九章 第16話 夜警 ★
パチパチと木が爆ぜる音がする。どこかで虫の類と聞いたこともない低い声の梟も鳴いている。その微かな音が逆に重い静寂を感じさせるのだ。友人たちと騒いでいる間はまったく気にもならなかった重さのある闇。しんとした空気が不安をかき立てる。
こんな森の奥、野宿の夜には権威も生まれも無力だな。
王子であるということは私にとって誇りであると同時に煩わしいことでもあった。冒険譚を読むたびに城下へ行って屋台の肉を食べてみたいと思った。酒場で安酒を片手に大笑いしてみたかった。剣を手に悪魔や竜に挑んでみたかった。そうした妄想をしなくなったのがいつの頃かは忘れたが、昔のマレシスの前では言いだす気になれなかったから、その辺りが理由かもしれない。
「なんだか不思議なものだな」
胸を張って纏ってきた権威を脱いだわけではない。しかしこの森の中、夜の闇の中でそれらは文字通り目に見えぬ服だ。丸腰で草原に置いて行かれたような心細さを感じさせる。全て剥ぎ取られて、むき出しの私としてそれに対峙しなくてはいけないのだ。
「ど、どうかされましたの?」
上ずった声でたった一人の仲間が尋ねてくる。最初の夜の最初の見張り。その役割を私と共に引き受けたアレニカ嬢だ。彼女は先ほどから窺うように私の顔を見ては焚火に視線を戻すと言ったことを繰り返している。もしかすると会話がない状況に息苦しさを覚えているのか。
「いや、さすがに夜は少し冷えるなと思ったのだ。天幕から何か羽織るものを持ってこようか?」
「そ、そんな!大丈夫ですわ、ほら、焚火も暖かいですし」
オレンジに揺らめく火へ手をかざすアレニカ嬢。森へ入った他の令嬢方と違って彼女は手袋を付けていない。学院にいる間には何度か纏っていたそれを一番実用的そうな場面で持っていない理由は、丸太に腰を下ろしたまま抱きかかえている魔道具にあった。
「その銃、名前を何といったか」
「ま、魔導銃スワローズハント……ですわ」
大切な物であると示すようにその細い指がダークブルーの外装をそっと撫でた。柄のような部分から後方はがっしりとしていて、前方は無骨さを流麗な装甲で覆っている。全体に夜闇へ溶け込むような塗装をしてあるのに装飾は白銀。少しだけ差し色のように暗い赤が混じっている。たしかに美しい武器だ。
「燕の狩か。たしかに燕色だな」
一般的に言って少なくない金額をエレナには渡したと思う。その甲斐あってよいものができたとは聞いていたが、銘すら知らないというのは我ながら呆れるばかりだ。初めて大掛かりな作戦に携わる緊張と、やはり初めての経験である野外で友人と過ごす時間。真逆の初めてに心が一杯一杯になっていたのは、あるかもしれない。
「……」
今回の遠征企画に組み込んだ策謀は、正直、父王の言う通り不必要なリスクを多く含んでいる。可能なら別の方法で片づけた方がいい問題ではあるだろう。ひとまとめに解決するより上策は色々とあったはずだ。アクセラにも困難は分割するのが上等だと言われたし、それはバハル老にも言われたことだった。しかしコレ以外の方法では、私の手柄にならないと踏んだのだ。
ハードルを上げて、無理をしてでも達成する必要があるのだ。いや、困難であるからこそ達成して手に入れなくてはいけない。力を、実績と中身の伴った権威を。
「殿下?」
また黙り込んでしまった私を少女が心配そうにのぞき込む。薄く紅を帯びた金の髪は揺れる毛先だけ赤々と色付いている。末端から一定の長さが赤に染まる、ユーレントハイム貴族の中でも一際特異な髪色。それを持つことは果たして彼女の幸せに貢献してきただろうか。答えは否だ。
「君は、貴族でいて良かったと思ったことはあるか」
「……」
驚いたように血のように赤い瞳が見開かれる。家族に否定されて生きてきたアレニカ嬢には少し無神経な質問だったろうか。船旅の間に観察していた限りだと大丈夫そうだったのだが。そんな私の懸念を払拭するように彼女は笑った。ただし困ったようにではあった。
「その、あんまり多くあった気は、しませんわ」
