十章 第26話 王都、動く
トワリ侯爵領に異常あり。ユーレントハイム王国政府がその知らせを受け取ったのは、事態が発生した次の朝を少し過ぎた頃であった。第一報はトワリ侯爵領にて観測史上稀に見る規模で魔物が暴れ始めたという内容。これに対しすぐさま臨時の御前会議が開かれた。国王の前に宰相以下主だった大臣、王国軍に6つある師団の師団長で王都にいた者、正規・魔導・近衛の各騎士団長、魔法研究院の院長とそれぞれの副官が集う。
「状況は」
国王ラトナビュラが落ち着いた口調で訊ねると速報を御前へと伝えた機動連隊の副長が背を正す。機動連隊はその名の通り、遊軍として移動速度を武器に活動する師団外の戦力だ。
「ハッ!トワリ侯爵の領内からどうやら観測史上稀に見る規模の大発生があったようです。詳しい種類や数、被害状況は不明です」
「トワリ侯爵領か……」
誰かが苦々し気に呟いた。腐敗と弱体化の深刻な北方貴族と中央を隔てる大領地だが、活力を失って半ば隠遁状態にある彼の軍ではなんとも心もとない。そんな気持ちがありありと浮かんでいた。
「学院の1年がトワリ侯爵領には入っているわね、大丈夫なのかしら?」
「兵を向けるべきだと?」
「遠征企画は常に過剰ともいえる戦力を同伴しているではありませんか」
「左様、随分な予算を付けております!加えて派兵など、費用が掛かりすぎる!」
「今回は第一王子が参加することもあり、例年より大きな戦力を割いておるしなぁ……」
中年をやや過ぎた女丈夫の第一師団長が発した言葉は、波紋のように大臣たちを騒めかせる。あくまで彼女は泰然としており、皺の目立つようになった美しい顔には懸念以外が浮かんでいない。
「皆さんの言う通りですよ、ビウマレス卿」
やや気の抜けた声で法務大臣が微笑む。
「学院の教師も武闘派を多く回していると聞きます。さらには冒険者が大勢。これに当地の魔物を熟知した領軍が加われば、魔物の大発生くらいなんとでもなりましょう?」
「いや、法務大臣。コトはそう単純ではないですよ。あまりないことですが、Bランク以上の魔物が大発生したのであればその武力をもってしても難しいでしょう」
腕を組んだまま眉間に皺を寄せた第二師団の団長が硬い声で言う。
「デューングラ卿は相変わらず心配性ですな?しかしいくらそんな状態でも近くの都市へ逃げ込むことくらいは可能でしょう?そもそもそんな大物が大量にいる方がおかしい。なにせトワリ侯爵の軍が演習地の森は掃除しているはずです。それ以外に至っては壁内ですし?そもそも遠征企画の行き先選定からして安全は」
「遠征企画の説明は結構です。私も貴君と同じようにあの学院を卒業していますので」
どことなく刺々しいやり取りを交わす二者を見て、他の参加者は己の意見を固めて行く。しかしそこで目端の利く外務大臣の補佐官が上司に耳打ちした。長身の大臣が蛇染みた視線を機動連隊の副長に向ける。
「一点確認させていただきたい。なぜこの速報を、しかも情報の粗さから鑑みるにまさしく超特急の第一報を、機動連隊が持って来たのですかな」
「それは……」
「それについては私が説明しよう」
声を上げたのは機動連隊の副隊長でもなければ騎士団長でもなく、王から見て卓の右に居並ぶ大臣の中でも最も上座に座る老人。宰相を務めるリデンジャー公爵バハルだ。彼は品よくすっと手を上げて注意を集め、文武の高官全てに視線を巡らせる。
「もとよりトワリ侯爵領の手前に一個小隊、機動連隊を派兵していたのだ。シネンシス王子殿下の権限においてな」
「なんですと?」
「殿下の権限とはどういうことです!」
「学院の遠征企画に参加しているはずの殿下が部隊を率いているとでも?」
吹き出す追及に宰相は首を振る。
