八章 第12話 実地教育
「アクセラ、エレナ!」
ホテルのロビーに集まると、そこには既にアベルとレイルがいた。2人とも既にきちんとした服を着て、レイルに至っては剣と盾で武装も整えている。もちろん騎士甲冑を持ち歩くわけにいかないので茶色い昆虫素材の冒険用だ。
「マリアは大丈夫だったか?」
「ん、万全」
この後のプランを知らないマリアは部屋でぐっすり。類焼の被害がないようあらかじめ石造りの頑丈なホテルを選んで、エレナと俺が色々な属性の防御魔法を部屋に施した。彼女の部屋はちょっとした魔法要塞だ。途中で起きてパニックにならないように闇魔法で眠りを深めておくのも忘れていない。
「じゃあアベル、打ち合わせ通りに」
「はい。皆さんもお気をつけて」
俺とアベルが頷きあっていると、少し遅れて護衛の冒険者たちが駆け寄ってきた。それぞれ完全武装しているところを見ると、慌てて装備を整えて駆け付けたようだ。こればっかりは街の中での実戦に不慣れな冒険者より、常在戦場を叩きこまれて育ったレイルの方が早くて当然だ。
「アベル様、レイル様!」
名目上2人の親に雇われている冒険者たちは真っ先に少年の下へ集まる。一目で安全を確認するとすぐさま周囲の確認に半分が回るのはさすがの一言だ。伯爵家が雇うだけあって質が高い。所属は下ギルドなのか上ギルドなのか、少し気になるところだ。
「皆さん、こちらは無事です。レイルには念のため武装してもらいましたが」
「素早いご判断、流石です」
「いえ。いずれにせよこちらに賊が来ることはありえません。必要以上の準備になるでしょうね」
「と仰いますと?」
「例の賊は一度の仕事で二か所を襲いません。しかもこんな遠く、火の手も巡りにくい建物は候補リストの最後も最後ですよ」
アベルは落ち着いた様子で冒険者のリーダーに状況を説明し始めた。
「レイル、お2人を連れてマリアさんの様子を見に行ってください。問題がなければそこで警備を」
「おう!」
短く応じたレイルはマリアの客室がある方へ走りだす。その後について俺とエレナも移動すれば、冒険者たちは揃ってホッとした顔を浮かべた。離れ行くアベルたちの方へ耳を澄ませていると会話が少しだけ聞こえてくる。
「助かりました、アベル様。護衛対象が固まっていてくれた方が守りやすい」
「いえ、護衛は一旦中断です」
「……どういうことですか?」
「説明した通り、賊はこちらに来ません。これだけの高級ホテルです、火事場泥棒もあり得ないでしょう。加えてあのフォートリン家の長男が完全武装で一部屋を守っているのですから、過剰戦力もいいところですよ」
俺からすれば誇張表現もいいところだが。それでも貴族らしい正しさに対する自負心を前面に見せた喋り方に、冒険者のリーダーはとりあえず黙った。別にやり込められたわけじゃない。単純にああいう貴族を説き伏せるのは労力がかかりすぎるうえ、心証が悪くなると思ったのだろう。
「我々は一旦この街の代官の下へ向かいます。その後、必要があれば火災現場で救助活動をすることになるでしょう」
「は、はい!?」
護衛対象と共に問題の渦中へ飛び込む。その命令に冒険者たちからは虚を突かれたような声が上がった。
「隣領の嫡男が逗留していて、この状況に顔を出さないわけにはいかないんですよ。だから万が一を想定して警備のしっかりしたホテルを選んだんです。そんなわけで目下、僕が一番危ないんですよ」
半分自分を人質にした脅迫のようだが、義務と現状をうまく使った主張でもある。少なくとも冒険者たちにこれを否定する手札はない。本当はまだ学生の嫡男が冒険者を連れてまで駆けつける必要なんてどこにもないわけだが、冒険者たちはそれを知らないのだから。
「アベルってやっぱりあの家の息子だよな」
「ん、たしかに」
簡単な情報の段差を利用して冒険者を全員護衛から引き離す。同時に冒険者たちを職務放棄の咎に落としもしない。なかなか見事な立ち回りだ。
そっと感心しながらマリアの部屋の隣の部屋、俺の部屋へと向かうのだった。
~★~
