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八章 第8話 猛暑の惑い ★

※※※お知らせ※※※

六章末に「六章 大体ここを見れば思い出せる!キャラ&魔物紹介(第三版)」を追加しました。

その結果、最新話のブクマがずれているかもしれません。ご了承ください。

また、随時キャラ紹介は模索しつつ実装していきたいと思います。

ぜひ感想やDM、Twitterにて仕様の提案や要望を投げてやってください^^

2020年4月24日


 走る。ただひたすら走る。足の下で水が反発する不思議な感触。それを踏みつけてひたすらに走る。後ろから迫るアティネを撒くために。


「あ、足はっやいわねアンタ!ほんとに人間!?」


「冒険者だから」


「人間辞めてる理由を全部冒険者だからで片づけないでくれるかしら!?」


 なんだかんだ言いつつこの不安定な水面をずっと追いかけてくるアティネも大概だと思う。なにせ水に浮くと言っても波の影響は受け続けるのだ、歩きづらい事この上ない。


「ま、まってぇ」


 それが証拠にマリアはよたよたと生まれたての子鹿のように覚束ない足取り。

 しかしまあ、走るとすごいな。アティネって。

 そんな馬鹿なことを考えながら、今俺たちがしているのは水上鬼ごっこだった。エレナの魔法ハイドロステップで水面に立てるようになった状態で、普通のルールの鬼ごっこをするだけのシンプルな遊び。ちょっとしたトラブルで潜水が禁止になったので、その代替に始めたのだ。


「もらったぁ!!」


 力強い踏み込みと共にアティネの両足が水面を離れる。ちょうど来ていた波を足場に飛距離を稼いで跳びかかって来たのだ。


「甘い」


 俺は逆に小波へ足を向けて反発力をブレーキとし、体を大きく捻じって拳を振りかざす。


「ん!!」


 魔力強化した拳を湖に突き立てる。込められた力が水を一瞬叩き潰し、次の瞬間には水柱が吹きあがった。


「わぷっ!?」


 顔から水の壁に突っ込んだアティネが悲鳴すら上げられずに撃沈。俺は打ちあがった水の天辺を足場に更なる上空へ跳びあがる。太陽光にキラキラ輝く飛沫を纏ってマリアのすぐそばに着水。体重と勢いが反発力に勝って頭の上まで水中に没し、すぐ湖から吐きだされる。


「ぷはー」


「ハイドロステップって水ならなんでも乗れるんだ……しらなかった」


「水に対して反発する力場を形成する魔法。水があれば理論上、どんな状態でも足場にできる。一時的でよければだけど」


 完全に水を地面のように扱えるわけじゃない。飛沫レベルだと乗れないことも多いし、崩れゆく水柱も難易度はかなり高い。それができるのは戦闘経験の多さと『獣歩』による高度な空間把握のおかげだ。


「冷静に分析してんじゃないわよ!」


「ちょ、アティネちゃん水着!」


 がばりと身を起こして吼える暗紫の姫君。その水着は水に突っ込んだ衝撃で半分脱げ掛けていた。指摘を受けて手早く乱れを整える彼女は、同時に新しいルールの追加を提案し始める。


