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九章 第8話 遠征準備

 金曜日の最後の授業、俺は自分の席に座ってホームルームに出席していた。連日繰り返した新技、蹈鞴舞の練習で頭はずんずんと痛み、昨日になって発見した欠点の改善策が思わぬ副作用を発揮して体力も残りわずか。3日ほど前から全ての授業をサボっていたせいでクラスでの異物感も凄まじい。そんな最悪のコンディションでもこうして座っているのはエレナから今日が遠征企画の内容発表だと聞いたからだ。


「なあ、アクセラ。顔色悪いけど大丈夫か?」


 小声で気を使ってくれるレイルに小さく頷く。正直言葉で応えるだけの気力がない。


「医務室いくなら担いでやるから、すぐに言えよ」


「ん」


 ほとほと思うのだが、規則正しい生活が必要な学院の生活は武術の修業にはまったく向いていない。特に新技を練っている最中は。芸術家でも魔法使いでも文筆家や剣士でも、新しい何かを生み出すには全力を一瞬に賭ける必要がある。それがしにくいとあって、初めて俺は学院の生活をさっさと終えたいと思ったものだ。


「さて、それでは皆さんお待ちかねの遠征企画発表を始めたいと思います」


 脳が比重の重い液体に変わったような感覚に目を閉じていると、アベルの声が教室の前からした。ヴィア先生の気配は後ろの方にある。クラス長を務める彼が今回はホームルームそのものを取り仕切るようだ。


「班決めなどいろいろありましたが、今日のこれで話し合うべきことはお仕舞です。あとは遠征に向けて各々準備するだけになりますから、心して聞いてくださいね」


 少し芝居がかった彼の言葉に教室は陽気な緊張感に包まれる。俺としては班決めも何も出席していないのでまったく分からないのだが。たしか男女混成で寮の色を基準とするんだったか。理由はクラス以外の人間とも活動する機会を得るためだったと思う。激動の夏休み前に聞いた話なのでかなりあやふやだが。


「今回の行き先がトワリ侯爵領であることは知っての通りですが、例年とは大きく行程が違います。といっても例年がどうなのかなんて僕たちは知りようがないんですけれどね」


 苦笑を浮かべるアベルにクラスメイトたちも似たような表情を返した。入学したてはもとより、夏休み明けすぐの頃と比べても随分打ち解けて穏やかな雰囲気になってきた。謹慎中に特例としてこの場だけ参加しているカーラのように、ただいるだけで全く空気に馴染んでいない者もいないわけじゃないけど。


「従来の遠征企画はまず領都に入り、領主様から逗留の許可と労いを頂きます。しかし今回はその大まかな流れが変更になりました」


 元来の行程はイベントの原型となった遠征の練習という部分が大きく影響している。一つの国に所属していても貴族たちは自分の領において支配者そのもの。いわば小さな王だ。そこへ軍を送るからには国側も配慮しなければならず、受け入れる領主も相応の威厳を見せながら最大の恩を売りつけようとする。これはそのプロセスを学生に体験させるためのものだ。


「如何せんトワリ侯爵領の領都であるソルトガは港から距離があります」


 フラメル川を北に下って行った先で待ち受ける湿地帯。その奥に存在する領都ソルトガは船を下りてから随分と行かなくてはいけない。時間的にも体力的にも束縛の多い学生にとって、ソルトガへ出向いてから諸々の実地教育を受けるのは過酷すぎる。


「というわけで港町であるウダカまでトワリ侯爵にご足労頂き、逗留許可と遠征の慰労を行って頂きます。それからソルトガへのルート上で各種アクティビティをしていくことになります。最後は領都で体を休め、まっすぐ復路というわけですね」


