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九章 第14話 トワリ侯爵 ★

 トワリ侯爵領の港町ウダカはただただ灰色の街だった。停泊する船のタラップを降りながら見渡してもほとんど色がない。建物が石材と木材でできているのだが、どちらも灰色が地色のようだ。そこにまったく塗料を塗っていないので精一杯ほめそやしたところで出てくる言葉は「素朴」が限界だった。


「人いないね」


 ぼそりとエレナが呟く。残暑厳しい時期にも拘らず冬のように寒々しいのは、きっとこの灰色の街並にほとんど人影がないことも原因だ。高さのあるこの場所から見ても船の乗員や学院の面々を除くと、人はほんの十数人しか見て取れない。窓も扉も硬く閉ざされた様子からして、たぶんいないんじゃなくて隠れているのだ。


「貴族と平民の溝が深いのだろうな」


 ネンスの言葉に俺は頷く。貴族と平民の関係に溝があるというのはいくつかのパターンが考えられた。ユーレントハイムにはあまり領民を虐げる領主がいないが、それが一つの可能性。他にも単純にお互いが無関心であるとか、交流がないからこそ恐れて近づかないとかもある。

 オルクス家は無関心が近いのか?

 オルクス伯爵は領民に興味がないだろうし、領民も伯爵自体に興味を持っていないはずだ。それでも俺やトレイスは交流が多いから一概に溝が深いとも言えない。


「聞いた話が正しいなら、トワリ侯爵は領民に興味ねえんだろうな」


「それで領民も貴族を歓待するような雰囲気にならないんですわね」


「加えて北方領主の中には少数ながら国法すれすれの非道を行う者もいるらしいからな。他所には恐ろしい貴族もいると知っている分、関わりたくないのだと思う」


 俺の古い知識を頼りに言うなら、貴族と平民に溝がある場所ほど今回のような行事では無理やり動員された住民が形だけの歓待を盛大にするものだ。それすらないのはトワリ侯爵が噂通り全てにおいてやる気を失って呆けているからか。そうでもなければ出迎えも飾りもなしということは考えにくかった。生徒の方もかなり困惑している様子なのが見ていてわかる。


『下船したら速やかに馬車に乗りなさい!』


 大量の馬車の前でCクラスの戦闘学教師を務める若い男が声を張り上げ、その横に立つ風魔法の老教師コルネ先生が魔法でそれを拡大している。まるでコルネ先生の方が補助に見えるが、学年主任は彼の方。風魔法を受講するエレナ曰く、面倒な仕事は年齢と軽妙なトークでのらりくらりと若者に押し付ける厄介な爺さんとして学院では有名な人だ。きちんと指示出しと魔法のアシストはしているあたり後人の育成なのかもしれないが。


「しっかしまあ、かき集めた感がすげえな」


 呆れるレイルに俺も頷く。


「さすが学院、むしろよく集められた」


 一つの馬車には4人から6人が乗るわけだが、一クラスに30から40人ほどの生徒がいる。これがAクラス1組、Bクラス2組、Cクラス3組、Dクラス4組の合計10組あるわけだから合計300人から400人ほどになる。つまり単純計算で最大100台の馬車が必要になる。


「これくらいなら歩いた方が早くない?」


 取りあえずの行き先はウダカの港とは反対側、領地の奥へと向かう門の前だ。小さい港町の端から端、歩いても1時間とかからない。ただその距離を400人近い人間がゾロゾロ歩くのは非常に邪魔だ。しかも俺たちはすぐに次の目的地に向かうことになる。


「た、たぶんこの馬車で、演習場所までいくと思うよ」


 レントンの言葉にエレナはなるほどと頷いた。確かにここから演習場所の長い道のり、態々別の馬車に乗る意味もない。兼ねているならむしろ早くから乗せてしまった方が効率的なのだろう。


「でも、まあ、その、かき集めただけなんだと思うよ。見るからに馬の質がバラバラだし」


 控えめな声でトウモロコシ色が言う。


「ん、仕方ない」


 用意されている馬車はいかにも台数をなんとか揃えましたといった風で装具も揃っておらず、強いて統一感を上げるなら全部が箱馬車という程度……いや、それは最低限なんだが。


