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九章 第26話 太陽の剣

『レイルくん!レイルくん、聞こえる!?』


 悲鳴じみた声が随行している風魔法使いの方から聞こえる。魔獣に痛打を与えたと思ったとき、誰かが倒したと誤認した。いや、あるいは本当にそうとしか見えない状況だったのかもしれない。なんにせよ一気に勝鬨が前方と後方で上がり、高台と前線の間にいる部隊もそういう空気に流された。そして続く爆発音のあと、また前方も後方も悲鳴で埋め尽くされたのだ。その一部始終がここ、門の手前に陣取る後詰部隊には分からない。距離と人のせいで見えないのだ。

 くそ、こればかりは新兵未満の軍勢では仕方がないが……今はそれよりも立て直しだ!


「エレナ、状況を教えろ!」


『ネンスくん!まず魔獣角を撃ち抜いたことで討伐したと誤認、その後魔獣の鱗が全方位に向けて射出されたの!完全に嵌められたっ』


 彼女にとってこの報告がどれほど不本意なものか。ブロンスとエレナだけが戦闘のスムーズさに違和感を覚えていた。しかしどういう罠があるか分からない以上は大きく動かせないのが軍というモノ。この事態は彼女の責任ではない。そもそも用兵に長けた軍師ではなくただの魔法使いに、探知と後方火力の指揮と状況観察と戦略提言という重責を集約しなければならない状況に問題があるのだ。

 少なくとも上がる歓声の中で必死に叫んでいた音声を誰かが拾えていれば……いや、今はそれどころではないか。

 原因究明の方に頭がシフトしそうになるのを引き止める。そんなことは後でいい。


「前方はどうなっている!?」


『レイルくんと騎士が2人、あとブロンスさんが反応して動いたのは分かったけど、鱗が二段階に爆発して煙幕になってる!今風魔法で……見えたっ』


 平地ではまったく前の状況が分からない。ただ報告を聞きながらミスラ・マリナから全体へ広げる支援だけは止めない。あるいはこれが最後の命綱になっている者もいるかもしれないのだから。


『騎士隊はとりあえず無事!でも盾が破損してる!ニカちゃん、牽制射撃で魔獣を下げさせて!』


 エレナが叫ぶと後ろから独特の破裂音がして光る弾丸が空を駆け抜けた。そしてその間も矢継ぎ早の報告は続く。


『レイルくんは動いてるけどふらついてる、他の騎士も生存を確認!』


「よし」


 小さな安堵が口から洩れた。


「すぐに下げるように」


『けど……あっ』


「どうした!?」


『戦士隊……ブロンス隊長と他4人が、死亡』


 沈んだ声でそう告げられたとき、私も腹の中に石を投げ込まれたような感覚がした。一つは指揮下にある人間を死なせてしまった自責。一つは死者の登場に連携が瓦解するだろう見通しへの落胆。一つは単純に戦闘力が大きく減ったことへの焦り。しかしそれらに振り回されていては誰も生きて帰れなくなる。


「クソ!」


 拳を握りしめても、今ここに殴りつけられる机や壁はない。


『あ、魔獣の傷が再生しなくなってる!?再生途中で死んだふりに入ったからか、尻尾の魔獣角がなくなったからか分からないけど!』


 尾にあったという魔獣角を破壊することは成功した。その結果、再生能力を封じることはできた。そういうコトか。しかし再生を封じていると思わせる作戦の可能性もある。

 疑心暗鬼に陥っているな……いよいよ嵌められたというわけだ。


「そもそも魔獣角を破壊されると魔獣は死ぬのではなかったのか!?」


『それなんだけど、灰色の鱗の下にもう一つ結晶があったみたい!たぶんあれも魔獣角!』


「チッ」


 頑丈な鱗で隠していたのか。防御のためか端から奇襲を想定してのデザインかは分からないが、とにかく悪趣味なことだ。


『あと、ごめんなさい、こっちはかなり混乱が酷くて、この状況で魔法隊を動かすと誤爆になる』


 絶望的ではないか!