 まったく中央で行われる催しに顔を出さなくなって久しい侯爵のことは生徒の間でも有名なのか、彼が港町までやって来ると聞いて小さな声がいくつも交わされる。驚きは俺も同じだったが、それよりも個人的に会いたくないなというのが一番だ。最初にあったときにかなり歪んだ眼差しで見られたので苦手意識が根付いてしまったのかもしれない。特に当時俺はまだ10歳で、精神的に今ほど女でいる認識がなかった。中年男性から性的な目で見られる恐怖は、普通の10歳の幼女とは違った意味で恐ろしかった。


「肝心のアクティビティですが、今回は定番の2つと自由時間という無難で普通でありきたりな内容です」


「「「えぇー!」」」


 アベルが変に普通を強調して発表した瞬間、女子を中心に初めて大きな声でのリアクションがおきた。それなのに突然の声に吃驚したのは俺くらいのもので、エレナですら平然とその反応を見ている。

 ちょっと来てないだけで取り残されてるなぁ。

 ギリギリと痛みを増す頭を片手で押さえながら感心する。


「まあ、その、一年生ですからね」


 非難轟々の中、アベルも仕方がないとばかりに肩をすくめて見せる。


「レイル、どうして皆嫌がってるの?」


「お?あー、そうか。アクセラはそういう情報手に入ることねえもんな」


 レイルはこれで上流階級らしい付き合いが多少あるらしく、最低限の情報は仕入れている。そこに来ると俺はオルクスの名が祟り、自分でも努力をしないものだからいよいよ情報弱者になってしまうんだ。

 エレナはなんだかんだ女の子してるよね、いい意味で。


「遠征企画の定番っていえば教会での奉仕と野営の練習だな。どっちも上級貴族の女子には不人気で有名だぜ」


 野営はまあ分かる。森の中でテントを張って自炊するなんて、大抵のお嬢様は嫌だろうさ。


「なんで教会も?」


「教会で暮らすのは縁起が悪いからなあ、貴族にとってみれば」


「それは……ああ」


 不祥事を起こして遠方の教会で死ぬまで暮らす羽目になる。貴族の末路としては昔からよくあるヤツだ。


「他に遠征企画では何があり得る?」


「定番から外れたアクティビティってことか?うーん、国境の砦の見学とかだな」


 なんにしても貴族の女子にウケるとは思えない。


「遠征だからな、もともと」


 それもそうか。

 レイルが肩をすくめ、俺が納得する頃。アベルからの細かい説明が終わって班での話し合いの時間ということになった。ちなみに1年生と言っても結構な人数が居るので教会、森、自由時間の3アクティビティに分かれてローテーションをするらしい。

 全然詳しい話聞いてなかった……あとでエレナか誰かに教えてもらおう。


「レイルは私の班?」


「なんで知らねえんだよ……いやまあ、すぐ集まるだろうから待ってればいいんじゃねえかな」


「班分けってクラス混合のはずじゃ……」


「そこはほら、ネンスのアレがあるだろ?だから今年はソコも例外。一応班決めの時に知らされてたぜ」


 そうか、いよいよ話に置いて行かれているんだな。

 ぞろぞろと自分の机を離れて生徒が教室内を班メンバーで集まるため移動する。そんな中で俺はレイルに言われるまま自分の席で座して待った。あちらこちらで机の配置を変えて話しやすくする者が現れ、その騒音でまた頭が疼痛(とうつう)を訴え始める。


「まったく、堂々と王子を自分の席に来させるのはお前たちくらいだぞ」


 まず真っ先に冗談半分と分かる声音でそう言いながらネンスがやってきた。


「ん、ネンスは同じ班?」


「そうに決まっているだろう、アクセラ」


「そっか、護衛。忘れてない」


「いや今「そっか」と……まあいい」


 本当に忘れてない。ただちょっと班決めとかとリンクしてなかっただけで。

 次に来たのはエレナで、俺がレイルとネンスにしたのと同じ質問をすると眉間にしわを寄せた。ビシっと指を突きつけられて少し仰け反る。その目には不満がありありと浮かんでいた。


「アクセラちゃんさ、わたしちゃんと伝えたからね?」


「そうだっけ」


「むぅ!わたし、アクセラちゃん、ニカちゃん、レイルくんとネンスくん、最後にレントンくんの6人だって3回くらいは言ってるからね!」


 レントン……?


