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二章 第2話 青い炎と冒険の灯

 浴槽の中で寝落ちして懐かしい夢をみた日から1週間、すっかり湯中(ゆあた)りしてしまった結果1人専属の侍女を増やされてしまった。といっても浴室の外で待機して何かあったらエレナを手助けする程度の役らしい。

 その侍女とは6年前にやってきたくせにいまだ見習いのウッカリ侍女、シャルール=メイスだ。歳は今年で19歳だが夏くらいにやってきたのでエレナよりわずか半年の先輩になる。ちなみに割った皿の数ではエレナをダブルスコアで引き離している猛者でもある。幼いときから冒険者をしていたとのことで、いざという時の護衛も兼ねての採用らしい。しかしどう考えてもその有り余る力が侍女としての仕事を邪魔している。

 いや、そんなことはどうでもいいのだ。

 今大切なのはこれから行われる魔法のテストただ1つ。本当は先週行われるはずだったこの試験だが、我が弟トレイスが体調を崩したのでレメナ爺さんがそっちにかかりきりになってしまい延期となったのだ。その代わり今日一杯あるはずだったペーパーテストは全て終わり、今頃もうレメナ爺さんの頭の中に点数付きで暗記されているはずである。


「さてさて、これで定期テストもしまいじゃのう」


 普段と変わらぬ声色で顎鬚をしごくタヌキ爺に一瞥を送る。その姿からはまだ約束の結果は窺えない。


「ではこれより魔法のテストを始めるとしよう」


 そんな気負いのない言葉で俺たちの最後の試験は始められた。


「内容は2つ。まずは得意な初級魔法を1つあの的に向けて放ってみなさい」


 そういってレメナ爺さんは普段騎士たちが練習場にしているスペースに立てた案山子モドキを指さす。距離は50mほど。魔法の維持力、制御力、飛距離、威力の全てが確認できるという試験だ。


「次にこれは事前に言ってあったわけじゃが、なんでもいいので面白そうな魔法を放ってみなさい」


 このなんともいい加減な指定。俺たちは2週間ほどの猶予の中で魔導書や教本を漁って使えそうで習っていない魔法をみつけ、それを披露できるように言われていた。別にどんな魔法でも面白そうだったらいいらしい。


「じゃあお嬢様から行こうかのう、あの的にここからじゃぞ」


 爺さんが珍しく持ち出してきた杖で地面に軽く線を引く。

 先端に黄色と緑の大きなクリスタルがあしらわれた木と金属の混じりあうその杖は魔法使いにとっての武器、魔法杖だ。魔法杖の良し悪しはわからないが、そんな俺でも並大抵の代物でないことはわかる。

 いくらするか想像もできない高級武具で地面に線を引かないでくれ……。


「ん、いく」


 俺は言われた通りの位置に立って手を前に出す。一瞬のうちに魔力糸で球体を作って魔法を発動した。


「ダークボール」


 魔法名のみを唱えると手の先に生み出された漆黒の球体は目にもとまらぬ速さで的目がけて走る。ただ一直線に、狙った対象を撃ち抜かんと。


バゴン!


 鈍い音を響かせて的の中心に命中した。残念ながら的には傷1つないが、その音はかなりな威力が秘められていたことをあたりに示した。同時に的がレメナ爺さん自らの手で強化されていることも判明した。ダークボールは闇魔法初級だが、こと対物破壊力という点では他のボール系の追随を許さない魔法なのだ。それを喰らってもビクともしないなど、どう考えても唯の急造案山子ではない。