「……そうか」
それはそうだ。アレニカ=フラウ=ルロワの父は私の父を政務で補佐する政務官の長。職業柄、何度も言葉を交わしたことがあるが冷たい印象の人だった。その忠誠心がどこにあるのかイマイチ分からない。叛意があるわけではないし派閥の主であるザムロ公爵からは重用されている。父もその手腕から信を置いている。しかしルロワ卿がその二人に心酔しているかと言われればおそらく否だ。
いや、家の繁栄にしか興味がないのだったか。
アレニカ嬢の、他ならぬ家族から家の繁栄の為に見捨てられた彼女の言葉だ。疑う余地はどこにもない、と少なくとも私は思う。
こんなにも情に厚く優しい娘なのにな。
「でも……でも、ない訳ではないですわ」
「……そうなのか?」
「ええ」
それまで火を見るか私を窺うかだった瞳が真っ直ぐにこちらを捉えた。魔力に滾る深紅の目に見据えられると背筋が伸びた。月の見えない夜にたった一つ残った光源のせいか、彼女の顔は赤らんで見えた。全てがそうだ。けれど特別彼女の顔だけがそう見えた。
「殿下は、その、覚えていらっしゃいますか?」
具体的に何とは言われなかったが私はすぐに意味が分かった。他に思い出すべきことを彼女と共有していないからということもあるが、あれは中々に忘れられないことだった。
「君が庭に降って来たときのことか?」
「あぅ……ええ、まあ、そうですわね。殿下から見ればそうなります、わよね」
それまでの強さを失った視線がへなっと下がる。
「オホン!少し言い方がよろしくなかったな。君がテラスから転落してしまった事件のときだろう?」
あれは何年前だったか。まだお互いお披露目にはかなりある年齢だったように思う。風邪を引いた父に幼い私は花を持っていこうと思い、近衛騎士に連れられて外園の方へ出たのだ。外園のバラ園は上から鑑賞するために突きだしたテラスを持つ建物が隣接している。ふと見上げたら手すりの際で小さな女の子が蝶を目で追いかけていて、次の瞬間にはバランスを崩したのだ。
「幼心にも見ていて危なげだったのを覚えている」
「殿下に助けてもらわなければ……」
「助けたのは近衛騎士だったと思うのだが」
「そ、それは殿下が声を上げてくれたからですわ!」
言われてみるとそうかもしれない。私が咄嗟に声を上げて走ろうとしたから近衛がすぐに気づき、バラの木立に墜落するアレニカ嬢をギリギリで庇えた。おかげでバラの低木が2、3鎧に潰されて無残なことになったが。
「そうか、私は救えていたか……ふふ、そうか」
なぜかそれだけのことで心が軽くなる。せっかく固めたばかりの決意が揺らいでしまう。軋んだ覚悟の隙間から涙が溢れそうな気さえした。だからおどけた言葉で私は誤魔化してしまう。
「実はあれ以来、私の前で階段から落ちたりこけたりする令嬢方が増えたのだぞ」
「え!?」
「私に手ずから助けられたという事実を欲しがってわざとな」
「そんな……え、待ってくださいまし!わ、私はわざと落ちたのでは」
焚火の明かりでも彼女が青ざめるのが分かった。
「ふふ、分かっている。君は落ちる寸前まで不思議そうな顔で蝶を見ていたしな」
「あぁー……!!」
私がそう言うと今度は頭を抱えて体を小さく丸めた。声にならない声が漏れ聞こえた。
「それに駆け寄った私をキョトンとした顔で見つめたあと火が着いたように泣き始めたからな」
「わ、私泣きました!?」
バネ仕掛けのように顔を上げて目を丸くするアレニカ嬢。目まぐるしく変わる表情は見ていて飽きない。
「ああ、こっちがすっかり途方に暮れるほどに」
「うぁー!私まったく覚えていませんわ!その部分、まったく覚えていませんわよ!」
記憶にないから余計にそう感じるのか、人前で大声を上げて泣き喚いたことが恥ずかしいようで彼女は悶えた。両サイドで括られた赤い毛先がコミカルに跳ねて踊った。最初の頃にあったような堅苦しさや緊張は大分ほぐれ、こちらの感情豊かで反応が大げさな姿こそアレニカ嬢の本質なのだと感じさせる。
「ふ、ふふ……」
「……?」