 口を突いて出そうになった言葉を噛み潰す。悪態だとしても私がそれを言うことは周囲の士気を完全に潰す行為だ。それより次の一手を考えるのが先決になる。それも今すぐに。魔獣が痛み分けから回復して攻撃を本格的に再開するまでに。


「……分かった。私が前衛の指揮を直接取る!」


 一声吼えて門の方へ走りだす。


「ブロンスとレイルの穴を一挙に埋めるにはそれしかない。魔法隊は前線の伝令をしているコルネ先生を下げて任せる。他の先生方と冒険者も再編して前線へ投入。エレナ、お前も前線へ異動だ!アレニカは狙撃から手数重視の攻撃に転換!」


『総力戦?』


「それしかあるまい!今目の前にある選択肢は3つだ。アクセラが来ることを祈って防戦というも烏滸がましい消耗戦をするか、現状のレイドパーティを維持できるように指揮系統を再編成するか、力量のある個人を全て投入して正面衝突するかだ」


『実質一択だね』


「そうとも言う」


『分かった』


 エレナと私のやり取りは全ての指揮官とその周囲についている人間に聞こえたはずだ。しかし反発や反論は一つとして聞こえてこない。それだけ選択肢がないことを誰もが理解している。たとえこれまでキープしていた安全マージンを捨てての損耗度外視作戦になると分かっていても、殺し切ることを第一に据えなくてはいけない。時間はこちらの味方ではないのだ。


「そういうわけだ。お前は門まで付いて来てくれればいい」


「は、はい!」


 伝令の魔法使いは青ざめながらも頷いてくれた。その肩を力強く二度叩く。

 魔法隊が巨大な魔法を叩き込めていたのはエレナの能力があったことと前線との連携が取れていたからで、後者がズタボロになった状態でパニックになりかけの彼らへエレナを付けておくのは無駄だ。

 騎士隊はレイルの感覚とカリスマ性で抜群の連携を発揮しいていた以上、彼を下げてしまうと全てが瓦解する。本物の騎士団なら上が指揮をとれなくなったときに備えて次席、次々席と決めてあるものだが、この間に合わせ騎士団ではそれもない。『王剣』と『騎士』のシナジーならアテにできるかもしれないが。

 戦士隊はそれぞれが腕の立つ冒険者である以上、瓦解こそしていないとは思う。しかしブロンスを含め死者が出てしまった。もとからスタンドプレーが中心の連中なので隊として体裁を崩して戦わせる以外無理だろう。そもそも連携する騎士隊が解体状態にあるわけだし。


「で、殿下……」


「大丈夫だ。私たちにはこの剣が、白陽剣ミスラ・マリナがある」


 走りながら少しだけ鞘の中の白陽剣を見せる。既に方々へバフを与えている宝剣はしかし、私の意図を察したように強く煌めいた。太陽に照らされるような温かい輝きだ。


「ネンスくん!」


 後ろから名前を呼ばれて首だけで確認すると、強化魔法を自分にかけて走るエレナが追い付いてきた。手には例の変わった魔道具を纏い、右には赤と青のクリスタルが内部で輝く黒い短剣、左にはいつもの大きな魔法杖、腰には短剣と冒険者用品一式のフル装備だ。


「エレナ、前線に来ては貰ったが、全力攻撃は控えてくれ」


「まだ一体いるから、ね」


「ああ」


 あとさき考えない攻撃重視の布陣に移行すると言っても全ての札を切るわけにはいかない。もう一体、蜥蜴より格上の敵を始末するためにはエレナの魔法を温存して勝つことが必須条件だ。


「代わりに私が切り札を切る」


「切り札?」


「『王剣』、ミスラ・マリナ専用のスキルだ」


 消耗が激しすぎて長持ちはしないが、それでも状況を覆すために投入すべき最初の札でもある。エレナの高火力をまだ温存するなら、同時に最後の。


「わかった。あ、通信はこれで我慢して」


 そう言って彼女が押しつけてきたのは緑のクリスタル。


「ポケットに入れておけば通信の音声が聞こえるから。やっつけだから出来は酷いけどね」


 作戦開始時に出さなかったことを思えば急場凌ぎの品であることは想像がつく。しかしないよりはマシだ。


「わかった。お前はここまででいい、ご苦労だった」


「ご、御武運を!」


 伝令の魔法使いに見送られて更に走る。前方から生徒に肩を借りつつ下がる老師と視線だけ交わして。


「殿下……!」


 私たちの接近に気づいた騎士隊の生徒が叫ぶ。見れば騎士隊はほとんどが無傷だ。鱗を喰らった連中も鎧が激しく損壊しているものの自力で立っている。彼らが言うには生存している人員は今まさに全て回収されたとのことだった。