「やんちゃじゃのう」


「お願いの布石」


「こわやこわや」


 肩をすくめる爺さんに俺もすくめ返して下がる。次はエレナの番だ。


「ファイト」


「う、うん!」


 ガチガチに緊張している彼女の頭をすれ違いざまに撫でる。それだけで小さな体から余分な力が多少抜けたように見えた。


「ホホホ、エレナの番じゃよ」


 またも高価な杖でスタートラインをつつく老人にエレナは頷いて真剣な眼差しを的に向ける。


「燃えよ、赤き火よ、熱き物よ。燃えて走りて在れなるを焼き払え。火の理は我が手に依らん」


 一言一句丁寧に詠唱がなされ、その言葉に合わせて彼女のイメージが具現化する。周りの空間から魔力が吸い寄せられるように集まり、一点で着火した。


「ファイアボール!」


 俺のダークボールよりはややゆっくりとした速度で射出された火の玉は一切ぶれることなく目標に着弾する。そして的を一瞬の炎で包んだ後、特に周りに散ることもなく虚空に消えて行った。俺の目から見ても100点満点の魔法行使と言えるだろう。もちろん実戦で使うには遅いし肩に力が入り過ぎだが。


「手本のような完成度じゃのう。ほい、つぎはお嬢様じゃ」


 その言葉にもう1度前に出る。労いを込めてエレナの頭を再び撫でてから、線についた俺はレメナ爺さんに声をかけた。


「レメナ爺、ファイアボールを出して維持してくれる?」


「そりゃ構わんが、何をするんじゃい?」


「課題の披露」


短く答えて数歩距離を取る。怪訝そうな顔をしつつも爺は俺に向けて手を上げてくれた。


「詠唱ありで」


「うむ。燃えよ、赤き火よ、熱き物よ。燃えて走りて在れなるを焼き払え。火の理は我が手に依らん」


 日常会話のように紡がれる詠唱に続いて彼の手の先の空間が着火した。俺やエレナが魔法を使う際に感じる独特な気配によく似た、濃い魔力の流れがほんの一瞬だけ発生していた。得意げなその顔と視界の端で目を見開いているエレナの様子からして、魔力糸を使って見せたのだろう。いつのまに覚えたのやら。


「流れよ、食い尽くせ」


 俺も目の前に手を上げて短い詠唱をする。周囲から数本の魔力糸がレメナ爺さんの火球に繋がり一気にエネルギーを吸い上げ始める。


「なんじゃ!?」


 魔法として発現してるところから魔力をがどんどん糸の形で抜き取られ、新しく出来た魔力糸がファイアボール自体を包み込む。そのままその糸玉は引き絞られ、中に閉じ込められた火球は残りの魔力も糸にされていく。


「ま、魔法を魔力に分解しておるのか!」


 ようやく気付いた爺さんが叫ぶころにはファイアボールはあとかたもなく、大量の赤い魔力糸が空気中に漂っているだけだった。


「火魔法中級・アンチファイア。作った」


「ホ、ホホホ……まさか新しい魔法を作ってくるとは思っておらんかったわい。儂でも3年かかったんじゃがのう」


 さすがに驚いた様子のレメナ爺さんにどうだと微笑む。しかし内心では目の前の老人の柔軟さにも舌を巻く。魔力糸の習得だけでなく新魔法まで開発しているのか、と。新魔法開発のメソッドは50年以上前にエクセララより公開されているが、魔法業界は頭が固く当時は全く浸透しなかった覚えがある。50年経っているとはいえ、レメナ爺さんはちゃんとその技術を習得しているらしい。


「これは素晴らしい魔法じゃ……文句なしじゃな」


「やた」


 小さくガッツポーズをして後ろに下がる。ついでにエレナの肩を軽くたたいて激励する。彼女がする魔法はオリジナルでこそないがかなりなインパクトがあるはずだ。


「ホホ、エレナは一体どんな魔法を見せてくれるのじゃろうか?」


 さらっと心理的なハードルを上げるタヌキ爺だが、当の彼女は集中スイッチが入っていて全く聞こえていない。そのことに気づいてさらに嬉しそうな笑みをするあたり、この爺さんも大概な魔法好きである。


「儂がすることはあるかのう?」


「いえ、的があればそれで」


 普段とは似ても似つかない感情の抜け落ちた声で答える彼女は1つめの課題で爺さんが引いた線に立って的を見据えた。


「魔法で……燃える……酸素……イメージ、イメージ……」


 ぶつぶつと口の中で何事か唱えたあと、魔法の詠唱を始める。


「燃えよ、青き火よ、熱き物よ。燃えて走りて在れなるを焼き払え。火の原理は我が手に依らん」


 2言だけ変えた呪文。しかしその効果は絶大だ。


ヒュボッ!