「鬼ごっこのルールが対応してない状況が多すぎるのよ、アクセラ相手だと。だからルール追加!いいわね?」


「そもそも水の上でする遊びじゃないからね」


「誰よりも陸と同じくらいアクロバットしてるやつが言うんじゃないわよ」


「で、でも、私、これ以上、ルール増えたら、も、もう、動けないよ……?」


 へとへとのマリアが膝から崩れ落ちる。足以外は反発しないのでばしゃりと体が沈み込んだ。そのまま死体の如くうつ伏せにぷかりと浮かぶ。


「ま、まあ、そんなに泳げないから、これだけでも、た、楽しいけど……ごぼごぼ」


 顔を横に向けて水音混じりなコメント。打ち寄せる波がマリアの形のいい尻を駆け上っては引いて行く。


「安心しなさい、アンタ向けのルールだから」


「?」


 俺とマリア、エレナの3人が揃って首を傾げる。アティネはそれを見てニヤリと笑い、指を真っ直ぐマリアへ伸ばして高らかに告げた。


「ずばり、アクセラがアンタを肩車して逃げるのよ!!」


「……はい?」


「え、え……え?」


「何言ってるの、アティネちゃん」


 全員首を傾げる中、彼女は自信満々に赤い水着と豊かな双丘を張る。


「マリア、アンタ好きでしょそういうの」


「そ、そういうのって?」


「高速で逃げ回るアクロバティックなアクセラの肩で振り回されるの」


 エレナなら確定で酔う。というか大概の人間は怖いと感じるはずだ。特に背負ってではなく肩車でとなると、ものすごく揺れるはず。それなのに指摘された当人はというと、想像が追い付いてきたのか頬を緩めて柔らかな表情を浮かべた。


「た、楽しそう」


「ん……マリアのそういうトコロ、いつもちょっと分からない」


 レイルはこの娘のこういう性質を理解しているのだろうか?


「何はともあれ、本人の了承は取れたんだしするわよ」


「私の了承は?」


「いらないわよね」


 アティネって酷いよね、ときどき。俺はそう思う。


「あとエレナも鬼担当よ」


 さらにルールが追加されていく。俺はマリアを肩車して逃げ回り、エレナとアティネが協力して追いかけてくる。さすがに難易度が一気に上がりすぎじゃないか。それ以前に鬼ごっこってそういう遊びだっけか。


「あ、それは楽しそう」


「エ、エレナちゃん……」


 急に目を輝かせるエレナにマリアは苦笑を浮かべ、俺はため息を吐く。


「エレナ、意外と悪戯好きだから」


 悪戯をする側に回ると大変容赦ない悪ガキになるあたりは、正直俺の影響が色濃いと思うのであまり追求しないでおこう。藪蛇が確定しているので。

 つまみ食いとか木登とか、ラナに叱られるようなことばっかり教えてきたもんな。


「よいしょっと」


「わ、わ、わ」


 そうと決まれば即行動が勝利の鉄則だ。

 マリアに足を開かせて潜る。そのまましっかり支えながら立ち上がる。前世から散々肩車はしてきたのでコツはわかっている。ついこの前までエレナやトレイスにしてあげていたことでもあるし。


「しっかり掴まって」


 両手を上げて握らせる。


「え、えっと、うん」


 柔らかく冷たい感触が首筋と両肩に押し付けられ、この段になってから水着で肩車は少し不味かったかなと思い始めるが後の祭りだ。エレナも頬を赤らめてジト目になっている。事情を知らないアティネだけが御満悦だ。


「よーいどん」


 視線を振り切る意味でも、先にそう告げて走り始める。


「あ、逃げた!」


「追うわよ、エレナ!」


 そこからはマリアの期待にも応えるため、全力で逃げに徹する。アティネとエレナも全力を出さざるを得なくなり、結局魔法と体術を交えた水上演習のごとき鬼ごっこが開始された。


「あとちょっとぉ!」


「ん、アティネも走り慣れてきた」


「わー!こ、これ!すご、すごい!」


 水盾を出してそれを足場に天へと駆け上り、エレナの水魔法に乗って追いかけるアティネから距離を稼ぐ。十分高くなったところでマリアの嬉しそうな悲鳴を引き連れて一気に落下。数枚の薄い水盾を緩衝材に着水。


「ほんとにどんな運動神経してんのよぉおおおお!」


 勢いを殺せなかったアティネが湖に吸い込まれて粟立つ柱が立ち上る。


「でもナイスだよアティネちゃん!」


 赤と青の杖に魔力を滾らせてエレナが水柱を突き破って現れる。それでも水を飛ばすにはまだ遠い。少なくとも俺が回避できる程度には。


「まだ甘い」


「そうかな?水の理は我が手に依らん!」


「!?」


 意外な短縮詠唱で発動された魔法。それは水を操るものではなく、俺に直接作用するタイプのもので。

 何をかけられた!?

