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二章 第7話 冥界の庭園

 本棚から落ちるという恥ずかしい失敗の8日後、俺はまた天界に来ていた。この体に起きている不調に関して、ミアの知恵を借りるためだ。

 一応ラナにも軽く尋ねたところ、軽度の倦怠感や疲労感、悪寒や眠気は月のモノの副作用としてありうることだと教えられた。しかしいくら個人差が激しいコトだからといって、限度があると思う。何日どころか何か月も続き、あげく日増しに悪化してくるとなるとさすがに違うだろう。このままではギルド登録の頃には童話の眠り姫になりかねない。こんな危惧を月1回抱きながら生きているとしたら、世の女性は神にも比肩するという上古の竜のごとき精神力を持っていることになる。


「……肉体がないと眠気もないな、やはり」


 青年の姿の自分を見直してそう思う。気分も爽快だ。3日目に『聖魔法』で痛みと不快感が消せると気づいたのでソッチは問題なかったが、あの睡魔の誘いの鬱陶しいことといったらない。

 まあ、痛みと不快感も別に病気や怪我でなし、3時間もすれば再発するんだがな。


「ともあれミアのところに行くか」


 なんだかんだ言って世界で最も長生きの存在であるミアは知識も豊富だ。本人がわからないことでも誰かしら問題の根幹に明るい神を紹介してくれるかもしれない。そんな期待を胸に、転移宮を守るいつもの寡黙な戦乙女に見送られながら俺は歩きなれた廊下へ踏み出した。



「おお、エクセルか!いいところに来たのじゃ」


 部屋につくと開口一番、深紅のドレスの幼女はそう言った。気にせず俺は小さな頭を大きな掌で掴む。


「う、うむ?」


 ただならぬ気配に顔を青ざめさせる創世神。彼女の知恵を借りに来たわけだが、それとは別にどうしても問いただしたいことが俺にはあった。


「何故あんな痛いわ怠いわな仕組みにしたんだ、オイ」


「そ、そなたの体のことか?」


 彼女は己の小さな頭蓋骨の上半分をロックした指に震えながら尋ねた。


「ほう、察しがいいじゃないか」


「ま、魔界を警戒して注視しておるとはいえ、たまにはそなたの事も見ておるのじゃ!」


「なら俺の腹立ちもよくよくわかっているよな?」


 指にわずかな力がこもる。


「ひっ!?ちょ、待て待て、待つんじゃ!確かにわしは創世神として出産も司ってはおるが、仕組みを考えて組み込んだのはエカテじゃ!わしはなにもしておらん!」


「……」


「本当じゃ、わしとそなたの友情に誓って本当じゃ!」


 ミアはウッカリ駄目神で永遠の子供脳だがそのぶん素直で優しい性格でもある。なんだかんだと性根は善良で義理堅い。その彼女がここまで言うなら本当に彼女の領分ではないのだろう。