「全員で乗るのですか……?」


「狭い狭い!」


「この僕をこんな汚い馬車に、おい押すな!」


「ちょっと、前に行ってくださる!?」


「はーい、早く乗ってくださいね!」


 先着順で男女の区別すらなく班ごとに押し込まれて行く生徒はほとんどが困惑を浮かべている。中には明らかに不満げにする者や、待遇の改善を訴えて教師に黙殺されている者も。貴族の子供としては当然のことでありながら、この旅の目的を思うと心得違い。

 遠征企画はただの旅行になり下がったっていう奴もいるらしいけど、こうして見ればちゃんと授業なんだな。

 いつだってどこだって自分たちが貴族の常識と礼節に守られて生きられるわけじゃない。現場に溢れる当然の不自由をしっかり体感させるという意味でこのカリキュラムはきっちりその役割を果たしている。もちろん貴族として常識と礼節を修めることも、着飾って威厳を振りまいて見せるのも必要なことで非難される謂れなどない。ただそれだけでは片輪の馬車となる。両輪揃って初めて馬車が走るように、貴族の子女もまた身も蓋もない生の世界を知らなければいけないのだ。


「お前たちはこっちだ!人数は多いが……ギリギリなんとかなるな。詰めろ、詰めろ!」


 俺たちも御多分にもれず到底6人用とは思えない馬車へ詰め込まれる。片側にレントン、俺、ネンスでもう片側にレイル、エレナ、アレニカ。全員が席に座ったと同時に荒っぽく扉が閉められ、すぐに鞭と蹄の音が聞こえて発車した。


「レントン、大丈夫?」


「ふぇ!?あ、はい、大丈夫です、すみません」


 しばらく馬車が走ったところで潰れていないか心配になったレントンへ声をかけた。帰って来たのは驚愕と謝罪だったが。


「何で謝る……」


「す、すみません」


 調子が合わないタイプだ、やっぱり。

 とはいえもう片方の隣に座るネンスはしきりにアレニカと話しているし、アレニカは真っ赤になってカクカク首を振るだけの生き物になっている。あとの2人は理由があって今は寝ている。なぜか腕組みをして同じ格好のまま。とまあ、そういうわけで俺はレントンと話すしかないのだ。これから数日かけて共同生活をするのだから、なおのこと会話はしておかなくてはいけない。


「頑張って筋トレ参加してた。体力はある方。体幹が強い」


「えっと、ありがとうございます?」


 相変わらず言葉の少ない俺の口から淡々と出てくる感想にレントンは首を傾げる。どういう意図があって褒められているのか分からないからだろう。ただ俺自身、話すべき内容がほとんどないまま口を開いたようなもの。


「乗馬以外に何もしてない?」


「何もしてない……」


 俺の言葉にトウモロコシ色の髪の奥で目が澱んだ。

 いちいち面倒くさいな、とは思うが今のは俺も悪かった。


「ごめん、悪い意味じゃない。で、乗馬だけをしてきた?」


「そ、そうですね」


 やっぱりか。剣の力量が酷いのは足回りがまったく、それこそ話にならないほどまったく動いていないからだ。体幹がしっかりしているのでコツさえつかめば上半身で重い武器を振るのはむしろ向いているだろう。


「馬に乗って使う武器なら適性あると思う。試してみたら?」


「え、は、はぁ……?」


 今一つピンときていなさそうなレントンへさらなる言葉を探して口をつぐむ。だがそのタイミングで馬車は軽く揺れて停まった。


「着いたみたい」


「ほ、ほんとだ。レイルくん、エレナさん、着いたよ」


 少年は頷くと意外にも率先して眠っている2人を起こしにかかった。それにしても騎馬を得ればまさしく人馬一体と称されるほど自在に操るという彼が、操る対象を自分の足にした途端上半身と下半身の連携が取れなくなる。ちょっと面白い。


 ~★~


 ウダカの東門の前には大きな建物があった。街並と同じく灰色の石材でできた豪邸、というには住処らしき気配がない建築物。議事堂や美術館のような仰々しさと、居住性よりデザインを優先した住みづらそうな気配がするのだ。とはいえ全ては過去の物。今目の前にあるその建物にはエントランスから伸びる絨毯も窓越しに見えるカーテンもなかった。そもそも窓が填まっていない。もう長いこと使われていない廃墟といった風貌だ。


「ディストハイム時代の末期からユーレントハイム建国までの渾沌期に建造された図書館、だったと言われている。我が国の歴史が始まった時点で蔵書は一冊も残っていない、見ての通りの箱だけだったらしいがな」