 驚いて後ろへ跳び退ろうとしたときだった。足がまるでベッドで跳ねたような変な感触を伝えてくる。想定より緩やかで距離のあるジャンプ。思わず転びそうになる体を腹筋頼りで立て直し……やはり着水した瞬間に軽く跳ねあがる。


「ん、もしかして」


「そうだよ!ハイドロステップの重ねがけ、しかも出力マシマシ!」


 なるほどなぁ。


「ア、アクセラちゃん?」


「ちょっと揺れが酷くなるけど、大丈夫?」


「え、うん。だ、大丈夫だよ?」


 まるでウォーミングアップでもしているようにその場でピョンピョンと体が跳ねる。ハイドロステップを変なかけ方されたせいで反発力が過剰になり、水に立つどころか水面で跳ね返されるようになってしまった。


「逃げにくいでしょ?」


「どうかな?」


「負け惜しみぉおお!?」


 横から跳びかかってくるアティネを空高く跳躍して躱す。


「逃げやすくなったかも」


「あ、ははは、こ、これ、楽しい!」


 着水してもすぐ半分くらいまでなら飛び上がる俺は、まるでゴムのボールか何かだ。確かにコントロールは難しい。でもそれが捕まえやすさになるかと言われればノーだった。

 反発係数で言えば0.7くらいありそうだな、これ。


「じゃ、バイバイ」


「あ、ちょっと!!」


 まるで水上の兎になったように高らかに飛び回って逃げる。


「エレナ、裏目じゃないのよ!」


「むぅ、一筋縄じゃいかないなぁ……それならコレでどうかな!」


 舌を噛みそうな高速詠唱を始める彼女は、ほんの5秒ほどでその魔法を発動させた。大昔、川で練習して習得したものの使いどころがなく、そのまま今日まで忘れられていた無駄魔法。彼女だけの魔法体系、物語魔法の初期作品。


「いけ、水蛇!」


 水魔法中級・ウォーターカレントサーペント

 俺の腰回り2つから3つ分ほど太さのある水流が物理法則に逆らって鎌首をもたげる。相変わらず制御系は抜群にうまく、真っ直ぐに俺を見据える顔無き蛇からは水滴の1つも滴らない。全て魔法の支配下に置かれているのだ。


「ア、アクセラちゃん、ちょっと、ま、まずくないかな?」


「大分まずい。本気で逃げるから、しっかり掴まってて」


 言うが早いか水の蛇が突撃を開始。俺は相変わらずのバウンドを繰り返しながらも軌道を変則的にして回避を試みる。背後で水面をカチ割って迫る水流、滝のような轟音、荒れ狂う波が混然となって襲いかかり、それらを縫ってひたすら走る。


「うわっぷ」


「あはは、制御難しいよコレ!」


「ア、アティネちゃんも、巻き込まれてる、よね」


「エレナは……ああなったらもうダメ」


 久しぶりに大規模な魔法を遊びというか、危機感のない状況で使えて楽しいのだろう。早苗色の目にはもはやウォーターカレントサーペント以外の何も見えていない。遊べるとなるとフレンドリーファイアお構いなしになるあたり、本当に小さい頃から変わらない。

 まあ、小さい頃に作ったモノだし、攻撃魔法じゃないからいいけど。


「エ、エレナ、ちょっとまちなさいってがぼぼぼ!?」


「ほらほらほら、追い付いちゃうよー!」


 どんどん制御の精度が上がっているのか、ただの水流だった蛇に蛇らしいディテールが増えだす。具体的には先端が横に裂けて口のように広がり、上下で形に差が表れ始めた。


「ひ……」


 大蛇に追い回される様相を呈したことでマリアが引きつった声を零した。


「ぶっはぁ!!貰ったわよぉ!!って、ちょ、ま、がふん!?」


 そこへハイドロステップが切れたのか、水面から顔を出してアティネが口の端を吊り上げる。だがそこは丁度俺の落下地点。エキゾチックな美少女の顔面を思い切り踏み付けてしまった。


