八章 第11話 スプリートの港市
「「「「「「お世話になりました」」」」」」
唱和してそれぞれに礼をする。トライラント城の居住エリア、俺たちが最初に到着し迎え入れられた場所にはあの時と同じ面々が揃っている。違うのは馬車の数が一台多いことくらい。
「あまりもてなせなくて済まなかった」
「本当はもっとお話を聞けるはずだったのだけど……」
当初の雰囲気より随分と親しみを込め、心底から残念そうな顔をする夫妻。ビーチの水底に大量発生していたミスティックケルプの件をはじめとして、他にも対応せざるを得ない問題がいくつか発生していたらしい。その最たるものは湖の南半分で停滞している雨雲か。
遠目にも暗雲と雨が見えるもんな……。
ファールッツ湖の中心に沈んでいるという遺跡を見に行くプランもあったのだが、それは付近に留まる謎のシケで中止となった。ただまあ、遺跡にいい思い出が微塵もない俺とエレナはむしろありがたいくらいだ。なにせ異常気象、水底の遺跡、魔物の増殖と状況が揃ったところにトラブル体質の俺たちが行けばどうなるか、大体予想はつく。
「いえ、とても楽しかったです!」
俺の辟易とした感想など誰も知らぬまま、全員を代表して元気よくレイルが応えた。
「そう言ってもらえると助かる。来年も必ず来てくれたまえ、今度は遺跡を私自らが案内して見せよう」
嘘か本当かわからないようなトーンで言う伯爵。
来年は北に涼みにでも行こう。
伯爵はそれから息子へ向き直って顔を厳めしいものへ変える。見据えられたアベルは俺たちと同じ側に立って、同じく旅装を纏っていた。
「アベル、この夏を有意義なものとして過ごしなさい。多くを見て、多くを聞き、トライラントの名に恥じぬ男になりなさい」
「はい、父上」
そのまま聞けば心温まる父から子への言葉。しかし実際は違う。アベルは初日の別行動以来何かを思い悩んでいた。加えて昨晩の話……きっと彼は伯爵からオルクスの偵察を頼まれているはずだ。情報収集を怠らず、情報を武器とする家の人間として経験と実績を積み上げろ。そういう意味が含まれている。
「……」
と、思うんだけどどうなんだろうか?
見つめてみても親子の顔から事情は見えてこない。ただ本来の予定ではアベルはここで一行を離れ、学院で合流するまで実家に泊まることになっていたのだ。それが今朝、突然俺たちに同行することになったと伯爵が発表した。予定にうるさい真面目の化身であるアベルがそれを動揺なく受け入れたことが決定的だと俺は思っている。
オルクスの実態と俺のことを調べて今回の取引を見極めるつもりなら、むしろ願ったりかなったりだけど。
王家から伝わっているはずの情報戦について探りを入れてくるつもりなら多少の警戒をすべきだ。ということはアベルを警戒しなくてはいけないわけで、俺ですら気が重い。こんな思いをずっと抱えていなければいけない当のアベルはいかほどかと思えば、ここしばらくの悩み様も納得がいく。
貴族はままならないとはいえ、この年頃の少年にはストレスだな。
今こうして比較的穏やかに過ごせているのは、昨日の話でひとまずの落としどころを自己の内に見出したからかもしれない。もしそうなら、ない知恵を動員して喋った甲斐が少なくとも一つはあったということか。
「アティネちゃんとティゼル君はこれからご実家ね?ご両親によろしくお伝えしてちょうだい」
「はい、必ず」
浅めのお辞儀を返す姉弟はこのままアロッサス子爵領へ向かうことになる。道は真逆で次に会うのは学院でのことになるだろう。昨日今日とたっぷり別れは惜しんだので今さらどうこう言うこともないが、道中の安否に関しては俺たちも心配だ。
と、俺のそんな心情を読んだ訳じゃないだろうけど、伯爵がありったけの心配を顔に浮かべて俺たちへ視線を戻す。
「気がかりなのはむしろ残りの君たちだ。やはりルートを変えるつもりはないのかね、レイル君」
「え、あー……」
