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十章 第9話 教会都市ジッタの攻防

 教会都市ジッタの外壁の上、といっても高さは王都のそれの三分の一程度しかないが、は騒然となっていた。重々しい風切り音が鳴り渡り、さっと月の光が陰る。


「と、投石、来ます!!」


「見りゃ分かる!!」


「魔法部隊、迎撃ィ!迎撃ィ!!」


「詠唱が間に合わねーんだよ!!」


「ヴィア先生、破壊を!」


 ここは戦場だ。もう何度目かの質量攻撃に魔法部隊の回転はギリギリになっている。集団で迎撃するには間に合わない。指揮を執る同僚の鋭い指名を受け、水魔法の上級教師であるヴィヴィアンはずっしりと重いメルバウ材の杖を空へ掲げる。先端に埋め込まれた青いクリスタルとそこから石突まで複雑な線を描く金の線が二本、金褐色の木肌に強い光を灯す。見据える先には私の身長と直径が同じくらいの大岩。打ち出された勢いを使い切って落下へ転じた無機質な殺意が振り下ろされる。


「落とします!」


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。私ならできる。できる。できる。そのためにプライドを捨てて、自分の生徒に学んできたんですから……できなくて何が教師ですか!!

 ヴィヴィアンは心の中で必死に唱えながら、体中からかき集めてクリスタルの先端へと収斂させた魔力にイメージを与える。大勢で勢いを削るか砕くかして対処する投石を、一人の力で無力化するための複雑なイメージ。まさしく技術の得意とする、既存の方法では手が届かないピーキーな魔法行使。小さな体が反動で吹き飛ばされないよう、片足を引いて杖を抱く様に支える。


「貫け、貫け、貫け!水の理は我が手に依らん!!」


 詠唱でも何でもない叫びに合わせて魔法を解き放つ。過剰な魔力に青く光る一条の槍が杖先から真っ直ぐに迸った。狙い通り、緩慢に落下する巨石の中心を青いウォーターランスは穿つ。


「からの……切り裂け!」


 ヴィヴィアンはもう一度叫び杖を思い切り振り抜く。ザっと靴底が石材を踏みしめる音とともにウォーターランスが瞬時にウォーターブレードへと変じ、数回転し岩を内側から切り裂く。落下のエネルギーと合わせて盾役さえも押しつぶす勢いだった投石は、しかし彼らの盾で十分防げる程度の塊になって降り注いだ。そこからは魔法部隊が砕くのとなんら変わらない対応で、戦士たちもなんなく盾で岩をはじき返して見せた。


「さ、さすが王都の魔法使いだ!」


 共に戦っていた冒険者から喝采が上がる。だが彼らにもヴィヴィアンにも気を抜く余裕はまったくない。敵の、平地に並み居る魔物と黒い兵士の攻撃はまだ終わる様子を見せないのだ。特に危険なのが今凌いだばかりの攻城用の投石機。その魔法に頼らない破壊兵器は国境警備用にしか配置されていないもので、他国へ侵略する意図のないこの国においてはあっても困る類の大掛かりな装置。そもそも新規の建造すら許されていないが、全体的に褪せた色をしているのでこの領地がまだ国境だった時代の骨董品なのだろう。

 魔法より重く、魔法より遅く、魔法より維持が面倒な兵器。でも壁を破壊するだけなら魔法よりずっと効率的なんですね……。

 正直なところ稼働している実物を見るのはヴィヴィアンにしても今回が初めてだったが、使う側の面倒を考慮しても使われる側からすればたまったものではない兵器だ。それが今回は三基投入されている。魔法とスキルでどこまで防げるか……特にこの教会都市ジッタは申し訳程度の外壁しか持たないのだから。


「魔法部隊、すぐに次弾が来るわよ!」


「隊長!」


「ち、先にダークボール潰して!反魔法は使うんじゃないわよ、迎撃!迎撃!魔力は極力小出しにしなさい!」


 魔法部隊の指揮を執る女傑、アルマン先生が怒鳴り声をあげる。それに被せるように悲鳴が上がり、彼女は指示を撤回して対応を命じる。見れば黒い兵の群れから妙に遅い黒球が放たれたところ。破壊力に優れた闇魔法のダークボールだ。あれを壁に叩き付けられれば、いつかは頑丈な岩石製でもすぐに壊れてしまう。


