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九章 第24話 残響のアクセラ★

 血の臭いがした。血と油と鉄と埃と火の臭い。戦場の臭い。これで水と土のいい匂いがしなければ、もっと鼻の奥がひりつくような渇いたカンジがすれば懐かしいと思えただろうか。

 いや……十分懐かしいな。

 そう。嗅ぎ慣れた臭気だ。エクセルだった頃は思い出の端々にこの臭いが染みついている。アクセラになってからも攫われたときに一度嗅いだ。ただの戦場のものとは少し違う。死線が迫っていることを全身が感じ取っているのだ。


「ふぅ」


 高台を跳び超えて広場に立った俺を何十もの瞳が見る。魔法隊も戦士隊も騎士隊も、そのほとんどが好意的でない視線だ。それもそのはず。目の前に魔物の大群が揃っている中に嫌われ者が一人、一番邪魔なところへ降り立ったのだから。

 ま、どうでもいいか。

 今日の昼前、この砦を見るまでは腹の奥底で渦巻いていた嫌な感触は一切ない。腰の刀がやけに重いような気もしない。ネンスの頼みをただ我が身があって、刀があって、敵がいるだけだ。


「ようやく、いつもの調子」


 こきこきと首を鳴らす。俺が離れている間に想像を大きく超える砦まで作ってうまく戦っていた妹と弟子未満の少年たち。その雄姿を見てあの子たちは俺が過保護に思ってやるほど弱くないんだと気づかされた。それにここで戦っている連中の多くは大人になってから同じ道を歩む。その人生の選択にまで、あるいは運命にまで俺が首を突っ込もうというのは傲慢だろう。

 子供を守らないといけないっていうのは、大人の使命だけど……いつまでも子供じゃないし、全てから守り続けることが正しいわけでもない。自分が成長しなくなるとついつい忘れてしまうものだな。

 もう彼らを認めて歩かせてやるべきなのだ。俺が守ってやるべきなのはマレシスのときのような、彼らがどうしても自力では道を切り開けないときだけでいい。


「だから、私は私らしく戦えばいい」


 ここで俺が戦うのは彼女たちの負担を下げるため、一つの歯車としてであって、あらゆる最悪から救い出してあげるためではないのだ。


「ん」


 空気がしんとした。そんな気がした。


 ああ、この感じだ。


 もう何の心配もいらないんだ。


 だから、だから。


「行くよ」


 いつの間にか地響きのような足音は停まっていた。度重なる魔法攻撃にすっかり開けてしまった門前の空間へ満ちる雑多な魔物の集団。ベア系やマンティス系といったこの森に多い種類は当然のごとく、ワービーストやハーピーなんて珍しいモノまでいる。初めて見る魔物に生徒から悲鳴が上がった。エレナの言う通り、角の魔物もいるんだろう。


「グルル……」


 唸る魔物たち。それでも彼らは広場の半ばから動かない。俺を見つめたまま一歩も進まない。いや、進めない。俺が、進ませない。


「すぅ……」


 興奮の炎が体を燃やす。久しぶりに愛する人と出会ったような、懐かしさと嬉しさがこみあげる。命の瀬戸際へ踏み込む戦いが、ようやく目の前に来たのだ。


「私と」


 ゆるりと右手を上げて柄に載せる。


「踊ろうか」


 軽やかな一歩を踏み出す。遅れて魔物も踏み出す。構わずそのまま強化魔術の赤い文様を足に浮かべて焦げた大地へ走る。腰の刀には返して乗せた掌を。目には迫りくる数多の敵を。心には生あることへの歓喜を。


「ガルゥ!」


 先行して地を蹴ったアンブラスタハウンドを顎から背まで抜刀で切り裂き、振り抜く動作で血を払う。そのまま鞘に納め直して更に踏み込んだ。


「バゥ!!」


 小柄なワービースト種、コボルトが剣を抜いてかかってくる。ワービーストは獣人を更に獣寄りにしたような魔物で金属加工などの文化をある程度所有する高等な生物だ。ゴブリン以上に人間に近しい性質は冒険者を襲う関門の一つ。

 ここにきて人型の魔物を大量投入……なにか理由があるのか?

