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技神聖典―刀と少女と神の抒情詩―  作者: 一響 之
十一章 祝福の編
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十一章 第1話 見舞い客

 コンコン


「どうぞ」


 さほど広くもない病室に来訪者を呼び入れる。扉を押し開いてやってきたのはえらく細身の男だ。鷲鼻で面長、筋が浮き出るほど細いがかなり日に焼けてもいる。まるで揚げ過ぎたポテトフライのような……。


「ごきげんよう、アクセラ嬢」


 どこか突き放すようなトーンで言うポテトフライ。彼は面会謝絶が解けて二日目にしてやってきた記念すべき最初の来客だ。その後ろには対照的に背が低く丸々と太った白衣の中年、今回の入院で俺を担当してくれた医者のボルボン司祭が続く。


「こんな格好で失礼、します」


 取って付けたような敬語でカリカリの紳士に言う。というのも、俺は簡素な患者用の服を纏ってベッドに寝転んだままだからだ。枕を重ねて背もたれにし、上半身は起こしている。それでも到底来客を迎える格好とは言えない。


「結構。むしろ女性の寝所に押し掛ける無礼をこちらこそ詫びるべきであろうな」


 ポテトフライのような紳士は見た目のわりに丁寧な態度で腰を折る。その視線は一瞬、傷痕の目立つ左腕に止まって痛まし気に歪められた。なんというか、もっと木で鼻をくくったような態度でくるかと思った。

 まあ、俺のところへ送るのにわざわざオルクスを敵視している人間を使うような間抜けじゃないよな、あの陛下は。


「ワタクシとしては患者のもとに使者を送りつける陛下の無礼をこそ咎めたいものですがな!」


 むしろ毒を吐いたのは扉の前で仁王立ちするボルボン司祭の方だ。


「貴殿は恐れ多くも陛下の礼儀を咎めると?」


「その陛下から最善の処置をし、できる限りのケアをするようにと仰せつかっているのです!本人も同意したので面接は許可いたしましたが、制限時間はキッチリと守っていただかなくては困りますからな!」


 先生はソーセージのような指を一本たててポテト紳士の腹にドスドスとつきつける。紳士が不快気に眉を寄せつつも黙して受け入れたのは、その姿勢が純粋に薬医神殿の司祭として、つまり医師としての職務意識からくるのだと分かっているから……だろうか?


「何度も申し上げましたが、いいですかアクセラさん!体力も筋力も免疫も精神的疲労も、それはもう何もかも傷以外の全てがまだ重症クラスであることをお忘れなく!貴方は年頃の御令嬢だというのに目を離したらすぐに運動をしようとして……五歳の男の子ですか!まったくもう!」


 胸元に輝く薬医神殿の象徴、神樹アスカロムの葉のバッジをばちんと叩いて最後にもう一度気炎を上げてからボルボン司祭は転がるように病室を出ていった。


「……」


「……」


 俺と紳士がお互いの顔を見合い、その目に医師の怒り様に対する何とも言えないモノを認め合う。


「オッホン!」


 わずかに漂った緩い共感の空気を咳払いが押し流す。紳士の背がすっと改めて伸び、それだけで宮廷にいるようなピンと張った気配が漂う。あまりに明確な変化に俺はそれがスキルの効果だと気づいた。


「さて、改めて自己紹介をさせてもらおう。陛下より儀典官長の職務を賜っているヘルナト伯爵のウサラスだ。ヘルナト儀典官長、あるいはヘルナト伯爵と呼んでくれたまえ」


 儀典官というのはたしか王宮の式典を取り仕切る役職だったか。なるほど、厳粛な場を作りだすスキルくらいは持っていそうだ。その長ということは大臣の下かその下くらいの結構なお偉いさん。国王陛下の使者に立つくらいなので高官なのは当たり前だが。


「……君は、同席するのかね」


 本題に入るかと思われたヘルナト伯爵。しかし彼の視線は俺の側で立つエレナに向けられた。ボルボン司祭が席を外したように、基本的に使者との会談は余人に聞かせる物ではない。