「また遺跡……」


 思いため息をつくしかない。個人的に縁起が悪いという理由もある。しかしネンスの言葉が正しければ大体、王都の近くに新しくできた暫定ダンジョン「ハリスクの地下墓所」の起源と同じ時代になる。かの不死王が暴虐に耐えかねて悪神と契約を結んだ乱世の時代と。必然的に気が重くならざるを得なかった。


「諦めるしかねえとおもうぞ、正直さ」


「ん、まあ、それはそう」


 レイルの言い分も理解できる。なにせユーレントハイムは最初から極端に遺跡の多い国なのだ。一つの領地で10回調査をすれば4回は遺跡を見つけられる。そんな時代が何年も続いた後でもまだ新しい場所がときおり発見できるのだから。俺だって既に「災いの果樹園」地下の封印都市、「ハリスクの地下墓所」となった地下墳墓、学院から壁外へ抜けられる石室と3つも知られていなかった遺跡に遭遇してきた。


「ここで寝泊まりするわけでもないのだ、ほんの2時間ほどでよくないことが起きるとも思えないしな」


 この場所ではトワリ侯爵から滞在と活動の許可を貰う。正式には歓待の儀というらしいが、行事には付きものの挨拶と演説だ。その後、もてなしとして昼食が振る舞われる。食べ終わったら3グループに分かれて東門を出立、それぞれの演習に分かれることになっていた。


「オレたちは少しだけ東に進んでから南東に曲がって森に入るんだよな」


「残りはそのまま街道を東進し、2つ目のグループが森の北東にあるジッタの街へ入る。教会での奉仕活動が行われる場所だな」


「最後のグループは領都ソルトガで先に自由時間を過ごすんだね。これどの順番で回るのが一番楽しいんだろう?」


「ん……どうなんだろ」


 そんな他愛もない言葉を交わす。しかし周囲は押し黙っている者が多かった。それはそうだ、さっきの馬車に乗せる一幕から生徒たちもこの場所の雰囲気が違うことには気づきだしている。教師たちからして学内ではあんな乱暴に生徒を扱わない。身分が教える者と教えられる者の2種類しかない学院であっても礼節というルールはなによりも大きな存在感を放ってきた。それがここでは最重要のルールではない。吸い込む空気に溶けた臭いが違うのだ。


「私にはこっちの方が息しやすいけど」


「アクセラさん?」


「ん、なんでも」


 これから森へ向かう面々は特別に静かだった。この臭いが漂い始めた最初の瞬間、船旅のベッドに文句を言っていた日々を思い起こすのだろう。それから今夜の寝床に意識が向くのだ。もうベッドすらないのだと。


「しかし移動距離がかなりあるな」


 ネンスが顎に手を当てて考え込む。森までの距離じゃない。三か所の距離だ。


「ジッタの教会とサルトガの自由時間は場所固定で森だけ違うんだっけ?」


「そうだな。最初の俺たちは森の南西側で演習をしたあと、街道へ出て東のジッタへ向かう。だがサルトガの面々は南西に向かって森の南東側へ入る。最後にジッタからサルトガへ入った面々は北西へ入って北東の森に入ることになる」


 このウダカから真東の領都サルトガへ続く街道は大きな森を南北に断ち切っている。その中で配置と移動距離をできるだけ均等にローテーションさせたいのだろうが、森の同じ位置で演習をすれば魔物や資源を食いつぶしてしまう。だからこういうヤヤコシイ動きをすることになる。


「移動も演習の内、と思った方がいいのですわね」


「ニカちゃんいいこと言うね。そう、寮に帰るまでが遠征だよ!」


 エレナの言い方だと途端にしょうもない標語みたいに聞こえるな。

 そうこうして俺たちの空気がようやく周囲にも伝わり、緊張感とリラックスが同居した不思議な空気が作られる頃。全ての生徒が図書館遺跡の正面広場に揃ったらしくまたコルネ老と小間使いみたいな戦闘学の先生が立った。あらかじめポツンと置かれた演台の上に若い教師は上がって咳払いをする。


『ゴホン……!?』


 まさかもう拡声魔法が使われていると思っていなかったのか、彼は思いのほか響いた自分の声に老人を振り返った。緑のつば広帽を被った老人は朗らかに笑って見せ、男は肩を落として前へ向き直る。