 そう考えてからすぐに思考を止める。理由など関係ない。目の前の敵を斬り伏せない限りどうにもならない状況だ。


「バ……っ」


 振り下ろされる直前で炭の大地を踏みしめる。荒い精錬度合いの切っ先が目の前で地面へ落ちて行くのを見送って二度目の抜刀。


 紫伝一刀流・抜刀「霞」


 赤と銀の刀が青い体毛に包まれた首を高らかに跳ねる。勢いだけが死に切らず地面へ突っ伏す体とすれ違い、反す刀の逆袈裟でサファイアマンティスを狙う。咄嗟に振り下ろした鎌で受け止めるカマキリ。だが競り合いになるより前、刀を立て上からの力を利用して鎌を滑らし切っ先で細い胸を斬り付ける。的確に魔石を斬られた青い巨虫はぐらりと傾いだ。


「ん」


 突起に足をかけて倒れ行く青を駆け上り、近くのブラッドベアへ跳び移る。息を吸い、魔力を吸い、声帯へエネルギーを集約する。


「カァッ!!」


 小さな俺の体からおよそ出るとは思えない音は魔力の威圧を伴って一帯の魔物を刺激する。威叫という、獣人が会得するスキル『フィアフルシャウト』を真似たものだが、その効果は騎士の使うタウントや威圧系と同じくこちらへ攻撃を集中させるというもの。周囲数mの敵が一斉にこちらへ殺気を飛ばしてくる。

 ああ、心地いい。


「グルォ!」


 頭を足場にされたブラッドベアが吼える。振りほどく動作に合わせて跳躍しつつその双眸へファイアアローを叩き込む。黒々とした目玉を貫通した火の矢は俺の視界外で弾けて大柄な命を散らす。その間にも次のコボルトを胴で、マンティスを首元で、ラビットを縦に両断していく。


「バゥ!バゥゥ!!」


 何かの合図をして前へ出る槍持ちのコボルト。見れば体格が他の個体より一回り大きい。


「相手してくれるの?」


「バゥウ!!」


 機敏な動作で長槍が繰り出される。ひゅぼっと音がして小さな風が俺の顔を撫でた。引き戻された槍はワービーストの強靭な筋力から再び繰り出され、正確無比に眉間を狙ってくる。首を傾けて躱した俺は紅兎をぐるりと一回転。槍を真ん中で斬り捨てる。さらにもう一回転で切り詰め、慌てて退こうとしたコボルトも三太刀目で斬る。


「っ」


 熱い血飛沫を真正面から浴びつつ紅兎を肩へ担ぎ、とんと後ろへ飛ぶ。軽い動作に反し刃にはぞぶりと重い感触が。頭上から獣臭さとそれに倍する鉄臭がする液体が雨のごとく降りかかる。背後へ迫った敵の胸板に背を付ける俺は刀を支えに足をたわめ、血を噴き上げてこちらへ倒れ掛かる巨体を蹴って得物を抜きつつ離れる。前から走り寄って来たラビット系を3体斬り払って振り向くと、心臓を一突きにされた魔物は特徴的な縞柄の人型魔物ワータイガーだった。

 Bランクのワービーストじゃないか。


「ん!」


 驚きもそこそこに横からサファイアマンティスを撥ねながら突進してくるウッドバスターを躱しながら足を斬り付ける。バランスを失った巨大な猪は避けきれなかったコボルト2体を潰しながら焼けた大樹へ激突。俺はそんなものには目もくれず急降下してきたハーピーの翼を薙いで、地に伏した歪な女の顔を踏みつぶした。


「っと」


 左右から繰り出される槍を跳んで躱し、刀を薙いで目を潰す。着地し屈んで一回転。周囲の足首をことごとく裂いて跳び起きざまに胸と首を深く斬った。囲んでいた敵がばたばたと倒れて行くのもお構いないしに次の敵が雪崩れ込んでくる。


「ん?」


 殺到する攻撃を避けつつ門を見やると早くも俺の威圧から逃れたコボルトが走りだしていた。手を差し伸べるように腕を向けて魔術回路に魔力を流し込む。空気が爆ぜる。火弾が抜け駆けをしようとしたコボルトを燃やす。


