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二章 第5話 キュリエル

「私、可愛い物が好きなんです」


 愛嬌のある笑みを浮かべて断言したテナスに俺は思った。たしかに戦神三兄妹の末妹だ、と。バトルマニアや戦術オタクに十分張り合えるだけの拘りを発現させている。


「テナスは戦場における無辜の民の守護者じゃからな……その「行き過ぎ」は保護欲を掻きたてる者を確保し手元に置きたがるという形になっておるんじゃ」


「まるで兄さんたちの暴走みたいに言わないでください。私はただ可愛い物が好きなだけです!」


 苦笑を隠す気もなくミアが言うとテナスは頬を膨らませて反論する。俺としてはどちらでもいいのだが、そろそろキュリエルを解放してやらないと比喩抜きに石化してしまいそうだ。神力が深層意識を反映して作用すれば、自らの緊張で石になるくらいありえそうなのが怖い。

 お使いを頼んだ結果石像にされたなんて、寝覚めが悪くてやってられないぞ。


「そういえばこの子はエクセルさんが先触れに出したんでしたね」


「あ、ああ、そうだ。ただ俺の戦乙女というわけじゃ……」


「かっわいいですよね!私にください!」


「……ないんだがな」


 これで暴走してないとは笑止千万だな。


「ダメですか?」


 テナスは大人の女性がするにはやや甘えたような目で問いかけてくる。そんな仕草も独特の魅力になるあたりはさすが女神、地上の生物とはケタ違いの完成度を持った存在だ。もともと気さくというか、少し幼さを感じる容姿だからかもしれない。

 しかしそんな魅力とは関係なくキュリエルをあげるわけにはいかない。そもそも俺の戦乙女ではないのであげられるわけがない。


「無理だ」


「えー……ケチ」


 ケチて……。


「そもそもキュリエルは俺の配下の戦乙女じゃない。天界に来た時ちょうど転移宮の警備をしているところに出くわしたんだ。だからお使いを頼んだだけだ」


「そうなんですか?先触れは天使や戦乙女にとっては光栄なことなので、てっきり配下のお気に入りを使ったのかと」


 ほう、それほどの大事だったのか。なるほどキュリエルがパニックを起こしていたわけだ。

しかしまあ、俺は初対面の天使や戦乙女に対して大概何かしらやらかしている気がする。

 あと、お気に入りだと思っていたなら強請るな。


「ああ、そういえば天使は何人か付けたが戦乙女を忘れておったな」


「……ウッカリ駄目神」


 またかと言いたい。そういえば最近ミアのうっかりに巻き込まれてないなと思ったら……いや、やらかしたの自体は9年前か。


「ぐっ!や、やかましいわ!仕方ないじゃろう、お主が強すぎて護衛をつける必要性なんてものの微塵も思い浮かばなかったんじゃ!」


「なんだ、そんな風に思っていてくれたのか」


「え……ああ、う、うむ、そうじゃ!お主の強さを信頼してのことじゃぞ」


「ミアちゃん、嘘はいけませんよ?」


「そもそもそこ照れるところなんですかね……?」


 ニコニコしながらずばりと指摘するエカテアンサ。実に慈母神、というか母親っぽい。

 ミアの嘘についてはどうせそうだろうとは思っていたが、戦士として最高神から力を褒められるのは嬉しいのだ。


「それにテナスちゃんも、キュリエルさんの宝石の色を見てごらんなさい。エクセル様のお色ではないでしょう?」


「私エクセルさんの色知らないんですけど……ああ、たしかにミア様の色です、すみません」


 硬直しているキュリエルの首をそっと傾けさせ、彼女の兜の横側を見てそう言った。

 戦乙女のサークレットヘルムはその名の通りサークレットの前側がヘルム状になった軽鎧だ。その側面には仕える神に合わせたデザインの美しい羽飾りがあしらわれている。ミアに仕えるキュリエルやシェリエルは標準的な羽飾りなわけだが、どの神の戦乙女でもそこに小さな宝石があしらわれているのだ。そしてその宝石の色は仕える神の色、彼女たちの場合深紅である。