『諸君、ここまで一人の脱落者も出ずに来れたことをまずは安堵し祝おう。しかしまだ道は半ば、戦場はここからである!』


 まあ、そういう設定なんだろう。


『これより我々は北の雄トワリ侯爵家の御領を行軍し、その協力を受けて数々の目標を遂げることになる!そのために今日は領主閣下御自ら、逗留と活動の許可を頂く次第である!』


 本当の行軍にしては形式的で実態をほとんど失った演習にしては大仰。中途半端な仰々しさを帯びた文言。もしかするとあの若い教師が自分で考えさせられたのかもしれない。どこか張り切りすぎの空気が漂っている。


『それでは全体、傾注!!』


 と言われても背筋を伸ばして前を見るくらいしかしようがない。礼節にうるさい貴族とはいえ武官の威儀の正し方なんてほとんどが知らないのだから。せいぜいレイル他、騎士の家系に生まれた数名くらいだ。


「真面目……」


「レイルくんのいい所だよね」


「貴女たち、今はお喋りしないでくださいましよ」


 エレナと小声でやり取りをしていたらアレニカに脇腹を小突かれた。たしかに今無駄口を叩くのは目立つからダメだな。


『トワリ侯爵閣下、お願いいたします!』


 銅鑼声が響く。全員の視線が図書館遺跡の正面二階に作られた味気ないテラスへ向けられる。黒々とした結構な大きさの箱、拡声の魔道具が据え付けてあるからだ。そこにゆったりとした足取りで現れた男。身長はあるがやや猫背な痩躯。一応は軍事的な行事だからか黒い甲冑に青紫のサーコートを羽織っている。家紋は下向きに番えられた弓矢と半欠けの太陽。


「あれがトワリ候か」


 小さく呟いているあたりネンスは彼と面識がないようだ。しかし俺も同じことを内心で呟いていた。記憶にあるトワリ侯爵とはかなりかけ離れた様子だからだ。


「大分変わった」


 長身痩躯で猫背な部分は確かに記憶のとおり。だがまず顔立ちが違った。いや、面影はちゃんとある。当時は流行りだったのか長めの髭を変わった形に整えていたが、今は丁寧に整えられた口ひげと錨型の顎髭だけ。それによる印象の差や5年の歳月を加味すれば多少変わっていてもおかしくはないはずだ。


「前より若く見える」


「……なに?」


 中年を過ぎて壮年へ足を踏み入れつつあるはずのトワリ侯爵が、どこから見ても40後半にかかるかどうか。しかもやる気の感じられない脱力した表情と眼差しだ、表情的に老けて見えているとすれば更に若々しい顔ということになる。

 気力が充実している人間が若く見えるのはよくあるけど、人付き合いに倦んで籠っているような男がそうなるのは聞いたことがない。


「それに髪、あんな色じゃなかった」


 昔見たあの男の髪はべっとりとした黒。今でも大部分はそうだが、何房かサーコートと同じ青紫に染まっている。髪染めをしただけかもしれない。が、やはりこちらも違和感が先に立つ。


「トワリ侯爵、戦える人?」


「いや、文弱と後ろ指を指されるほど個人としても貴族としても戦闘力はない」


「剛力の持ち主?」


「そういうスキルを持っていないとは言えないが、聞いたことはないな」


 いくつかの質問をして俺の疑念は更に強まる。なにせあの男が腰に佩いている剣は肉厚でいかにも重そうだ。5年前の見立てなら片腰に帯びた時点でバランスを崩して倒れ、両腰へ差せば一歩も動けなくなる。そういう代物だ。


「二振りも帯剣して、ああして歩いているぞ?」


「おかしい、とまでは言えない」


 スキルは鍛錬以外でも入手できる。たまたま筋力増強が含まれるものを得たとか、持て余した時間で剣を学んだとか、可能性は山ほどあるのだ。だが印象の違いというものは重なると異常に思えてくる。


『あー……』


 渇いた声が魔道具から響いた。かつて俺に話しかけてきたときのような粘つく猫なで声じゃない。心ここにあらずといった様子で生徒たちにはあまり興味がなさそうだ。15歳ともなると変態の琴線に触れないのか、それともそういう欲求すら失われたのか。全体的にどう受け止めて判断すればいいのか分からない。