「アクセラ、お前今レントンのこと誰だっけって思ったろ?」


 ずばりレイルに言い当てられてしまった。そっと彼から視線を外すと、そこに困ったような顔をしてたつ少年が一人。たしか戦闘学のとき、ベルベロスだかサンドロスだかいう教師に殴られそうになっていた……。


「あー、その、どうも」


「レントン?」


「あ、うん。ボクがレントン、です」


 小さく手を上げて肩をすくめる姿は実に大人しい生徒代表といった様子で、俺の印象に残っていないのも頷けるカンジだ。髪色はトウモロコシ色に二筋の青という独特極まりないものだが、目は前髪に隠れがちだし体格もひょろっとしている。


「顔は分かる。名前は今覚えた。大丈夫」


「えーっと、そ、そうだね?」


「なにも大丈夫じゃねえよ!レントンも怒れ、怒っていいトコだ!」


 レイルが物差しで肩を突いて来る。レディーの体を突きまわすなんて、騎士失格だ。あとでシメてやろう。


「ほら、ボクってあんまり接点ないから仕方ないかなって……剣とかも弱いし」


 たしかに剣の腕前は中々に酷いものがある。魔力はかなりあるようなのに、それをどれだけやっても魔力強化に転用できていなかった。素振り一つとっても無駄な力みがあって慣れる様子がない。あと根本的に刃物を怖がっている節が見え隠れしている。

 剣の才能はまったくないけど、でも体つきはいいんだよな。


「乗馬、得意?」


「え」


「お前……」


 俺はただ武術がからっきしのくせに体幹がブレず、足腰が妙に安定しているからそう思っただけだ。それなのにレントンは頬を引き攣らせるし、ネンスに至っては絶句してバカを見る顔になっている。


「い、いや、いいんだ。接点がなかったんだからね、仕方ないよ。うん」


「……まあ、本人がこう言っているのだ。我々がとやかく言うことではないな」


 肩を落としたネンスにそう言われると非常に気になるが……。


「それよりアクティビティの詳細だが、私たちはまず森に行くことになる」


 どうも俺たちの班のリーダーはネンスのようで、彼は席を移動する前にアベルが数枚配っていた紙を見せてくれた。シフトはまず森での野営、教会での奉仕、最後に自由時間となっている。

 絶対今日の発表より前から知ってたよな、ネンスは。


「オレはやっぱり森での野営が楽しみだな」


「実を言うと私もだ」


 レイルとネンスが頷きあう。


「わたしはどれも楽しみだけどなぁ。アクセラちゃんは?」


「私は教会での奉仕。なかなかできない」


 野営なんて騎士にとってはいつかのために経験したい内容でも、冒険者からすればいつもしていることにすぎない。


「レントンは?」


「え、ボク?」


 なんでこの流れで自分に来ないと思ったのか。


「ボクは普通に自由時間かなあ……」


 自由時間がソルトガで過ごすことになるのか別の街の予定なのか知らないが、はたして面白いものがあるだろうか。北方はおしなべて極貧ではないが貧しい土地であり、なおかつ活気がないと聞く。トワリ侯爵領は広大だが輪をかけて娯楽が少なそうだし……いうなればダンジョンと穀倉地帯をオルクスから取ったような土地柄だ。

 沼地くらいしか残らないんじゃ……?