「ごめん」


 さらに半透明の大蛇が何度目かの突撃を見舞う。その咢は咄嗟に屈んだ俺の頭上を掠めて行き……肩車中のマリアを咥えて行った。


「ひやぁあああああああああ!!」


「ごめん、マリア」


 心の中で合唱。


「だ、だいじょうぶだよぉ」


 割と近くの水面に吐き捨てられた薄金の少女は再三ぷかりと浮いて手を振ってくれた。


「逃げ切れると思わないでね、アクセラちゃん!」


 被害度外視で狂気の蛇使いと化したエレナが杖を振るえば、30センチほど浮いたまま蛇行して水流が迫る。


「逃げる」


 身軽になったことで跳躍力が増した俺は水盾を何枚も駆使して空中へ階段をつくり、蛇は魔物のような迫力でそれを下から追いかけてくる。


「マナブレード」


 無属性魔力の刃を指先に生み出す。足場が消えて落下する最中、横を貫いて立ち上る蛇の表面を何度かそれで切りつける。コントロール用の魔力糸が切れれば動きは甘くなるはず。


「む、むぅ……それでも!」


 さっきまでよりはるかに動作が雑になった蛇がディテールを失いながら追いすがる。頭上から雨を纏って駆け下りてくる姿は神話の竜か何かを彷彿とたせた。


「こっわ」


 ぼそっと呟き、一手先に着水したところからさらに跳びあがる。寸刻の差で俺の足元へ食らいつく水の蛇。大きな水の塊が押し入った湖は膨らんで弾け、波が俺の足を強かに打つ。


「あ」


「あ」


 着地しただけで毬のように跳ねまわるほど重ねがけされたハイドロステップ。その起点である足裏に小さな津波が打ち付けられればどうなるか。その答えを想像する暇すらなく、俺の体は一気に加速を得る。ジャンプした角度より低い軌道で、砲弾もかくやという速度で撃ち出される小さな体にブレーキは搭載されていない。


「んんっ」


 キラキラと光の尾を引いて空を飛ぶ俺は交互に映る空と海の中、茫然と見上げるアティネとマリアを確かに見つけた。

 あ、遠くに魚が。


 ドォオオオオオオオン!!


「ア、アクセラちゃんが水切りみたいにぃ!!」


「ちょ、あれ首とか折れない!?ていうかどこまで飛んでいったのよ!?」


「あ、あわわ……」


 遠のく水面の明かりを受けて、銀に光る小魚の群れが大慌てで逃げて行った。

 うん、ごめん。おどかして。


「ごぼぼぼぼ……」


 ~★~


 夕方になっても俺たちは遊び続けていた。といっても水からはもう出ている。お昼を挟んでたっぷり泳いだり潜ったり、そして沈んだりを楽しんだ結果、完全に体が冷えてしまったのだ。今は夏らしくたっぷりと降り注ぐ太陽に熱を補充しながらの砂遊び。


「ちょ、マリア!そっち支えて、違う、そっちよ!」


「え、あ、あ……うん、さ、支えたよ!」


「そのまま、そのままよ!」


 やいのやいのと騒ぎながらアティネとマリアは砂の城を建築している最中だ。エレナが土台を魔法で固めて、2人が一定以上に進めたらまた固める。これを繰り返してちょっとした小屋のようなシロモノが砂浜には生まれつつあった。

 このペースだと次に固めるのはまだしばらく後だな。

 あんまり保水力のない砂での築城は難航しっぱなしだ。土魔法で固めておかなければこれだけの規模には絶対にならなかっただろう。

 俺はというと、その様子をパラソルの下から眺めている。精神がまだ年寄りらしい部分を残しているからなのか、砂の城プロジェクトが始まったあたりで遊び疲れて退避した。海には大昔、修業時代に行ったことがあったが本当に何十年も前の事だ。直近で泳いだのも6年前。魔獣、灰狼君と戦った地底湖以来だった。そんなわけで少しはしゃぎ過ぎて遊び過ぎたのだ。


「ア、アティネちゃん!く、崩れちゃう!?」


「あ、あー!?行けると思ったのに!」


「元気……」


 あれだけの体力が小さな体のどこに詰まっているのかと、マリアを見ていて疑問が湧いて来る。かつては自分もそうだったのに、あの元気はどこから来ていてどこへ去ってしまったのだろうかと。

 こういう時も、俺は根性が歳を取ったままなのだなと思わされるな。

 羨ましさと呆れを半々に含んだ笑いを浮かべて眺めていると、ふらりと人影が眼前にやってくる。泳ぐときには絡まるからと外していた黒いパレオを巻きなおして、どこかぼんやりとした様子だ。


