表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
237/367

十章 第32話 六極の大魔導

 目の前に聳え立つイーヴィルゴーレムの威容。振り上げられた氷の拳はひたすらに堅そうで、きっと冒険者ギルドの等級に合わせれば戦闘力はランクB相当。特異な瘴気を使った戦法も加味すればAでもいいくらいだ。


「ボク、ノ、オオ……!」


 拳が振り下ろされる。


「そっか」


 自分の頭めがけて落下してくる大質量。けれどわたしの心は動じなかった。どうすればいいか分かる。簡単な問題だ。わたしは背伸びして落ちてくる拳に手を伸ばす。氷の塊が指を砕くより早く、青紫の中の綻びを掴んで引っ張った。


 バシャ!


 昏い光は糸になって解け、氷塊は突如として水に変わり、わたしは滝に打たれたようにそれを頭からかぶった。冷たい。けど痛くはない。本当にただの水だ。


「これ、魔法の氷だ」


 納得が口をついて出た。魔法で凍らせた物理的な氷じゃない。水を魔法で随時氷に変化させ続けて体を構成してる。硬いままに柔軟な動きを再現するためだ。だから壊すと水が溢れる。氷であれという魔法が解けて。


「でも、粗いね」


 巨大な片腕を一瞬で失い反応が遅れたイーヴィルゴーレムの胴体へ指を這わせる。大量の水を操って氷を維持するには、あまりに魔法の構成が粗い。魔力の色に塗り替わった視界の中で綻びを見つけ、それを掴む。


「ボ、ボ、ク……ボク、ノ、ノ、ノノ、ノ……」


 咄嗟に下がろうとするゴーレムの動きを無視して魔力を書き換える(・・・・・)。汚れた青紫の輝きがクリアな青に、そして透明に、属性を持たないわたしのニュートラルな魔力に変化する。それを引っ張ると編みかけのマフラーを解く様に魔法糸がばらり。氷の定義を失って水が血液のようにゴーレムの腹から地面にあふれ出た。


「ボク、ノ、モ、ノォ……」


 そこから全身に崩壊は波及し、心臓の位置に埋まってた肉片が水の中に落ちる。それはピンク色の不定形の物体。何度も動物や魔物を解体したわたしはソレが何か分かる。脳の一部だ。その生々しいテクスチャが宙に浮かぶようだったわたしの感覚を地面に引き戻した。


「……そういうことね」


 声に薄っすらと嫌悪が滲む。遺体を破壊されても核から新しい体を作れる。それはわかる。けど侯爵の肉体がなくなったままどうやって侯爵としての魔法と執念を、たとえそれが焼き増しの模造品だとしても、維持できるのか。あるいは、そもそもどうやってゴーレムにスキルを移植したのか。


「自分の脳を核に仕込んだんだ」


 ぞっとする。感情や記憶を引き継いだ無限に再生するバケモノを作るため。あるいは彼が魂の何たるかを悪魔から読み取っていたなら、自分の魂さえも仕込んだのか。その発想は魔法使いとして、学者として、ある意味で尊敬に値するかもしれない。けれど実行してしまう精神性に強い拒否感を抱いた。


「おいで」


 手を横に出して言う。それは詠唱だ。錆色の風を縫うイメージの通り魔法が迸り、次の瞬間にはキュリオシティが風に巻かれて手の中へ納まった。瘴気一粒一粒の動きが分かる。そんな錯覚に陥るほど、なにもかもが鮮明だ。


「火の五番、風の五番」


 バチッ、バチッ

 キュリオシティに巻きつけたベルトの下でクリスタルが爆ぜる。解き放たれた魔力が杖の銀線から芯材に染み込んで、先端の大きなクリスタルへ集約される。その経路のどこでロスが起きてるかも、全てくっきりと見えた。


「詠唱は……こうかな?」


 使いたかった魔法を思い浮かべる。流石に溢れる魔力も、わたしに囁く何かも、わたしの知らない詠唱を教えてはくれない。けどイメージを形作るときにどこが無駄かは、想像通りに動く魔力を見てれば分かる。そして詠唱はその無駄な部分を補うための言葉だ。


「土に残る熱、逆巻く焔、天を焦がす陽炎」


 杖から火の魔力が外へと溢れだす。瘴気がぶつかっても関係ない。鉄片の混じった突風のように魔力を刻み、抉った厄介な攻撃。けれど強固に魔力を掌握した今、強風に混じるそれは少量の砂粒のようなもの。