「もちろんそうではない。殿下の発案によって現在、極秘の作戦を遠征の裏で行っていた。ことここに至っては作戦そのものを放棄せざるを得ず、また同小隊が魔物と交戦に入った状況をうけ、これを開示しているのだ。この意味、賢明なる諸侯はお分かりであろうな」
この緊急事態を乗り切るためにわざわざ極秘作戦の存在をばらしたのだ、今ここでそれをああだこうだと突くな。そう言外に言われて大臣たちも押し黙る。彼らとて師団長たちの顔を見れば、全員が全員このことを承知していたわけでないとすぐに分かったろう。不満は文武共に抱えているわけだ。だが一番の当事者である北方の第四師団が黙しており、さらには文官の長である宰相が圧を強めている。王が承知していないはずがない。追及しても意味がなかった。外務大臣は舌打ちでもしそうな顔だったが。
「では、実際問題どういう対処で進めていくか。その話を始めましょうや」
ようやくといった様子で第三師団の団長が肩を竦めて話題を進める。
「とはいえ北方貴族と我々中央の関係はイマイチだ。あまり大きな軍を早い段階で動かすのは……」
「言っている場合ですか、法務大臣!子供たちの安全をまず第一に」
「それは先ほどお伝えしたように、あまり過大に捉えるべきではないでしょう。ああ、でもシピリア院長はご子息が1年に在籍しているのでしたか?気になるのも分かりますが……Dクラスでしたかな?」
「クラノ伯爵、そういう物言いは止めたまえ!」
国境問題を懸念する者、人命を優先する者、普段通りに政敵を牽制する者。多様な動きを見せつつ議論自体は停滞させない。
「財務局としましては、すでに動いている機動連隊を動かしていただけると、費用負担が軽くて助かるのですが」
動いている軍に増援を送るのと別の軍を動かすのでは後者の方が金もかかる。連携の上手下手で人的損失も変わるのだから、国の財布を預かる財務大臣としては当然の意見だ。しかしそれには師団長たちが首を振る。
「フットワークが軽い代わりにしがらみも少ない機動連隊を出すと北方貴族は脅かされたと考えかねない」
「そんなことを言っている場合か、という意見は通らんのだろうな。頭の痛い連中だ」
大臣側からも同意する声が上がった。それほどまでに国の中枢で戦う彼らからすれば北方貴族は愚かで杜撰なのだ。すくなくとも現状では魔物の群れよりも脅威度が高いと考えられるほどに。
「ここはやはり北方を所管する我ら第四師団にお任せいただきたい。迅速に行動でき、既存の兵数は変動しない。これなら北方の貴族もその向こう側も無用に刺激はしないでしょう」
「どうだろうか。むしろそれを突いて短慮を起こさないとも限らん。北方貴族とティロン王国はどちらも欲の皮が張っているからな」
「しかし魔物の大発生を隙と判断して攻め込んだなど、あとでガイラテイン聖王国から何を言われるか……それくらいは分かっているでしょう?」
「悪魔や魔獣が相手でなければ条約違反とまでは言えないわね。小言くらいなら無視しようと思う可能性もなくはない……それに分かっているだろうということをやらかすのが愚か者よ。常人の理屈は通じない」
大陸の盟主にして創世教会の総本山を擁するガイラテインは人類同士の過度な争いにいい顔をしない。だが内政干渉をしすぎない配慮も持っていた。微妙なラインだと言えるだろう。そして第一師団長の言う通り、馬鹿という人種は微妙なラインで保たれている平穏をまったく理解できずに踏みにじる。
「至急!至急の伝令でございます!」
派兵は確実。しかしどのタイミングでどの部隊を送るべきか。その点へと論が移りだしたその時、まさに各自がそれぞれの落としどころを思い描いたタイミングでその知らせは走り込んできた。機動連隊の軍服に身を包んでいることから話題がなんであるか、すぐに全員が察する。
「トワリ侯爵領での魔物大量発生についてだな。報告せよ」
宰相の言葉を受け、汗だくの兵士は姿勢を正して声を張り上げた。