「エレナ?」


 彼女の肌は日陰に入ってなお白い水着との対比で赤くなっているのがよく分かる。日焼けというよりもっと内側からの、体温の上昇による発赤だ。


「……」


 無言のままゆらゆらと歩を進めた彼女は俺の膝を跨いで立ち、焦点の合っていない目でこちらを見下ろす。感情の読み取れない眼差しだった。そしてそのままドサッと膝を折って半立ちまで腰を落とした。太ももの間に膝が降ってくるのは中々に怖い物があった。男性だったころの本能的な恐怖とでも言えばいいか。


「エレナ、大丈夫?」


「……ううん」


 少女は力なく首を振る。それからゆったりと前に傾いで俺の首筋へ額を宛がった。器用に首だけでバランスを保ちながら俺にもたれるエレナ。その肌は見ての通り、とても熱かった。


「軽い熱中症?」


「……うん」


「遊び過ぎた?」


「……ちょっと考え事してた」


 全ての反応がワンテンポ遅い。それだけ日光で消耗したのか、あるいは考えすぎる悪い癖が発動したのか。いずれにせよ彼女が思い悩んでいたのが何なのかは、俺には皆目見当がつかない。ついさっきまで湖を満喫していたのに。


「ねえ、アクセラちゃん」


 火照った肌を押し付けたままエレナは耳元で呟くように訊ねる。そこには疲労と熱以外の緊張と困惑のようなものが込められているように感じられた。


「水着、どう思う?」


「……?」


 脈絡の読めない質問に俺は首を傾げた。さらさらと生乾きの蜂蜜髪が揺れる。白い水着に縁どられた赤い背中がゆっくりと上下していた。


「水着選び、一緒に来てくれなかったから」


 ぼそりと付け加えられたその言葉にようやく意味を理解する。エレナがマリアやアティネと水着を買いに行ったものだから、俺は遠慮して別の日に買いに出たのだ。といっても学院内の商店街にだが。それで初お披露目だったにも関わらず、俺が普段と同じ反応しか返さなかったことが彼女は不満なのだろう。

 順調に年頃の女の子になってきてるなぁ。


「かわいい。とっても」


 リップサービス抜きにそう思う。何の色柄もない純白だが、左右非対称なデザインが普段は感じない大人っぽさを演出している。そこに黒い透け素材のパレオが拍車を掛けているのだ。


「……それだけ?」


 言葉少なな(アクセラ)としては最大限褒めたつもりだったが、どうにも彼女は不満足な様子。ゆらりと額を離して、至近距離から俺の事をじっと見つめ始めた。どこか切なげな眼差しで。


「むぅ」


 エレナの左手が行き場を求めるように宙を彷徨ったあと、自分の下腹部のやや上に着地した。その指先は意味ありげに、赤らむ腹を撫で上げていく。縦長なへそを経て、胸を包み込むビキニの稜線を上る。夢遊病のような不確かさと見ていてバツの悪い何かを抱かせる雰囲気を多分に含んだ動きだ。


「かわいい、だけ?」


 再度問われるその言葉。何を求められているのか、分かるような分からないような。あるいは分かってはいけないような。漠然とした危機感が襲う。


「ねぇ?」


 こちらの葛藤などつゆ知らず、彼女は膝をもう2歩進める。足の付け根ギリギリまで小さく丸い膝小僧が迫ってきて、最初に感じた男性的な恐怖とは違う不安げたものが腹の辺りに障った。


「可愛くて、素敵だよ」


 慎重に言葉を選んで返していく。


「どう素敵なの?」


「……水着、大人っぽくて綺麗」


「うん」


「色もシンプルだけど、日差しに映える」


「うん」


「パレオがセンスのいいアクセントになってる」


「うん」


「エレナはスタイルいいから、ビキニが似合う」


 段々自分が何を言っているのかと思うようなところへ話が向かい始めた。そう思った矢先、彼女の口から飛び出した質問に俺の心臓は大きく跳ねた。


「ドキドキする?」


「……」


 言われて自然と、もう一度彼女の体に目がいく。俺より一回りは大きい膨らみにピンと生地を張った水着。日ごろの鍛錬で引き締まり、それでいて柔らかな脂肪が感じられる照った肌。跨った太ももにじんわりと伝わる熱。