「満たす風、押し流す風、廻り戻る風」


 風の魔力が溢れだす。紅葉色と薄荷色の魔力は言葉に乗って複雑にくっつき、混じり、捻じれ、分れを繰り返して形を作る。それはまるで光で作られた設計図。


「噛み合え、溶け合え、補い合え」


 今までのように魔法の形を全て作り込むのでも、その輪郭を捉えてアタリ線を引くのでもない。必要な部分は詳細に、不要な部分は簡単に、そして魔力で描くのが難しい部分は言葉で。

 うん、いける。


「風火の理は我が声に従え」


 火風混合魔法・スコーチングライズ


 その瞬間、広い部屋が爆発に包まれた。赤い炎が床から天井へ一気に駆け上がり、瘴気の欠片をことごとく焼き尽くす。その周囲から風が流れ込み、火をかき混ぜ、燃え足りない部分を燃やし、燃え尽きた場所を清める。


「……」


 薄くなった空気を補うように入り口から突風が吹き込む。その風にスカートがばたばたとはためく。煤と燃えカスが熱に踊る以外、視界を遮るものはなにもない。瘴気は今の魔法で燃え尽きた。


「あれかな」


 踊る毛先を片手で押さえながらわたしが見る先には核があった。二振りの巨剣のうち途中で拾って使いだした方、重く無骨な作りの鉄塊。石の床に深く突き刺さったソレはもう剣だと分からないくらい気持ちの悪いコトになってる。核となる脳が繰り返される自己再生の結果暴走しだしてるのか、刀身に生じた亀裂からピンクの肉が盛り上がってぶよぶよと膨らんでるのだ。


「ボォ、ク、ノ、オ、オ……イ、オイ、デ、ェ……ッ」


 不規則に脈動する肉から突き出した柄を掴むように氷の腕が生まれる。床から水が重力に逆らって腕へと集まる。骨が生え、肉が纏わりつき、氷の肌がそれを覆う。メキ、メキ、パキ、パキ。いい加減聞き飽きた音をさせて体が生まれてく。


「すぅ……はぁ……」


 新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。焦げ臭いのは仕方ない。けれどそれ以上に新しい魔力があることが嬉しい。まるで雨上がりの草原のように世界がキラキラとして見える。空気の流れに従って色のない輝きが漂い、床石や飛び散った水にはそれぞれの色の魔力が映る。


「集まれ」


 そう詠唱すると近くの魔力がわたしの手の中に集まった。


「オイデ、オ、イデ……」


 氷の化け物が体を構成する間にも再び瘴気が滲みだし、肉塊の剣を携えた巨人は黒く煙っていく。その光景を見ながら、わたしは風に乗って運ばれてくる濃密な魔力を従える。どこにこれほどの魔力があったのかと思うほどの量。入り口だけじゃない。砦の奥からも、かなり澱んでるけど、強い魔力が流れてくる。


「……あれ?」


 砦の魔力に宿った昏い色が目に映ったとたん、涙が溢れて頬を伝った。他の魔力と違ってわたしの支配をすぐには受け付けない、けれど濃密で薄暗い魔力。


「これ……人の魔力だ」


 何故かはわからないけれど、すぐにそうだと分かった。人間の魂を構成する膨大な魔力、その残滓……いわばゴースト未満の人間の破片。きっとこの街の人の、侯爵の非道で死んでいった人たちの、そのわずかな残り香。でも不思議と悪い気配は感じない。


『キヲツケテ』


 言葉が聞こえた気がした。外から流れ込む清浄な魔力と溶け合って陰りを失うその魔力から、わたしの知らない情報が頭に流れ込んでくる。あのバケモノの仕組みを漠然と教えてくれる。無念、怒り、悲しみ、絶望、そしてわずかな安堵。


「……っ」


 明るさの違う輝きの流れを纏いながらわたしは涙を拭った。今やわたしを取り巻く魔力は夜中だとは思えないほど明るく広間を照らし出す。その輝きを背負ってわたしは瘴気と氷の肉体を作り続ける核を睨む。