「ふは、あはは。すまない。最後のは冗談だ」
「え?」
最後にまたキョトンとした顔で彼女は固まる。まさしく私があの日に見た、騎士にキャッチされて初めて自分が落ちたことに気づいたような顔だ。
「アクセラから君をからかうのは面白いぞと言われていてな、少し悪戯をしてしまった。許してくれ」
「なっ、酷いですわ!殿下もアクセラさんも!」
今度は怒りか羞恥か少女はまた赤く染まる。
「いや、本当に小気味いい反応をしてくれるものでついつい」
「もう!」
これ見よがしに頬を膨らませてそっぽを向く彼女は学院で見る澄ました様子より幾分幼く見えて、それだけに身近な存在に思えた。手を伸ばせば届く、同じ側の住人に。
いや、きっと誰からも同じ側に、身近で普通な存在に見えていないのは私の方だな。
「すまなかったよ。お詫びに何かしてほしい事があったら言ってくれ」
彼女がこういうところで言質をとって無理を言うような女性でないことはもう分かっている。だからこその言葉にアレニカ嬢は停止し、窺うように横目でこちらを見ながら小声で応じた。
「そ、そういうことでしたら……」
「何なりと申してみよ」
「その、アクセラさんやレイル様に接するようにしていただけます、でしょうか?」
おどけたつもりで尊大な口調を繕ったものの、返事は想像とだいぶ違うものだった。
「あの二人のように?」
思わず聞き返すと今度こそ彼女はこちらへ向き直る。腹から腰に纏った大きなベルトに引っ張られて装備品がカチカチと音を立てた。
「いい意味で気安い、近しいようにですわ」
あの2人とは一際親しくしている。他の者にするように薄紙一枚を隔てたような空気は感じない。もちろんアベルやエレナにも距離は感じないが、あの2人ほどにはまだいかないのだ。
「……すぐには難しいかもしれない」
「も、もちろんすぐにでなくてもいいですわ!まずは、その私のこともお前と」
「ど、努力する」
「それと私のこと、他人にはアレニカ嬢と言われるのですわよね?アレニカ、と呼んで頂けませんでしょうか?」
予想外な言葉が飛び出して私は一瞬ヒヤリとした。彼女の前で断じて嬢と付けたことはない。まあ、当たり前だが。
「どこでそれを……いや、それもアクセラか」
「ええ、あの狸娘ですわ」
くすりと笑うと彼女は本当に幼く見えた。これまでが大人びすぎていたのもあるだろう。しかし私には別の理由があるように思えた。それは不安定な部分が無くなって何か芯のようなものが固まったことで、彼女は自身の生を今一度再出発したのではないか……そんな思いだった。さっぱりと生まれ変わって、新しい自分の振る舞いを見つけ出している最中にあるからどこか幼く感じるのだろうと。
「狸か。随分と珍しい白狸だな」
「魔物の類ですわね」
「違いない」
言ってから2人でもう一度くすりと笑う。案外とこういう夜も悪くないかもしれない。
~★~
「ふぁー……あぁ」
大あくびをして上体を逸らすレイルくん。目覚めの体操と言い張って体を動かしてるけど、その実凄く眠そうだ。わたしも小さなあくびを噛み殺す。
「レイルくん、何か食べる?」
「いや、腹はへってねえかな」
二番目の夜警を担当するわたしたちは他の2組と違うリズムで生活することになる。そのために途中の馬車ではできるだけ寝だめした。それでも普段と違うテンポで寝起きするのはそれだけで負担だ。
「二時間耐えればいいんだけど、最初はこれがきついんだよね……」
「アクセラに仕込まれたのか?」
「ううん、その前に教導してくれた冒険者さんにね。寝るときは意識を薄っすら残したまま体を休めろとか、結構大変だった。まあ『スカウト』が取れてからはマシだけどね」
「『スカウト』には夜警の補助とか、警戒に使えるアシスト系があるんだっけか。全然取れる気がしねえよ」
眉を寄せて変な顔を浮かべるレイルくん。騎士は野営一つとっても基本的な部分からして冒険者と違う。だからわたしがさせられたような訓練は必要ないんだと思う。
「アクセラちゃんはいっつも爆睡するんだけどね、敵が来るとすぐ起きるの。警戒心だけを残して体も頭も眠らせてるって言ってたけど」
