八章 第5話 見定める暗躍者
※※※お知らせ※※※
五章末に「五章 大体ここを見れば思い出せる!キャラ&魔物紹介(第二版)」を追加しました。
その結果、最新話のブクマがずれているかもしれません。ご了承ください。
また、随時キャラ紹介は模索しつつ実装していきたいと思います。
ぜひ感想やDM、Twitterにて仕様の提案や要望を投げてやってください^^
※こちらは同日に前話へ掲載したお知らせと同じものです。
2020年3月23日
トライラント家の城は王城とは比べ物にならないほど小さい。代わりに要塞としての防御力に優れ、反撃に回っても相当優秀な性能が見込める。まさしく戦争のための城という感じだ。
「どんどん奥に入って行く……」
「た、たぶん、先にアベルくんのご、ご両親にお会いするんだと、思う」
「ん、納得」
古めかしくも美麗な正門から大勢の人が見る建物を避け、中庭を過ぎ、騎士が封鎖しているエリアへと進む馬車。どうやらこの城は半分以上を観光用に開放しているらしい。長らく戦争がなかったが故なのか、残り半分で十分に機能を発揮できると思われているのか。いずれにせよ貴族が己の居城に一般人を招き入れるなんて、中々に考え付かないことだ。
親しまれることで諸々のリスクを下げている、のかな?
意図まではイマイチ分からない。そういう点を色々と考えたがるエレナは絶賛馬車酔いでダウンしている。
「あら、着いたみたいよ」
反対の窓を見ていたアティネがそう言った。直後に馬車は一切の揺れもなく穏やかに停止する。それを合図に俺たちはさっさと身支度を整えるのだ。ちなみに一応初対面の貴族が相手ということで俺もエレナも下船からずっとドレスを着せられている。身支度は一番手慣れているアティネの監修だ。
「よし、皆ちゃんと可愛いわね!」
俺の細部にまで手を出した彼女は満足気に頷いた。流石は生粋のご令嬢、マリアに関しては手を出す必要性を感じなかったらしいが。
エレナは前側に大きめのリボンがあしらわれた……生地の名前はさっぱりだけど、とりあえず横向きの独特な織模様が入ったドレスを着ている。色は夏らしく鮮やかな黄。肩の傷が見えないよう首元までしっかりと布がカバーしていて、その上に精緻なレース編みが施されている。明るいけれど派手さは少ない、彼女の立場を反映した控えめな衣装だった。
対して俺は生地とわずかに膨らんだスカートを含むシルエット、そういったベースが同じのドレスだ。違うのは色が水色でリボンが腰回りにあしらわれていること、それとレースの下が生地じゃなくて素肌なこと。若干露出が多い分こっちの方が派手目。
アティネはいつぞや見せてくれた真っ赤なドレスを仕立て直してカジュアル風にした物を、マリアは白に黄色いチュールの飾りがついた物をそれぞれ纏っている。やや意外なことに揃って露出がほとんどない。しかしアティネに関してはそれが逆に豊満な胸を強調しつつ下品にならないよう演出していた。
なおマリア以外のドレスには専用の留め具がお腹の脇にあって、そこへ室内杖を差している。短くも装飾的な棒状のアイテムは魔法使いの証明であり、ファッションに擬態した護身武器でもある。魔法の才能は結婚相手を探すうえで大きなアドバンテージになることが、こうして女性だけ杖を携帯できる服飾文化を形成したのだろう。男性の略礼装は剣帯を含むものの真剣や杖を帯びられない決まりになっている。
「ようこそ、若き貴族たち」
全員が先に下車した男性陣に手を借りて降りたところへ掛けられた声。厳かで張りのあるそれには確かな喜びが込められている。視線を向けると白亜の建物が緑の石で装飾された口を開いていて、深紅の絨毯をこちらに進んでくる人影があった。中肉中背だが深みと迫力のある中年男性と若々しいながらに落ち着きのある女性。声の主はその男性のようだった。
「御無沙汰しています、伯爵閣下」
珍しく最敬礼で堅苦しい挨拶をするレイル。彼に従ってティゼルが頭をさげ、アティネを筆頭に俺たち女性陣はスカートを摘まんで腰を落とす。
「お久しぶりです、父上」
アベルだけが一団とは別に挨拶を述べて腰を折る。男は一度頷いて、ゆっくりと俺たちを見回しながら口を開いた
「よく戻った、アベル。息子と親しくしてくれている諸君とも、こうして会える日を楽しみにしていた。トライラント伯爵家当主として諸君をもてなせることを誇らしく思う」