「彼女は私の侍女、です。まだ色々、補助がいるので」


「……結構。彼女もこの度の論功行賞では勲一等になった身だ。特に目くじらを立てるべきことでもなかろう」


 ライトブラウンの瞳をエレナから薄手のレースに包まれた俺の左腕、もう一度エレナ、俺の顔へと移動してから男は頷いた。


「ではアクセラ=ラナ=オルクス。此度のトワリ侯爵反乱における活躍、恐れ多くも国王陛下に成り替わりこのヘルナトが労いの言葉を授ける」


 もってまわった口調でヘルナト伯爵はトワリ侯爵の反乱における俺の功績を朗々とそらんじた。一体誰が報告したのか防衛線や魔獣の討伐、撃退だけでなく侯爵の砦での戦闘についても評価されているらしい。首謀者を討ち取ったのはエレナだが、それまで侯爵を釘付けにしたという触れ込みで。

 返り討ちを飾り立てて褒めちぎられると、なんというか、しんどいな。

 だが伯爵は俺の苦い気持ちなど知る由もなく、簡易の論功行賞を発表し続ける。


「君の獅子奮迅の活躍によりシネンシス第一王子を始めとする多くの人命が助かった。これに王国は深く感謝し、勲二等を与えるものとする」


「ありがたき、しあわせ?」


 ピンとこず若干語尾が上がってしまった。ヘルナト伯爵の眉が右側だけわずかに吊り上がった。式典を司る文官としては、こういう略式のものでも体裁は大事なのだろう。


「オホン。報奨金に加え、陛下御自らの命により希望を一つ叶えてくださるとのことだ。望みの物を申し出るがいい」


「ん、なんでも?」


「……勲二等に相応しい物ならなんでも叶えてくださるとのことだ」


 つい聞き返したせいでエルナト伯爵の眉はもう一段階上がった。やはりオルクスの悪名のせいだろうか、返事はことさら「勲二等に相応しい」を強調していた。何を言いだすと思われたのやら。


「……」


 少しだけ考える。エレナから俺が勲二等になったことは聞いていたし、何が欲しいかはとっくに決まっていた。ただ一国の王に頼み事ができる権利、他に何か使い道がないだろうかと最後に考えてしまうのは人情だろう。王の力は万能でもないが、決して小さな力ではない。


「考える時間が必要なのであれば後日、書面にて提出しても結構だ」


 ほんの数秒の沈黙はエルナト伯爵によって終了させられる。ボルボン司祭に念を入れてタイムリミットを言い含められているからか。


「用件はもう一つあるのだ。君には此度の戦闘における詳細な報告を依頼したい。後日、法務省の真偽官と内務省の書記官を派遣するので彼らに報告し、記録文書の作成に協力してくれたまえ」


 真偽官は法務省に所属する審査や証言に立ち会う役職、書記官は内務省に所属する公文書作成やら記録作成を担当する役職だ。しかしイマイチ真偽官は好きじゃない。身元の不確かだった前世は散々痛くもない腹を探りに探られたしな。もちろんユーレントハイムの真偽官にじゃないが。


「ん、わかりました……言える範囲で」


 取って付けた言葉にまた伯爵の眉が上がった。ちょっと面白いな。


「言える範囲?言えない範囲があるとでも言うつもりかね。これは学院で出される読書感想文ではなく、反乱における国の公的な記録を作ると言う一大事だ」


 物分かりの悪い生徒に説くがごとく言われずとも、それがユーレントハイム国民として拒否権のない命令であることは分かっている。もちろん使徒の肩書を出せば突っぱねられるだろう。そんな下らないことに天上の権威をかざすのならば、だが。とはいえこちらも予防線は引いておきたい。言いたくないことも色々とあるし、ここは依頼主をダシにしよう。


「私は冒険者として行動して、いました。ネンスの……王子の護衛として」


 大変手短な説明。しかしそれを聞いてヘルナト伯爵はすぐに上げていた眉を戻した。


「ああ、なるほど。依頼主に関する情報は喋れないということか…………結構、本来ならば許されることではないが、王子殿下が依頼主である以上はそうも言えまい」


 たっぷりと熟考した後、彼はそう言って頷いた。王子サマサマだ。

 けどこういう丸投げスタイル、そろそろ辞めないとな。

 今回のことでこれまでノーマークだった貴族たちも俺とエレナを注視してくるだろう。あまり杜撰な手は打てないし、情報の取り扱いにももっと気を配った方がいい。そこら辺は要チェックだな。