「少し気の流れが変に見えたから、一応調べてみたりもしたんじゃぞ!?」


 ゆるんだ指の力にさらなる叫びをあげるミア。

 調べてくれていたというのならこれ以上締め上げるのはむしろ申し訳ないか……。


「……そうか、早とちりだった。すまない」


「い、いや、気にせんでいいのじゃ」


 ん?そこは「まったくじゃ!」とか言うかと思ったが。それに少し目をそらさなかったか、今。


「そ、それはそうとじゃな!」


 おお、急に元気溌剌だな。すごく怪しいぞ。絶対なんかやってる。


「なあ、白状したほうが身のためじゃないのか?」


「な、なんのことかわからんのじゃ!」


「隠し事がある奴は大体みんなそう言うんだよ」


「な、ないったらない!そんなことよりエクセル、出かけるのじゃ!」


 疑惑の香る慌て声で否定した女神は、ビシッ!と俺に指をつきつけて宣言した。

 まあ、ここまで言うのだし、露見するまで待ってやるか。


「どこにだ?」


「冥界じゃ!」


「……口封じか」


「なぜそうなるんじゃ!?」


「違うのか?」


「ちがうに決まっとる!」


 てっきり「お前にはあの世に行ってもらう」的な意味かと思った。いや、冗談だが。言い出したらここもあの世といえる場所だしな。

 しかしそう考えるとちょっとした疑問が生まれる。そもそも、冥界とはなんなのだろうか。人が死ぬとその魂は冥界へ誘われ、そこで最後の審判を冥界神ヴォルネゲアルトより下されるという。しかし冥界がどこにあってどのような場所なのかはあまり認知されていない。ヴォルネゲアルトとその眷属神を祭る冥界教会には伝わっているのかもしれないが、冥界教会は最古の大神を祭る一派でありながら信者が極端に少ないため外部に情報が伝わってこないのだ。


「冥界ってなんなんだ?」


「前にも言うたが、そなたはもう少し神の知識を読み解いた方がいいのじゃ」


 呆れたようにミアが半眼でこちらを睨みつける。

 そんな目で見られても俺は困るしかないぞ。

 というのも、どうやら神の知識を地上で参照するには『技術神』の解放が必要らしいのだ。3歳になった翌日、ステータスを確認したときに嫌な予感がして封印状態のまま放置したあのジョブが。

 一応後日パリエルに尋ねたところ、絶対ミアの許可があるまで封印を解いてはいけないと言われた。ちなみに彼はこの事もミアから聞き及んでいるものだと思っていたらしい。

 天界について考えれば考えるほどミアの不注意が目立つのは気のせいだろうか……?


「冥界と言うのはじゃな」


 渋い表情で黙った俺を置いてミアは説明を始める。


「死後の魂を浄化し、癒し、輪廻に従って転生させる役割を持つ場所じゃ」


 そんな子供でも知っていることから始められた解説と、並行して読み解き始めた神の知識の情報を脳内で統合して行く。結果、俺が把握できた冥界の役割とはつまりこうだ。

 生物が死ねばその魂は等しく冥界へと向かう。そこで冥界の諸神による最後の審判を下され、その内容に見合った浄化を与えられるのだ。悪人はここで苦痛による浄化を命じられて地獄と呼ばれる場所に送られ、善人は安らかなる浄化を許されて極楽と呼ばれる場所に送られる。そしていずれも浄化を終えれば魂の欠落を補われ、輪廻システムに取り込まれる。

 輪廻システムというのはスキルシステムと同じ神々の作った大規模な舞台装置であり、それに取り込まれた魂はまた生まれ直すまでの間そこで眠る。魂が地上に再び生まれ直すことを転生と呼ぶ。


「全ての者はこのサイクルを永遠に繰り返すのじゃ。例外は神だけじゃな」


 神になった者はこのサイクルに戻らない。まさに俺の例だ。

 そして神は死なない。滅ぼされれば消えてなくなるだけ。

 案外人間より神の方が儚い者なのかもしれない。


「冥界とは冥界神たちの住まう城塞と浄化のための地獄極楽、それから輪廻システムの本体からなる次元でな。天界にあるのじゃよ」


「天界にあるのか……いや、まあ当然か」


 考えて見れば魂を扱うのに神力でできた天界以外は考えられない。そもそも地上界も魔界も冥界の役割や所属からして論外だ。


「でじゃ、実は冥界は風光明媚なことで有名でな」


「……冥界なのに風光明媚なのか」


「うむ、地上の常識からは想像もつかんらしいが、実に素晴らしいところなんじゃ」


 冥界と言われて俺が思い描くのは冷たい色の石でできた裁判所なんだが。地獄は文字通りの地獄絵図だろうな。地上での極楽のイメージは色々あり過ぎて逆に想像できない。

 こういった印象はおそらく冥界について広く知られている面、「最後の審判を下す場所」という部分が強く影響しているのだろう。


「ま、行ってからのお楽しみじゃ」


「まだ行くなんて……て、おい!」


 行くこと決定で語るミアに今度は俺が呆れて見せるが、彼女は有無を言わさずこちらの手を掴んで部屋を飛び出す。


「お主の現状について大切な話もあるのじゃ。折角じゃから心地の良い場所で話したいではないか」


「……はぁ、わかった」


 重たい話を空気のいい場所で少しでも軽くしようというのは人間もよくする気の遣い方だ。ミアは俺の相談したいことも独自に調べてくれていたらしいし、友人の気遣いはありがたく頂戴しておくとしよう。