「一なる色は赤、万物に宿る怒りの色、解き放たれよ、邪悪を焼き尽くす我が火焔」


 力を願えば、その詠唱はわたしの口から独りでに紡がれ始めた。渦を巻く魔力がわたしに流れ込んで、赤く染まって外へと溢れ出る。

 それは熾火に息づく熱の紅葉色。


「二なる色は青、万物に宿る悲しみの色、解き放たれよ、邪悪を押し流す我が清流」


 あるべき魔力の形、今必要とされる力の形、わたしの魔法の形。くっきりと見えるソレを見るだけで続きは浮かんでくる。今度は青が生まれた。

 それは蒼天を映しだす露の青藍色。


「三なる色は緑、万物に宿る慈しみの色、解き放たれよ、邪悪を吹き散らす我が疾風」


 魔力の属性、その在り方が見える。わたしたちが普段、ただそこにある魔力と活性化した魔力を区別する理由も、その基準も、明瞭に。認識すればするほどわたしを介して強く巡る渦へ緑が加わった。

 それは草原を渡る微風の薄荷色。


「四なる色は茶、万物に宿る優しさの色、解き放たれよ、邪悪を飲み喰らう我が大地」


 森羅万象を構成する複雑な要素のうち、魔力だけが多寡こそあれど遍く存在するのだ。あらゆる物体に固有として宿り、その性質と双方向の影響を与え合い、同時に周りの魔力と絶えず繋がって混じり続ける。それが魔力の特異性。実証するかのようにわたしへ流れ込む魔力に茶が入って四色となる。

 それは種を孕んだ肥沃な畑の栗皮色。


「理の鏡に映る四つ色の煌めき、溶け出せ、混じれ、移り変われ」


 基本四属性の色がわたしの体から周囲へ、そして再びわたしへ流れ続ける。そこに旧来、魔力を取り込むためにイメージしてきた呼吸はいらない。器としてのわたしじゃなく、細胞の1つ1つに宿る魂という名の中身。そこに直接魔力は入ってくる。クリスタルを使って触媒魔法を行使するのと同じように、わたしの魂に触れた魔力が六色に塗り替わって外へと出て行く。この魔力を支配するのは……従え、使役し、規定する理はわたし自身だ。


「万物の衝突より生じるは雷の色、迸り、爆ぜ、輝け、我が鳴轟する稲妻」


 眩い四色よりなお濃い力を感じさせる黄が循環へと混じる。

 それは暗雲の奥で爆ぜる雷光の鬱金色。


「万物の結合より生じるは氷の色、繋がり、固まり、閉ざせ、我が悠久なる氷雪」


 同じく薄い青と白の混じった魔力が回転する力場へ溶け込む。

 それは霊峰を包む万年雪の露草色。


「紡げ、六筋の輝ける糸、紡げ、万物の力を宿す始まりの糸」


 循環する魔力がざわりと蠢く。まるで小川の流れのようだったそれは詠唱とイメージにしたがって端からより細く、硬く、柔軟な糸の姿に変じ始める。糸は天上と床を繋ぎ、壁と壁を繋ぎ、柱と柱を繋ぎ、物理的な世界とわたしを繋ぐ。さながら魔力と言う存在を直接崇拝する異教の神殿のようだ。


「連ね、寄り合い、重ね、溶け合い、鍛え、噛み合え、流れ、分かち合え」


 今までに紡いできたどの魔力糸よりも強力で繊細な糸。純粋な魔力は物質に宿る魔力と深く結び付き、あらゆる情報をわたしの中にもたらす。ますます感覚が広がるような浮遊感に襲われ、自分の魔力が体外まで広がって行くのを自覚する。


「……」


 そっと掲げたキュリオシティに六色の糸が絡み付く。ときに交差し、ときに結ばれ、複雑な形を成し、わたしの愛杖を輝きの中に取り込んでしまう。驚きも焦りもない。わたしと繋がった無数の存在のうちの何かが言うのだ。コレは今、サナギの姿になったのだと。


「其の姿は理の求むるままに、其の威は我が求むるが如く」


 杖を真横に倒す。杖先のクリスタルを右に、石突を左に。輝きはなおも強まり、しかし徐々にシルエットを変えていく。飛び出し、曲り、反り、やがて翼のように左右対称な形になる。その頃には六色が隙間なく織り合わさって、深みと煌めきのある白い光そのものに見えた。


「我が眼差しを以て六極の魔導を織り成せ」


 手に握る感触は慣れ親しんだ魔法杖だが、目に見える姿は太陽のように白い長弓となったキュリオシティ。スキルを使う独特の感覚が起こり、何かがこの魔法にも名前があると教えてくれる。