トライラント伯爵家の当主ジョエル。この国の貴族界で最も情報に精通する切れ者だ。
「知っている者もいるかと思うが、これは妻のメリッサだ。この城に滞在するかぎりは我々を親戚とでも思ってくれるといい」
口元に小さく笑みを浮かべて言う伯爵は、アベルほど愛想がいいとは言えない。しかし、少なくとも表面的には、親しみやすさを感じさせる対応だ。やや堅苦しい喋り方と威厳ある立ち姿の中で小さな笑顔がアクセントになっているのかもしれない。
アベルより何十倍も厄介なキレ者タイプだなぁ。予想通りといえばそうだけど……。
どちらかと言えば意外だったのは母親の方。
「貴方、そんな怖い顔で言っても説得力がないわ」
優し気な口調でバッサリ夫の事を斬り捨て、彼女は俺たちに手を差し出す。順繰りにその手を取った俺たちと個人的な挨拶を交わしてみせ、それから本当に親戚然とした、それでいて貴婦人らしい抑揚の言葉でこう続ける。
「さあ、可愛いお嬢さんたちをこんなところに立たせたままじゃいけないわ」
息子とよく似た穏やかな笑みをたたえ、伯爵夫人は使用人たちに目配せする。すると彼ら彼女らは訓練された兵士のようにテキパキと荷卸しにとりかかった。それを視線で確認すると今度は伯爵が俺たちに目を向ける。俺とエレナに対してだけ、本当に瞬きの1回分ほど長く目を留めた気がした。
「メリッサの言う通りだ。それではまず部屋に案内させよう」
「今日はもう夕方前だから湖は明日ね。お城のツアーなんていかがかしら?」
「素敵ですわ、メリッサ様」
「おばさまでいいのよ、アティネちゃん」
そんなやり取りを交わして俺たちはそれぞれが泊まる部屋に案内された。学院にいる間は生徒の肩書が優先されるものの本来俺の侍女であるエレナは、ホストの好意と配慮で俺と一緒に少し広めの部屋だった。それ以外は全員が個室で、性別ごとに固めて配置してくれている。
案内してくれた侍女から空調や使用人を呼ぶ鈴形魔道具の場所などを教えてもらい、必要なだけの荷解きだけを済ませて再度合流。それだけのことでも1時間近くかかるのは貴族らしいところだ。着替えてもよかったが、一応初日はこのままドレスで通した方がいいかと思って止めておいた。紅兎も部屋に置いておくので、杖と太ももに固定したナイフだけが頼りになる。
「お、お城のツアー、は、初めてだね」
部屋のある3階の休憩エリアとでも呼ぶべきオープンテラスで合流した俺たち。案内役の人間が到着するのを待つ間にマリアがふとそんなことを言いだした。
「ん、そうなの?」
「そういやそうだな。今までは湖とか船ばっかりだったぜ」
それは子供に文化や歴史の講釈をしても退屈なだけだと思われていたのでは。
「お子様だと思われてたのよ、たぶんね」
憮然とした表情で湖の方を眺めながらアティネが俺と同じ結論を口にする。白い街並と紺碧の湖に赤いドレス姿が映える大人っぽい彼女だが、そういう仕草は年相応の背伸びが感じられて微笑ましい。
「でもアティネ、昔は建物に興味なかっただろう?」
「ティゼル君の言う通りですよ。僕が何回説明しようとしても……」
「アベルの説明は鼻につくのよ」
「ちょ、酷くないですか!?」
いや、でも分かる。エレナにしろアベルにしろ、知識をひけらかしたい感が全面に出ているときがある。悪いとは言わないけど、興味と機嫌によっては若干「またか」と思うときがないじゃない。
「ひけらかす知識もないよりいいじゃんか。なあ!」
「なによそれ、自己紹介?」
「なんだと!?」
「ア、アティネちゃん!レ、レイルくんは、その、知識がないんじゃなくて、とても、その、偏ってるだけ、だから……」
「マリアさん、それフォローになってないですよ」
ああ、援護射撃が味方に当たる混乱の状況に。
その様子を他人ごとのように見て笑うエレナを含め、なかなか見ようによってはシュールな関係になりつつある。あまりエスカレートすると喧嘩になるな、と思っていてもたぶん大丈夫という安心感もあるので放置。やいのやいのと渾沌化するやり取りを見て愉しむだけだ。
こういうところだよな、年寄り臭いって思われるの。
しみじみと余計に年寄りじみたことを思っていると、エレナの視線がいつの間にかどこかに固定されていた。とりあえず追ってみる。するとそこには一羽の鳥がいた。
好奇心旺盛なのは結構だけど、会話中に意識を他所にやるのは良くない。