「は!現在、機動連隊はシネンシス王子殿下および学院生徒の救出のため行動しておりますが」
「待て、お前たちが救出に直接動いているのか?トワリ侯爵の領軍はどうした」
まさか我が身可愛さに領の軍を動かさなかったなどということはないはずだ。そんなニュアンスが込められた言葉に伝令は苦々しい表情で呻く。
「そ、それが、まったく連絡がとれません。魔物の量も種類もあまりに多く、おそらくその対応に追われているのかと。こちらも領都ソルトガまで至れておりませんので……」
トワリ侯爵の軍と連絡が取れていないのも問題だが、それ以上にこの場の者の注意を引く言葉があった。それを口にした伝令は青い顔で小さく震えている。
「種類が多い?」
「か、確認できただけで12種の魔物が、一つの群れを成していました」
「何!?」
その瞬間、御前会議の場はかつてないほどのざわめきに包まれた。大臣、師団長、騎士団長、それどころか各副官まで小声で互いに己の困惑を共有する。
「まて、それは同系の魔物ということではないのかね!」
たとえば犬系の魔物では強力な上位魔物、例えばBランクのコールケルベロスなどが出現した場合、普段なら共闘しないヘルハウンドとアンブラスタハウンドが一つの群れとして従えられることがある。両方とも群れで活動する犬系魔物であり、群れの長の方針には絶対服従という性質をもっていることから成立する現象である。こうした特殊な状況での複数種による群れはときどき発生するのだが……伝令はそうではないと首を振る。
「マンティスやビートルといった昆虫系、ボアやハウンドといった獣系、さらにはワービーストなどの上位種が入り乱れ、中には見たこともない赤い角の魔物も……」
「赤い角!?」
「赤い角だと……?」
「知能の高いワービーストまで混じった群れとなると」
「複数の魔物の群れに赤い角の魔物とは」
「被食捕食の関係にある種類まで混じっているぞ」
ざわめきが最高潮に達しようかという時。
「ブルガンティオの再来……」
誰かが小さくその言葉を呟いた。それだけで議場は水を打ったように静まり返った。
八つの角を戴く赤き大型Sランク魔物、紅戦鬼ブルガンティオ。いまだに異常な変異個体とも魔獣の血族とも判明せず、世界的に見ても他に目撃例のない化け物。それが数多の魔物を引き連れて王都ユーレンを襲った「赤鬼の夜襲」事件は、結果だけ見れば神塞結界と騎士団の活躍で大きな被害を出す前に討伐され解決となった。それゆえに近隣の領民や王都でも若い世代からはとっくに忘れ去られている。しかしここに集う大臣や将軍はその多くが40を超えているのだ。全員が壁の向こうを埋め尽くす魔物と月を背に迫る巨大な赤鬼の姿を恐怖の代名詞として胸に刻んでいる。
「ま、まずは王都の守りを固めるべきだ!」
「待て、学生たちを機動連隊の小隊だけに任せるつもりか!」
「それこそ第四師団が当たればよいではないか!国境を眺めさせておくためだけに置いているわけではないのだぞ!」
「そ、そうです。トルオム王国とてこれほどの一大事を突いて侵略したとなれば聖王国が黙っていないことは分かっているはず。人類存亡の危機に繋がりかねないのです!」
「そう思ってくれるかしら、あの愚かな国が」
「むしろ王都から北に兵を向け、敵の南下を防ぐべきでは!?」
大臣の一部から怯えの声が上がり、将軍の一部から怒りの声が上がり、再び議会が紛糾しだす。その状況を見て上座に座しひたすら沈黙を貫いていた王、ラトナビュラ=サファイア=ユーレントハイムは小さくため息を漏らす。此処に集うのは国の中枢を担う文武の官だ。臆病者も卑怯者もいるが、無能な者は一人もいない。しかしある分野で有能な人間が揃っているだけではこうした有事の際、特に自分たちのトラウマを刺激されるような事態の前では動きが鈍くなる。
「そういう意味では、次代は安泰やもしれんな」