 魔力が一点に収束し着火したと同時に、何かが吸い込まれるような音がした。


「な!?」


 レメナ爺さんが絶句する。エレナの手の先に現れたファイアボールは、青い輝きを放っていた。


「青いファイアボール……エクセララの青い炎か!」


 エクセララの青い炎。それは旧来の魔法に師匠の世界の科学が加わって生まれた強力な魔の炎。魔力で着火する火魔法に酸素を送り込んで完全燃焼させ、従来の火魔法より温度と威力を上げる技術だ。


「ファイアボール」


 冷徹に告げられた魔法名と共に青い火球は的へと放たれる。見事に案山子の心臓へ喰らい付いたそれは一瞬高らかに燃え上がる。工程そのものはファイアボールとなにもかわらない。しかし残された案山子は、表面全体が薄く炭化していた。魔法耐性を爺さん自らが強化した特性の案山子が、魔法の炎で焦げたのだ。


「……ホ、ホホホ……これはまたとんでもないのう」


 レメナ爺さんも唖然とするなか、俺はエレナにサムズアップしてみせた。


「ナイス、エレナ」


「えへへ、つかれたー」


 スイッチがきれて元のほんわかした雰囲気に戻ったエレナがパタパタと手を振る。


「レメナ爺、面白かった?」


 まさしく悪戯が成功した子供の笑みで見れば、爺さんはもう平常心を取り戻して髭をしごいていた。6年がかりで驚かせれたというのに立ち直りの早いタヌキだことだ。


「ホホホ、十分以上に楽しませてもろうたわ。この辺りではエクセララに関する術はあまり見ないからのう、これは試験の結果にも色をつけんといかんわい」


「「やった」」


 思いの外いい返答にエレナとハイタッチを交わす。


「結果を集計して持ってくるから食堂でしばらく休憩でもしておりなさい」


「ん」


「はい!」


~★~


 イオにメロルオレンジの果実水を出してもらって休んでいると、集計を終わったらしいレメナ爺さんが食堂に入ってきた。実は食堂で彼を見るのは初めてだったりする。

 爺さんの手には2枚の羊皮紙が握られていた。俺たちのテスト結果だ。


「どっこらせ」


 掛け声とともに俺たちとは反対側の席に着いたレメナ爺さん。彼は部屋の隅で待機していた侍女に果実水を頼んで追い出し、俺たちの前に羊皮紙を広げた。


「さっそくじゃが、点数はこの通りじゃ」


 俺の成績は高等算術が92点、詩編が81点、歴史が87点、魔法が100点。70点が合否のボーダーなので全部高得点での合格といえる。暗記すればいい歴史や生前からできる算術は予想通りだが、元々才能のない詩編でも合格点を取れたのは僥倖だった。

 エレナの成績はというと高等算術が94点、詩編が91、歴史が95点、魔法が98点。軒並み90点台という記録を叩きだしていた。


「2人ともよく勉強できておる。特に算術と魔法はその歳で2人とも王都の学院の入学基準にも達しておるぞ」


 おいちょっと待て爺さん、このテストそんな難易度だったのか。


「最後の魔法は2人ともそれぞれに圧巻じゃったわ」


 それはよかったな、このクソタヌキめ。9歳児に15歳が入学する学院の試験問題レベルをさせてどうする気だ。

 俺は心の中で渋面を浮かべ毒づく。特にここ最近は嫌に眠かったり悪寒がしたりと体調がよくなかったというのに、余計な勉強までさせられていたのだから腹を立てるなと言う方が無理な話だ。だがそんな不機嫌も一瞬の事、続く彼の台詞に俺の機嫌は現金にもひっくり返った。


「これだけの物を見せてもろうたわけじゃし、約束は約束じゃからのう。このレメナになんでも要求してみるがよいわい」


 よし、言質はとった!

