表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/367

九章 第23話 まやかしの作戦会議

「来た」


 5回目のその言葉。残った魔法隊に緊張が走る。回を追うごとに脱落者が出た部隊はもはや当初の半数を割って、その分をわたしと遊撃隊の先生たちが補う状態だ。


「3!」


 感知網と構築中だった罠の魔法糸を魔織の手甲に待機状態で管理させ、攻撃用の魔法糸を指先から走らせる。もうブレイズサイクロンを出すだけのファイアボールは集まらないから、効率よく使って魔物の群れを焼かないといけない。


「2!」


 黒焦げの森を突き破って現れた群れは3、4回目と同じくブラッドベアのような哺乳類系の魔物が中心。分かっていたことだけど、内心で舌打ちをする。


「1!」


 昆虫のような火に弱い魔物は2回目で終わりだった。おそらくどこかで監視してる赤い角の魔物がそこらへんを上手く調整したんだろう。その証拠に当初到達する予定だった群れのいくつかは森の中程で止まって、後ろにいた群れが急ぎ前に回されてきた。


「「燃えよ!赤き火よ!熱き物よ!」」


 まばらになった詠唱が、それでも力強くリズミカルに始まる。幸か不幸か、どんどん死んでいく魔物の魔石が砕けて空気中に魔力を吐きだしてくれるのでリソースは枯渇しにくい。極力魔法糸で空気中の魔力を捕まえておく。


「「火の理は我が手に依らん!」」


「混ざれ、溶け合え、別れて刃を成せ!」


 火球を網で捕まえて詠唱を引き継ぐ。雄叫びを上げる魔物に向けて最適な軌道を考える。


「切り裂き、焼き焦がし、爆炎を以て薙ぎ払え!」


 頭だけじゃ処理できないイメージを指で描く。糸を引き絞って圧縮した力を細く収斂させて解き放つようにして。


「合わせた声の轟く限り、示せ、炎の理を我が手に!」


 火単一合成魔法・ヒートエッジバラージ


 紅蓮に燃え上がる小さな球体を群れの上に投げ込んだ。制御が緩んだ隙間から一気に魔法が解き放たれる。破裂音を伴って無数の赤い三日月が降り注いだ。凝縮した炎の刃は空飛ぶ魔物を切り裂き、地を駆ける魔物を打ち据え、さらにマグマのように破裂して全てを焼き尽くす。


「ギャゥン!」


「ギャギャギャッ!?」


 千切れて焼けた肉が爆風で飛び散る凄惨な殺戮の風景。そこにはもう歓声の上がる余地がない。誰も彼もが辟易とした気持ちで命の散る様を見つめた。しかし降り注いだ灼熱の刃の雨を潜って広場へ突入した個体が出ると、各々が泣きそうな顔で杖を構えなおした。


「オォン……オォォン……」


「ゴォァ……!」


 血色の毛皮を燃やしながら、焼けただれた形相で這いだした2体のブラッドベア。片方は今にも力尽きそうで縋るような悲鳴をあげ、もう一方は狂ったように頭を振りながら吼えたてる。


「ひっ」


 肉と血が焼けた物をまき散らしながら、それでも生きようともがく力強い目に一人の女の子が腰を抜かす。


「魔法隊は追撃しないでいい!」


 見るからに満身創痍の魔物へ憐れみを覚えながら、しかし冷徹な判断で追撃を禁じる。高台の下から4人の大人が走りだして、あっという間に動きの鈍った熊の急所を一撃二撃と貫いた。もはや叫ぶ力もなく、重い音を立てて広場に転がった死体。それは命を奪う無残さを、こんな状況でもわたしたちに見せつける。


「……撃破」


 口の中で小さく、薄苦い味の勝利を噛み締める。魔力と言うリソースを消費しての布陣は、コストに見合った安定性を見せてくれた。それでもやはり負担が大きい。予定より早いがそろそろ一度交代をネンスくんに頼んだ方がいいかもしれない。


「次の群れは……あれ?」


 目まぐるしく状況が変わる森の中の配置。当初の予定ではあと1つくらい群れを相手にしてシフトが終わる計算だが……再度確認して今後の方針を立てようとしたところで、わたしはとても気になる反応を捉えた。アクセラちゃんの設置してくれた広大な索敵範囲に、別々の位置から3つほどとんでもなく強大な魔力が侵入したのだ。それぞれは迷うことなくこの拠点を目指していて、そのうち2つはかなり移動速度が速い。


