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序章 第2話 技術神

「ここは……どこだ?」


 目を覚ますと俺は大理石のような白い石でできた部屋にいた。凝った植物のレリーフが施された柱と1枚の巨大な扉以外に何もない、ただ広い円形の部屋だ。窓すらもなく、俺以外には誰もいない。

 どういうことだ……。


「ん……?ああ、俺死んだんだった」


 状況が呑めなくてしばらく考えているうちにふと思いだした。100年近かった人生を終えて死んだ。少なくとも体感時間としてはついさっきのことだ。となると今は死後の時間、神々による最後の審判の前ということになる。


「となるとここは冥界か……?」


 冥界がどんな場所かはあまり知らないが、こんな何もない部屋だとは思えない。ではここはどこで、俺は一体何をしているのか。訳が分からなく困り果てて頭をかこうと手を上げたとき、俺は硬直した。目の前に上げた自分の手が、自分の手ではなかったからだ。しかしすぐに思い直す。

 ちがう、これは俺の手だ!若い頃の、と注釈付きだが……。

 よく日に焼けた肌を押し上げる筋肉は晩年のような細さではなく、無駄こそないが十分な太さを持っている。肌のハリも20代のそれだ。しかしなぜかそこに刻まれた傷跡には30台や40代、はては80代などについたものもあった。


「まさか……」


 慌てて自分の全身を見回す。


「やはり……」


 どういうことか、手も足も体中全てが20代のそれになっていた。

 いや、腕だけ20代という気持ち悪い状態な確率は普通に考えて少ないとは思っていたんだが……状況が普通とは大分かけ離れていることだから、あるいはと思ったりもしたのだ。なお、傷痕だけは生涯負った全てのものが刻まれていた。


「なにがどうなってるんだ……」


「それは私がご説明いたしましょう」


 俺の脳内が混迷を極めていると、鈴の音のような美しい声が聞こえた。同時に部屋にある唯一の扉が開かれる。姿を現したのは現在の俺と同年代くらいに見える、青い髪の女性。意志の強そうな目が印象的な、明るくも上品な顔立ちの人物だ。


「おはようございます、エクセル様。ご気分はいかがですか?」


 彼女は優しい笑みを浮かべてそう尋ねながらゆっくりこちらへ歩いてきた。


「状況は全く分からないが……気分は大分いいな」


 自重さえ負担に思う日もあるほど衰弱した老いぼれの肉体から、最も気力に溢れていたころに戻ったのだ。理由は置いておいて、気分が悪いはずもなかった。


「それで?」


 軽く右足を後ろに引きながら女性に尋ねる。


「そう身構えないでください、と言っても無理な話でしょうか」


 俺がわずかに構えをとったのは、苦笑気味にそう言った美女の姿が理由だった。彼女は裾が青く染まった白い簡素なワンピースドレスの上から軽鎧をつけているのだ。冬の空のような濃い青に金の縁取りがされた胸鎧、籠手、脚甲、腰鎧、そして羽根飾りのついたサークレットヘルム。細かい装飾にまで職人の技が凝らされたようなそれらからはとてつもない魔力が感じられた。


「まずは自己紹介を。私はシェリエル、創世神ロゴミアスに仕える戦乙女です」


「創世神?戦乙女?」


 言われてみれば女性、シェリエルの瞳は真鍮色の輝きを宿していた。この世界で真鍮の目を持つのは神や天使、戦乙女などの超越存在だけだ。

 意外、でもないか。

 なにせ死んだはずの俺がこうして若い姿で対話しているのだ、超常の存在なのは予想のつくことだった。しかしそうなるとなぜ俺が創世神に仕える戦乙女と喋っているのか、そこが新しい疑問になる。


「ふふ、お察しの通りここは天界、あるいは天上界と呼ばれる神々の領域です」


 首をかしげる俺にシェリエルは恭しく頭を下げて、爆弾を投げ込んだ。


「エクセル様、昇神をお祝い申し上げます」


「……ん?」


~★~


 この世は3層の世界で成り立っている。最も上に位置し神力であらゆるものが形成される天界、真ん中に位置し物質によって形成される地上界、最も下に位置し物質と神力が混在する魔界だ。