 椅子に深く腰掛ける老魔法使いは余裕の表情だ。なにせこの爺さん、意外とこれで金も名声も持っているらしい。少しだけビクターが教えてくれたが、昔は宮廷に仕えていたほどの大魔法使いでしかも賢者の称号を持っているのだとか。賢者とは魔法使いの中で特定の条件を満たした者が贈られる称号だ。

 さてさて、賢者殿。俺たちの要求を呑めるかな。

 俺はエレナとアイコンタクトをとって頷き合う。


「レメナ爺、私たちの要求、それは……私たちを冒険者登録してほしい」


「お願いします!」


「な、なんじゃと!?」


 やはりと言うべきか、当然と言うべきか。レメナ爺さんは一拍呆けたのち、椅子から飛び上がらんばかりの勢いで体を起こして驚いた。


「冒険者登録にギルドまでつれていって」


「い、いや2回言わんでも聞こえておるわい!そうじゃなくてじゃな……いや、しかし約束と言うてしもうたしのう……」


 もごもごと口の中で言葉を転がすレメナ爺さんにそろって熱い視線を送る。


「うっ……ラナたちに言わなんだのも、さっきのテストで攻撃力の高い魔法ばかり見せたのも、全てはこの要求のためじゃったか」


「言ったはず、お願いの布石」


「そうじゃったのう……」


「レメナ爺も言った、約束は約束」


「そ、それはそうなんじゃが……」


 確かに軽々しくいいよとは言えないだろう。だが俺はこの6年で魔法も刀も最低限は使えるようになった。エレナだって魔法使いとしての才覚を順調に開花させつつあるし、最近では俺に付き合って体も鍛えている。そろそろギルドに登録して少しずつ下積みをするのにいい頃合いなのだ。


「男に二言は?」


「…………ない」


 渋々と言った様子で頷く爺さん。


「「やった!!」」


 痛いほど強く俺たちはハイタッチをかわすのであった。


 夕飯が終わり、レメナ爺さんに呼び出されたビクター、ラナ、イザベルと俺たちは談話室で揃ってソファに腰掛けた。試験のご褒美の約束をレメナ爺さん発案として保護者達に提案してもらうことになったのだ。言いだしたのは爺さん本人で、その方が説得しやすいからとのことだ。


「さてさて、皆忙しいじゃろうし手短に話をするとしようかのう。今日で2人のテストが終わったのじゃが、非常によい成績であった。全て高得点での合格じゃ」


「え、ごほっ、あの問題を!?」


 ビクターが驚きのあまり咽た。その目は心底の驚愕を宿している。


「あ、あの……高得点と言うと?」


「だいたい80後半から90以上じゃな」


「ええ!!」


「い、依然見せていただいた問題から変えられたわけでは……?」


「お前たちに見せたままの問題じゃよ」


「…………」


 再三認識に齟齬がないか確認するラナとあまりの驚きに絶句してしまうイザベル。手短にと言いつつやや枕っぽい出だしに内心苦笑したのは俺だけで、大人たちは今や軒並み停止してしまっていた。

 ここにいる全員、あの問題が鬼畜な難易度だって知っていて何も言わなかったようだな。

 怨みがましく睨みつけてやろうかとも思ったが、無事合格しておいてそれもなんだ。なによりこれから俺の冒険者ライフが始まるのだ、そう考えればなんでも許せそうな気さえする。


「魔法実技の方は儂しか見ておらんから説明するとじゃな、エレナは実戦1歩手前の実力、お嬢様に至っては十分に実戦級の魔法が使えておる」


 魔法において一番重視されるのは速度だ。どれだけ早く落ち着いて魔法を放てるか、そしてどれだけ早く2発目が放てるかだ。それを計る分りやすい基準が実戦で使えるかどうか。俺の魔法は十分実戦に耐えうるとレメナ爺さんは判断したらしい。