「嫌な気配」


 ただ、わたしが一番気になったのは魔力の多さでも足の速さでもなかった。背筋を何かが駆け上がって来るような言い知れぬ不快感。腰と肩に刻まれた古傷がぴりっと痛む。頭の奥で煩いくらいに警鐘がなる。


「わたし、知ってる……?」


 どこかで感じたことのある魔力だ。似てるのは不死王?いや、あれは穢れてたけどここまで嫌な気配じゃなかったはず。メルケ先生が最後の戦いで纏ってた魔力もちょっと似てるけど、やっぱりここまで怖くなかった。強欲神はもっと神々しさがあったし……。


「エレナくん?」


 様子を見に来てくれたバート先生が怪訝な顔でわたしを見る。でも今はそれに応える余裕がない。似てると感じたその3つの気配の共通点、それは悪神に纏わる力を持っていることだ。不死王は不死神アルヘオディスの加護を受け、メルケ先生は強欲神リヴィドモラヌと契約をしてた。

 でもその2人と強欲神本人以外で悪神の気配を感じさせる相手なんて……あ!?


「エレナくん、どうしたんだ?」


 少し語気を強めた先生の言葉にわたしは自分の手を見る。杖を握る小さな手はいつのまにか震えてた。


「先生、少し指揮を変わってもらえませんか」


「……なんだって?」


「ネンスくんとアクセラちゃんに急いで知らせないといけないことができました。次の敵は規模が大きいですが、到着まで30分くらいはかかると思います。前衛も戻してもらって、万全の用意で戦えるよう準備してください。戦闘開始前には極力戻りますから」


 早口で告げて指揮用の台から降りようとするわたし。その腕をバート先生が咄嗟に掴んで引き止めた。何事かと足元の高台では魔法隊の生徒がちらちら見てくる。でもわたしには配慮してる時間がない。


「はいそうですかと受けられるわけがないだろう。いや、指揮を代わるだけなら問題ない。だが君ほど聡明なら分かっているだろうに。この指揮系統の中であまりアクセラくんを目立たせるべきではないと」


 真剣な眼差しと部隊の状況が強引な離脱を許さない。


「急ぎの報告をするのにシネンシスくんはいいが、アクセラくんはせめて他の隊長より後にすべきだ。騎士隊のレイルくんや雇われているだけの冒険者である戦士隊の隊長はいいかもしれないが、その下で動いている生徒から反感を買うぞ」


 バート先生とアクセラちゃんは共にレベルの高い火魔法使いということで、授業においても2人の関係は良好だ。それでも情に流されず苦言を呈せる先生は、なかなか得難い人材なんだと思う。思うが、今は少しだけバカな振りをしてほしかった。


「君がアクセラくんとパーティを組んでいるのは知っている。彼女の腕がいいことも。だが上と下が手順に沿わない交流を持つと組織、特に軍や騎士団はたちまち混乱してしまう。そんな中でアクセラくんだけ特別に動かせば、その軋轢はすぐに連携のレスポンスを鈍らせてしまう。分かるだろう?」


「他に選択肢がありません」


「どういうことだ?」


「魔獣が3体、2時間で来ます」


 極限まで絞った声でバート先生だけに聞こえるように言った。その言葉の持つ衝撃は熟練の先生をしても硬直させるにたるもので、息を飲んで目を瞠る彼の腕を振りほどく隙をわたしにくれる。


「お願いします」


 それだけ告げてわたしは階段を駆け下りた。


 ~★~


 俺がネンスの天幕に緊急招集を受けたのはちょうど遊撃隊のサイファー先生と氷壁の点検をしていたときだった。騒ぐ傷病者を寝かせ、疎まれながら炊事場に口出しをし、それからこっそり危険な状態になりつつあった冒険者の怪我に聖魔法をかけた……まるで物語に出てくる妖精のようにコソコソと砦の中の不便を直していると時間が経つのはあっという間だった。戦う以外に能のない俺にとっては珍しい体験だ。このまま安定して戦いが推移するなら輜重隊版遊撃隊でもいいなと思っていたのに、世の中はそう簡単じゃないらしい。


