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九章 第3話 アレニカの宿

 アクセラの経験上、精神的にまいっている人間は人との接触を必要とする者としない者にキッパリ分かれる。必要とする者はないと回復が極端に遅くなり、しない者は逆に人を遠ざけることで早まる。どちらにせよ、人は人との関係の中でしか生きられないということなのだろう。

 とまあ述懐してみても、この状況は……。

 ネンスの所から俺が戻ってきてしばらくした頃、何故かエレナがマリア共々アレニカを背負って帰宅したのだ。曰く、今晩は彼女を泊めるとのこと。既にマリアという居候がいる以上、これでこの部屋の人口は4人になる。つまり想定される人数の倍だ。


「エレナ……」


「アクセラちゃんが言いたいことも分かるけど、今回はわたしのしたいようにさせてもらうからね」


 居候2人をリビングにおいてベッドルームに呼び立てた直後、放たれたのは有無を言わせぬ言葉だった。その強めの口調に俺は黙る。彼女がずっと腹を立てていることは知っていたし、そうなる原因を作ったのは俺たちなのだ。むしろ暴走を期待していた部分すらあるとなれば、このくらいの事は快く受け入れるべきだろう。


「分かった。でも詳しく教えて」


「アクセラちゃんとネンスくんの読みは大間違いだったってことだよ!」


 未だ憤懣やる方なしという様子のエレナは別れてからの動向を教えてくれた。アレニカの部屋に突入したことや、勘違いから押し倒したこと。そのまま色々と話すうちに彼女の状況が想定よりずっと悪いと分かったこと。そして言葉を尽くしアレニカを引き止めようとしていたら、急に彼女が素直になって説得を受け入れてくれたこと。


「ツッコミどころが満載」


「誰のせいだと思ってるのかな!?」


 声を荒げる可愛い妹に、やはり返す言葉は出てこない。

 レッドローズ寮の寮長を脅かしたのと備品の扉を攻撃魔法で壊したのはちょっとどうかと思うけどね?


「色々見誤っていたのは、その通り」


 愚かにも俺とネンスは失念していたのだ。貴族における男女の違いを。


「もっと時間的に猶予があると思ってた」


 ネンスにとっての名誉の捉え方は騎士に近い。あるいは貴族の当主だろうか。もし損なわれたなら身命を賭して回復せんと試みるもので、社会的にもその手法が確立されている。シーメンス子爵が息子と家の名誉のために噂に関わる貴族全てに決闘を迫ったのがいい例だ。

 一方、俺の中での名誉も自力で回復するもの。あるいは貶めた者を見返すことで自己完結してしまえるものでしかない。これは俺自身が、そして弟子や仲間の多くが最底辺からスタートしたことに起因している。地を這い泥を啜っても生きながらえて、己を己が認められるように足掻き続けてきた。

 お互いにそれだけが価値観でないことを肝に銘じていたと思っていたけど……。


「そういうところ、アクセラちゃんてやっぱり男の人だよね」


「……ん」


 アレニカは生粋の貴族女性。一度損なわれた名誉は損なわれたという過去に囚われ続けるし、回復の手立ては貴族の男子ほど多くない。たしかに類稀なる才気を発揮すれば誰もそのような過去を持ちだせなくなるのは、男女問わず同じことだ。でもアレニカに己を立証するような手立てはないし、それを得るために何年何十年という時を費やせるほど老成はしていない。

 だからといって己の命を捨ててしまおうという発想は、正直全くと言っていいほど共感できないけど……。

 逆に俺は馬鹿な事をと断じられるほど若くない。彼女の状況と心境を想像しきれなかったこちらのミスだ。そして今回はエレナに助けられた。


「ん、エレナ。ありがと」


「アクセラちゃんに感謝されるような事じゃないからいいよ」


 どうにも今日のエレナは辛口だな。友達の心がかかっていたんだから当然かもしれないけど。

 終わり良ければすべて良しも行き過ぎれば耄碌の始まりだ、気を付けよう。


「ネンスにも説明して改善を頼む。でもすぐに名誉回復は難しい。あれで本当にアレニカを心配してたのは、ホントだから」


 その点はエレナも疑っていないのか素直に頷いた。ネンスが動きたくても、噂に関してはすでに度々王家の強権を振るっているのだ。ここに加えて当主が望まないのに他家の娘についてアレコレ口出しはしにくい。