「実戦級というと威力が人に十分通じるということでしょうか?」


 魔法には疎いらしいイザベルが尋ねる。それにレメナはいつも通り笑って見せた。


「ホホホ、魔法は大体人に向けて放てば害になるわい」


 当然だ。


「儂が言うておる実戦級とは魔物相手の戦場で戦力として見込めるということじゃ」


「あ、あの、2人ともまだ9歳なのですよ?ねえ、ラナ」


 9歳の子供が実戦戦力足り得るという現実離れした回答に困惑を深める彼女は、隣に座る自らの妹に同意を求めた。しかしラナもビクターもペーパーテストについては驚いていたが、魔法の実力については特に大きな反応もないのだ。


「イザベル、魔法使いは体を動かすわけじゃないから、年齢が低くても魔力が豊富でスキルレベルを十分上げていれば戦力になるんだよ」


 ビクターが半分正解の説明をする。

 スキルレベルを上げなくても強くなることは可能だかが、話がややこしくなるので控えておく。


「それにレメナ様は賢者でらっしゃいますから、その指導を受けた2人がすでにそれだけの実力を有していてもおかしくはありません」


 落ち着いた調子で補足を入れるラナは、どうにも浮かない顔をしている。


「いや、さすがにそれは買いかぶりじゃが……まあ、ええか」


 視線を逸らしながら小声でレメナ爺さんが呟いた。

 うん、才能があって賢者が師匠についてもさすがに9歳で実戦に耐えうるレベルには至らないだろうな。エレナにしても俺の入れ知恵で火力を増している部分は大きいし。


「それでじゃのう、これから先の魔法訓練として儂は2人を冒険者ギルドにて登録し、簡単な狩りを行わせてみようと思う」


「ま、待ってください!実戦級であることは理解できますが、冒険者ギルドでの登録なんてまだ……」


「待つんじゃビクター。最後まで聞きなさい」


 咄嗟に反論しかけたビクターを爺さんは押さえて続きを口にする。一方ラナは浮かない顔のまま手元に視線を落としていた。


「いまから6年後、お嬢様は王都の学院にいくことになる。そうじゃのう?」


「ええ、はい」


「学院では多くの学生が冒険者登録をして活動する」


 ほほう、それはしらなかった。てっきりインテリの学院生は冒険者を侮っているのかと思っていた。


「しかしそれは……」


「じゃから待てと言うに。学院で冒険者になる生徒が多い本当の理由なんぞどうでもいいのじゃ。本来の目的は実戦で魔法やスキルを鍛えるためであり、学院でその方法がとられて長いことからわかる様にその効果は折り紙付きじゃ」


 これはまだ解明されていないのだが、なぜか実戦、特に魔物との戦闘で魔法やスキルを使うほどそれらは成長しやすい傾向にある。スキルが神々から人類生存のために与えられたものであるから、生存のために使うのが最も効率いいのではと俗説では言われている。


「お嬢様がこれからどういう道を選んでいくのかは儂の知ったことじゃないがのう。じゃがこの家を背負って立つにせよ、嫁に行くにせよ、今のオルクス家の立場で考えるなら生半可な力ではやっていくことはできんじゃろう」


 爺さんの言葉を渋々肯定するように大人たちは俯く。

 おっと、思っていたより深刻な話になってきたぞ。

 どうやら我がオルクス伯爵家はあまりいい状況にないらしい。財政的になのか政治的になのかは知らないが、家督を継いでも嫁に行ってもやっていけないというのはただ事でない。


「高い魔法の実力と冒険者のランクはそのどれを選ぶにしても役に立つじゃろうし学院でも箔となる」


 武官として宮仕えするなら強さの証明に、嫁に行くなら才能ある血統という証明に。いずれにしても冒険者ギルドのランクは手っ取り早い説得材料となる。中途半端なランクだと冒険者を卑しいとみなす貴族も多そうだが、ある程度まで上げれば十分武器になるだろう。