「わけわかんねえ」
それはわたしも思った。どうやったら警戒心が意識とも体とも独立するのか……。
レイルくんはどっかりと丸太に腰を下ろす。体操を終えてなんとか目が覚めたみたいだ。白銀の鎧は左腕だけ、ベルトから外したショートソードは傍らへ。いかにも休憩中の騎士らしい格好。
「その鎧、出発前に家のだって言ってたやつだよね?」
「まあな。って言っても伝来のとかじゃねえけどな」
フォートリン伯爵家のお抱え鍛冶師が一族を示す意匠を盛り込んで打ってくれた一点もの。かなり性能もよく付与魔法が潤沢らしい。むしろ上等すぎて手に余るから普段は使わない、そういう面もあるとか。実際わたしの目には付与魔法以外の魔力が映っていて、なにかしらの魔道具だってことが分かる。
「今回はコトがコトだからな。拘ってらんねえ」
いつになく真面目な眼差しは彼が心からこの国に尽くす騎士なのだと思わされる。わたしみたいに忠誠心なんて抱いたことのない人間には想像するしかないけれど、それもまた一つの覚悟なのだろう。
「みんながみんな、本気で挑んでるんだよね」
ネンスくんは当たり前としても、レイルくんや先生たちも本気で戦うつもりでいる。それは風魔法のコルネ先生を見ても明らかだ。授業中にあんな魔力を滾らせてたことはないし、全身に強い力を感じさせる装備を纏ってた。アレニカちゃんだってネンスくんの役に立ちたいと真面目に練習をしてる。
「アクセラのことか?」
「……ほんと、時々変に鋭いよね」
「変にとか言うな」
実際、思ってもみなかったところでだけレイルくんは鋭い。そして今回もそのとおり、気になってるのはアクセラちゃんだ。
「楽しそうじゃないなって」
「そうか?」
「遠征は楽しんでるみたいだけど、新しい技がね」
新しい技、蹈鞴舞の練習はずっと辛そうだった。それは副作用のせいでもあるだろうし、彼女がとても焦っているからでもあるだろう。けれどそれ以上にあの技自体がアクセラちゃんにとって楽しいものじゃないのは明らかだ。どんな苦境でも、というより状況が悪いほど彼女は笑って見せる。戦うことも技を鍛えることも全てが楽しそうだ。今回以外は。
「たしかに、ちょっと変だよな。今のアクセラってこう、いままでのどっしりしたカンジがねえっていうかさ」
レイルくんは戦士だから、同じ戦士としてのアクセラちゃんをすぐに見抜いてしまう。レイルくん、マレシスくん、メルケ先生。彼らがアクセラちゃんと共有しているものをわたしは共有できない。それはとてもじれったいことだけど、同時にわたしが分からない答えを教えてくれるってことでもある。
「焦ってるってのはあるかもな。でもそれ以上に不安なんだと思うぜ」
「不安?」
それはあまりアクセラちゃんから感じたことのない感情だ。
「なんて言ったらいいだろうな。オレはさ、ここだけの話、正直ちょっとビビってるところがある」
「そうなの?」
「そりゃな。冒険ってのは本来生活の糧だから、無茶しなけりゃギルドとかが上手いことバランスを調整してくれるだろ?でも今回はそうもいかねえ。もし北方貴族が本当にヘンな気を起こすってんなら……生きるか死ぬかの戦いになる。そういう意味で今回は始めての実戦だ」
一気にそれだけ言った後レイルくんはぼうっと空を見上げた。どこかに月が隠れてるのか、雲は薄っすら白い輪郭を見せていた。
「そりゃあ、怖いさ」
そうか。レイルくんでも戦いは怖いんだ。
「ネンスだってたぶん怖いと思う。だって自分が餌ってことはもし敵が攻めてきて誰か死んだら、それは自分が死なせたってことになるだろ?」
「なる、かな?」
「他人から見て違っても、本人はそう思うんじゃねえの?」
わたしがネンスくんの立場だったらどうだろうか。自分が命を狙われてて、アレニカちゃんやレイルくんはわたしの為に盾になって死んでしまう。その可能性に晒される。途端に気温が数度下がった気がした。お腹の奥底に重いものが突然現れたみたいな感覚だ。
「う、そうかもね」