「あとニッカ先輩にも相談しよ」


「そうだね」


 門限破りで怒られているイメージしかないが、あれで寮長のニッカ先輩は面倒見のいい優しい人だ。義務感や正義感も人並み以上に持っているからきっと協力してくれる。


「ん、ところで」


「今後どうするか具体的に、でしょ?」


 さすが、俺が言いたいことは大体分かってくれる。


「3人で話し合ったんだけど、とりあえず数日したらマリアちゃんの部屋に引っ越してもらうことにしたんだ」


「また勝手に……」


 一応部屋の引っ越しは学院に判断を委ねなければいけない。今のようにお泊りと称してマリアが住み着いている状況がおかしいのだ。


「でもそれ以外に何かある?」


「ん……」


 眉を寄せて聞き返すエレナ。そう言われると確かに俺も弱い。なにせ今の環境にアレニカを置いておくのはどう考えても悪手だ。気の弱いルームメートのリンナにも負担だろう。せっかくなけなしの勇気とアレニカに対する情で噂の事を密告してくれた少女が、閉塞感と罪悪感を溜めこんでしまうと可哀想だ。特に心の弱さからその原因をアレニカに求め始めたら誰も幸せになれない結末が見えてくる。


「ネンスに言っておく」


「困ったときの王太子殿下?」


「あんまり便利使いはしたくない。でも今回は本人ができるだけ協力すると言ったから。それに権力は関係ない。ただ学院がネンスの話なら結構聞いてくれるだけで」


「へぇ?」


 にやりと、どこか意味ありげな笑みを浮かべる妹に俺も内心で同じような顔になる。意外とアレニカの恋は脈アリなのかもしれないな、と。


「とりあえずは?」


「ご飯とお風呂かな」


「ん」


 アレニカが精神的疲労から眠ってしまったので着替えなどに手間取り、3人が帰ってきたのは寮の門限ギリギリになってしまっていた。当然夕食は食べていないし、風呂にもまだ入っていない。これで明日は普通に授業なのだから大変だ。


「でもその前に」


「?」


 ふらりとエレナが近寄ってきて、そのまま俺は抱きつかれた。足から力を抜いているのだろう、わずかに俺より背が高いくせに首筋へ顔を埋めてくる。あと結構しっかりと体重がのしかかってきた。


「つかれたよ」


「よしよし」


 蜂蜜色の髪の毛を手櫛で梳いてやる。普段なら多少は子供扱いするなと怒るエレナも今日ばかりは大人しくされるがまま。猫みたいに鼻を押し当ててぐるぐる唸って見せる。


「明日は休む?」


「むぅ、だいじょうぶ」


 エレナの学力なら数日サボっても問題ない。ヴィア先生は心配するかもしれないが説明しておけば許してくれるはずだ。


「がんばる」


「えらいね」


 抱きついたままくぐもった声で宣言するエレナは本当に偉い。俺ならあっさりサボってるところだ。


 コンコン


 しばらくあやすように頭と背中を撫でていると、寝室の扉をノックする音が聞こえた。そそくさと距離を取るエレナの髪を整えてあげてから開けてみれば、当然というかやはりというか、マリアが困ったような顔で立っていた。


「あ、あの、お話中、ごめん、ね」


「ん、大丈夫。丁度終わったところ」


「そ、そう?あ、その……」


 顔を赤らめてもじもじとする様は可愛らしく、この瞬間を保存してレイルに売りつけたいくらいだ。そんなことを思っていると気取られたのか、エレナに肘を入れられた。


「お腹空いた?」


「あ、う、うん」


 マリアの細い肩越しにリビングを見れば、ソファーの背からアレニカが顔を覗かせている。エレナのゴリ押しセラピーが功を奏したのか、話に聞くほどの不安定な感じは見て取れない。ただ警戒というか、どことなく接しづらそうにしているのは分かる。あと腹が減ってそうな顔だ。


「すぐにできるのは……スープ、パン、ハサミ鳥のハーブ焼き」


「じゅ、十分すぎる、よ?」


「ん」


 どれも準備が既にあるものだから、手間はほとんどかからない。アレニカがもともとどれだけ食べる性質(たち)か分からないが、食事も喉を通らない状況だったなら心底腹が減っているはず。ただ胃腸が弱っていたら拙いので先に柑橘類でも出すか。


「むぅ」


 キッチンへ歩き出そうとしたところ、エレナが袖を引っ張った。振り向くと視線を逸らしたまま一言だけ「アイスクリーム」と言った。疲れた、頑張った、だからアイスを寄越せということらしい。


