところでそなた、弟がおったな」


 真面目な話の後、カディエルを呼び戻してお茶会を楽しんでいるとミアがふとそんなことを言い出した。


「トレイスか?」


「そうそう、トレイスじゃったな」


 トレイス=フォル=オルクス。7歳になっても部屋から出ることさえ許されない少年。会ったこともないが、俺の弟だ。


「たしか病弱じゃったか」


「そうらしい」


 ミアは天界から見ようと思えば何でも見える立場にあるが、俺の周囲はあまり把握していない。魔界を注視しているというのもあるが、俺から話を聞くときの楽しみが少なくなるという理由もあるそうだそうだ。以前シェリエルが教えてくれた。


「心配ではないのか?」


「どうだろうな、面識もないし」


 声も顔も知らない相手を慮ると言うのは中々に難しいことだ。


「ただまあ、一応は姉弟だ。それに大人として子供は健やかに育ってくれた方がいいとも思う。よくなればいいとは願っているよ」


 それが望み薄なことも俺は知っているが。

 レメナ爺さんの博識ぶりは6年間師事してよくわかっているつもりだが、その爺さんがついていて改善の兆しもみられない。王都から領地に送られたということは向こうの神官や医者はさじを投げたのだろう。

 聖魔法でも医学でも治せない病というのは少なからずある。単純に方法が分かっていないもの、治療に肉体が耐えられないもの、遺伝病のようにその状態が常態化してしまっているもの……数えだしたらキリがないほど不治の病というのは存在する。


「なんの病かは知っておるのか?」


「いや、誰も教えてくれなくてな。隔離された患者の下に勝手に足を運ぶのも拙いだろうから知る機会がない」


「それなら天界から覗いてみてはどうじゃ?」


「まだそこら辺はうまくできないらしい」


 転移同様、天界の法則に馴染のない俺にはまだ扱えない術だ。


「なぜ突然そんな話を?」


 紅茶を啜りながら散発的な質問を繰り返すミアに、俺は真意を問う。これまでエレナのことを話題にすることはあってもトレイスの話をしたことはない。話題の傾向としても、普段彼女が話したがるのは楽し気な物ばかりだ。

 治らない可能性が高い病気の子供の話なんて、ミアが意味もなく振ってくるはずがない。

 その推測は大当たりだったようで、彼女は肩をすくめてみせる。


「さきほどの借りを早めに返そうかと思ったのじゃ」


「借り?」


「今回の不具合の元凶はわしのミスじゃ。そなたもさっき借り1つじゃと言ったではないか」


 確かに言った。しかし本当に根は律儀だな、請求されるまえに自分から言い出すとは。


「と言ってもあまり大きなことは神である以上できんからな。地上に干渉しすぎれば悪神側にも干渉の隙を与える」


「だが言い出した以上何かあるのだろう?」


「そうじゃ。そなたの弟を救うことはできんが、そなたが弟を救う手助けはしてやれるからな」


 笑って見せるミアに微笑み返しつつ、「地上への干渉」「人命」「越権行為」の3要素で神の知識に検索をかける。すると、彼女が俺に協力するのはかなりギリギリな行為であるということがわかった。細かい神々の制約に抵触こそしないものの、自分の信徒でない相手に人生を左右する神託を下すのは非常に珍しいことだそうだ。

 ありがとう、ミア。


「コホン、さておぬしの弟の病じゃがな……ふむふむ、魔力過多症という言葉は知っておるか?」


 虚空に真鍮色の視線を彷徨わせ、地上を神眼で見通したミアが訪ねる。


「知っている。体内に保有する魔力が多すぎる病気だな?」


 魔法使いは体内の魔力と体外の魔力を使って魔法を行使するが、魔法使いでなくとも体内に魔力は持っている。その量は各自の器に応じ上限が決まっている。

 俺やエレナのような魔法使いは常人よりはるかに多い魔力を溜めこめるが、これはもともと魔力を溜める器が大きいことに加えてそれを日々の訓練で成長させているからだ。しかし魔力過多症の人間はその器を超える魔力が体内に蓄えられてしまう。