「しかも自分が立てた作戦だ。自分を目がけて敵が来る。自分がそう仕向けた。そこで自分が死ぬかもしれないし、誰かが巻き込まれて死ぬかもしれない」
おかまいなしに続きを語るレイルくんは本当によくネンスくんの心境を理解してる。もしかすると本人より分かってるかもしれない。だってネンスくんは毛ほどもそう感じているような顔をしない。ただ時々立ち止まっては何かを考え込む。
「あとな、きっとあいつまだ迷ってるんだと思う」
「迷ってる?」
「今自分がしてることが正しいんだって、100%自分の中で思えてねえ。そんな気がする。剣が迷ってるみたいな、そういう感じだよ」
考え込んで見えるのはそういうことらしい。その言葉を聞いてわたしの中ではカチリとパーツが噛みあった。記憶に埋もれてた感覚が蘇って、苦いような甘いような気分にさせられる。
「剣が……そうか、アクセラちゃんも不安なんだね。うん、そうだ。あの時もそうだった」
冒険を始めてすぐ、アクセラちゃんは一時期ひどくイライラしてた。紅兎が手に入る前で普通の剣を使ってた時期。とても頑丈でしかも目が揃ってないシュリルソーン系のコアを斬ろうとしては失敗してた。エクセルさまとして何十年も戦ってきた彼女からすれば、剣が変わった程度で斬れなくなる腕だったと思いたくなかったんだと思う。
「そんなことがあったのか」
前世に関わる部分を省いて語るとレイルくんは驚いてみせた。悩むアクセラちゃんというのはそれだけ皆から見て珍しい存在なのだ。
「あのときは苛立ちと焦りが強かったけど、たしかに不安もあった」
それと自分の正体を語ってくれたとき、アクセラちゃんは確かに恐怖を目に宿してた。わたしが彼女の全てを知って拒否するんじゃないかと。それが今の所アクセラちゃんが見せた恐怖の感情の全部だ。
「今回焦ってるのは、大勢と戦うかもしれないから?」
「どうだろな。ちょっと違う気がする」
首を傾げながら彼は唸る。炎に照らされても変わらず濃い赤をした髪が風にそよいだ。
「アクセラはたしかに強いけど体は一つ。背も高くねえし当然腕だってそんなに長くない。大群を敵に回せば手が足りなくなるのは当たり前だよな。でもそんなことで今までのアクセラならひるまなかったと思う」
それはわたしも同意見だ。アクセラちゃんは殺しが好きなわけじゃないけど、必要があれば何人でも容易く斬れてしまう人だ。そして結果として命が失われるかどうかではなく、過程としての戦いに楽しみを見出す人でもある。マレシスくんを悼んだ直後にメルケ先生との戦いを狂笑しながら堪能して、先生の死にまた涙する。優しくて整った世界しか知らないわたしには到底理解できない、刹那的で独特な感性だ。それを人間味があると思うのか、歪んでいると思うのかは別として。
「アクセラちゃんならばったばった倒しながら奇策と技で何日も耐えそうだよね」
「そういうこと。それで一日か二日経てば援軍が来るんだ。俺たちの知ってるあいつなら「楽な仕事だね」とか言いだしかねないレベルだと思うぜ」
本当に言いそう。
「今回、あいつが不安に駆られてるのは……一つにはオレたちを信頼してないのがあるだろうな。信用はしてくれてるけど、ここぞという所でオレたちをアクセラは庇う。死線を潜ることを任せてはくれねえ」
レイルくんもわたしも人と殺し合うのはまだ2回目。スプリートで盗賊「燃える斧」と戦ったとき以来だ。戦いそのものは慣れてるからマシだとは思うけど、アクセラちゃんのように的確な判断と最小の力で人を殺すことはきっとできない。
「守らないとって思ってるのかな」
「たぶんな」
そこで守ってもらわなくたって!と言えたらどれだけ気分が楽だったか。いつも心のどこかでアクセラちゃんが助けてくれると思ってきたわたしには、口が裂けても言えない言葉だった。
「それにマレシスのことがある」
「マレシスくん?」
何度か一緒にお茶もしたし会話だってした。でも彼はわたしの友人というより友人の友人だったと思う。どんな人だったのかも本当の所で理解できてるわけじゃない。あの夜に亡くなったことはとても悲しかったけれど、アクセラちゃんやレイルくんやネンスくんが感じた深い悲しみと痛みに比べれば大したことはない程度だ。