北方で奮戦しているであろう息子とその友人たちを想って小声を漏らす。これほどの事態の渦中にいたという経験は文官であろうともよい資産になる。度胸がつくのか、慎重になるのか、はたまた思いもよらない成長を遂げるのか。それは分からないが、強い世代になるのだろう。
「今を生き残れば、と付けねばなりませんが」
同じく小声で宰相が返す。それにラトナビュラ王は大きく頷く。まずは生き残らせなくては意味がない。王として私情で動くことはないと断言できるが、それでも小生意気な息子を思えば胃の辺りがソワソワする。また、自らも冒険者として鍛え、政治の世界で辣腕を振るい、両道の王として勘を養ってきたつもりだが……その勘が嫌な物を感じ取っているのだ。もっと大きな問題がとぐろを巻いている気がしてならない。
「陛下」
宰相の目配せを受けてもう一度彼は頷いた。そしてゆっくりとした動作で立ち上がる。豪奢な椅子は音一つたてなかったが、その存在感ゆえに誰もが一瞬にして口を噤んだ。
「そなた等の意見は十分に我が耳へ届いた。その上で国王として勅命を与える」
視線を受けて並み居る将は体を王へ向け、背筋を正した。
「第四師団長カイル=ティナエ=フィリーに命じる!そなたは本隊を動かさず、一層の国境警備に注力せよ。同時に北方貴族へ伝令を出すがよかろう。防備を固めるよう伝え、必要であれば援軍も送るとな。短慮など起こさぬよう、余の目はしかと見ておるのだと知らしめよ」
「はっ!このカイル、恐れ多くも陛下の眼に成り替わりまして、北方をしかとねめつけて参りましょうぞ」
硬い岩から削り出したような美丈夫が勢いよく頭を垂れる。
「続いて第一師団長ルイーズ=ルクシアンヌ=ビウマレスに命じる!そなたは己の師団を率いて王都周辺の防備を固めよ。ブルガンティオと真に同じ事態であるならこちらに来ることはあるまいが、例外の最たる事件を先例に決め打ちをするような愚を犯すでない。余の盾は天領の民を厚く守護しておるのだと知らしめよ」
「もちろん。我ら第一師団は王都を守る陛下の銀の盾、何が来ようとも必ずや食い止めましょう」
女傑は優雅に一礼し、さらには微笑みまで浮かべて見せる。
「第二師団長ナルヴ=セイラ=デューングラに命じる!そなたの師団より二個中隊を選出しトワリ侯爵領への救助部隊として向かわせるがよい。危急のことゆえ、我が旗を掲げることを許す。また先んじて行動しておる機動連隊と合流後はそなたに指揮権の全てを委ねる。余の剣はいかなる森の奥であろうと民の敵を切り裂くのだと知らしめよ」
「御意にございます!お預かりいたします御旗に恥じぬよう、王の銀の剣として民を守ってご覧にいれましょう」
鋭い目の男が恭しく頭を下げ、王の視線が騎士団長へ向けられたときだった。バン!と大きな音を立てて議場の扉が開いた。再びそちらに集中した視線を一身に浴びてなお堂々と立つのは、初老を過ぎと思しき男だ。
「ザムロ公爵……」
軍部の最重鎮が突如踏み込んできたことに大臣の誰かが唾を飲み込んだ。本人はそのことに構う様子もなく、深紅の瞳を伏せて国王へ深々と頭を下げた。
「陛下、領地より戻りましたところ緊急の御前会議を開かれておるとのこと。慌ただしくて申し訳ございませぬが、こうして馳せ参じた次第でございます」
腹の底に響く声質に品と教養を感じさせる抑揚。不敵な笑みを浮かべつつも主への深い敬愛が窺える表情。極めて高い背は足元から頭頂部まで金属でも入っているのかというほど真っ直ぐで、旅装を押し上げる筋肉は布越しでもその活力を窺わせる。高齢だが、まったく衰えとは無縁の覇気が滾っていた。
「ジョイアス、狙ったようなタイミングだな」
冷ややかというには呆れの色が強い、一種の親しみをこめた視線で宰相が言う。対する公爵は左頬の大きな古傷を軽く掻いて苦笑いを浮かべる。