 この短時間で、魔獣の追撃を躱しつつ?


「魔獣は、レイルさんが!」


 違和感を覚えた直後、泣きそうな顔で言われて戦場へ目を向ける。そこにはありえない光景が広がっていた。100mほど向こう。赤い蜥蜴はそれまでの報告にあったような鈍重な動きではなく、機敏にして複雑な動作で暴れまわっていた。それをアレニカが放つ弾丸が牽制し、レイルが一人で押しとどめているのだ。


「あれは、何だ!?」


 レイルはもはや盾を持っていなかった。鱗による罠で破壊されたのかもしれない。剣も半ばで折れて、攻撃を撃ち返すためのただの棒切れに成り下がっている。しかしそんなことよりも目を引くのは、彼の巨躯が余すところなく黄金の輝きに包まれていることだ。

 あんなスキルは見たことがないぞ……。


「あれが、鎧の機能……?」


 エレナが何か知っている様子で言う。フォートリン家の鎧職人が作った専用の装備ならば、何か特殊な機能があってもおかしくはない。現に金の輝きを纏ったレイルは折れた剣を片手に魔獣の攻撃を全て叩き落としている。

 いや、受け切って反撃しているのか!?

 振り抜かれた尻尾が腹へ叩き込まれてもびくともせず、逆に残った刃で斬り付ける姿を見てゾッとする。それどころか彼はそのまま抱えきれもしない太い尻尾に抱きつき、一発二発と殴りつけているのだ。魔獣がその拘束から逃れるのに難儀をしているという時点で、あれはどう考えても代償なしに使えるものではない。周囲もそう思いつつ、あまりの凄まじさに参戦できないでいるのだ。

 先陣を切らねばなるまい!


「加勢に行くぞ!」


 白陽剣を抜く。戦士を鼓舞する光の剣を。


「騎士隊、戦士隊、私に続け!レイルを死なせるなよ!」


 返事を待たずに走りだす。純白の剣から放たれる朝日よりなお鮮烈な光でもって戦場を、戦士を、そして邪悪を照らす。両手で構えた剣には確かな重みと同時に鍛錬の日々による軽やかな自信が宿る。


「お、おう!」


「隊長を死なせるな!」


「殿下に続けぇ!!」


 太陽の光の下、それまで怖気づいていた生徒たちも半ばヤケではあろうが武器を構えて走り出す。地面を踏みしめる足音に気づいて魔獣がこちらを見た。しかし一瞬の余所見を捉えて、焼けただれた右目をレイルが殴りつける。巨大な頭が大きく揺れ、金の力を纏った拳がもう一度打ち込まれる。


「ギュァ!!」


 怒りの叫びと同時に振り払われる一番目の足。毒々しい赤のそれをレイルは交差させた腕で受け止めるが、そのまま膝をついてしまう。そこを狙って騎士隊の盾すら投げ捨てたという指が二番目の足から延ばされ……


「ハァッ!」


 私は一番目の足をスライディングで潜り抜けてミスラ・マリナを振り上げた。


「ギィイイイイイ!!??」


 二番目の足の下側を輝く宝剣が斬り裂いた。反射的に跳ねあがる足を追うことはせず、そのまま三番目の足にも横薙ぎで剣を振るう。さすがにそれは躱されたが、大きく横へ逃げた魔獣とレイルの間には距離が生まれた。私の後ろを駆けてきた騎士がこちらを向く蜥蜴へ盾を振り抜き、避けた化け物へエレナの氷魔法が炸裂する、続いて2mほどの土壁が生まれてこちらとあちらを隔てた。これで反撃の道筋は一旦閉ざされる。