「アクセラはずっと責任を感じてるようにオレは思うんだ。悪魔が持ちこまれたときの短剣だっけか?あれを見逃したって。それにマレシスの様子がおかしいのに何もしてやれなかったって。そんなこと言ったらオレたち全員そうなのにな」
レイルくんはアクセラちゃんが使徒だと知らない。けど知ってても同じことを言っただろうし、わたしも彼に賛成する。アクセラちゃん自身はきっと意見が違うんだろう。
「あの日、トドメを刺したのもアクセラだったらしいしな……偽装しようとした悪魔をマレシスの姿のときに殺したんだってさ。それも胸を手で貫いて」
「ちょっと待って、わたしソレ聞いてないよ!?」
頭を重たい何かで殴られたような気がした。それだけ言いたくなかったのかもしれないし、実は自分のことをイマイチ理解しきれてない彼女のことだから分かってないだけかもしれない。けれどそんなことを知らなかったなんて、わたしは自分が嫌になりそうだった。
「油断があっちゃならない、もしもがあっちゃならない。誰も頼れないから最後まで自分だけで戦って守り抜く。そんな風に考えてるんだよ、あいつ」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、わたしは怒りを抑えられなくなりそうだった。でも何も分かってなかった6年前とは違う。覚悟を決めると誓ったからこそ、わたしたちがアクセラちゃんに頼られる存在になれてないことが分かってしまう。
「アクセラちゃんを支えて、信じてもらうしかないね」
結局はそういうことだ。信用は人格や性格だけでもなんとかなるけど、信頼は実績を示して始めて得られる。ここで彼女に安心してほしいと言っても安心してもらえる材料がなにもない。
そうか。ネンスくんも信頼のために、実績のために、今無理をしてるのか。彼なりの方法で。
誰かを巻き込まずにはそうした決心一つ遂げられない王族っていう立場。わたしはここにきて初めて、ネンスくんが抱えてる重たいものを感じ取った気がした。アクセラちゃんと種類は違うけど、彼も同じように雁字搦めなんだ。
「そうだな、焦ってもしかたねえもんな」
レイルくんが頷いてくれる。手段がないことに焦って何かをしようとしても無駄になることくらい、もうしっかり学んで来た年齢だ。そしてアクセラちゃんみたいに焦りから手段を講じることができるほどの腕はない。
「道具だって色々持ってきたし、私たちでアクセラちゃんとネンスくんを支えて実績をつくろう!」
「おお、いいな。そういう前向きなのは好きだぜ」
少しだけわざとらしく彼はニッと笑って見せた。片側だけ大きく上がった唇の間から白い犬歯がのぞく。なんだかんだ顔がいいからそういう仕草も似合って見えるのがなんだか生意気だ。
「好きだぜの所だけマリアちゃんに教えていい?」
「なんでだよっ」
図らずも三連続でイラスト掲載!
高宮理沙さん(@r_takamiya)のTwitter企画にて書いていただいたファンアートになります。
今まで掲載してきた絵とはかなり趣が違い、切れ味のある美しさが最高です!
色の妙がまたイイんですが、なにより目と毛先が素敵!
オーラも露骨に強そうなのがもうたまらんです。
一昔前のSFペーパーバックのようなエフェクトとタイトルも実は作者のドストライク!!
髪が長い点と恐ろしいくらいマジな目がかつての餓狼君戦を彷彿とさせます。
……餓狼君戦の方にも絵をのせようかな。
高宮理沙さん(@r_takamiya)は漫画とイラストを中心に活躍されています。
私も読ませていただいて、物語のツボとシュールなギャグ、
そして全編この影と尖りの効いた絵という味わいがとてもよかったです。
もしよければご本家さんも見てみてください、損はしません^^
~予告~
一夜明けて遠征の第一課題。
初めての実戦に少年少女が挑む。
次回、課題:魔物狩り