時は少々遡り、トライラント家逗留の最終日。伯爵から呼び出され、「燃える斧」なる凶賊の話を聞かされた俺たちは談話室で話合っていた。絶対に反対し、絶対に心配するマリアには申し訳ないが黙っての事だ。
「凶族か、反吐がでるぜ」
吐き捨てるレイルにアベルも頷く。彼らの顔には嫌悪以上に義憤が浮かんでいた。というのも、「燃える斧」という賊は並大抵の賊じゃないらしいのだ。
「スプリートは元々木材が多い土地で、建造物のほとんどは木造です。そんな場所で火着けなんて……」
彼らは狙った商家や大店に火をかける。それも外周から燃えるように、逃げ場を潰すように。金目の物を手当たり次第に奪い取り、中にいた人間は片端から殺していく。何の必要性があるのかは不明だが、今まで生存者はたった1人とのことだ。その1人も証言ができる状態ではなく、高位の神官による回復魔法が施される予定だという。おかげで火の中、どうやって賊自身が動き回って逃げおおせているのかはまったくの謎。
「奴隷商売の疑惑もある」
ソファのひじ掛けを握りつぶさないよう手を離し、組んだ膝の上に移動させながら指摘する。かの凶賊が襲った商家、推定人数と死体の数が合わない事態が多発しているらしい。つまり金になりそうなものはモノだけでなく人も連れ去っている可能性が高いのだ。もちろんそんな手段で入手した奴隷は違法奴隷だ。
「なんとかできねえかな」
「さすがに……」
「できる」
「え!?」
レイルの言葉を否定しようとしたアベル。その言葉を俺が更に否定する。
「可能性のレベルだけど」
伯爵からの情報で役に立ったのは2つ。
まず「燃える斧」が最後に犯行を行ったのはスプリートにほど近い街で、つい先日のことだったというもの。その前はもっと離れていたので俺たちに態々言わなかったものの、タイミング的にスプリートで鉢合わせる可能性があったので共有してくれた。ただしスプリートより大きな街道沿いの街が似たような距離にあるので、そちらに向かうことも十分考えられる。
そして隣領での事件の件数について。本来はさらに西の領地で活動していた彼らだが、ハルバス子爵領に入ってから2か月で5件の犯行を繰り返している。その感覚は移動距離が大きく影響しつつも、それ以外のマージン部分が段々と短くなってきているらしい。
「トライラント家は政治経済に強いけど、盗賊の心理にはそこまでじゃない」
2つ目の情報から伯爵家は「燃える斧」が調子に乗っていると判断したようだが、俺に言わせれば違う。連中は歯止めが効かなくなってきたのだ。
「「燃える斧」はかなり大所帯の賊。盗品と移動速度から、実働以外に荷運びがいるはず」
行軍するとき、大所帯になるほど足は遅くなる。それが常識だ。ただし、盗賊の行軍はことなってくる。彼らにとって仲間は金と時間をかけて育てた部下でもなければ、互いに守るべき戦友でもない。落伍者がいれば見捨て、行った先々で破落戸を吸収し補充する。
「犯行ペースが上がっているのは大所帯になったから。集団を維持するため、あるいは集団としての凶暴性が増加したか」
火を使って人を殺す経験は人間の大切な部分を容易く破壊する衝撃的な体験だ。刃物や鈍器で衝動的に行う容易い殺しとは根本が違う。タガが外れた構成員はもっと、もっとと加速していく。もっと火を着けたい、もっと殺したい、もっと奪いたい、もっと犯したい。単純に全員を食わせるために金がかかるという場合もあるが、集団全体での殺意が高まりすぎて誰もストップをかけられない状態が末期の凶賊には意外と多い。走るほど加速がついて、しまいには自分の加速で倒れ込むようなものだ。
「頭目や参謀役はこれを嫌う。タガの外れた下っ端のせいで共倒れになるのは嫌だから」
「これだけ捕まらずにいるということは、そうした頭の回る人間もいるはずですよね」
「ん。だから一度どこかでペースを落としたい。飼い犬に手を噛まれないような方法で」
さらにこんな凶行、領主が看過するはずもない。一か所か二か所なら損切の対象になるかもしれないが、5回も繰り返されれば領民の反感や不信は酷いコトになる。国からの責任追及も発生し、怯えた商人が立ち寄らなくなれば経済も冷え込む。対策が必須となるのだ。実際、既にハルバス子爵は領軍を投じているらしい。