「太るよ」


「むぅ!」


 強かに、かなり強かに叩かれた。


「はいはい」


 ~★~


 夕食を揃って食べたあと、わたしたちは仲良くお風呂に入った。抵抗するアクセラちゃんを引きずり込んで。いくら貴族感覚で広いと言っても二人用なので手狭だ。


「ニカちゃん、気持ちいい?」


「ま、まあまあですわ」


 いつの間にか復活したお嬢様口調で照れ笑うニカちゃん。わたしはお風呂椅子に座る彼女の後ろで膝立ちになり、毛先だけ朱色のストロベリーブロンドにシャンプーを馴染ませて泡立てる。まだ疲れてるのか背中をお腹にペタリとくっつけて背もたれにしてきた。

 綺麗な色だよね。

 そう思ったけど言わないでおいた。特殊な髪色は古い血統の貴族である証明だ。彼女が壊れかけた原因のルロワ家を持ちだすべきじゃない。


「お風呂でくらい素のままいればいいのに」


「そ、そう言う訳にもいきませんわ」


「誰も気にしないよ」


 しゃかしゃか音をたてて髪を洗い、汲んだお湯で優しく流す。引き籠ってる間に少し油っぽくなってた質感が随分サラサラになった。


「ほら」


 言葉だけで湯船の方を指し示す。


「ア、アクセラちゃん、肌、意外ときれい、だよね」


「ん、まあ、ありがと」


 相変わらず妙なところで距離感が近いマリアちゃんはしげしげとアクセラちゃんの肌を見たり突いたりしてるところだ。普段見せないような部分はもちろん、日ごろから日光に晒して鍛えてる腕や顔もそこまで傷んでない。

 ちょっとうらやましい。ニカちゃんの髪は、これはこれで手触り最高だけど。

 アクセラちゃんはというと困ったように視線を彷徨わせてる。まっすぐ前を向くと対面で湯船に入るマリアちゃんの裸が見えてしまうし、下手に横を向くとニカちゃんの裸が見えてしまうから。

 うん、偉い偉い。

 自分で連れ込んでおいて何をと思うかもしれないけど、やっぱりアクセラちゃんが他の女の子の体を見るのはちょっと複雑な気分だ。多分本人が一番複雑な気分でここに居るとは思うけど。


「よーし、洗い終わった!手触り最高だったよ」


「あ、ありがとう」


 たじろぎつつもお礼を言うニカちゃんの手を取って立ち上がらせる。それから湯船へ連れて行って、2人にちょっと場所を開けてもらってわたしたちも入った。ぎゅうぎゅうになった湯船からお湯がだばっと溢れだす。


「あふぅ、気持ちいい」


「お疲れ様」


 マリアちゃんの横で顎の下までお湯に沈む。アクセラちゃんの横に入ったニカちゃんとは向かい合う形だ。必然的に中心が四人分の足で混雑する。触れ合う指先は普段ならちょっと蹴り合ったり足指相撲したりと忙しないけど、さすがに対角線上でアクセラちゃんと遊ぶとなると迷惑極まりないので控える。


「ねむい」


 大あくびをして湯船の淵に腕と言わず、上半身の大半を引っ掛けてアクセラちゃんがだらりと脱力した。捻った脇腹に薄っすらろっ骨と筋肉が浮き出て見える。


「あの、ですわね」


「ん?」


「こういうこと、聞いていいのか分かりませんけど」


 躊躇いがちな口調でニカちゃんが前置きを言う。


「いい。君のこと、こっちは色々聞いてる。聞かれたら答えないと不公平」


 本題に進むより早くアクセラちゃんは言った。


「まあ、下手に躊躇われるより全然いいですわね。でも、なんかこう、いいのかしら?」


 調子が狂ったようで変な顔を浮かべるニカちゃん。わたしは隣のマリアちゃんにしなだれかかりながら「いいんじゃない」とだけ。熱いお湯から出た冷たい肩が気持ちいい。何を言いたいのかは大体分かるし、アクセラちゃんが言うなら別にいいかなと思う。それにそもそも隠してるわけじゃない。


「その、背中……」


 アクセラちゃんが体を捻っているせいでニカちゃんからは背中が丁度見えてるはず。その視線の先にあるのは小さな体に刻まれた薄紫の大きな紋章。そして重なるように太く痛々しい4本の爪痕。