 そこまで考えてふとあることを思い出した。沼地で馬といえば面白い生き物がいる。


「スワンプホースは乗れる?」


「の、乗れるわけないだろ!あれ魔物だよ!?」


 彼は声を裏返らせて叫んだ。


「ん、馬型でも魔物はダメ。なるほど」


「うぐっ」


 ダメという言い方はよくなかったかもしれない。この口は本当に最短ルートで俺の意思を吐きだすから、こういうニュアンスのズレが起きてしまう。それを放っておく俺のオツムも褒められた物じゃないのだが。

 でも馬型魔物が乗れれば色々楽なのにな、特に万が一の脱出とか。もったいない。


「森に行くときの準備は最寄りの街で各自することになる。イベント扱いされがちだがこれも授業の一環だ。森の全域に教員が入ってフォローしてくれるとはいえ、成績としてチェックもされているだろう。たしか課題も出る」


「出るなぁ」


 森での演習は先生たちが見張りに出てくれる。護衛も兼ねているので実力的にもそこそこ以上の人選になるはずだ。ちなみに異性も交えた野宿なんて学院の授業でさせてくれるのもこうして監視がつくおかげ。間違いが起こりえない保証がされている。


「その辺はアクセラが監修だな。オレたちもやるけど、間違えてたら訂正してくれ」


「ん」


 野宿なら俺が一番詳しい。となると準備の第一段階はギルドでその森の情報を集めることだな。あとで学院出張所に行って依頼しておこう。


「教会の奉仕活動は現地がどうなっているかによって内容が変わる。炊き出しが中心になることもあれば、孤児院での手伝いになることもある」


「孤児院関係だったらエレナが分かるよな?アクセラと二人でよくケイサルの孤児院に行ってたろ」


「そうだね、色々遊びも勉強も教えられるよ」


 自信満々に頷くエレナ。こんなところでその経験が役に立つとは。


「あるいは乗馬を教えるのもよいかもしれない。そうだろう、レントン」


「そ、そうだね。馬に乗れて困ることはないし、仕事の幅も増えると思うよ。もし才能があればギルドの長距離配達とか、領軍の伝令なんかに取り立ててもらえるかもしれない」


 レントンの言葉数が途端に増える。やはり馬に関しては何かしら思い入れがあるみたいだ。


「これで安心して私とレイルは学べる」


「さらっとこき使う宣言したね!?」


「国軍や領軍で上に立ちたいなら適材適所を最大限心掛けなければな」


 ジト目で友人に見つめられた王太子は慌てる様子もなく胸を逸らして言って見せる。たしかに指揮官とはそういうものなので否定はできない。それでもレイルはどこか釈然としない顔だった。

 彼は前線で戦う方が強いタイプだもんね……。

 指揮官は二手いる。後方で全てを見ながら策を練るタイプと前線で戦士たちを鼓舞しながら戦況を切り開くタイプ。レイルは圧倒的に後者の素質が強く、ネンスやアベルは前者だ。

 あー、でもネンスは割と前線タイプかも。

 前線にも出られる総大将というのは全方位から信頼される指揮官だ。彼の立場と今後を思えばいい特質なのかもしれない。もちろんどちらも一流にこなせて初めて意味があるわけだが。


「まあ、この面子ならよほど下手を打たない限り落第点にはならないはずだ」


「むぅ、そういうコト言うと落第になったりとか、ロクなことが起きなさそうだから止めようよ……」


「遠征なのだぞ。強気に行かねば意味がない!」


 拳を握りしめるネンスはまだ知らない。エレナの懸念が予想外の方向で当たってしまうことを。


 ~★~


「おぉおおお!!」


「遅い!」


 レイルくんが浅めに踏み込んで剣を振るう。その切っ先を石突で『パリィ』し、戦斧をくるりと回して刃を叩きつけるファティエナ先輩。ギリギリのタイミングでレイルくんはそれを剣の腹でいなす。火花が飛び散り、衝撃を利用して二人は距離を取った。けど次の瞬間、レイルくんが膝をついてしまう。


「降参なさい」


「ま、まだやれます!」


「その状態からの切り返し、見てみたくはありますわね。しかし私の方にそれを打ち返す術が、この条件だとありませんのよ」


 重そうな戦斧を手の中でパンと打ち鳴らす先輩。それはレイルくんががむしゃらにアタックすれば勝てるということじゃなくて、重傷を負わせずに撃退できる手札が彼女にないという宣言だった。これが実戦ならレイルくんが勝てる道筋はまだゼロらしい。