アティネたちから視線を移した彼は、虚飾も誇張もない率直な感情を込めた目でレイルを見る。そのレイルはというと、一瞬困ったように俺に目を向けた。それはこの決定が俺の意思であると明確に示してしまうものだったが、あえて指摘する人間はいなかった。わずかに細められた目配せを伯爵から喰らったくらいだ。
「そ、そうですね。安全には十分気を付けますので」
「そうか。そこまで言うのならもう止めはしない。だがくれぐれも気を付けてくれたまえ」
これから俺たちが辿るのは学院で計画していた通りのルート。西へ向かいハルバス子爵領を通って北上する道だ。
「いいかね、くれぐれもだぞ。くれぐれも冒険者たちから離れぬよう、くれぐれも己の実力を過信せぬよう、くれぐれも……」
「あなた」
「……とにかく、気を付けてくれたまえ」
いささか声に熱が籠りすぎの伯爵を夫人が諫める。すると彼もそれ以上は言わず、複雑な心中を覆い隠すように咳払いをして一歩下がった。いつの間にかにじり寄るように俺の方へ身を乗り出していたのだ。
予定通りの道であるにも関わらず、こうも伯爵が心配と警告を半々にしたような言葉を重ねるのは、ひとえにハルバス子爵領にて出没している賊の存在がゆえだ。その名を「燃える斧」。都市の中で外道働きを繰り返しては逃げおおせている、いわゆる凶賊の類だ。
「それでは、くどいようだが気を付けて」
念仏のようにそればかり唱える伯爵だが、俺はそれを鬱陶しいと思うより畏敬の念でもって見ていた。彼はその優れた勘で何かキナ臭いモノを嗅ぎ取っているのだろう。だからこそこれほどまでに繰り返し言い聞かせている。
でもそれは無理だよ、伯爵。ごめんね。
「お世話になりました」
最初と同じ挨拶を繰り返してから俺たちは各々の馬車に乗る。
「じゃあね、皆。また学院で会いましょう」
「また学院で。土産は期待してるよ」
アティネとティゼルは何か決意を胸に秘めているような、そんな表情で。
「おう、また学院でな!」
「僕たちもお土産に期待していますよ」
「か、体に気を付けて、ね?」
レイルとアベルはうっすらと力みを見せつつ、マリアは朗らかに。
「あの、またね」
エレナは言葉少なに。
「ん、次合う時には色々教えて」
俺はいつも通り手を振って。
~★~
港町スプリートはトライラント領都ガウルフへの道すがら立ち寄った場所である。穏やかに流れる2つの川が合流し、ユーレントハイムを貫く最大の水源たるフラメル川が生まれる土地。その岸に作られた町は素朴でありながら活気に満ちている。
「でも、物々しいね」
眉をしかめて難しい顔を浮かべるエレナ。停泊しているとはいえ、船の上にあって彼女は酔った様子がない。ガウルフの薬屋で見つけた酔い止めはまさに神の霊薬かというほど効いて、少なくとも帰りの船でグロッキーになる予定はなしだ。
「それはまあ、仕方ありませんよ」
船員に促されてタラップへ歩を進めながら、アベルが困ったように肩を竦めて見せる。今、このスプリートは実質厳戒態勢なのだ。「燃える斧」がスプリートにほど近い街で仕事をしたということで、次はここかと誰も彼もが怯えている。
「街の中で盗みをする盗賊というだけで恐ろしく、また珍しいために対処が難航している彼らです。その上手法は極めて残虐。領主も躍起になっていることでしょう」
船を降り切ってまず目に入るのは大通りと軒を連ねる商店だが、かしこに武装した集団が配置されていたり歩き回っていたりする。エレナやアベルの言う通り、活気に溢れた港町の市場と言うには物騒すぎた。
でもまあ、港側を警備するのはいい判断だよね。
都市結界と合わせて人類の拠点を守る高い城壁はこのスプリートにも存在している。まあ、ここは壁を有する町では最小規模の一つになるわけだが。それでも魔物や魔獣を想定した壁だ、大人数の賊が簡単に侵入できるほど穴だらけではない。となると一番ありえる突破口は港側、フラメル川に接する壁のないエリアだ。
「さて、市場に行きましょうか」
空気を入れ替えるようにアベルが手を叩く。港から正門まで真っ直ぐに貫く大通りは大小様々な店が立ち並ぶ商店街だ。同じ港湾都市のアポルトと比べると木造建築が多く、サイズや様式がバラバラであることが特徴的だった。同時に品質も良品から粗悪品までが入り乱れているのも面白いところ。