「助けに来たぞ!」


 ベルトから中級ポーションを取り出し、コルクを抜いて親友に振りかける。見れば彼は黄金の光の下で血だらけになっていた。片目は腫れあがってほとんど開いていない。鎧も罅だらけで、しかし各部の装甲が開いて中からクリスタルが露出していた。


「へへっ、たす、かったぜ」


 気の抜けたような声で言うレイルを立たせる。触れた限り彼の光は特になんの影響も示さなかった。


「えらく派手な格好だな」


「まあ、なんだ……家の、隠し玉って、カンジのだ」


 それだけ言うと金の光は燃料の切れた魔導ランプのように消えてしまった。途端に崩れ落ちるレイルを慌てて抱き止める。だくだくと溢れる血が青い塗料で塗られた鎧を汚す。そのあまりの量に私の方が血の気の引く思いになる。


「レイル!」


「わりぃ……この鎧、使いこなせる、自信がなかったんだ……もっと早く使えれば、すまねえ、ごめんな、ごめんな……」


「おい、しっかりしろ!」


 意識が混濁しているのか譫言(うわごと)のようにすすり泣くレイル。この屈強で快活な少年が泣くところを私は初めて見た。そして悟る。今の言葉は私に向けたのではない。この戦場のどこかに倒れている、魔獣に殺されたブロンスたちに向けられているのだ。


「お前はよくやった!お前のおかげで退却できた味方もいる!」


「ああ……うん……ありがと、よ」


 レイルは最後に薄っすら笑んでから意識を失った。口元に頬を寄せれば息はある。


「誰か、こいつを後ろへ下げて治療してやれ!見た目以上に消耗している!」


 腹の底から叫びを上げれば土壁を飛び越えて2人の冒険者が走って来た。


「剣が折れちまったから、連れて下がるよ」


「オレもだ!」


「頼む!」


 2人に親友を任せて今度は私が土壁を飛び越える。ミスラ・マリナのバフは最大まで付けてある。今ならステータスでアクセラを上回ることさえ可能だろう。


「ネンスくん、尻尾を落として!」


「分かった!」


 胸ポケットから叫ぶエレナの声に私は走る。大勢の戦士に囲まれてなお活発に、いやそれまでよりも断然素早く力強く暴れる化け物へ目がけて。灰色の鱗は強靭であると同時に魔獣にとって重荷でもあったらしい。


「ギュァァ!キュロルルァ!!」


 奇声を上げて尾で薙ぎ払う蜥蜴。一人の冒険者が避け切れずに土壁まで吹き飛ばされる。背後で鈍い音がして、その男はそれ以上動かなかった。


「この、クソトカゲがァ!!」


 憤怒の形相で冒険者の振るう戦斧は横殴りに振るわれた蜥蜴の指に吸い付けられ奪われる。すぐに手放して短剣を抜いた男へ彼の斧を投げつけつつ、魔獣は口を大きく開けて騎士の一人へ顔を向ける。


「逃げろ!」


 誰かが叫んだ。蜥蜴の口からは灰色の液体が勢いよく噴き出し、それを受け止めた大盾は一瞬耐えたあとに白煙を上げていとも簡単に溶け落ちた。


「う、うわぁっ!?」


 慌てた少年騎士は剣を抜いて構えるが、完全に腰が引けている。魔獣は彼に目がけてもう一度口を大きく開いた。何が来るかは分かっているだろうに、それでも少年は一歩も動けない。


「止まるな、馬鹿者!」


 ようやく追いついた私は鎧の後ろ首を掴んで後ろに引き倒す。剣を4つに分かれた舌の見える口へ向けて叫ぶ。


「穢れある者よ、恐れよ!」


 白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』セイクリッドライト


 噴射する灰色の溶解液はミスラ・マリナから迸った純白の光に焼かれて消滅する。一気に沸き上がる脱力感は奥歯を噛み締めて耐えた。眩さに目をやられた蜥蜴に腰から外した魔道具を投げつけ、そのまま指示のあった尾の方へ巨体に沿って走る。アクセラ謹製のクリスタルから解き放たれた強烈な炎が燃え上がるのを背で感じつつ、鱗により奇襲の前に破壊された足を通り過ぎざまに見やった。