「ぬぅ。バハルよ、そう言うでない。領地の仕事を終えて戻ったばかりなのも、急ぎ顔を出したもの本当のことだ」
四大貴族として王家を支える二人は対立する派閥の長であると同時に長年の旧友でもある。二人の表情にはその関係性がよく表れていた。
「二人で楽し気なのは良い事だがな……ザムロ公爵、状況はどの程度把握しておるか」
苦笑を頬に忍ばせた国王が問うと老公爵は主へ向き直って臣下の顔になった。
「廊下の向こうより聴覚を強化し、歩きながら拝聴しておりました。トワリの領地でブルガンティオの再来が発生しておるかもしれぬとのことですな。トワリ領と言えば学院の遠征が行われておるはず……救出と魔物の討伐が目的で相違ございませぬか」
「ない。さすがだと褒めたいところだが、仮にも国家の最重要機密を扱う御前会議だぞ。外から聞くのはやめんか」
「はっはっは、聞こえてしまうのですから仕方ありますまい。壁を厚くなさいませ、陛下」
まったく悪びれるところもなく問題発言をする公爵だったが、誰もそこを咎めることはできなかった。今でこそ役職を持たず必要に応じて臨時職を賜るザムロ公爵だが、訳あって17年前に自ら辞すまでは六つの師団と連隊を統括する国軍総帥を務めていた大軍人だ。しかも国の柱である四大貴族の当主。ため息を吐く国王と宰相以外に彼を糾弾できる人間など誰もいない。
「して」
ザムロ公爵の顔が再び引き締められる。現役を退いて当然の年齢だが、明らかにここの誰と比べても勝るほど生命力が強い。その立ち上るような圧に将軍たちは身を固くし、大臣たちも委縮して口を噤む。
威圧して文官を黙らせるなど健全な会議の場であってはならないが、良くも悪くも貴族的な話法とプロセスを踏まなくては話を進められない者もいる。今、そうした手順は邪魔だった。
「第二師団を派兵するとのことでしたな」
「その通りです。我が第二師団は速力に自信のある騎馬兵が揃っていますので」
応える第二師団の団長は神経質そうな顔にじっとりと汗を浮かべ、それでも毅然と立ったまま会議を回す偉丈夫に答える。
「ナルヴ師団長、お前も知将の肩書に似合わず馬をよく乗りこなしたな。将も兵も迅速に展開できるのが第二師団の良さ。さすがは陛下、素晴らしい采配かと」
一見するとおべっかのような言葉だが、その実「もっといい案があるので乗ってほしい」と言っているようなものだ。老将の変わらぬ稚気にラトナビュラ王は眉間をもみほぐしながら、彼の言う通りに水を向けてやる。
「それで、ザムロ公爵よ。そなたも出陣したいという話か?」
「おお、さすがは陛下。この老骨の思惑など見透かされておりますな」
読ませておいてよく言う、とこの場の全員が思ったが口に出す者はいなかった。
「そなたが軍を率いるならあれこれと指令も色気を出せる。それは悪くない」
「率いるなどと。もちろん動員されるのは第二師団ゆえ、ナルヴ師団長の下で構いませぬ。久々に前線で槍働きをするのも悪くはない」
「ご冗談を。私に閣下を駒として使いこなすだけの才はありません。閣下が軍を率いてくださるなら、私は参謀を喜んで拝命いたします」
白々しく第二師団の団長は頭を下げて辞退する。内心で戦いに出たかった公爵、察して話を向けた国王、汲んで退いた師団長という構図。デリケートな権力構造に対する少しの配慮であることは誰の目にも明らかであった。
「陛下、もとより四大貴族は危急の際に国を守る力を見込まれ安寧の地位を得ております。ここはザムロ公にその勤めを果たしてもらうのが筋かと」
最後に文官の長であり同じ四大貴族のリデンジャー公爵が頷けば理由付けは完璧だ。
「うむ、よかろう。ジョイアス=カテリア=ザムロ公爵に命じる!臨時将軍の役職を与えるゆえ、第二師団の騎馬二個中隊を率いて北方の民を安んじよ。そなたは我が黄金の槍たる将、失敗は許さぬぞ。ナルヴ師団長、そなたは公の補佐を命じる!その知略でもって彼の槍の妨げをことごとく退けるがよい」