「!」


 一瞬の隙をついて迫る二匹目のワータイガーが逞しい足で放った廻し蹴り。腹へ入る直前のそれを根元から斬り捨てる。


「ギャイン!?」


 支えを失った足が慣性だけでぶつかるがそれでもかなり痛い。肺から空気が少しだけ溢れるのを無視して足を踏み鳴らす。

 鋼鉄魔術・地剣

 不揃いな金属の刃が地面を食い破って四方へ牙を向いた。足を突然の斬撃に断ち切られた魔物の悲鳴が広場に溢れる。


「暗がりより舞出でよ、光を吸う衣よ。闇の理は我が手に依らん」


 闇魔法初級・ブラックシーツ

 魔法で生み出された光を映さない漆黒の布は門を覆い隠す。人語を解さないワービーストには魔法の詠唱までは分からない。あの闇がどんな効果を持つのか分からない以上、連中はとりあえず術者の俺を襲うしかない。地に伏したモノを踏み越えて距離を詰めてきた敵へ、俺は血を拭いながら笑んだ。


「さあ、最後の一匹までかかっておいで」


 コボルトの顔が恐怖に染まる。敵うはずがないことを悟り、それでも退けないと怯える顔だ。知性の低い魔物はまだしもワービーストがごった煮の群れで攻めてくる意味が分からなかったが、後ろから何者かが追い立てているのか。それが角の魔物か魔獣かは知らないが、やることはやはり同じ。


「退かないなら、死ね」


 刀を構える。コボルトも剣を構える。戦いに互いの事情など関係ないのだ。


「アォオオオオン!!」


 先に足を前へ出したのはコボルト。絶叫の尾を引きながら剣を寝かせた突撃を繰り出した。


「ふっ」


 一歩踏み込んで手首を捻り、刃をコボルトの首筋へ這わせる。刺突の構えのまま青いワービーストは数歩走り(くずお)れた。倒れて命を地面へ吸わせるだけの敵から意識は次の一体へ。それを斬ればもう一体へ。前後左右へ絶え間なく押し寄せる魔物を最小の動きで斬り殺し、死体の山を築いて行く。


「遅い、遅い、遅い!」


 夕日が木々を掠めて注ぐ中、濃い赤の霧をまき散らしながら俺は刀を振り続けた。


 ~★~


 門を闇魔法が覆ってから1時間が経った。わたしたちは緊急事態を全員に共有し、巻き起こった混乱をネンスくんのスキルと話術で辛うじて抑え込み、レイドパーティの編成を強行し、最低限の連絡網と戦術パターンを生み出し……あと30分もしないうちに戦端が開かれるというところまで来た。来てしまった。

 アクセラちゃん……。

 信じている。その言葉は虚勢じゃないけど、かれこれ1時間もアクセラちゃんは戦ってるんだ。それを思うと黒い布を引き裂いて支援に行きたい気持ちに駆られる。でも今はそういう時じゃない。信じると言ったから、わたしはわたしの仕事をするんだ。


「あれを見ろ!」


 誰かが叫んだとき、わたしは定位置の高台でそれを見た。闇の布が幻影のように解れて消えるところを。一瞬心臓が大きく鼓動した。アクセラちゃんが魔法を解いたのか、それとも……。しかし最悪の思考が形を結ぶ前に、門を潜って小さな人影が入って来た。やわらかい乳白色の髪を赤黒く染め上げた少女が。


「アクセラちゃん!」


 居ても立っても居られず高台から飛び降りる。風魔法で着地を制御して彼女に走り寄り、水と火の魔力糸を紡ぎ始める。


「怪我は!?」


「ん、ない」


 まるでとても楽しい事をしてきたあとのように彼女はへらっと笑う。珍しくはっきりとした表情は、ついこっちも笑ってしまいそうなくらいに嬉しそうだ。けれど頭から返り血を浴びたアクセラちゃんの後ろには、焦げた広場には、ぞっとするほど死体が転がってる。