「だが俺は天界を転移できないぞ?」


 天界で自由に転移するには天界の座標を認識する必要があるらしいのだが、ほとんどこちらにいない俺にはまださっぱりわからない。


「大丈夫じゃよ、わしが連れて行くからのう」


「それならいいが……向こうに知らせなくていいのか?」


「シェリエルを先触れに出しておいたのじゃ」


「いないと思ったら……」


 いきなり突撃しないだけの良識はこのウッカリ駄目神にもあったらしい。


「そういえばテナスや他の神との距離は近づいたのか?」


 俺が今しがた通ってきた道、転移宮への廊下をずんずん歩いて行く幼女に手を引かれながらふと気になったことを尋ねる。前回来たときはまだテナスの態度にぎこちなさというか、硬さが残っていた。当人同士の問題とは思いつつ、どうしても気になってしまうのは年寄りだった頃の癖だろうか。


「まあまあじゃな。長い長い間縮まらなかった距離が段々と小さくなってくるのじゃから、そう急がんことにしておるのじゃよ」


「それはいい心がけだ」


「じれったく思わんではないがな」


 そう言って苦笑する横顔はとても大人びて見えた。ミアは幼女の姿をしているし、中身もかなり子供っぽいところがある。それでも実際には誰よりも長生きで色々なものを見てきた存在だ。普段は見えない「らしさ」がそこには現れていた。

 そんな最高神に俺は実に人間的なアドバイスをしてみる。


「そうだな……愛称でも決めて呼べばどうだ?」


「愛称……?」


 ミアは先を急ぎながら聞き返す。


「ああ、これは俺の……古い友人が言っていたことだが、自分だけの愛称を決めて呼ぶのは仲良くなる秘訣らしいぞ」


「おお、なるほど!そなたがわしをミアと呼んでくれたようにすればいいわけじゃ!」


 そう、簡単な話だ。俺が転生の日に彼女にしたように、親密さを表す呼び名を設ければいい。


「言ったように、俺のアイデアではないがな」


「そなたの友人はよいことを言うな。ん?ということは、そなた自身にも愛称があるのか?」


 俺の手を引いたまま振り返らずに彼女が訪ねる。


「小さい頃のは墨頭だった」


「ははー、お主の髪色じゃな。それがその友人のつけた名か?」


「いや、盗賊のお頭に付けられた名前だ」


 流鏑馬(やぶさめ)のジンと名乗っていた若い盗賊の頭だった。


「そういえばお主は盗賊もしておったんじゃったか」


「師匠と会う前に何度かな」


 盗賊といっても火付けや押し込みではなく、森住まいの食い詰め農民群団だったが。頭からして、流鏑馬という自称の二つ名も音がかっこいいから名乗っているだけでそれがどんなモノか分っていないような奴だった。あげく弓の腕より剣の方がいいという始末。


「その至言をそなたに与えた友人とやらには、愛称を貰わんかなんだのか?」


「……もらったぞ」


 一瞬ためらってからそう答える。

 ああ、もらった。たくさんある大切な呼び名のなかでも特別な名前が。


「ほう」


 短く続きを促されるが、俺は少し考えて首を振った。


「まあ、この話はまたいずれ」


「む……、わかったのじゃ」


 俺の言いたいことを察してくれたのか、ミアは最後まで振り返らずただ頷いた。


――『名は体を表すって師匠が言ってたからさ、名を変えればきっと体も変わるんだよ!そう思うとあだ名も楽しいでしょ、イクス』――


 遠い日から聞こえてくる声は、若返ったこの心に鮮明すぎるのだ。


~★~


 転移宮から飛んだ先は開けた大地だった。岩っぽい地面に一本道が引かれた殺風景な場所。それが冥界の第一印象だ。そして次に俺の目に入ったのは巨大な看板だった。それも『冥界良いとこ一度はおいで!!』と大書された、ファンシーなデコレーションのやつだ。なにやらデフォルメされた三本角のガイコツのようなマスコットキャラが、笑顔らしき表情で手を振っている絵までついている。