 人を果実に例えるなら彼女はまだ青く、硬く、味の深みに欠ける、それでも猛暑の中で数段熟れて見える……きっと、今俺が手を伸ばせば……。

 いや、違う。そう(・・)じゃない。

 あまりの熱に元来ひ弱なこの体が音を上げているのだと、一度深く目をつぶって切り替える。もう一度開いた視界で見れば、じっとこちらを見つめる瞳の焦点はイマイチ合っていない。頬は真っ赤に染まっていて、少し乾いた唇を色の薄い舌がちろりと舐めた。


「アクセラちゃんは、かわいいよね」


 彼女の右手がそっと俺の頬に振れる。燃え上がるほど熱い手だった。


「かわいいし、きれい」


 肌の上を指先が滑っていく。頬から唇を一撫でして顎へ、そしてハイネックの水着に覆われた首筋へ。


「ん……」


 くすぐったさに声が漏れる。その間にも指は動き続け、黒い生地越しに鎖骨をくすぐる。水着でぼやかされた感触がどこかもどかしいような、変な気分にさせる。


「すごくきれいな体……」


「ふ、んぅ」


 胸の谷間を真っ直ぐに下りたそれは腹筋の弾力を楽しむように俺の腹へと軽く押し付けられた。


「ドキドキしない?」


 切なさと不安を混ぜたような目で質問を続ける少女に、俺はほとほと困ってしまう。


「わたし……わたし、ね?」


 彼女が何かを言おうとする。最後まで言われる前に、俺はさっとその体を押し返して立ち上がった。突きとばすのではなく、腕で支えながら位置を入れ替えるように。


「ふぇ?」


 キョトンとした顔で状況把握ができずにいるエレナ。その額に手を当てて、彼女が常日頃からため込んでいる魔力糸を捕まえる。それを触媒代わりにして氷属性へ魔力を変換し、体の温度を少しさだけ下げる。


「あ、つめたい……」


 どこかホッとした声の彼女をわずかに起こしてリハイドレーターを飲ませ、魔力ポーションも口へ突っ込む。一連の症状は熱中症と遊ぶために魔法を連発しすぎたことによる魔力欠乏だ。

 夏の日差しで少しおかしくなっていただけ。そういうことにしておこう。

 エレナの振る舞いが最近おかしいのは心と体が成長する過程の混乱と、夏に浮かれた気分のせいだ。俺もやや釣られている。悪い事だとは言わない。でも熱に浮かされ、それに任せるわけにもいかないのだ。一夏の過ちが許されるほど乳兄弟の仲は単純で刹那的な繋がりじゃない。


「少し休みなさい」


 殊更年寄りぶって、上からな言葉で彼女をシートに横たえる。胸の内側で渦巻くモノには蓋をして。かすかに震える左手を右手で握りしめて。


挿絵(By みてみん)


Twitterにて一目惚れいたしました絵師のぽいぽいプリンさんに

水着で遊ぶアクセラとエレナを描いていただきました!!

可愛い!もう、やばい、語彙力が入滅してしまうくらい可愛い!

二人の愛らしいツーショット、実はまだ2枚目なので超レアです!


ぽいぽいプリンさんはTwitterとpixivで活動されています。

普段は艦これの超かわいいプチキャラ漫画など描いておられます。

一響の激推しなので皆さん是非訪れてみてください。

https://www.pixiv.net/users/34349

※URLはダメかもしれないので、その場合は消します。悪しからず。


~予告~

時間はわずかに戻り水の中。

親友たちの思考は巡る。

次回、暗紫の靄

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― 新着の感想 ―
[一言]  ぎゃあああ百合ぃいいいい!(歓喜)  イラストもカワイイ!
[良い点] 忘れた、イラストも本当にとっても凄く綺麗です!!めちゃくちゃ素晴らしいです!!誠にありがとうございます〜
[良い点] おおおぉ!海で水着美少女達のじゃれ合い、とっても素晴らしいです!!治癒大サービス、誠にありがとうございます〜 而もエレナさんは最高に可愛くて、超魅力的です!!甘々の百合百合イチャイチャ、ご…
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