「魔獣だ」


 信頼と疑惑の入り混じった目で俺を見る先生のもとから移動して、2人の臨時近衛兵が立つ天幕に入った俺。そこへかけられたのはネンスの重々しい言葉だった。


「大昔の鬼を使ったキメラ、ごちゃまぜの魔物の群れ、丸一日攻めてきても減らない敵……とどめに魔獣?最高」


 皮肉を言いながら土の机へ歩み寄る。報告を持って来ただろうエレナがそこに置かれた雑な地図に印と進行方向、到着までの予想時刻なんかを書き出していた。土台になっているのは課題でそれぞれの班が作っていた地図に、やはりエレナの魔法による補足がついたもの。それによるとおよそ2時間で2体がここへ到達するらしいことが分かる。さらにはもう1体がさらに2時間かけて到達するようだ。


「4時間もかかる?」


「大型で足が遅い魔獣みたい」


「なるほど」


「魔獣を討伐した経験からして、どう思う」


 ネンスはエレナから聞いた情報を書き止めたメモを3枚渡して寄越した。足の速い2体は揃って七級相当の魔力量、森の中を一定の速度で進行していることから単純な速力だけじゃなく機動力が高いと思われる。


「魔力量で等級が分かるの?」


「学院にあった何年か前の研究論文はそう主張してたから、試しに計算してみたんだ」


 聞いたことのない話に俺が首を傾げると、それを算出したエレナが視線を地図から動かさないままに教えてくれた。


「魔獣の等級は知能や名前の有無、能力で決まる。けどそれらを可能とするだけの地力があるかどうか、魔力量から類推できるんじゃないかっていう論文」


「推論の推論……」


「まあ、調べたいって言って調べられる相手じゃないしね」


 エレナの言う通りだ。しかし信頼性については参考程度に思った方がいいだろう。


「この推測が正しかったとして、倒せるか?」


「可能か不可能かで言えば可能」


「本当か!」


 沈痛な面持ちで腕を組んでいたネンスが椅子を蹴立てる。しかし俺はそれを抑えてもう一度座らせた。あくまで「可能」か「不可能」かの二択で選ぶならそうだというだけだ。


「私が倒した魔獣は八級だった。あれはBランクのパーティが油断なく戦えば倒せる相手」


「七級になるとBランクのパーティでも厳しいか」


「厳しい」


 即答する俺に頭を抱えるネンス。うまく行っていると思っていたところへ魔獣という災厄が3体もくるのだ、絶望せず必死に考えているだけ彼は素晴らしい。問題は俺の言うBランクパーティが「装備も道具も充実した、ベストの状態にある標準的な構成のBランクパーティ」という意味なことだろう。


「今から全員を脱出させるとしたら、どれくらいの生存率が見込める?」


「生残率なら多少。全員の生存率でいうならゼロ」


 俺がクリスタルを設置した範囲は広大だ。面を虱潰しにしたとはいえ、俺が夜に始めて昼前に戻って来たほどだ。それを一般的に大きいとされる魔獣の体で2時間の予想。今すぐ馬車に乗れたとしても逃げきれはしない。それだって魔物の群れが後方にはいないという楽観がベースにあってのことだ。


「何か有効な手立てや道具は?」


「ディストハイム時代には封印用の道具がいろいろあったらしい。私たちが遭遇した魔獣も、町一つ使って封印してあった」


 封獣の厨子。あの遺物はディストハイム帝国発達以前から中期にかけて使われていた強力な魔道具だが、代償として土地を使った魔力調整が必要となる。おかげで俺たちが落ちたあそこは小さな町を一つ処分する羽目になったわけだ。それでもディストハイム中期以降、魔獣を人類が押し返した時代までの数少ない希望だったのだろう。

 だからこそ失われた……人類が強くなって、必要なくなったから。

 よほど高位のスキルを使っていたのか、今では部品どころか絡繰りの欠片一つも生み出せない。


「アーティファクトではどうにもならないな」


「アーティファクトはアーティファクトだけど、稼働できる現品が残ってないからね。どっちかというと歴史的資料のレベルだと思うよ」


「いよいよだな」


 エレナの補足にネンスは深く息を吐く。結局のところ取れる選択肢はそう多くないのが今の時代の実情だ。それはこんな森の奥でも、王都にいたんだとしても、変わらず根本的には一つしかない。