「爆風系を使ってください!巻き込んで破壊できるから効率がいいです!」


「わかった!?爆風系の魔法をまばらに当てて効率よく削って!」


 経験の浅いヴィヴィアンの意見をすぐさま取り入れるアルマン。彼女の指示で詠唱を咄嗟に変える魔法部隊。冒険者と教師で構成された少人数の部隊だが、これだけの火力があれば本来ちょっとした城すら落とせる。それだけ魔法は威力がある。だが魔力の乏しさはいつだって魔法のネック。段々と破局は近づいてきている。現場で運用しながら魔力残量を管理するのはとても難しいのだ。


「火の理は我が手に依らん!」


「火の理は我が手に依らん!」


「火の理は我が手に依らん!」


「火の理は我が手に依らん!」


 時間差で叫ばれる詠唱。放出される赤い炎は帯となって黒い球体を迎え撃ち、激突の瞬間に周囲へ爆風と爆炎をまき散らす。ダークボールの黒い波動がその衝撃をさらに掻き乱し、連鎖的に魔法と魔法の爆発は続く。ドッドッドッドッドォオオオオン!!と直接脳を揺らされるようなインパクトと轟音が周囲を席捲した。体重の軽いヴィヴィアンなどそれだけで軽く体が浮いてしまう。慌てて細身の冒険者が小柄な魔法使いを支えた。


「投石が来ます!」


「クソ、早いのよ!!」


 いつもは品のある教師アルマンの悪態。それを酷い耳鳴りのする左耳で聞きながら、ヴィヴィアンは自分を支えてくれた初老の冒険者に叫ぶ。


「弓ではやはり届きませんか!?」


「試してはみていますが、やはり無理ですな!」


「投石、射出!!」


 打ち出された巨岩は放物線の頂点へ上るより早く、アルマンの真っ赤に燃え盛る魔法の連撃に曝されて弾け飛ぶ。なかなか使い手のいないスキル『マルチキャスト』を所持する彼女ならではの、手数に任せた迎撃スタイルだ。


「ヴィア先生は魔力の準備だけしておいて!あと二射は魔法部隊と私で防ぎます!」


「わかりました!」


 叫び返しながら小さいが高性能な頭を回転させる。初老の冒険者は鋭い目で投石器を見ながら、声を漏らすヴィヴィアンにしみじみと言った。


「攻撃が始まってからもう二日と半日……投石器の相手も半日を過ぎますな。いい加減になんとかしたいものです」


 彼は弓に矢を番えてスキルの光を纏う。『狩人』系のスキルを持つこの冒険者は最大射程距離を誇るロングショットに『長射程』を組み合わせたようで、二色の光を纏って放たれた矢はギリギリ投石器の台車に届く。しかし威力は減衰しきっていて車輪や留め金を破壊するには至らない。


「長弓の類ならあるいは届くかもしれんのですが……先生の魔法でもあの距離は無理ですかな?」


「どうでしょう……」


 あの攻城兵器が出てきてからというもの、フル回転で魔法を使っていてそういう方法は試してこなかった。魔法部隊の纏め撃ちの隙をカバーできるヴィヴィアンにもアルマンにもそんな余裕はなかった。しかしそろそろ押し返す策を、少し無理をしてでも試してみる必要があるのかもしれない。


「あの、一度本体を狙撃してみてもいいですか!?」


 アルマンは叫ぶヴィヴィアンのことを少し見つめる。子供のような体格だが戦場の埃で曇った眼鏡の奥には、今も弾道の計算がカチカチと組み上がっているのだと思わせる瞳の輝きがある。


「わかりました。今のヴィア先生の魔法ならあるいは……!」


 ヴィヴィアンは好意的な答えが得られるのと同時に杖の先を凶悪な梃子の化け物に向け、魔法の準備にかかる。アクセラとエレナから技術の基礎を学んだ時には、彼女たちのように大技ではなく小技の幅を広げる方向でまず研鑽を積むつもりだった。それがこうしてありったけのイメージを絞った特殊でタメの長い大技をアテにされるようになるとは、本来教える側のヴィヴィアンにしても何があるか分からないものである。

 ……二人とも、大丈夫かしら?