「でもハルバス子爵の領軍って弱兵で有名だぞ」
「そうなの?」
「おう。領軍対抗演習で接待する気だった成り立て子爵の軍がどう足掻いても負けられなくて苦労してたって、親父が言ってた」
え、弱っ。
「まあ、実際今回のコトでも領内の各都市へ均等に軍を置いて守っているそうですし」
なんだそれは。物理的に来るわけのない都市まで守る意味がどこにあるんだ。
「その、商業には明るい方なんです」
だとしたら軍事は軍事が分かる人間に一任すべきだ。
とそんなことを指摘しても始まらない。俺の意見が反映されるわけでもないし、反映されところで現場がすぐに対応できるわけでもない。有用なタラレバまで否定する気はないが、基本的にそれらは役立たずの事の方が多いのだ。
「ん、まあ、それでも領軍はプレッシャーにはなる」
前回の襲撃の時から全ての都市に均等配備しているなら、少なくとも一回は盗賊に出し抜かれていることになるわけだけど。
「で、一旦安全に集団を落ち着かせて、かつ軍の圧迫から逃れる方法……1つあるよね?」
「そんな方法……あ、違う領に向かう!?」
「そう」
そうなると陸路より水路の方が足取りを悟られにくく、遠くまで逃げることができる。普通の盗賊は土地勘のあるホームから離れたがらないが、既に一度領の境界を超えている移動型の賊だ。
「あり得ますね……アクセラさん!今の話を父に」
「それは駄目」
椅子から腰を浮かせたアベルを言葉で留める。
「な!ど、どうしてですか……?」
彼の驚きはもっともだ。本来の最善手は伯爵にこの仮説を伝え、ハルバス子爵へ連絡を入れてもらうコトだろう。果たして伯爵と子爵がこの説を支持するかは未知数だが。
「いくら伝令が早くても私たちの方が早くスプリートに着く」
なにせ俺たちはガウルフから最も近い都市へ向かうだけ。対して伯爵が伝令を贈っても行先はスプリートからさらに内陸へ進んだ領都になる。最速でも俺たちが到着する頃に子爵が情報を手に入れることだろう。
「それに今からハルバス子爵が動いても間に合わない」
先ほども言った通り、正規軍は賊より足が遅いのだから。
「だから、鉢合わせしたら始末しよう」
さらっと言ったからか、アベルはしばらく意味が分からないような顔でポカンとしていた。それから脳が回転し始めると、堰を切ったように反対意見が飛び出す。
「アクセラさん自分で言いましたよね、数が多いって!どうするんですか!?」
「実行部隊だけなら一人でも対処できる」
「そんな馬鹿な……いや、そうとも言えないんでしょうか?いや、いやいやいや、無理でしょ!?よしんば可能でも残りの運搬部隊はどうするんですか!」
「主力がいなければ配備された領軍でなんとかなる。それくらいは自分でしてほしい」
「ま、まあそれは確かに。じゃ、じゃあ僕たちよりずっと後に来たら!?」
「その時はスプリートの代官から領主に伝わるようアベルが手を回して。対応が済むまでの間、私が自費でしばらく冒険者ギルドに依頼を出す。火に強い上級の冒険者を数人常駐させてもらえるように」
「……」
ここまで言えばアベルとて黙るしかない。彼が実力を理解し戦闘におけるセンスを信頼しているレイルが、俺の一人で大丈夫という発言に異議を唱えていないのも大きい。
ここらで一度アベルにも俺の実力を示しておいた方がいいかな。交渉のこともあるし。
既に呑んでもらっているとはいえ、結んだ契約が旨みのあるものだったと思ってもらうのは大切なことだ。今後の関係にも影響する。
「アクセラちゃん」
すると、それまで黙っていたエレナが俺の名前を呼ぶ。彼女を見れば、その目には意を決したような強い光が宿っていた。
「アクセラちゃん、わたしも、やる」
絞り出すようなその申し出に、俺は心の内でにんまりと笑みを浮かべる。最初から提案するつもりだったし、なんなら申し出自体がエレナに教育の場を用意する目的だった。それでも俺から提示するのではなく、彼女の方から言いだしてくれたことは嬉しい限りだ。