 六属性混合魔法・最上儀式級|セキスタプルソーサリー《六極の大魔導》=ジ・アーバレスト


 アーバレスト、城塞兵器たる大石弓の大仰な名前にそぐわず軽い。左手で掲げるそれに右手を添え、何もない場所を一種の確信とともに摘まむ。背中と胸の筋肉を使ってぎゅっと引き絞ると、光の弓には同じ光の矢が出現した。


「ボク、ボ、ボボ、ボク、ノ、ォ、オ、ボ、オオ……ッ!!」


 ようやく体を再構成したイーヴィルゴーレムが立ち上がる。魔法の氷がひずむギ、ギ、ギという音を響かせて、薄暗い色の氷でできた3mの巨体が二つの足で。わたしの胴より太い両腕は肘から先が無骨な巨剣に力任せに振り抜かれ、それだけで凄まじい風が巻き起こる。満ちる暴力を誇るように氷の魔物は身を震わせた。


「オォオ!!」


 無感情な侯爵のデスマスクがケダモノの声で吼える。その顔は全てのパーツが大岩から荒く削りだしたような中で奇妙に小さく見えた。


「……」


 わたしはその分厚い胸板へ視線を注ぐ。上から落ちて来たらそれだけでわたしを潰せるほどの巨大な氷。薄汚い色の奥には肉塊に埋もれた核たる剣が収まって、心臓のように鼓動してる。黒雲のような瘴気と魔力で形を保つ邪悪な巨人のハートだ。


「サ、ビシ、イ、イ、ホ、シ、シイ、ボク、ボ、ボク、ノ……ッ!!」


 囁きが幾重にも重なって聞こえる。胸の中の肉塊には無数の侯爵の顔が浮き出て、それぞれに言葉と瘴気を吐きだして見せる。刻一刻と氷が黒く染まるのはそのせいだ。


「オォオオオオオオ!!!」


 ゴーレムが踏み込んだ。瘴気が突風となって先陣を切り吹き付ける。鉄片の混じった竜巻のようなソレを薄荷色の糸が正面から断ち切る。一枚の剃刀のような魔法の風。あらゆる魔力を拒絶し弾く強いイメージにより切断され、巻き取られ、暴風の横道へ引き込まれて左右へ押し流される。同時に紅葉色の糸が蛇のように床を駆けて、イーヴィルゴーレムの足へ巻きつくと同時に魔法化。濁った氷はドロリと解けて巨体が揺らいだ。


「あるべき場所に、去れ!」


 瘴気の抵抗なんて関係ない。魔力は万物に流れる。わたしにはその流れが見える。魔法であろうと、瘴気であろうと、物質であろうと、わたしの魔力はイメージのとおり自在に硬軟を変えて相手の魔力と接触し反応する。拒絶すれば瘴気であろうと弾き、誘惑すれば他人のものでも侵食できる。


 ギ、ギギ……ッ


 番った矢を限界まで引いたところで幻の弦が緊張の音を奏でた。魔法の構成が緩くなった足でなおも踏み出すイーヴィルゴーレム。その足へ霞草色の糸が巻き付き、青藍色の糸が床に広がって水に変わる。


「凍れ」


 ゴーレムの水分と青藍色の魔力糸ならぬ魔力液が全て薄水色、霞草の花弁の色に染まる。瞬きに満たない時間でその全てが凍結、バケモノの下半身は床もろとも本物の氷になった。


「オ、ォオオオオオオ!!」


 吼えるゴーレムの両腕に地面から伸びた栗皮色が太い鋼鉄のワイヤーに変じて絡み付く。刃が食い込む端から十重二十重に。鬱金色の雷光がワイヤーを伝って全身を襲い、氷の中の気泡が弾けてあちこちに罅が入る。肉塊の人面瘡じみた侯爵の顔たちが苦悶の声を上げる。


「|セキスタプルソーサリー《六極の大魔導》=グレイジングボルト」


 右手の指を弾くように離す。それまでの軽さが嘘のようにとんでもない衝撃が体を打つ。ブーツが床石を強く噛む音すら聞こえないほどの轟音を引き連れ、オーラギガントと同じ虹を含んだ巨大な白い光が柱となって解き放たれる。


「ッッッ!!!!」


 拘束から逃れようともがくゴーレムはそれを正面から受け止めた。ゴーレムの核が絶叫し、氷に凄まじい勢いで罅が刻まれる音が轟く。雨雲のような密度の瘴気が罅からは溢れ出し、目が眩むほどの魔法の光を押し留めようする。まるで光の柱に無数の黒い蛇が絡み付いて食い尽くそうとするかのような攻防。それでもグレイジングボルトは確実にゴーレムを削っていく。