「エレナさん、そろそろ交代しますわよ」


「あーっと、先輩。その前に2人とも休憩がした方がいいんじゃないかなと思うんですけど」


 木の枝に引っ掛けてあったタオルで汗を拭いながらかけられた言葉に、わたしは苦笑を浮かべてそう返した。群青の瞳がわたしからまだ立ち上がれないレイルくんと疲労困憊で倒れ込むネンスくんに向く。アクセラちゃんの話ではもっと消極的な指導になるかと思ってたけど、約束をしっかり果たす性分だからか、とても真剣にボコボコ……もとい稽古してくれてる。


「それもそうですわね。ならば休憩しつつお聞きなさい」


 魔斧バルザミーネを幹に預けた先輩はコキコキと肩や首を解す。スキルやステータスが優れていても先輩みたいな女の人が振り回すには大きすぎる魔斧だ、体への負担はかなりのものだろう。

 すっごい揺れてるけど、今指摘したらゴミを見る目で見られそう。


「シネンシス王子、貴方の剣は迷いがありますわね」


「うぐっ」


「ユーレントハイム王家の剣は騎士を信頼する剣だと聞いていますわ。まだレイルさんのことを信頼しきれていないのではなくて?」


「そ、そんなことは!」


 反発しようと体を起こしたネンスくんは、そのまま言葉をつづけられずに固まってしまった。それから小さく「そうかもしれない」と言ってまた横たわる。


「仕方ねえよ、ずっと二人三脚だったマレシスがあんなことになっちまって……」


「ええ、同情はいたします。でも敵はしてくれませんわよ。まして魔物や魔獣、悪魔は言うに及ばず」


「炎斧」の二つ名になっている魔斧バルザミーネの魔法は封印してるけど、圧倒的な戦闘力をここ数日で示し続けた先輩の言葉だ。2人とも苦い顔をしつつ受け取った。


「レイルさんは攻撃も防御も一人でなんでもしようとし過ぎですわね。戦闘スタイルが多忙すぎて破綻しています。一撃必殺のために防御を軸とするか、攻撃の中でピンポイントの防御をするか。そこのところを考えて動きを構築なさい」


「両立は無理、ですか」


「できなくはないでしょう。貴方は才能もあって努力を厭わない。しかしそれは一歩ずつの道のりですわ。無理をすれば相応の問題が起きるものです」


「……うっす」


 一通りの指摘が終わると沈黙が流れる。わたしとの魔法戦をした後にファティエナ先輩に絞られて、これを2セットこなしてるんだからそうもなる。


「アクセラさあ、このまま戦闘学は落とす気なのかよ」


 ふとレイルくんがそんなことを言った。


「わたしも分からなくって……」


 今回ばかりはよく事情を把握してないから聞かれても困る。そもそも問題の始まりは戦闘学の授業だとヴィア先生は言ってた。そうなると彼の方が詳しいくらいだ。


「事情は、なんとなく察しが付く」


「「え!?」」


 横たわったままネンスくんがぼそっと言った言葉にわたしもレイルくんも声を上げた。これだけ身近なところに手掛かりを知ってる人がいたことにも、そのことを今までわたしたちに言わなかったことにも。


「その理由って?」


「……アクセラが思惑を巡らせていて、私が詳しく言えないと言えば伝わるだろうか」


「「……」」


 アクセラちゃんがそれだけ真剣に何か思惑を巡らせている。これは夏休み以降の彼女を見ているとそう不自然でもないが、彼女のこれまでのスタンス全体で考えるとかなり特異なことだ。アクセラちゃんは基本的に思惑を巡らせない。降りかかる災難をその都度、力任せに振り払う。

 加えてネンスくんがわたし達に事情を話せない内容となると、国のことが絡む案件だろう。そこまで分かれば大体見えてくる。アクセラちゃんが今、学校を休んでいるのはネンスくんの護衛に纏わる何かが理由なんだと。