「傷の方?八級魔獣ペイン、狼型で激痛の爪と火焔のブレスを使う小屋くらいの大きさの魔獣だった」


「小屋くらいの……え、ちょっとまって!激痛の爪ですって!?」


「ん、すっごく痛かった」


 激痛の呪いが込められた爪で抉られたコトは、正直言って覚えてない。たぶんあまりの痛さに意識が飛んだからか、記憶自体がなくなったんだと思う。


「本当に、魔獣を討伐したのね」


「八級はそこまで強い相手じゃない」


 畏怖のような響きを込めてニカちゃんがいうとアクセラちゃんは首を横に振る。瀕死の大怪我を負って倒したあの魔獣も、今の私たちにとってはたしかにそこまで強くない敵だ。相性を抜きにしても不死王と名乗ったネクロリッチの方が強かった。きっとメルケ先生はそれよりも。

 七級でBランクパーティが準備万端で挑めば厳しいながら勝てる相手、六級になると一つ上の戦力をあてなくては危険なレベル……だったかな。


「紋章は神の加護」


「貴女、加護持ちでしたの!?」


「ん、技術神エクセルの」


「……えっと、ごめんなさい。分かりませんわ」


「……ん」


 あ、ちょっとへこんだ。

 技術神エクセル様は大貴族の当主だと知ってる人が多いけど、子女や中規模以下の貴族なら知らない人も多い。わたしだって遠くの、例えばアル・ラ・バード連邦で信仰が盛んな神様とかは分からないしね。


「あ、えっと、どういう加護ですの?」


 慌てて訊ねるニカちゃん。


「才能を開花させる加護。本人が知らない能力を引き出すきっかけをくれる。成長補正もあるけど、あんまり大きくはない」


 その代わり得やすい加護になってるはず。わたしなんかは、母神エカテアンサ様の加護が失われる年齢になったら特定の加護を得るまでエクセル様の加護を与えればいいのにと思ってしまう。きっと天界からの干渉に設けられた限界値が引っかかるんだろうけど。あれは超えてしまうと超過分だけ悪神側からも地上への干渉ができるようになる仕組みだったはずだ。


「羨ましいわ、その加護」


 小さい声でそう言ったニカちゃんはおずおずとアクセラちゃんの背中に触れる。


「ん……」


「あ、ごめんなさい」


「くすぐったいだけ」


 アクセラちゃんは別に触っていいと言うけど、ニカちゃんはそれ以上紋章に触れようとはしなかった。


「ま、魔獣の素材って、今の装備にも、入ってるの?」


 見てみたい。大きくそう書かれた好奇心満点の目でマリアちゃんが見てくるけど、残念ながら一切入ってない。


「毛皮は少し残ったけど、売り払った」


「肉は普通に捨てられたよね。あとは損傷が激しくて」


「魔獣角は一個だけ残ってる。今思うと歩留まりの悪い狩りだった」


「アクセラちゃん、欲をかくと碌なことがないよ?」


「たしかに」


 そこからわたしたちは魔獣討伐の経緯を、話せる範囲で語ることになった。湖楽と呼ばれる薬物の件は抜きにして。その代わり直前に起きたわたしとアクセラちゃんの喧嘩の話は、2人掛かりで根掘り葉掘りと聞かれてしまった。


「ア、アクセラちゃんとエレナちゃんは、と、とっても仲良し、だよね」


 マリアちゃんのそんな言葉にわたしは顔が赤くなる。ニカちゃんはそれを見て呆れをわずかに含んだ笑みを浮かべて見せた。今日の昼まで命の危機に陥ってた人とは思えない、穏やかさのある表情だった。


「さて、そろそろ上がりますわよ」


 彼女はそれ以上何も言わずにお湯から立ち上がった。目の前に小振りなお尻が来たアクセラちゃんは慌てて目をつぶる。その間にマリアちゃんとわたしも出て、最後にアクセラちゃんが床のタイルを見ながら出た。


「先に体拭いてていいよ」


 お湯を抜くために残るつもりのアクセラちゃん。残る二人がバスタオルで体を拭い始めたのを見て、わたしは彼女に近寄る。


「ねえ、アクセラちゃん」


「ん」


 彼女は浴槽の底に繋がる鎖を引っ張って栓を抜きながらこっちを見る。脱衣所の2人に聞こえないよう気を付けてわたしはニカちゃんの部屋で起きた不思議な現象について耳打ちした。一瞬、視界が自分を客観的に見る視点に代わったことだ。そのあと大量の感情が流れ込んできて、頭が痛くなったところで元に戻った。何かの魔法現象だと思うけれど、まったく思い当たる節がない。