「う……っ!」


 膨大なエネルギーのバックファイアからわたしを守る六色の魔力糸製神殿と、ジ・アーバレストから迸り続ける魔法の矢が体からどんどん魔力を吸い上げる。その分だけ周囲からわたしに魔力が流れ込んで、変換されたものが外へ流れてく。まるで自分の魂がフラメル川に設けられた農水用の小さな堰にでもなったような、酷くアンバランスな負荷のかかり方。身に余る力の通過に、骨よりももっと深い場所で激痛が生じた。


「オヴォォオオオオオオオ!!!」


 ゴーレムの獣のような太く低い絶叫。暴れまわる瘴気が百足、蜘蛛、狼、猿、虎など様々な魔物の一部となって光へ叩き付けられる。人間の腕の形になって掴みかかる様子も見えた。それらは一瞬だけ光を突き破り、しかし押し戻され、最後には弾け飛ぶ。激突の境界線から周囲には魔力と瘴気が無軌道に具現化して地獄のような破壊と再生をまき散らした。それは血の通わない氷の化け物の、出るはずもない血飛沫にも見えた。


「うぅッ、う、ぁあああああああッ!!」


 わたしも吼えた。目に熱が集まる。魔力の一筋一筋を制御するような異常な感覚。手足の実感が消え、全て魔力が取って代わる。大魔法を受け止める氷は刻一刻と黒く染まり、もう黒曜石のようになってる。その必死の抵抗を瘴気ごと焼き尽くし、掻き乱し、押し流し、打ち砕き、貫き、そしてこじ開ける。

 でも、でも……わたしの体が、先に壊れるッ。

 グレイジングボルトは圧倒的な破壊力でゴーレムの巨体を穿とうとするが、黒曜石色の氷もどんどん再生してなんとか耐えようと藻掻く。拮抗じゃない。わたしの優勢。けどそれを維持する体に限界が来始めてる。骨の奥の痛みは急速に悪化して、目は内側からの熱で爆発しそう。頭もガンガンと痛む。意識がもっと上に引っ張られて自分の体が分からなくなる。頭の後ろで何かがバツンと切れる音がして、鼻と目から血が溢れる。


「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


「ぁああああああああああああああああああ!!!!」


 黒曜石を越え、もはや黒以外の何の情報も含まない結晶へとゴーレムが変化する。表面に核のそれと同じ侯爵の顔がミシミシと浮かび上がり、一斉にわたしを睨んで叫ぶ。


「ヨ゛コ゛セ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!!」


「ッ!!」


 光が押し戻される。フィードバックが一気に跳ね上がる。魔力の圧に指が裂け、袖が燃える。ジ・アーバレストが揺らめいてグレイジングボルトが不安定に瞬いた。このままじゃ……。


「負け……られ、ないんだぁああああああ!!!」


 手はまだ、ある!そう、まだ一つ足りてない……!


「最後の色は、紫!」


 意識までも光の中に呑み込まれそうな中でわたしは弦にもう一度指をかける。瞬間、わたしの中にあった一番強い力が弓に宿る。六色を孕んだ白が清浄な若紫に染まる。


「わたしに宿る勇気の色!」


 余りにも強大な力に地面が揺れ、柱に罅が入る。構わず弦を引き絞れば、そこにはさっきと違ってとても細い紫の矢が現れた。竜胆の花を少し褪せさせたような美しい矢。糸のような軸、薄い矢羽、けれど鏃は必殺の色。


「解き放たれよ!邪悪を切り裂く鋼の刃!!」


 指を離す。キンッと澄んだ音がした。白い虹の道を駆け抜けた若紫の一矢は軽やかにゴーレムの心臓を貫通。そのままグレイジングボルトのエネルギーがその穴をこじ開け殺到した。


「――――――――――ッ!!!!!」


 砕け蟻の一穴、というやつだ。黒曜石のボディは脆くも砕け、ゴーレムの体が光に呑まれる。地響きを引き連れて天へと立ち昇った矢の軌跡はそのまま砦の上部をごっそり消し飛ばす。イーヴィルゴーレムも、死者の囁きも、瘴気も、全てを巻き込んで。

 一拍の静寂の後。輝きが細い糸のようになってフッと消えれば、そこに残ったのは大穴から降り注ぐ月の光だけだった。


~予告~

七色の輝きにより幕を閉じた反乱。

それぞれが手にする勝利の価値は?

次回、論功行賞

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