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九章 第6話 絡まる糸

「つまり魔力を糸という変幻自在な素材として定義する。魔力糸の一番大きなメリットはここにあるわけです」


「でも糸で魔法の形を編むのは大変だと思うんですよね。現に先生は何度も失敗しているわけで。そこってエレナさんたちはどうしているんですか?」


「それはたぶん、本当に糸で布を織るみたいにしているからだと思います」


「というと?」


「最初はその方がイメージしやすいですけど、より早く楽にイメージを完成させられるなら省略してしまえばいいんですよ」


 エレナさんの魔法講義は本当に分かりやすい。投げた質問の最適解がすぐに返ってくる。そのことに何より感心しながら私は高速でメモを取る。学生時代からこれは得意だったのだ。


「たとえば直径30cmの水球を作りたかったとしてですね」


 大きいな、と思わなくもないけれど指摘はしない。むしろ例えとして極めて的確なものだと感心すらする。握り込めるような球ならまだしも、直径30cmもあればその体積を全て糸で編むのはとんでもない作業になるのだから。


「省略の第一としては密度の低い球体を作って間隙を埋めればいいと思ってしまいがちです。でもこれは失敗する可能性が高いんです」


「粗く編み込んだ球のランダムな隙間をイメージするのが難しいからですね?」


「はい」


 ランダムな事というのはするのが簡単な代わりにフォローが難しい。書類作りにしても勉強にしてもそうだ。正確に間隙を埋めるには既にある部分を正確に把握する必要がある。きっちり順序良く作った方が、結果的に把握が容易になるのだ。


「いっそ分かりやすい形に区切ればいいんでしょうか?たとえば四分の一ごとに区切って糸を配置するとか」


「その方が楽ならそうですね。わたしは糸3本で球のアタリを書いて済ませますけど」


 糸3本ということは同じ大きさの円を上から見て直角に交わるよう配置し、樽の(たが)を填めるようにもう一個かけるのだろう。そうすれば誰が見ても球形だと分かる一番簡単なモデルができる。


「あとはもう、その中は魔力で満たしたらお仕舞です」


「そうか、理解できる最小単位まで形を下げてしまえばいいんですね」


 編まなくても形が把握できればいい。そして内側はそれこそ糸に拘らず魔力を充填すればいい。やはり柔軟な発想が大事なのだ。


「その通り、さすが先生です!」


 生徒にそうやって褒められてもまったく先生として誇らしい気分にはならないが、魔法使いとしては大いに嬉しく思ってしまう。

 エレナさんは才能だけじゃなくて、実力がすでに私より上ですからね。


「これで一気に引っかかっていた部分が理解できました」


 メモには図形と最小単位、簡略化、概念を見るなどの言葉が書き止められている。これを見ながら明日にでももう一度ノートを纏め、明後日には魔法を使える時間を作るのだ。


「何か質問はありませんか?」


 机を挟んで対面するエレナさんが聞いてくれる。彼女に大丈夫だと告げながら、改めてじっとその姿を見てみる。

 ハニーブロンドの髪と早苗色の瞳、溌剌としつつも品のある表情、真っ直ぐ伸びた背筋、豊かに制服を押し上げる胸。見える範囲の全てが家柄のいい、100点満点のお嬢様だ。しかしその性格が時に冷徹であることも、同時に人を傷つけることへ恐怖を覚える優しいものであることも、今の私は知っている。

 思慮深さ、攻撃性、優しさ、あとは異常なまでの魔法の才能。そして揺れ動く乙女心。

 彼女が最近恋を覚えたのではないかと私は思っているのだが、そうだとしたら14歳の少女のなんと忙しない事か。特に夏休みの前までは己の覚悟の在り方に悩んでいたことを思えば。


「自分の覚悟は見つかりましたか?」


「え、あっと……はい、たぶん」


 予想していなかった質問にたじろぐエレナさん。


「ドーニゲット君の話は、役に立ちました?」


「はい、とっても!」


 今度は大きく頷いて肯定してくれた。こうして誰かの道標になっているなら、学生時代に見てきた彼の痛々しい葛藤はあれで無駄ではなかったのだ。そう彼自身が思えていればなおいい。