 だからって、あんな状態で……。

 最近のアクセラちゃんはひどく疲れ切って帰ってくる。それも尋常じゃない量の汗を流してたり、焦点の合わない目で倒れ込むように眠ったり、とにかく健康とは言い難い状態だ。


「それ、ちゃんとフォローされるんだよね?」


 そんな彼女を支えるのはわたしの役割で、それを誰かに譲るつもりは毛頭ない。けれど成績の方はどうにもならないんだ。ネンスくんの、王家の事情で授業を落とすのなら王家がフォローをしてくれないとおかしい。そう思っての質問に彼は力なく首を横に振った。


「アクセラの方から授業に出ないことを選んでいるのだ。我々はそれを依頼していないし、また必要だと判断もしていない。勘違いしてほしくないのだが、私からも授業に出るよう伝えたことはある。アクセラには思い付きを試したいだけと言われてしまって……おそらくこのままいけば落第だろう」


 落第はつまり来年度以降、B以下のクラスになるということ。このままでは下手をすれば彼女だけ別クラスになりかねない。一番怖いのはアクセラちゃんがそれをあんまり抵抗なく受け入れそうなことだったりするけど。


「彼女、戦闘学をサボタージュしているのかしら?」


「あ、先輩。その、はい」


 同じような武人肌の、それも騎士のような硬い武官じゃなくて冒険者らしいハングリー精神の持ち主であるファティエナ先輩。彼女なら何かいいアドバイスをくれるのでは?そう思ってわたしは分かる範囲で事情を説明した。しかし返ってきた言葉は酷く落胆させられるものだった。


「何を悩む意味があるのか、わかりませんわね」


 何もおかしいところはないと言うように先輩は腕を組んでみせた。腕の上に大きな膨らみが乗って圧巻のインパクト。


「その教師が自ら、己のレベルアップにならない授業は意味がないと言っているのでしょう?アクセラさんはだからこそ授業に行かない。そういうことではなくて?」


「……はぁ」


 思わず小さなため息が漏れる。そう、同類過ぎてアドバイスではなく逆に疑問が返ってきてしまったのだ。


「戦闘力だけで言えばきっと、アクセラさんに勝てる教師はほとんどいないでしょうね。でも彼女は異端者となった教師、メルケとは上手くやっていた。向上心があったのか、インスピレーションを得られたのか、理由までは知りませんわ。それでも何かがあの娘の中にある戦士の魂と適合したから上手くいった」


「まあ、でしょうね」


「話を聞く限り私はそのベルベンスという男に興味がありますけれど、求めている物が違うのでしょうね。私は強い相手と手合わせすることで己を磨きますが、彼女はきっとより高次元での学びを欲している。あるいは学びではなく気付きかしら」


 半ば独り言のようにアクセラちゃんの心情を分析する先輩。話の中身が己の興味にシフトしだしたことに気が付いてか、一つ咳払いをしてこう締めた。


「いずれにせよ彼女にとって、今は授業より優先したいコトがある。その事実を弁えた上で貴方達がどう振る舞うかは、私の関知するところではないわ」


快気報告でございます。

先週の木曜に39度の熱を出して轟沈した一響ですが、

この度ようやく回復して通常営業にもどりました。

PCRはマイナス。インフルもマイナス。

つまりただの風邪だったわけですが、しんどかったです。

皆さんもコロナだけでなく、普通の風邪にも気を付けてください。


~予告~

遠征出発の朝も続く鍛錬。

朦朧とするアクセラは誤ってエレナを押し倒し……!?

次回、愛情と情愛

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― 新着の感想 ―
[良い点] アクセラさんはそういう残念臭い所が有りますね、そこも萌えますけどw 先輩は中々長い間にお久し振りですね、折角の強い美少女キャラなのにw そしてどうやら先輩はやはりアクセラさんと同じく武人寄…
感想一覧
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