「というわけでミア様、ください」


「やるわけがないのじゃ」


「そんなぁ」


 テナスはどうやらキュリエルのことがいたく気に入ったらしい。小柄で幼気でまだ戦乙女としても慣れた感じがないあたりが庇護欲をそそるのだろう。しかしさすがのテナスもミアにはゴネにくいらしく、石化したキュリエルを胸に抱いて唇を尖らせるだけだった。これならしばらくすれば解放され、哀れな戦乙女の心の平穏も戻ってくるだろう。そんなのんきな考えができたのは創造神の予期せぬ一言が投下されるまでだった。


「わしとしてはむしろエクセルのところに送りたいのじゃ」


「俺か?」


「……!!」


 突然の爆弾に驚いていると、グリンと音がしそうな勢いでこっちを振り向くテナス。

 怖い怖い。


「いや、そもそも配置換えなんて重要な事本人の意思も確認せずに……」


「いや、そなたのところに送った天使達も別に意思確認はしとらんのじゃ。よさげなのをシェリエルが見繕って、辞令を出しただけじゃからな」


 そうだったのか。辞令とは、まるで商会か何かみたいだ。だがそうなるとパリエル以下うちの天使たちはなりたくもないのに俺の配下になったのか。ちょっとかわいそうだな。


「まあ、もちろん本人がどうしても残りたいと主張した場合は別じゃ。無理に移動させるようなことはせん」


「……ならいいか」


 拒否の選択はあったらしい。それなら何も問題はない、はずだ。

 ……あとで一応配置換えの願望があるかだけは確認しようかな。

 割と真剣にそのことを考慮しながら、とりあえず今は石像のごとく微動だにしない戦乙女の処遇を考えようと頭を切り替える。


「キュリエルに関しては彼女の意見を最大限尊重してほしい」


 そう言うと3柱とも面白そうな顔をした。


「ふふ、やはり貴方様は変わった神でいらっしゃいますね」


「そうじゃな、こやつは実に基準が人間的じゃ」


「それはとても素敵なことだと思います……でもキュリエルちゃん、私のところに来たら毎日楽しいですよ、来ましょうよ」


 口々に好意的な笑いを浮かべる三女神。俺の人間臭い考え方はどうやら新鮮で面白いらしい。

 そんなことより俺はさりげなくテナスが意識不明のキュリエルの耳元で勧誘の言葉をささやいているのが気になる。


「してキュリエルよ、お主はどうしたいのじゃ?」


「……」


 問いかけられた彼女は、しかし魂の抜けたような顔でポカーンとしていた。最初からずっとそうだが、本当に石化してしまったのではと思うほど動いていない。だが最高神を筆頭に大神が3柱、いや4柱も集い、しかもその1柱の膝に乗せられているのだ。新米戦乙女には容量オーバーもいいところだろう。意識は完全に失っている。無理もない。


「あー、シェリエル頼んだのじゃ」


 同じ結論に達したミアも困ったように一度声を彷徨わせ、しかたなしと後ろに控えるベテランの戦乙女に投げた。シェリエルの方はというと、別になんでもないことのように表情も変えず頷いてみせる。


「はい。キュリエル、主がお尋ねですよ?」


「ふあ……!え、あ、た、シェリエル戦士長様!?わたしは一体……」


 特に大声でもなかったがシェリエルの鈴の声は1度でキュリエルの口に抜けかけの魂を戻すことに成功した。その慣れた様子は、案外高位の神に出会って放心する戦女神や天使は多いのかもしれないという邪推を喚起した。悪神に対する守りでもある存在としてそれはどうなのかと思わないでもないが。


「キュリエル、よく聞きなさい」


「は、はい!」


「主はいま貴女に尋ねておられます。このまま主の下で働きたいか、そこにおられるエクセル神の下で働きたいか、好きな方を選びなさい。あ、一応テナス神の下に行くのも選択肢ですが」