 今度お茶でしながら聞いてみましょうか。長いこと彼とも話していない気がしますし。


「わたし、冒険者として頑張ります。アクセラちゃんと一緒にいる約束を守るために」


 宣言するエレナさん。まだこれから何度も迷うだろうが、それでも芯が一本通ったような頼もしさを感じる。これだけ想われているアクセラさんは間違いなく幸せ者だ。


「頑張ってくださいね」


 今はまだこの程度の言葉しか贈れない。私はまだまだ魔法使いとして以上に、教師として未熟者だから。だがいずれ、エレナさんが卒業する頃には立派に巣立つ彼女へ最高の言葉を贈ってあげたい。


「ところでですね」


「はい」


 丁度話題がアクセラさんになったので、担任として聞かなくてはいけないことがある。


「アクセラさんの登校頻度が酷く落ちている件なんですが……」


「うっ」


 途端に顔を強張らせるエレナさん。

 ああ、これは難しいコトになっていそうですね。

 ここしばらく、アクセラさんはあまり授業に出ていないのだ。彼女の登校が減ってしまったのはこの学期が始まってすぐ。最初の週の最後にはもういなかった。それまでオルクス家に付きまとう負の噂を覆そうとするかのように、極めて真面目に授業も宿題もやっていただけに驚いた。クラスの半分くらい、特に男の子たちからは随分受け入れられていたので教室の空気も少し変になっている。

 困りました。でも一概に彼女が悪いとは言えないですし。


「やっぱりベルベンス先生の授業ですよね?」


「あーっと、実はあんまりよく分からなくて」


 意外なことにアクセラさんはエレナさんにも理由をしっかり話していないらしい。ちょっと試したいことができたからしばらく行かない……だそうで、それ以外は何も聞いていないと彼女は言った。この分では私の方が事情に詳しい可能性まである。


「その、先生から見てベルベンスっていう新しい先生は、どうですか?」


「あ、あはは。あまり教育方針が合う方ではないとだけ」


 ベルベンス先生。この戦闘学を新しく受け持つことになった先生がコトの発端であることは確実だった。なにせアクセラさんはその授業で一度トラブルを起こしてから出席が極端に落ちたのだから。

 本当に問題だらけです……。

 授業の翌朝には私のクラスから参加している生徒の全員が相談と称して抗議しに来たのだ。あんな授業は学院に不適切だと。実態を聞き取るにつれて私もベルベンス先生を庇う気が微塵もわかなくなってしまったほど、確かに学院らしさのない授業方針を彼は採用している。


「まあ、悪い事ばかりではないんでしょうけど」


 例えば一つ、本題とは別に意外だと思ったことがある。抗議に来た生徒たちが一様にアクセラさんを擁護していたことだ。担任の私でもこんなに打ち解けていたかなと驚くほどで、そういう意味では共通の外敵というものは信頼感を生み出すのだなと切ない感心を覚える。

 ああ、団結はしてきていたんです!なのに、なのに、もう!生徒たちがセンシティブな時期に、本当に!

 たった今学院を不在にしている学院長に心中で毒を吐く。あの矍鑠(かくしゃく)としたご老人がいないだけで学院の判断力も行動力もガタ落ちだ。


「大変そうですね。派閥とか、方針とか」


「生徒にまで察されてしまう時点で、先生含めて全員が教師失格ですけどね」


「そ、そんなことは……」


 みっともないとはこのことだろう。学院にはもとから私みたいな教えていること以外にアイデンティティのない教師と、家や社会的地位がある教師の二派閥が大きくある。それ以外にも色々な切り口から派閥分けができてしまう。そして派閥が分かれれば思惑が渦巻き、生徒のために一番いいことをするという当たり前の道理すら通らなくなる。


「そういえば先生」


「なんですか?」


 疑問に満ち満ちた声でエレナさんが言うと、私は必然的に身構えてしまう。彼女がこういう声を出すときは純粋ながら難解な教師泣かせの質問をするときか、そうと見せかけて聞きにくいと分かっていることを聞くときだ。

 魔法を教えてもらうようになってから分かってきましたけど、エレナさんって意外とあざとい所があるんですよね。陰湿ではないんですけど。


「カーラさん、どうしてますか?」


「……」


 ほーら、後者でした!