 どちらが教え子だか分からない関係性の生徒たちを思い出して、ふと胸の中に痛みが湧き起こる。

 こちらの、教会での戦いはジッタに到着した二日目の昼から始まっている。突如として現れた黒い鎧の一団とごった煮の魔物の群れ。最初はヴィヴィアンも、この遠征企画の裏で思惑を巡らせていたネンスの敵かと思っていた。しかしそれにしてはあまりに異様な敵だった。

 壁の上から攻撃できるアドバンテージがあったから、魔物の群れはさっさと倒せたけれど……。

 今も地に伏したまま動かない魔物の群れを見る。狩人が多かったことも幸いして、高低差と頑丈な防壁頼みの殲滅戦には勝利できた。しかししばらくして領都へ向かったはずの自由時間組がこちらへ逃げ込んできたとき、ハッキリと向こうの意図が戦闘でないことが分かった。襲わず通したのだ、黒い軍勢は生徒も教師もジッタに逃げ込む一団は全て。敵の意図が殲滅や略奪ではなく封じ込めである以外、考えられない動きだった。少なくともヴィヴィアンの乏しい戦略知識では全く想像がつかない。

 皆殺しが狙いではない。けど全力で抵抗しないとまずいくらいには圧が強いんですよね……なんというか、無機質?雑?とにかく読めない、変な戦い方をしてくる。

 ただ三つに分かれた学院生たちのうち二組が襲われている。これで森の演習に言った生徒たちだけ狙われていないと思うのは楽観がすぎるというものだろう。あちらにはネンスを含め、こういった奇怪な状況に縁がありそうな生徒も多い。


「どうか無事で」


 口の中で小さくそう祈る以外、今の彼女にできることはない。この戦場で必死に生徒を守る。それだけで精一杯なのだ。そう割り切った考えをしながらも鉄の味を噛み締めるヴィヴィアンの思いはそのまま槍に宿っていく。


「水の理は我が手に依らん!」


 思考は続けたまま、詠唱を結んで青い槍を解き放つ。強烈な水圧に統制を外れた飛沫が石材を濡らし、反動がザリっとブーツを押し下げる。先ほどの一撃と同じく輝く槍。飛距離と着弾時の破壊力を引き上げたウォーターランス。それは不安定に空を射抜き、一番近くにある投石機の基部へ落ちる。


「行ける!!」


「おお!!」


 歓声が上がった瞬間だった。投石機の前に黒い物体が飛び出してウォーターランスをその身で受け止めた。


「あっ!?」


 青がカッと瞬いて弾ける。黒い物体は木っ端微塵になって消えたが、代わりに投石機には傷一つない。


「な、何が……」


 さすがに息を飲む魔法部隊。アルマンも杖を構えたまま目を細めている。当のヴィヴィアンは眼鏡の補正ありでもハッキリとは分からなかった。そんな中で一人、初老の狩人が慄くように呟いた。


「悪魔……」


 城壁に集った全ての者に彼の呟きは不思議と聞こえた。翼をもつ漆黒の物体の正体を思って、誰もが眼下に広がる黒い鎧の軍団を見る。無機質で、まるで死体のように立つ敵兵。それがもし本当に死体だったら?死体に宿った悪魔だったら?攻めてこなかった理由は……。


「まさか」


 小さな声でアルマンが呟く。ヴィヴィアンも同時に同じ答えにたどり着いた。


「まずいっ、投石機は私とヴィア先生で防ぐわ!全員、ありったけの火力を敵兵に叩き込みなさい!悪魔の力を完全に使えるようになったら守り切れやしない!!」


 ヴィヴィアンは血液が凍ったような恐怖に襲われた。悪魔は顕現してからしばらく力を溜めなくてはまともに戦えないという。ならばこそ、消極的な攻め手はやる気がないわけでも妙な思惑があるわけでもなく、ただ時が来るのを待っていただけだったのだ。