「ちなみにそやつが冥界神ヴォルネゲアルトじゃ」


「大丈夫か、冥界」


「本物は死ぬほど怖い顔をしておるから大丈夫じゃろ」


 このゆるいマスコットを見せられた後に死ぬほど怖い顔の大神に裁かれるのか。亡者がショックで2回死にそうな仕様だ。


「だいたい一度はおいでって、誰でも一度は来るだろうに……」


 魂ができてから1周目で昇神でもしなければ地上の存在は嫌でも来る羽目になる。そう考えると大層シュールなブラックジョークにしか思えない文言だ。


「冥界はイメージアップのために色々大変なのじゃ。まあ、ここ1000年ほどのことじゃがな」


「転生したら冥界の事は忘れるのに、こんなところに看板立ててどうイメージアップをする気だ」


「それはわしも言うたのじゃがな……生粋の神の考えはお互いでもよくわからんのじゃ」


 ため息交じりの会話を交わしながら、観光名所の入り口のような看板を過ぎてうねる一本道を進む。するとほどなく遠くに目の覚めるような青い巨大建造物か見えてきた。さらに歩みを進めればそれがサファイアのような美しい青の石材で作られた城だとわかる。サファイアと違って透き通ってはいないが、色味はほぼ同じだった。


「あれは……」


「うむ、あれが冥界神たちの居城にして魂の裁判所であり輪廻へと続く唯一の扉、冥界要塞アイレーンパレスじゃ」


 要塞なのか宮殿なのかわかりづらい名前だな。


「そしてアイレーンパレスが見えてきたということは、そろそろ景色が美しくなってくる頃合いということじゃ」


 ミアの言葉通り、そのままもう少し歩き続けると景色が変わってきた。今までただ岩場に長い一本道が続いていたのが、段々と色とりどりの花が辺りを彩り始めたのだ。しかもその花はよく見れば全て水晶のような鉱物でできている。やがて城までの道を埋め尽くした半透明の花々は、この世にある美しい色を全て集めて来たような彩で目を楽しませてくれる。


「これは……なるほど、風光明媚だな」


 思わずそんな言葉が漏れるほどその光景は幻想的で煌びやかだった。

 どこからか差し込む光に煌めく石の花を楽しんでいると、遠目に同じような材質でできた木も見えだす。花に混じって葉を伸ばす草も半透明なクリスタルだ。この場所は全ての植物が鉱物のような質感を持っているらしい。


「ようこそ冥界へ、ロゴミアス様、エクセル様」


 珍しく周囲に見とれていると、前方から俺たちを迎える声が聞こえた。顔を向けるとそこには1人のヴァルキリーが立っている。ただその鎧は鮮やかな青ではなく黒に金の縁取りで、サークレットヘルムの飾りも黒い羽根。所属を示す宝石は要塞の石材と同じ色だ。


「ここから先は冥界神ヴォルネゲアルト様が近衛隊長、戦乙女のカディエルがご案内いたします」


 自己紹介と共に笑みを浮かべる亜麻色の髪の戦乙女からは、シェリエルに近いレベルの力が感じ取れた。冥界神の近衛隊長は伊達ではないようだ。鎧を際立たせる白と灰色のドレスのせいか、ミアの戦乙女よりも随分と雰囲気に凄味がある。