「やはり迎え撃つしかないか……だがフルパーティのところは皆無だ」


 遠征企画の依頼はそもそもが少し特殊で、パーティ全員が同じ場所で任務にあたることがほとんどない。森の中で必要なスカウト系、街中の護衛に適す戦士系など適材適所で一時的にパーティを解体して雇っているのだ。いくつかは揃ったパーティもいたのだろうが、すでに負傷者や死者が発生している。つまり装備が不向きで道具は足りず、構成も変則な上に欠員も多数出ているパーティになり、倍の数を集めても練度のある完璧な状態のパーティには及ばない。


「レイドパーティはどうかな、アクセラちゃん」


「レイドパーティ?」


 おうむ返しに尋ねるネンスにエレナは言葉の意味を説明しだす。


「いくつかのパーティを分解して、役割毎の班にして運用することだよ」


「それは今の部隊構成と違うのか?」


 ネンスの疑問ももっともだ。なにせほとんど同じなのだから。ただ少しだけ、根本的な部分で違っているところがある。それは目的だ。


「目的?」


 まず大きな魔物や魔獣、難攻不落のダンジョンを攻略するために冒険者が組むレイドには2パターンあるのだが、レイドパーティを組んで一気呵成に戦闘を進めるスタイルをフルコンタクトレイドと呼ぶ。対して通常のパーティがシフトを組んで間断なく戦闘を続けることをウェーブレイドと言うのだが、現状は構成こそフルコンタクトのようで運用はウェーブに近い。


「フルコンタクトレイドは長期戦にしたくないとき、強大な相手を通常以上の火力と効率で狩るためにするんだよ。だから本来は今みたいな寄せ集めじゃ無理なんだけど……」


「均質で中途半端な戦力をずっと当て続けるウェーブレイドはこっちが削れるだけ。火力を集中させないと話にならない」


「それは学生も込みでか?」


「そう」


 Bランク冒険者と先生だけでレイドパーティなんて作っても意味がない。絶対的な火力が足りないのだから。使える前衛は学生からも選り抜いて、魔法使いはどんなショボイやつでも合成魔法の足しになってもらう。


「それを選ぶ場合は、アクセラ、お前はどこに配置すればいい?言うまでもなく前衛ではお前と戦士隊の隊長であるブロンスが最高戦力だが」


「簡単。ブロンスという冒険者を接近攻撃のリーダーに据えるべき」


「それは指揮系統の問題でか」


「も、ある」


 俺がいきなりリーダーですと言われればあと2時間では収まらないコトになる。見るからに小柄な少女で、オルクスの悪名を背負って、これまでの戦闘に一度も参加していない俺が上に立つことはできない。


「でもそれ以上に、忘れてない?魔獣は同時に2体来る」


「忘れてはいないが、2体同時に相手取るしかないのではないか?」


「それは無理。エレナ、2体同時に相手取ったときの被害予想はどうなると思う?」


 突然振られた妹は一瞬指を顎に当てて考える。


「考えるだけ無駄な質問を投げないでよ……」


 不満げな顔でそう言った。


「ネンス、エレナが計算を投げるくらいひどいことになる。具体的には前衛を全て失うことは勝敗以前の前提と思ってほしい」


「全て!?」


「手数はそれだけで凶器だから」


 二体の相手を同時にするというのは必要とされる集中力と対応力が桁違いの作業だ。急造のレイドで魔獣の1体を迎え撃つだけでどれほどの犠牲が出るか分からないのに、そんなことは実践するだけ無理だ。


「だからもう一体は私が相手をする」


「一人で戦うと言うのか?」


「そう。私なら七級でも倒せる。忘れた?使徒は連中の大敵」


 実際に9歳の時、俺は八級魔獣であるペインを屠っている。一度は殺されかけた相手だが、使徒としての力を開放してからはワンサイドゲームにできたと自負している。あの頃より俺はずっと強くなった。そして前世のことではあるが、七級魔獣は実際に戦ったことがある。経験が大丈夫だと言っている。