「お、おおおおお!!」


「火の理は我が手に依らん!」


「はぁ!!」


 狩人や弓兵がスキルの光を灯した矢を次々に打ち込む。魔法使いが必死に呪文を唱えて魔法を発動する。近接武器を持つ冒険者たちも一斉に斬撃や刺突を飛ばす遠距離型のスキルを放つ。色とりどりの光と炎が黒い兵の群れに降り注ぐ。直撃を喰らった敵が無残にも崩れ去り、しかしそれを免れた者が次々に変異を始めた。


「気を付けろ、奴ら翼を持ってる!」


 黒い鎧が所々溶けて有機的に変形し、背中がめくれ上がって両腕と融合。まるで大きな人の手を広げてそう見立てたような、指の質感が見て取れるグロテスクな翼になる。失った本来の両腕の代わりなのか、鎧の胴が開いて新しく一対の腕に変わる。その腕は妙に細長く、肘から先が鉈になっていた。


「っ!!」


 脳裏に浮かんだ生徒の、悪魔によって奪われた生徒の、マレシスの幻影を振り払いながらヴィヴィアンは魔法を使う。制御しきれない魔力が水に変わって服を濡らし、杖を濡らし、それでもより多くの水を攻撃のため空に放つ。


「妙だわ!」


 中級の火魔法を射出された岩にぶつけて悪魔の群れへと落下させながらアルマンが言う。


「何がですか!?」


 高威力のウォーターランスをいくつにも分解して雨のように降らせながら問う。相手が人だと思っていたからこそ使えなかった、殺すための技。着弾した雨はまだ変形中の黒い鎧を破裂させて悪魔にもダメージを与えられる。


「悪魔は上位になるほど特異な形状を得るのよ。異形ってことじゃなくて、むしろ人間的で個性のある形に……ね!」


 火球が5個6個と舞って飛び上がった悪魔を火だるまにした。彼女の言葉にヴィヴィアンは鎧の兵を改めて見る。一様に大きな手型の翼と細い鉈の腕を生やした崩れかけの黒鎧。見れば腹の構造を無理に変えたからか黒い汁がぼたぼたと溢れている。他のパーツと癒着した面頬のスリットには濁った黄色の光がぼうっと灯り、悪魔であることを明確に示していた。しかし、一体一体に違いなどは見当たらない。全て同じ見た目にしか思えなかった。


「下級悪魔でもあそこまで形が同じってことはなかなかないはずなのよね……まあ、それだけ弱いって思いたいわ!」


「そう、ですね!」


 火と水の魔法が投石と悪魔に降り注ぐ。しかし数が違い過ぎる。一体、また一体と空に舞い上がる個体が増えて行く。魔法使いは本来、あまり魔法を連発できない。二人の女教師のように詠唱のトップスピードがそのまま魔法の回転速度になる者は中々いないのだ。つまり、それだけ全力での攻撃は時間経過と共に苦しくなってくる。


「駄目だ、外壁に取り付かれる!」


 誰かが叫ぶ。大岩を砕きながら見れば、翼を焼かれた悪魔が外壁に鉈を突き刺してしがみついていた。落下しながら壁に取り付けるほどの距離まで攻め込まれているという状況に背筋が凍る。


「チッ、矢と魔力が心もとない者は下がって!外壁での近接戦も想定して、前衛に場所を開けなさい!」


「クソッタレ、神塞結界さえ動いてくれれば!」


「言っても仕方ない事を言わない!さあ、下がりなさい!」


 吐き捨てるまだ若い魔法使いの教員。彼の言葉通り、教会都市の外壁は本来持つはずの神の守護を失っている。本来は領主か王でなくてはアクセスできないとされている都市防壁の最重要装置である魔道具と魔法陣が何者かによって効力を消されていたのだ。今、教会の司祭たちがなんとか動かそうとしているが、残念ながら効果がまだ得られていないことは明白だ。


「アルマン先生、どうします?」


 ヴィヴィアンは空間から乏しくなってきた魔力を漉し取るようになんとか集めながら、同じく魔法を撃ったばかりの同僚に近寄って小声で尋ねる。物量の違いで押し切られるのは必然。ジッタはほとんど教会と小さなギルドしかない街だ。住人のうち戦えない者は生徒と共に教会に避難させている。城壁にいる戦闘員が全体の4割。残り6割のうち4割は分散して警備を行っている者や休息をとっている者で、1割と半がこれまでの戦闘で動けなくなっている者。最後の1割に満たない人数は、残念ながら既に亡くなっている。投石や魔法を全て防げたわけではないのだ。