 天界には神々や天使、戦乙女などが住んでおり、世界の行く末を見守っている。地上界には人類や動物など多種多様な生物が住み、世界の主軸を担っている。魔界はその組成と同じく住人も混沌としており、悪神や悪魔、一部の人間やその他の生物が住んでいる。そしてそれら3層の世界とその住人全ては直接的か間接的かの違いはあれど、創世神ロゴミアスの手によって生み出されたとされる。

 さて、神々をその生い立ちで分けるとするなら3つのグループができる。別の神によって生み出された者、なにかしらの原因で自然と生まれた者、他の生物から神へと変じた者だ。1つ目は例えば神と神の子供であり、多くの上位神は最上位の大神が産んだとされている。2つ目は例えば新しい概念を司る神であり、商業が人類によって広く行われるようになってから商業の神が自然発生したという事例などがある。3つ目はたとえば敬虔な信徒から昇神した者であり、下位神などとして生前仕えていた神の眷属となることが多い。


「エクセル様はこの2番目と3番目の例外のような存在でいらっしゃいます」


「自然発生はしていないつもりなんだが……」


「ふふ、ですから例外です」


 困ったようにぼやいた俺にシェリエルは小さく笑う。本当に耳に心地よい声だ。


「エクセル様を主がお認めになり、新しい系譜の神として天上へ誘われたのです」


「新しい系譜というと、まさか……」


 シェリエルの言う新しい系譜がなにか、俺は容易に察しがついた。俺が他人を差し置いて昇神することができる事柄など1つしかない。


「はい、技術神の系譜です」


「それしかないだろうな……」


「2つ目に当てはまるものとなると、そうでしょうね」


 彼女はなにやら含みのある言い方をした。


「神々もスキルシステムの欠陥にそれはそれは困っていらっしゃいました」


 スキル。それは神々が人類にのみ授けた強大な恩恵である。個人の資質と修練によって得られるソレの効果は絶大であり、数多の野生動物や魔物を押しのけて人類が地上界の覇者となれた最大の理由でもあった。

 スキルを簡単に説明すると、特定の行動をトリガーにして神秘的な力の補助が得られるのだ。たとえば『剣術』というスキルを持つ男が相手を切ると言う明確な意思を抱いたとしよう。すると『剣術』スキルの恩恵で剣は切れ味を増す。あるいは、俺はスキルが使えないので細かいことはよくわからないが、剣を振るっただけで目にもとまらぬ3連撃を放つことなどもできる。しかも戦闘に限らず生産や生活補助、国家運営にまで有用なスキルが存在している。


「スキルシステムの欠陥……ブランクと停滞か?」


「ええ、その通りです」


 あらゆる方面に重宝されるこのスキルは地上界に2つの大きな問題を生み出していた。1つは先天的になんのスキルも得られないブランクと呼ばれる者が極低確率で生まれること。もう1つは人類の発展が停滞してしまったこと。

 ブランクは生まれついてあらゆるスキルを手に入れられない。先天的なスキルもなければ後天的に習得できるものもない。どれだけ条件を満たしてもスキルに類する恩恵を受けられないのだ。スキルは人類にとって最も大きな神の恩恵なのに。ブランクが神に愛されていない、神に疎まれているとして迫害されるのは当然の帰結だった。かく言う俺も幼少期には他の奴隷よりなおひどい扱いをうけていたものだ。

 人類の発展の停滞というのは、スキルの弊害というよりはその優秀さが招いた結果と言った方がいいかもしれない。スキルは先にも述べたように戦闘に限らず無数に存在している。いくつかあげるなら『料理』系や『鍛冶』系、『木工』系のような産業を担うもの、『筆写』や『鑑定』や『計算』などの文官に必要とされるものだろうか。これらがあるおかげで人は比較的簡単に仕事ができる。だがスキルは画一的なのだ。同じくらいの身体能力を持つ剣士が同じ剣で同じスキルを使った場合、スキルレベルまで同じだと放たれる攻撃は寸分たがわぬものになる。『鍛冶』系もやはり同じ条件の鍛冶師が同じ設備で同じ素材から作れば同じ物ができる。