 私は内心でため息を吐く。前者だったら冷や汗をかきつつ教師として充実した気分を味わえるのにと。それから陰湿でないあざとさがあると評した彼女から陰湿な生徒の話が出たことに得も言われぬ不快感が湧く。まるで自分の思考が呼び水になった気分だ。


「いくら大事な生徒でも、他の生徒の事情を勝手にお話することはできませんよ?」


「やっぱりですか」


「やっぱりです」


 私のクラスのカーラさんは今の所、寮の部屋で謹慎処分となっている。理由は悪質な嘘を噂という形で蒔いたため。本来なら懲罰房行きだがあそこはあまり女子生徒を閉じ込めるように想定されていない。加えてマレシスくんの一件でまだ使用不可になっている。そういうわけで無期限の自室待機が下されたのだ。


「私としてはネンスくんがここまでするとは思っていませんでした」


 王宮と学院の間で当初、カーラさんに下されていた処分は私とのカウンセリング。実質無罪放免に近いが、周囲の目もあって針の筵になることが分かっていた。人を呪わば穴二つという言葉の通り、アレニカさんを噂で陥れた彼女の天下は一夏の夢として今度は己を苛むことになったのだ。

 あれはネンスくんの独断だったんでしょうね。

 学院の授業開始から2日目、自主的に不登校を選んでいたカーラさんについてネンスくんは一つの提案を行った。彼女自身の精神的、身体的安全も考慮し罰ということで一時的に自室謹慎としてはどうかと。それを禊とする、責任者である学院側への救済策。そう見せかけて彼の意図が罰という名目の方にあることは誰にでも明白だ。


「学院側へ手打ちの提案をしているように見せて、内外へカーラさんが主犯であると明示する。学院側が自己の判断として処分を下すことで王城の意向に疎い生徒にまで、事情を説明せずとも誰が悪いのか分からせておく」


 容赦がないし強引すぎるきらいがある。権力者ならではの力技。多くの人はこの不自然な追加措置について、マレシスくんの無念を晴らせない処分となったネンスくんが半ば独断で追撃をかけたのだと解釈した。

 でも、ネンスくんはそういう後出しをしないと思うんですよね。いくら子供とはいえ、とても大人びた子ですから。それよりもむしろ……。

 カーラさんに非があると明示し、王家の怒りを買っていると示したのは意図の通りだと思う。だが本当の目的はアレニカさんの不貞を否定して陰口を囁かせないことだったのではないか。


「先生の言う通り強引ですけど、王宮からの圧力とかあんまり分かっていない人もいましたから」


 レッドローズ寮の寮長のことを言っているのだということはすぐに分かった。エレナさんが寮で風魔法を使ったと聞いたときは刃傷沙汰だと思ったものだ。本当に物損でよかった。心臓によくない経験だった。

 たぶんあの寮長、ある程度分かっていて分からないように振る舞っていたんだと思いますけどね。

 物損被害について一度面談をしたときのことを思い返す。賢い子だとは思わなかった。でも愚かな子でもないと思う。なにより問題の発端であるカーラさんの従姉妹にあたるのだから、これが偶然ある可能性は皆無だろう。

 言いませんけどね、拗れるのは困りますから。それにネンスくんの強硬措置で流石に黙ってくれましたし。


「色々と理由は付けていましたけど、ネンスくんはアレニカさんに助け舟を出せる機会を窺っていたんでしょう?」


「まあ、そうですね。アクセラちゃんもレイルくんも、男の子なりには」


 わずかなしこりを感じさせる返事。アレニカさんの件で彼女たちも連携がうまく取れなかったのだろうと想像はつく。男の子と女の子なのだから、すれ違いはおきるものだ。その言い方だとアクセラさんまで男の子に分類されている気もするけど。