「最終的には教会の聖なる守りが命綱でしょうね。けれど物理的には脆いわ」


「なんとかして攻城兵器だけでも破壊しないといけない、ですね」


「ええ、そういうわけよ。何か作戦は?」


 聞かれて彼女は少しだけ言うのを躊躇う。教師として、先輩教育者にあまり頭の悪いことは言いたくなかった。だがそうも言っていられない状況だ。葛藤は数秒で飲み込む。


「アルマン先生の『マルチキャスト』に混ぜて私が全力のウォーターランスを可能な限り叩き込みます。一発でも当たれば、それで破壊できると思います」


「……それ作戦て言うかしら?」


 ちょっと苦味の混じった笑みを浮かべるアルマンは男装の麗人と言った風で、呆れの中に頼もしさをうかがわせている。


「駄目ですか?」


「いえ、とってもゴリ押しだけど、でも現実の戦場なんてそんなものだもの」


 ヴィヴィアンがわずかに不安を浮かべて聞くと案の定、彼女はニッと笑って賛成した。


「アルマン先生は実戦経験が豊富なんですよね?」


「ええ、南の出身。小競り合い程度だけど、人と魔法を撃ち合う経験はしてるわ」


 彼女たちは普段、別学年の別属性魔法を担当している。互いについて知っていることはあまり多くない。今回同じグループだったのも、アルマンが担任を持っていないということで王子のために戦力を偏らせた一年の補助へ配置されたからだ。けれど武闘派揃いの火魔法教師の中でも、彼女は結構な有名人で。


「わかりました。では配分はお任せしていいですか?」


「もちろんよ、ヴィア先生。後輩教師に頼られてノーと言えるわけがないわ」


 カッコイイことを言ってのけるアルマンの腕が噂通りであることはこの数日で痛いほど見せつけられた。経験でもスキルレベルでも彼女はヴィヴィアンより上。だからこそ、ぶっつけ本番の技を託すこともできると小さな教師は踏んでいた。


「悪魔、接近してきます!」


「迎撃!極力翼を狙って、飛翔能力を失えば頑丈な外壁が守ってくれるわ!」


 さて、どうだろうか。アルマンの檄を聞きながらヴィヴィアンは思う。いくら防御魔法と選りすぐりの鋼材・石材で作られた都市外壁でも悪魔に寄ってたかって殴られたらどれほど持つのか……考えたこともない。普段は聖なる結界によって悪魔も悪神も都市には指一本触れられないのだから。なるほど、神塞結界がスキルと並ぶ神々の恩恵と言われているのも納得だ、と彼女は場違いにも納得した。


「それじゃあ、私は正規の詠唱をしますからヴィア先生はそれに合わせて!」


「わかりました!」


 二人で杖を同じ方へ向けて魔力を集中させる。他人とタイミングを合わせて魔法を撃つのは至難の業。それを今回は猛攻に曝されながら行うのだ。その場の全員の額に汗が伝うのはアルマンの火のせいだけではない。


「燃えろ、滾れ、燃えろ、焦がせ」


「貫け、貫け、貫け」


 アルマンの周りに更なる熱があふれ出して杖先へ集まっていく。ヴィヴィアンの水も輝きながら収束してより鋭く、より速く、敵を全て貫通するようイメージを先鋭化させていく。


「紅蓮の炎よ、燃え迸りて」


「貫け、貫け、貫け!」


 ダークボールが城壁に着弾する衝撃。魔法部隊がファイアボールとファイアランスで応戦する熱。弓兵が弦を弾く鋭い音。迫る有翼の悪魔。斬撃と飛ばす冒険者。戦争の最前線に立って心乱されながら、それでもイメージを込めていく。