「とりあえず洗うよ」


「おねがい」


 鞘に納めた刀を握って両腕を開いた彼女。上から水魔法で大量の水をかけ、水流を操作して髪や肌にこびりついた血を洗い流した。ついで服に魔法糸を縫い込んで魔法化、繊維の奥に染みた血まで追い出す。最後に風と火の魔法で乾かせば洗濯終了。


「終わったよ」


「けほっ、ありがと」


 喉を痛めたのか、彼女は首を摩りながら数度咳き込んだ。


「叫び過ぎた」


「……?」


 意味はよく分からないけれど、他に怪我がないかを手早く確認する。


「あ、掠り傷」


「これくらい舐めておけばいい」


「……舐めようか?」


「……遠慮しておく」


 いつも通りなやり取りをして笑みを交わす。


「蹈鞴舞、使わずに倒したよ」


「よかった」


 言葉を交わしながら高台の下を潜る。戦場のあちらに一山、こちらに一山と積まれた死骸に戦士隊や騎士隊が興味を示してるけど、今はあえてそれを止める気にもなれない。安心してちょっと疲れてしまった。


「ふぁ……あふぅ」


 アクセラちゃんも大あくびをして一歩だけふらりとよろめいた。


「さすがに眠い」


 言われてみれば彼女は昼前に拠点へ合流して夕方前までしか寝てない。もうじき日が落ちきる頃、ひとしきり戦ったこともあって眠気はピークに達してるようだ。


「少し眠る?」


「ん」


 頷いた彼女はふらっと焚火の近くへ寄ってどっかりとあぐらをかいた。チェック柄のスカートが汚れるのもお構いなしに、刀を足の間に立ててそれを抱きしめるように体を預ける。そのまま目をつむったアクセラちゃんはものの数秒でだらっと脱力した。


「いやまって、そこで寝るの!?」


「魔獣、来たら起こして」


「え、えぇ……」


 まるで刀と人が互いを支え合うような格好に呆れていると、本当にそのまま寝息を立て始めてしまった。


「アクセラが戻ったと知らせがあったが……!」


 天幕から走って来たネンスくんが眠る姿を見て言葉を切った。事情を聞いた彼は起こして天幕まで移動させるかどうか考えはじめたが、わたしはそれを止める。きっとあえてこの格好で寝始めたのには理由がある……はずだから。


「まあ、無事で何よりだ」


「そうだね」


 頬には薄い傷痕が幾筋か。ディムライトのブレストプレートは流麗な曲線が途中で歪に曲がり、紅兎の鞘も猛獣の爪のあとが付いてる。よく見ればまったくの無事というわけではない。けれど1時間、あの魔物の群れを相手にしていたとは思えないほどだ。


「しかしこれで他の隊長も黙るだろう」


「もう黙ってるけどね」


 ブラックシーツは発動した魔法使いが死ぬと消えるタイプの魔法。だからそれが30分を超えて門を覆ってた時点で誰も彼女の実力を疑ったりしなくなった。そして今、蓋を開けて見ればカッキリ1時間で敵を殺し切って見せた。


「なんにせよ、これでアクセラを正式な戦力に加えられる」


「指揮系統には加えられないけどね」


「加える必要がない。合流してからの佇まいを見ていて分かった。あれに部下を付けても意味がない。例えば達人に酒瓶を一つ持たせれば、それでも確かに強いだろうが、酒瓶は壊れるだろう?」


 たしかに。


「また誰かの部下に付けても無意味だ。あれより頭の回る指揮官はいくらでもいるが、あれほど気負いなく戦場を歩く人間はここにいない。自由に戦わせるのが一番いい。本人にも、こちらにも」


 その通りかもしれない。だって彼女は長い間そうして生きてきた。支える人間はいても縛る人間はいない。教える相手はいても使う部下は持たない。

 アクセラちゃんに並び立つのは、難しいなぁ……。


「さて、作戦開始まで30分だ。持ち場に行くとしよう」


 同じことを思っているのかどうか。それ以上なにも言わず、ネンスくんは高台を潜って広場側へ向かう。


「アクセラちゃん、行ってくるね」


 髪の毛をいつも彼女がしてくれるみたいにぐしゃぐしゃと撫でてる。それから輜重隊として走り回るレントンくんを見つけて、アクセラちゃんに軽食と毛布をお願いしてからわたしも高台へ戻った。