「エレナ」
声をかけながら脇腹に指を突き立てる。
「ふきゃ!?」
飛び上がってこっちを見た彼女は急に尻尾を触られた猫の様だった。
「むぅ……アクセラちゃん!」
頬を膨らませて反撃の構えを取るエレナ。姉妹のじゃれ合いが勃発しそうになったその時だった。
「お待たせいたしました」
糊のきいたシャツを思わせる、堅苦しい声がテラスへ入ってくる。そちらに視線を向けると、声の主は青い髪の中年男性だった。酷薄そうな目つきにノリの利きすぎた執事服を纏った彼は、どこからどうみても高位の使用人だ。その後ろには同じくらい高級な服に身を包んだ男女が1人ずつ。
「ご挨拶が遅れましてご迷惑をおかけいたします。私が皆様の滞在中、おもてなしを指揮させていただきますヴィントと申します」
青髪の男が名乗ると、それに続いて右側にいた男が一歩前に出る。
「私はエヴィンと申します。ヴィント共々お世話をさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
エヴィンはレイルほどではないが赤い髪が特徴的な中年男性。こちらはヴィントと違い、柔和そうな笑顔を浮かべて佇んでいる。
「ヴィント、エヴィンの下でお嬢様方のお世話をさせていただきますメルトと申します」
金髪を後ろで一つにくくった年嵩の侍女が最後に深々とお辞儀をした。どちらかというとヴィント寄りのキリっとした雰囲気の女性だ。
「エヴィンまで……?」
そんな3人を見てアベルが小さく疑問を口にする。それはエヴィンという男が本来こういった任務につくことのない立場、あるいは部署の人間であることを示していた。
「それでは皆様、当家をご覧いただく特別ツアーへ出発いたしましょう」
「アベル様は伯爵様がお呼びですので、こちらへどうぞ」
エヴィンがにこやかに俺たちを室内へ先導する。その最中、ヴィントがアベルにだけそう告げた。
「僕にはツアーはなしですか?」
「次期当主ともあろうお方に今さら城の説明が必要でしょうか?」
「ヴィント、失礼ですよ」
意味ありげな微笑みで問いかけるアベルにヴィントは表情を浮かべないまま応じ、その些か刺々しい物言いをエヴィンが咎める。使用人と跡取りの不穏な空気なんて、間違っても他家の人間の前で見せるものじゃないはずだ。
でもなあ、トライラントだしなあ。
これが普通の貴族なら躾の行き届いていない使用人が、と思うこともできる。しかし情報戦のプロであるトライラント伯爵家で、上級使用人がそういった言動をとる。何かしらの意味があるのではと勘ぐってしまうのは仕方がない。あるいはそれが目的なのか……とかく意味深な雰囲気になる。
「アベル坊ちゃま、伯爵様は是非近況報告をと仰っておられるだけですよ」
「……わかりました。ヴィント、案内してください。皆さん、すみませんが僕は一旦報告に行ってきます。それとエヴィン、いい加減坊ちゃまは止めてください」
エヴィンのとりなしを受けてアベルは頷き歩きだす。指名された青髪の男は今度こそ従順にその後ろをついて行った。
アベル、鉄壁の笑みになってたな。
彼にとって実家はそう心休まる場所でもないのかもしれない。
~★~
「さて、一通りの構造とモニュメントはこれで見ていただきましたね」
ぐるりと城の内部を案内し終えた私はアベル坊ちゃまのご学友ご一行を城の中心にある庭園へとお連れしました。
「それではこの緑豊かな場所で、一旦この城そのもののご説明をさせていただきたく思います。どうぞベンチにおかけください」
貴族の学院生といえば優秀で鼻もちならない人物が多い印象が、どうしても使用人や庶民の間にはあります。しかし彼らはとてもお行儀よく、しかもきっちり説明を聞いて質問まで返してくれる模範的な観光客でいてくださいました。おかげで私も心地よくツアーガイドをできています。
「この城は本来、建国王の時代に建てられたものと最初にお伝えしたのを覚えていらっしゃいますでしょうか。水源地の確保、そして大河という交通の要を確保するため、前線基地として建設されたことが始まりとされています。最初に見ていただいた地下の溜池跡もそのための設備です」
あの場所では注水の仕組みについて情報収集の対象であるエレナ=ラナ=マクミレッツ、エレナお嬢様に質問攻めにされました。事前情報のとおり好奇心旺盛で知識欲が強い少女です。