 あくまで事務的に選択肢を列挙するシェリエル。その声にようやくキュリエルも石化が脳まで解けたらしく、あたりをそっと見回して、もう一度硬直した。ただし今回は石よりもう少し軟質素材らしく、じつにゆっくりとだが首は動き続けている。スローモーションのように巡った視線がようやくミアを捉えるとその目は大きく見開かれ、体の硬度が少し上昇する。


「あ、主様!?こ、こ、これは、ご機嫌麗しくおいででいらっしゃられますことかと存じます!」


 絵に描いたようなパニックだな。


「そ、それにエクセル様も、ご機嫌麗しくていらっしゃられます、ね?」


 首が攣りそうな勢いでこちらに振り向いてもはや挨拶かなにかよくわからないことを言ってのけた。


「えっと、え、あ、わ、わたしはそれで、あの、か、解雇されるのですか?エクセル様に解雇されて主のもとに?あれ?主に解雇されるのですか?え、え、え!?わたし解雇ですか!?」


 今日この宮殿で解雇という言葉はおそらく4回ほどしか言われていないし、言ったのはお前だけだ。そうツッコミたい衝動に駆られるが、パニック状態の相手に言っても余計話がややこしくなるだけなので飲み込む。

 そもそも戦乙女を解雇してどうするんだ。天使も戦乙女もフリーランスに需要がある存在じゃないというか、そもそも人間だって人間であることを辞職はできないんだぞ……できなくもないか。いや、話がこじれるからこの例えはなしだ。


「まてまて、解雇ではない。そなたの配属の話じゃ」


「は、配属ですか」


「うむ。今シェリエルが言ったように、このままわしの下で働くもいい。しかしエクセルの下には天使、それも文官しかおらぬからな。そやつの下で働いてみるのもいいじゃろうという話じゃ。テナスのことは、まあちょっとおいておけ、ややこしい」


「テナス様……?」


「ここですよ、絶賛あなたをスカウト中です」


 首をかしげたキュリエルに、言わなくてもいいのに所在を告げるテナス本人。声を掛けられた戦乙女はキョトンとした顔で上を見上げる。当然視界に映るのは触れられそうな距離で笑いかけてくるテナス神なわけで。


「ふぁ……」


「出とる出とる、口から意識が。まったく、やめんかテナス」


「テナス、ちょっとしばらく黙っててもらっていいか」


「テナスちゃん、あんまりからかってはいけませんよ?」


「う……ごめんなさい」


 キュリエルは精神の安寧のためか口から魂が抜けたような所謂ポカーン顔に戻り、テナスは俺たち3柱から総スカンをくらう。


「キュリエル、しっかりしなさい。神々を守る戦乙女がお顔を近くで見ただけで気絶してどうしますか」


「……はっ!?」


 シェリエルが呼びかけると1回で復帰するのはなぜだ。


「わしの配下におる戦乙女たち全ての長じゃからな、シェリエルは」


「そうだったのか……道理で他の戦乙女とは風格が違うと」


 ところどころに配置されているヴァルキリーたちはキュリエルほどではないにしても、大概恐縮した様子で敬礼の見本みたいに堅苦しい挨拶をしてくる。しかしシェリエルは出会った当初から自然体だった。自然体を大神の前でも披露できるのは彼女の以外だと転移宮をいつも見張っている寡黙な戦乙女くらいしか見たことがない。先程の話から察するにトーゼス神さえ畏れ多いと感じていた以前のミアともわりと近しい関係を築いていたようだし、シェリエルは思っていた以上に大物のようだ。


「そ、そんなことはありません。それよりキュリエル、ちゃんと考えてお答えなさい」


 彼女はわずかに照れたのか声を慌てさせながら、誤魔化すように部下を急かした。シェリエルをつつくのも面白そうだったがまた話が横道にそれてもいけない。そんな思いで視線をキュリエルへと向ける。

 さっき釘を刺されたばかりのテナスも今回は口をつぐみ、必然的に全員の視線が小柄な被造物へと向けられた。その状況に軽い圧を覚えたのだろう、少し体をびくつかせながら、それでも彼女は口を開いた。