「うむ、久しいな。今日は短い間じゃが世話になる」


「ご無沙汰しております。我が家と思ってお寛ぎください」


「技術神エクセルだ。以後お見知りおきを。同じく今日は世話になる」


「お噂はかねがね。エクセル様も、是非お楽しみいただければ幸いです」


 洗練された動作で頭を下げるカディエルは、挨拶もそこそこに俺たちを目的地へと案内し始めた。


「静かな場所でのお茶と仰せでしたので、アイレーンパレスの3階庭園を押さえさせていただきました」


 シェリエルといいパリエルといい、天使や戦乙女は仕事が丁寧でソツがない。

 きっとミアのような粗忽者が神には多いのだろう……苦労がしのばれるな。


「我が主は本日少々ご多忙でいらっしゃいまして、お会いできないことを非常に残念がっておいででした」


「よいよい、ヴォルネゲアルトは天界で最も忙しい場所を取り仕切る大神じゃからな。ふらりと来て会えるような相手であるとは毛頭思っておらんのじゃ」


「そう言っていただけると幸いです」


 常に暇そうなミアとは違って仕事の多い神らしい。

 毎日世界中から死んだ魂が裁きを受けにくるのだから、忙しくないわけがないか。

 なお冥界神ヴォルネゲアルトは原初から存在する大神であり、この世界には欠かせない大切な役割を担う神だ。しかし地上での信仰となると、おそらくそこらの中級神にも劣る勢力しか持ち合わせてはいない。この神の多い世界において、誰も好き好んで現世の利益が少ない冥界神を信仰しないのだ。世知辛い話である。


 カディエルと合流してから歩くこと10分ほど、俺たちはアイレーンパレスに到着した。結局冥界に転移してからというもの、一度たりとも道が短縮されているところはなかった。景観を売りにしているのであえてしていないのだとか。

 アイレーンパレスは近くで見ると美しいがやはり要塞然とした重々しい風格を纏っていた。しかし地上のあらゆる要塞と違うのは正面に同じ大きさの大門が2つ並んでいることだ。


「右側の門が生者の門、左の門が死者の門でございます。地上で死した者の魂は通常この死者の門を経てアイレーンパレスの待機室と呼ばれる部屋に向かうのです」


「わしらがくぐるのは当然右側じゃ」


「だろうな」


 門の両脇に立つ戦乙女たちの敬礼に迎えられて俺たちは右側の門をくぐった。


「ほう……」


 驚きの声が漏れる。てっきり外壁と同じような青い石造りの角ばったデザインだと思っていたが、そこは要塞や宮殿というより都市のような有様だった。正面は確かに青い壁の城へと続いているのだが、左に向かって伸びる道はなにやらマーケットのようになっている。天使や戦乙女から下級神まで様々な姿の者が買い物をしている絵面はなかなか壮観だ。


「冥界には天上に5か所ある市場の1つがあるのじゃ」


「天界にマーケットがあるのか……」


「うむ、天界には神力が溢れておると言ってもむやみやたらと物を創っていては秩序がなくなるからな。人間に倣って通貨を定め、ジャルカットの眷属を商人として商売にしてあるのじゃ」


 ジャルカットとはおそらく商業神ジャルカットだろう。商業に関するあらゆる事柄に通じる神である。商人の守護者なのだが、盗賊とも交渉が成り立つならそれは商売という、守る気のあまりないスタイルらしい。俺としては小さい頃になんともお世話になった教義だが……。


「わしらほどの神は入念に正体を隠してお忍びで行かんと大騒ぎになるからな、気を付けるんじゃぞ」


 ミアが機先を制して釘を刺してくる。たしかに俺はふらっと立ち寄ってしまいそうなので仕方のないことだ。折角の買い物を邪魔するのも悪いので忠告通り気を付けておこう。


「こちらです」


 俺たちはカディエルの先導でマーケットとは反対側、城の上に伸びる緩やかな階段を上った。要塞内部は通らず外階段で上がったのは道中の眺めが美しいと言われたからだ。たしかに、青い城壁とクリスタルの植物を上から見るのは何とも言えない美しさのある景色だった。さすがに3階のテラスまで伸びる階段は長いので、途中で4か所ほど短縮が施されていたのだが。


「一般開放されているエリアではありますが、ここは防音の結界なども備えている貴賓向けの庭園になります。今お茶をお持ちしますので、どうぞごゆっくりお寛ぎください」


 白木のテーブルセットに案内してくれたカディエルは、気を効かせてくれたのかそれだけ言うと下がった。


「どうじゃ?」


「ああ、すばらしいな」


 自慢気なミアの問いに俺は頷いた。その庭園は城の広々とした3階テラスを丸ごと使った物で、美しい結晶状の植物と小さな池が調和した穏やかな場所だった。テラスの向こう側にはどこまでも広がる青い空があり、その3つが揃うと得も言われぬ輝きを宿して見える。