「食べ物から武器、骨董品、魔道具まで色々揃うらしいです。ただ目利きができない以上はあまり高い買い物をしないよう心掛けた方が良さそうですね」
「たしかにな」
「剣なら私が目利きできる」
「あ、た、食べ物ならできる、よ」
「エレナが魔道具には詳しい」
「う、うん」
何かを警戒するように周囲を見回しながら応えるエレナ。この挙動不審さには当然理由があって、それは俺によるところが大きい。ただリラックスしろと言われてできるなら誰も苦労しないように、今の彼女には楽しい事を経験させる以外にどうもできることがなかった。
「さ、行きましょう!」
再度手を叩くアベルの先導で俺たちは渾沌の屋台街へ足を踏み入れる。市場は屋台から始まって掘っ立て小屋、頑丈な小屋、まともな建物、数階建ての建物とグレードアップを果たして最終的に一件の立派な商業施設へ到着するようになっている。そこからはまた逆順で退化し、門のあたりでは屋台に戻るのだ。
「あ、よく分からない食べ物と生モノは食べないでくださいね。今日明日はまだなんとかなりますけど、それ以降でお腹を壊したら困ったことになりますから」
食中毒は大体すぐに症状が出る。一日以上経ってからということはほぼ確実に寄生虫。旅の最中にそれは命に関わる。
「ん、魔法の触媒が売ってる」
「珍しいのか?」
「珍しいですね。触媒魔法を使う人はほとんどいませんし」
ダンジョンクリスタルを属性変更の触媒にした触媒魔法は自分の適性以外の魔法が使える。そのかわり魔力の効率はガクッと下がり、制御も非常に甘くなるデメリットがあった。
魔力糸を使えば制御系の問題は解決するけどね。
ちなみに浜辺で俺が使った、エレナの体を触媒にするような触媒魔法はエクセララでも使い手がいない技だ。使う側と触媒になる側が双方魔力糸を使えないと成立しないので。
「あ、あれは、何かな?」
「お、あれは知ってるぜ。マルロダイトって金属だ。見た目よりずっと重いから重量が必要な武器の材料にされるんだぜ」
「ん。マルロダイトは太刀筋が綺麗に取れないから、刀対策の鎧にロンドハイムが注目したことがある」
「重すぎたんじゃねえの?」
「ん」
試作品のマルロダイトの鎖帷子を着た男が倒れた拍子に全身の骨を砕かれて死ぬという事故があってからロンドハイムも装備にすることを諦めたとか。付与魔法との相性が悪く軽量化できないことが最大のネックらしい。
「あれはフロストドラゴンの鱗と書いてありますが、さすがに違いますよね」
「フロストドラゴンの鱗がこんな場所で売ってるわけねえだろ」
「たぶん鱗獅子の鱗を天日干しにして色を抜いたもの。ユーレントハイムに生息しない魔物だから分からないと思ってる」
「だとしてもフロストドラゴンはねえよ」
上級の竜種に分類されるフロストドラゴンは青味がかった白の鱗を持つ中型魔物だ。俺も本物を見たことはないが、聖王国よりさらに北の山脈には群れで住んでいると聞く。お値段はおそらく小さい一枚で俺の装備一式より高い。鱗獅子なら今の手持ちで250枚ほど買えるはずだ。
「鱗ならあっちを買った方がいい」
そう言って俺が指さす先には硝子細工の鱗。精巧なタッチで魚のそれを象ったペンダントだ。
「わ、わぁ……」
光をキラキラと分解して広げる複雑な造形にマリアが嘆息する。それを見て俺とアベルがレイルの脇腹を突けば、彼は無言で婚約者の手を取って屋台まで歩いて行った。
「エレナも何かいる?」
「あ、うん」
半分ほど話を聞いていなかったような反応を返したあと、エレナはしばらく視線をうろつかせてから一か所を指した。結構遠くに見える店の窓を。
「あれ見てみたいかな」
「魔導銃?」
その店から先はしっかりとした店舗が並ぶエリアで、距離もあってかなり目を凝らさないと中は見えない。その証拠にアベルは糸のように目を細めながらもまだ見えないようだ。
そういえばもう何年も同じ眼鏡を掛けてるような……そろそろ新調した方がいいんじゃないかな?