「アクセラちゃんならもしかして、と思ったんだけど」


「ごめん、それは分からない。魔眼研究の先輩に聞いてみたら?」


「むぅ、そうだよね」


 わたしの魔眼は空白、能力のない魔眼だ。もしかしたら違ったんだろうか。これは何かの予兆なんだろうか。そう思うと期待も湧くけれど、どうしても不安が首をもたげる。


「大丈夫、たぶん」


「そうだといいけど」


 ションボリしながらアクセラちゃんに手を引かれて脱衣所へ向かうと、もう2人はいなくなってた。洗濯籠にそれまで着てた服が入ってるから、ちゃんと着替えに袖を通してもらえたんだと思う。


「アクセラちゃん」


 タオルを手に取るアクセラちゃんの背中に額をぶつける。べちんと湿った音がした。


「今日はみんな一緒に寝ようよ」


「狭い」


「なんか寂しいの。ね、だめ?」


 これは本当だ。ニカちゃんを連れて帰ってきてから、泣き腫らしたあとみたいな寒さと寂しさを感じる。


「……」


 うーんとしばらく唸った後、彼女は折れてくれた。やっぱりわたしのお姉ちゃんは優しい。


 ~★~


「やっぱり狭い」


 瞼を開けて小声でぼやく。『暗視眼』を使っていないのでうっすらとしか視界はない。カーテンの淵から月明かりが入って、そのお零れで隣に眠る背中が見えるくらいだ。それから俺が懸念した通り2人で寝ても十分広かったベッド、4人はさすがに多かった。夏だから掛布団の不足は気にならないけれど、お互いの体温で結構暑苦しい。


「すぅ、すぅ……」


 ベッドに入ってものの3秒で眠りについたマリアは穏やかな寝息を立てている。上から見ればマリア、エレナ、アレニカ、俺の順番なので真ん中にいる2人に比べればまだしも涼しいはずだが。


「ねぇ、アクセラさん」


 息遣いだけの囁きが聞こえた。アレニカのものだ。


「ん」


 喉を鳴らして応える。


「その、ずっと言えてなかったから、今のうちに言っておきたいんですの」


 言葉を探すようにゆっくりと囁きが語りかけてくる。胸元まで被ったブランケットがわずかに引っ張られて、彼女がそれを握りしめたことが分かった。


「あの日、あの、攫われた日」


「ん」


「た、助けてくれて、ありが、とう」


 意外と可愛いなこいつ。

 からかい甲斐のある娘だなとは思っていたが、こうして絞り出すように素直なお礼をいう姿はなんとも愛くるしいものがある。エレナが構いたがるのもなんとなくだが分かった気がする。


「エ、エレナも。ありがとう」


 掠れる声で言うと向こう側でもぞもぞと動く気配がした。彼女もまだ起きていたらしい。


「うん、どういたしまして」


「え、わっ」


 言葉と同時に腕がこちらへ伸びてきた。そのまま俺の襟を掴んで引っ張ってくる。


「アクセラちゃんも」


「……」


 アレニカから拒否は飛んでこないけど、いいのかな。

 抵抗感がないとは言えないがもう風呂まで入った仲だ。今さら抱きしめるくらい別にいいかとも思えてくる。


「ん」


 仕方がないので俺は体を横向きにしてアレニカを抱きしめた。反対側のエレナにも届くようにちょっと強く。全員同じシャンプーの匂いがする。


「おやすみ」


 これ以上の夜更かしは許さない。そういう意思を込めて言うと2人は反論することなく「おやすみ」と返してきた。それまで熱いだけだった人肌のぬくもりに、俺は何分とかかることなく眠りに落ちるのだった。


 ちなみに朝起きるとマリアがアレニカの上から抱きつきの陣に参加していて、家族に飢えていた少女は友人の真心に潰されていた。当然、下敷きだった俺とエレナの腕もびりびりに痺れていたわけだが、まあそのくらいは我慢しないとな。


~予告~

ネンスから連日呼び出されるアクセラ。

護衛として初の依頼は遠征中の釣り……?

次回、鈍る剣筋

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一響さん、最近の更新はお疲れ様です! すみません、最近は転職活動に時間を費やしました、そして全敗でした。。。 とりあえず、今話のエレナさんも可愛かったです!アクセラさんとのやり取りは尊いで…
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