 心が洗われるような景色とはまさにこういうことを言うのだろうな。


「夕日のときが最高なんじゃがな」


「天界に夕日があるのか?」


 ミアの洩らした言葉に俺は首をかしげる。

 天界の空はいつどうやって見てもひたすら青い。日光のような光はどこからか降り注いでいるのだが、太陽自体は空に浮かんでいないのだ。


「ああ、そうじゃったな。そなたは天上の昼しか知らんのじゃ」


「数晩徹夜したが、建物の中だったな」


「そんなこともあったな」


 俺が転生するはずだった肉体を開発した晩のことだ。今思えば酷い労力の無駄だった。


「まあ、天上には朝日も夕日もあるし夜も来るのじゃよ。ただ昼間は眩しくて邪魔じゃからな、見えんようにしてあるのじゃ」


 ひどい扱いだな、太陽。ミアが太陽神だからいいのかもしれないが。


「この際だ」


「なんじゃ?」


 俺は天上について疑問だったことをいくつかミアに尋ねてみることにした。そもそも誰がマーケットで売る物を創っているのかとか、どれくらいまでなら勝手に創っていいのかとか、そういった神の知識を漁るより尋ねた方が早いようなことをだ。


 カディエルが持ってきてくれた極上の紅茶を飲みながら知識欲を満たしていると時間はあっという間に過ぎ、唐突に半笑いのミアにストップをかけられた。


「まったく、そなたは存外知りたがりじゃな。乳兄弟の娘に比べればマシじゃが」


「神の知識には体感的な目安がない、直接聞いた方がいいのさ。それにブランクは知識を豊富に付けないといけなかったからな……スキルがないだけで下の世界はかなり生きづらくなる」


 裏を返せば神々が与えたスキルがそれだけ強力に人を守っているということでもあるのだろうが。悲しいかな、人はまだお互いを守るためだけにスキルを使えるほど成熟していない。


「そればかりは人の今後に期待じゃな。あとはそなたの働きにも。さて、夕日までこっちにおっては地上の体がひっくり返ってしまうし、そろそろ本題に入るか」


 楽しくてつい質問に興じてしまったが、観光は用事のついででしかないのだった。あれだけ眠気と倦怠感に悩まされていて、また聞き忘れて帰ったらただの馬鹿だ。


「カディエル、すまんが少し外しくれ」


「かしこまりました。何か御用がおありでしたら、私は結界のすぐ外におりますので」


 質問大会になったあたりから給仕をしてくれていたカディエルが、洗練された動作で頭を下げて出ていく。


「まあ、ここまでせんでもいいのかもしれんが、一応そなたのプライベートじゃからな」


 肩をすくめて苦笑するミア。どうやらそういう配慮でもあったらしい。


「まだるっこしいのも面倒じゃ、単刀直入にわしが調べた限りのそなたの問題を伝える」


「ああ」


 ロゴミアスの声から笑みの気配が消えた。そして彼女はこう言ったのだ。


「今、そなたの体と魂の接続が、非常に不安定になっておる」


先日、スタバのアイスラテが氷抜きでオーダーできることを知りました。

ずっと氷少なめミルク多めで注文してたんですが、やっぱり小説書いてる間に溶けて薄くなる・・・。

そんなときに店員さんと雑談になり、ふと聞いてみたら氷抜きができると!!

いやぁ、何時間かけてゆっくり飲んでも薄くならないの嬉しいです。

唯一の難点はカップサイズに対して中身が少なく見えて寂しいコト(笑)

追加料金で抜いた氷の分注いでくれんかな。


~予告~

ミアが告げる魂と肉体の接続不良問題。

それはエクセルから生まれたアクセラという存在が逃れられない運命だった・・・。

次回、魂のリフレイン


ミア「シェリエルよ、歌うのじゃ」

シェリエル「そこまでするとアウトです、主」

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― 新着の感想 ―
[良い点] エクセルの性格結構好き [気になる点] マリーかな、エクセルにイクスという愛称を付けたの
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