「レイル、少し先の店にいるから」
「おう、後で行くぜ!」
硝子の鱗はいくつか色があったようで、店員から見せてもらったマリアが難しい顔で首をかしげていた。首と言うか、腰のあたりから体全体を使って傾げている。
「エレナ、魔導銃に興味あった?」
「あるけど、わたしのじゃなくて」
眉根を寄せたまま歩きだした彼女の後を追う。言いにくい事を言わないまま説明をしようとしているかのような、うまく言葉が繋がっていない感のある呟きを漏らしている。
「えっと、魔導銃って僕イマイチ分かってないんですが」
空気の微妙さ加減を理解した上でアベルが助け船を出してくれる。エレナは少し考えたあと気合いを入れるように大きく息を吸った。助け船だったことに彼女は気付いているのだ。無下にしないように乗っただけのことで。
「魔導銃は魔道具には珍しい武器タイプのものだよ。ある意味、触媒魔法みたいなものだけど」
魔導銃はディストハイム以前に生まれた火薬銃という武器の流れを汲む武器だ。火薬銃は火神系の中級神が使徒に与えた武器をもとに量産が試みられたモノだったが、その使徒のために用意されたスキルに量産品の強度が耐えきれなかった。
「『銃爆』のスキルは火薬に色々な付与を施して使うスキル。量産の火薬銃で使えば一発で銃身が吹き飛ぶ。しかもそれ以外に火薬銃を使うスキルはない」
その神は使徒に与える以外でそのスキルを使うように想定していなかった。火薬銃を誰かが使い込んでスキルまで昇華させればあるいは主流武器の一角になったかもしれないが、誰もスキル化なんて理論を知らない時代にそんな狂人は現れなかったらしい。もちろんスキルなしの銃撃なんて魔獣に効くわけがなく、現代で火薬銃を見かけることはまずない。
「エレナさんもですけど、アクセラさんも詳しいんですね」
「……ん、神話は好きだから」
俺の転生用の肉体を作る間、ミアから聞いた昔話の1つだ。ちなみにこの一件以来、戦争に利用されることがないからと神々の間では再現性の低いスキルを使徒や勇者に与えるのがトレンドになっているのだとか。
「それで、エレナさん。魔力銃の仕組みはどうなんですか?」
「形は狙いがつけやすいから火薬銃に習ったらしいよ。魔力を注ぐと銃身の中の触媒と魔法陣が魔法を作りだして撃ち出してくれるんだって。エクセララの最新式は魔法で銃弾を撃ち出す火薬銃に似たタイプもある、だっけ?」
「ん」
「まあ、今はほとんどこんな風に飾りだけどね」
店までたどり着いた俺たちが見つめる先、ウィンドウの中には金色の銃身に握れないくらい複雑で刺々しい彫刻の刻まれた一丁の銃が置かれていた。
「魔道具だし、作ってる人も少ないから……お金持ちが装飾品にするんだって」
たしかに美しいが、武器の本能を奪われた哀れなシロモノがそこには展示されていた。
「まともな銃があるかと思ったんだけど、ないみたい」
ウィンドウ越しに店の中を覗き込んだエレナが肩を落として言う。たしかにそこは魔道具屋でも武器屋でもなく骨董屋のようだった。
「なんで突然魔導銃?」
「アレニカちゃんにいいかなって」
「「!」」
その名前に俺とアベルの体が強張る。そわそわと金の銃を見るエレナには悟られなかったようで、そっと胸をなでおろした。
「ど、どうしてアレニカさんに魔導銃を?」
「むぅ……言っていいか分からないから言えない。ごめんね、アベルくん」
「いえ、他人の事ですから仕方ないと思います。不用意に聞いた僕も悪かったと思いますし」
魔導銃か……複雑な上に素材も高値で設計ミスは命取りになる代物。それゆえに高レベルのスキルを得た職人でも手を出さないことが多い武器。
でもまあ、魔道具だしね。
「いっそ作ってみようかな」
息と共に漏れ出たような呟き。それは俺の到達した考えとまったく同じものだった。
~★~
硝子の鱗以外特に買い物もしないままショッピングを終えた一行は宿にチェックインをして、夕食を共にしたあと早々に部屋へと引き上げた。船旅の疲れもあるし、明日からの馬車旅のためもある。なにより今日起きるかもしれない用事のためもあった。マリア以外の全員が仮眠を取りたいと思っていたのだ。
「アクセラちゃん」
1人用のベッドに横たわる俺とエレナ。息がかかるほどの距離で目を閉じていると囁くような声が聞こえた。窓から入る月明り以外光源のない中で瞼をあげる。不安そうな少女の顔がすぐそこにあった。
「来ると思う?」
「たぶん」
「……」
「大丈夫、なんとかなる」