約束通り急かす気はないけど、せっかくそこに教材があるんだからね。
「いいの?」
心中の笑顔はおくびにも出さず、神妙な表情で問い返す。ただ、この確認も偽らざる心だ。なにせ盗賊を相手にする以上、殺すという選択肢を念頭に置かなくてはいけない。
違うな、それは俺の場合だ。
エレナはこの戦いで殺すことを大前提とし、必要なら生かす選択肢を考慮する必要がある。以前、地下墳墓の奥底で躓いた部分だ。本当に今度は躓かないのか、躓いたとしてそれを自分でリカバリーできるのか。それをこそ問われる場となる。
エレナは覚悟について時間を置きたいと言った。経験を得るための時間を、考えるための時間を。そして時間だけならそこそこ経った。経験としてもいくつかはあったはずだ。それらを踏まえて、これまでの人生で見聞きし体験したことを再評価したことだろう。だから今回のことは重要な試金石になるのだ。他ならぬ彼女自身にとって。
待ってあげるって約束もしたしね……中間発表くらいに思っておくけどさ。
「……うん。わたし、やる」
言葉少なに頷く少女。俺はそれ以上念押しをするような野暮なことはしなかった。
結局、同じく対人戦を経験したいというレイルを加えた3人で対応にあたることがこの話し合いで決まった。アベルは話が進むと諦めたのか一転して積極的に案を出し、護衛の冒険者を遠ざける役を買ってくれた。
つまり、本物の凶賊を教材にした実地訓練はこのようにして決まったのである。
~★~
窓から出て大通りの一本裏を抜けた先、4階建ての木造建築が二棟並んだ大きな商家が轟々と音を立てて燃えていた。赤い外炎が空を染め上げ、光そのものとも言うべき芯炎が風と木を咀嚼し、真っ黒な煙が全てを隠そうとする。
「おい、これ大丈夫か」
「ん、大丈夫なわけない」
レイルの素朴な疑問を叩き落とす。表通りの側には騎士や火消しが集まっているが、あまりの火の手にほとんど何もできていない。魔法使いはいないのか、いてもそこまでの力量ではないのか……スキルと魔法を併用すればこの豪炎の中でもしばらくは活動できるはずだが、どうにも動きが鈍い。
「ん、そういうこと」
「アクセラ?」
「火消しはこの炎に入れるけど、賊と戦えない。騎士は火の中に入れない」
だからこのまま建物が燃えるに任せ、逃げようとする賊だけでも討ち取ろうというのだろう。その証拠に周囲の建物には『火消し』の消火スキルよる類焼妨害が施されていて、少し角が焦げたくらいの被害しかない。
「いや、オレらはどうするんだよ!?」
「もちろん魔法でいく」
俺とエレナはアイコンタクトを取って同時に魔法を唱え始める。効果を持続させるため魔力糸と詠唱を全てつぎ込んだ渾身の魔法だ。
「火の理は我が手に依らん」
「水の理は我が手に依らん」
「闇の理は我が手に依らん」
「風の原理は我が手に依らん」
「光の理は我が手に依らん」
「氷の理は我が手に依らん」
俺は火や熱をある程度無視できる防御系の火魔法フレアシンパシー、炎の光から目を守る付与系の闇魔法シャドウズサイト、肌に到達する光を捻じ曲げて熱を減らすための付与系の光魔法ライトベンドを。エレナは炎熱から身を守る防御系のウォーターヴェール、酸素供給を確保するオリジナルの風魔法オキシラング、常時体の周囲の温度を下げる付与系の氷魔法アイスヴェールを。交互にかけた幾重もの魔法によって今ならこの建物に飛び込んでも多少熱い程度ですむ。
「火災現場で戦おうと思えばこれくらいの魔法が必要」
「まず無理だな、これは」
レイルがいつものような魔法に対する感動より呆れを表すあたり、これがどれだけ贅沢な魔法の投与かわかる。『火消し』や『消火士』のような『消火』系ならもっと楽に済むが。
「むぅ、多分この炎にはそのスキルでも難しいかも」
唸るエレナに先を促す。
「これただの炎じゃないよ。魔力が練り込まれてる、たぶん魔道具かなにかの炎が火元だと思う」
「なるほど、それでこの火の回り」
たしかに騒ぎの始まりから火の回りが早すぎる。魔道具によるものなら、それもあるいは。
ん……?