「はっ、必ずや」
「承知いたしました」
長身の老人は優雅に腰を折る。その鬣のような黄金の髪を見ながら国王は更に言葉を重ねた。
「まず第一王子の救出、次いで学院生の救出、住民の救助、魔物の掃討の順に優先し、適宜トワリ侯爵領の軍と連携せよ」
「承知いたしました」
「ジョイアス、侯爵領の軍とは連絡が取れないという報告もある。またブルガンティオに相当する魔物以外にも色々と懸念事項があることを留意してもらいたい」
宰相がいくつか補足をすれば、頭を上げたザムロ公爵は数度頷いて黄金の髭を撫でる。
「例の悪魔の短剣とそれを手引きした異端者……立て続いてこの事態というのは確かに妙ではあるか。ハバル、情報に感謝する」
大方のやり取りは終わったとみてか、公爵の重い圧力が消えた。特に肝の小さい財務大臣と法務大臣が深く息を吐き、将軍たちすら肩から力を抜く。
「それと、公爵よ」
「はっ」
「ネンスの護衛に雇っておる冒険者、同じ1年生のアクセラとエレナについて可能なら支援せよ」
一気に数段弛緩した議場にまた小声がさざ波のように広がる。
「噂の冒険者か」
「裏で薄暮騎士団が動いているとか」
「囮という噂も聞きましたが」
「オルクスの娘というのは本当だったのか」
「保護ではなく支援?」
「信頼に足るのか?」
さわさわと交わされる言葉を無視してザムロは敬愛する主の目を見る。イエロートパーズの瞳には思惑がいくつも窺える。それだけで仕えるに値すると公爵が納得できる目だ。
「……アクセラ=ラナ=オルクスですな。もう一人は知りませぬが。アクセラの方ならお披露目の際に挨拶をしたことがございます。今頃美しい娘に育っていることでしょうな」
白髪にラベンダー色の目をした愛らしい見た目の、しかし冷たい目をした少女だったと公爵は記憶している。同時に異様なまでの力を秘めていると感じたことも印象的だった。
「して、何故に支援と?」
当然の疑問だ。王子共々確実に保護し連れ帰れというなら分かる。だが好きに戦わせてやれというのは……そんな視線が国王へと集まった。
「それはそなたが実地で確かめよ」
意味深な笑みだけ返されたザムロ公爵も周囲の大臣、将軍もキョトンとした顔で互いを見やる。だが時間はそう残されていない。
「それでは皆、取りかかってくれたまえ」
「「「「はっ」」」」
宰相がすっと立ち上がって声を張り上げ、続いて全員が起立し声を揃えた。
~★~
翌日の昼、第二師団から抽出された騎馬二個中隊600名に正規騎士団20名を加えた救出部隊が名将ザムロ公爵、知将ナルヴ第二師団長に率いられ北のトワリ侯爵領へ向けて出発した。
救出部隊は公爵の希少ジョブにより三日という驚異的な行軍速度で港町ウダカを確保していた機動連隊の小隊と合流、彼らが攻め入る演習地の森へと共に兵を進める。学生への救援を阻止するように出現した百足型の魔獣と戦闘になるも深手を負わせこれを退け、一か八かの強行突破を敢行した学生と教師の一団を保護した。
同日夜、第一目標であるシネンシス王子の保護に成功。高位の魔法使い数名を加えて第二の演習地であるジッタへ進軍し、そこで悪魔に憑依されたと思われるトワリ侯爵領軍と激しい戦闘に突入。学生の協力もあり、少数の被害を出しながらジッタを確保した。
派兵決定から十日の後、第四師団から増援を得てトワリ侯爵領解放軍と名を改めた救出部隊は領都ソルトガの前で悪魔化した兵士と再び出現した百足魔獣による決死の抵抗に迎えられることとなる。
次週、ハロウィンイラスト第一弾!!
4週連続でイラスト付きのうえ、最後は四枚合体の一枚絵です!
~予告~
放たれた一条の矢のごとく、
エレナは想い人の下へと駆け抜ける。
次回、怒れる魔法使い