 まあ、貴族子女の在り方を理解しているかどうかについてはネンスくんとアクセラさんは同レベルでしょうけど。

 この国は性別による差別があまりない方だと、少なくとも私は思う。自分自身のように魔法使いとして、教師として身を立てて行く道を選ぶことはそう難しくないからだ。もちろん否定的な立場をとる人もいるし、家長が模範的令嬢以外の振る舞いを許さないという断固たる家もある。けれどそれは性別云々ではない。ただ問題は「貴族の女子」という生き方を選ぶ場合、極めて身の置き所も立ち居振る舞いも特殊になってくる。


「大変ですね、どちらも」


 ともあれ連携や片手落ちな対応については、私自身がかなりの独断専行をしてカーラさんを厳重処分から救い、自分の裁量の下におくことにしたのだから強く言えない。面会を拒否されていたとはいえアレニカさんへのフォローが遅れたのもある。

 いっそ私もエレナさんみたいに強行突破したらよかったのかもしれませんね。熱血教師っぽく。

 実際にやったら首が飛ぶだろう。なにせここは万魔殿のような特殊地帯であると同時に王立の学院、上品で格式ある教育機関だ。生徒がする無茶と教師がする無茶では重さが違ってくる。


「先生も夏の間に大分変わりましたね」


 物思いをしているとエレナさんはどこか大人びた顔でそう言った。


「そうですね。色々とありましたから」


 そう色々あったのだ。メルケ先生のこと、私自身のこと、学院や貴族や社会のこと。新米教師が本来なら時間を掛けて学んでいくことを一気に学ばされた気がする。ただしそのことを不幸だとか、辛い事だとは思っていない。早いうちに一気に知れたことで逆に折れない決心ができたような気さえするのだ。


「先生も、色々あるんですよ」


 ~★~


「アレニカさんのことをちゃんと助けて上げられなかった。そのことを今さらながら、先生はカーラさんを助けることで帳消しにしたいのかもしれませんね」


 自嘲気味の微笑みから分かることはヴィア先生の言葉が自己分析であって、必ずしも本心ではないということ。


「嫌な大人ですね」


 わたしもときどきなるけど、先生も頭の回転が心を追い抜いてしまってるようだ。こうなると自分の行動が全て薄汚く思えたり、本心が分析側の冷徹な自分だと勘違いしてしまう。


「大人って嫌な生き物だなって、自分が大人になってからは初めて思いました」


 苦笑いする先生は疲れてるように見えたけど、折れてしまったようには見えなかった。迷いはあるけど、まだまだ粘る気がある顔だ。きっとわたしが不死王の一件からそうだったように、怒涛の情報量の中で鍛えられたんだと思う。叩かれれば叩かれただけ強くなる鋼のように熱いものがこの小さな先生の中にもあるんだ。


「でも屈したわけじゃないんでしょ?ヴィア先生ならちゃんと答えを見つけ出せられるってアクセラちゃんは言ってましたよ」


「期待が重いですねえ……でも先生ですからね。頑張っちゃいましょう」


 こういう時におどけた調子を混ぜられるのも、夏休み前ならできてなかったこと。力みが消えて緊張の中にリラックスを見出せるようになったんだ。

 本当に色々あったんだろうなぁ。

 ヴィア先生はメルケ先生のことが好きだったし、初々しい2人の仲は傍から見てても分かるようなものだった。事件のあとは酷く憔悴してたし、そのことで周囲と一悶着あったとしても不思議じゃない。それにカーラさんを厳罰から庇って自分の庇護下に置いたのは、きっと学院上層部と連携してのことじゃないと思う。自分を貫くために沢山傷ついて、それでももがく道を先生は選んだんだ。


「カーラさんのことも先生に任せてください。もしかしたら納得のいく結末にならないかもしれませんけど」


 そう言う先生は、夏前よりずっと頼もしく見えた。


「カーラさんのことを、どうしたいと思ってるんですか?」


 もう一度、少し角度を変えて投げた質問。


「先生はカーラさんの大きな負債を、彼女から奪うことで清算したくないんです。彼女がなにか与えられる人間になることで少しずつ償ってほしい。そう思っています」


「ニカちゃんがそれでも許せない、復讐してやるって言ったら?」


 ちょっと意地の悪い質問をしてみる。先生にとっては2人共大事な生徒で、けれどどちらかに寄り添うことはもう一方を捨てることになりかねない。カーラさんが与えられる人になったところで、傷つけられたニカちゃんが救われるわけじゃないんだから当然だ。