『まあ、その、よく来た』


 しばらく会っていない親戚にそうするが如く、言葉に窮しながらとりあえず挨拶だけ添える。直前の男性教師が格式張っていた分、妙な空白が空間を支配する。特に原稿を書いたりしてはいないようでトワリ侯爵は頭上と学生を交互に見て言葉を探した。


『ああ、そうだ、逗留と活動を許可する。以上だ』


 目的を思い出したようにそれを言うと、あろうことかそのまま締めた。さすがに学生からも教師からもざわめきが零れる。演説どころか許可を与えるにしても言葉が少ない。貴族の感性からすると問題のある短さだ。美辞麗句を尽くすこともまた相手への敬意の表れとみなす文化があるからこそ、儀礼的な挨拶を色々と行うわけで……これでは聞く者のよっては侮られていると思うだろう。


『え、あー……閣下、ありがとうございました!さすがは北方の守りの要たる侯爵、質実剛健な気質が窺える端的なお言葉でした』


 慌てながらも若い教師はなんとか後を継いで締め括りにかかる。このまま無言が続くといよいよ学生が騒ぎ始めると思ったのだろう。アドリブで色々と、領地の歴史に絡めたりしながら言葉数を稼いでみせた。しかしその間、侯爵はさっさと下がってほしいという先生の思いに反してテラスに居座る。何かを探すように学生を覗き込んできょろきょろとしているのだ。好みの生徒を見つけようとしている……のとも違う不思議と冷淡な雰囲気を帯びていた。


『えー、つまり、数代前まではこのトワリ侯爵領こそが北の国境であったわけでありまして』


 目当ての物が見つからなかったのか、落胆の色を浮かべてようやく半歩下がったところだった。他の多くの生徒と同じように見上げていた俺と、踵を返しながらもまだ見回していた侯爵の視線が、合った。


「「!」」


 つまらなそうだったトワリ候の目が見開かれ、噛み締めるように唇がつり上がる。俺は背筋を冷たい虫が駆け上るような悪寒を覚えた。今すぐ刀を抜いてあの頭に目がけて投擲したいような、生理的嫌悪感に由来する殺意。そんなものは意にも介さず、あるいは感じ取ることすらなく、侯爵は半歩戻って魔道具にこう言った。


『君を、待っているからね』


 ゾッとするような猫なで声に思わず刀の鯉口を切りかけた。周りは突然の好意的な態度と意味の分からない言葉に困惑し、遮られた戦闘学の教師もコルネ先生も揃ってテラスを見上げ、俺の仲間たちでさえ只ならぬ雰囲気に目を白黒させるだけだ。この場において俺と奴だけ一本の糸で繋がれたような感触がした。おぞましく粘ついた因縁という糸で。


 こいつ、何かがおかしい。


 見た目だけではない。様子だけではない。振る舞いだけではない。何かがおかしい。何かが決定的におかしいのだ。そういう警告が脳内にしんと鳴る。剣士の直感があれはおかしいものだ、逃してはいけないものだと言うのだ。だがそれはできない。今ここで侯爵の首を刎ねるなどさすがの使徒でも無理だった。

 この釣り、思った以上に危ない話になるかもしれないな。

 そう思うと同時に現実逃避じみてうんざりとした思考が浮かぶ。

 やっぱり遺跡は嫌いだ。


デイアフタークリスマス!

そして誕生日おめでとう、エレナ&アクセラ!!

毎度おなじみ、絵師のぽいぽいプリンさんにお願いしてイラストを描いて頂きました!


挿絵(By みてみん)


いやぁ、毎度のことながら顔が可愛いですよねぇ。

ほんわか温かい雰囲気の背景色や大きなプレゼントが幸せそうな雰囲気を演出しています。

はたして何が入っているのでしょうか……。

作中がまた冬になったら誕生日回やりたいですね!


それはそうと、今年の更新はこれにてお仕舞になります。

読者の皆様方、一年間ありがとうございました。

来年もこのまま物語は続きますので是非よろしくお願いいたします。

更新は通常通り土曜日、1月2日になります。

なんと連続でぽいぽいプリンさんの絵を掲載予定です!!見に来てくださいね^^

それでは少々早いですが、皆さまよいお年をお過ごしくださいませm(__)m


~予告~

遠征企画の初日が始まる。

まず渡されたのは……大きな箱?

次回、課題と拠点

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、最近の更新はお疲れ様です! イラストは誠にありがとうございます! イラストの二人共もとっても綺麗です!そして幸せな雰囲気は良い癒しですね〜
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