「エレナ、魔眼で建物の中を見て」
「え、うん」
少し首を傾げたあと、彼女はすぐに目を建物へ戻す。魔力強化も併せてじっくりと眺めたエレナは「あ!」と声を上げてこちらへ振り向いた。
「中はあんまり燃えてないよ、これ!」
「やっぱり」
魔導具で火を操作できるのなら内側まで燃やす意味がない。外側だけ散々に炎上させて侵入を拒み、中では悠々と盗みを働いているのだ。となれば執拗に人を殺している理由も分かる。抵抗できる状況にあるのだ、中は。
「となると」
「おう、そうだな。まだ生きてる人間がいるかもしれねえ」
当初は火を避ける魔道具かスキルを持った犯人が動いているのだと思っていた。ここまで燃えていたら「燃える斧」の面々以外既に死んでいるはずと。しかしそうでないなら急がなくてはいけない。
「エレナ、戦闘用の魔力は大丈夫?」
「余裕だよ、アクセラちゃん」
力強く頷くエレナ。
「心は?」
「……たぶん。ううん、違うね。まだ怖いし、殺せるかは分からないけど……もう立ち竦んだりしない」
それだけ言えれば十分だ。きちんとここまでの道中で悩んだだけのことはある。
「ん、わかった。レイル、エレナのカバーをお願い。前衛後衛の役割分担をしっかり行って。私は救助をメインにする」
「まかせろ、騎士の本領だぜ!!」
作戦はいつだってシンプルだ。突入して制圧する。それだけ。
「どうしても危険だと思ったらコレを使って」
ベルトのポーチから大きめのクリスタルを2つ取り出してレイルに押し付ける。片方は赤、もう片方は黒。それぞれ火と闇のダンジョンクリスタルだと一目で分かる代物だ。ただしどちらも表面には真鍮色の複雑な線が刻まれている。よく見ればそれがクリスタルの表面を削って溶けた真鍮を流し込んだモノだと分かるだろう。
「これは?」
「赤は魔力を流し込んで相手に投げる、攻撃用。黒は二人で身を寄せ合って、持ったまま逃げる用。どうしようもなくなったら使って。使わずに済んだら返して」
「お、おう」
「それ一個でレイルの鎧が3式買えるから」
「いや、ちょ、おま!?高えな、オイ!!」
レイルがクリスタルを取り落としそうになり、わたわたとお手玉したあと無事にキャッチしなおす。
「あ、あっぶねぇ」
落としたくらいで壊れたりはしないけど気を付けてほしい。ダンジョンクリスタルの表面を綿密に削り取るのは中々に神経のいる作業だったんだ。値段より労力の方が俺には負担が大きかった。鎧3式という値段も材料費のみで俺の人件費や技術料は含んでいない。
「さ、行こう」
「うん!」
「おう!」
装備の確認を最後に済ませて、俺たちは燃え上がる建物へ足を踏み入れた。
~予告~
凶賊「燃える斧」に挑む一行。
初めての死地でエレナとレイルは現実を噛み締める。
次回、業火の中で