「だが、だからといって!」


「安心して、うぬぼれてはいない。そもそもエレナも七級、頑張れば一人で倒せるはず。前衛が死を覚悟して時間稼いでくれればだけど。ね?」


「どうだろう……」


 当のエレナは考え込んだが俺は大丈夫だと思う。火力だけで言えば最高戦力はエレナだから。しかし立ち回りと指揮と合成魔法のコントロールを1人でこなす今の体制では絶対に無理。完全に魔法攻撃に集中して一歩も動かない固定砲台になればなんとか、という世界だ。


「エレナはこの2体を倒し切るまで、絶対に余力を残しておいて」


「三体目に対応するためだね」


「そう。六級は私でも一人では無理かもしれない。あるいは倒せても更におかわりがあるかも」


 常に最悪を想定して切り札を1枚は残しておくのが生きるための道だ。


「七級の片方を始末するの、急ぐけど時間がかかるかも。その間はそっちの助けには多分入れない」


「それはそうだろうが……!」


 言いかけてネンスは歯を食いしばった。俺が言った言葉の意味を理解したのだろう。七級魔獣は単独で倒せる相手だが、二体を相手取るのは無理だと。そして一体を相手している間に庇いに出てこれるほど余力もないと。これは冷静な計算の上に成り立つ推測なのだと。


「……分かった。ただし必要だと思えば全ての能力を使って勝て。全てだ。意味は分かるな?後始末はしてやる」


「ん」


 使徒の力を出し切って、それを生徒に見られても勝てということだ。そんなことにはならないし、なった場合にネンスの権力だけでもみ消せるとは思えない。だが言いたいことは分かる。それだけ重い言葉で俺に釘をさしておかないと不安なのだ。


「あとの問題は3体目の具体策か……」


「あ、それよりもアクセラちゃんに1体を任せるってお話、他の隊長が認めるかな?」


 エレナの呈した疑問に地図をなぞっていたネンスの指が止まる。自分たちが受け入れられたのは俺の実力や正体、実績を知っているからだということまで彼の頭は回っていなかったようだ。やはり疲れと緊張が大分キているらしい。


「……無理だな。ブロンスとサイファー先生は少なくとも頑として許可しないだろう」


「それについてはアイデアがある。だから、一つお願いを聞いてほしい」


 考え込むネンスに俺はにっと笑いかけた。非常に嫌そうな顔を彼は浮かべる。

 失礼な奴め、顔だけなら絶世の美少女だぞ。

 そう思いながら頼みごとを口にすると、彼は三倍くらい嫌な顔になった。


 ~★~


 手短な打合せのあと、ネンスの天幕には人がぎゅうぎゅうに集まっていた。急ぎ各隊のリーダーを招集したのだ。魔法隊のエレナ、騎士隊のレイル、戦士隊のブロンスという冒険者、遊撃隊のサイファー先生と顔色の悪いコルネ先生、最後に補給と救護の輜重隊を預かる女神官のシスター・ジェーン。遊撃隊のもう一人の隊長であるバート先生は前線の担当をしているのでいないが、それ以外すべての指揮官が集っている。


「コルネ先生、折れた骨が痛むのなら休んでいてください」


「なんのなんの、ネンスくん。いやさ総指揮官どの。この程度の骨折で職務を投げ出すわしではないわい」


 堂々と笑んで見せるが、それがやせ我慢なのは誰の目にも明らかだ。最初の夜の攻防戦で出た負傷者は教員が一番多かった。彼もその一人で片腕とあばら数本が折れてしまっている。バート先生の足も下手をすれば後遺症が出るレベルで、俺としてはこっそり聖魔法をかけたいほどだ。そうしないのは終わりの見えないこの戦闘で消耗を抑えざるを得ないため。特に身体能力を要求されない魔法系の先生の骨折は優先度が低くなってしまう。