「先生にはそれを止める権利がありません」


「……意外です」


「せめてアレニカさんの前で命乞いでもするしかないですね。命だけはどうか、と」


 顔は冗談を言ってるみたいに微笑んでるけど声は本気のそれ。ニカちゃんがカーラさんへ復讐をすれば先生はきっと言葉通り縋ってでも命乞いをするのだろう。命だけはどうか奪わないでください、殺さないでください。そんな風に。


「命だけは、ですか」


「命だけは、です。先生は先生ですから」


 命の危険が伴わないならニカちゃんの報復を許容する。そう言外に彼女は言った。今までのヴィア先生なら絶対に言わなかったことだと思うけれど、同時に彼女の中で問題への方針が明確になってると知れる言葉でもある。


「これだけ奪ったんですから、無傷で終われるとは彼女も思っていないでしょう」


 平坦な声で言いながらも悲しそうな目になる先生は、やっぱり本質的に優しい先生のまま。少しだけ冷たく振る舞うことと狡賢さを身に着けただけで。


「先生はカーラさんを助けてあげたいです。でも当然アレニカさんも助けてあげたい。それを両立させないといけないのが先生だと思っていますから」


「ニカちゃんの優しさを頼みにするんですか?」


 今のはちょっと嫌な質問すぎるかな。

 先生は苦みを帯びた笑みを深める。


「そうですね……二人共が救われる大団円の結末があればいいんですけれど、そうも行きませんから。やっぱり悪い大人ですね、考え方が」


「悪くはないと、思いますよ」


 世の中は杓子定規に正しいことと間違ったことで構成されてるわけじゃない。正しいことが貫けるとは限らないし、まして正しいことだからとその正しさを貫くことが正しいとも限らない。

 カーラさんに傷つけられたニカちゃんの仕返しをすることが正当だとしても、それでニカちゃんの状況や気分が良くなったりしないのなら無為な行いだ。傷ついた人間が増えるだけの悲しい復讐になる。カーラさんを傷つけず改心させるという考えの方がずっと建設的で他者の為にもなる。けれどその建設的な考え方だって、信賞必罰に反例を生み出すという視点から見れば愚かな行いとなるのだ。他の生徒や貴族社会に触れる者が「あれだけ悪質な事をしても、先生の善意だけで無罪放免か」と思ってしまえば学院の教育制度は崩壊する。


「そういう意味ではネンスくんに先生が助けられた形でもありますよね」


 そうなるかもしれない。ネンスくんが強引にカーラさんへ懲罰房相当の謹慎を押し付けたことで内外に無罪放免となったとは思われないで済む。本当に与えられる罰は軽いが、王太子が直々に横槍を入れたという経緯を周囲は実態以上に重くとるだろうし。今はまだ彼の怒りに任せた横槍に見えても、段々と色々な意味が付加されて深読みされてくのは間違いない。


「でもそれはネンスくんにとって良くない先例かも、ですよね先生」


「ええ」


 周囲が重く受け止めるということはそのまま彼の経歴にものしかかる。やっぱり全部、一面を見て正誤を判じることはできないものなのだ。タイミング、状況、見る人によって正しさは変わる。

 答えを見つけるのが難しいのは「答え」が探さずとも最初から手の中にあって、それでいて絶えず色を変えるモノだからかな。


「結局は悩み続けるのが一番の正解なんじゃないかなって、最近は思うようになりました」


「エレナさんらしいというべきか、大人びすぎているというべきか……迷う所ですね」


 14歳のわたしと21歳の先生。7つ違っても結局は悩むのが人間の性。わたしたちはどちらからともなく笑って、次の約束を交わして、それから図書館を出た。


~次回~

戦闘学の新教師ともめるアクセラ。

彼女の本質は何処にあるのか。

次回、 狂花、あるいは

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― 新着の感想 ―
[良い点] あんまり覚えていないですが、新しい先生が来て、その教育に悪意持つらしいですかぁ。この件、更にマレシスさんの事件を含めて観たら、実は学院側にも中々信頼出来ないだと思うように成りますね。。。 …
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