「結構。さて、こちらからの連絡は以上だが、何か聞きたいことは?」


 聞きたいことか。初対面の儀典官長に聞いて分かることは、正直ないよな。もう一度首を振って見せる。


「結構」


 頷く彼に俺は一旦保留になった話を振りなおす。


「ん、褒美……」


「決まったのかね」


 決まったというか、決まってはいるんだ。ちょっと他の可能性を考えただけで。あとで書面にしろと言われても面倒だから切り上げたが。


「刀をお願い、します」


「……カタナ?」


 ヘルナト伯爵の首が傾く。


「エクセララの剣、です。トワリ侯爵との戦いで折れたから」


 紅兎が折れた今、俺には刀がない。刀がなくても戦えるが本気では無理だし、なにより技の多くは使えない。これでは冒険にも護衛にも支障が出るというもの。


「それは……ふむ、どういった物がよいのか書面で提出したまえ。私は文官だ、武具には詳しくない」


「……ん、はい」


 結局、書類は書くはめになった。


 ~★~


 コンコン


 カリカリポテト伯爵が帰って一時間ほど経つと、二人目の面会客がやってきた。それはのっそりとしたクマのような巨漢で、頭には三列のモヒカンという強烈なビジュアルをした人物だった。


「おう、久しぶりだな。元気になったか?」


 地獄に転がる硬い岩から彫り出したような厳つい顔に心配、安堵、微笑みといった優しい表情を浮かべてトリプルモヒカンベアは片手を上げた。


「オンザさん!」


「久しぶり、オンザ。元気だよ」


 左手をひらひらと振ってやると彼は一瞬だけ困ったような顔になる。片方だけ長手袋をつけている意味を察したのだろう。


「気にしないで、あくまで他人への配慮」


 ヘルナト伯爵の反応からしばらくはつけておいた方がいいだろうと思っただけのことだった。


「でもオンザが一番のりでお見舞いなんて、意外」


 王都下ギルド所属のBランク冒険者、オンザ。下ギルドのギルマスであるフィネス=ウェッジホーン老のお抱えでもある彼とは、依頼の関係でギルドに立ち寄ったときなどに会ってはしばらく雑談をする仲だ。下ギルドへの移籍のときにかけられた迷惑の分、彼が気にかけて接してくれているというのもあるだろう。だがそれ以上にこの見た目暴漢な大男は未成年の冒険者全般に対してよき相談役であろうとしているのだ。そういう姿勢が好きで俺はそこそこ仲良くやっている。


「おいおい、人が折角心配して来たって言うのにお前なぁ……とはいえ、確かにただの見舞いじゃねえ。悪いな」


 そう言いながら彼は手に提げていたバスケットをエレナへ差し出す。中身は新鮮な果物だの詰め合わせだ。

 気の細かい奴だなぁ、見た目の割に。


「下ギルドからの正式な依頼でな。お前、というかお前らから完了報告を貰いに来たってわけよ。あとは通達が一件あるんだが……まあ先にこっちだ」


 オンザはそう言うと肩にかけていた鞄から紙束を取り出した。ネンスの護衛依頼の書類だろう。


「ざっと目を通して間違いがなけりゃサインを頼むぜ。こことここ、それからここだな」


「完了報告なのに、報告はしなくていいの?」


「いいぜ。王宮から馬鹿丁寧な書状で貰ってるんでな」


 ヘルナト伯爵が俺に作成協力を命じた報告書はあくまで国の、反乱に関する記録だ。それを待たずにネンスの護衛に関するあちら側の見解を作成し、書状でギルドに送ってくれていたらしい。ありがたいような、中身が恐ろしいような。


「しっかし随分激しくやりあったらしいな。まあ生きてるならそれでいいんだがよ」


 エレナにペンを貰って一つ目のサインを書く。次は数枚の概要を読まないといけないやつ。文字を読むのも久々だと目が滑る滑る。目を細めて流麗な文字を追いかける俺の横で、オンザはしみじみとそう言って別の書類を取り出した。


「ほら、これは今来てるお前ら宛ての指名依頼だ」


「え、こんなに来てるんですか!?」


 あれが全部依頼票だとすると、受け取ったエレナがぎょっとするのも仕方ない量だ。


「そりゃまあ、二人そろって勲章モノの大手柄だろう?お前らが「雪花兎」だってことは明かしてねえからな、パーティにというより本当に名前で依頼が持ち込まれてるのさ」


「ん、どんな依頼?」


「護衛が多いね。豪商とか貴族のお屋敷が一番多いかな。あとは怪しい人物に付きまとわれてる呉服屋の先代の身辺警護とかもあるよ。お金にはなるけど、楽しくなさそうなのばっかり……あ、でもキャラバンの往復護衛は結構面白いかも。時間かかるから無理だけどさ」