 それに、魔獣で手打ちとは思えないしね。


「それで、魔獣ということだったが、情報の精度はどうなんだ?」


 俺の内心を誰も知らぬまま会議は始まるブロンスが尋ねる。


「確実です。魔獣とは以前戦ったことがあるから、魔力の特徴は分かります」


「その点についてはわしもエレナくんを支持したいのう。彼女の経歴は本物じゃし、研究者肌でテキトウは言わん子じゃよ」


「分かった、確度が高いなら構わない」


 エレナの実力を疑っているというよりは確度を知りたかったのだろう。ブロンスは頷いてそれ以上疑義を呈さなかった。


「いわゆる等級ではどこに位置するのでしょうか?」


 シスター・ジェーンは魔力切れから回復しきらない、コルネ先生くらい悪い顔色のまま尋ねる。魔獣に設定されている等級は魔物ほど正確な基準にならないが、それでも危険度を見積もるにはそれしか尺度がない。


「魔力量からの推測になるので正確かは分からないんですが、でも最初に来る2体は七級くらいだと思います」


 慎重に応えるエレナの言葉を聞いてシスター以外の顔も引き攣った。ブロンスなどは「2体、2体か……」とつぶやいており、やはり俺と同じく数の方を危険視していることが理解できた。


「それで、その」


 それぞれが思考を巡らせる中で言いづらそうにエレナは続けた。


「最後の足が遅い一体は、たぶん六級です」


「六!?」


「目安で言えばAランクパーティ相当か」


「それを学生とBランク、Cランクだけで……無理です!無理ですよぉ!!」


 叫んでから我慢できないというように泣き始めるシスター・ジェーンの対応は大人の中で一番若いサイファー先生が押しつけられ、しかし他の面々もどうするか決めかねるように俯くばかり。そんな中で一人腕を組んだまま黙していたレイルがようやく口を開いた。


「それで、お前らはどういうオチを付けることにしたんだよ」


 その一見すると意味が伝わらない質問にブロンスやコルネ先生は首を傾げる。言われた方は、ネンスとエレナは目を見合わせてから苦笑した。あまりに状況とそぐわない2人の様子にさめざめと泣いていたシスターすら顔を上げた。


「さすがは国に名高き騎士の中の騎士、フォートリンの跡取りだな。勘の鋭さが違う」


「バカ言ってないで教えろって」


 おどけるネンスと唇を尖らせるレイル。そんなやり取りをみてようやく大人たちも若き王子に策があるのだと気づいた。


「一体目の魔獣は騎士隊が防御特化で足止めを行い、魔法隊が最大火力で焼く。戦士隊から精鋭を募って接近戦をしかけ、魔法隊に二撃目が準備出来ればもう一度焼く。これを繰り返す」


 基本戦術ではいままでと変わらないように見えるそれに、やはり敏感な反応を見せたのはブロンス。現役でBランクを務める実力は伊達じゃない。


「レイドパーティを組みなおすということですか」


 ネンスは頷いた。


「最大火力、最大戦力……それを効率的に叩きつける他ないと思っている」


「たしかにそれなら勝率は上がるが……連携は取れないと思いますよ」


 火力やスキルを集約できるためレイドパーティは強い。しかし反応速度が遅く、どうしても鈍重になりやすい。その負荷はこの場合だと魔法隊に合わせる戦士隊にかかってくる。


「それでもやるしかないじゃろうな。少し勿体ないが、魔法使いを数名伝達役に回して連携のレスポンスを上げればなんとかなるやもしれんわい」


「で、でも、もう1体はどうするんですか!?」


 シスターの質問に答えを示したのはやはりレイルだった。


「そこでアクセラってことか」


「不本意ながらそういうことだ」


 ほんと、戦いになると勘が冴え渡るのだから呆れる。

 しかし打てば響くといった反応を見せたのはレイルだけ。先生たちを筆頭に大人からは蜂の巣をつついたような激しい反発が飛んできた。


「オルクスが一人で戦う?そんな無謀な話があるか!コルネ老!」


「うむ、レイドはまだわかる。じゃが生徒一人で魔獣と戦うのは無謀以前じゃ。まさか、囮にして時間を稼ぐという作戦じゃあるまいな、ネンスくん!」


「七級相手に、それも速度と敏捷性に優れたタイプを相手に囮はそもそも成立しない!」


 珍しくコルネ先生が怒気もあらわに言うものだから、俺はちょっと嬉しくなってしまった。彼のように俺のことを中立的に扱ってくれる人は、教師の中でも多いとは言えないのだ。実際、サイファー先生は俺のことを警戒している気配があるし。