 やはり尻尾の魔獣角がないと再生はできないのか。


「ルルルァ!」


「逃がすか!」


 騎士が盾で頭を抑えにかかり、冒険者がスキルで足へ楔を打ち込む。一振りで押し返される騎士と砕かれる楔だが、それでも時間は稼いでくれた。


「よくやった!」


 激痛に耐えるように振り回される尾は一抱え以上ある太さで、しかし見えていないだけにかなり大振りだった。当たれば首が吹き飛ぶだろうスイングを潜り、ミスラ・マリナのサンストーンから引き出した熱い魔力を剣身へ流し込む。握る腕が燃えるようだ。眩い刃が大振りな宝剣の刃を拡張し、赤い尾を一撃で切断できるほどの長さになる。


 白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』サンライトザンバー


 ありったけの筋力で掬い上げるように光の剣を振るう。黒く焦げた地面をもバターのように断ち切った刃は、音一つ立てずに太い太い尻尾を半ばから切断。強烈な熱量で断面を焼き焦がして出血すらさせない。


「キュォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 初めて本気の絶叫を轟かせながら蜥蜴が走る。前方にいた騎士を2人跳ね飛ばし、逃げ損ねた冒険者を1人踏みつぶし、体勢を立て直すべく。しかしそれをエレナが許すはずもない。天空から無数の氷の刃が降り注いで化け物を追いかける。よほど高いところから振らせているのか、追いかけるほうが逃げる方より早い。あっという間に後ろ足を捉えて傷つけ、そのまま氷の枷へ変じて地面へ縫い止める。


「キュララッ!」


 蜥蜴とは思えないほど柔軟に振り向いた魔獣は氷の戒めに灰色の液を吹きかける。そこまで頭の可動域が広いとは思っていなかったのだろう、抜き打ちの剣技で追いすがろうとした冒険者が正面から液を浴びて悲鳴を上げる。


「いでぇ!?何がっ、あ゛ッあ゛ぁ!?目が見えねえ!」


「誰か水を!」


『水は駄目!手を退けて、毒を土で落とすから!』


 氷の雨が止んで土の塊がのたうち回る男に覆いかぶさる。


「や、止めでッ、止めてくれ゛ぇ!?」


『じっとして!水だと毒と反応するかもしれないから!』


「エレナ、そいつは頼むぞ!」


 言い捨てて私は更に追う。まだ盾が無事な騎士が2人ついてくれたが、全体で言えばかなり戦力が削れてきた。時間はかかるが安全なレイドに対して、今の戦法は人員を使い潰してでも短時間で決着を付ける方法だ。


「お前たち、あの溶解液を防げるスキルはあるか?」


「弾くだけならできます!」


「ぼ、僕はないです!」


「ならお前は私と共に頭側だ、ただし私のカバーに集中してくれ!お前は反対側の足を攻撃して動きの妨害をしろ!」


「「はっ」」


 私たちが二手に分かれると魔獣も足を止めてこちらへ向き直る。囲まれた状態から抜け出して優位を取り戻したつもりだろうがそうはいかない。毒液を吐く体勢になった蜥蜴にミスラ・マリナを構えたまま突撃する。


「天よ、太陽よ、私に守る力を!穢れある者よ、恐れよ!」


 白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』太陽の加護

 白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』セイクリッドライト


 光が体を包み込む。スキルを使わずに得るバフとはけた違いの強化力。まるで羽が生えたように軽くなる。そして剣からあふれ出た光が邪気を焼き尽くす力として解き放たれる。溶解液を消し飛ばしながらなお迫る私に魔獣がたじろいだ。次の瞬間、魔獣は重い衝撃に襲われたようによろめいた。騎士の1人が回り込んで攻撃したのだ。