 総じて一定以上の身分と実力が揃って保証されていないと困る、といった依頼ばかりだ。身元の確かさなら上ギルドに行けばいいが、あちらは実力と責任感に疑問符の付くファッション冒険者のお坊ちゃまが多いしな。


「で、見せたはいいがコッチが本命だ」


 エレナが全てに目を通し、その反応がイマイチなことを確かめた上でオンザはもう一枚を取り出す。


「王子殿下から護衛依頼の延長だ。期間は年末までで、その後の延長はまた検討したいとよ」


「むぅ、ネンスくんのか……うん、まあ、いいんじゃないかな」


 エレナが一瞬難しい顔で唸ったのを見て俺とオンザは顔を見合わせる。てっきりすぐに受け入れるかと思ったが、彼女としてはどこか思う所があったようだ。エレナはしかし、すぐに首を振って俺にその依頼書を差し出した。


「アクセラちゃんがいいなら、受けようよ」


「……ん」


 俺は最後の署名を終えたそのペンで依頼書にも名前を書く。


「あー……まあ、受けるってことでいいなら、それでいいんだがよ」


 オンザも躊躇いつつ受け取る。


「でも他の依頼はどうするんですか?」


 当のエレナはもう気にした様子も見せず、最初に渡された紙束をオンザに返しつつ首を傾げる。


「そっちは気にすんな。ギルマスが事情を説明して断ってくださる、というか他のパーティを推薦してくださる」


「たすかる」


「いいってことよ。むしろギルドが儲かってるんだ、こっちが助かるってもんだぜ」


 折角の上客からの依頼だ。他の堅実なパーティを売り込んで得意先になってもらえれば、下ギルドの実績作りには大きく貢献できることだろう。加えて実際に動く金も結構な物になる。依頼も冒険者も来やすくなってギルドは繁盛というわけだ。


「ん、じゃあ分け前を……」


「可愛いナリしてガメついな!」


 完了報告の書類も鞄に仕舞いつつ吼える熊。


「冗談」


「……たく、頼むぜホント」


 三列のモヒカンをユサユサと揺らして首を振る姿はベテラン冒険者というより胃の痛い管理職のようで。


「でも完了報告の受領を冒険者に代行させるなんて珍しいですよね。普通は事務官の人が来ると思うんですけど」


 そこまで言ってからエレナはむっと眉を寄せた。下ギルドに登録をしに行ったときの騒動を思い出したのだろう。


「そう言えばあの事務官、どうなった?えっと、リタ……?」


「タリアな」


「そう、その人」


「お前なぁ」


 オンザは呆れたように肩を下げるが、俺としては取るに足らない相手を一々覚えておく意味が分からない。たしかに一度敵対した人間は絶対に忘れないという者も冒険者には多いし、それが悪いとは言わないが……有象無象を全て覚えていられるほど俺の記憶力は良くない。


「たしか再教育になったんですよね」


「それなんだがな、再教育中にリシルの馬鹿と駆け落ちしやがった」


「え!?」


「なあ、驚くだろ!?まったく恩をあだで返しやがって!」


 驚くエレナと激高するオンザ。リシルが誰かも思い出せなかった俺は黙って神妙な無表情をつくっておく。


「でもまあ、事情を詳しく知らない人間にとっちゃあ……」


「後ろ盾も身分もある冒険者と揉めた事務官が再教育に回されて、耐えきれずに駆け落ちした。それなりに経験のある人だったのに。きっと殊更キツい教育課程を課されたに違いない、と」


「そう見るバカタレもいるってことだ。いくらギルマスや俺が説明したところでタリアと仲の良かった連中は信じてねえからな」


 それはまあ、国の機関でもないのだから仕方のない事だ。ギルマスに心の底から忠誠を誓う人間しか残さない、などと言いだしては大組織たるギルドは回って行かない。大切なのはきちんと給料分の仕事をして服務規定に従うこと。今回は微妙なラインだが、リスクヘッジのためにオンザが派遣されているので問題は未発生の状況だ。


「ギルマスの、ウェッジホーン卿の来る前の下ギルドは酷かった。上ギルドに依頼を持ち込めない王都の一般人相手にふんぞり返った態度で接する事務官、冒険者のランクを人間の価値と混同する頭の悪い中堅、自分の栄達しか考えてないギルマスと胡麻を擦るしか能のない幹部……駄目になったギルドの手本だった」