「エレナ」


 出迎えてくれたのは赤い上着とバイザー型ゴーグルで周囲から浮いた様子のニカちゃん。魔法隊の休んでる間やネンスくんが前線へ出てるときの魔法攻撃を一人で担当してたのに、彼女はまったく魔力切れになる気配がない。それでも初めての実戦でこれほど長期の緊張を強いられたのは効いてるのか、目の下には薄っすらクマが浮かんでる。


「目、大丈夫?」


「ええ、まあ、外すことはない程度にですけれど」


 この遠征で何が意外だったって、指導しなくてもニカちゃんの魔導銃の腕がものすごくよかったことかな。

 わたしが使う一段高い場所は彼女にとってもいい狙撃場所で、これまでは交代しながら使ってきた。今回は二人共戦うから急遽足場を増設したわけだけど、二脚を開いて据え付けられたスワローズハントは思いの外大きかった。


「狭いかしら?」


「むぅ、ちょっと……でもまあ、動き回るわけじゃないしね。大丈夫だよ」


 最後にいくつか、例えば灼けたロッドの取り扱いについてとか、打ち合せをしてわたしたちは広場を見下ろす。レイルくんが率いる騎士隊はもう門を出て布陣し始め、そこにはネンスくんとブロンスさんに率いられた戦士隊がいた。騎士隊は学生がほとんどだけど、そのかわり盾と連携のスキルで万全の状態。戦士隊は実力の伴わない学生を防衛要員に回してほぼほぼ冒険者と少数の腕利き生徒だけ。


「殿下の、ネンス様の、あの鎧って……」


「馬具の錆び止め塗料と課題で集めてた薬草で調合したんだけど、意外といい色になったでしょ?」


 昨日までレイルくんのソレに近い白銀と金の装飾だったハーフプレートは今や一部がユーレントハイムを示すコバルトブルーに変えられて、暗がりを照らし出す篝火に煌めいて見えた。自分たちの国を背負う人間が自分たちを率いて戦ってくれる。そういう戦意高揚の為の作戦だ。実際に戦士隊の冒険者たちは沸き立ってる。


「さーて……」


 ニカちゃんから苦笑いを引きだしてから、魔力糸を操作し始める。アクセラちゃんが群れの掃討に行くための時間を稼ぐのに、仕込んでた爆発系のトラップを使ってしまった。それを再構築するのと、幾重かの防御魔法を張り巡らせる。その上で森へ展開してる感知網用の魔法糸をほとんど待機状態へ移行。クリスタルがそれぞれに魔力を持ってるのでそこまで消費の問題はないけど、意識が割かれる処理はできるだけ減らしておきたい。


「おはよ」


 しばらくそうやって準備に時間を費やしてくると、誰が起こすわけでもなくアクセラちゃんが目覚めて高台へ上ってきた。本当にちょっとした仮眠程度になったけど、ちゃんと食事もとれたみたいでよかった。


「アクセラちゃんはどうしとく?」


「二体目の魔獣が来たら動く。それまではここで戦況を見る」


「うん、わかった」


 一体目は万全の状態で迎え撃てるから本隊で狙う。乱入するだろう二体目を彼女には持ってもらう。そして三体目には残ったものを全部つぎ込むことになる。


「あ、噂をすれば……来るよ、合図お願い」


 咄嗟に振り向いた彼の顔にはもう少し早く言えと書いてあった。十分いいタイミングだったと思うけど……そう思ってから失敗に気づいた。きっと何かしら演説っぽいことをしてもっと士気を上げたかったんだろう。実際ネンスくんはそういうのが上手いからこれはわたしのミスだ。

 あ、拡声魔法のサイン。

 慌ててネンスくんの声が全体に聞こえるよう風魔法を飛ばす。同時に各部隊の風魔法使いと通信を戦闘用に格上げする。一方通行の声とハンドサインでのやりとりから双方向への同時会話が可能になる。