「魔力酔いしやすく下手に魔法を使おうとすると調整が効かずに暴発する危険性がある病気だな。しかし寝込むほどのことか?」


「いや、それだけなら問題はないんじゃがな、お主の弟は超能力持ちのようじゃ」


「超能力か、珍しいな」


 超能力は特殊な形式の魔法だ。呪文の詠唱も難解なイメージもいらない、結果を望めば力量に応じて魔法が発動するという特異体質者にしか使えない。


「超能力者の思念は魔力に強く影響を与えるのじゃ。じゃから普通超能力持ちの子供が生まれれば特殊な魔導具で外の魔力と隔絶させる。そうでないと無意識に魔法を発動させて危ないからな」


 最低限の理性を持ち、物事の良し悪しを理解できる年になるまではそうやって育てられるそうだ。超能力者は希少過ぎて俺もその幼少がどうなっているかなど知らなかった。


「体内の魔力は器に収まっておる限り悪さはせん。しかし魔力過多症の者は魔力が器に収まりきらん」


「その溢れた体内魔力が超能力の思念に影響されている?」


「うむ、体内で小規模な魔法が滅茶苦茶に暴れまわっておるようなものじゃ」


「よく生きていられるな……」


 体内で魔法が炸裂しているなど、普通ならあっという間に死んでしまう。


「隔離されておるのがよかったのじゃろうな、攻撃的な意思や魔法の存在を知らぬから致命的なものは発動されないのじゃろう」


 風邪を知らない人間は風邪をひかないらしいと師匠が言っていたが、それに似た話なのだろうか?


「だが7歳ならもう個性は確立されているだろう。自分で意思をコントロールできないのか?」


「魔力を操るには練習が必要じゃ。そして練習にはまず手解きが必要じゃ。しかし手解きを施そうにも部屋には魔力がなく、外界の魔力に晒せば本人の命が危うい。なにより臥せってばかりの子供に超能力が使用できる環境を与えるのは危険な側面もあるからのう」


 八方手詰まりというわけか。


「魔力過多症の超能力者はいないのか?」


「うーむ……前例がないわけではないが、そのいずれも魔力を制御するスキルを先天的に持っておったようじゃな」


 『魔力制御』か……俺の価値観で言うなら最もありふれたスキルの1つだ。魔力を制御する訓練によって得られるスキルであり、真面目に制御を練習したことのある魔法使いなら誰でも持っている。先に魔法スキルを習得して制御の練習を止める傾向の強い貴族子弟の間ではそうでもないかもしれないが、各技能を徹底して練習しつくすエクセララでは弟子のほとんどが保有していた。


「トレイスの病気は超能力の特性に多すぎる魔力が反応しておきる魔法の暴発が原因であり、本来は『魔力制御』で抑えるものである。そういうことか」


「その認識であっておるのじゃ」


 そうなると解決策は『魔力制御』を習得させるのが一番簡単なのだが、それをするには超能力の性質が厄介になってくる。生まれてこの方王都と領地の自室、それから移動のための隔離された馬車以外知らないトレイスの体力も問題だ。しかしゆっくり準備して時間をかけた訓練をするには残された時間が少なすぎる。


「難しいな」


「そうじゃな」


 トレイスは血と名前以外に繋がりのない、ある意味エレナと正反対の弟。それでも肉親を助けられるなら助けたいと思うのが人の情だろう。


「持ち帰って考えるとしよう」


 大分角度のついた光が庭の結晶植物に反射するのを眺めながら俺は席をゆっくりと立ちあがった。話し込んでしまったが、そろそろ戻る時間だ。


「役に立てておると良いのじゃがな……」


 借りが返せるからではない、心配し愛しんでいるのだ。それが聞かずとも分る優しい声音でミアがそう言った。


「ああ、好意を無駄にしないよう頑張るよ」


「うむ、それでこそ我が友じゃ」


 少し冗談めかして笑う彼女に俺も笑みを返した。


~予告~

トレイスの病の真実を知ったアクセラは彼のもとへ急ぐ。

彼の部屋は要塞のような牢獄だった・・・!

次回、鉄仮面の弟


エクセル「鉄仮面なんて、ビクターやラナが被せるわけないだろ・・・」



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