「在れなるを灰に帰せ」


「貫け!穿て!破裂して、吹き飛ばせ!!」


 軌道と変化を全て想像してウォーターランスに過剰な魔力を注ぎ込む。アルマンの詠唱が最後の一節に入ったところでヴィヴィアンも一拍の呼吸を飲み込む。


「邪魔だ!!」


 杖の先に飛び込んできた悪魔を魔法部隊が5発のファイアボールで燃やし尽くす。黒い金属質な化け物が地に落ちるそのとき、奇妙な静寂があたりを支配した。魔法部隊の詠唱がちょうど、全て途切れた瞬間だった。魔法使いが次の魔法のための魔力を集め、弓兵が矢筒から次弾を取り出し、飛び立とうとする悪魔が翼を広げ、倒された悪魔が錐揉みして地面に落ちる、この一拍の空白。


「火の理は我が手に依らん!」


「水の理は我が手に依らん!」


 アルマン先生の白い杖から紅蓮の塊が4つ同時に打ち出される。寸分違わず同じ軌道で空を焦がし、投石器へ赤い雪崩のように殺到する。まだ地上にいた悪魔が翼で大気を打って割り込もうとする。それも一体二体ではない。五体、十体と黒い影が立ちはだかる。


「その程度で邪魔できると思わないで欲しいわね!」


 フレアバレットは凄まじい火焔で敵を焼き焦がし、周囲の敵にも燃え移る群れに対抗する魔法。1発1発が着弾した悪魔を炭にし、折り重なるように飛んでいた数体の翼や頭を消し飛ばす。それが次々に炸裂し、己を盾とした敵兵をどんどん削いでいく。


「あと2体!」


「それくらいなら!!」


 赤と黒の爆炎はたった二体の傷ついた化け物を残して群れを一掃していた。そこへウォーターランスが飛来する。わずかな時間差で放った私の魔法は、研ぎ澄ませた貫通力で受け止めようとした悪魔の手のひらと黒い汁の溢れる腹、後ろの悪魔の胸を一気に貫いて投石器へ到達。乾いた音が轟いて支柱と基部のど真ん中に穴をあける。


「あっ!?」


 そう、穴をあけたのだ。何もかもを貫通して攻城兵器を破壊するためのウォーターランスは肝心の兵器すら打ち抜いてしまった。一点にエネルギーを集中させた魔法は頑丈な部材を壊せても構造そのものを砕くに至らない。


「く、破裂!!」


 杖を振り抜く。心臓が凍るほどの焦りを他所に、泥と岩の土地は下から突き上げられるように大きく爆ぜた。ヴィヴィアンはウォーターランスの内側に込めた魔力を別の魔法、高威力のウォーターボムとして発現させたのだ。その衝撃はすさまじく、地面が爆ぜてセットされた投石器を宙に打ち上げる。大きなそれは遠くとも聞こえる激しい音を立てて角から落下し、自重に耐えかねて砂糖菓子のようにぐしゃりと崩れた。


「攻城兵器、一基破壊!一基破壊です!!」


「見たらわかる!やった、まずは一つだ!」


「ヴィア先生、よくやってくれたわ!もう一基狙うわよ!!」


「はい!!」


 大歓声を上げる味方に背中を押され、二人の魔法使いは杖をもう一度投石器へ向ける。この威力の魔法、周囲の魔力も加味すれば撃ててあと2か3発だ。残った兵器と大体同じ数。ミスは許されない。高揚感に浮足立つ自分を戒めながらヴィヴィアンが魔力をかき集め始めた時、血相を変えた伝令が梯子を上って外壁に上がってきた。


「は、背後に翼のある化け物が数体現れました!」


「なんですって!?」


 回り込まれた。そう気づいたヴィヴィアンは駆けだしそうになって必死に踏みとどまる。ここを離れるわけにはいかないのだ。絶対に。

 けど、後ろの見張りは手薄だわ……っ。


「後詰を出せよ!」


「そ、それが」


「なんですか!?」


 誰かが怒鳴り、伝令が困惑を隠せずにどもる。私は男たちに負けないくらい声を張り上げて肩越しに尋ねる。視線も杖も、投石器から外せない。


「せ、生徒が二人、独断で壁の上に出撃しました!」


「……!!」


~予告~

迫る悪魔に立ち塞がる少女と少年。

貴族の誇りと若い義憤、剣と杖を握って。

次回、アロッサス姉弟の戦い

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