『ユーレントハイムの民よ!学院の同胞よ!これより攻め来る悪神の尖兵は、我らの前に刃の露と消えることになる!勝利を疑うな!恐れるな!団結し、明日をつかみ取れ!』


 簡素な檄を飛ばしてから腰の宝剣を抜き掲げる。白陽剣ミスラ・マリナからは夕闇を切り裂く神々しい光が迸り、それを目にした私たち全員の胸に燃え上がるような熱と力が湧いてきた。剣のガードと鍔元に配置されたサンストーンの輝きは強大なバフだ。


「魔法隊、詠唱準備!落ち着いて今まで通りにすればいいからね!」


『騎士隊、構え盾!とりあえず一撃目を凌ぐぜ!』


『戦士隊、得物を構えろ!ここが腕の見せ所だ!』


 私を含め各隊長が叫ぶのとほぼ同時、森が弾けた。


「ピュリリララララァァァ!!!」


「っ」


 耳をつんざく巨鳥めいた奇声を上げて、その魔獣は炭になった木も生きた木も全て圧し折って黒い大地へ躍り出た。着地と同時に泥炭のような地面が高く跳ね散る。一体目は民家1つ半ほどの巨大な蜥蜴の魔獣だ。手足や頭を覆う鱗は細かくて毒々しい赤に光り、その上から各所を鎧のように(やじり)型の大きい灰色の鱗が生えてる。大きく張り出した真緑の目玉がぎょろりと私たちを睨み付けた。


「あ、あれが魔獣……」


「来るぞ!」


 誰かが呟き、誰かが叫んだ。体の両側へ突き出した3対の足で一気に加速した魔獣は騎士隊の前まで迫り、急転換して尻尾を振り抜いた。騎士隊が咄嗟に盾を地面へ突き立てて構えると、赤いスキル光が横一列に連結して壁を作りだす。


「リュロララ!」


 喉を絞ったような鳴き声がして、尻尾が壁に当たる直前に燃え上がった。


『怯むな!!』


 レイルくんの叫びが轟く。灰の鱗に覆われた尻尾は横殴りに壁を討ち据え、真ん中の彼を起点に赤い城壁は大きく揺れた。続いて纏わりついていた炎が大きく爆ぜるがこれも耐えきる。爆炎の中から現れた尻尾は先端にオレンジの結晶体が輝いて見えた。


『魔獣角を確認したぞ!』


 戦士隊から雄叫びが上がる。だが騎士隊は退かない。大きさの割に機敏な動作でもう一度反転した魔獣が四本指の前足を叩き付けたからだ。しかしこれもうまく城壁の向きを変えて凌ぐ。


『行くぞ!』


「あっ」


 反撃に移ろうとしたときだった。叩き付けた手を引き戻す動作に城壁の一部が、いや、生徒の一人が引っ張られた。魔獣がにやりと笑った気がした。軽々と連れ去られる仲間へとっさに左右の生徒がしがみつく。


『う、うわぁあああ!!』


『クソ、力が強すぎる!』


 あまりに大きな悲鳴が通話魔法に混じって聞こえてきた。


『盾を離せ!』


 叫ばれた方は腕を固定するベルトをワンタッチでパージし、騎士の象徴である大盾を手放す。魔獣が振り払った手の動きに従って金属の塊は森の奥へ凄い勢いで飛ばされた。驚くべきは筋力よりもヤモリのような指先の接着能力。下手をすれば今ので一人死者が出てたところだった。


『下がって予備の盾を装備して来い!こっちは反撃系の盾スキルに変えるぞ!』


 号令に従って盾を覆っていた光の色と形が変わる。打って出ようとしてた戦士隊が数歩下がって、二撃目の手を騎士たちの盾が爆ぜて弾く。一回目ほどうまく行かなかったことに一瞬の硬直を見せた魔獣。その顎に火焔の弾丸が炸裂する。ニカちゃんの魔導銃が吐きだした火弾が化け物に隙を作る。