「ハァ!!」


 私が剣を振り上げるタイミングで随員の騎士が前へ滑り出て盾を構える。


「溶かせるものなら溶かして見せろ!」


 雄叫びと共に青い光が盾より広く展開される。使い手の魔力を吸い挙げて発動するタイプのシールドのようで、溶解液は盾まで届かず周囲へ散った。


「殿下!」


「ああ!」


 騎士の横へステップで躍り出た私を『騎士』と『王剣』の連携効果(シナジー)によって広がったシールドが覆う。そのまま再び展開した『王剣』サンライトザンバーを上半身の筋力全てで振り下ろした。頭を両断するつもりで放ったそれを魔獣は強引に避ける。既に潰れていた右目を含む顔の一部を斬り落とし、そのまま右前脚を切断。光の剣は地面に長い傷痕を付けた。


「浅いか!?」


「任せろ!」


 スキルの反動から動けない騎士と魔力酔いになりかかっている私の横を抜けて3人の冒険者が走る。彼らはスキル光を輝かせ軽快に跳躍して、痛みに暴れる魔獣の背へ襲い掛かった。黄と赤の光が灯って双剣による連撃が始まる。だが魔獣角は硬く、暴れる魔獣の背も不安定。


「全員、足止めに加われ!」


 最初に斧を失った大柄な冒険者が左の前足に組み付く。続いて別の冒険者が同じ足にしがみついた。さらに4人の冒険者と騎士が別の足へそれぞれ掴みかかり、得物を突き立て、暴れる魔獣の動きを抑えようとする。踏み鳴らされる足を下へ下へと引きずる戦士は己の片足を踏みつぶされて絶叫した。背の冒険者は一人が振り落とされ、もう一人が残っていたわずかな鱗の射出を運悪く頭に喰らって絶命。最後の一人が必死に片方の剣を肉に突き立てて固定し、残る片方の剣の柄で魔獣角をガンガンと殴る。


「ロォオオオオオァアアアアアア!!」


 よく動く頭が足に纏わりつく人間へ向けられる。


「いかん、断ち切れ、風よ!」


 切っ先を向けてイメージを固定しウィンドカッターを放つ。こちらに向けられた黒焼きの右側を深く抉る風の刃。しかし魔獣はそれでも頭を動かさなかった。冒険者とようやく後方から増援に来た教師の魔法が頭を目がけて降り注ぐが、お構いなしに毒を吐く。


『土よ!』


 エレナの声。片足になっても諦めない斧使いに灰色の液がかかる直前で土の壁が生えて彼を守った。しかし土さえも溶かす溶解液は容赦なく降り続く。


『ニカちゃん、今!』


 彼女が発した合図に1秒と遅れず、氷の弾丸が砦から飛来して左目を射抜いた。


「ギゥァァアアアアア!?」


 二度ならず三度も目を撃ち抜かれた痛みで魔獣の頭が逸れた。そこを狙って天空から舞い落ちる一条の氷。絶叫する魔獣の咢を貫通し、上下で縫い止めた。毒液を封じたのだ。


「腱を切れ!」


 私の声に足を抑え込んでいた面々がナイフを抜いて鱗へ突き立てる。なかなか通らないところを何度も何度も突き刺し、抉るように筋を目がけて動かしていく。あまりの痛みに魔獣は口の端から毒液を溢れさせて暴れる。飛沫を浴びた騎士が腕を抑えて悲鳴を上げる。


「ぎゃぁああ!?」


「エレナ、処置を頼む!」


『分かってる!』


「それとエレナ、魔獣角は狙えるか!?」


『巻き込んじゃうよ!』


「分かった!」


 乱戦になると魔法が使いづらいのはエレナでも変わらずか。あるいはそもそも見えない位置に精密な魔法を当てるのが難しいという話か。今はどうでも言い事だ。


「う、おぇ……背中の冒険者、名前は!」


「え、名前!?ハ、ハミルだ!」


「よし、ハミル!切断系は使えるか!」


「つ、使える!でも魔獣角が硬すぎて、剣が片方折れた!」


 サンストーンから供給される過剰な魔力に胃が裏返る。満身創痍でなお怪力を以て暴れる魔獣。その背中へ上がれる者はもう残っていない。となると取れる手立ては一つしか思いつかない。