「そ、その……わたしはまだまだ未熟な半端者です。そんなわたしがエクセル様の最初の戦乙女にしていただくのは、あまりに畏れ多いと……決してエクセル様の下で働かせていただきたくないとか、主様の下ならいいとか、そういうことでは、決してないんですけど……わたしにはそのような資格は、まだありませんから……」


 キュリエルは蚊の鳴くような声から始め、一段と消え入りそうな声になりながらそう吐露した。戦乙女として、護衛として未熟であるから俺の配下第1号になる資格はない、と。おそらく一番初めの戦乙女であるという立場は、ミアが従える大勢の戦乙女の末端であるという現状に比べてあまりにも重責なのだろう。

 しかし、その言い方というか、姿勢が俺はあまり好きになれなかった。


「……」


 だからつい、自分で言いだしたくせに口を挟んでしまったのだ。


「やっぱりうちにこないか?」


「え、ええ!?」


 ちゃんと意思を言葉にしたはずなのに再度誘われて彼女は目を白黒させる。


「俺はまだ神になりたての、おまえと同じ新米だ。それにそもそも俺は自分のことは自分で守る主義だ。俺の下に来るのに資格なんていらない」


 大体の神は何かあったときに1柱で悪神の眷属を相手するのが大変なので、戦乙女と武官係の天使を揃えて備えている。そこにくると俺は無数の敵を1人で薙ぎ払うのも嫌いじゃない。ただ文官系の天使を守る手は欲しいのだ。特に俺は普段天界にいないのだし。


「パリエルたち文官を守るだけならそこまで大変にはならないだろう。戦乙女としての知識も戦士としての技もこれから学べば問題ない。何も明日最終戦争が始まるわけでなし」


「え、えっと、でも、そんな……」


「ようは育ててやるから来いと言っておるんじゃよ、そやつは。よかったではないか、天界で最も戦いの技巧に長けた神から技を学べるのじゃ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてミアが焚きつけた。そのあと「どうしても残りたければそれでもわしは構わんがな」と付け加えるのを忘れない辺り意外と気が回る。

 にしてもミア。その笑み、俺が途中で勧誘すると分っていたような笑い方だな?

 6年間天界で少なくない時間をおしゃべりに費やしているのだし、そろそろお互いの考え方が分かってきたということかもしれない。


「……よ、よろしいのでしょうか?」


「よいのではありません?他ならぬエクセル様がそうおっしゃっているのですし」


「エカテアンサ様……わ、わかりました!」


 ずっと黙っていた慈母神の言葉で決意が固まったらしい。キュリエルはテナスの膝の上なのも忘れて居住まいを正し、俺の方に真っ直ぐ体ごと向いて深々と頭を下げた。


「わ、わたくし、キュリエルをエクセル神の配下としてください」


「ああ、よろしく頼むよ」


 意思さえ決まってしまえば簡単な言葉のやりとり。それだけで彼女の所属はロゴミアスから俺へと書き換わった。その証拠にサークレットヘルムの宝石は深紅から淡い若紫に輝きを変じている。

 こうして俺は天使と対を成す天界の存在、戦乙女を配下へ迎えることとなったのだ。


~★~


「あー、結局エクセルさんに取られちゃったなぁ」


「取ってないぞ」


 残念そうに溜息を洩らすテナスに一応訂正を入れておく。彼女は所属の変化など知ったことかと未だにキュリエルの身柄を拘束したままだ。そもそも一度も彼女の物にはなっていないのだが。


「でも実際問題どうやって指導するつもりなんですか。エクセルさんて基本は地上にいるんでしょ?」


「ああ、それは簡単だ。俺の力を武器状にしてキュリエルに渡す。キュリエルはそれを持って日々鍛錬すれば、それだけで技術がある程度は身に着くはずだ。あとは時々俺がこっちに来たとき稽古すればいいだろう」


 俺だって6年間天界と地上を行き来して何も考えなかったわけではない。かつてパリエルが天使を強化教育するには神の力をアイテムにして与えるのがいいと言っていたことに着想を得たアイデアだ。