「誰がやっても同じということはそれだけ替えが効くという利点もある。だがスキルで必要な物が大体作れてしまうなら、逆にスキルで作れない物は誰も作らない。というよりスキルで作れない物を作るという発想が生まれない」


 便利すぎるのだ、スキルは。産業は数千年前から進歩せず、戦争もスキルとスキルを真っ向からぶつけ合うだけ。それらはそのまま人類の歩みの停滞へとつながり、有史以来延々と同じ歴史を堂々巡りするだけになってしまった。

 そんなところに師匠は異世界の技術を持ちこんだ。少なからず神聖なものとして見られていたスキルをあくまで道具だと言い放ち、あらゆる道具は深く理解し使いこなしてこそ真価を発揮すると主張した。


「技術という考え方は神々が何千年も人間に成し遂げて欲しかった革命だったのです。異世界からの手助けがあったとはいえ、エクセル様はその革命を起こしたのです」


 師匠が最初に弟子にしたのが俺だった。それだけのことな気もするが、俺は師匠について様々な技術や知識を学んだ。スキルは使えなくても他の道具を完璧に使いこなせれば、スキルという強力すぎる道具に使われている輩など大した敵ではない。気がつけば俺は師匠のくれた技術という思想を突き詰めたいと願うようになり、賛同してくれた仲間とやりたいことをやりたいようにしながら生きてきた。


「だが結局俺も師匠の弟子でしかない」


「そうなのかもしれません。ですがその方は異世界より迷い込まれた方であり、今となってはご自分のあるべき場所に帰られた方です」


 師匠はある日突然、持ち物全てを部屋において姿を消してしまった。愛刀である掻雲丸(かぐもまる)まで残されていたので、きっと異世界に帰ってしまったのだろうと俺や他の弟子は納得していたのだが、本当にそうだったらしい。


「それに技術はこの世界では新しい概念です。それを真っ先に体得し、世に広めた功績は紛れもなくエクセル様のものなのですよ?」


「それはそうかもしれないが……」


 師匠を除いても俺が同格と認める戦士や職人はいる。ともに技術を極めんと切磋琢磨した仲間で、俺より先に輪廻へと旅立った者もいるのだ。彼等ではなく俺が技術神に選ばれる理由が今一つわからなかった。


「大丈夫です」


 そんな俺にシェリエルは自信を感じさせる声で言う。


「エクセル様が誰よりも早く、誰よりも深く、新しい技術というモノを極められたと主が判断されたのです。偉大なる創造神ロゴミアスが」


 万物を生み出した父にして母、世界で最大の信徒数を誇る主神が自ら認めた。そう言われて悪い気のする者等いるはずもない。もしかすると最後の瞬間に到達できた領域でわずかな差が生まれただけかもしれないが、それでも競い合ってきたライバルたちにようやく決着をつけられた。それは少し寂しくもあることだったが、胸を張って誇れる……いや、胸を張って誇らなければならないことでもある。


「そうか……ならば謹んで技術神という大役、仰せつかるとしよう」


「エクセル様、まだ気がお早いですよ」


 襟を正してそう答えたのに、言われた戦乙女は苦笑を浮かべて扉を指示した。彼女が入ってきた大きな扉は、指さされると同時に音もなく開く。その向こうには頭が痛くなるほど長い、それこそ果てしなく長大な廊下が伸びていた。


「そのお言葉は主に直接言っていただきませんと」


 どうやら俺は今から話題の創世神に会うことになっていたらしい。地平線まで続くような廊下を超えて。


第一話のあとがきで言い忘れてたんですが、スターターとして序章4話までまとめて投稿です

(∀`*ゞ)テヘッ


~予告~

天界へといざなわれたエクセルを待つモノ。

それは一万年と二千年歩いても終わりの見えない無限廊下だった。

はたしてこの廊下は・・・というかこんな長い廊下の建物って何なんだ。

次回、終わらない廊下へ


エクセル「新人いびりか・・・」


※※※変更履歴※※※

2019/5/4 「・・・」を「……」に変更


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