『今だ!』


 ようやくチャンスを得た戦士隊が盾の間から溢れるように出て各々の武器で魔獣へ斬りかかる。魔獣は6つの足を巧みに操ってそれを避け、魔獣角から炎を爆発させながら尻尾を振り回す。しかし冒険者とごく一握りの腕の立つ生徒は必死に地面を転がり、走り、ヌラヌラと光る赤い鱗へ刃を突き立てる。灰色の鱗に阻まれても追いすがって少しずつ傷を付ける。


「い、意外となんとなかなるもんですね……」


 ほっとしたような声で高台の生徒が言った。


「魔獣を舐めたら痛い目を見るよ」


 緩みそうな空気を無理やり引き締める。この一連の攻撃が終わったら魔法攻撃に切り替えて、そのあともう一度接近戦に持ち込む手はずだ。


「ニカちゃんは撤退時にもう一発お願い」


「もちろんですわ」


 淡々と指示を出しながら、一面ではたしかにと魔法隊の男子の言葉に同意する。七級魔獣にしては戦術がおろそかな気が……そうだ、数の利がないにも関わらず一撃離脱を試みず、接近戦から抜け出せないでいる。

 あえて抜け出さない?


「ネンスくん、相手に思惑があるような動きがある。早めに魔法攻撃へシフトしたいんだけど、いいかな」


 騎士隊の後方、予備兵力の二軍を率いながらミスラ・マリナの加護を与え続ける指揮官に魔法で伝令を飛ばす。彼のバフが強力で思いのほか強気の攻勢をかけられるのも理由だろうけど、それだけじゃない気がした。


「……よし、許可が出た」


 ネンスくんが右手を硬く握ってあげるのを見て魔法隊へ詠唱の合図を出す。それから門の向こうへ火魔法を飛ばして爆発の数で後退を指示。ブロンスさんに率いられて深追いせず下がる戦士隊を魔獣は追撃し、しかし騎士隊に完全に阻まれてしまう。


「「「火の理は我が手に依らん!」」」


「「「風の理は我が手に依らん!」」」


 風と火の魔法が紡がれる。打ち上がる煌めく魔法に両手を差し伸べた。全てはわたしの手に、この両手に委ねられたのだから。アクセラちゃんに並び立つための最初の関門がココだ。


「火焔よ踊れ、風よ立ち上れ、混じれ、溶けよ、唸れ、吼えよ!」


 魔法糸が複雑怪奇な模様を描く。受け止めた魔法を導きながら魔法陣を描いてみせる。


「巻き込み砕く嵐の刃、貫き焦がす炎の槍、調和の象徴たる渦、怒りの具現たる爆裂」


 赤と透明の力が入り乱れて4つの塊を形成する。剣と槍と竜巻と球。それぞれがカッター、ランス、ストーム、ボムの魔法を原型にした破壊の力だ。


「合わせた声の響きに従い、火の理と風の理を以て、我が手より解き放たれよ」


 火風混合魔法・カトルブレイク


 手を振り下ろすと同時、騎士隊に弾き飛ばされた魔獣へ4つの暴威が降り注いだ。


感謝、大感謝です!

なんと先の日曜、2021年2月27日にて二年ぶりに日間PV記録を更新しました!!

しかも念願の2000PVの壁を突破!!!

記念して、というわけでもありませんが春らしいアクセラとエレナのイラストが急遽掲載です☆


挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)


お馴染み、ぽいぽいプリンさん作の春らしいカットです!

晴れ着と桜並木を楽しむエレナとアクセラ、かわいい!

おめかしして季節を楽しむ散歩でしょうか?並べるとはかどりますね!(コラ)

物語が長い緊張に包まれているだけに、さわやかで気持ちがいいですね~。


皆様、これからもよろしくお願いいたしますm(__)m


~予告~

アクセラの圧倒的戦闘力で時間を稼ぐ一行。

しかしついに一体目の魔獣が姿を見せる!

次回、鏃蜥蜴レイド

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― 新着の感想 ―
[良い点] てっきりハーピィはモンスター娘の側だと思ったけど、獣の側でしたか。それにしてもヒト型の魔物揃い、魔獣も妙に知能が有りそうですので、裏に黒幕が有りそうですね。 アクセラさんの腕は相変わらず凄…
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