「しかし万が一の事があったらどうするんですか!冒険者業はあまりにもリスクが高すぎる!」


 レメナの上げる利点に頷きつつもビクターは反論する。


「ビクターよ、お主の心配も最もじゃが、多少のリスクは受け入れねばどうにもならんのじゃぞ?」


「それはそうですが……」


「この子らにとっての低ランククエストはいまや許容できるリスクであると言えよう」


 うちの家がどれくらい傾いているのかは知らないが、この世界にノーリスクでリターンを得る方法は何1つない。大なり小なりどこかで何かしらのリスクは負っていかなければならない。


「それに儂も師の務めくらいは果たすつもりじゃ。さすがにこの足では共に冒険に出ることは叶わんが、腕がよく人格も信頼に足る冒険者を護衛として雇うつもりじゃよ」


 護衛の冒険者か。願ったりかなったりだ。この50年で冒険者の常識がどれくらい変わったか知りたいところだったのだ。


「どうじゃ?」


 レメナ爺さんはまずイザベルに目を向けた。


「私は……私には判断できかねます。お嬢様とエレナちゃんがそれでいいと言うのでしたら、あとの判断は家宰であるビクター様がなさるべきかと」


 不安と心配の混じった視線で一瞬俺たちを見たあと、彼女は小さく頭を下げてそう言った。判断権限を持つビクターに任せると。


「ラナ、お前はどうじゃ?」


「個人的な、母としての心情を言うのであれば反対です」


 視線をようやく上げてラナはそう言い切った。


「ですが、仰るようにリスクはどこかで取らなければいけないのでしょう。レメナ様が万全を期してくださると、そうお約束頂けるのでしたら今のうちに……そう思います」


 最後に言い澱んだが、彼女は真っ直ぐに老魔法使いを見返して自分の考えを述べた。

 やはり母とは強い生き物だ。


「約束しよう。儂が厚く信頼する者の手を借りるつもりじゃ」


 ラナの考えとレメナの約束を聞いたビクターはしばらく俯いて眉間の皺を揉みしだいていた。いつだって呑気そうな顔や心配そうな顔しかしない彼が今だけは渋面を浮かべている。


「……そうですね、確かに貴方の言う通りこれから先を乗り切るには嫌でも力が必要になるのでしょう」


 いつになく沈んだ声でビクターは言いだした。俺たちには滅多に見せたことのない真面目な顔だ。


「魔法の力やスキルの力、人脈の力、知識の力……そう言ったものを得るのにギルドほど向いている場所もない。ラナの言う様に今ほど環境に恵まれることもそうないでしょう」


 まるで自分に言って聞かせるように理由を上げる。


「わかりました、2人のギルド登録と活動を認めましょう」


 最終決定を言い終えた彼は同時に肩を落とす。その姿からはやるせなさのようなものが感じられた。まだ9歳の子供をギルドに登録させて魔物と戦わせなければいけないことに忸怩たる思いがあるのだろう。もう少し自分たちに力があれば、そんなことをさせずに済むのかもしれない、と。

 だがそれは違う。これは俺とエレナがしっかりと話し合ったうえでレメナ爺さんに頼んだこと。実際は遅かれ早かれ似たようなことになったいた状況だとしても、その意味は大きく異なる。


「ビクター」


「……なんだい、お嬢様」


「私は冒険者、したい」


「と、父様、わたしも冒険者になってみたい」


「……2人とも」


 短い意志表明ではあるが、それだけでも幾分彼に表情は笑顔になった。

 俺たちの意思を尊重してほしいと控えめに言ったイザベル。

 母親としての心情を抑えてまで最善の選択を考えてくれたラナ。

 そしてここまで悩んでくれたビクター。

 思惑は色々あれど、皆俺たちのことをしっかりと考えていてくれている。愛してくれている。

 不謹慎かもしれないが、少しくすぐったくてうれしい気分だった。

~予告~

冒険者の世界に一歩踏み出そうとするアクセラとエレナ。

二人を待ち受けるのは苛烈な先駆者たちからの洗礼だった。

次回、ビー・バップ・ギルド


ミア「わしはハイスクールの方よりカウボーイの方が好きじゃな」

シェリエル「また異世界からDVDなんて持ち込んだんですか・・・?」


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[一言] アンチファイアはもう日当たりを見ない(しくしく
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