その言葉にエレナの手足から少しだけ力が抜ける。不思議なものだ。たった一言の言葉なのに、俺も何度も救われて来た。時には弛緩剤のように、時には気付け薬のように、時に強壮剤のように。
「魔導銃、組んでみる?」
「え?」
「昼間、呟いてた」
「そうだっけ?」
今はそれ以上の悩みがあるからか、自分で口にしたその発想すら押しつぶされて頭から消えていたらしい。
「かなりクセの強い魔道具で改良の余地もたっぷり。いいテーマになると思う」
魔導銃の基礎的な構造は俺も分かる。あとは実物があれば、エレナの発想と頭の良さでなんとかなる範囲だ。エクセララで行われている発展研究の極致にもなれば、いくらエレナでもすぐに理解し参入することは無理だろう。しかし魔導銃はなんだかんだ昔からある品物だった。
「エレナにその気があれば、明日から教えてあげる」
「うん、ありがと」
微笑みを浮かべた彼女は、そっと足先で俺の足の甲へ触れる。何かを言おうとしているのか、視線を彷徨わせたあと数度口を開閉してようやく声を出した。
「ニカちゃん、アレニカちゃんて、魔法が使えないんだって」
「ん」
「魔力過多症でたぶんわたしより、もしかするとトレイスくんより魔力があるかもしれないのに。それで自分が無能だと思って、ずっと抱え込んでる風だったから」
「魔導銃で戦えるようになれば変わるかもって思った?」
「うん」
戦う技は手っ取り早く自信に繋がる。何かを破壊できる力、何かを圧倒して優位に立てる力。それは自分が凄いという感覚を教えてくれる。もちろん上には上がいるし、力に飲まれた人間の末路はいつだって悲惨なものだ。それでも自信はつくのだ。
「アレニカがなりたいのは戦士じゃない。それでも自信になると思う?」
そう思いながらも意地の悪い質問をする。俺が分かっていることをエレナが分かっているとは限らない。特に人生経験を必要とすることは。それは知識として詰め込んでも多少しか伝わらず、また多少なりとも伝わるという難しい分野だ。
「むぅ、わからない。でも魔道具が助けになってくれれば、わたしにもできることがあるのになって」
エレナは自覚していない。幼少から類稀なる才能を努力と好奇心で育ててきた彼女の力は強く、それが自信と慢心に繋がっていることを。切り離せないその2つのバランスをどうするかこそが、本当に考えなくてはいけない部分なのだ。
ま、それを14の子供に言うのは無理難題だな。現時点では即頷かないだけで及第点。
「この前のこと、悩んでる?」
「ちょっと」
アレニカが攫われたのはエレナの件とはまた別だ。たまたま居合わせて、アレニカは正しい事をしようとした。その矢先に別の犯人によって連れ去られたのだから。
そんなこと、賢いエレナなら分かってるよね。
これは気持ちの問題だ。
「あとニカちゃん、本当にこのまま貴族として生きて幸せなのかなって、ちょっとそんな心配もしてるかも」
「ん、なるほど」
たしかに彼女の心配はごもっとも。俺はその場面を見ていないのでなんともだが、かなりアレニカは無理をして普段から貴族らしい振る舞いをしているらしい。エレナは知らないことだが、そこに例の噂が重なっているわけで。
でも魔道具を魔力過多症の人間の、いわば可能性を拡張する装置として使うのは面白い発想かもしれない。
「ね、エレナ」
「何?」
「夏休みの間に組んでみよう、魔導銃」
「夏休み中に組み上げるの?」
驚いたように目を丸くするエレナ。確かにかなり急ぎ足な提案だ。でもできなくはない。
「ん。それで夏休み明けにアレニカにプレゼントしてあげたらいい」
誰かがそれだけの手間をかけて自分を想ってくれている。そう知れるだけできっと支えになる。
「……うん、頑張ってみようかな」
ほんの小さな微笑みだが、エレナの口元に笑みが戻った。優しい空気が薄いブランケットの中を満たし、彼女はもぞもぞと俺に抱きついて来る。まるで小さな子供が甘えるようにぐりぐりと胸へ押し付けられる頭。俺はそれを抱きしめて優しく撫でてやった。
カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン、カーン!!!!
そのまま眠りにつこうかという頃、外からけたたましい鐘の音が鳴り始めた。
「エレナ」
「……うん」
それまでの暖かさは消え、腹をくくった魔法使いの顔でエレナが起き上がる。俺も身を起こして窓へ視線を投げかけた。月の白い光を押しのけて赤が空に映っている。火の手が天へと向かって伸びているのだ
「来た」
~予告~
燃え上がる港町。
試される少年少女の覚悟。
次回、実地教育