「えっと……それは天使のカスタマイズの方法では?」


 テナスにも由来は伝わったようで、しかし怪訝な顔で首を傾げられてしまった。


「そうだが?」


「エクセル様、天使と戦乙女は多少違うのですよ」


 首をかしげ返した俺にエカテアンサが説明してくれる。


「天使はアイテムに込められたエネルギーを取り込むことで変化していきます。しかし戦乙女たちは私たち神の作った武具を纏うこともあるので、そのエネルギーを取り込まないようになっているのです」


「つまり天使はアイテムを食って進化するが、戦乙女は食わずに使い続けるので進化しない、と」


「ええ、そうと言えますね」


 なるほどそんな違いがあったのか。まあ、今回に限って言えば特に問題はない。


「なら少し変えて、吸収されるはずだった力を教師にしてしまおう」


「「「「「……?」」」」」


 女神たちだけでなく戦乙女2人の頭上にも疑問符が浮かんだように見えた。

 そう難しいことを言ってるか?


「武具のエネルギーを摂取できないなら、それを別の事に利用すればいい」


 今回はそもそもエネルギーをキュリエルに与えて方向性や力の大きさを変えることが目的ではない。あくまで技を覚えさせることが目的なのだ。


「武具から一時的にエネルギーを外に出し、教師のような疑似人格として活動させる」


 やり方は言うほど難しくない。脳内で十分な安全マージンをとった設計図を引きながらハーブティーに口をつける。


「そんなことが……」


「可能なのですか!?そのような武具、わたくし聞いたこともございません!一体どのようにして……」


「エカテさんの病気がまた始まりました……」


 テナスが呆れ声で呟く。唐突にスイッチが入るから俺も内心かなり驚いた。危うく咽かけたくらいだ。


「い、いや、過去にあったかどうかは知らないが、なんとかなる。帰りに作るからそのときに実際見てみればいいんじゃないか?」


「ぜひ、ぜひとも見せてください!」


「も、問題ない」


 身を乗り出さんばかりのエカテアンサに若干上体を逸らしつつ頷く。

 本当にアイテムの類が好きなんだな。


「それと普段の基礎的なトレーニングはテナスの下でさせてもらえるか?戦神の配下の戦乙女ならとりわけ精強だろう?」


「私自らさせてもらいますね!」


「……うん、ほどほどにな」


 やっぱり戦神三兄妹はしっかり兄妹だよ。疑義を挟む余地なんてどこにもないくらいに。

 一連のやり取りをこっそり笑いがら眺めているミアに一睨みくれてから、シェリエルに注いでもらった3杯目のハーブティーに口をつける。柔らかい香りがげんなりとした精神を癒してくれた。


「それにしてもちょっと迂遠じゃないですか?」


 ふとテナスがそんな疑問を寄こした。

 迂遠とは?と視線で促しながらお茶を飲む。


「エクセルさんは配下の天使を短期間で上級にしたってミア様から聞きましたよ?」


「ごぶっ」


「ちょ、大丈夫ですか!?」


 掘り返されたくないネタ第1位をピンポイントに突かれた俺は今度こそ咽た。

 ミア、あとでグリグリの刑。


「あ、あれは二度としない。いろいろ問題がありすぎる」


「問題のある方法、ですか?」


「いや、本人とは認識の確認を経てお互い問題ないと合意した。ただ再度やって見せるのは大変に問題がある行為であると言わざるを得ない」


「なんでいきなり事務的な回答になるんですか……」


 何を言っているのか分からないな。そんな顔でカップに残ったお茶を飲み干す。


「……ミア様、エクセルさんは一体何をしたんです?」


 俺から答えが得られないと分るとテナスはミアへと質問の矛先を向けた。


「絶対言うなよ!!言ったらグリグリ5倍速の刑だからな!?頭が弾けても止めてやらんからな!!」


 流石にそんなこと口では言えないので射殺さんばかりの視線にのせてミアを睨みつける。


「!」


「ひぁ」


 ミアの後ろでシェリエルが身をすくめキュリエルが間の抜けた声と共にポカーン顔になるが、肝心のミアはまったく気づいた様子もない。

 おいこら馬鹿止めろ!