「ハミル、首を斬れ!頼むぞ!」


「だが魔獣角が!?」


「そっちは私が壊す!」


 言うが早いか私は走った。ミスラ・マリナに埋め込まれた3つのサンストーンから魔力を更に引き出す。ユーレントハイム王家の盟約に従って私と契約を結ぶこの古の魔剣は、美しい刀身に人間の手には余るほどの魔力を滾らせる。同時に脳を直接掴んで上下に揺られるような酷い吐き気が襲ってくる。


「天上の神々よ、我が剣は汝が剣、その分け身たる剣!」


 一つ目のサンストーンが傲然とした輝きを放つ。とてつもない熱量に鎧の表面が泡立つ。戦意高揚のために塗りたくった青い塗料が燃え立つ金属の表面から剥がれ落ちて行く。それでも不思議とわたしは熱くなかった。


「邪悪を焼き払い、天地に秩序を敷き、人を守護する太陽の光!」


 二つ目のサンストーンが冷厳たる輝きを放つ。暴れ狂う魔獣の顎の下でスライディング。暗い赤の鱗が鈍く光る胴体の下へと滑り込む。漏れ出すエネルギーのあまりの量に鱗は焼かれて一瞬で色を失う。


「三ツ星の太陽と王家の名のもとに、真の威光を遍く世に解き放てッ!」


 三つ目のサンストーンが無垢な輝きを放つ。腹の真下で天へ切っ先を向けた私は、一拍の躊躇いも置かずにミスラ・マリナを突きあげた。


「消え去れ、化け物!!」


 白陽剣ミスラ・マリナ専用スキル『王剣』ライジングトリロジー


 白い力の奔流。赤と青を少量含んだそれが一本の柱のように屹立する。灰色に燃えた鱗を削り、青い血液を燃やし、肉を消滅させながら腹から背へと吹きあがる。


「ギュロララララララララララララララララララァ!?!?!?!?!?」


 死に物狂いで逃亡を図る魔物の体をぶち抜いてミスラ・マリナは輝いた。


「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 白い世界が激しく明滅する。


「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ラ゛ァッ」


 網膜を焼き切るような光の中で、濁ったオレンジの石が砕けた。欠片すら白に塗りつぶして。ほぼ同時に光の柱も消えたのがなんとなく分かった。次の瞬間、足を掴まれて力強く引っ張られた。すぐ上で重く湿った音が聞こえて、焦げ臭い土埃が風に舞って吹きかかった。

 そうか、潰されるところだった……。

 そこまで思考が至るのに思ったより時間がかかった。頬がひりつく。目が痛い。というかそもそも目が見えない。


「んか……でんか……殿下!!」


「あ、あぁ……すまない、目が眩んでしまった」


 茫然と答えながら白に塗りつぶされたままの目を閉じる。まるで体内の全てを放出したような虚脱感とともに、魔獣はもう倒したのだという確かな感触があった。それでも指揮官が放心するわけにはいかない。


「状況を教えてくれ」


 訊ねておきながら確かな感覚が手に残っている。声の主ともう一人がそんな私を両側から助け起こしてくれる。肩を借りてようやく立つとまるで血液が足元に落ちて行くような重さを感じた。


「魔獣は、おそらく死亡しました……その、腹に巨大な穴が開いていますので。それと戦士隊の人が今、首を落しました」


 疲労が極度に高まっているからか、それとも気が抜けてしまったのか、答える声も戦闘直後とは思えないほど興奮がなかった。


「分かった……念のため距離を取って、いや、砦に退却だ。可能な限り負傷者だけでなく遺体も回収しろ。ただし非戦闘員の目に触れないように頼む」


「はっ」


 指示を出しながらふと、あまりに静かなことに気が付く。まだ確定で1体、アクセラが引き連れている個体を入れて2体も魔獣が控えているとはいえ、それでも自分達は強敵を倒したのだ。しかしまったく熱気のようなものは感じられない。