「え、そんなに酷かったんですか……?」


 オンザは嫌悪も露わにそう言った。エレナは驚いたように口元を押さえているが、俺に言わせればよく聞く話だ。ギルドは巨大な組織なのだ。レグムント領のギルドを治めるマザー・ドウィエラ、ケイサルの増強支部を切り盛りするエド、そして下ギルドのウェッジホーン老といった良識と実力のある責任者ばかりではない。本部クラスであってもギルマスの私物化、管理不行き届きでの無法地帯化、癒着や不正といったトラブルは起きる。もちろん上位の本部に知られれば摘発対象になるが……そう簡単に自浄作用が万全の働きをしてくれるなら困りはしない。


「今の下ギルドはギルマスの派閥が八割、旧体制からアタマが変えられない奴が二割ってとこでな。あれで結構持ち直した方なんだ」


「ウェッジホーン老が下ギルドのマスターになったのはいつ?」


「三年前だな。真っ先にチンピラまがいの冒険者を排除にとりかかって、ようやくここまで来たってところだ」


 不正をしていた職員と冒険者としての義務を果たさない登録者を排除し、残るは消極的な反対派だけという状況。ストライキ問題のときのタリアもそんな一人だったそうだ。それまでに何かギルドの規約を破ったわけではなかった。しかしあの日、あの時、思い込みと感情でそれまでの改革を吹き飛ばしかねない行動を取ってしまった。


「むぅ、難しいですね。まさか何もしてない段階で、貴方は規約違反を犯しそうな人だからあらかじめクビにします!とは言えないし」


「そういうことだ。それに片っ端からクビにしていくのも組織として健全じゃねえってギルマスは仰るしな」


 それはそうだろう。


「ぶっちゃけた話、あのストライキがきっかけで職業意識の緩い事務官への警告はできたな。きちんと働いてトラブルを起こさなけりゃいいが、起こせば容赦なく処断されるぞってな具合に。ちょっと効き過ぎたきらいはあるが」


 ああ、なんとなくオンザをギルマスが寄越した理由が分かった。依頼が溜まっていたのも本当だろうけど、何より早くネンスからの依頼を完了にして実績を内外に示したかったんだ。ストライキで折角立て直しつつあった評判に泥が付いていた分、できるだけ早急かつ確実に。だからこその腹心。

 そうなると、俺に来た依頼を他のパーティに回すのはいよいよ多大なる貢献じゃないか。


「……」


 やっぱりなんか寄越せと言いたいが、どうせ受けない依頼のキックバックを要求するのも強欲が過ぎるというものか。


「あ、オンザさん。そろそろもう一つの本題に入らないと時間無くなりますよ?」


「おお、そうだった。ついつい話しちまったな。とりあえず依頼の関係はあとで学院出張所に行ってカードの更新してくれ、紙は今ので処理しとくからよう」


 脇道に逸れた会話を引き戻してオンザは腕を組む。


「さて、だ」


 神妙な顔で彼はこんなことを言った。


「お前ら、Bランクへの昇格が内定した」


 その言葉に俺たちは顔を見合わせた。俺は特に驚きもなく、エレナはむしろ緊張を浮かべて。


「まあ、そろそろしてもいいかもね」


「ほんとに!?」


 エレナの顔がぱっと咲くような笑顔になる。緊張していたのは俺がどう言うか心配だったからか。今まで経験不足を理由にCランク残留を選んで来たことだし。


「ん、エレナも危なげなくなってきた。知識に見合う経験もできてきたし」


「じゃあなっていいの!?」


「いい」


 それを聞いてエレナは飛び上がりそうになり、ここが病室だったことを思い出して踏みとどまる。それから小さくガッツポーズをした。微笑ましい姿だが、オンザが困ったように頬を掻き一言付け加える。


「内定とはいえ、一応試験をパスする必要があるぞ」


「まあ、大丈夫」


 俺は軽く答える。試験内容で引っかかるようなことはまずない。なにせBランクに上がるのに必要なのは戦闘力とある程度の常識や簡単な算術の知識だ。俺もエレナも問題ない部分ばかり。


「受けると伝えて」


「おう、分かったよ」


 オンザは最後に「お大事に」とだけ残して帰っていった。


十一章開幕です!

大変お待たせいたしました。


~予告~

アクセラとして初めての明確な敗北。

新しい力が、必要だった。

次回、聖刻と夏林檎

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