「そやつ、天使の魂に直接手を差し込んで力を注ぎこんだのじゃよ。そんな無茶をいきなりやらかしおって、しかも成功するんじゃから大したもんじゃ!」


 大笑いしながら称賛するミア。しかし聞いた方の反応はというとまったく笑えない。


「あらあらあら……」


「お、おー……」


 2柱とも顔を赤らめてこちらをじっと見ている。止めろ、テーブルひっくり返して逃げたくなる。あとミア、お前は死んだものと思え。


「い、いろんな意味で凄いですね……。エクセルさんは誰にでもそんなカンジなんですか?」


「そんなカンジがどんなカンジを指すのかは全く分からないが、もちろん誰にでもするわけないだろう!」


 それではただの変質者だ。


「ああ、じゃあその天使が特別だったんですね」


「特例だな、訂正すると」


「そ、その、あ、愛はどんな形でも愛しむ心さえあれば愛だと、わたくしは思います」


「変なフォローの入れ方は止めてくれ、頼むから!」


 エカテアンサが真っ赤な顔で困惑気味に、それでいて優しい笑顔を浮かべながら言ってくれるのだが、別にそんな言葉を求めてるわけでは断じてない。


「む?なんじゃそなた、ソッチの気じゃったのか。子の産まれん営みは創世神としてあまり勧めるわけにいかんのじゃが……」


「ちがう、勧めなくていい!俺に男色の気はない!」


 どういうわけだかすんなり納得しかけているミアに全力で静止をかける。このウッカリ駄目神に変な認識をされたままだと後でどんなとんでもないハプニングに見舞われるかわかったものじゃない。通常運転のウッカリでさえ俺を伯爵令嬢に転生させたのだ、前提条件のおかしいウッカリなんて体験したくない。