「囮など、誰がそんな作戦を立てるものか!これは勝機があってのことです」


「落ち着いて」


 さすがに不愉快だったらしいネンスが声を荒げ始めたので俺も割って入る。


「私も死ぬつもりは毛頭ない」


「君が魔獣を倒したことがあるのは知っておる。じゃがそのときは複数人で、しかも八級じゃったと聞いておるぞ?今回も同じように勝てるなどと思っておるなら自惚れというものじゃよ!」


 やはり戦闘学で俺を担当していたメルケ先生がそうだったように、学年主任でもある老魔法使いは魔獣討伐の情報を知っていた。そのうえで無謀だと窘めるのだ。


「安心して、って言いたいけど、言葉で説得できるとは私も思ってない」


「ほう?」


 何かしらの実力行使が行われることを指して男たちがそっと構える。一触即発の空気が流れる中、エレナとネンスとレイルだけはじっと立ったまま。いや、エレナだけはすぐに動けるように足を動かしている。入口の方へ。


 カーンカーンカーンカーン


「ぬ、敵襲じゃ……!」


 エレナの予測したとおりの敵が雪崩を打って門へ攻めてきたのだ。その警鐘に魔法使いの少女は手を挙げる。赤い金属と灰色の石を埋め込まれた魔道具から魔力が火花のように散った。それは空気を駆け抜け、目に見えない糸を伝って前線へ向かう。次の瞬間、天幕を揺らすほどの爆発音が轟く。


「魔法隊の攻撃か!?」


 ただならぬ事態にブロンスの視線が俺から離れた。その隙をついて走り出す。


「なっ」


「待たぬか!」


「オルクス、お前!」


 叫ぶ三人を置き去りに天幕を蹴立て、ただ一路戦場へ。振り返って追随するエレナを認めつつ、後ろの指揮官たちに叫ぶ。


「雇い主、シネンシス殿下の命に従って敵の群れを駆逐する!私の依頼だから、手出しは無用だよ!」


「これが証明だとでもいう気か、オルクス!」


 サイファー先生の声を背に受けながら走る。俺の口上が効いたのか、ネンスが止めてくれたのか、隊長たちは誰も追ってこなかった。ただ一人付き従うエレナが無詠唱でバフをかけてくれる。暖かい魔力に包まれて気分は穏やかなものだ。


「これでいいのかなぁ……」


「ネンスの依頼なのはホントだし」


「そりゃあ、たしかにそうだけど」


 今、門に押し寄せている魔物の群れ。これを倒すことでネンスの個人的な傭兵としての立場を確立し、同時に力を示す。扱いづらい俺という戦力を独断専行した前科でもって独立愚連隊のポジションに落とし込むことは、きっと隊長たちも理解してくれるだろう。非常に合理的だが身勝手な作戦を、しかしネンスは許可してくれた。


「渋々ね?ほんっとーに渋々だったけどね?」


「渋くても甘くても、依頼は依頼」


「屁理屈だなぁ……でも、本当に無理はしないでね?」


 一段低くなったエレナの声に俺は頷く。俺だって死ぬつもりはない。できないことはできないとい言う。できないからしないかと言われれば、それはちょっと別の話だけど。でも今回は群れの掃討も魔獣戦もできると思って提案した。やらなければいけないから、やれるから、だからやるだけだ。


「ん、初戦は蹈鞴舞なしでも十分できる。信じて?」


「うん、信じてる。いつだって、信じてる」


 シンプルな即答に俺の足は軽くなる。


「エレナが背中を見てくれるなら、遠慮なく楽しめる」


 にっと笑う俺にエレナは背後で深々とため息をついた。


「なんだかなぁ……」


祝!200話到達記念!!(キャラ紹介を含む)

ついに三ページ目に突入です。

すごい長い作品になったような、しかし読んでみるとそうでもないような。

どこかで一度区切って技神聖典Ⅱにするのもアリですねぇ。

ともあれ、ここまでお付き合いありがとうございます!まだまだ続くよォ!!


~予告~

迫りくる魔物の軍勢。

迎え撃つはアクセラ一人。

次回、残響のアクセラ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 全感想のご返事はありがとうございます! 200話到達、おめでとうございます〜 うん、エレナさんは凄く成ったと思います。だから、エレナさんお見事の魔法の腕と知…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