「士気は、見た限りでどうだ?」


「それは……」


 応えづらそうに窮する誰か。その反応で大体のことが分かった。一度勝ち誇ったと同時に痛打を与えられ、しかもそれで死者が出てしまった。そのことに誰もが委縮しているのだと。いわれてみれば自分も燃え尽きている以上に勝ちを誇る気分になれない。


「すまないがまだ目が見えない。私は今、砦の方へ向いているか?」


「は、はい」


「そうか。なら剣を掲げるから、当たらないように気を付けてくれ」


 それだけ伝えて私は右手に下げていた純白の剣を高く掲げた。魔力酔いを悪化させると知りつつ半ば意地だけでサンストーンの輝きを周囲へ解き放つ。肉体を強化し精神を癒す力はわずかな治癒効果もある。


「学生たちよ!教師たちよ!冒険者たちよ!」


 私の意図を察したエレナが魔法で声を届けてくれる。


「魔獣を、討ち取ったぞ!!」


 短く、しかし力強く宣言する。その声が森に、砦に、人々の間に沁み渡っていく。直後、爆発かと思うほどの歓声が巻き起こった。ようやく、昨晩からはや一日以上続いた戦いの緊張がここにきてようやく報われた。絶え間ない魔物との戦闘で、やっと目に見える成果が得られたのだ。


「殿下、お疲れ様です」


 支えてくれる騎士に言われて手探りで白陽剣を鞘へ納める。すると魔力がじんわりと体に行き渡る感覚が訪れる。周囲を照らすのに使っていた分が戻り、鞘の機能で持ち主の緩やかな治療へ向けられたのだ。それでもなお寒気と吐き気は収まらない。それが魔力酔いと魔力枯渇が同時に起きた状態だというのは知識では分かる。ミスラ・マリナを使って本格的な『王剣』を使用したのは実は今回が初めてのこと。伝承にあるとおりの強さだが、同時に聞きしに勝る使い辛さだ。


「治癒するから、少しまって」


 ポケットではなく隣から声が聞こえた。そこで初めて肩を貸してくれている片方の人物がエレナであることに気づき苦笑する。それが分からないほど疲労困憊なのかと。しかしすぐに笑みを消して尋ねた。


「被害の報告を頼む」


「……死者は騎士1人、冒険者9人。重傷者は騎士6人、冒険者3人。戦えるのはわたしを含めて30人いないくらい」


 50人近くで挑んで19人が戦線を離脱。これが連携を取れない状況でBランクパーティにも厳しいと言われる七級魔獣に挑んだ結果か。しかも後にはまだ六級と推測される敵が控えている。


「最後の魔獣はどうなっている?」


「一時的に見失ったんだけど、今はまた離れた所に反応が出てる。バイエン、白い猿の魔獣みたいな移動手段を取られない限りあと1時間は大丈夫だよ」


「1時間か……」


 レイドパーティを再編成できるだろうか。再編成するとしたら……そこまで考えて酷い頭痛に襲われた。エレナが欠けた治癒魔法の魔力が魔力酔いの頭に酷く染みるのだ。

 駄目だ、一度休む時間などないのに……。


「え!?」


「どうした?」


「アクセラちゃんともう一体の魔獣が……3体目と遭遇したみたい」


次回、宣言通りアクセラの過去最高にかっこいいイラストが登場です!

そしてそこから章末のお休みに入らせていただきます。

今度は4月がきれいに丸ごとお休みで5月から特別編ですね~。


特別編は大砂漠の武術都市エクセララ、エクセルのもう一人の子供ナズナについてです。

ユーレントハイムとは一線を画す技術の進歩に「開く作品間違えた?」となるかもしれませんが……。

ちなみにこんなネタで特別編書いて欲しい!というリクエストあれば次の章のあとに出すかもです。

ぜひぜひご応募ください^^


~予告~

激闘の末、多くの犠牲を払いつつ勝利を収めた生徒たち。

一方その頃、アクセラは逃げ惑う魔獣を狩っていた。

次回、魔猿と魔孤

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! げっ、全力を尽したにも拘らずこれほどに苦戦していたとは、而もあっという間に2桁の犠牲者が出ましたか。この損耗率を見れば、既に作戦自体はもう完全に失敗したとも…
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