「男の人より女の人の方が好きなんですね?」


「当たり前だ!」


 テナスの笑みがさっきより遥かに悪戯の気配を含んでいることにも気付かず、勢いのまま声高に断言してしまう。


「あららー、キュリエルちゃんも2人きりになったら有無を言わさず魂に手を入れられて、熱ぅいモノをたっぷり注がれちゃうんですかねー」


「ひ、ひぁぁ……」


「あ、こら!?」


 俺が気付いて止めるよりも早く、ミアへの脅しの余波から立ち直ったキュリエルの耳元で、テナスは艶めかしい圧をかけた声でもって囁いていた。


「あ、あの、わ、わたし、や、やっぱり、ロゴミアス様の下に……」


「誰がするか!テナスもまだ幼い戦乙女にいらんことを囁くな!」


 嫌がらせか。もしかしてキュリエルを手中に収めそこなったことへの報復なのか。


「幼いというても200歳くらいじゃ。初心なねんねじゃあるまいに」


「いや、初心なねんねではあると思いますけどね」


 肩をすくめてどこで覚えたかわからない言葉を吐く諸悪の根源と冷静にツッコミを入れる戦士長殿。


「それを言ったら私だって初心なねんねですよ」


 まるで心外だとでも言いたげにテナスが混じると、胡散臭い物を見るような目でミアは彼女を見返す。


「お主みたいなのを初心とは言わん」


「ミア様酷い!私これでもそういう経験ありませんからね!?」


 経験の問題じゃないだろう。そうじゃなくて、そっちに話題の舵を切らないでくれ。


「そなたいくつじゃ……他の女神みたく好きな男神にでもちょっかい出してみたらどうじゃ?」


「あんまりそう言う事に興味湧かないんですよね……私はかわいいものを愛でているだけで十分です!」


 「可愛いは正義」を地で行くらしい戦女神はキュリエルを強く抱きしめてその髪にほおずりしだした。絵面は華やかで愛らしいのだが、なんだかダメな空気を感じる。

 戦神の専売特許的な嗜好の暴走でこの会話はお終いになるかと思いきや、やたら神妙な顔でエカテアンサが口を開いた。


「あら、子供はとっても可愛らしいものですよ?自分の子ともなればなおさら可愛らしいことはわたくしが保証します」


「なぜ広げる、その話題……」


「そうなんですか?」


「ええ、可愛いですよ?」


「子供、自分の子供……たしかに考えて見れば可愛いかもしれませんね」


 可愛いものにつられてテナスが真剣な顔で何か考え始めた。俺の方をじっと見て。

 神とは言え一応男女、そういう会話は俺のいないところでしてほしい。どう反応していいのかわからない。というか俺はもう帰りたい。


「エクセルさん、子供作りません?」


「ん!?」


 とんでもない爆弾が音速で投げ込まれた気分だ。どうしてそうなる、と。

 俺の時間だけ数分止まったのかと思った。確実に心臓は数拍止まったぞ。


「子供がいくらかわいくても相手がいないんじゃ作れないでしょ?で、エクセルさん見てたら結構かっこいいかなと思って……それに強いじゃないですか」


「判断基準はその2つだけなのか?というかそんな簡単に決める問題じゃないだろ……あといくら俺でもそんな色気のないお誘いは受けたくない!」


 一気にまくし立てて天を仰ぐ。最後のは別に今重要事ではないかもしれないが、それでも男だって最低限のムードくらい気にするのだ。

 そのくらいのつもりで言ったのだが、上げた顔を戻してみるとテナスがシャツのボタンをいそいそと外していた。キュリエルの後ろなので分らないが、たぶん2つくらい。

 おいまて、ここは馬鹿の楽園か。

 ボタンを外し終えた彼女は少し体を前に屈めながら真っ直ぐにこっちを見る。潤んだ瞳と湿った唇はたぶん俺が上を見ていた間に神力で軽くメイクしたのだろう。

 とはいえ顔の赤さは素のようだ。耳どころか露出した肩まで色がついている。脱ぐのが恥ずかしいのか言うのに照れているのか分からないが、その一点で全てが愛らしく艶やかに見えるから不思議だ。それとも男は単純というやつか。


「エクセルさん」


 キュリエルを弄っていた時より圧のかかった艶気のある声。耳に心地よく、同時に蠱惑的な色香をたっぷりと含んでいる。その声と演出だけでミアやエカテアンサといった外野の女性が意識から消えるほどだ。


「一晩だけでいいんです」


 禁欲的な修行僧でも悩殺されそうな熱を真鍮色の瞳が浮かべている。


「私を……抱いてくれませんか?」


 その本気としか思えない切ない問いかけに不覚にも背筋が粟立った。色気がないとは嘘でも言えないほどの名演技。しかし同時に俺にどこかで聞いた声を思い起こさせる。聞き慣れた誰かの声を。

ああ、こんな時でも思い出せないと気になる。

 気にはなる、が、これだけ手の込んだ演出をしてくれた女性、ほったらかしにしておくわけにもいかない。喉に小骨が引っかかったような感覚を胸にしまい込んでテナスの神眼を見つめ返す。快活さと妖しさが調和したゾッとするような雰囲気を彼女は纏っていたが、意外なほど呑まれることなく俺は感想を言った。


「……とりあえずキュリエルを乗せたままするなよ」


「あ」


 折角シャツのボタンをあけてもキュリエルの困惑顔で全く見えなかった。ただそれがちょっと残念だったと思うくらいには魅力的だったということは……癪なので教えてやらない。


最近タガタメのマルチクエストを友人と0時前後から深夜までやるのがマイブームです。

そのあと小説を書き始めるというウルトラ昼夜逆転スタイル><

ある程度まで昼夜逆転すると戻すよりいっそそのまま貫徹して爆睡した方がリズム戻りますよね。

でもそんな朝6時から9時くらいまで、視界の隅に映る布団の魔力が最高潮に達して・・・あとは分かるな?(ゴゴゴ


~予告~

女神テナスにより誘惑を退けたエクセル。

しかし彼の女難はまだ幕を開けたばかりだった!!

次回、若紫の巻き


パリエル「あくまで主を現す色のことですよ?」

エクセル「マラリアとか勘弁してくれ・・・」


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