彼女はなぜ溜池が地下に設けられているのか、地政学的な視点を交えて見事言い当ててしまわれました。地政学などまだ学院の1年生では習っていないはずなのにです。流石はあのビクター=ララ=マクミレッツの娘と言うべきか、あるいは本人の才覚が異常というべきか、はたまたこれもメリッサ様のご懸念の使徒に関する線が絡んでくるのか。その点の判断をすべきは私ではありませんので、情報収集に徹します。
「その時代に建てられた最初の城の遺構は溜池以外もう残っていませんが、当時の陛下の肖像画と下賜された武具が宝物庫にはあると言われています」
中庭に面した半解放の回廊を手で指し示します。最初に配った地図を見れば回廊の先に宝物庫があることは明白ですから。ただし、ここにはそれらしい武器防具に魔道具が治められているだけです。価値のある物は何も残っていません。というより、そのような歴史的遺物がまだあるのか私ですら把握していないのです。
「戦争が終わってユーレントハイム王国が建国され、要塞としての価値を失ったこの城は他の城や要地と同じく功績の大きかった貴族へ与えられました。それ以降、現代に至るまでこの地はトライラント伯爵家が治めているのです」
「どうしてこの土地だったんですか?」
質問の声を上げたのは当然の如くエレナお嬢様。誰が聞くよりも早く手を上げてくださるので、たった一人で質問を担当している感すらあります。むしろ倍の人数を引率している気になるほどの質問を一人でされるのでやや押され気味ですらあります。
「素晴らしい質問でございます、エレナお嬢様。しかし領地の振り分けについては記録があまり残されておらず、理由や功績の内容は失伝しているのです」
「そうなんですか……残念ですね」
「ええ、本当に。さて、2代目の陛下が即位された頃です。城は強力な魔獣に襲われ全壊してしまいました」
更なる質問がなさそうなのを確認して私は再度説明を始めます。
「フラメル川へ向かう運河の入り口は湖の中心より深くなっているのですが、その大きく不自然な底面の穴はその魔獣が生み出したとも言われています」
ほんの数百年前にそこまで強力な魔獣が残っていたかは定かではありません。ディストハイム帝国時代の前期頃なら大いにあり得る話だったかもしれませんが。
「大きな代償を払って魔獣を討伐した陛下は、最も犠牲を出して時間を稼いだ伯爵家に報いるべしと思われました。そして国の事業として今の城を新しく建てさせ、そっくりそのまま下賜されたそうです」
なんとも豪気と言うか、どこよりも潤沢に資金のある王家ならではの逸話です。私の個人的な考察ですが、歴史的な絵画や武具がないのは魔獣に壊されたか、再建の際に王家にお返ししたからではないかと思っています。
「こうして広く平民にも開放しているのは、親しみを持たせることで何かあったときに障りなく城内へ収容するためです。外壁で時間を稼ぎ、より強固な城壁で守る。そういうことです」
「そういう意味があったのか!すげえな、アベルん家」
話題が戦略になった途端、頭の回転が跳ね上がったように周囲を観察しだすレイル坊ちゃん。なんとも微笑ましいことですが、今後のフォートリン家との関係を考えると些か不安な気持ちも湧いてきます。
「これで城のざっくりとした歴史はお仕舞です。なにせ戦争が極端に少ないユーレントハイムですから、あまり多くの逸話があるわけではないのですよ。それでは次に画廊へ向かいましょう」
休憩を兼ねた解説を終え、メルトがツアー用の水筒を新しい物に交換します。ただでさえ熱いトライラント領ですから、きちんと水分を取っていただかないと困りますので。
「画廊には古い物ではありませんが、戦乱の時代や魔獣との戦いを描いたものも多くあります。きっと皆さまに楽しんでいただけると、自負しているのですよ」
笑って目を細めながら内心ではため息を吐きます。そろそろガイドとしてではなく伯爵の目として、耳としての仕事をしなくてはと。しかしちらりとアクセラお嬢様を見て、すぐに視線を合わせてくるその紫の目から逃れようと顔を正面に戻します。
これはお叱りを受けるかもしれませんが……一つだけわかりました。本当に危険なのはアクセラお嬢様の方だと。
~予告~
母セシリアの手がかりを探すアクセラ。
伯爵夫妻が語った意外な新事実とは……。
次回、夕食会




